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まっとうな政治 ⇒ まっとうな生き様 ⇒ まっとうな社会  ダンデリオンツイッター記事から

☆2019年8月21日以降のラインやりとり + 8月23日 諷虹・虚空やりとり記録です。


政治についての荘子の言葉の記事をきっかけにして、さらに一般化しています。


また安易に人を断罪したり犯人だと決めつけたりする今の世の中の風潮についてもふれられています。その気にさえなれば一個人がネット上で大きな情報操作を行いうる時代・・・そしてまたあっというまにそれを真に受けて、一緒になって総攻撃・・・実は無関係な人間であっても・・・。


独裁者と同様な構えの人間が、ますます増えているような危惧を抱いてしまいます。 




8月13日のダンデリオンツイッター、もう一つの記事です。3つに分けて紹介します
(荘子 人間世(じんかんせい)篇第四―11)
門もなく毒(とりで)もなく、宅を一にして已(や)むを得ざるに寓すれば、則(すなわ)ち幾(ちか)し。
迹(あと)を絶つは易(たや)く、地を行くなきは難し。
人使(じんし)と為(な)れば偽(ぎ)を以(な)し易(やす)く、天使(てんし)と為(な)ればれば偽(ぎ)を以(な)し難(かた)し。
有翼を以て飛ぶ者を聞くも、未だ無翼を以て飛ぶ者を聞かざるなり。
有知を以て知る者を聞くも、未だ無知を以て知る者を聞かざるなり。
彼の闋(けつ)を瞻(み)る者は、虚室(きょしつ)に白(はく)を生じ、吉祥(きっしょう)も止まるところに止まる。
夫(そ)れ且(は)た止まらず。是をこれ坐馳(ざち)と謂う。
夫(そ)れ耳目に徇(したが)いて内に通じ、而(しか)して心知を外(そと)にすれば、鬼神も将(まさ)に来たり舎(やど)らんとす。
然(しか)るを況(いわん)や人をや。是れ万物の化なり。

【大体の意味内容】
どこかへ逃亡するための門もなく、偏狭な自我を守る砦(とりで)もなく、心の在(あ)り処(か)をブレさせずに統一する。
そうして人知の及ばない生命運動の原理に従えば、それこそが生き方の完璧さに近づく。
引きこもれば、些細(ささい)なことでフラついてしまう自分の足跡を残さないこともたやすい。
とはいうものの、大地を踏まずに生きるのは難しいから、自分の生きざまを隠し通すことはできない。

人使、つまり人に使われる者は虚偽を犯しやすく、天使、すなわち天の意思に従うものは虚偽を犯し難い。
翼の有るものが飛ぶというのはよく聞くことだが、翼無くして飛ぶというものは聞いたことがない。
知識の豊富さを以て、知者であること誇る者は多いが、無知であることを以て知性の無窮(むきゅう)の広がりを認識するものはいない。
虚空(こくう)にさらされて生きる者は、わが心のわだかまりを虚(むな)しくして光を生じ、至福の輝きである吉祥が心に宿る。
そのように心を虚(むな)しくできず、些細(ささい)なことで動揺してばかりいることを、坐馳(ざち)、つまり肉体は坐っていても、心はじたばたと走り回って落ち着かないありさま
というのだ。
(身体は歩いたり走ったりしていても、心は坐っているというありさまがよい。)
目に見、耳に聞く者をありのままに受け止めて精神に通し、心の我執で解釈した知を棄(す)て去れば、鬼(おや)も神(かみ)もこぞりて心に宿るであろう。
まして人々からの信頼を寄せられないということはない
これこそが「万物の化」であり、
吉祥による人心の感化を意味するのだ。


【お話】
政治の乱れた国へ赴(おもむ)いて、その国を立て直そうと決意する弟子に向けてアドバイスする孔子(こうし)(『論語』における主役の学者)の言葉です。
国王や人民に対してことさら教え諭(さと)そうとするのではなく、自分自身を虚(むな)しくして、まずどのように非道な行為や思想であっても、それらをありのままに聞き、見守って、受け入れることが大事だというのです。
その結果、どんなに重苦しいイメージがのしかかってきても、まるで重力から解放されたかのように、翼無くして軽やかに心を飛翔させ、自分は無知蒙昧(むちもうまい)なるものとして彼らに教えを乞(こ)うべきであるというわけです。
こうしたとしても、すべてを受け入れる自分が、悪逆非道な彼らから認められるという保証はどこにもない。
結局は彼らを増長させるだけかもしれない。


そうであっても、虚心坦懐(きょしんたんかい)に彼らの魂の声、絶叫を聞き受け止めることで、彼らの荒ぶる魂が落ち着きを取り戻し、あるべき様に収まる可能性も出てくる。
あたたかな光に満たされて、多くの人々の本心が鎮(しず)まるかもしれない。
その一縷(いちる)の可能性に賭(と)する覚悟が必要だということです。
政治とは本来、こうしたしんどい仕事を引き受けることなのでしょう。

15:28 虚空 
もちろん政治に対しての発言という狭い見方ではなくて、いろいろな場面に対して考えさせられる内容です。


2019.08.22 木曜日
01:06 コバルト
ダンデリオンさんの中でもあたたかさが出ていますね。
やはり本能の根本的な所に「あたたかさ」があるんだと感じます。
ありのままの飾らない強さというか、飾らなくても内面から滲み出ているオーラが出ているような感じ。
滲み出るという事は、満ち溢れる事。
太陽のように、ただソコにジッとしても多大な影響力がある存在が象徴とされる訳なんですね。
天皇家(皇‥スメラギ、煌めき?)も象徴そのものな訳だし。




08:01 虚空
自分の場合は、見かけ上理不尽な扱いをされることを受け入れ続けてきた人生かも・・・幼いころのいじめでも、職場いじめでも、現在の親戚たちからの行為にしても・・・こちらが反撃しないことをいいことにして、さらにやりたい放題。

それはダンデリオンさんが指摘しているように
「こうしたとしても、すべてを受け入れる自分が、悪逆非道な彼らから認められるという保証はどこにもない。
結局は彼らを増長させるだけかもしれない。」
ということに実際にはなってしまっています。

「そうであっても・・・」という部分への境地には正直いって全くなることはできていませんね(苦笑)

「本心から受け止めている状態」ではないから、相手の荒ぶる魂に変容がないともいえますが・・・


*最近あるBSチャンネルで「地獄少女」の再放送をしています。以前にも観ていた番組ですが・・・「人を呪わば穴二つ」・・・恨んでいる相手を地獄に流してもらう代わりに、その代償として自分も寿命がつきた後には地獄に落ちることになる・・・それでも相手を地獄に落としてもらうかどうかがポイントになっているお話。

一方的に相手が極悪人なのに、何故自分が死後にまでとばっちりを受けなければならないのかが理不尽極まりないのですが・・・そのあたりのことは、上原先生の「犠牲論」とか「恨み論」との関係でずっと考え続けています。
☆8月23日 諷虹宅
*ダンデリオンツイッター記事特攻隊員&政治

虚空 時代が時代だったらコバルトブルー君も諷虹君も赤紙がきて、どっかの戦艦に突っ込んで命を散らしているかもしれないよね。


諷虹 政治の方のとワンセットでみるとなるほどな、と思うところがありますね。
『人使、つまり人に使われる者は虚偽を犯しやすく、天使、すなわち天の意思に従うものは虚偽を犯し難い。』

日本軍の軍部なんかもそうなんでしょうけど・・・こういうことを言うと角がたつと思うけど「天の意思」を「人間の基準」にしてしまう・・・政治的利用にという部分。
そういう意味では・・・その人が正しかろうが間違っていようが、革命を起こして、革命後に歴史をつくるのと、何かに摘発されて・・・ナチスがそうだと思うんですけど、信者たちは信じていたけど、あとで明らかになったらとんでもないことだった・・・。
でも明らかになっても政治でも何でも信者がい続けるっていうのはあるじゃないですか。
戦争でも、もし特攻隊員が反旗をひるがえしていたというような歴史的な事実があったとしたら、違う印象になったと思うんですよね。いろいろな意味で。
明智光秀なんかも、明らかになる順番によってだいぶ印象が変わったろうな、って。
秋葉原の殺傷も京アニの事件も、事件を起こしてしまったら全く共感なんか得られないじゃないですか。どんなに同情すべき点があっても


虚空 それでも考えに賛同する一部の風潮がネット上にあるっていうのをこの前NHKでやっていたけど・・・それだって、逆に英雄扱いっていう変な風潮があるよね。

NHk特集で立て続けに、戦後ずっと明らかにされてこなかった極秘資料とかが発見されてという番組をやっていたけど、2.26事件にしてもこれまでとは随分違った実像がこんな何十年もたって出てきた。

ダンデリオンさんも書いているけど、
 「お国のため、愛する家族のため」とはいえ、罪を犯したわけでもないのに死ぬことが決められてしまった彼らが、誰も反抗せず毅然(きぜん)として死地へ飛び立つことが不思議でした。

ここに挙げた人形を抱く特攻隊員の写真だけでなく、関連動画、エピソードは、テレビや映画やマスコミでは全く取り上げられません。ですが、この一枚の写真だけが特別なのではなく、特攻隊の身の回りの世話や軍需工場で働く挺身隊(ていしんたい)の女性たちが、自分たちをかたどったマスコット人形を出撃前の特攻隊員に贈るということが、どの基地でも一般に行われていました。

「軍神」と世間では言われる彼らの中には、その人形を飛行服にいくつもぶら下げて出撃した人もあったそうです。 特攻隊のイメージを崩すからか、昔も今も、人目につく形では一切取り上げられません。しかしここにこそ、看過(かんか)できない深く本質的なことがあるのではなかったか。 」

これも一種の情報操作だよね。
勇ましく敵に突っ込んで死んだというようにするための。


諷虹 ニュースとかもシナリオありきですからね。これもある意味人使。真実よりも虚偽を混ぜ込んだ演出になってしまっているんじゃないかなと。


虚空 ちょうど戦前に中止になった東京オリンピックについての番組もみたんだけど、オリンピックに出られなかった選手が、軍や国の宣伝に利用されて戦死した様子が非常に美化されて国内では報道されていた、って。
そうすると、こんな特攻隊員の写真なんかは表にはなかなか出なかったろうよね。


諷虹 ぶれちゃう・・・悲劇のヒロインがくつろいでいたら・・・とかね。
芸能人でもイメージを壊さないように、って。


虚空 かつての女性アイドルはテレビ局内でトイレに入るのも人目をはばかったっていうからね。夢を壊すから、って。
今はネットで私生活から何から自分でも他人からでもどんどんさらけだされているから、随分違っているだろうけど・・・


諷虹 今はやらせとかにうるさいじゃないですか、視聴者側も。最初から演出だって言えばいいのに・・・。最初から真実というようなスタンスで報道しているから。
マスコミも真実を報道といいつつ、ねつ造だとか普通にやっているのもあるじゃないですか。それがうさん臭さを生んでいる。


虚空 そりゃね、悪意がなくたって、編集という作業とか記事を書くということそのものが「演出」とか「主観」は絶対入るものだから。

昔の人はそれをある程度わきまえているっていうことが多かったんじゃないの?今とくらべて。だからとりたててヤイヤイ文句は言わなかった・・・「そんなもんだろ」って思っているから。
でも今はね・・・下手するとドラマで憎まれ役を演じただけで、私生活でも性格の悪いやつだと思われて誹謗中傷が殺到するとかね。
「現実と非現実」の区別がつかないんだよ。

