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☆運命への向かい合い方 等々(「このはな綺譚」新刊 高天原鉄道 から)

2020年3月28日 諷虹・虚空やりとりより
*「このはな綺譚」10巻  「高天原鉄道」 車掌の名は猿田

コミック内でのやりとり抜粋
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皐「夢も目標も失った私はこの列車でも何処にも行けないのか」に対して
柚「じゃあ、これから何処へでもいけますね」
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虚空 いつもながらのこの柚のトランスフォーメーション能力だよね。決してこのキャラは発想を転換しようなんて思っていないわけだけど、本人が自然に思うことが、他の多くの人たちからみるとハッとさせられる・・・トランスフォーメーションになる。

まさに生命の指標(ライフインデキス)の資格を持った子・・・稚児・・・だね。



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人生の大きな節目で、自己主張できなかったことを後悔している皐
皐「今とは違う人生もあったのだろうか、と」

お婆さん「ふふ…っ でもそっちの路を進んでいたら、柚さんには逢えなかったかもしれないわねぇ。
まるで線路の分岐みたいね。選ばなかった路の先なんて分からなない。・・・・たとえ後悔の残る路を選んだとしても、その未来を素晴らしい物に出来るかどうかは、自分しだいなのね。・・・・・
あなた自身が望まない路を進んで来たとしても、そこで得た経験や仲間があなたをこんな素敵な女性にしてくれたのよ。
これからのあなた達の人生がよりいっそう素晴らしい物でありますように。」
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虚空 このお婆さんの言葉と似たようなことは、ずっと前の家庭教師の時にヒマワリフクロウさんとか、何人かに言われたことがあるよ。

「先生が教師を辞めて家庭教師になったから先生に出合えたんだから・・・そんなに嘆いてばかりいないでください」って。


確かにそうなんだよね。教師を続けていたら、家庭教師になってのいい出会いもなかったし、この駿煌会だってないわけだしね。


どうしても理不尽なことをされてばかりで、自分の運命を滅茶苦茶にされたっていう想いばかりになっちゃってると、そういういい出会いとかについての意識が薄れてしまうんだよね。



精神世界に詳しい人からは「それも大事な学びなのよ」とか「人生に必要だから、そういう試練が与えられているのよ」とか「そういう運命を引き寄せていしまっているのは自分自身の問題なのよ」とか・・・

それは何十年もの間に何度も言われたり、勧められた本に書いてあるのを読んだけど、比較的平常時には「いいことがかいてあるな」と思えても、今みたいに次々と理不尽なことをされて追いつめられていると、どうしてもね・・・・受け付けられない自分がいる。

無理にそれをかんがえようとすればするほど暴走するし、「そんな自分は駄目なんだ」って思うと今度は自己嫌悪のスパイラル。


幼い頃からいじめられて邪魔者扱いされてきたトラウマが一挙にフラッシュバックしてきて「自分はこの世に生きていてはいけないんだ」「邪魔者なんだ」っていう・・・・

今だって完全に「使い捨てカイロ扱い」で存続の危機になっているわけだけど、「なにくそ、そんな相手に負けてたまるか」って思いたくても、正直なところ「やっぱり自分はこの世に生まれてきてはいけない人間だったんだ」っていう方が強くなってしまう・・・・悔しさいっぱいだけどね。

そういう時にね、このお婆さんの最初の言葉のように「未来は自分しだい」って言われてもね・・・・励みになるどころか、そうはなれない自分への自己嫌悪に余計になっちゃう。

だから昔から自分は「プラス思考」とか「前向きに生きる」っていう言葉は拒絶しちゃうんだよ。

もちろんそれで素直に運命が転換できるなら受け入れるし、受け入れてちゃんと転換できる人はそれでいい人生に転換して多いに豊かな人生を送っていけばいいんだけどね。

でもそれでうまく行った人がそうできない人に対して「ダメじゃない!」って責める場合さえあるんだけど、それは出来ない人にとってはますます逆効果だよ。どんなに本人のためだと思って叱咤激励しているつもりでも、余計に追い詰める。

そりゃ心を鬼にしてビシッと言ったことで相手がハッとして転換できるという場合だってあるけど、絶対そうなるとは限らないよ。

この前の児言態の原稿でも「世界定めの主体は自分」っていうことを書いているんだけど、それだって自分はプラス思考という定型でというつもりはない。むしろ上原先生の犠牲論や恨み論や折口先生の貴種流離譚あたりの発想から・・・つまり究極のバッドエンドがハッピーエンドに成り得る・・・・そういうルートだってあるんだ、っていうのを紹介しているっていう気持ちがある。

そこで大きな転換のポイントになるのが、このお婆さんの言葉の後半だと思うんだよね。

「いい出会い」が自然にトランスフォーメーションに誘ってくれる感覚。


*和歌を素材にしたエピソード
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姫「言い忘れていたけどその和歌はみんな創作よ。作りごと。だってお坊さんが恋する女性の気持ちを詠うこともあるのよ。創作は自由だもの。だから余計な心配しないでね」

蓮「作りごとだとしても、和歌に込められた想いは本物です。あたしはそう感じます。・・・例え作りごとでもあたしの中で真実なんです」
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諷虹 このやりとりって、連歌のことなんかと合わせて考えると、すごくタイムリーだって思うんですよね。
虚空こそれも世界定めだよね。自然にイマジネーションが湧いてくるような世界が確定するかどうか。
この「高天原鉄道」って、このはな綺譚版の「銀河鉄道の夜」を狙っているというのは間違いないわけだけど・・・。
高天原鉄道の車掌が猿田っていうのはすごい設定だと思うけど、興味深かったのは、車掌が行先をビシッと定めていないところ。

神話だと猿田彦は道案内役だからね、天孫降臨の。それが変化して「天狗」になって、お祭りの行列なんかでも先頭を歩いているなんていうのが多いんだけどさ。
でもその猿田が行先はお客次第というスタンスをとっている。

