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☆「母胎回帰性」いろいろ 「体感」による類化性能

2019年8月16日 諷虹宅にて

先週から諷虹君は盛んに「体感による類化性能」ということについていろいろと言及しています。

先週の発言から
諷虹 羊水に包まれているってことは水中に近いような浮遊感覚・・・空を超えて、宇宙という無重力状態=羊水の中っていう母体回帰のイメージが結びつくんですかね。

類化性能というと「理性の働き」のようにとらえてしまう場合もあるのですが、実は「世界定め」ということからしても、こちらの方が重要かもしれません。

個々人の意識世界こそが、「当人にとってはリアルな現実」となってしまうのも実は「勝手な空想や思い込み」であっても、そこに「体感」が伴ってしまうから。

子どもの頃なんて言うのは、まさにそういった世界ですよね。どこまでが現実でどこまでが非現実なのかなんて分からない・・・実はそれは大人であってもそうなのですが。




*聖徳の作文の母胎回帰性についてコバルト君のライン発言である「あたたかさ」という観点から
諷虹 ふとんに入るも、お風呂に入るも、みんな「あたたかさ」じゃないですか。それから理想の家族をいう時にも「あたたかい家族・家庭」って言うじゃないですか。


虚空 聖徳の子は「観察」というスタンスで書いているから、ナマの体感は書いていないけどね。でもまさにそう。いろんな子がちゃんとそれを要素というか「おうちの要件」としてあげて書いているよ。

それがおうち論文でいえば「ナマ温かいものに包まれる体感」なんだよね。

子宮にいたころの無意識の記憶だろうしね。・・・穴だってそうだし・・・。

かつて児言態が藤岡先生と協同研究していた時の表題の一つが「穴と留守番」っていうのもね・・・結局「子宮願望」なんだから「母胎回帰性」だと思うわけだよ。
まさに意識のベース。


諷虹 分子や原子の動きもそうじゃないですか。熱があるから動くわけですよね。冷えているとその動きが弱まるというかね。今の昼間の暑さはいらないけど、あったかいくらいのいい塩梅のあたたかさが・・・。秋の夜長とか。
天照の太陽信仰は昼間のことだけど、やっぱり秋の夜長のように「月」の信仰。「夜」。四季があるがゆえの日本のバランスなのかな、って。

だからこないだのまちカドまぞくで話題になっていた「あたたかい闇」もそうですが・・・。
強すぎる光だとやっぱり・・・逆に活性化できないことがあるのかな、って。
これが「生暖かい」という感じなんでしょうね。


虚空 コバルト君が盛んに言っている卍の回転。これも「光と闇」「太陽と月」のバランスと関係あるかもね。
*児言態合宿会議の午前の部、午後の見通しについての虚空発言の部分だけを視聴
虚空 今回の授業を全うに計画する上でも、英才児とはどういうことなのか、母胎回帰と闇、意識のベースとおうち・・・そういうことを本気で考えてみませんか、そうでなければ指導案も作成できないだろうし、授業をしていても子ども達の言葉をキャッチしきれないと思うから・・・だからそういう提案をしようということで前置きをしているんだけどね・・・。
(重要なやりとりが続くのですが、省略します)

諷虹 難波先生は本気で英才児の生態を通して日本の教育制度をかえていきたいという意識がありますよね。
自分としては正直研究授業がどうすればうまくいくのかという方法の議論はどうでもいいかな、って。それよりも英才児とかのことを考えるのが面白いんですよね。

虚空 実際にさ、土浦でもヒマワリさんともしゃべっていたじゃない、この研究授業に関係なく、目を通せなかった聖徳の作文を読んでいろいろと語り合おうって。

諷虹 それこそ、今回の授業のこういう所がよかった的な視点じゃなくて、「今この発言をしたって事は・・・」「きっとこういう考えがベースにあるのかもしれない」とかみたいな英才児の実体みたいなのを捕まえるヒントになるようなやりとりが面白いですよね。

*コバルト君、児言態の会議で小2の マンダラ作文ついての発言
コバルト 小学校2年生で大日如来とか・・・広がりがすごいじゃないですか。帰依する場所、帰る場所・・・そういう世界を持っているのはすごいな、って。

諷虹 死んだら「土に還る」っていう表現をするって話も前に出たじゃないですか・・・

「富士山から天のはしご」とか書いている作文も「空、宇宙に帰っていく」って考えると宇宙全体が母体なんだろうなって話。これは発言したかどうか覚えてないんですけど「星になる」って表現もね・・・

で、それらの話とこの話を考えたときに、結局マンダラにしても菩薩にしても仏の世界ですよね。坊さんの世界・・・そう考えるとベースは繋がってるんだろうなぁって

虚空 今さ、それを聞いてフッと東京オリンピックの記録映画のラストを思い出した。
(ネットから)
映画はこのあと太陽が沈み、聖火が消え、そして「聖火は太陽へ帰った。人類は4年ごとに夢を見る。この創られた平和を夢で終わらせていいのであろうか」の字幕が流れ、先生の平和と友情をテーマとしたオリンピックという壮大な抒情詩が完結します。 
虚空 富士山の天のはしごにしてもさ・・・こういうのも、まさに「母胎回帰」だよね。
英才児たちはいろいろな形でちゃんと書いてくれているよ。

諷虹 さっき「あたたかい闇」の話をしたじゃないですか。今日買った漫画でも関係深いのがあって・・・一つは「やがみめし」(同人誌)

八神はやて・・・『闇』の書(『夜天』の書)の主であって、一番家庭的じゃないですか。


虚空 やっぱり「母胎回帰と闇」って言うイメージは根元なっていくんだね。
*ラストの台詞
はやて 「(家族<あのこたち>でも 友達でも ごはんで喜んでもらえるんは・・・)・・・しあわせやなぁ」


諷虹 んで、もう一つが「ふらいんぐうぃっち」の最新刊なんですけど・・・この巻は主人公の真琴の属性(9種類の中で一番上手く使えるマナがその人の”体質””属性”と呼ばれる)を調べるってのがメインなんですけど・・・
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江丹雲「うん 木幡くん きみは”闇の魔女”だ (中略)闇の魔女は2万人に1人の割合で 2番目に少ない属性で激レアなんだよ」
圭「激レアなのかよ真琴!!」鹿角「すごいじゃない真琴」
真琴「え えへへーそうなんですかね~?」
千夏「え~大丈夫~? 闇の力で世界征服とかしない?」
真琴「え!?」
江丹雲「いやいや 闇だからってダークサイドって意味じゃないから
闇の魔女はマナの性質的に新種の魔法南下を生み出したりする人が多くて面白い属性なんだよ
タロス「物作りが得意な魔女さんが多いので”創造の魔女”とも言われていますネ」
江丹雲「そうそう 木幡くん野菜作りってより物作り自体好きだったりするんじゃない?」
真琴「ああ・・・そうかも・・・」
圭「ローブとか作ってたもんな」
千夏「しゃべる火の魔法も作ってたよね」
タロス「エッ!もう魔法を作ってるんですカ」
江丹雲「生粋だな」
真琴「そっかぁ・・・創造の魔女かぁ・・・
なんかうれしいです 自分の力がわかるって なんとなく魔女としての目標が見えた気がします」
江丹雲「そりゃよかった自分の能力の理解は人生のコンパスになるからね
このコンパスが真琴くんの魔女修行に役立つことを願うよ」
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諷虹 闇からの創造・・・まさに母体ですね
ローブ作るとかもやってることは完全に母親ですしね


虚空 上原先生の「母胎回帰性 と 闇」の闇の役割を示す大事な例だね。

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虚空 昨日ね、連休の時にもちょっと会う事ができたんだけど、家庭教師でみていた一族の子たちと語り合える時間が持てて・・・家庭教師の教え子は4人だったんだけど、一人は12月に生まれたばかりの息子と一緒、もう一人は妊娠中でけっこうおなかが大きくなっていて・・・。
そこで何十年かぶりに乳児を抱っこさせられたんだけど・・・
*その時の写真をみせる