諷虹 この前夜中にたまたまみていたクラシックバレーのを描いていた映画・・・蝶々夫人・・・そこでもそんな場面で客が暴徒化するって事件があったそうですね。


虚空 映像とか情報の信頼度は相当低いのにね。
だからガラケー女と勝手に決めつけられて住所から顔写真から勝手にのせられて全国から批判が

殺到、っていうのが最近も起きたじゃない。すぐに疑いははれたけど、傷は癒えていないって。
「ガラケーの女」デマ、法的措置へ 被害女性が会見
2019/08/23 17:44
茨城県守谷市の常磐自動車道で男性会社員があおり運転を受けた後に殴られた事件をめぐり、「傷害容疑で指名手配された男の車に同乗していた女だ」というデマ情報をインターネット上で流された都内在住の会社経営の女性が23日、弁護士とともに会見し、デマ情報を投稿した人たちの法的責任を追及する方針を明らかにした。女性は「SNSで手軽に発信できる時代だが、責任を取れるのか考えてほしい」と訴えた。

 今月10日に発生した事件では、宮崎文夫容疑者(43)が運転席の男性会社員を殴ったとして、傷害容疑で逮捕されている。交際相手の喜本(きもと)奈津子容疑者(51)=犯人蔵匿・隠避容疑で逮捕=も車から降りて、宮崎容疑者が暴行する様子を携帯電話で撮影していた。この時の映像がテレビなどで流され、話題となった。

 宮崎容疑者は16日に指名手配されたが、喜本容疑者の氏名はこの段階で公表されていなかった。女性の代理人弁護士によると、17日未明から、女性の実名やインスタグラムのアカウントを特定しながら「ガラケー女」「自首して」などという投稿がツイッターにあったほか、ネット掲示板にも投稿された。女性はすぐにフェイスブックで「完全に事実と異なります」と否定したが、インスタグラムには大量の誹謗(ひぼう)中傷が寄せられ、女性が代表を務める会社にも同日だけで280件の電話があった。

 18日には、会社のホームページに弁護士名で声明を出し、「虚偽の情報を広める者には法的措置を検討する」と警告。同日、宮崎容疑者と喜本容疑者の逮捕が発表された。

 弁護士は、最初にデマ情報を公表した人だけでなく、不適切な言葉で拡散した人や、インターネット上の「まとめサイト」の運営者らも責任が「極めて重い」と指摘。今後は、発信者の情報開示をツイッター社などに求め、特定できれば損害賠償を求める訴訟に踏み切る方針を表明した。名誉毀損(きそん)罪での刑事告訴も検討するという。
 
女性は「普段通りに寝て起きたら犯罪者扱いされて、名前と写真が流出していた。まさか自分のことだという認識をなかなか持てなかった」と振り返った。今もネット上にデマ情報が残ったままの状態で、「精神的にまだ平常に戻れていない」とも語った。(新屋絵理)



虚空 これさ、すぐに疑いははれたけど、疑いがはれないまま何のいわれもないのに社会的に抹殺されてしまう事例ってこれまでもあったし、これからもますます出てくるよね。
デマをとばした人も、それに安易にのった人も全く責任はとらないで、忘れ去ってしまう。

そういう意味では情報の出方によって、本当に世の中への印象はガラッと変わってしまう。

集団で「そうだ」と信じてしまえば、どんなデタラメなことでも、それが事実に鳴っちゃうんだもん。それは「人間の意識世界の特性としてある」っていうことをきちんと自覚しないとね。
そういうことを児言態雑誌18号の原稿にも書いたつもりなんだけど、あれは子どもだけじゃないくて、むしろ大人にこそ訴えたかったこと。

冤罪じゃなくてもさ、さっきテープ起こししていた6月1日のやりとりにもあった大洗のこと。キャラの誕生日にしても何にしても、ガルパンキャラたちは「いる」わけだよね。大洗ではそういう世界になっている。シロバコでの「アルピンはいます」もそうだよね。

「事実って何だ」とかさ、さらには「真実って何だ?」っていうのは実際にはとっても難しい問題だと思う。だから従来から哲学の課題でもあったんだろうしね。

昔高専の先生の言葉、言っていたじゃない・・・何だっけ「法則」だっけ

諷虹 なんでそうなるか分からないけど誰がやってもそうなるから法則というんだ、って。

虚空 それをちょっと拡張すればね、「誰もがそうだと思ったら 事実・現実」さらには「法則レベル」にまでなっちゃうんじゃない?
諷虹 結局「自分が信じたいものが真実」なんですよね。事実がどうであれ。
それが数百年レベルで伝承されれば、それは本当のこととして伝説化する。
「こうあってほしい」っていう願望が真実になってしまう。

虚空 それって上原先生が芝居なんかのことで盛んに言っていたことだよね。先にもう期待する形はある、って。それに合わないものは受けいられない。
いい例が「義経」・・・どんなに史実ではこうだったらしい、っていっても、やっぱり受け付けない。

諷虹 一時期義経のネガティブキャンペーンがあっても、やっぱり義経はイケメンじゃないですか。真田幸村とかも・・・


虚空 忠臣蔵もそうだよね。吉良上野介は地元では立派な人間とされていても、それは受け付けない。市川崑監督が新しい切り口で「四十七人の刺客」として忠臣蔵を映画化したけど、受け入れられなかったしね。


諷虹 越後屋なんていうと悪徳商人っていうイメージがあるじゃないですか。代官なんかも悪者って言うイメージ。花火もいろんな屋号の業者がいると思うんですけど、みんな「たまや」ですもんね。


虚空 こういうステレオタイプとか先入観って、定着しているものほどコワイよね。自分たちだって知らず知らず染まっていてもなかなか気が付けない。


諷虹 現代はそれを根本的にぶち壊してキャラ化する・・・女体化する・・・風潮もあるというのは面白いですね。
ネットでみたんですけど女体化されている歴史上の人物は自分がそうなっているのをしったらどう思うか、っていうのがあったんですけど、北斎なら喜ぶんじゃないかとか。

北斎女性化のを解説しているサイトの一つ
https://grand_order.wicurio.com/index.php?%E8%91%9B%E9%A3%BE%E5%8C%97%E6%96%8E
⇒正確にいうと北斎そのものが女性化されているのとは違うようでもある



虚空 この擬人化能力は海外の人達からも一目おかれているもんね、日本人は。
最近だったら競走馬を女の子にしたウマ娘とか・・・
ちょっと前だと、戦国武将を女性化したのもあるよね。ちょっと名前は変えているけど

織田信奈の野望・・・いろんな戦国武将が女性として登場
http://odanobuna.com/character/index.html
信長を女性化したのをまとめて紹介しているサイト
https://mag.app-liv.jp/archive/83137/
女性化じゃなくても、三国志だとか戦国時代を題材にしたゲームで歴史に詳しくなったとか、ゲームの中のイメージが人物像になったとか。
そういう人にとってはゲームのイメージが「真実」になるから、それとずれているのは、たとえこれが真実と言われても受け付けないよね。
(あるサイトで信長と卑弥呼が同列に描かれている)


諷虹 私らからすればすべて「昔の人」っていうくくりだから、同じ時空で描かれていても気にならない。

虚空 そのあたりの抽象化の問題・・・サバイバル環境と結び付けて50円玉君とも語り合ったけど・・・くくりかたによって、「同類」はいくらでも増えるよね。
でもさ、さっきの葛飾北斎どころじゃないよね。それこそ信長の甦ってきて、こういうイラストをみたらどう思うんだろうね・・・。

諷虹 キャラをオリジナルでつくるのはめんどくさいですからね

虚空 みる人が「なるほど」って思えればいいんだからね。それで成り立ってしまうし、みんなが受けいれれば、それが実在として定着すらしてしまう。

写真とか情報を「みんなが受け入れるように紹介する」っていうことで、今の時代は多くの人が日本中や世界中を情報操作できる可能性を持ったわけだよね。

だから政治家だけじゃなくて、それこそさっきの記者会見記事のように「ネット拡散」という行為そのものにも、軽い気持ちではすまされない自覚は必要だよね。
「遊び」「冗談」じゃ済まされないレベルのことにあっというまになっちゃうんだから。
迷惑動画だってね・・・。

ラインにも書いたけどさ、
「こうしたとしても、すべてを受け入れる自分が、悪逆非道な彼らから認められるという保証はどこにもない。結局は彼らを増長させるだけかもしれない。」
っていう点で、自分は何も反撃しないからやりたい放題ばかりされてきたけど・・・。

でもね、相手が反撃してこないから、ますます調子にのって「やっちゃえ!」「やったもん勝ち」っていうのは情けない風潮だよね。

それを情けないとは思わないから、ズルとか卑怯なことを平気でするわけだけど・・・。

でも、相手が爆発しないうちに、まっとうな道に戻るっていうのは大事なんだけどね・・・。それこそ今再放送をみている「地獄少女」なんてさ・・・他人ごとではない気分で観直しているもん。

かつては「卑怯」とか「みっともないことはしない」とか、自分で自分を律することができた人間が多かったわけだけどね・・・いつからこんな風に「バレなきゃいいんだ」「法にふれなければいいんだ」「やったもの勝ち」「正直者はバカをみる」が主流のような風潮になってしまったんだろうね・・・なんて、随分年よりくさい言い方だけど・・・。


諷虹 美学ですね


虚空 だから「卑怯者!」とか「見っともないぞ」言葉にハッとしたからね。
それこそプロレスの世界なんてそうだったからね。じいちゃんが夢中になっていたころ。日本人対外人 っていうのが当たり前だった頃。

どんなに反則攻撃をされても卑怯な反撃はしないのが日本人。それに耐えて耐えて最後にはフェアプレーで勝つ姿にみんな酔いしれていた。青春ドラマが感動的に受け入れられてたのだってそういう精神的な土壌があったから。


諷虹 まっとうに頑張れば評価される時代じゃなくなった・・・憧れる人が善人じゃなくなった・・・。トップにたっている人がうさん臭さがあるような。
侍とかの時代・・・英国紳士のような文化が大事なんだと思いますよね。
マネーゲームみたいに、まっとうな人がつぶされる・・・だからまっとうにやるのが馬鹿々々しくなってしまう。
真面目にやって成功した人はレアケースっていうのもね。そんなら手軽にかせげるような道を選ぼうって。
小学生が憧れの職業でユーチューバーをあげるというのもね。

(各種番組でのコメンテーターの発言について)
諷虹 あんな風に軽々しく批判して良いものなのかどうなのか・・・芸能人なんかも


虚空 一億総批評家って言う言葉は昔からあったけど、ますます加速しているよね


諷虹 最近なんかはツイッターの声なんかも紹介しているじゃないですか。
いろんな番組でのインタビューでもどれくらいがサクラとか


虚空 仮にサクラじゃない場合だって、全員のを紹介するわけじゃないんだよね。特定の人間の一部の言葉。それを「街の意見は」っていって、あたかもみんながそう言っていますというようにね。でもさ、少数派の意見ばかりを選んで「みんなの」っていう紹介の仕方もいくらでもできるからね。