諷虹 SL、蒸気機関車というのも・・・・。(ネット検索)
SLはギリギリ馬の名残があるじゃないですか。石炭を食う鉄の馬 っていうイメージがあるじゃないですか。

虚空 きかんしゃやえもん にも石炭を食うというイメージでのやりとりがあるよね。電気機関車のバカにされた場面。石炭ほど美味いものはないというような

諷虹 車好きな人も、ガソリンを入れるというのが車に食べさせている感覚・・・電気自動車だとそれが薄いかも・・・
このノートパソコンも充電しながらの持ち運び。
つなぎっぱなしだとエヴァじゃないですが、ずっとついていてもコードの範囲でしか動けない。
ゲーム機でも携帯機がでた時は、外でもできるようになって自由度が広がった。

虚空 SLってさ、機関手だけじゃなくて、石炭をくべる機関助手の技術によっても相当走り方や燃費が変わるって・・・しかもあの走り方だから、機械というより生き物というイメージだよね・・・呼吸してる・・・山道なんかでは喘いでいる。平地だと順調

諷虹 鳴きますしね。(汽笛)

虚空 あの音がまた力強いんだよね。生命感いっぱい。
(SL動画)

諷虹 この車輪が動く・・・歯車。生き物感がありますよね。
銀河鉄道999もSL型ですよね。


虚空 最新式の銀河鉄道であって、果てしない宇宙の旅に出る人にとっては旧式の機関車の恰好をしていないと精神的に耐えられないというようなセリフがあった。

諷虹 ドラえもんでもありましたね。「銀河超特急」(紹介動画)


虚空 SLじゃないけど、宮崎駿版の銀河鉄道が「千と千尋の神隠し」だよね。
考えようによってはかなり薄気味悪いシーンだよね。
だいたい冒頭の場面の「船」もそうだけど、乗り物の根底にあるイメージ。

鬼太郎の幽霊電車もSLではないけど「棺」のイメージ・・・やっぱり別世界どうしをつなぐっていうイメージ。


「線路」があるかどうかっていうのも大きいかな。

機関車が発明される前に、レールの上を走る馬車っていうのもあったそうだよね。
⇒馬車鉄道
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E8%BB%8A%E9%89%84%E9%81%93
普通の馬車と、馬車鉄道とでどんなイメージの違いを感じる?

諷虹 シロバコ劇場版の劇中劇がまさにこれですね。
どこにでも行けるかどうかですよね。
生まれ故郷に帰っていく難民を乗せていくのが馬車鉄道っていう描かれ方だったんですよね。


虚空 そこなんだよ。難民の子ども達を生まれ故郷に連れていく、っていうので、普通の馬車とかじゃなくて、馬車鉄道に設定したくなった無意識。


諷虹 自分の馬車のイメージがカボチャの馬車とか、中世ヨーロッパの貴族たちの私的なもの・・・自家用車みたいなもの。
でも馬車鉄道は公的な乗り物・・・多くを乗せて。

でもレールの鉄道よりは柔軟性・・・シロバコだと馬がペガサスなんでレールがない・・・飛ぶんですよね。
あとはダイヤがちゃんとしている・・・行先が常に同じ。
このはな綺譚は自由にどこにでもいける


虚空 レールは描いていない?


諷虹 描いてありますね。空中で縄はしごのようになっていたり、ちゃんと陸上のレールを走っていたり・・・・


虚空 分岐点もあるじゃない。


諷虹 この辺は棺担ぎのクロのような感覚もありますよね。


虚空 道路での分岐との違いとしては、道路だったらそれこそ自由に選べる。
線路の場合は、誰かがポイントを勝手に切り替えてしまうこともある・・・っていうか自分ではポイントを切り替えられない。
それこそ運命のいたずらとか、誰かの策略とかで勝手に運命をねじまげられるとか・・・
そうすると、切り替えられたそのレールに従ってとりあえずは突き進んでしまう。
このあたりが馬車と鉄道馬車の違いになるような気がする。良くも悪くも。


諷虹 路線バスと鉄道の違い。
レールだと猪突猛進できる。自分しかいないという専用ルート。
ただ一個で脱線してしまいかねないというデリケートで潔癖な部分もありますよね。
あとサバイバルの基本ですけど、密林で線路があったらそれに沿って歩いていけばとりあえず人のいる所にでられる



虚空 それがさっきのね、ペガサスだと思わないで聴いていたからなんだけど、難民の子たちを故郷に連れていくというところで、鉄道馬車だから、いい悪いは別にして、とりあえず今の目的地には行くことができるイメージ。

仮に運命がねじまげられても、とりあえず前進。


そこでこのはな綺譚の話を持ち出せば、すすんでいった先に、どんなことが待ち受けているかは分からないけど、そこでの経験とか出会いを大切にすることによって、何らかの意味を納得できる人生に近づける????


諷虹 さっき線路と道が棺かつぎ的にみると重なってくる部分があるんですけど・・・何かこう、道があるというだけで気持ちはかなり楽なのかな、って。
海図やコンパスを持たないで海に出たら危険とか。
自由にどこにでもいけるというよりは無謀。

でも空とぶ列車は、自由ではあっても、レールがあるからどこかには行くだろうという安心感があるのかな、って。


そう考えると千と千尋の列車はすごい設定ですよね。
満潮になるとレールが隠れて、ひけば線路がみえる。
そこにカオナシが乗っている



虚空 レールがみえてなくてもレールには導かれているわけだよね。
大いなる意志が働いているとも言える。

で、途中までは大いなる意志の導きで進むけど、自分なりの目的地で降りるわけだよね。そして自分たちの足で歩く。あの坊ネズミもそうだけど。
道案内役はいるけど、ちゃんと自分達の足で進む。
そして銭婆の家で本来のことに気が付いたら「龍」が表れて、道なき空を飛んで戻る・・・・


諷虹 鳥瞰ですよね。
恋する小惑星なんかのノリで、大いなる意志を「重力」に置き換えて考えてみたんですけど、宇宙空間から地球の重力に引っ張られて連れてこられるというのはありますが、地上にくれば自由に歩けるじゃないですか。
うまく言葉にできないですけど


