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「NHKスペシャル 人工知能 天使か悪魔か 2018未来がわかる その時あなたは?」①

人工知能による予測が様々な場面で使われるようになったという内容の番組。
例えばアメリカでは犯罪パトロールの重点地域の特定に利用されることが増えているとか。

限られた人数でより効率的に犯罪を取り締まるために有効であるということは否定しません。
また他の例であげられていた心臓移植決定に関しても、提供される心臓に限りがあるということからすれば、より生存率が高い患者さんに優先的にというのも自然な発想ではあると思います。

ただ、これが教育現場や人生の様々な選択の場面にどんどん使われるということに対しては、私は大きな疑問を抱いています。

成功の見込みがなければやってはいけない  挑戦してはいけない

そんな風潮がこれまでもありましたが、そこに「科学のお墨付き」が加わって、より人間にとって支配的な発想になってしまう・・・・

これは無駄なく・失敗なく生きていけるバラ色の未来像と思われてしまうからもしれませんが、果たしてそうでしょうか?

何よりも「人間の本性」に反した、極めて不自然な生き様だと思います。

これまで人間はどのようにして物事を進歩させてきたかをふりかえれば簡単に分る事です。大きな転換になったことほど、それまでの常識に反した、あるいは絶対不可能だとわれていたことに「地道に向かい合う続けた(良い意味での)大馬鹿者たち」の努力の積み重ねによる成果です。

いわゆる普通の生き方ではない分野で大きな成功をおさめている人たちだって、その多くは「そんな夢物語は捨てろ」「そんなことを目指したって食べていけない」と周囲に言われ続けてきた場合がほとんどでしょう。

確かに言われた通りに結果を出せなかった・・・正直あとになって後悔している・・・そんな場合が現実としては大半を占めていると思います。

でも、もし本気で向かい合えていたのなら「後悔の仕方が違う」・・・・それは次につながるかけがえのない経験になる。

もしも確率的なことばかりを優先していたら、人間は人間としての成長ができなくなるでしょう。

あの番組をみながらフト思いうかべたのが、テレビシリーズの「新世紀エヴァンゲリオン」(特に初期の頃)と「ひぐらしのなく頃に 解」でした。

エヴァで言えば、繰り返し出てきた定番のやりとり「成功する可能性は 0.000000000・・・%
よ」「ゼロではないわ」。

ひぐらしでは、繰り返される悲劇的な破滅人生の螺旋から逃れる事なんて出来ない・・・と思われた人生を、失敗や挫折からの経験(学び)を無意識の中に蓄積していくことで、最終的に絶対ひっくりかえせないと思われていた運命の歯車をひっくりかえす、という過程が描かれていました。

「見込みがない」「失敗するに決まっている」と人工知能が判定したことに対して、それを本当に受け入れるのか、それでも挑戦するのか・・・・これは人間としての主体性そのものが問われています。

(人工知能に関してはさらに他の観点からも考察したいと考えています)

虚空のエストラーダ 記
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