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となりの吸血鬼さん ☆第七話感想 「短い時間だからこそ」

参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54460503.html

(諷虹)

今回のテーマは「時間」といったところでしょうか。
夏時間、サマータイムなんて言葉もありますが吸血鬼にとって昼の長い夏という季節の恐ろしさがあるんでしょうか。逆に人間はというと、電気が当たり前の現代では昼が長かろうが夜が長かろうがあまり問題ではありませんが、江戸時代やそれ以前の時代では夜の長い冬の時期と昼の長い夏の時期は活動できる時間に大きな違いがあったのではないかと考えさせられます。
そして花の一生の短さと、それよりも短い花火の輝き。儚さを怖がるソフィーと思い出は一生残るとその瞬間を楽しむ灯。
時間の長さは同じでも、気持ちや捉え方によって全然違って感じられるということを示唆しているようにも思えます。
そういう視点で見ると、Cパートも灯と一緒ならば日が暮れるまで待つのもあっという間だった、というエピソードになっています。
時間は絶対的なものではなく、相対的なものというのはアインシュタインの相対性理論からの概念ですが、最後にそのアインシュタインの有名なセリフを引用して終わります。
「可愛い女の子と一時間一緒に座っていると、一分間しか経っていないように感じる。しかし熱いストーブの上に一分間座らせられたら、どんな一時間よりも長いだろう。相対性とはそれである。」

(虚空)

上原輝男氏の大学での最終講義のテーマは「かいまみ」でした。一瞬の中に何を見出すか・・・和歌や俳句などの文化を作り上げてきた日本人にとって「短い瞬間」にどれだけの想いを込めることが出来たか、あるいはそこからでれだけのことを感じとることが出来るのか、というのは最も大切な能力でした。
西洋文化というか物質文明というか・・・そんなものが全盛の時代。「成果主義」などのように「目に見える結果が出せなければダメ」という現代社会においては、目に見えないものへの価値、ましてや「瞬間にかいまみることができること」への価値などは「無に等しいもの」なのでしょうね。
かつて私らが幼少だった頃は「オリンピックは参加することに意義がある」ということが本気で言われていた時代。もちろん金メダルなどをとることができれば喜んではいましたが、今ほどメダルを取れなければダメというプレッシャーがはびこってはいませんでした。
例えば選手本人が「メダルを絶対欲しい」と思って頑張るのと、周囲が自分達の感動を求めて選手にメダル獲得を要求するのとではだいぶ違いがあります。どんなに世間の分からない部分で努力をしていても、形にならなければ価値を見出せない今の世間はかなり残酷です。
ソフィーの事情も十分に考えずに「夏の海で楽しむ」という自分の思い描いた形を実行に移してしまってソフィーを命の危険にさらしてしまった、というのも根は同じではないでしょうか。
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