虚空 自分もこのところの不安定さで頭の中がゴチャゴチャなんだけど、すごく大事なことが語られているという気はする。


諷虹 宇宙空間と水中とで親和性がすごくあるような気がします。


虚空 劇場版の「のんのんびより」なんてまさにそうだよね。夜光虫・・・水の中にも星がある。


諷虹 潮の満ち引きっていう意味では厳島神社の鳥居(シノハユ6巻)も・・・・。香取の鳥居そうですね。

シノハユの11巻にもありましたが、「海のかなたは宇宙
⇒地球は球体だから、真っすぐ眺めると宇宙空間になるだろうという発想。



*瀬戸内海と大洗海岸との「海」のイメージの違い
虚空 そりゃ島がみえないっていうのは一種の怖さがあると思うよ

諷虹 沖に出れば360度どこを見回しても海ですからね。


虚空 あとさ、さっきのことから思い出したんだけど、以前「雪に覆われて道がみえなくなった」っていうことで随分と語り合ったことがあるじゃない。
それとの関連でもまだ何か出てきそう。


諷虹 雲の上までいくと、雲が陸地みたいに見える


虚空 高知に行った時の飛行機がまさにそうだった。「雲のじゅうたん」っていう朝ドラがあったけど「このことか!」って思った。
雲海なんかもそうだよね。上のものが下になる感覚。


諷虹 トランスフォーメーションですよね。


虚空 般若心経でいうと「一切顛倒夢想」かな?
今、こんなサイトをみつけた。

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http://fuminn.com/blog2/1409/
「顛倒夢想」とは一言で言うと逆さまの感覚。
正しいことなのに、それが間違っていると感じ、
間違っていることなのに正しいことだと信じてそれをやり続ける。
又は、自分にとってために成ること(自分が向上していくこと)なのに嫌い、
自分にとって為にならず、自分をだめにすること(落ちていくこと)なのに、
それが好きと感じる逆さまの感じ方。
 
たとえば・・・
昔は常識だった天動説(地球の周りを太陽が回っている)も、いまでは「顛倒夢想」です。
地動説(地球が動いている・コペルニックス)は、その昔は非常識として扱われていましたよね。
現在、厚生労働省が指導している減塩も「顛倒夢想」です。いい塩は人間の体にとって必要不可欠です。
というような価値観は他にも世の中には、いっぱいありますね。
私達、個人の中にも「顛倒夢想」はたくさんあります。
 
例えば肥満・・・太っているのは嫌だ、困っている、健康にも良くない、美しくダイエットしたいと言いながら食べること(肥満になる原因(生活習慣)は好き)運動は嫌い・・・
もし、ダイエットを始めたとしても痩せ始めたらすぐにリバウンドが起きて元の自分の体重に戻ってしまう。
 
もう一つの例えとして・・・
人を賞賛する(人の良いところを見つけて褒める)、それはいいことなのに嫌い、
その代わり人のケチを見つけて非難するのが好きだったり・・・
その心の裏側には、嫉妬の心が潜んでいます。
人の良いところを認めたら、自分も努力しないといけなくなるから自分が努力するのは嫌というメッセージが隠れています。
 
例をあげればキリがない。
 
顛倒夢想とは心のゴミや埃のようなもの・・・
心にゴミが一杯溜まっていたら、成功(幸せ)にはなれませんね。
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諷虹 シノハユに「楽しむこと」と「勝つこと」の相反することの天秤に思い悩んでいる場面が・・・。

あとはシノは「勝ち負けを超越している」というような場面(12巻)


虚空 意識のベースっていうか・・・基準が違うわけだよね。
ちょっと このはな綺譚 の 柚に似ているところがあるかも・・・・


*連歌について 季語
諷虹 先生とかは食べるというのが多いですよね。


虚空 旬の生命力をとりこむっていう感覚だね


諷虹 自分にはあんまりそれはないんですよね。いつでもスーパーで買って食べられるからなんでしょうけど。

どのアニメも一年中水着回があるから季節感がないですよね


虚空 たしかに昭和の頃のように1~2年放送していれば別だけどね。恋する小惑星だって三ヶ月で春から翌年の夏まで描いたわけだからね。
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☆『コロナ関連』 思いやり ・ 仕事の動機 ・ 一極集中の危うさ

2020年3月27日 諷虹・虚空やりとりから
*コロナ感染で入院の志村けんさんへエールが寄せられている ということから

虚空 コロナに限ったことではないけど、今までも新たな感染症が日本でも、っていう時に、感染したら、差別扱いがひどかったじゃない。誰でも好きで感染したわけじゃないし、感染した人だって被害者なのにさ、まるでみんなの命を狙う加害者であるかのように責められてさ。

でも今回の志村けんさんにはみんなからエールが寄せられているって・・・。

それを聞いて複雑な心境になっている人って多いと思うよ。

自分なんかがもしコロナに感染したら、エールなんて送ってもらえないで、悪魔の使いみたいの総攻撃されるだろうからね。

そういう風に感染した人にエールを送れるっていう雰囲気が自然にみんな出来る・・・誰に対してもそういう風にお互いにいいあえる空気を確かなものにできないかな・・・・って。

かつてよく会話の中に登場した「お互い様だから」っていう雰囲気。


みんな感染したくて感染したわけじゃないし、自分達にだっていつ降りかかってくるかわからないんだから。

それを今みたいに忘れて、他人に対しては責めまくるのに、自分が他人から見て同じようなことになって責められたら、今度は「自分のことを分かってくれない」と怒る・・・なんていうことを繰り返していたら、ますます世の中おかしくなるよ。


*品薄問題
今日、スーパーにいっても商品によっては食料品でも品薄というかなくなっていた。
マスクの問題だって、この前の紙の問題にしたって、ある程度のストックを買えている人も、店でみつけたらまた購入してしまう。その連鎖が助長してしまっているわけだよね。

