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色づく世界の明日から ☆第六話感想

参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54432793.html

(虚空)

かつて新世紀エヴァンゲリオンに登場した「ヤマアラシのジレンマ」がここにも登場してきましたね。他人との距離感・・・難しいものです。
悩んでいるにも関わらず、なかなか相談もしてくれない相手に積極的に話しかけてうまくいく場合もありますが、逆に余計に心にフタをされてしまうこともあるのは普通にみられることです。
最近はその風潮が強いかもしれません。かつての青春ドラマで憧れの対象だった「熱血教師」や「熱い親友」が「うざい存在」として拒絶される雰囲気を多々感じます。
こうしたことにマニュアルなどありません。人によって他人の介入を許す距離感は違うし、同じ人物であっても状況に応じて距離感は時々刻々と変化します。
特に相手のトラウマや心のトゲにあたるような部分に不用意に触れれば、それは例え善意であっても自分の心の中のもっともデリケートな部分に土足で踏み込まれたという感覚を持たれてしまいます。ただ、基本的にプラス思考で頑張れる人は、そうした心が分からずに、下手をすると「そんな風にマイナス思考だからあなたはダメなのよ」と否定的なコメントをしてしまったり、「こんなに心配してあげてるのに!」と怒ったりしてしまう。
各種情報端末の発達で、かつてでは考えられないほどに、密に連絡をとりあってつながっているようで、人間として最もデリケートな部分に対してはあまりに経験不足で、距離感が養われていないようには感じます。
人間なんですから、面と向かっての対話があってこそ、分かる事を大事にとは思います。
そんな意味でも、この前から面白いと思っているのは、主人公と若き日のおばあちゃんとの部屋でのやりとりです。別々なようでつながっている・・・あの二人にとってはいい距離感なのでしょう。

(諷虹)

哲学的な回だったように感じます。心の中の描写は、金色の魚=過去の成功でそれを追いかけ続けてしまっている影の自分がスランプの要因・・・みたいな感じでしょうか。

成功経験に縛られてしまう、あるいは成功したことによって要求水準が上がっていきどんどん苦しくなってしまうなんてことはよくあるのかなと思います。成功しようと力むのではなく、Bパートで出てきた先輩や、同じP.A.作品の”SHIROBAKO”に出てきたベテランの方々が言っている「目の前のことをただひたすらやってきただけ」というのが大事なんだと思います。
将棋の羽生善治も「何かに挑戦したら確実に報われるのであれば、誰でも必ず挑戦するだろう。報われないかもしれないところで、同じ情熱、気力、モチベーションをもって継続しているのは非常に大変なことであり、私は、それこそが才能だと思っている。」なんてことを言っています。

自分で書いててなんですが、非常に耳が痛い話ではあります・・・
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