かつては国だけが情報を管理していて操作していたわけだから、それに比べれは自由が保証されているということなんだけど、逆に一般人同士が縛り合っている世の中。ましてまともに調べもしないで、軽いノリで誰かを犯人扱いして、誹謗中傷する・・・法治国家でありながら、事実上「リンチ(私刑)」が横行している世の中になってしまっている。
これは真剣にかんがえないとね。
互いを互いに縛り合う、潰し合うという風潮が助長されたら、それこそ疑心暗鬼で誰も信じられなくなって人間社会は崩壊するよ。
たしか、地獄少女にもそんなエピソードがあったけどね・・・。

「安易に人を裁くというのは、どんなにそれが正義感からであっても、それは他人から裁かれるということになる」・・・たとえ何をしていなくてもね。
さっきの女性のようなことは、誰にだって起こりうるんだから。

教育でもさ、本当に真剣に叱っても「パワハラ」なんて言われたり、熱心に指導すると「ウザイ」なんていわれたり・・・。わざと挑発されてこっそり動画をとられて都合よく編集されてネットで拡散。とんでもない時代。
でもね、そうやって自分に都合の悪い先生を排除しまくって、学校の先生がみんな事なかれ主義になったら、それこそ社会は崩壊するしね。自分が人間として成長することを真剣に見守ってくれる人がいない、っていうのがどれほどあとで大変なことになるのか・・・それが子どもだけじゃなくて大人(親)も分からない時代。


諷虹 聖書にあったという言葉ですね・・・・

「朝早くまた宮にはいられると、人々が皆みもとに集まってきたので、イエスはすわって彼らを教えておられた。

すると、律法学者たちやパリサイ人たちが、姦淫をしている時につかまえられた女をひっぱってきて、中に立たせた上、イエスに言った、
「先生、この女は姦淫の場でつかまえられました。
モーセは律法の中で、こういう女を石で打ち殺せと命じましたが、あなたはどう思いますか」。

彼らがそう言ったのは、イエスをためして、訴える口実を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に何か書いておられた。
彼らが問い続けるので、イエスは身を起して彼らに言われた、「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」。
そしてまた身をかがめて、地面に物を書きつづけられた。
これを聞くと、彼らは年寄から始めて、ひとりびとり出て行き、ついに、イエスだけになり、女は中にいたまま残された。
そこでイエスは身を起して女に言われた、「女よ、みんなはどこにいるか。あなたを罰する者はなかったのか」。
女は言った、「主よ、だれもございません」。イエスは言われた、「わたしもあなたを罰しない。お帰りなさい。今後はもう罪を犯さないように」。〕
— ヨハネによる福音書、(口語訳)8:2-11
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☆「特攻隊員」⇒「落ち着ける場」⇒上原先生の「犠牲論」「恨み論」「稚児論」へ 

2019,08,13  ダンデリオンツイッター 「空翔ける恋」をきっかけにした8月15日以降のラインやりとり記録です。

そこから上原輝男先生の「犠牲論」の方向へ進み、さらに「棺担ぎのクロ」というコミックの話から「稚児論」の方へまで展開していきます。
 

ダンデリオンツイッター
一見、のどかに見えるこの写真。少年が子犬や人形を照れくさそうに持っているこの場面は、なんだかわかりますか? 
実は、出撃前の特攻隊員の写真です。

今から74年前。太平洋戦争中に、「特別攻撃隊」に編入された多くの若者が、片道分だけの燃料で飛び立ち、爆弾を積んだ飛行機で
敵の戦艦に体当たり攻撃を仕掛け、散っていきました。 
任務の成功が死ぬことであり、生きて帰ることが許されない、非道な作戦(作戦とすらいえない)遂行を命じられていました。 

「お国のため、愛する家族のため」とはいえ、罪を犯したわけでもないのに死ぬことが決められてしまった彼らが、誰も反抗せず毅然(きぜん)として死地へ飛び立つことが不思議でした。ここに挙げた人形を抱く特攻隊員の写真だけでなく、関連動画、エピソードは、テレビや映画やマスコミでは全く取り上げられません。ですが、この一枚の写真だけが特別なのではなく、特攻隊の身の回りの世話や軍需工場で働く挺身隊(ていしんたい)の女性たちが、自分たちをかたどったマスコット人形を出撃前の特攻隊員に贈るということが、どの基地でも一般に行われていました。


「軍神」と世間では言われる彼らの中には、その人形を飛行服にいくつもぶら下げて出撃した人もあったそうです。 特攻隊のイメージを崩すからか、昔も今も、人目につく形では一切取り上げられません。しかしここにこそ、看過(かんか)できない深く本質的なことがあるのではなかったか。

少年が抱く人形に、白い指が添えられているのがわかりますか? 多分女性の右手。すると左側に女性が… あ、 鼻、おでこ、唇、 若い女性の顔がほんのわずかに写っている! 挺身隊の女学生かもしれない。 自分の身代わりを添えさせようとして? この場でだけ「母」として息子に「嫁」を与えている? 

いずれにせよ赤の他人なのに、深い恋愛感情の交感が認められます。 生命の極限状況にあって、 女たちが男たちに、 相手を特定せず愛を捧(ささ)げて全くみだらさのない純粋な恋愛宇宙がここにあった。 特攻隊員たちには、「敵への憎しみ」の感情は消えていたとよく言われますが、こうした、常識的な理解をはるかに超えた境地に至ってしまったのです。

単純化は許されませんが、かれらは敵味方といった対立を超え、 国家や家族といった枠組みも超え、すべての生への恋をもって空を翔(か)けた、そう信じたい。そう教えてくれたと…

2019.08.15 木曜日
06:09 虚空 8月13日に大きく2つのことがダンデリオンツイッターに載せられていました。
今日は終戦記念日なので、そのうちの2つ目の方の記事を転載します。
この写真をもとにした記事です。
06:35 コバルト 画像




07:01 コバルト
児言態の「おうち意識」の核心部分だと思います。
煌めいているんです。
それが「あたたかみ」(おふくろさん意識)がおうち意識の根源であって。
写真の方々は地下二階三階とかではなく、もはや核(マントル)部分との繋がりを持っていられているのだろう感じます。
あえて「人の生と死の向こう側の人達」と言いますが。
なぜこの方々はこんな澄んだ顔と心をしているんだろう?なんですよ。
それが中庸(ニュートラル)であって「卍」であったりするんですね。
きっと天皇陛下でも同じことが言えると思います。



07:13 コバルト http://sp.utamap.com/showkasi.php?surl=E02014
 アンパンマンの歌詞を読んで頂くと、特攻隊の方々がそのまま当てはまると思います。


08:55 虚空
「煌き」も新たなキーワードになりそうですね
ここでアンパンマンがでてきたわけですが、合宿初日の夜、同室だった長浜君に三匹の子ブタの話をした流れから、アンパンマン誕生でも「受精」「死と再生」「真床覆衾襖」等々が現れているという、以前社会人クラスで出てきた話をちょうどしていました。
(今回の資料にもジャムおじさんのパン工場の写真も載せたわけですが)

8月16日
07:34 ソルティ 特攻隊の少年(青年)たちのお顔。。。

これから出陣というのに、屈託のない笑顔というのか、普通過ぎるあどけない顔があまりにも哀しいし、尊敬もするな。平和をありがとうと言いたい。じゃあ自分はどうするか?→ 平和の中の ちっぽけな動乱の中でくじけないで行こうと思う。 
8月23日
04:40 ソルティ
コバルト君の 死ではなく、空ということに関して思いだしたことがある。
それは。。。
学生時代に同好会でバンドを組んでいた後輩が57歳の時に亡くなった。かなりのショックをうけたのだけれど、そんな時に先輩の方がくださった励ましのメールがこれ。その先輩ご自身も、生死をさまよったのちこちらへお戻りになった方ので説得力があるというのか、心にしみた。以下がその文章。
『 思いをよせていた人がなくなると、その人はワタクシになったといえるだろう。
水の本質のごとくカタチをかえただけ。( ⇒ 同化する。)

「 これからスバラシイもの一緒にみていきましょう!」と
それが証拠に 想いでというかたちで強くワタクシの中にあるではありませんか。』
私たちの存在が たましい であると考えると、亡くなった方々からいただいた思い出や言葉などをありがたく頂いてそれらを生かして生きていきたいものだと思う。


05:00 ソルティ
虚空のコメント 
『*最近あるBSチャンネルで「地獄少女」の再放送をしています。以前にも観ていた番組ですが・・・「人を呪わば穴二つ」・・・恨んでいる相手を地獄に流してもらう代わりに、その代償として自分も寿命がつきた後には地獄に落ちることになる・・・それでも相手を地獄に落としてもらうかどうかがポイントになっているお話。

一方的に相手が極悪人なのに、何故自分が死後にまでとばっちりを受けなければならないのかが理不尽極まりないのですが・・・そのあたりのことは、上原先生の「犠牲論」とか「恨み論」との関係でずっと考え続けています。』

上原先生の 犠牲論 と恨み論には どのような事が書かれているのでしょうね?お聞きしたいなあと思う。
で、想像ですが、このマイナスの波動に陥りやすいと思われる 恨み・つらみ・ねたみそねみ等々をすっかり消化していくと、明るい光のあふれる、暖かい、愛一杯の宇宙空間が広がるのだろうな~と思う。 いつか抱かれてみたいものだなあと思う。= 母胎回帰 



05:13 虚空
「母胎回帰は闇の世界にかえること」という先生の言葉にはまだまだ深いものがありそうです。
単に子宮(穴)の中が暗かったという以上の・・・


05:34 ソルティ
上原先生の言葉から、 まだまだ深いもの、 穴の中が暗かったという以上の・・・ の からの~ 途中経過でいいので今 どんなことを思っているのか?聞いてみたいな。


ちょっと話がずれるのですけど、HOの中で、現在の国々のアイデンティティーというのがあって、日本の国は 観音様と書かれています。他の国(都市を含む)では フランス → ルルドの聖母 スペイン → 聖母マリア バチカン → ザ・ピエッタ( 悲哀の聖母 ) などなど 聖母が多く書かれてある。



05:54 虚空
日本では観音様が女性的なイメージになっていったというのも、さらに遡ると天照大神の信仰にまでさかのぼるかもしれないですね。

もともと日本では女系が強かったわけだし・・・卑弥呼のように。

男尊女卑というのは、中国などの外来思想に染まった以降だろうというのがうちの父の持論でした

06:02 虚空 「闇」
・・・よく駿煌会の若手メンバーが引用する色の三原色なんかもからんでくると思っています。光の世界では様々な色を混ぜると「白」、絵の具の世界では「黒」になっていくというあれ・・・。

光の世界が「目に見えない世界」 霊界・神界等々の異界モード
絵の具の世界が「目に見える現象世界」という現実モード

この世で生きるのは現実モードだから、逆に考えれば「黒(闇)」は、あらゆる色が内在されている。

ゴールで考えれば「あらゆる経験を豊かに積んで」というとらえかたになるし、スタートとして考えれば「あらゆる可能性を秘めている」ともなるのではと。肉体人間としての人生では