少しでもあるのなら今自分がそれを買う事を我慢することで、それを全く手に入れられていない誰かがそれを買うことができる・・・そういう気持ちというか想像力。

一億枚とか増産っていっても、ごくごく単純にいえば日本人全員に配った場合の1日分しかないっていうことだからね。

そもそも検査体制だって不十分というか、疑わしい人だってなかなか検査を受けられないたいうことだから、実質はもっとすごいことになっているんだろうし、新学期のスタートも危うい雰囲気にこの茨城県だってこれからなっていくんだろうけど・・・・。


まあ、はからずも自分は毎日のほとんどが自宅待機の生活を何十年もしているから家に居ろと言われても大きな苦痛はないんだけど・・・・でも買い物とかには行かなくてはいけないからね。


抵抗力は落ちているから油断は大敵。
感染したら入院もできずに家の中で朽果てる????母親のように・・・。

そういえばちょうど明後日から3日間が推定命日だけど・・・・・



*イベントなどが中止


諷虹 今回のコロナ騒ぎでイベントとかが中止になって気力をなくしている人がたくさんいて・・・趣味にお金を使うために働いているっていう人がけっこう沢山いるんだな、って。

(というやりとりの最中に、諷虹君のツイッター上にコミケイベント中止決定のお知らせがくる)

あるいは家族の為だから仕事を頑張っているとか。

仕事の内容そのものが生きがいというばかりではないんですね。


虚空 自分の興味関心よりも生活のためにとうのが労働という考え方ね。

あと、これはうちのオヤジの受け売りだけど「はたらく」っていうのは「傍が楽」・・・つまり周囲の人や社会の人たちの生活を豊かにするためのものだ、って。

でもそれは変な自己犠牲というんじゃなくて、みんながみんなそういう気持ちで働けば、お互いに支え合える・・・さっきの感染した人を応援しあうのと同じだよ。

結果としては、自分の家族だって豊かになるし、自分の趣味に使えるお金も増える・・・

「自分だけが良ければ」という気持ちだけで他人を踏み潰して・・・っていうのは一時的に自分だけが得をしたように感じられても、いつか自分にはねかえってくるからね。


諷虹 バイトの志望動機で「趣味のため」「遊ぶため」っていうのはいい加減だって非難する人がいますけど・・・それだって立派な志望動機ですよね。

「社会的な・・・」とか「知見を広める」とか・・・そういうのをバイトの志望動機にあげるのは定型文の手紙みたいなもので・・・そう言わないと採用してもらえないから言っているというだけでは意味がないですよね。


虚空 雇う側もきれいごとだって、分かって雇うわけだけどね。

そういう意味では、シロバコの入社試験の場面も面白いよね。
「近いから」っていう人も採用されていたし、結構帰りが遅くなっても頑張っていた


諷虹 移動時間の無駄さというのがあるんでしょうね。
流川(スラムダンク)だって家から近いっていうので湘北を選んだけど、それだって、近いから余計に好きなバスケに時間を使えるっていうのがあると思うんですよね。
流川らしいかな、って。
*一極集中の問題
アニメ制作で中国などの依存している制作会社が大変

虚空 何から何まで電気ばかりにというのが東日本の電力不足で危ういというのを痛感したハズなのに、その教訓からあまり学んでないように思うよ。

だから最近特に思うのがスマホで何でもできる、っていう風潮。


電子マネーとか言われているけど、本当にそれが浸透したら、何かの拍子でスマホの通信関係なんかがトラブルを起こしたら買い物もできないようになっちゃうんじゃないか、って。
適度に分散させておくというのは大事な知恵なんだけどね。

よく言われるけど心臓の血管ってバイパスのようなものがないんだって。だからどこか一か所が詰まったら深刻なダメージがある。

☆アニメにみる「時間・空間」、そして「季語」

2020年3月21日 諷虹宅
*「ひぐらしのなく頃に」リメイクのプロモが諷虹君のPCから流れ出す。7月放送開始

諷虹 さっき公開されたばかりのPVみたいです。


虚空、ちょっとびっくり
さっきの50円玉君に何して過ごしているの?ってきいたらアニメをみているって・・・何を?・・・「ひぐらし」
それでひぐらしの話をしてたんだよ、さっき。
まだ最初のシリーズの前半みたいなんだけど。
どうして観たの?ってきいたら前からちょっと興味はもっていたんだそうで・・・。

(PV再度みる)

虚空 キャラによってだいぶ印象が違うね
今ひぐらしをリメイクする意義って何なんだろうね???
まさか前のような残虐シーンはそのままできないだろうし

諷虹 それこそ真っ暗な画面とか


虚空 意味合いだよね・・・。


*恋する小惑星

虚空 地学方面をやってると時間軸が違ってくるわけだよね。壮大な長さになる。
それが人間関係でも反映されていると思うんだよね、ずっと前に出合った人と再会するとかね。腐れ縁みたいなのを大事に描いている。
だから逆にあの部活の人間関係も大人になったってずっと続くんだろうな・・・って予感しながらみていられる。



諷虹 卒業した先輩があんな風に普通に出てくるのはね。さえヒロ(ひだまり)のようにではなくて。


虚空 留年したかのごとく一緒に学園都市の施設をめぐっていたもんね。

それにさ、あの1年生の生真面目な子が、やっぱり人間関係の中でゆるんできたというのを、あのてるてる坊主のエピソードでしっかりと描いている。
先週さ、天気の占いと、科学的な気象学という対比をちゃんと描いていたのが効いてるよね。気象学に詳しい子が、てるてる坊主を作ろうとしていた


諷虹 BGMがやたらと沖縄じみていて、石垣島ということが音楽で・・・


虚空 それこそれんげ達が出てくるんじゃないかと思いながら観ていたよ。
(のんのん劇場版では 石垣島⇒竹富島 タケトミジマ だったらしい)



*あずまんが大王 沖縄修学旅行エピソード
諷虹君・・・原作で一巻まるまる使っていたように思っていて原作を観なおしたら一話だけだった

諷虹 あれ?こんな短かった????



