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となりの吸血鬼さん☆第十一話感想 「誓い:血交い」「イメージの連続」

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54599459.html
(虚空)
風邪の症状とソフィーに迫る普段の様子とが言葉にすると同じになってしまう、という場面が特に面白かったです。第一話から自分の血を盛んに売り込んでいたくらいですからね。
(アニマエールで牛久さんの名前が明かされた時の「花輪」と「鼻輪」とのイメージの違いとも通じていますね)
吸血鬼というのは空想上の存在ではありますが、どうして「吸血鬼」という存在がイメージされたのか、それに先立つ多くの人間に共通した深層意識は何なのか?
そうしたものがユングの「元型」なり、上原氏や折口氏の「心意伝承」ということなのでしょうが、興味深いものがあります。
上原氏の著書「心意伝承の研究」にも「殺しと血」に言及している章がありますが、「誓い」は「血交い」という側面を持っていると。また「血」を流すということに対しての深い意識は、単に体内の液体が流れ出るという意識以上の意味合いを感じてしまう側面を人間は生得的に持っていると。
「固めの盃」というのがありますよね。三々九度がその代表。一同が「かんぱーい」なんて最初に同じ飲み物でグッと一杯やるのも、そんな心象なのでしょう。
そしてより強い絆を結ぶ際には「血をたらしたもの(血酒)を交わす」・・・今の日本では本当の意味での「初夜」という意識は薄れているのかもしれませんが、やはり「血交い」という心象が伴っているのではないでしょうか。(私、独身だしごく普通に女性と交際した経験もないので分かりませんが 苦笑 )
そいういうことからいうと「ソフィーちゃんたちに血を吸われてみたい」ということよりも灯にとって問題なのは「自分の血を吸おうとしてくれない」という点なのかもしれません。「私の血ってそんなに美味しくないのかな」というようなセリフもありますが、それも自分の本質・・・生命そのもの・・・が受け入れてもらえないでいる、という気持ちも働いていると思います。
吸血鬼に襲われたという被害意識など全くなく、むしろ吸血鬼である相手に灯のような非常に強い好意を持っていたら「血を吸ってくれた」というのは、それこそ「永遠の愛を誓いあった」「この瞬間の幸福感よ、永遠に!」という感覚で「不老不死」を得たような気持ちになるのかもしれませんね。
全身が水まくらのような吸血鬼二人にはさまれて高熱を冷ますというのもいかにもこの作品らしかったです。
ちょっとシビアなことを書きますが、大学受験の浪人をしている頃、大好きだった祖母の臨終に立ち会ったことがあります。人間が物質になってしまうという瞬間に立ち会ったのはその時が初めてでした。祖母の手に触れた時、あまりの冷たさに「こんな急激に冷たくなるんだ」と驚いた感覚は40年近くたったいまでもありありと覚えています。
吸血鬼の体温が低いというのが、そういったことのイメージと関連があるのかどうかは分かりませんが、「永遠の生」というのがどういったものなのかを象徴した結果、そんな風に吸血鬼像が定まっていったという見方もできそうです。
(諷虹)
他の作品が着々と最終回に向かっている中普段通りでいてくれるこの作品は本当に癒しです。大きな事件が起きた時のテレ東のような。
後片付けネタという超お約束の展開でしたが、数百年生きている吸血鬼ならではの小ネタが満載で素晴らしかったと思います。特にエリーの形見のリボンの件はよくできていると思いました。墓石の感覚の根源もきっとこんな感じなんでしょうか
Bパートではいつもよりもソフィーの表情や仕草が豊かに描かれていました。声色なんかも声優さんの演技によってうまく表現されていて、灯とソフィーの絆の深まりを感じました。
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