で、あちらモードが「魂」とすると、何度も転生するなかであらゆる経験を積み重ねていくと「白」(光・神)に近づいていく。
そんな感じですかね。


インドに古くから伝わる仏教説話にジャータカ物語というのがありますが、それも同じ発想です。

犠牲論でいうと「恨み」は「裏見」とつながるのでは、という上原先生の指摘部分あたり・・・

06:07 虚空
「棺担ぎのクロ」という、ある女性が主人公のコミック・・・諷虹君が愛読している(私も読んではいますが、後半があいまい)・・・も関連は深いと思います。


☆平成最終日 諷虹・虚空やりとり記録① 「棺担ぎのクロ」を通して:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/310/

06:10 虚空
「連歌」について、このブログ記事のやりとりの中にで語り合っている部分がありました。
もちろん当時は児言態の今度の授業に関して、Nanba先生から連歌形式の提案がなされるなんて思ってもいなかった時です。


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諷虹 これはおそらく「ニジュク」 と 「サンジュ」を外に連れ出した時の言葉のもじりなんですけど・・・・。
「その時その場所で採取したいろいろなものひとつひとつ」ってまさに「旬」の感覚ですよね。それを蒐集する。

虚空 和歌や俳句で日本人がずっとやってきたことを、四コマ漫画でやってきた、ってことだよね。

諷虹 序盤のクロのストーリーって童話風な小話集っていう感じじゃないですか。俳句とかも何百年も耐えるだけのディテールというか世界が出来ているじゃないですか

虚空 詳しくは知らないんだけど・・・古典をさぼっていたから・・・俳句って、元々は「俳諧連歌」っていうのだったわけじゃない。だからの「古池や」だって単独で詠まれたわけじゃない、って。平安の頃だって前の歌を受けて、っていうのが盛んに行われていたわけだろ。
もしかすると、まんがタイムとかのような単独での四コマじゃなくて、四コマ漫画を積み重ねて大きな流れを、っていう漫画雑誌の構成は「連歌」っていう伝統が背景にあったりしてね。


諷虹 
普通の漫画は日本を舞台にしてっていう感じだけど、クロは異世界で日本じゃないような世界で描いていながら、でも季節感があったりして・・・そこが童話的。

作者が「『クロ』の世界でも日本のような国があるんでしょうか」って。
円周率の無限の数列の中には、自分が知っている数字の並びがあるっていうように、異界の中に日本のようなところが存在しているかもしれないし、存在していないかもしれない・・・そんな「不確定性原理」みたいな・・・。
日本と同じように描いていたら、勝手に携帯があるんじゃないかでも王様はいないとか、今の基準で設定を想像してしまいがちだけど・・・こんな風に描いているから、携帯だとかがない世界・・・・だけども、もしかしたらその国のどこかでは存在している可能性もある。
変な話ですけどアニメのGA(同じ原作者)で、クロとセンが一瞬スーッと横切る場面があるんですが、「ああキサラギたしの世界にもありうるんだ。どこでも旅ができるんだ」というような・・・。クロの異界はどこにでもつながっている、無限の可能性をひめている。だからこそ中世的な話も現代的な話も近未来てきな話もできてしまうかもしれない・・・っていう懐の広さがあるのかも・・・・・・・・・

06:12 ソルティ
1、色の三原色と光の三原色のたとえがすごくわかりやすかった。
あちらモードが魂と書いているけど、この世では 肉体の中にその魂は宿っていると思う。自分じゃない自分を演じているとその魂がどこぞへお出かけしてしまって 精神的にかなりのダメージを食らうような気がする。 

2、その上のコメントに関して
算命学は中国の占いであって、男尊女卑を強く感じるわ。上原先生のいうところの犠牲論がどういったものか?はわからないのだけれど、この世的な犠牲をはらってなにがしかのものを得る。という考え方もする。寿命を削って 財を得たり名誉を得たりする。と言ったようなこと。これは 言われてみれば そうだよね。と思えなくもない。この世的な考え方・発想。何かを得たり、失ったりして 人格陶冶がなされていって、まあ少しづつ 神様や仏様の世界に近づいていくのだと思う。


06:14 ソルティ
すぐに、色々な 材料( コメント )が次々と出てくるのがすごいね。続きを読むね。


06:14 虚空
こんなやりとりも・・・という引用をしていたらきりがないのですが・・・・まだ児言態の件で「おうち意識」が話題になっていない頃なのに、こういう話題を盛んにやっていたんですね・・・平成最後の日に
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*仙狐さん原作の話題
一番冒頭のセリフ
「心の闇が人の世を滅ぼす」

虚空 虚空の心の闇が人の世を滅ぼしたり、っていうことはないだろうけどね。
人知れず朽果てていることになるだろうし・・・自分の骸は行政がひっそりと処分するだろうから。

やっぱりこの「おばあちゃんの味」とかそういうセリフ・・・単なる萌えキャラっていうのではなく、ベースにあるのは「おばあちゃん」っていうのがこれの特徴だよね。まあ実質800歳の神様というような設定だから、並みのお年寄りの何倍も生きているわけだから当然なんだということなんだろうけど。

諷虹 アニメだと尻尾や耳の質感が重視されている感じがしますよね。

虚空 やっぱりそれはさ、バーチャルとか二次元とかに対して、人間の本能は欠乏感を抱いていて・・・それがもう悲鳴をあげている状態なのかもね。
あの尻尾とかの「もふもふ」描写だって、フカフカの枕というか羽毛布団の感覚なんだろうね・・・それこそ温かいものに全身を包まれている「子宮」感覚。
真床覆衾の感覚っていうことからすれば、これは大事な感覚なんだし、だからこそそこに包まれて生命力を得るために家に帰る・・・上原流に言えば「帰る」は雛が孵るの「孵る」と同じだし、「甦り」の「かえる」でもあるということなんだけど、それが現代人にはなかなか起きない。

新たなエネルギーを得てまた「外」に向かうという「内と外」の健全な往復が起きない。
内に籠りっぱなしになるだけか、外で消耗しきってやがて朽果ててしまうか・・・という両極端な場合が多いよね。
一応ここに出てくる主人公はブラック企業で毎日遅くまで働いている状態をキープしているけどね・・・仙狐さんに元気をもらいながら。


諷虹 また棺かつぎに戻りますけれど、さっきの卵の話・・・死んだあとに箱の中に入れる、あるいは土葬なんかで埋めるみたいな・・・子宮じゃないですが、また生まれる前の状態に戻しているみたいな・・・・


虚空 今こうして打っている時に「うめる」の漢字変換で「生める」が表示されたんだけどさ、それで思い出したんだけど、上原先生が「埋める」と「生める」は同じことだったんだと。だから「土にかえる」っていう感覚を日本人は大事にしていたんだと。
農耕民族だからまさにそうだったんだろうね。土は命が芽生えるところだから。


諷虹 昔の映画で大和の・・・殉職した兵士を海にっていうのもそういう感覚なんですかね。海に還す。・・・音としては「生み」ですしね


06:20 」虚空 この世で生きるということは魂が肉体という器の中での制約を受けて・・・制約を受けた者どうしが複雑にからみあって(仏教でいえば 縁 をもって)生きていくわけですからね・・・。


ちなみにジャータカ物語に関して簡単に解説されているサイトにこんなのがあります
http://tobifudo.jp/newmon/jinbutu/jataka.html
(サイトより)
輪廻転生をくり返す中で、お釈迦様は人間ばかりではなく、いろいろな動物や鬼神などにも生まれ変わりました。
例えば人間ならば、国王・大臣・長者・バラモン僧・商人・盗賊など、動物ならば象・鹿・猿・兎・鳩・孔雀・魚などです
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(虚空言)盗賊、なんていうのが入っているのも興味深いですね・・・我が家にも昔買った子ども向きのがあるはずなんですが・・・行方不明



06:43 ソルティ
 棺桶の絵 みてきた。 
感想 
1、小さな女の子二人は狛犬さんかな~と思った。口があうんになっている。しっぽが白黒?陰陽か?
2、足がはみ出して組んでいること。 こんなリラックスした感じの自然体で にこにこ笑顔でお出かけになったら、送る側は いってらっしゃ~~い。と笑顔で送れそう。 
3、インドの ハグをしてくれる アンマさん。今年も会ってきたんですが、その方の瞑想の仕方がね、白い花をそこいらじゅうに( 自分から ~ 地球全体に )ふらせるんですよ。白はやはり光のイメージだな。

やっぱり現世での闇をかいぐりしていくとか だんだんんと光がさしてくる。そんな感じがしました。そして 少しでも自分自身が光だすと バタフライエフェクトでしたっけ? それが周りに影響していくんじゃあないかな~と思いました。 


13:11
諷虹 平成最後の日のやりとり…あの時の旬な話題だった「令和」や「白黒」がメインですが、いまになって読み返すと確かに色々新しい視点で見れますね
この時、連歌の話も出てきていたんですね…

ソルティさんのニジュク・サンジュを狛犬と捉える視点はすごく面白いと思いました。「阿吽」は宇宙の始まりと終わりを意味している点も
ニジュクとサンジュは物語的に、
長い旅でやや擦り切れてしまったクロに対して何を見ても新鮮な反応をするキャラ(類似キャラ→イカ娘・柚など…新しい風を吹かせる役割)
純粋故に「呪い」までも受け入れてしまう。そのためクロは『この二人に呪いを移すことで自分は助かるかもしれない』という葛藤を生み出すキャラ(類似キャラ→天気の子の陽菜など、人柱系のヒロイン)
母性を目覚めさせるキャラ(類似キャラ→木山せんせい(目覚めた側)、ラティナ、わたてんの花など)
てな具合に物凄く重要なポジションだったんだなと思います。まだまだいろんな視点から研究できると思います



13:15 虚空
狛犬っていうのはすごいよね。「阿吽」って「ア」と「ン」で「生と死」だから。

そして確かに「風をふかせる」存在・・・ライフインデキスなんだよね・・・まさに稚児。

それと「人柱系のヒロイン」っていう言葉・・・「犠牲論」といえば「犠牲論」なんだけど、それよりもずっとインパクトがありますね!

*早く自分が購入したのは何巻までなのかを確かめないと・・・・



13:25 諷虹
テイルズという冠がついたRPGゲームのシリーズのヒロインはそういった、自分が存在するだけで世界が~とか、自分が犠牲になることで平和が~というまさに人柱系のヒロインが多く、それに対して主人公をはじめとするパーティーがそれを解決していくという流れがお約束になりつつあります
ただ、お約束になる前にワンパターンな展開ばかりだと飽きられつつもあります


13:29 虚空
江戸歌舞伎でいうところの「趣向」というのが工夫されているかどうかがポイントなのかな???