虚空 意識世界が現実世界を作るんだよ(笑)

(原作)

諷虹 なんかゆゆ式っぽいですね


虚空 音感・語感で遊んでる

(二人とも沖縄はいったことなし)

虚空 ヒマワリさんは修学旅行沖縄だったからね。
一度は行ってみたいと思っているけど、自分が行きたいのはマイナーなところばっかりだからね。沖縄の古いタイプのお墓とか・・・・
ひめゆりがらみのところだと、憑依とかおきてしまいそう・・・。

メジャーな場所だったらやっぱり水族館・・・・
大洗がマンボウなら、あっちはジンベエザメとかマンタ?


*沖縄のクラゲを検索 強い毒をもつ「ハブクラゲ」なんていうのもいて石垣島などで刺される人がいるらしい
https://jimbee.jp/archives/895


*沖縄を舞台にしたアニメ
諷虹 そういえば はるかなレシーブ も沖縄でしたね。


虚空 言われてみればそうだね。


諷虹 ドラマとかは多いですね。


虚空 自分にとっては、やっぱり「ちゅらさん」かな。根底に流れているのは「生命」だったし・・・。


諷虹 北海道とか京都とか行きましたけど、行ったという感覚がないですね。修学旅行とかでは。
最近ということもあるんでしょうけど、今の方が感度が高いのかもしれませんね。


虚空 意識の主体性がまるで違うというのはあるかもね。


諷虹 一人で行くかどうかもでかいですよね。
友達と一緒だと、どこにいってもそう違わない感覚がするんですよね。異国情緒感が薄まる。普段からいつも一緒の友達とは行きたくないですね。感覚がにぶりそうだから。久しぶりに会う友達と現地で会うならいいんですけど。




*連歌について
諷虹 最近は類語辞典をよく使うんですよね。昨日紹介した小林賢太郎の本にあった「ワードハンティング」がちょうど連歌を詠む時の自分になっていて。
連歌の順番がまわってくるたびに語彙が増えていく感じがあって。
この類語辞典のサイトがなかなか面白いです。
https://thesaurus.weblio.jp/

虚空 今回から季語をいれるようになって、尚更みんなが詠んでいる歌の方が本当の和歌っぽいよね。

あとさ、季語って日常の語句の感覚とちょっとずれていることもあるじゃない。それも勉強になるよね。今回でいえば「おはぎ」と「ぼたもち」の季語としての区別。今の時代はだいたい「おはぎ」が主流だからね、スーパーでも。
今だって「おはぎ」っていうラベルがはられて売ってるから。



諷虹 月の座の時にはちょっと難しいですよね。「月のかげ」っていうと秋っぽい感じがするじゃないですか。


虚空 発酵学者の小泉先生が「甘酒」の季語が「夏」だと。これなんか現代の感覚と昔の人の歳時記の感覚とのずれのいい例だよね。


諷虹 季語に応じてというか、言葉の背景にそういう意味合いを持たせるのがすごいな、って。


*動物の季語・・・猫の恋(初春)


虚空 うちの庭先でもよく野良猫が怪しげにうなってるよ。
古本で写真がいっぱい載っている歳時記を何年も前に買ったのがあるんだけど、残念ながらほとんどみていない。ちゃんと観返してみようかな・・・

結局「季語」っていうのをなんで日本人が重視したのか・・・「その瞬間瞬間の生命の発露」なんだろうから


諷虹 ゴキブリも季語の中に入っているんですね。夏・・・・一年中いるような気がするんで、あんまり夏っていうのは・・・・

虚空 上原先生が「子ども歳時記」を真面目に作ろうって言っていたことがあるんだよね。子どもが何に生命の発露を感じているか、っていうことだよね。


諷虹 カレンダーのイラストってそれがあると思うんですよね。フリー素材のイラストには素朴ながらに本質があるような

虚空 学級だよりを作るときなんか随分お世話になった。


*季語をいろいろ調べる

諷虹 冬の季語に有馬記念がありますね。天皇賞だったらどうなんだろう・・・春と秋にあるから。
有名人でも「夏男」とかいうイメージが定着すると・・・・
「冬男」っていうのはあんまりきかないですね。「雪女」はきくけど


虚空 「雪男」っていう言葉はあるけど、ヒマラヤっていう感じだもんね。日本の季語にとしてはピンとこない。
まぎらわしいのが「冬」と「新春」の区別。あと旧暦の感覚とのズレ。


諷虹 新しい季語を考えたら面白いじゃないですか。「狼男」だったら満月で秋っぽいから秋の季語とか


虚空 満月は毎月あるけど、イメージ世界ではっていうことだよね。


諷虹 吸血鬼も秋の方が生き生きしていそう。夏至とかだとやることなさそう。


虚空 そういう議論を子どもら同士にやらせてみるだけでもいいよね。
歳時記で覚えるっていうのは大人で俳句に親しむようになった人がやればいいんだから


諷虹 ゲームやパソコンなんて季節感がなくなりますよね。夏でもエアコンのきいたへやとか冬でもあったかだとか

いかに日常の中で季節感のない生活を送っているかですね。

月めくりのカレンダーでめくるたびに季節感のイメージ刺激をされるようなのって大事なのかな、って。



虚空 以前はさ、ヒマワリさんとそれをやっていたんだよね。季節感のあるイラストを描いてもらってオリジナルのカレンダーを作って、ソルティさんにあげたりしてた。


諷虹 小学生の時に年賀状を描いたりはあったけど、暑中見舞いはほとんど描いたことない。金魚とか風鈴とかかき氷になるんだろうけど。


虚空 さっきの話でいうと、学校のお便りはないからね、夏休み中だから。
(スイカ割り 虫取り ラジオ体操・・・)



*挨拶の定型文の話

虚空 その典型が「喪中の葉書」じゃない。ナマを入れない。
でも形式的だから心がこもっていない、とは誰も言わない。
逆に感情を入れるとおかしく思われるよ。


諷虹 形式的な言い方でもバリエーション・・・東方の聖白蓮っていうキャラクターがいるんですけど
https://dic.nicovideo.jp/a/%E8%81%96%E7%99%BD%E8%93%AE