虚空 本当に周りに祝福されているっていうのが分かる表情でしょ。邪気がない。

諷虹 無邪気っていいますもんね。

*この流れでヒマワリさんのお姉ちゃんの娘、体内記憶について語っているビデオも視聴
諷虹 わたてんの天使劇の場面・・・白い服、羽根、お花畑・・・それにお菓子を作っている場面もあったじゃないですか。この関連性っていうのも・・・

*アニメ「私に天使が舞い降りた!」最終回の天使の場面を視聴

諷虹 この昇っていくのが富士山みたいな形の山じゃないですか。
そして雲の上にお花が咲いているというのは、それこそ嶺上開花ですよね。
♪ 人は大地に 天使は空に・・・
虚空 コバルト君が児言態でいっていた「帰依する場所」って。


諷虹 (Nanba先生のライン書き込み 「私はこの会のメンバーと聖徳の子どもとは地続きだと思っています。それが意味することは、実は重く深いです。」を受けて)
まさに地続きですよね。

虚空 相反するものをつなぐもの、橋渡しするもの・・・

♪ 天使たちは人を愛で結びつなぐ

虚空 今回聖徳のおうち作文に何度も書き込んだメモが「ベース感情」っていう言葉だったんだよね。まさにこれ。

諷虹 イマジナリーナンバー(虚数単位)の「i」を「愛」とつなげた「博士の愛した数式」・・・実数軸と虚軸・・・

虚空 まさに日本古来の発想だよね。この劇は西洋の天使っぽいけどさ。

*新たに天界の仲間入りをした天使のシーン冒頭、頭からの描写

虚空 これも出産のアングルだよね。
♪ いつも笑顔と仲間たちの・・・・
(そんな天使の国よりも人間界を選ぶ)
*窓をながめている場面で
諷虹 あまり演劇とか真面目に観た事はないんですが・・・窓の外に向かって顔を出したりしながら歌う場面て多い気がしますね。こっそり逢瀬を交わす時なんかも窓から出入りしたりとか
考えてみれば光が差し込んだり、風を入れたりするのも窓ですもんね。
外と内の境界領域って感じなんですかね。
あと、思い出したのは叛逆の物語で、塞ぎこんでるほむらにまどかが傷だらけの手を伸ばすところ。窓から手だけが伸びてくるシーンですが・・・

虚空 ロミオとジュリエットの見せ場なんてまさにこれだもんね

諷虹 ここでは天使の羽根がきっかけになっているわけですからね。

(人間として生まれ変わるシーン。穴に吸い込まれていく。時間内に雪の道を歩んで峠を超えて行かなければならない。「これが寒さなのね」と実感。
♪ 天使の国離れ、あなたのもとへ向かうわ

虚空 これも「帰依」だね・・・


諷虹 すごい昔の記憶が甦ってきたんですけど・・・今日の発端もコバルトさんの「あたたかい」だったじゃないですか。

今「寒い場面を」というのをみてね・・・昔「暑い」と「温かい」の違いを・・・幼稚園の頃ですかね・・・童謡で「たき火」の歌

虚空 あのね・・・あのね・・・上原先生の「観察」の話にたき火がでていたからかもしれないけど、それも数週間前なんだけどね・・・。
ここ数日、何故か鼻歌で「たき火」を口ずさんでいたんだよ。だから今ちょっとというかだいぶビックリ!・・・ちなみにあと口ずさんでしまうのが「かじや」

諷虹 「寒いからあったかい」んだよな、っていうことなんですよ。
人間界に入る前に一旦寒いところを体験してから・・・。

雪山で遭難して助けられて温められた方が絵になるじゃないですか。砂漠で助けられて冷やされるよりも・・・

毛布にくるまって・・・あれも母胎回帰ですよね。

虚空 この現実の世界の厳しさが「寒さ」「冷たさ」とするとまさにそうだよね。

ピーターパン症候群なんていう言葉がはやった時に、ある高校生が「自立したくない。いつまでもヒナがいい。ずっと巣の中にいたい」って言っていたことがあるんだけど、これじゃ「母胎回帰」って言わないよね。やっぱり「内と外」がワンセット。

たまたまさっき、合宿2日目の空の写真についてコメントしたんだけど・・・

『朝日や夕日でもそうですが、やっぱり大事なのは異なるものの組み合わせのよるコントラストですよね。
雲一面でも、雲一つない青空でもどちらの場合もハッとしない。こんな風に適度に混じっているから美しい。
まさに「天気の子」の根源に関わるかな?』


諷虹 ガンダムでラスボスのようなキャラがいるんですけど・・・宇宙空間をみながら「寒い、ここにあと何年・・・」っていう場面があって・・・・。
この場面のときに心が寒いんでしょうけど。
兵士が死ぬ時に寒いっていうところもあるじゃないですか。
だからこそ極楽浄土の温かさを求める

虚空 浄土信仰だって阿弥陀様の光に包まれて極楽浄土へ・・・だって自分は母胎回帰って思うもんね。日本人のイメージだと観音様だって中性的ではあっても、どこか女性的なお姿であることが多いじゃない。

*人間界にやってきた天使・・・孫が足湯で温めてあげる

諷虹 これって伝承ですよね。
虚空 それがあったから消えずに済んだわけだよね。
♪ (二人をつなぐ象徴の)このケーキを 受け継いでいくの 命つきるまで


諷虹 大きな古時計もそうですよね・・・継承する者がいなくなって

虚空 あれさ、小さい頃は何でもう動かなくなったのかよく分からないで歌ってた・・・鈍感なお子様だったから。それが大学生になった頃かな・・・ああ、そうか、この時計は毎日ねじをまく時計なんだ、って。


諷虹 これ、おじいさんは天国にのぼる時に時計とはお別れしているんですね。
おじいさんが生まれた朝にやってきて、最期に役目をおえる・・・おじいさんと連動しているんですね。


*生まれる前の記憶 ハヤシライスと共にオムライスがでてきたことに関して
諷虹 オムライスって包むんですよね。それからケチャップで文字を書く楽しさ。
虚空 タマゴ料理出しね・・・「帰る」は「孵る」孵化する・・・
諷虹 色合いも黄色に赤。
(様々な食べ物の色の話題) 
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☆「英才児の特徴を作文から探る」 ・・・日本語英語の違いなども交えて

2019年 8月10日  諷虹・虚空やりとりに途中からコバルトブルー君とことりのおやつ君が合流。

英語と日本語の違い・演説にみる身振り手振り、という話などから始まっていますが、メインは I・Z小学校の「おうち作文」と比べながら特徴をうきぼりにしていきました。
どちらの作文が優れているか、ではなく、それぞれの特性を考えようというものです。

それ以外の話題も飛び出しているので、合わせて載せています。

(塾のバイトで二進法を扱った話・・・実際に64までを二進法に書かせた・・・そこから気づく事がいろいろ)

虚空 結局「0と1しかない世界だよ」ということで世界を作れるか・・・意識世界の問題だよね、数学云々というよりは。「やくそく」に従って素直に世界を作れるかどうか・・・十進法にこだわる子は苦戦するよね。1+1=10 なんて小1以来作り上げてきたことが根底から崩されるわけだからね。


諷虹 (ある例で、完成した時に)気持ちいいんですよね


虚空 そこだよね。そう思える人間・・・それこそ「添加」で新しい世界を拡大させることに心地よさを感じることができるのか、それともやっぱり自分のこれまでの常識に囚われて受け付けない・・・心地悪さというか違和感を捨てられないか・・・。

上原先生が英才児は感情やイメージと切り離せるということの深い意味だよ。
それは単に論理的・数理的に処理できる以上のこと。
それをやっぱりはっきりさせたいんだよね。