21:44 コバルト
呪(のろ)いにしても呪(まじな)いにしても、発するのは片側から一方的なものですよね。
背後から襲うようなモノ。
背徳的なんです。
また正反対の事だと狛犬などありますが、対峙するという点、相まみえる、そこから決闘などが取り上げられるわけです。
決闘は犯罪行為とされていますが、純粋な観点から見ると憎しみが愛情に変わる点があるんですね。

ボクシングなどで最初はいがみ合っていても、最終ゴングがなった瞬間にお互い抱き合う姿など見ると、自分は自分相手は相手だったのが、ラウンドを重ねる事に相手は自分自分は相手になっていったんだなと感じます。



21:47 虚空
諷虹宅での授業が続いているわけですが、昭和の青春ドラマなどについても先ほど話題になりました。
話の中心は「事実とは何か」ということです。信じたものが事実になるというような・・・


21:51 コバルト 事実(色の三原色)は塗り替えられる訳だし。
真実(光の三原色)は塗り替えられないもの。
真実はいつも一つと!コナン君は言ってますけど。



23:02 ヒマワリ
高校の英語の授業でさ、
lie(うそをつく)の前置詞はa
truth (真実)の前置詞はthe

なんでか分かる?って聞かれたとき、私指されたんだ。
「うそは何通りもつきようがあるけど、真実は1つしかないから」って答えたん思い出した。
正解だったんだけど。
先生と前置詞の勉強しててよかったなーと思ったね。



23:17 虚空 それは鋭い解答ですね!
そして含蓄のある回答です。

☆反戦アニメ「クロがいた夏」から 「原爆の日」「おうち意識」  

ソルティさんがある集まりで観たという「クロがいた夏」というアニメの話からのラインやりとりです。

上原輝男先生が被爆されたことや、虚空をはじめとする茨城メンバーは茨城であっても東日本大震災の被災者であるということから、原発問題にも話が発展しました。

こうしたやりとりに関しては、今の日本では発言しにくい状況になりつつあるのを肌で感じています。「二度と戦争はいけない」と事あるごとに周囲の大人たちから聞かされながら育った我々の世代ではちょと考えられないくらいに。

なのでこのやりとりのアップはちょっと躊躇していました。

我々の世代の考えが「時代ずれしている」「平和ボケ」「国際社会への認識不足」という御批判は仕方のないことだとは思います。


ただ、私が小学生の頃というのは両親もはじめとして、世の中のほとんどの大人たちが、戦時中の生活体験を覚えている人たちだったんです。そうした人たちに囲まれて育ったんです。心の底から多くの大人たちが「もうあのような戦争のような経験を、後の世代には絶対味合わせたくはない」と思ってくれていたんです。

それは今とは全く違う社会の雰囲気だったことだけはご理解ください。
2019,08,01
08:44 ソルティ 
いよいよ八月に入りましたね。
私は7月30日、「 平和のつどい 」 に学童の子供たちと出かけました。アニメ2作品を鑑賞しました。その中の一つが 「 クロがいた夏 」 だったのですが、 めちゃくちゃ泣けましたわ。

アニメ好きのみなさんならひょっとしたらご覧になっているかもですが、私は小さいころから、ヒロシマに関するものはなぜか怖くて全くダメなんですよ。

起承転結と序破急 今一つ理解できていないワタクシですが、私はこの作品に素直に感動しました。 最後に流れていた音楽がとても好きでした。
原作・脚本 中沢啓治さん 監督 白土武さん、音楽 佐藤三樹夫 さん。

「 クロのいた夏 」 の絵本もあるそうですね。そのあとがきというのを了解もえないで勝手に拝借してきました。ごめんしてください。

 中沢啓治さんの絵本「クロがいた夏」。
 私のクリニックの一壁面は、ライブラリーにしています。そこに置いておいてと、中沢啓治さんから新装版 絵本 「クロがいた夏」を戴きました。本一冊、丸ごと感動し、そしてそのあとがきにも感動しました。お許しを戴いたので、そのあとがきをここに転載させていただきます。
 
       
 ・・・・・・あとがき・・・・・・
 真っ黒な野良猫が、ある日、我が家に迷い込みそのまま居座ってしまいました。私たち家族はこの猫をクロと名付け、家族の一員として、日々愛情を注いで共に暮らしておりました。
 原爆が落とされてから数日後、我が家の焼け跡を尋ねた時、町内の防空壕を覗くと、そこに「乾物」のようにカラカラに干からびて死んでいるクロの姿があったのです。
 

 防空壕に逃げ込んでも、周囲を火に囲まれてしまうと防空壕の中では水分がみな蒸発し、蒸して焼かれたようになってしまいます。ぺったんこになってしまった小さな命を、両手でひろいあげ抱えた私の脳裏には、わたしたち家族のまわりで、無邪気な様子で遊びまわっていたクロの姿が浮かび、可哀そうで可哀そうでなりませんでした。原爆が投下されたその時、遊びに出かけていたクロは燃え盛る炎の中をかいくぐり、どうにか我が家に辿りついたのでしょう。そして炎上する我が家の熱気に堪えられず、私たちがいつも使っていた町内の防空壕に逃げ込んだのだと思います。クロは私たち家族を慕って帰ってきたのですね・・・。これは実際にあった話しです。
 

原爆、放射能は、なんの罪も無いこんな小さな命もふくめて、生きとし生けるものの命をすべて奪っていく。

この絵本『クロがいた夏』は、発売当初『はだしのゲン』という長編漫画と、幼い子どもが読む「絵本」の真中に位置するものとして、文字の苦手な子どもたちにも画がもつ力で伝わるよう、平和への祈りを込めて描きました。安心・安全な日常、日々の小さな営みが繰り返される幸せが、平和であるということだと思います。
 

 昨年秋にこの絵本の復刻の話があり、今年の夏には出版する予定にしていた折、奇しくも2011年3月11日東日本大震災がおこりました。被災に苦しむ東北・関東で追い討ちをかけるように、あってはならない東京電力福島第一原発が壊れるという人災が加わり、唯一の被爆国である日本が自らの意志によって、再び被曝の危険にみまわれることになり、憤りを感じています。この震災により被災された方々の安全と、一日も早い復興を心から願ってやみません。

また、被災し避難した子どもたちに対し被曝による差別があったというニュースを聞き、大変心が傷みました。どうかそういった差別をしないでください。

 失われたクロの小さな命を通して、子どもたちにも戦争の哀しさや恐ろしさを伝えると共に、安全ではない「核」を扱う人間の愚かしさを伝えていかなければならないと、あらためて思うのです。
                     2011年夏  中沢啓治
 
08:53 虚空
中沢さんって「はだしのゲン」の原作者の方ですよね。

私が中学生の頃に出合った反戦漫画・・・読み継がれてきた名作なのに、しばらく前にありましたよね、いくつかの自治体などで子どもに読ませるのはふさわしくないという一部議員からの圧力で、公立図書館などから姿をけした、なんて。

表向きはもっともらしいことを言いながら、実は私利私欲とか政治家たちのかけひき等々に利用されているような風潮がますます強まっているというのは、唯一の被爆国であるにもかかわらず情けないことだと思います


08:55 ソルティ
ゲンの原作者。。。そのように書いてありました。



09:04 虚空
つい最近も中高生と話題にしました。
確かに非常に惨たらしい場面も多々ありますが・・・・アニメやドラマでもさすがに原作通りに描けないくらいの・・・・それだからこそ「人の痛み」「辛さ」が伝わる部分もあると思います。

特に現代のように人間の成長として必要最低限のとっくみあいの喧嘩などをさせない、怪我をしないように守り過ぎている・・・という中で、他人を傷つけたり殺すのがあたりまえのゲームの世界にばかり浸っていたら・・・しかもあれは反射神経での反応ですから、はだしのゲンなどでの惨たらしいシーンというのとは全く真逆の感覚での受け止め方になってしまっていると思います。

人の痛みを感じるよりも「やっつけた!」という快感。傷ついて死んでいくのをみて「ざまあみろ!」という気持ち。

若い世代が「戦争?別にいいじゃん」と公言し、ジブリアニメでの反戦的な内容に対して「いつのまに日本はこんなに戦争を肯定する国になっていたのか」と鈴木プロデューサーが愕然としたような非難が寄せられたというような現代社会。

私が別サイトに書いた「反戦」とか「弱者の立場」の記事に対して執拗に反対してくる若者たち・・・
とってもコワイ方向に突き進んでいると真面目に思います



09:42 ソルティ
どうしたらいいんだろうね~。 

今ね 27度でエアコンつけてる。わんちゃんのために。(だって毛皮を着ている)外はむちゃくちゃ暑い。電力に頼っているんだわ。自分的には そりゃあ原発には反対の立場をとりたいけれど、使っちゃってるしな~と思う。
だから 原発反対寄りです。ってことでちんまり生きることにしている。

人の痛みって 例えば病気ね、自分がなってみないことには、同じようにはわからないと思う。まあ わかってほしいとも思わないけど。むしろ わかるわけねえべ。とか思う。
自分はどこかでは 弱者、どこかでは 強者になっていると思うので、その生かし方はかんがえなくちゃあなあと思っている。

とりあえず、自分の中での 「 平和 」 を模索しつつ残りの人生を一日一日生きるっきゃないかな?と思っているよ。

10:53 ソルティ 見つかました。まさか あるとは思わなかったけれど。
https://www.youtube.com/watch?v=4vhph1UAO4U


15:51 虚空
クロがいた夏ED観ました。
ちょっと思い出したのは、特別支援学校について学んでいた頃から何度も耳にした一部の世間の言葉。

「どうせ教育したってモノにならない子になんであんなにつきっきりで」「税金の無駄づかい」「他の児童に迷惑」・・・ようするに「一人のためになんでみんなが犠牲にならなければならないのか」という理屈。

それに対して心ある先生方の反論は「一人を大切にできない世の中が、みんなを大切になんかできない」でした。

これって、そのまま戦争の理屈の対立と同じですよね。
小さいものの命を大切にする心・・・それが幼い頃からあって、人間としてまっとうに成長する。

そんな当たり前のことが保証されない世の中。
戦争ということではないですが、現代社会もまさにそうなっています。



16:03 虚空
原子力発電についてつい最近中学生と話したのですが、やはり戦争でも何でも、国などの表向きの宣伝文句・・・いかにも国民のみなさんを第一に考えていますよ・・・風のものは、どうしても偽善的に思えてしまうし、信用できないという気になってしまいます。

それはやはりあの親戚たちが、言葉ではたいそう立派な言い方、まっとうそうな言い方をして、人を利用しようとしているくせに、自分たちには全く違う言い訳をくっつけて振舞う・・・そういうズルさと通じてしまうから余計に反発を感じます。

例えば資源の関係でどうしても原発が必要なら、本気で正確なデータ等々を堂々と示して訴えればいい。

それを「火力発電と比べてもコストが一番かかりません」とかいうから不信感がつのってしまいます。

現に福島原発でも明らかになりましたが、事故を起さなくても老朽化しての廃炉をしようとしたらの巨額な費用、あるいは使用済み放射能廃棄物の処理などにかかるお金は、そのコスト計算にはわざと入れていないわけですよね。

そうした負の部分を後の子孫にぜんぶツケとしてしまっている。
なんだかんだで最終的には税金で庶民負担なわけですから。

ましてやあんな風に事故が起きれば、その電力を使っていた地域の人たちは何の痛い想いもしないで、地元にだけ一生を滅茶苦茶にするような負担を強いる。それに対してはっきりいって使っていた地域の人たちは知らん顔・・・それどころか福島から避難してきた人たちを差別扱いした・・・・原爆で被爆者が「ピカの毒が・・・」というのと全く変わらない。

原発問題に限りませんが、こうした誤魔化しが口では民主主義の世の中、国民主権 なんていいながらも多すぎます。

08月04日
07:45 虚空 ブログアップのツイッター記事転載です
☆「ことば」「学び」の本質に向けて  7,22以降のラインやりとりから: をブログアップです。 (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/392/) syunkoukai.edoblog.net/Entry/392/
 本当はコバルトブルー君の作文に関するラインやりとりもアップする予定だったのですが、昨日からそれに関しての新たなやりとりが展開中なのでもう少し後でアップします。