劇中の台詞
基本的には丁寧語であるが、「人間と妖怪が平等な世界」を主張をする自分の意見を主人公達が受け入れないと知ると感情を露わにし(細かい理由は選ぶキャラによって異なる)、主人公側に抵抗する言葉を投げかける。
その時々の会話の流れで最後の台詞は変化する。
霊夢A「誠に愚かで、自分勝手であるッ!」
自分勝手:他人の事を考えずに自分の都合しか考えないこと。
霊夢B「誠に薄く、軽挙妄動であるッ!」
軽挙妄動:深く考えずに、軽々しく行動すること。
魔理沙A「誠に浅く、大欲非道であるッ!」
大欲非道:大変欲深く、人の道から外れている人のこと。
魔理沙B「誠に狭く、田夫野人であるッ!」
田夫野人:田舎者。転じて教養、良識に欠ける人。無風流な人。
早苗A「誠に浅く、付和雷同であるッ!」
付和雷同:一定の主義、主張がなく、安易に他の説に賛同すること。
早苗B「誠に独善で、土豪劣紳であるッ!」
土豪劣紳:横暴な土地のならず者のこと。農民を搾取する豪族のこと。
この台詞の後に「いざ、南無三――!」と続く。



虚空 決まり文句のような型でありながら、微妙な違いを出す・・・これも言語感覚のいい訓練になるよね


諷虹 尼さんなんで、ふだん使わないような四字熟語もたくさんでてきて


虚空 四字熟語の仏教用語っていうことね・・・とも限らないか???
って、仏教用語じゃないのばかりか。

2年目に担任した4年生ではロム兄ちゃん語録を真似して作ってもらったことがあった。
だいぶ古いネタだけどね。(マシンロボ クロノスの大逆襲)
https://www.youtube.com/watch?v=Z8M1MTBdx1I

結構子どもら苦しんでいたけどね・・・ネットの類語字典もなかったから。4年生でけっこう気どり意識が強いクラスだったから面白がってはいた。

☆小林賢太郎の著書を通して 「古来日本人の発想」へ

2020年3月20日 諷虹宅
小林賢太郎の著書
「僕がコントや演劇のために考えていること」(幻冬舎)

諷虹 自分と似ているところもあるかな、って。全部が全部じゃないですけど


虚空 今「テレビという光る板」っていう書き方ですごい世代ギャップを感じた。
自分の中ではやっぱりテレビっていって自然に浮かぶのはブラウン管タイプなんだよね。だから「箱」

*以下『  』内は著書からの抜粋


『子どもはそれにだけ集中する・・・そのことだけを考える・・・大人でも一点集中型・・・その時々の集中とつきあう』

諷虹 英才児の感覚とかもこうなんでしょうね。あと私もこんな感じなのかもしれません。会社勤めとかじゃないし・・・・

子どもはそれにだけ、っていうのが分かる気がします。



『知識は経験と組み合わせて糧にする。・・・さそり座・・・本で知ったより大きなのが夜空にあった』(原文を要約)

虚空 それは同じ経験があるよ。北斗七星。教科書に載っているイメージだとうんとちっちゃい並びで空にあると思い込んでいるんだよね。だから北斗七星がどれか分からない、って言ったらある大人に夜空をみせられながら「ほら、ちゃんとあそこにひしゃくの形で7つあるじゃないの」って言われて。でも自分の頭の中にある北斗七星のイメージで探しているからどんなに一生懸命みても分からない。

そのうち「あんな簡単な星座も分からないなんて、あんた相当なバカじゃない」ってさんざんいわれて・・・。
それで星座とかに興味をもてなくなった。星の勉強なんかが嫌いになったっていう覚えがある。

大人になって天体写真を撮るようになって実際に北斗七星が分かった時、あんなに巨大だなんて夢にも思っていなかったから、びっくりしたよ。




『勉強に発想が負けてはいけない。 表現には調べない方がいい場合もある・・・(亀の絵。) 資料をみても、自分の深いところで受け止める⇒ 創作活動』

諷虹 シロバコの機械割の話もそうですよね。デフォルメする。



『想像筋を調べないで鍛える・・・人間の頭の中にはそんなのがある。知らないことがあったらすぐに調べないで考えてみる。正解かどうかは気にしない 創作のチャンス』

『ワードハンティング 日頃の素材集め 日常会話の中に獲物はひそんでいる 意味・音・形 でとらえるクセがある。
まずは意味 音・・・同音異義語 形 文字をオモチャにして遊ぶ』
(対面販売などの話)
諷虹 同人誌だとかでも作者のいる前で買うのは苦手なんですよね。買ってくるのかな、っていう目でみている前で買わないで戻して「じゃあ」っていうのが。


虚空 それは自分もあるね。寂しい想いをさせたくない、っていうかさ・・・。
「俺は客だぞ」「買ってやるんだからな」っていう態度は自分はとれない方だな・・・。



『テレビに出ない』
諷虹 ブームだから観るというのと、ブームになるのが全部面白い作品なのかな、っということなんですよね。
今はネット社会で言いたいことがいえるけど、そうでない頃は相手に気をつかって言いたいこともいえなくなる。

面白いからたくさん売れているというのと、それほど面白くなくてもたくさん売れている(信者が買う)



『何が好きなのか・・・何故好きなのか・・・・好きな理由をとことん探求する。つまらないものの中からみつけていく』

『ネット等々でのランキングや評判は気にしない  グルメなどでも、そういったことに頼るのは自信のない表われではないか  自分で選べる力』


諷虹 自分が大多数の方にいるということで自己肯定感が得られるという国民性があるのかな、って。女子高生なんてそうじゃないですか。流行りにのっていないとダメというような。
そういう意味では自分は自分の気持ちで選ぶ・・・・本当に好きなものと出会うことになる

私がお勧めする作品は、自信を持って勧める・・・・もちろん人によって好みもあるから、自分は好きじゃなくても、これは好きになるんじゃないかな、と思ったら勧めることもありますけど。