「英才児には個性がない」という言い方も上原先生はしているんだけど、これもどういった意味なのかは深く考えてみないと、とは思ってる。まだあまり駿煌会でも話題にはなっていないけど・・・・


諷虹 さっきの高校生・・・学校の先生は「二進数を暗記しろ」って言ってたらしいんですけど・・・。どういうつもりで言っていたのかは分かりませんが・・・まさか文字通り丸暗記で覚えろというつもりではないと思うんですけど・・・。
でも、その高校生は本気でそう受け取ってしまったんでしょうね。


虚空 そういうことばかりだよね、今の教育って。
例えば自分はやったことないんだけど、江戸時代の寺子屋でも聖徳でも学修塾ダンデリオンでも行っている「素読」。あれなんかは単に丸暗記というよりは、「器化」と関係あると思うしね。だから意味だとかいうことは敢えて触れない。
日本舞踊なんかのお稽古だってそうだって、家元の息子が言っていたけどね。その時の気持ちだとかは考えないで師匠の型をひたすら反復する。


諷虹 外郎売り、なんていうのもありますね。


虚空 筑波だったらガマの薬売りだよね。言語流暢性。
それとは違うけど、歌舞伎でいうと流れるようなセリフで有名なのが二代目河竹黙阿弥さん。
(ネット検索)
河竹黙阿弥の特徴は、歯切れの良い、日本人になじみのある、七五調のセリフです。・・・・リズミカルで小気味よいセリフを人気役者が舞台で披露すれば、そのセリフ待ってました~!とばかりに盛り上がりそうですよね。

(9時過ぎ コバルトブルー君、ことりのおやつ君、到着)
諷虹 「ひかえおろー このもんどころが 目に入らぬか」

コバルト 咲の「あなたの領域じゃないよ」にもってちゃえば

諷虹 テリトリーですね。(咲 阿知賀編)

コバルト 麻雀も頭で打つと負けるから・・・負けるというよりは崩れる。

諷虹 安手しかつくれないときには負ける

ことり 自分が好きなラップでそれがあります。(弁天小僧の名ゼリフが入る)

諷虹 日本人のラッパーや七五調を入れると受けやすい・・・日本人受けしやすいとはいいますからね。

ことり 確かに聞きやすいですからね。

諷虹 アメリカ語っていうか、英語での感覚とは全然違う。そのままの直訳ではわからない

ことり 韻の踏み方が英語と日本語では違う。

諷虹 アメリカ語っていうのは・・・

ことり 日本でも青森とか沖縄とかでも言葉が通じなくなる・・・同じ日本語でも全然ちがう言葉になってる

虚空 イギリス留学した知り合いもそれを経験したわけだよね。
発音だって違うし・・・。イギリス留学だったから、大変だったって。日本での英語教育はアメリカ英語だからさ。それを使うとすぐに「それはアメリカ英語だ。ここは違う」って言われたって。


コバルト 格式がありますからね

諷虹 イギリスフランスはうるさそうですね。

虚空 アメリカを見下している。

諷虹 日本人って外国人が片言の日本語を使っているのを好みますよね。
・・・中国人が日本語を話すと「・・・あるね」っていうのはどうして出来上がったんでしょうね。

虚空 実際にそんな風に日本語を話している中国人はいないのにね。


コバルト やっぱり英語っていうのは言葉としては不十分なんですね。手の動きがね。ボディアクションが必ずつく。
ことり 日本人がこれやったら失礼じゃないですか。

コバルト それを含めて考えるとものすごく不十分

諷虹 体を使っていない。

コバルト 体を使わないと十分に伝わらない。

諷虹 感情がすべてのせられないから、動きで補う。

虚空 つい最近、ヒトラーの番組がやっていたけど、あの演説だって直立不動でやってみ、っていったらああはならないよね

(動画サイト)
虚空 そりゃ天才的だよ。中身は別として北朝鮮のアナウンサーもこんな感じだろ。
(チャップリン「独裁者」のスピーチシーンの部分を探して観る)
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4429961
虚空 現代の教育批判にもきこえるね、この内容。

諷虹 ヒトラーが興奮しているところをまねていても内容は真逆にしているんですね。
「絶対値記号」のように。
意識的に手は動かしていない・・・「手は出さない」・・・

虚空 最後だけは手を動かしたね。

諷虹 演説シーンの結構有名な・・・・
ガンダム動画
https://www.nicovideo.jp/watch/sm29958
ことり 設定は何人なんですか?

諷虹 ・・・・宇宙人ですね。
これを声優がイベントでやったのがあるんですが・・・
動画サイト
https://www.nicovideo.jp/watch/sm9307157
(狂気のさたのアニメ演説で有名なもの)「私は戦争が好きだ・・・」
https://www.nicovideo.jp/watch/sm4652913

諷虹 カリスマ性ですよね

コバルト カリスマってその方向にもっていく

諷虹 共鳴を起させるんですよね。

虚空 それが集団催眠効果だよね。

諷虹 決起集会・・・バタフライ効果ですよね。着火点がこうした演説。

コバルト 選挙でもよく使われるけど、足し算の効果じゃなくて、かけざん。
目的をもたせられるというか選択肢がない。

虚空 かけ算だって足し算的なじゃないから。指数だよ。だからバタフライエフェクト。


(縄文顔の話題)
コバルト 原始に帰る。

虚空 上原先生の「忘れ水物語」追い書きだね。

原子爆弾とは誰が名付けたのか、私は知らない。私だけがではない。原子とは何かを説明出来る人は、専門家以外、そう多いとも思えない。私は音の似通いからばかりではなく、原子に原子を思ってしまう。原子爆弾は、人間を原始に返してしまう爆弾であった。それは人間にとって瞋恚と悔恨との咒符にはちがいないが、それ以上に、逃がれられぬ咒詛の中にしか生きられないことを思わせられた。
 
(エヴァ 劇場版 心よ原始に戻れ)
世界よ まぶたを閉じて
生命は目覚めて 時を紡ぎだす
あなたの証拠をさかのぼるように
そして光が胸に届く
心よ 原始に戻れ
コバルト 月光と綾波レイ

諷虹 ヤシマ作戦が名シーンなのは夜だからってのはありますよね。

虚空 カヲル君だって青白い光のイメージだもんね。

(『おうち』意識の図を見ながら)
コバルト お笑い芸人とかはこの真ん中、源に近づくにつれて万人にうけるようになっていく
「生命」ってのは・・・東北にちんこ祭りとかありますしね。

虚空 農耕民族だからね。結局は全部そういう方向に結びついていく


諷虹 この「深層意識世界」とか「生理現象」とかゆゆ式っぽさありますね
体験したことないけど、共感できちゃうあるあるネタとかもこの辺ですよね


コバルト 原始だよね。中心に近づくほどそこに居たくなるとか・・・手を伸ばしたくなるような場所


虚空 外側の部分ほど個人差が出てしまうけど、中心部分は口に出すか出さないかは別にして共通な感覚だからね。だから「お笑い芸人」なんかでもみんなを笑わせようとするとそういう方向になるよね。一発芸なんかそうじゃない。
昔で言うと「8時だョ全員集合」。

(補足1)
 虚空の卒業論文「フレーベルにみる感情教育の原理」・・・「共通感情」が意識のベース。「恩物」で遊ぶ感覚から、「自然・宇宙・神」へとつながっていく。

(補足2)
おうち論文 P26 石崎小4年男子
おうちの中はめろだらけ。トイレやおふろや台所や、いろいろな所につながっている。めいろをたどっている人が、今、宇宙にいった。
(終業式作文 R小学校とIZ小学校の違い)
虚空 ・・・成績表を返さるところまではだいたい似ているんだけど、その後がね。IZ小は「さあ、明日から休みだ、ワーイ」っていう感じで終わる。でもR小はそこからが長いんだよね。家に持ち帰ってどうやって母親にみせようかとか、みせたらどうなるかとか、小遣いを減らされそうだとか・・・・いっぱい書く。

