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アニマエール ☆第十二話最終回感想 『異なるみんなで一つの世界を』

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54634767.html
(虚空)
フッと思い出したのが「スラムダンク」でした。主人公の姿と桜木花道の姿が重なって・・・。
これを拡大解釈すると社会というか世の中全体の中でどう生きていくかということにも通じますよね。
「競争原理」や「成果主義」、ちょっと古くは「立身出世」・・・トップに立つ、権威を持つ、裕福になる・・・そういったことが実現しないと「意味がない」「負け組になる」という風潮が強まり過ぎています。
「縁の下の力持ち」ということに意義が見いだせない世の中。だから下請けとか専業主婦とか、本来だったら大きな仕事や成功の土台になっている最大の後継者の方々(仕事)が生きがいを見いだせない、報われないと感じてしまうというのはひどい風潮です。
やはりそれは「陰」ということへの意識が超鈍感になってしまったからでもあるでしょうね。ゲゲゲの鬼太郎ではありませんが「見えない世界がある」・・・日本人の感覚でいえば「見えない世界こそ本体」という発想がとれない。だから形として成果があげられるかどうかと人間の価値が正比例しているかのようにみんなが錯覚しています。

各都道府県の上にたつ人たちが学力テストの数字だけで右往左往し、学校や教師を非難し、「公立学校であってもエリート教育をすべきだ」とか「結果を出せない学校は潰れればいい」というような発言を平気で行う。
そういった方々は自分の体が「心臓」「脳」などのような重要と考えられている臓器単独で生きていけるとでも考えているんですかね?????
昨年NHKの放送された新たな「人体」シリーズは体全体のネットワークというのが中心テーマでした。これまで大きな役割をはたしていないと考えられていた部位にも非常に大きな役割があることが分かってきたと。これまでの「脳」という司令塔の指示に従っている下部組織なんていう位置づけではなくて、本当に健康な体として生きていくためには、すべてが大切な役割を持っていて、そのバランスが崩れたら能さえも正常に働けなくなるという内容でした。

スラムダンクの作者である井上雄彦さんの観方も同じだと思います。現在の独自の持ち味を精一杯発揮する・・・全体が一つとして互いに補い合っている。
物理学でいえば「相補性の原理」ですかね。
「みんなでチア」ということを極めるとそういった世界観・人生観がみえてきます。
(諷虹)
初めて他のチアの演技を見て、チアの凄さを感じたり、自分たちは場違いなんじゃないかと不安を感じたりと様々ないい刺激を与えられた大会出場だったのかなと思いました。
途中出てきた「頑張っている人を応援するのがチアの理念」という言葉、それから予選落ちしたという結果の件でふと「響け!ユーフォニアム」を思い出しました。
「響け!ユーフォニアム」は吹奏楽部を題材にしたアニメですが、全国を目指して本気を出す部員も居れば単純に楽器を演奏するのが好きな部員も居たり、初心者も居たり、ただただ適当に日々を過ごすだけの部員も居る(居た)。そんな部に新しい顧問が来て、一番最初に"全国大会出場を目指す"か"楽しく過ごす部活動にする"かを問います。
この2択はどちらも存在しうるからこその2択なんだと思います。ただただ全国を目指すのも一つの道ですし、楽しく付き合うのも一つの道です。「スラムダンク」の赤木(と小暮・三井)と他の同級生部員の2択、「ガールズ&パンツァー」の生徒会と他の戦車道履修者の2択なんかもそれにあたると思います。
今回の「頑張っている人を応援するのがチアの理念」というのは本質的なところなのだと思います。全国を目指している高校でも神ノ木高校チアリーディング部でも誰かを応援するという前提であるのは間違いないのだと思います。
そういう視点で見るとチアの演技を極めることしか見えていなかったひづめと、ひづめのことしか見えていなかった花和が、初心者のこはね達をサポートする・応援することでチアの理念に立ち返った・・・なんで見方もできるのかなと思いました。
総じて全体的にキャラとドラマ、ギャグのバランスがいい作品だったなーと思います。
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