2019.08.05 月曜日
09:11 コバルト
創造と破壊
ここから引用です。
創造的破壊(そうぞうてきはかい)とはヨーゼフ・シュンペーターによって提唱された経済学用語の一つであり、経済発展というのは新たな効率的な方法が生み出されれば、それと同時に古い非効率的な方法は駆逐されていくという、その一連の新陳代謝を指す。

創造的破壊は資本主義における経済発展そのものであり、これが起こる背景は基本的には外部環境の変化ではなく、企業内部のイノベーションであるとした。そして持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であるとシュンペーターは説いた。

学者の見解
編集
カバレロ=ハマーの実証研究によれば、1972-1993年のアメリカの製造業のデータを用いて分析した結果、不況によって社会的に有用な企業の倒産がむしろ増加しているとしている[1]。また、不況によって新規参入は困難となり、老朽化した企業の存続を助けているとしている[1]。

経済学者の竹森俊平は「日本の開業率は1990年代を通して低下を続け、1996-1999年は戦後最低の水準に落ち込んでいる一方で、廃業率は上昇し続けている」と指摘している[2]。

経済学者の田中秀臣は「日本の失われた20年の間、日本の開業率と廃業率を比べると、廃業率が多いが開業率は少ない。起こったのは、大企業ばかりが残り、ベンチャー企業は資金力が無かったために真っ先に潰れてしまうことだった。さらに不況下では、若者の失業率が高くなり、イノベーションを生み出す若者が働けなくなっている。不況下ではイノベーションが生まれないというのが現実である」と指摘している[3]。

創造的破壊について西部邁(評論家)はこう述べている。「創造的破壊という標語くらい誤用されているものも少ない。それは「理想に向けての創造」には「現実に対する破壊」が不可欠だという意味であって、破壊の中から自然に創造が生まれる、ということでは決してない。公共活動の「理想」が示されなければ、公共活動の「現実」を取り除いたとて、それは単なる破壊をもたらして御仕舞となる。」



09:23 コバルト
新陳代謝(死と再生)という循環が要点なんだと思います。
ただの消滅的破壊になってしまっているのか、構築的破壊となっているかの違い。

構築的破壊には理想(夢、希望、道筋)が含まれているという点が重要です。
現状維持を望んでいるままの状態の方々からみたらそこまでが終着点になってしまっているんです。

「創造」から「破壊」からの「変革」、それが序破急になるのかな。


11:02 虚空
これをごくごく単純に言えば、「コップ(器)を空にしなければ、新しいものを入れられない」ということになるし、祝詞でいえばソルティーさんもよく話題にする「一切成就の祓い」の、あのフレーズになると思います。

⇒極めて 汚きも 溜りなければ 穢きとはあらじ
もちろん古代日本人が、現代の経済学等々を想定していたといいうわけではないでしょうけど・・・根源はみな通じてくるということですかね。

どれが「最も身近な感覚」(おうち意識)が意識のベースであり、あらゆる世界のことと共振・共鳴を起していくよりどころになる・・・という風になっていくんだと思っていますが・・・


13:45 虚空
「クロがいた夏」ツタヤで取り寄せレンタル扱いだったので注文ていたのですが、それが届いたという知らせがあって、午前中に借りてきました。広島原爆の日の前日にというのがまた何かの縁を感じます。

中沢さんの「はだしのゲン」の原作はかなりむごたらしい描写の連続・・・アニメも原作ほどではないにせよ、かなりの描写だったので、正直、このアニメの原爆シーンがどうなっているのかはちょっと不安でした。

でも脚本等々で中沢さんが深く関わっているにしては、かなり抑え込んだ描写でしたね。
これが時代の流れなのか、それともクロとの交流を印象付けることを最優先にしたからなのかは分かりませんが・・・悲劇ではあっても、救いは描かれていたと感じました。


2019.08.06 火曜日
05:26 ソルティ
「 HIROSHIMA 」
今年も 8月6日を迎えました。

小さいころ、恐らく戦場?でガイコツから逃げる夢をよくみていたので、とにかく戦争に関する映像等々は恐くて受け付けない自分がいます。広島県人なのに、やっと原爆資料館に出かけたのは、高2になった時だったと記憶しています。「原爆の子」 は確か?小学校に勤務している時に子供たちと見たけれど、上原先生とは違った意味で ( こんな映像をみて子供たちは大丈夫なのか?先生方はなぜ平気なのか?)と思いました。

11月に、ローマ法王が広島・長崎を訪問されるらしいですね。法王が全世界に広めようとされている一枚の写真 「 焼き場に立つ少年 」。昔、この写真にくぎ付けになったことがありました。
74回目の原爆記念の日を迎えるにあたって、再び 平和について考えたいと思います。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/532764/

06:12 虚空
つい先ほど、ブログに紹介するつもりで、「忘れ水物語」のあとがきを読み返したのですが・・・ここ数週間のやりとりをふまえると、また随分と違った印象を受けました。
⇒ 「忘れ水物語」上原先生がご自身の被爆体験を綴った小説です。


08:30 コバルト https://ameblo.jp/sinjyunopiasu/entry-12359301745.html



08:38 虚空
極限に追いつめられた時・・・・感情もイメージも現実世界とは切り離された不思議なモードになってしまう。
それがなかったらあっという間に精神崩壊してしまうでしょう。

ということを、教師の頃には「ちいちゃんのかげおくり」で扱ったわけですが、それにさらに実感が伴ったのは、入院のショックで痴呆症状になった祖父の姿をみたときでしたね。これは必要な摂理なのではないかと。
上原先生の言葉からは、被爆された方々もそういう状態だったと推察されます。


09:12 コバルト
ソルティさんの転載してもらった写真を見て思ったのが、「観念」っていう領域。

死(自分に対しても)に対して平然としていられる時間があるんです。
光景として観れてしまうんです。
よく自殺を踏みとどまった時にフッと我に還ったときに膝から崩れる落ちて泣き喚くようなものに近いかもしれません。
自分を捨てた、もしくは捨てなくちゃ行けなくなった瞬間って「破」そのものなんですね。


09:17 虚空
こうしたことと、この前から話題にしている「観察」という視点との関連も考えてみる必要がありそうですね


10:00 ソルティ
少年の写真 ⇒ 「 光景 」 として観れる。
そうねぇ 私の場合は、光景にちょっとだけ 何かがくっついてきているかも? 父が軍人だったでしょ、だから。
(中略)
クロがいた夏にせよ、この方のように犬を連れて必死で逃げて助かった人にせよ、今 ワンちゃんを飼っているからその気持ちが少し理解できる。やはり、経験するということはいずれにしても大きなことだよね。理解とかそういうレベルを超えていると思う。
「破」 って そうだな、倒れる っていうことにも似てるのかな?と思った。 倒れては 立ち上がり 倒れては立ち上がる みたいな。這ってでもいけ!と言った 上原先生の言葉を思いだすな。

肉体的にも何度か倒れているけど(大したことないけど、その時は いっぱいいっぱいで だらしない)、それを 必ず 俯瞰しているもう一人のワタシの存在があるように思うな。そのワタシが「 観察 」 をしているのかも? 

だから よく多重人格とか言って否定的な見方するひとがいるけど、色々なワタシがいるのが当たり前なんじゃないの?と思う。



10:30 虚空
今、上原先生語録のブログアップがおわったところですが、忘れ水物語の後書きにこういう言葉があります。
八月六日、午前八時十五分、私は、広島駅頭に在った。しかし、その時、その場所を、私の知覚は見失った。意識を失ったわけではない。一瞬のうちに、人を包んでいる環境が様変わりするとどうなるか、人は立っている位置すらが分からない。いつ、どこで、何を、のすべてが断絶されて。ここを確定することが出釆ない。建物は建っていて普通であり、戸外であれば、人は歩いていて普通だのに、その普通がなかった。また、爆撃なら、爆撃による破康の過程を見て、人はそう認融し、人の死傷も、傷つき倒れる過程を見て、悲惨の情が喚起されるのに、その過程がなかった。私が習い憶えた知覚の中には、その光景を読み解く能力はなかった。
真っ只中にいて、突然の変化や極限状態におかれると、人間は「現実感」を失い、感情と切り離された「超観察者」モードに入ってしまうのではないかと。

10:37 虚空
原爆の日にちなんで上原先生語録を2つに分けてブログアップしました。
分量が多いので、ラインにはちょっと・・・。
お手数ですがここにはりつけてあるアドレスをクリックして、ブログにとんでください。

・今日は令和になって初の「広島原爆の日」です。
ということにちなんで上原輝男先生の言葉から原爆関連のものをいくつかまとめてブログに掲載してみました。(link:http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/393
単に被爆体験記というのではなく、人間の意識の根源に迫る内容です。そういうつもりで是非お読みください。

・上原輝男先生が「トランスフォーメーション」(意識の転換・時空の転換・構えの変革、等々)ということを強調されていた背景には、やはり広島での被爆体験が強烈にあることが感じられます。
そういった事柄に関する語録もいくつかまとめてブログアップしました。
(link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/394/

・ずっと駿煌会で話題になっている「知識」「論理」「数学的思考」等々の関連に深い言葉もあります。
西洋風ではない、日本人古来の知的教育・思考(発想)の教育があったハズ・・・それが忘れられてきたことから、「知識」「常識」「現実的思考」が真に豊かな世界への縛りになってしまっています。



10:37 虚空
ここ数週間の駿煌会やりとりをふまえてこれらの先生の言葉をまとめて読み返すと何が浮かび上がってくるのか
「序破急」とか「光景」とか・・・
宇宙との振幅に直接関係するような言葉もこの中にはあります。



10:38 Nanba先生
これ助かります。



10:43 虚空
日本人としての「知識教育」「思考教育」と「感情・イメージ」そして「構え」の問題がどうつながっていくのかの具体的な背景が先生の被爆関連の言葉からはっきりと読み取れてきました。
Nanba先生先生の学会発表にも強く関連するのではないでしょうか・・・・西洋流に染まり過ぎた今の教育だと縛りになってしまう、という点で。

特に「忘れ水物語」の後書きが、昨年の授業と、今回の授業との大きな橋渡しになるかもしれないと・・・
(母胎回帰と闇 甦り 等々も含めて)
午後から、やっと作文分析という視点で聖徳のおうち作文を読み返しますが・・・
08月07日
09:04 ソルティ
虚空へ
上原先生の原爆関連の記事読ませていただきました。丁寧にまとめてくださっていて大変ありがたく思います。まずはお礼まで。
2019.09.13 金曜日
08:01 虚空
今もまた、駿煌会のブログアップをしている最中です。
かなりいろいろなやりとりがたまってしまっているので・・・・
こんなに立て続けに大量の記事をアップすれば、余計に読むのが大変で敬遠されてしまうのは分かっているのですが・・・とにかくネット上に記録を残しておくことが大切だと思っているので。
数日中にあの「クロのいた夏」のこともアップする予定です



08:02 ソルティ
そうなんですね。あの最後の曲 泣けたけど そんなことなかった?
 犬かってるから 余計に泣けたわ(ねこじゃないけど) 



08:19 虚空
犬は猫以上に人間の心とリンクするといいますからね・・・ペットを飼ったことがない私にはなかなか実感できない感覚ですが・・・そういう意味ではあの横浜に通っていたときの体験は貴重でしたね


 記憶にないんだけど、虚空にららこさん(ららこ 飼っている犬の名前)なついていたっけ?