IZの子には「そういうのを書いてもいいんだよ」といっても、「何書くの?」っていう顔をされる。もちろん中には厳しい家もあって書く子だっているけど、少数派なんだよね。

諷虹 ツイッターみたいなもんですね

虚空 動画のコメント。こころの実況中継

諷虹 量子論の観測のようなものですね。観測したら安心してオワリなのがIZ小で、観測してからあれこれ考えるのがR小。たとえそれが悪い結果だったとしても確認したからそれ以上下がらないからもう安心って感じなんですかね。

私も小中学校の頃は、テスト帰ってくるまで「100点だったかな」と「ミスしてひどい点数かも」が同時に存在している・・・シュレディンガーの猫のような。で、点数見て一気に心が落ち着くって体験はよくしてましたね。いい点だったとしてもどこか冷めるというか

虚空 だからね、ずっと話題になっている英才児の「観察」・・・IZ小って案外読み直してみると、興味関心のある部分に関しては細かく観察を書いているのが多いんだよ。
留守番中のもね・・・ボットン便所の探検にしてもさ。

コバルト君の「お母さんのお腹の中」作文もそうなんだよね。

じゃあ聖徳の英才児とIZ小とでは何が違うかっていうと、聖徳の方は「レポート」というか「報告書」のような感覚。数学とか理科の考察文のようにね。
だから生活作文で細かく書いていても、気持ちなんかは書いても、ナマの部分は極力いれない。オフにしているんだと思うんだよね。
決してそういう感覚がないんじゃなくてさ。

だってあれだけ高学年でも廊下でキャッキャと子どもっぽくはしゃげるんだもん。
1年生だってうんち作文で壮大な物語を書いていた子もいたしね。

だから単純にモード切り替えというだけだと思う。

あと、もう一つ違うのは、何度も引用している上原先生の師匠の郡司先生の「江戸庶民」の発想法。
江戸人の目は、いくつもの世界を、同時に一緒にみることの能力があった。トンボの眼のように、複眼的構造は、同時に、いくつもの事象をうつしとることができる。あるいは、それは封建時代に生きる者の生活の知恵であった。右か左かを分明しては生きてゆかれなかったこともあろう。なまじい教育のある者にとっては矛盾として受け入れられないものを、おもしろしとして、そこに見るべきものを見た世界構造。それが歌舞伎の構成であった。

 江戸歌舞伎は、テーマを四つも五つも一つの作品に盛り込み、鵜匠の手綱のように、その捌き方の技術を、ほれぼれと舞台で鑑賞するような、そんな生活基盤の美的基準がもうなくなってしまったのかと考えこまざるを得ない。
自分は「多次元構造の同時進行」っていっているけど、さっき中3の授業では「量子コンピュータ―」って例えた。あの「重ね合わせ」のこと。

アニメに例えると、IZ小は「なのは の 収束砲・・・すごいやつはスターライトブレイカー」とか「宇宙戦艦ヤマトの波動砲」に似てると思うんだよ。

で、聖徳は「フェイトの切り札 ファランクスシフト」だと思うんだよね。
ネット解説
フォトンランサー・ファランクスシフト(Photon Lancer Phalanx Shift) † 
→考察
使用者:フェイト・テスタロッサ
魔法ランク:AAA
フォトンランサーのバリエーションにして、1期時点でのフェイトの最大攻撃魔法。
30発以上のフォトンスフィアより繰り出される、フォトンランサーの一点集中高速連射。
小説版によると、生成されるフォトンスフィアは38基。 ここから毎秒7発の斉射を4秒継続することで、合計1064発のフォトンランサーを目標に叩きつけることになる。 メガミマガジンの設定資料での記載もほぼ同様で、継続時間の表記はないが『合計38基のフォトンスフィアから秒間7発の高速連射を行う「一斉射撃」』とされている。
フェイトの教育をしていたリニスが、機動力に頼りがちなフェイトの絶対防御対策として考案した。 リニスがフェイトに手本として見せたときは発射体は20体に満たなかったが、フェイトに課した目標は最低30体の生成だった。 当初フェイトは3体までしか生成できず、本人も同時発動・制御が苦手だった。 しかし、そのためにリニスの作ったインテリジェントデバイス・バルディッシュを手にすることによって、この魔法も完成に至った。(以上小説版)
なのはのスターライトブレイカーほどではないが、この魔法も呪文詠唱にそれなりの時間が掛かるため、使いどころはかなり難しい部類と言える。 本編中では、なのはをライトニングバインドで拘束して時間を稼いでいた。 また、フェイト自身の魔力を莫大に消費するため、1度使うと後がない状態に追い込まれかねないことも注意点と思われる。
リニスは発動・命中さえすれば防げる相手はまずいないと言っていた。 小説ではバリアジャケットの原形をかろうじて保っていられるほどの損害をなのはに与えたが、アニメ本編ではまったくの無傷に終わった(VFB054)。
因みに「Phalanx Shift」は、古代ギリシャに端を発した攻防一体の密集陣形戦法であるファランクスが由来と思われる。 それに由来するバルカンファランクスと呼ばれる圧倒的な連射速度を持つ機関砲もある。 本編中での発動呪文は以下の通り。
「アルカス・クルタス・エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもと撃ちかかれ。バルエル・ザルエル・ブラウゼル。フォトンランサー・ファランクスシフト。撃ち砕け、ファイアー。」
使用話数:1期第11話、小説版

コバルト このテストの成績・・・不安・・・不確かだから恐ろしい

諷虹 ジャパンホラーは、お化けとか妖怪の姿をみせないからコワイ。逆に出てきた方がこわくない。

コバルト 黙っている方がこわい、しゃべると安心

虚空 考えちゃうんだよね。
四谷怪談でも最もコワイのはお化けじゃなくて、顔が崩れていても髪の毛を櫛でとく場面。あれを延々とやる

ことり (金縛り体験)布団バリアがはれない。もぐってしまえば勝ちなのに。

諷虹 観たい方向をむけないから確認できない恐怖

(あるホラーで潜ろうとした最終ラストリゾートである布団の中にコワイのがいた)

コバルト 最終防衛線。
量子論っていうのが「不確かなもの」っていうのも・・・

ことり ホラーの恐怖と現実の怖さって違いますよね。

諷虹 (いろいろ語る)
死んじゃえば逆に安心っていうのもあるかも。
面倒なゆえの自殺なんかの気持ちもわからないでもない

ことり 人間って群れで生きるものだから、一人の怖さとかも・・・

諷虹 新学期とか、悪い想像ばかりが浮かんでワクワクじゃなくてドキドキ。
想像よりマシと思いたいから逆に悪いことばかり考える。よく考えていて裏切られた時によけいにショックだから。

(ことり スマホ買い替えのトラブル クレームをつける時にどこまで紳士的でいられるか 感情の交え方のさじ加減)
諷虹 嫌な思い出がつきまとうものって・・・心の平穏が常に脅かされる。
子供の顔見るたびに虐待とかしちゃうのもそうなんですかね。
ホラーだとスタッフロールでもうそこで終わる。
自分は怒ったことがあんまりないんですよね。怒りの一線を超えたことってないんです。嫌な思い出がくっつかないように。どちらかというとグッとおさえてしまう。


(インチキ商法)
虚空 騙されることはあっても、騙す人間にはならないっていうことだよね。

諷虹 (実例いろいろ)

ことり そういう生きかたはしたくないですね。

(豊田商事問題・・・被害老人の態度)

(処世の問題)
虚空 IZ小はストレート。R小はいかに誤魔化していこうかばかりなんだよ。
だからIZ小の子は大人になってもたくましい。

コバルト (おうちの図を観ながら語る)

ことり どうすればそういうことを考える余裕ができるんですか?

