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色づく世界の明日から ☆第八話感想

参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54488500.html
(虚空)
かなり前の昼ドラですが「がきんちょ」というのがありました。ある女性がなりゆきの(?)結婚式の直前、自分の小学生時代にタイムスリップしてしまいます。そこには死別した母や幼馴染たちがいて・・・。この世界で生きていこうと決心した時、突然またタイムスリップして現代に戻ってくる。あとから何故か幼馴染の一人も過去からやってきて・・・というような話でした。昼ドラであるにも関わらず、私と同年代のおじさんたちにも当時評判になったドラマでした。
今回は、未来からやってきた主人公がやがてまた戻ってしまうことを周囲が恐れる、あるいは「自分はまた未来に戻りたいのか」という自問自答がなされます。
私がもし過去に意図せずしてタイムスリップし、昔の自分と出会って、自分のことを明かさずに関わることの中から、自分を変えようと必死になるのか???これは難しい問題ですね。
話がややこしくなるので、タイムパラドックスのことは敢えて無視して考えるとしても、今だからこそ分かる人生の転換になる出来事・・・特にマイナスと思われるもの・・・を回避するようにするのが本当にいいことなのかどうなのか?
色づくの場合は、自分の幼い頃ではなく、祖母が高校生だった頃への時間移動なので、そうした問題とはまた違いますが、魔法で孫を過去に飛ばした祖母のねらいの中に、今の孫をかえるために昔の自分と関りを持たせようとしたならば、やはり彼女は最終的には元の時間の世界に戻るのでしょう。
その時に、過去の出会いがどういう意味を持つと描くのでしょうね。
(諷虹)
最初のころに比べて明るくなってきた瞳美とやや憂鬱気味の琥珀。今までの中で一番感情的な瞳美が描かれていたように思います。
さて、琥珀が悩んでいた魔法によって人を幸せにするというテーマ。魔法が登場する作品は非常にたくさんありますが「禁忌」や「誓約」といったキーワード、それから「魔法をもってしてもできない事」が設定されていることが多いように感じます。
例えば『ハリーポッター』では食べ物を生み出すこと、『魔法少女リリカルなのは』では時間を戻すこと、失われた命を蘇らせること等ができないという設定になっています。
もしそれらが可能だとするならば人は何の不自由もない状態になってしまい、ドラマも何も生まれません。ある意味で全員幸せなのでしょうが、幸せであると認識することもありません。
魔法でもできない事、干渉できない領域があるからこそドラマが生まれるのだと思います。案外使えないな、と思うくらいが発展の余地があって人が人らしく振舞えるということに繋がっているんでしょうか
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