最初の頃は勧めた作品が否定されるのが嫌だから、本当に好きな作品は逆に勧めなかったんですよね。



虚空 確かに気にいっている作品を受け入れなかったときに「この良さが分からないなんてバカじゃないか」っていう人間もいるからね。


諷虹 最近は勧めた作品が受け入れられなくても、人によって違うからってきちんと思えるようになった。少し大人になったのかな(笑)

自分の選球眼に自信があるからかもしれませんね。
だからのめり込みすぎると、逆に危険なこともあるだろうな、って。

そのくらいでないとアニメ好きは続けられないかな、って。



虚空 自分なんてこういう年齢っていうこともあるから、アニメをみています、なんていうことも言えない相手ばかりだよ。それだけで家庭教師をクビになったこともあるしね。そういう偏見は根強い。

「いいものはいい」んだけどね。アニメだろうが漫画だろうが。

だいたいさ、これだけ日本のアニメが多くの海外の若者に受けいられている・・・しかもね、英国紳士君がイギリスで体験してきたように、日本のアニメを吹き替えではなくて、そのままの音声で楽しいでいる外国人の方が圧倒的だったって。

日本語って基本的に記号言語じゃなくて、音声言語だから、やっぱり言葉の響きっていうのが生命線だとうのを直感しているんだと思うよ。

だからこそ、余計に幼い乳児の頃から英語の音ばかり浴びせて育てるというのは危険なことなんだけどね。

海外の人にとって全く魅力のない日本人モドキを作ってしまうことだから。

それはこの前コバルト君につれていってもらったピザ屋のご主人も言っていたよ。イタリアに修行にいった時に、日本の文化や歴史のことを知らない日本人なんて最初から相手にされない、って。自分の国こともまともに知らないやつが、何を学びに来たんだよ、って。


諷虹 文化だとかのことに対しての感覚が根本的に違うんでしょうね。
特に海外の文化を知ろうとはしないというか重視していない。島国だからですかね。
陸続きだから、その違いを出すために、歴史や文化をきちんとわきまえておく・・・自分の背景についてきちんと言えるかどうか・・・・それがヨーロッパなんかは強いのかもしれませんね。個人的なイメージですけど。


虚空 島国だからね・・・でも教師なんかをやっていて、大人主導ではなくて、言語生態としての授業をやっていると、やっぱりそんな日本人でもイメージ運動の動き方とか構えの違いがちゃんとあるわけだよね。


諷虹 日本人ならではの、というのもね。コタツにみかんとか。


虚空 それは以前話したと思うけど、知り合いが新婚旅行で正月にオーストラリアに行って心から感じたことらしいよ。コタツの季節じゃないわけだよね。サンタクロースがサーフィンにのって現れるわけだから。その時に、ものすごい違和感を感じて「こんなにも自分は日本人だったんだな」って思ったっていうから。

この話の大きなポイントはオーストラリアだから時差がないんだよね。時差がないからよけいに季節が真逆なのがね


諷虹 まさにパラレルワールドですね。


虚空 だからさ、当たり前の基準なんていくらでも変化する、っていう「世界定め」の感覚


諷虹 他の人と生活スタイルが違うと後ろめたい。休職中の友達が昼間は出るきたくない、って


虚空 それは自分も退職してスーパーにいったときにものすごく感じたからね。いつもいっていたスーパーなんだけど、店の中の様子も客層も全く違う。


諷虹 私は高専だったから少し早く体験できた。他の学校よりも夏休みが長かったから、9月になっても街中を平気であるいていたんで。


虚空 そういうことからいうと、不登校とかの子どもは、ものすごい後ろめたさに日々襲われていると思うよ。自分の存在そのものが否定的になってしまう。家の中にいてもさ、学校にいるのが当たり前なのに・・・っていうのがね。


諷虹 この歳になると、メリットを探すようになりますけどね。


虚空 それは自分もそうだね。平日の昼間だからすいている時間を狙えるとか


諷虹 それを病的にかかえてしまうと問題ですよね


虚空 だからさ、今コロナでこんな風になっているのは大変な事態なんだけど、なってしまっている以上は、こういう時だからこその体験として受け止められるような工夫は大事だよね。レアスキルになるような。


(極めて特殊なものが普遍性をもつ  「千と千尋の神隠し」)


諷虹 「ゆゆ式」なんていうのも、人に紹介する時に難しいんですよね。
魅力の伝え方。

(日本アニメのキャラのネーミング 宗教問題がらみ)

虚空 神話がそうだけど、善悪を超越して八百万の神々っていうのがあるからね。
それこそ呪いとか憎しみの象徴も「・・・の神」って呼ばれているからね。


諷虹 二次創作なんかでもキャラの性格を真逆にしたり・・・・
海外の宗教がらみの名もどんどん変えてしまう


虚空 音声の響きだけどつけてしまうというのもあるけど、やっぱり善悪とか神や悪魔のとらえ方が根本的に違うんだろうね。

神のご加護を得ているから大変な運命に出会ってしまうとか・・・貴種流離。
観音様からさずかった子がすごい苦境に立たされる話も多いしね。


諷虹 海外の宗教画と、日本人がアニメとかで神や仏を登場させるとき、大きな違いはデフォルメ具合だと思うんですよね。自分の中の設定やイメージ世界と結び付けて新たなキャラクターとして再生産してしまう。
宗教画って神話にちゃんと配慮して写実的に描いているところがあるじゃないですか、それを日本人は面白おかしく再構成してしまう。


虚空 それは郡司先生もいっているけど「神は本物を喜ばない」・・・アレンジする趣向を楽しく。


諷虹 島国で遠い異国の地で知られずにやってきている。
織田信長だって、アニメなんかの世界では擦り切れるくらいいろいろなアレンジがあるじゃないですか。現代にタイムスリップしたり、はては女体化したり。
でも海外の宗教画は神話のイメージ通り