虚空 っていうよりは、そういうことを考えているから余裕ができる。

諷虹 やってから、あとから考えればいい、っていう

ことり 基盤ができていればそういうこともできるんでしょうけど・・・。

諷虹 大学で家庭環境についてしっかりと把握することって。子どもが家のことの不安を抱えていると勉強どころじゃなくなる。

今、「ソウナンですか?」っていうアニメがやっていて、それの流れになってきていますね。
本当に食べ物がなくなったらどうなるか、っていうのを描いている。

(実家に住み続けたいかどうかの話題)
ことり 一言でいうとコバルトさんが羨ましいんですよね。安定した生活をずっとしていて

諷虹 自分は死の恐怖とは明日の不安を感じたことはないんですよね

コバルト 正社員とアルバイトの違い

諷虹 負荷になることは避けたいから実家にいつづけたい・・・

ことり ものごとを深く考える環境が実家にはあるんですかね。

コバルト 構える必要がない。鎧の必要がない。生命体のままでいられる

ことり (引き籠りの問題)

諷虹 実家ぐらしだから引き籠りもできる

コバルト 現実問題でというのがなかなかないしね

ことり 何かあっても親がやってくれる

諷虹 ただ、普通に生きていられればいい。ハングリー精神はないですね。実家だと

ことり 長生きの秘訣ってそうかもしれないですね。
(午前1時頃 解散)

☆「産み落とされた」という言葉から「子どもは神の領域」感覚へ

この前からやりとりされている上原輝男先生の「母胎回帰と闇」に関することの続きとして諷虹君が「月光」という歌を紹介してくれたことからの発展です。


ちょうどこの前の時間、ヒマワリフクロウさんの家で帰省中の元教え子であるお姉さん&まだ幼い娘さんお二人を交えて交流していた時の出来事とも相まって、不思議な感覚でした。

そこからさらに、諷虹君がずっと前にも話題になったことのある、ある自閉症の若者の「飛び跳ねる感覚」についての動画紹介へとつながっていきました。


まさに子ども達はみんな神の領域の存在・・・だからライフインデキス(生命の指標)たる存在・・・というところで話は終わりました。

⇒虚空が学生時代に読んで大きな影響を受けた、
竹内敏晴さんの「ことばが劈かれるとき」にことにもちょっだけ触れています。家のどこかにはあるのですが・・・みつかりそうにない。古書で探そうかな・・・・




最後にはヒマワリフクロウさんとのラインやりとりも紹介。


ここでも、子どもが「旬」の存在であることを再確認。


そんな子どもを「現実対応」ばかりに意識を向けるようにしてしまっているのは・・・ましてや本音では大人の利害のために・・・。


「七つまでは神のうち」というのが日本人のすごい直観であり、そういう子育ての常識があったから、逆に物心ついてからの(特に庶民の)過酷な現実生活をイマジネーションの力によって乗り越える強さ・・・も会得していたんだと思います。
☆2019年8月9日 諷虹宅

(上原先生の「母胎回帰と闇」に関するやりとりの途中からです)

諷虹 (トリック主題歌 「月光」2000年8月9日に発売された。作詞・作曲は鬼束ちひろ、編曲は羽毛田丈史。表題曲は、抑圧からの解放を願うミディアム・バラードである[1]。)
この発売日の日付が8月9日というのが・・・・。
♪ I am GOD'S CHILD(私は神の子供)
この腐敗した世界に堕とされた
How do I live on such a field?(こんな場所でどうやって生きろと言うの?)
こんなもののために生まれたんじゃない

この「産み落とされた」っていう表現ってよくあるじゃないですか。
この天から降りてきたっていうのもよくあるじゃないですか。
不思議な表現だと思うんですよね。曲名も月光ですからね。


虚空 あのね・・・さっきまでいたところでどんなやりとりがあったかは全然まだ話してないじゃない。でもね、こっちがまだ何も言っていないのに、こういった話題が飛び出してきたというのが、さっきの8月9日以上にビックリだよ。
1、ヒマワリフクロウさんの姉が小3の時に書いた お母さんのおなかの中にいた時の作文

2、幼稚園児の娘さんがいきなり話し始めたお母さんのおなかの中に入り込む前の記憶・・・
(概略)羽根をつけて空をとんで、空からママをみつけて、羽根をとってママの口から飛び込んでおなかの中に入った・・・出てくる時はクルリンってまわって出てきた・・・というような話。)
諷虹 わたてんの天使のを思い出していたんですけど・・・母胎回帰というのとはちょっと違いますが、帰る=還る


虚空 上原先生は「孵る」で説いていたけどね。


諷虹 やっぱり重力に縛られている感はあるんですかね。煩わしさというか

羊水に包まれているってことは水中に近いような浮遊感覚・・・それが出てくると重力を感じてしまう。

空を超えて、宇宙という無重力状態=羊水の中っていう母体回帰のイメージが結びつくんですかね。

湯に浸かるというのも。心の洗濯なんてミサトさんは言ってましたけど

虚空 ♪ 空を超えて・・・ラララ星のかなた・・・♪
鉄腕アトムの主題歌が思わず出てきたんだけど・・・


諷虹 プールの時に地上以上に滞空できるじゃないですか。ジャンプした時とかにも。
この季節に子供がプールとか入りたがるのはさっきの母体回帰とかそういう面もあるのかもしれないですよね・・・単に冷たいからってだけじゃなくて。底に足をつけてはいけないというのがスイミングでも・・・・


虚空 だいたいさ、生後間もない子なんかの方がプールで浮かんで遊ぶってきいたことあるよ。水を怖がらないでさ。そりゃそうだろうね・・・まだあの居心地の良さが感覚にしみついているだろうから。

(ここから何故か 戦艦大和に関する新作映画の予告 に話がとぶ)

諷虹 戦艦に「大和」って名付けるっていうのはすごい感覚ですよね。
相当な自信というかね。「大和」がおちたら日本が落ちるという感覚もあったと思いますけどね。


虚空 だってね、自分が知ってるだけだって、宇宙戦艦ヤマトからはじまって、艦これとかアルペジオとか、ストパンとか・・・いっぱいあるよ。
ドラマでも市川崑監督が撮っていた

諷虹 「大和」そのものの語源がありますね。諸説あるようですが・・・(wiki)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%92%8C
山のふもと(⇒倭参照)
 
「やまと」は元は「山門」であり山に神が宿ると見なす自然信仰の拠点であった地名が国名に転じたとする説
また山がでてきますね・・・

確かに高いところに神様が居るっていう感覚・・・さっきの神の子どもがこの世界に堕とされるとか、宇宙の感覚とかが全部つながってきそうですね

馬鹿と煙はなんとやらなんて言いますが、馬鹿はそういう神秘に魅せられてるんですかね

虚空 自分は高所恐怖症だったからな・・・・

さっきの浮遊感覚でいえばさ、あれって臓器感覚でもあるんだよね。内臓全体がフワッと浮く感覚。それを心地いいと感じるかどうか。
自分は苦手だったからね・・・だからブランコも大きくこげなかった。

ヒマワリフクロウさんのお姉ちゃんの子ども達はさ、5月に会った時には浮遊感覚全開でキャッキャキャッキャ大騒ぎしていたけどね、あれは臓器感覚の変動が快感なんだね。

諷虹 自閉症の子の書いたことで話題になっていたので「僕が飛び跳ねる理由」っていうのがあったんですけど・・・それが出てくる番組の動画です。
動画「君が僕の息子について教えてくれたこと」視聴
虚空 自閉症に限らず、子どもの行動をさ、大人の基準で判断しすぎるんだよね。本当はきちんとした意味を持っているのにね。
長所と短所がひっくりかえってしまいがち。
そもそも全く違うものを観ていることばかりだよ。