08:23 虚空
初めての時にはかなり威嚇されましたけど、敢えて知らん顔していたら、やがて向こうから鼻をツンツンしてきて・・・初回の後半には私の膝の上で寝ていました。
それ以降は威嚇ではなく歓迎の意思で吠えられるという感じでしたね。



08:25 ソルティ
それから先が人様にほえまくりなのですっかり記憶がすりかわってしまっているわ。



08:28 虚空
実際に犬でも・・・人間の赤ちゃんでも・・・言葉のやりとりができない相手にはどうしていいのか分からないというのが正直なところなので・・・基本的には最初はどうしても距離を置いてしまいます。でもそれが逆に良かったのかもですね



08:29 ソルティ
そうだと思う。「 じゃましない 」 適度な距離感って大事だよね。



08:30 虚空
あの防空壕はあの女の子と一緒の象徴というか「かえる場所」「戻ってくる場所」の象徴・・・という意味であのねこに^とっては本当のあの家が燃えてしまっても「おうち」かな?


以前紹介した、小児科医の先生が、いきなり聴診器をつきつけたりしないで、まずはお母さんとやりとりして、お母さんと仲のいい人なんだと子どもに感じさせるのが大事・・・なんていう話をきいた時に、「じゃああれでもよかったのかな」と思えたことがありました。



08:33 ソルティ
帰る場所をちゃんと覚えていたということもすごいよね。体がもえつきてなくてよかった。まあ、アニメだからだけど。



08:35 ソルティ
「 お母さんと仲のよいひと」 なるほどね。


08:41 虚空
現代人にとって、建物としての「家」はあっても、本当の意味で「おうち」と呼べる場所がある人はどんどん減っているように感じています。私もそういう感覚はあったし・・・。

ましてや昨今のような幼児虐待・・・おうちや両親が一番怖いもの、危険なもの・・・という意識にどっぷり包まれている子ども達・・・・

あるいは、東日本大震災のときにもそうでしたが、おうちやふるさとが一挙に失われた、自分の誕生日が家族や大勢の人たちの命日になっている・・・そんな子ども達

モノとしての「おうち」ではなくて、本当に「おうち意識」をもてる「もの」「場所」「人間」「時間」・・・・そんななり替われるものを・・・それがこのところの自分を突き動かしているのだと思います。
みんなにとって共存共栄できる・・・「おうち意識のもてる」・・・そんな世界の実現に少しでも貢献したいなと・・・



08:42 虚空
ららこさんはきっとしっかりと観察していたのでしょうね・・・私のことを。


08:43 ソルティ ららこさんは、非常に賢い犬だよ。気をしっかりよめるもの。



08:48 虚空 それもやっぱりいい飼い主に巡り合えたというのは大きいんでしょうね。
実際に家庭教師でこれまでも犬や猫が飼われている家は多々ありましたが、どういう風に家族の方が接しているかでだいぶ性根が違っていましたから。

☆「序破急」「数学と類化性能とサバイバル」「柔軟な生き方」 等々

8月2日以降のラインやりとり記録です。


コバルトブルー君が特にこだわっている「序破急」ということがさらに発展。



そこに「類化性能」と「数学的思考(抽象化)」の話がからんできます。サバイバル生活を描いたアニメからのことなのですが、これは何もサバイバルだけではなく、現代社会の認識の仕方を柔軟にする上でも大切な発想だと考えています。


後半は、ソルティさんが紹介してくれたバラエティ番組の話題から、「生きる姿勢」を柔軟にする話題になっています。



2019.08.02 金曜日
05:49 虚空
先ほど駿煌会ツイッターに載せたコメントです。
・昨日アップしたブログ内でも触れている今季アニメ「ソウナンですか?」
無人島に流れ着いた女子高生、その中にサバイバル経験豊かな子が一人。
他の3人も徐々にその発想や行動に慣れていくという内容です。

所謂「昆虫食」もそうですが、「普通」の生活とのギャップである壁を取り払う鍵の一つが「数学的な思考」を日常の生活感情とリンクさせられるかどうか。
そしてさらに一般化すれば、現代人の人間関係の悩みを乗り越えていくためのカギも根源は同じだと感じています。

・上原輝男先生が「中学年には論理思考の訓練を」とか「感情とイメージなどと切り離された世界がある事も知り、そういったやりとりにも慣れさせる」と強調されていた背景には、こうした「生活力アップ」、別の感情豊かな生活に転換する能力の獲得に論理や数学的思考が不可欠と考えられていたと思います。

05:54 虚空
昨日のブログアップに対してのダンデリオンさんのツイッター記事です
「いつもありがとうございます。単なる独り言がこうして取り上げられ共振共鳴されて本当にバタフライ効果ですね。こんな展開になるのかと驚かされます。」


16:13 コバルト
形式が中身そのもの。
序破急の序が始まりのゼロの部分、基準(0地点)ここが確立していないと、話しがチンプンカンプンになってしまうんです。
掴みのいい映画やアニメはこの序がよく出来ているわけです。特に宮崎駿のカリオストロの城はこの序が抜群にスゴい。
水戸黄門などでの「ひかえおろう」の部分が破の部分。「待ってましたぁ!!」の部分。(ウルトラマン登場の場面)

またはビッグバン(爆発)や不動明王の発生です。ドラゴンボールはこの破が桁違いにスゴい。
急が余韻とか余波(バタフライ効果)ですね。パッと終わったり消えてしまっても、それぞれの心に色褪せず残る部分、名作や伝説になってしまう決定的な部分は急にあたりますね。急には流れや道筋があるんです。これは決して盛り上がるような部分ではないんですね。

坂本龍馬の暗殺や織田信長の死、ウルトラマンの帰るシーン、ターミネーター2のラストシーンなどは急になるんですね。

序破急の全てが集約されているのが「花火」を観たときの情景なのだと感じます。刹那的で力強く、美しく消えていき、そして色褪せず残るもの。

 序をもっと言うと、空っぽ(虚空)であって、無いのに在るものという感覚だと思います。
まさに嶺上開花(嶺の上で花が開く)みたいな感じですね。


16:30 虚空
「余韻」とか「名残」っていうのは、単に「後をひく」というのとは違った感覚なんでしょうね。「幕」に対する西洋と歌舞伎の違いにも表れているかもしれません。

「勧進帳」なんかは幕がしまってからが、あの大きな見せ場である弁慶の退場だしね。
義経千本桜 大物浦で知盛が大碇と共に沈んだあとも、幕がひかれてからも大事な場面。

*ここで「嶺上開花」も登場!

そうした部分を日本人が大切にしてきた感覚・・・

虚空からという発想だとしたら、ビッグバンのさらに直前の「超真空からゆらぎによって全てが生まれた」という「インフレーション宇宙論」の方が適切な科学的たとえになるかもしれません。



17:55 ヒマワリ
おうち意識をあれこれ考えたり考えなかったりする日を送っておる。なんかこう、規模がでかいアニメが浮かんできちゃうんだけど…。
もののけ姫で言うたら、人間にとってのおうちは」タタラ場」であるなぁとか。
エボシ様が皆んなのお母さんポジションか?とか。
獣たちにとっては「森」がおうちだよなぁとか。
お互い無くされては困る故郷をかけて戦ってたんだなーとか。
もっとこぅ…いかにも「おうち」!!ってゆうアニメが出てこん。
ガルパンの「戦車」もおうちだし、ポケモンの「モンスターボール」もポケモンたちのおうちになるかなーとか。


19:38 虚空
一見、おうち意識と関係なさそうなアニメ等々というのも個人的には重要だと思っています。
類化性能とか・・・数学的な抽象力による、多様性という意味で。
それが英才児の標準的な認識力ではないかと。

アニメなどからフッと浮かんだことを、自分の家とか地域とかふるさととか、自分の実感と照らし合わせるとどんなことが浮かんでくうrのか、なんていうのもどんどん教えてください。
それこそ最も身近な感覚が、飛躍的に別世界とか広大な世界とつらなる実証となるような・・・


2019.08.03 土曜日
10:35 虚空
昨夜の諷虹・虚空のやりとりをはじめとして、ブログアップの機会を逃していた以前のやりとりも掲載しました。
コバルトブルー君の作文に関したやりとりもあるのですが、ラインの方でのやりとりは、今日の午後か明日にブログアップの予定です。

ツイッター記事転載です。
・ゆうべの諷虹・虚空のやりとりから、「観察」という構え ⇒異文化を認め包み込める力:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/388/) syunkoukai.edoblog.net/Entry/388/
をブログアップ。

もう少し丁寧に言えば「身近な生活を観察して様々なことをキャッチできる能力」がその後の人間としての成長の土台となる、ということです。


・それこそ乳児期から最も身近で体感も伴うのが「おうち意識」・・・だから全ての意味で「意識のベース」となると。
再びサバイバルアニメ「ソウナンですか?」の話題にもなっているのですが、異なる立場を受け入れる構えの獲得の大きな第一歩は「食」に関することでもあると思うんですね。

・しかもそこには先日から問題にしているように「思考・感情・イメージ・語感」等々の問題が必ずからんできます。
「意識のベースとしてのおうち」とか「思考・感情(イメージ)・用具言語」が「構え」にどのように統合されていくのかを考える非常に良い素材が「食」のことにはあります。

・続けてブログアップしたのはなかなか掲載できずにいた5月17日の諷虹・虚空のやりとり記録です。短く3つに分けました。
・肉体の超人化:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/389/  ) syunkoukai.edoblog.net/Entry/389/
・人間ならではの力:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/390/ ) syunkoukai.edoblog.net/Entry/390/
・「歪んだエリート意識」について:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/391/ ) syunkoukai.edoblog.net/Entry/391/

10:51 ソルティ
おはようございます。 「 おうち意識 」 「 エリートに関する見方 」 
アニメにかかわっていなくて申し訳ないんですけど。。。「 しくじり先生 」 山口真由さん。(=国際弁護士 )
* ヒーリングの世界での 自己解放のアプロ―チと重なる部分が多いと思う。

どんな家庭に育ったか?まずは、親の生き方に大きく影響して}いると思うが、本人が家庭(&生きて行く過程)の中で 何を考え、どうして生きてきて、今どのような状況であるのか? 生徒とのやりとりによってお互いに びっくりし、お互いに学びを得ている)ところが大そう興味深かった。

最後の山口先生と、女の子三人の意見交換が心に深く浸みた。 授業をすることで、全然異なる環境に育ったものたちの間で、こういう心の交流が生まれという事が素敵だなと思った。 
お時間とりますが 30分間ご覧いただければありがたいです。
https://abema.tv/video/episode/88-77_s1_p18?utm_campaign=free_on_demand_article_yt&utm_content=abema_special&utm_medium=social&utm_source=youtube