虚空 教会とか金持ちの依頼で描かれた場合が多いと思うんだよね。日本は庶民の文化としてだから・・・源流の一つは浮世絵にもあるのかもよ。

歌川国芳とか。アレンジやデフォルメ・・・・二次創作の塊だよ。


諷虹 自分流に染める・・・俺の仕事。俺に依頼してきたんだからオレ流にやる・・・シロバコの庵野さんのエピソードなんかもそうじゃないですか。


虚空 そいういう意味では日本って個性をつぶしてばかり、なんて言われるけど、江戸の庶民文化なんてやりたい放題だったわけだよね。幕府の規制もかいくぐって。

でもさ、そういう浮世絵があるなんてことも多くの若者は知らないわけだよね。浮世絵として学校で紹介されるのは非常に偏っているから。


名前をかえて多様な作品をつくるっていうこともあるしね。名前をかえれば世界が変わるという感覚。

自分もネット上で名前を使い分けているけど、どれが本当の自分っていうよりは、どれも自分っていう感覚だけどね。

☆「シートン学園」と「遠山の金さん」

大自然が生物たちの「ふるさと」であるととらえた時に、その実相はいかなるものなのかということが根底にあります。


「共存共栄」は単なる安定の場ではない。劇的な動きも伴う・・・それが「吹雪」ということで遠山の金さんのイメージとつながっていきました。

特に関連の深い記事がこの連続投稿のものです
☆「競争原理」の幻想① ~「弱肉強食」の実相は?~:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/456/
2020.01.08 水曜日
11:59 虚空
「やり続ける」ということそのものを具現化したような番組がありました。
録画していたのを今朝みたのですが、教師をしていた頃の後半の事をいろいろと思い出しながら観ました。
再放送があります。
教育関係ではなくても「地域」という視点で是非録画などして観てみると面白いと思います。
1月11日土曜日 午前0時20分・・・金曜日の夜中?

https://www4.nhk.or.jp/gyakuten-j/2/

「全国から注目 離島の高校 廃校危機から変革が起きた」
主人公は13年前、高校改革のために、東京の大手企業を辞めて離島に移住した岩本悠さん(当時20代)。島根県隠岐諸島島前地域にある唯一の高校は生徒数が減少。危機感を感じた町役場の有志が白羽の矢を立てたのだ。当初は教員や住民の理解も得られない状態。そこから地元を巻き込み、改革のうねりが広がっていく。高校の魅力化に向けて掲げたのは「地域が丸ごと学校」というコンセプト。人を育てることが地域の未来につながる!



12:50 コバルト
若者が育った地域でやりたいことが無い、見つからない、だからなんでもありそうな都会行けばなにかしら見つかるだろう。そして上手く利用されてしまう。
学校の教室内だけで学んだって活かし方が分からない、思い浮かばない。
世間知らずばかり育ってしまう。



12:52 虚空
この駿煌会のやりとりが、いろんな心ある人たちと共鳴しあって、バタフライエフェクトのように広がることを本気で夢みています!

「思い浮かばない」ということも、「思い浮かぶ」人との出会いで・・・刀鍛冶のおじいさんが言っていたような「人との出会い」ですね


13:25 虚空
先ほどツイッターにあげた記事です
::::::::::::::::::::::::
今期アニメ「群れなせ!シートン学園」
https://anime-seton.jp
一見ハチャメチャなアニメですが、キーワードの一つが「群れ」。
「おうち」「ふるさと」意識等々とも関連が深くなりそうなのでフォローしてみました。
第一話の粗筋&画像はここなどで観られます
http://anicobin.ldblog.jp/archives/56285781.html
(虚空記)
:::::::::::::::::::::::::::

13:53 虚空
野生動物との共存・共栄ということからいうと、ハチャメチャな内容ながらも 「おうち」⇒「世界」⇒「世界」(宇宙)というのが根底のテーマかも????

(まだ第一話しかみていないのでなんともいえませんが・・・原作も読んでないです)


15:12 諷虹  連歌に関しての自己解説

激流を 桜吹雪が 迷彩し 

→鬼面仏心の物がなかなか思いつかなかったのですが、17句目の花の縛りでまさしく真理を照らす存在の遠山の金さんが思いつきました。

改めて遠山の金さんの刺青を検索して見てみたのですが、(オルゴナイトでまさにその話題になっていましたが)渦の上に花びらがあるデザインになっているなと感じたので、激流という水の激しさを花の落ち着きがカバーしていて、「桜吹雪」の印象しか与えていない点が、遊び人に身を窶す奉行の姿と重なるかなと思い、それらを「迷彩」と表現しました。



15:53 コバルト
遠山の金さんは的確ですね。
自分はスラムダンクの安西先生も白髪鬼と呼ばれる鬼コーチが浮かび上がりました。
三井がまたバスケがしたいですって言った時の安西先生の姿はまるで水子地蔵菩薩みたいでしたね。


15:53 虚空
いろんなアニメやドラマでの実例が出てきて、興味深いです


16:06 ソルティ
* ほほう~っ 遠山の金さんでございましたか~。TVで見たことあります。「この 桜吹雪が目に入らぬか~。」的な。。。

「 激流 桜吹雪 迷彩 」
言葉を まんま 理解するしかできない ソルティ―であります。
1、激流 → 激しい川の流れ ん? 濁流か? 急流もあるか? 
2、桜吹雪 → 綺麗だよね。
3、迷彩 → 迷彩服を着た 兵隊さん。 
?どゆこと?  何となくですが、すごい激しい川の流れに 美しい桜の花びらが まいまいして その激しさを隠しているよ。的な感じでうけとりました

桜と言えば 富士山ですよね。 で 真白き富士の嶺 という歌を思いだしました。「 真白き富士の根(嶺)」 というのは、歌の出だしの部分で 逗子の海で亡くなった逗子開成の生徒さんを偲んで作られた鎮魂歌です。(明治時代?)

https://blog.goo.ne.jp/yousan02/e/c6bacd6c7bdee1bc68cf554fd94aa961
こんな歌
https://www.youtube.com/watch?v=7aGOdZXwKng
何だか泣けますね。 最後の7は 穏やかな春のイメージ。