英才児だってさ、そういうズレってよほどこちらが気をつけないと、真逆の評価をしてしまう。
自閉症児でも乳幼児でも、 普通の会話が出来ないと、意味のあることを考えることは出来ないなんて、勝手に解釈しちゃいがちだよね。
作文に何も書けない子、自ら発表が出来ない子・・・はたしてそれは本当に考えがないからなのか。

学生時代に読んだ、竹内敏晴さんの「ことばが劈かれるとき」にもあったんだけど・・・確かね、言葉を出さない子は、実は「あなたには本音を出せません」ということを全身で訴えているのかもしれない、って。

実際に教師になってからこれはすごく感じた。

動画内の語録

*言葉を発しないから何も考えていないと思われがちだったが、文字への関心は強かった。訓練したら作文を書けるようになった。すると非常にきちんとした文章が書けるまでなった。
(記憶の仕組みの違いを本人なりに解説)

*親の方でできることは「空間と時間を与えてやること」

*「どんなことがコワイか?」ときかれ
「人の視線がこわい。人はいつも刺すような視線でみます」

*「どんな時に幸せ?
「昔は自然と一体かした時間が幸せでした。今は家族で笑っている時や、僕の本を読んだ人達から感想をいただけるときが幸せです」

*「お父さんとしてどうすれば自分の自閉症の子に接すればいいですか?」
「そのままで十分だと思います。お子さんもお父さんのことが大好きで、そのままで十分だと思っているはずだからです」

「僕のために誰も犠牲になっていないと、子ども時代の僕に思わせてくれたのが、 僕の家族のすごいところです」

「絵の具で色を塗っている時、僕は色そのものになります。目で見ている色になりきってしまうのです
筆で色を塗っているのに画用紙の上を自分が縦横無尽に駆けめぐっている感覚に浸ります」


虚空 自閉症だから特別なことを言ってると思われがちだけど、こっちの方が人間として全うなんだと思うよ。


諷虹 英才児にもそういうのってありますよね。


虚空 それは子どもとか全体にいえるよ。「この子何をいっているの?」っていう子が実はすごかった、なんていう経験は何度もしてるから。

大人の常識を超越している。

だから子どもは大人や社会のライフインデキス(生命の指標)っていう位置づけだったんだもんね。神の領域の存在。


人間の常識は 神の非常識
神の常識は 人間の非常識
ラインやりとり・・・本当はヒマワリフクロウさんも途中で合流する予定でした。
でも参加できないという連絡があり・・・・


21:12 虚空
やっぱりお子様たちが手放さなかったかな。
ちょうど今、どんなやりとりをしていたか・・・正確に言えば、おうち意識の母胎回帰の話題にちょっと入ったところで全く偶然に諷虹君が提示した歌のことで・・・というのを駿煌会ラインにこれから載せます。
まだそちらの家でどんなことがあったかは全く話していません。

21:22 ヒマワリ
先生帰ったあと、NARUが花火やろう騒いで、5本だけ花火やって、お風呂入ろう騒いで、NARUと一緒にさっさと入ろう思ったら、SUZUまで入ってきちゃって(たらりー)
今はマニュキュア塗ってだのと(たらりー)
すみません(たらりー)
(このブログ記事の冒頭部分を駿煌会ラインの方で紹介)

21:32 ヒマワリ おぉぉ〜…
穴って、月光なのかな?
月、天の穴。


21:39 虚空
このあたり、もう少し詳しくお願いします。
今こちらでは、浮遊感覚と「水」が話題になっています
あのお子様方と一緒にお風呂に入った時に、いろいろと聞くなり試してみたら面白いかもね。
(諷虹・虚空のやりとりの一部をラインで紹介)

21:53 虚空
お子様からすれば、あなたは「魔法使いのお姉さん」にみえるのかもね。



22:08 ヒマワリ
ほぉ!なるほど…。
子どもってほんと好奇心の塊なんだなって最近改めて思えたよ。
先生が姪っ子らと触れ合ったときから、私も姪っ子らの見方が変わったし。
あと短大時代に授業の一環で、「キーウェイディンの回想」っていう本を読んで感想を書けってゆう課題があって、その本ずっと家にあるんだけど、久々に読んでみたりなんかして、尚更子どもの気持ちってものを考えたり。

こうしたい!と思ったことに実直なのが子どもなんだと。

こうしたい!と思った瞬間、こうしたらどうなるのか…なんて考えるのは大人だけなんだなって。

そう思えたからこそ、本当は明日やる予定の花火を、今日NARUが「やりたい!」って言ったときも、ママや姉ちゃんは「明日やるでしょ〜?」って言ったんだが、なんだか私は5本だけやろうかーと付き合ってあげられる気持ちができたよ。

子どもの気持ちを本当に理解することはできなくとも、わからないまま受け止めることが「理解する」に繋がる…みたいなこと、キーウェイディンの回想のあとがきに書いてあったんだよね。



22:11 虚空
まさに「今」なんだよね。「旬」・・・「生命の発露」そのもの。
明日になったら、関心はもう薄れてしまうかもしれないのも子どもだしね。

☆「おうち意識」をさらに深める  「出産時の思い出」作文等々から

2019年7月29日(月曜日)以降のラインやりとりです。

手話を会得したゴリラの死後のイメージからはじまっています。

やりとりの中心はコバルトブルー君が小3の時に書いた作文「お母さんのおなかの中にいたとき」に関してです。

その中から最終的には「ウルトラマンのカラータイマーは陣痛であり泣きではないか」というコバルトブルー君からのイメージまで飛び出します。
13:55 コバルト
https://tocana.jp/2018/04/post_16546_entry.html
記事の引用です。
「ゴリラは死んだらどこに行くの?」という質問に対し、ココは「苦しみのない穴に、さようなら」と答えたという。

シンプルな言葉ですが、なかなか含みがあるものだと感じます。
何事もシンプルが一番分かりやすいんです。
数式化、図式化というのは物事をシンプルに出来るから分かりやすいんですね。
おうち意識にしても捉え方一つなんですね、地元丸々がおうち意識になったりする訳だし、広げれば国である母国、もっと広げれば地球、もっと広げれば太陽系、もっと広げれば天の川銀河になっていくんです。
内(家)って狭くも出来れば広げられたりもするんですよね。内を広げれば外にあった者と繋がれたりするんです。
また戦争の根底には、おうち意識があるんだと思います。
どの戦争にしてもそれぞれ皆が持っている最終目的地点は「平和」に行きつくのですから。
昨日の敵は今日の友っていうのも、自分の意識の外に在ったモノを「内」に入れたということだし、また??って感覚だと分かりづらいから家を取っ払った縄張り意識っていうのほうで考えると見え方がかわるかもしれないですね。
常に突破口は自身の外側に存在しているんですね。
きっと求めるのは円の中心にある平穏です。
人はその円の中心を守るために行動するんです。
また虚空さんは平穏がおびやかされているから疲弊していってしまうんですね。

21:55 虚空
みなさんは、特に今時の若者にしては珍しい幼少期を地域として体験して成長してきているというのは大きいです。

今回のラインの中にも「おうち意識を広げている」発想の内容がありますが、実際に過ごしてきた地域での「実感」をふんだんに交えての資料なり意見なりは、非常に大切なものになると思います。

 つい、先ごろ、あの頃のいくつかの作文を発掘しました。ナマというか生理感覚というか、そういう傾向はやはり極めて強い作文が多いです。(それは、この前紹介したおうち論文のをみてもわかることですが、活字でない作文そのものだと、余計にそれが伝わってきます)
ちなみに発掘した作文の中には、平成7年度の3年2組が書いた「お母さんのおなかの中にいたとき」という思い出作文もありました。
コバルトブルー君は自分がどんな作文を書いたかは覚えていますか?

22:28コバルト 微かに感覚が憶えているような感じはあるのですが、出てこないですね(笑)


22:33 虚空
小3の時点で、分娩室での様子を知識として何かでみたり聞いたりして知っていたのか、それとも全くの想像で書いたのかが気になる内容の文章です。
そのあたりどうだろうね??? 