12:54 虚空
この山口先生、純粋な方なんですね。
それだけに、多分小さい頃に周囲から受けた教えを大真面目に受け止めて生きていきたのかなと思いました。

「勉強には答えがある」とか「論理の組み立て方・人生への生かし方」がかなり狭くなってしまって、せっかくの知性が自分を縛る方向にばかり働いてしまったんでしょうね。

英才児たちをみていると、同じ知性や論理を非常に柔軟になる方向に使っている・・・それが英才児ではない教育の世界に生かしていく大きなポイントのひとつだと思っているわけです。

自分なりのストーリーを組み立ててしまうのではなくて、それこそ生徒側の女性たちのようないろんな発想の仕方があるんだという、そういう想定が広げられるための思考力。(算数・数学でいえば 場合分け ですね)

この前から話題にしている「起承転結」型でガチッと自分の世界をつくってしまって、そこから出られなくなる・・・あるいはそのストーリーを合わない人間や日々の展開が起きた時・・・想定外の事態に対応できないで、自分をおいつめてしまう。
その想定の幅を広げることが「ナマの人間同士のやりとり」から生まれてくるんでしょうけどね。

「序破急」というのが、聞き手の女性たちや、山口先生が最後に教訓から学んだ生き様に近いんだと思います。特に「破」が。

山口先生は、この「破」を極度に恐れてきたんでしょうね。

そしてそれは、羽目を外したいと表向きは言いながらも、本心では予定調和と安定を極度に好む多くの現代人の姿勢そのものだと思います。

アニメと関係ある話題かどうかという点はお気になさらずに。
この前も言いましたが、例えば私と諷虹君が話題にしているアニメだって、その多くは他の若者達も観ていないことが普通ですから。

それぞれが自分の関心事からあれこれ考えたことを重ね合わせていきたい、というのがここの趣旨ですから。
17:06 ソルティ
「 序破急 」の 破 の意味が少し理解できたように思う。要は自分の殻をやぶる、という理解でいいのかな。カルチャアーショックに出くわすというかね。(ま、そういう風に理解した。)
知性が自身を縛る方向に働いたというのも分かる気がするけど、そうだとしても、このストイックさはとても真似できるものでもなく、それはそれですごいパワーだし、すごい才能だと思う。

20:26 虚空
今、中3の50円玉君と、徹子の部屋 上原輝男出演回 を観ての授業をやって、諷虹宅に到着。
そこでも出たのですが「自らの意思で打破」という場合もあるし、結果としてよくないことと思っていた出来事が自分の殻をやぶるきっかけを作ったという両方向があるんだろうと。
日本人が神々の中に「厄病神」とか「貧乏神」なんていうのを入れていたという感覚はすごいんだなと思いました。
 徹子の部屋、ひさしぶりに若い時の先生の姿をみたわけですが、このところ「観察」とか「おうち意識からの共振・共鳴」なんていう話ばかりしていたということで観ると、また違った感覚でみることができました。

「火の鳥 鳳凰編」からの「ふるさと意識」「母胎回帰性」  学修塾ダンデリオン ツイッター記事より

8月23日のダンデリオンツイッター記事をもとにしたラインや、諷虹・虚空の直接のやりとりです。


手塚治虫氏の「火の鳥 鳳凰編」にはいろいろな要素が盛り込まれていますが、その中で「ふるさと意識」に焦点をあてています。



火の鳥のシリーズ全体が「輪廻転生」の物語・・・「死と再生」・・・ですが、これと「母胎回帰と闇」という上原先生の言葉が妙にひっかかってきます。


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06:50 虚空
 8月23日のダンデリオンツイッター記事の転載です。

「お話」の中心は手塚治虫の「火の鳥」 「鳳凰編」の話題ですが、これは高校生の頃に私も特に愛好して何度も読み返していました。
お話 ⇒ もとの文 ⇒ 大体の意味内容 の順に紹介します。
 【お話】なぜか手塚治虫の漫画『火の鳥 鳳凰(ほうおう)編』を思いだしました。
主人公のひとり我(が)王(おう)は、荘子のこの部分の話とは真逆の存在でした。奈良時代、生まれてすぐの事故で片目と片腕を失い、村の中でいじめにあい、過(あやま)って殺人を犯します。逃亡し、盗賊として殺戮(さつりく)や強奪(ごうだつ)を繰り返し、再び誤って最愛の妻まで殺してしまいます。妻への疑いが誤解だと知って絶望し、良(ろう)弁(べん)僧正(そうじょう)に拾われて旅の供をします。

この間、病で鼻が醜く肥大しながらも人の心を取り戻し始めます。同時に我執や怒り憎しみの情念を持て余していた我王が、貧困に苦しむとある村人たちに乞(こ)われて「仏像」を彫りますが、自分のあらゆる邪念(じゃねん)や狂気をたたきつけるように彫った忿怒像(ふんぬぞう)が、見たこともない見事な、鬼気迫る仏像となって多くの人々に感謝されます。それから我王は怒りそのものを祈りとして彫り続けるようになるのです。

その後も無実の罪を被(き)せられて数年間牢に閉じ込められたり、苦難の連続を生きますが、いかなる時も自分の烈(はげ)しい怒りや妄執(もうしゅう)を力として彫り続け、観る者を圧倒し続けます。この世で最も醜(みにく)い我王の姿が、次第に神々しさを帯び始めてゆく。

東大寺大仏殿の鬼瓦(おにがわら)制作のコンペに出させられ、全霊を込めて生み出した鬼瓦はライバルを打ちのめすほどすさまじいものでした。が不正投票で落選し、のみならず過去の罪を暴かれて残る片腕を切り落とされ、放逐(ほうちく)されます。

両腕を失い、もはや生きるのが不可能なほどの体になった我王は、その後、奥深い山の中で、鳥獣(とりけもの)や草木たちと一体となって生き続けるのです。森羅万象の美しさを知り、涙し、鑿(のみ)を口にくわえて、まるでキツツキのようにして彫ることを続ける。荘厳(そうごん)な祈りに、生き続けます…

 (荘子 馬蹄篇第九―1二)
民には常性あり。織りて衣(き)、耕して食う。是を同徳と謂う。一にして党せず、命じて天放と曰う。故に至徳の世は、其の行は塡塡(てんてん)たり。其の視は顛顛(てんてん)たり。是の時に当たりてや、山には蹊隧(けいずい)なく、沢には舟(しゅう)梁(りょう)なし。

万物は群生して其の郷に連属し、禽獣(きんじゅう)は群れを成し、草木は遂(すい)長(ちょう)す。是の故に禽獣も係羈(けいき)して遊ぶべく、鳥鵲(ちょうじゃく)の巣も攀援(はんえん)して闚(うかが)うべし。
【大体の意味内容】民衆には恒常不変の本性がある。織り物をしてはその衣類を着、耕作してはその作物を食べている。それを同徳、すなわち万人に等しい徳(ありさま)という。統一された徳性を持ちながら決して徒党を組んだり、権力に束ねられたりはしない、名付けて天放、つまり天地自然(じねん)の摂理への解放という。ゆえに最高の徳に満ちた世では、人々の行いは塡塡(てんてん)としてゆとりがあり、眼差しは顛顛(てんてん)として柔和な光を宿している。

このような時代では、人々は自然(じねん)と一体となった生活をしており、山には小径(こみち)も隧(きり)道(どおし)もなく、沢には舟も橋もない。万物は群生して人々の村里にまで連なり、鳥獣も群れを成し草木は旺盛に繁殖する。だから鳥や獣たちも人々とつながりあって遊んでいる。木の上にある鳥や鵲(かささぎ)の巣にも、攀(よ)じ登って覗き込み、雛たちとじゃれあうこともできた。
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8月27日
07:37 虚空
皆さんは手塚治虫の「火の鳥 鳳凰編」を読まれたことはないと思いますが・・・今回のダンデリオンツイッター記事の内容なんかは、そういう意味でやっぱり意識のベースとしての「おうち」なんだと思います。大自然が自分を包み込んでくれている感覚・・・おうち そして ふるさと
8月27日 諷虹・虚空やりとりから
*火の鳥 鳳凰編 ダンデリオンツイッター記事にあった原作本を持参

虚空 高校の時に本当に繰り返し読んで・・・今でも意識のベースの一つだよ。

(諷虹 読破 ダンデリオンツイッター記事も読み直す)

諷虹 これをみて思ったのは東方の幻想郷ですね。そこで暮らす人々も江戸時代の頃の感覚・・・だからこそ妖怪とかとの共存も「自然」なのかな・・・と。

虚空 全巻通してこの我王はいろんな人物として描かれているんだけど、大元は猿田彦なんだよね。鼻のでかい。


諷虹 この鳳凰編しかまだみていませんけど、この我王っていうのが、最初から一番自然な生き方だったんですよね。幼い頃から・・・・。茜丸は諭されてもう片方の腕で彫り始めたけど、我王は両腕を失ってもあたりまえのように口でノミをくわえてキツツキのように彫る。
それもまた自然な考え方・・・手がないなら口を使う。


虚空 昔話題にしたけど 無手の法悦(しあわせ)    大石 順教著 は両腕を失って鳥をみて悟ったんだよね・・・たしか。鳥は嘴だけでみんなやっている・・・

「これを失ったら人生も終わり」っていうので、なくて当たり前の時代があったものをあげる人が多いじゃない。どこまで本気かは別にしてさ。

戦争時代に空襲だとかがいつやってくるのか分からない、あるいはかつての江戸の町・・・地震は大火事で家を焼け出されるのがあたりまえの世界・・・それは逆に物質にとらわれない自由な境地だったのかもね


諷虹 あの感覚にも近いと思うんですけど・・・妖怪ウオッチのプロデューサーの人が子供たちの「あと5分もある」って言葉に感銘を受けていたところ
時間があるから何かするっていうのは当たり前といえば当たり前のことですけど、「何ができるか」を考える前に「何かする」っていう生き方・・・子供の方が自然に生きているんでしょうね


虚空 そんな我王・・・猿田彦が天孫降臨の時にも先導役を勤めている・・・その輪廻転生の壮大な物語という位置づけでもあるっていうのは、これも大真面目に考えた方がいい問題だな・・・
8月28日ラインやりとり
10:27 虚空
先ほど「火の鳥」についてツイッターにコメントしたことです

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・ゆうべ諷虹君に「火の鳥 鳳凰編」を読んでもらいました。そこから浮かび上がってきたのがやはり「おうち意識 母胎回帰」のこと。大自然に抱かれてという感覚でした。
彼が読んだのはこの1巻だけなので、火の鳥前編を通しての壮大な流れについてはまだ触れられていないのですが・・・

・日本神話の中で登場する重要な神の中に猿田彦大神・・・天狗の元とも言われています・・・お祭りの行列などで先導役を務めることの多い神。その神が様々な形で火の鳥には登場するというのも大変に興味深いところです。自分には上原輝男先生の「犠牲論」と重なってくる部分もあって・・・

・火の鳥を高校時代に読んでいた頃、特に印象深かったのは「鳳凰編」「未来編」、意識に強くひっかかるものがあったのが「望郷編」「乱世編」・・・(もちろん他の話も印象深いですが)

望郷編などはタイトルからしてそのものズバリですが、母胎回帰等々の観点から全編通しで読み直してみようかな…
⇒ 実際に少しずつ火の鳥シリーズを読み返しています。
やっぱり「おうち」「ふるさと」「宇宙」というのがワンセットという感じがありますね・・・「母胎回帰」・・・「死と再生」・・・「甦り」・・・・