2019.07.30 火曜日
00:12 コバルト
ちょっとはっきり出てこないですね!
きっと想像で書いたと思いますけど。
06:10 虚空
(本人の了承を得て掲載)
09:14 コバルト
今の自分には書けない作文ですね。
やはり序破急スタイルで不安定ですね(笑)
、。を使わず連続的、更に更にスタイルですね。
最後のところは「目とかハイハイが出来て団地に住んで、そして外に遊びにいって、そして泣かされたことがあった。」と書いてあります。

09:17 虚空
この作文に注目しているのは、実はあのクラスによくみられるタイプのとはちょっと違うからなんです。
また、例えばちょっと前に話題にしたコバルトブルー君の「におい作文」とも違う・・・
そこがとても興味深いんです。
ところで実際に団地に暮らしていた事ってあるの?

09:34 コバルト
 小学校にあがる前は団地に住んでいました。
だから意識の基準はまだ団地の方にあったと思います。
いろんな世代の子供が沢山いて、当たり前だと思っていた世界がみんなと遊んでいるうちに新たな発見を見つけたりして、別世界が生まれたり、常にワクワクしていました。
(最後のところは)自分の目、足で外の世界を冒険しにいくと、言いたいんだと思います。

09:38 虚空
この2番目の段落に書いてあることと、この作文の特徴というのがつながっているんですけどね・・・・・そしてそれがまさに、このところずっとT・K先生とのメールをもとに諷虹君とやりとりしている事ともつながる部分。
自分では今回の合宿のポイントと思っているんですが・・・

10:59コバルト
ポイントとしては循環的な生まれ直し(出産)ですかね?
ドラえもんでも毎度のび太がジャイアンに泣かされて家に帰ってくる。
そしてドラえもんに泣きつく。お腹にある4次元ポケットから道具を出す。
ドラえもんは押し入れで(暗い場所に籠もる)寝るっていうのも面白いです。

11:36 虚空
 今回のポイントとして「形式的な部分」と「根源的な部分」と二つの側面から考えています。
このドラえもんの考察は後者の方ですね!

これは皆さんへの問いかけですが・・・
広く知られれているようなアニメなどで、根源的な「おうち意識」に連なるようなので思いつくのありますかね???
一見おうちとは関係なさそうでも、これも広い意味でのおうち意識と呼べるような・・・
例としては昨日の4時3分のライン記事、コバルトブルー君のコメントにあったような感じの拡張で、具体的な何かアニメとか映画とかドラマ・・・

『 おうち意識にしても捉え方一つなんですね、地元丸々がおうち意識になったりする訳だし、広げれば国である母国、もっと広げれば地球、もっと広げれば太陽系、もっと広げれば天の川銀河になっていくんです。
内(家)って狭くも出来れば広げられたりもするんですよね。内を広げれば外にあった者と繋がれたりするんです。
また戦争の根底には、おうち意識があるんだと思います。
どの戦争にしてもそれぞれ皆が持っている最終目的地点は「平和」に行きつくのですから。
昨日の敵は今日の友っていうのも、自分の意識の外に在ったモノを「内」に入れたということだし、また??って感覚だと分かりづらいから家を取っ払った縄張り意識っていうのほうで考えると見え方がかわるかもしれないですね。』


15:03 虚空
おうち作文等々を読む観点ですが・・・
過去に私が児言態でのおうち作文分析結果をまとめた「おふくろの世界・・・」の時に加えて
今回全面に出していきたい新たな部分が次の2点です。

ポイント1「形式的な観点」
「観察」という構えの程度

ポイント2「意識のベースとしてのおうち意識 からの 飛躍(相転移)」
意識のベース と 宇宙やあらゆる世界との共振・共鳴
母胎回帰 と 闇 と 真床覆衾襖(まどこおぶすま)

もちろんこれは、最近のやりとりから浮かび上がってきたものですので、これ以外に「こんな点にも注目してみたら」というご意見なども早め早めにお寄せください。


22:07 ヒマワリ
 うむ、考えてみる。


22:59 虚空
 前にも書いたけど、実際の体験とか感覚をベースに自分の内側から掘り起こしていってみてください。
みなさんにとっての「当たり前の感覚」は、今時相当希少価値ですから。
特別なことを掘り起こそうじゃなくてね。
のんのんびよりなんてみるとよく分かるよね。


23:21 コバルト
たとえば学校の運動会であれば白組赤組と分かれて競うわけですが、クラスというモノを飛躍するわけじゃないですか。
たとえばルパンと銭形が共通の敵が現れたときに、休戦を結んで共闘するシーンとか、アンパンマンとバイキンマンの共闘シーン、映画版でよくある別世界に行けば、のび太とジャイアンがいじめっ子いじめられっ子の関係性がなくなっているなど、自分的にはそういう場面が特に好きなんですね。
まさに相転移がおこっているわけです。

2019.07.31 水曜日
08:13 虚空
 劇場版のガルパンなんかもまさにそうですね。
あれで興味深いのは、リーダーの指示に従ってという一般的な「指示系統」で闘おうとした前半では大打撃を受けたという描きかた。
個々人が自分のできることを精一杯という感じになったら、統率はとれていないようで、大きな意味での統率が自然にとれて常識外れの勝ちにつながった。

これは古武術の世界でもいっていた話に通じます。
それが古代日本人の世界観であり・・・現代風にいえば「組織論」にもなっていく。
あの時のクラスでいえばそれが端的に現れたのが「大掃除」だったといえるかもね。

 そのあたりのことも、「幼少期からもっとも身近な実感である おうち感覚」が意識のベースであり、そこからの共振・共鳴があらゆる人達との「共感」とか、あらゆる世界とのつながり・交信になっていく・・・という全体像になっていくと考えます。
(これまでの駿煌会のやりとりをふまえるとね)


08:49 コバルト
そもそも感情や意識って整数的にはならないんですね、乱数的に移ろい変わっていくもの、だから序破急スタイルが本来はしっくりくるはずなんです。


11:43 虚空
この場合の「整数的」というのは「決められた順序通りに」という意味ですよね?


11:50 コバルト
 そうです。
起承転結みたいな法則性があるものという感じです。
*コバルトブルー君との個人ラインから
8月3日 (土)
16:46 コバルト 
そもそもお腹の中にいたという明確な記憶なんてないのだから、だったらお腹の中にいたという記憶を一から?0から?構築してみようというふうになるんですよ。
とにかくやってみれば見えてくるものがあるかもしれない、そうやって微かな感覚から手探りで広げていって構築していくとこういう作文ができあがるんですね。
そして最後に核として扱っていた部分(最初の衝撃)(ファーストインパクト)「泣く」まで辿り着いた訳です。
作文を何回読んでもこの他の部分以上に「泣かされたこともあった」という部分には大きな節を感じる訳です。

20:30 虚空
 出産時の産声等々、赤ん坊にとっての泣きは登場しないのに、後日談としての最後の最後のところで「泣き」にふれたというのも興味深いものがあります。
フト思い浮かんだのがウルトラマンの3分の設定でした。

2019.08.04 日曜日
03:59 コバルト
3分の設定だってあのカラータイマーの赤の点滅が陣痛ってなってくる訳ですもんね。
帰るんですもん、別れになりますから、そりゃ泣きますよね。(ターミネーター2の別れ等々みたいに)


06:37 虚空
初代ウルトラマンでカラーターマーがなりだしたときのナレーションの中で次の言葉は本放送の幼児の頃から意識に強くひっかかっていました。

 「ウルトラマンを支える太陽エネルギーは地球上では急激に消耗する。」
なんとなくですが「へー、地球ってそんなに大変な場所なんだ」というような・・・。
実際、その後小学校や中学校でいじめをはじめとして、大変な日々を迎えることになったわけですが(苦笑)

06:38虚空
 カラータイマーを陣痛にたとえるっていうのは、コバルトブルー君のオリジナルの発想ですか?それとも何かに書いてあったのかな?
帰る際の「泣き」というイメージと重ねているというのも、興味深いところです。


09:05 コバルト
 オリジナルです。
多分そういったのないんじゃないですか。
感覚からボヤァと出してます。
そういう部分でまさに嶺上開花なんです。
見つけた!という歓びの発見があるんです。
ここでもやはり0地点という位置づけが必要なんですね。
本質までを探るために序章を創る必要があるんです。
だから序破急。

☆上原輝男先生語録 「意識の転換」関連

これも虚空の別サイトで紹介しているものです。
根底には被爆体験が大きく影響しているようです。

この中で「常識」や「知識教育」について否定的な見解が述べられていますが、先生が否定されているのは「西洋流」のものであると私は受け止めています。

日本人には日本人としての「知識教育」があり、また論理性や数学的思考についてもあったと思われます。

そうしたことはたびたびこれまでも述べてきたように「感情」や「イメージ」を縛るものではなくて、むしろ人知を超えた領域に押し広げてくれるものだと考えています。

上原先生が「中学年には論理思考の訓練」「感情やイメージと切り離された言葉の世界があることに気づかせ、言葉を操る力(言語操作性)を会得」「中学生以降は知識教育も必要」と盛んに強調されていた真意をはっきりとさせたいというのが、現在の自分が探求し続けている大きな課題です。

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イメージの転換(意識の転換)(トランスフォーメーション)
人間はイメージを転換させるためのトランスミッションを持っているんです。その『イメージの転換』をトランスフォーメーションという言い方で呼んだんです。

何故日本人は『新年』のことさらなる形をとってきたか・・・事あるごとに意識の転換を図ろうとしてきたんですよ。「あらたまる」「つつしむ」って、転換の時間としてきたんです。・・・

知識による体系とは違う世界を作ろうとしたんです。正月はトランスフォーメーションを起こすためのものだったとも言えるんですよ。
そうした土台があるから「クリスマス」「バレンタイン」も受け入れた。人間っていうのはそうした意識転換のチャンスを沢山持っているんですよ。

そうしてね、転換を起こした時に人間はハッとするんです。神との出会いに通じる。ハ行音の生活ですよ。ホッとするとかもそうだよ。目的意識ではヤ行音の生活だけどね。神秘音の。ハ行は生命が震えた時なんです。この時『意識転換』を起こしている。・・・
 転換された時、人間は快いんです。人間はこの世だけのものじゃないんだから。生きながらにしてあの世を作ればいいんですよ。・・・それが意識をほぐしていく事でもある。
 物事に感動するのもトランスフォーメーションを起こすから。恋愛もこれだよ。時間空間のイメージが転換を起こしているじゃないか。「この人といれば私逹の世界」なんていって・・・。夫婦ゲンカなんかただの現実処理だよ。どうせするならトランスフォーメーションの中でやればいい。


*常識がくつがえされた時にトランスフォーメーションを起こすのか、という問いに対して

 そうだよ。なにしろ常識を早く作りすぎたのがいけない。まず常識派をつぶさなくちゃいけない。つぶすのは簡単だよ。僕なんか絶対常識についていかれんもんね。何としても、もう意地でもついていかないもん。 だって原爆をみている人間が何で常識になんかついていける。・・・こうやっているけど、次の瞬間、アッと言ったらもうこれ消えるんだよ。・・・
 トランスフォーメーションを起こすのは『今までの構え』を捨てる時だとも言えるよ。だから『構えの構築』とは『イメージの構築』と言ってもいい。

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*特に宇宙を眺める事との関連で
 我々は時間・空間を『知識で押さえてからイメージへ』の手順を踏む悪いクセをもってしまっている。イメージが先行することにおいて『時間・空間』が問題にならなくなる。どうして気にしなくなるのか? 『空間』は「どこまで広げられるか」だが、そもそも『広い・狭い』ということを、子どもがどう意識しているかだってわかりませんよ。

 この前新聞にこんなコラムが出ていたよ。宇宙について研究している学者が書いている。
・・・「直接体験する時空に比べて、どれだけ広い時間・空間を認識し、感じながら暮らせるか。それが文化の進展の程度を表す一つのバロメーターのように私には思われます。」
 科学者でさえこういうことを言い始めたでしょうに。小学校の先生がこういうことを言わなきゃならない。

 我々が絶対に反省しまければならないのは、我々の時間・空間・人間(ジンカン)という考え方は西洋式に訓練されてしまっている。無意識のうちに。時間を考えるというのは距離と速度の問題である、とかしか考えられない。・・・
だからイメージ世界が広がっていかなくなってしまったんだよ。人間は時としてイメージが動かないところに追い込まれるとピタリと停滞してしまう。 

その打開のひとつの方法としてトランスフォーメーションがあったわけだろ。時間・空間を動かしてやる。 「動かすためにはどうすればいいか」というねらいの授業を組んで学校でやればいいんだよ。そうすれば、イメージの継続が止まった、また自分で動いていこう、となるから・・・。

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*そんな事を狙った研究授業で6年生に向かって話していた言葉(イメージで宇宙旅行をしてもらった)
 今日の授業は、今まで経験してきたことと違う、はるかに大きな時空の広がりをもつことができる、これをやってもらおうというのがねらいなんです。・・・君達が経験した時間、あるいは空間というものは、極めてまだ底の浅い浅いものなんです。・・・井の中の蛙が経験しているような時間・空間なんです。

 今、心を遊ばせることをしたでしょう。数秒の間にどんどん月に行ったやつもいたね。・・・こういうことなんだよ、心っていうのは。パッと行ってパッと帰ってこれる。だから心は自由にいろんな所へ動くことの経験を積まなくてはいけない。それを『時空の転換』という。

 普段持っている時間・空間を後生大事に抱えていると石ころみたいになっちゃいますよ・・・。時間・空間の大きな広げ方をここで覚えなきゃいけない。

 ただこれからぬくぬくぬくぬく大きくなるだけではしょうがないんです、人間っていうのは。精神力というのをかたっぽうで持たなくちゃいけない。その為に学校で勉強してるんですよ。百点とるために学校に来ているんじゃないんですよ!自分で自分の心を大きくしていく、広げていく、ということを意識付けていかなければしょうがないんですよ。ここで差がついてくるんですよ。・・・どうやって時間・空間を動かすかっていう勉強に入ってほしいんです。


*再び大人に対しての言葉
 人生の苦難を我慢して乗り越えるのではなく、トランスフォーメーションによって意識を動かすことで乗り越えるんでなくちゃ。

 トランスフォーメーションの力を育てると、大人社会に順応できないとされがちだが、それでいいじゃない。用事をするために生きているのではなく、自分の世界を持つために生きているんだから。トランスフォーメーションばかり子どもはしているし、その刺激はくすぐられるほど嬉しい。トランスフォーメーションを起こせる人間の方が楽しいに決まっているんだったら、起こさせてやらなきゃかわいそうだよね。まだ可能性を持っているんだもん。

 だから子どもがトランスフォーメーションを起こしている時は、その中でしゃべってやる。子どもにとっては本来現実的な生活が『非日常』で、トランスフォーメーションが『日常』なんだから。そうすれば子供の心もつかめるさ。

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*平成8年3月 上原先生死の数日前に話していた言葉
 『意識転換』を起こさせる『イメージ教育』をやろう。こうすれば意識転換を起こす、ということをやっていくんだ。トランスフォーメーションを世の中にどう生かすか特に『教室』『子どもの日常生活』にどう生かしていくかを、世の中にアピールしたい。

トランスフォーメーションを起こす方法は直観として子どもは既にみんな持っているんだから。それを大人がつかまえないで潰してしまっている。それじゃ子供が荒れるのは当たり前だよ。大人が子供に学ばなくちゃ。