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色づく世界の明日から ☆第十一話感想「裁断と継続・・・終わりの意味」

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54608564.html
(虚空)
月が新月に向かっていくことを主人公を未来に返す日へのカウントダウンとしていましたね。古来より月の満ち欠けのサイクルを「季節のサイクル」「人間の一生」としてつかまえる傾向が強かった日本人の意識は、現代になっても無意識世界には健在だと思いました。
新月に向かうのは人生でいえば「寿命をそろそろ終える」ということではありますが、魂は不滅という信仰も持ってきた日本人にとっては「死」は「再生」と同義。
もちろんそれは古代日本人の専売特許というわけではありません。農耕系の民族には強めに意識されることのようです。その象徴が西洋でいう「死神」のイメージ。大抵大きな曲がった鎌を持っていますが、あれは日本で言えば稲刈りに使うタイプの鎌。無効だと麦なのでしょうね。刈り取ることで、また次の栽培へとつながるイメージ「死と再生」です。
上原氏は「イメージの裁断と継続」「死と再生」ということを非常に重視していました。それまでの意識の流れが途切れた後、どのように再起動するのか。それはただ単にスイッチが入りなおされたというのではなく、そこにトランスフォーメーション(転換)が伴わなければならないと。
日本神話でいえば「黄泉の国」から「禊」への一連の場面です。現実に一度どっぷりと浸かった後で、身に着けていた衣服や自分を指させていた杖を捨てて「素」になった上で清らかな水で身を清め、目を洗う・・・その結果、天照大神をはじめとする神々が誕生する、そんな流れです。
「大切な出合い」として結びついていったあのグループにどういった結末が待っているのかは知りませんが、見かけ上の別れになったとしても、「だからこその深い意識」「より充実した人生への構えの変革」ということが伴うかどうか、ということなのかもしれません。
(未来に戻った時、おばあちゃんはおばあちゃんとして存在しているのでしょうが、もしかするとあの部活のみんなもおじいちゃんおばあちゃんとして新たな未来にはいて、再会が待っていたりして・・・)
(諷虹)
この作品の主人公は瞳美ですが、もう一人の主人公は葵ではなく琥珀なのかなと感じました。未来からタイムスリップさせたのは瞳美のためというのは勿論ですが、過去の自分自身の成長のためという側面もあるのでしょうか?某猫型ロボットが送られてくるような・・・
たくさんの人を幸せにするため、楽しませるためといった理由で魔法を使ってきた琥珀が瞳美の存在を守るためといったシリアスな理由で魔法を使うといった見方もできるのかなと。そしてこの経験がきっと魔法使いとして大成していくためには必要なプロセスなのかなと思います。
よく好きなことを仕事にすると辛い思いをするという話がありますが、それも近い感覚なのかなとも思います。時には自分の理想とは違う辛い場面や本意ではないことをしなければならない状況にあって好きなことが好きでなくなってしまう、理想が理想でなくなってしまうということなのでしょうか。しかし、それを乗り越えられればきっと大きな実りになるのだと思います。
勿論琥珀以外の部活メンバーも今回の一件を通して何かしらの変革があるのだと思います。次回どんなクライマックスになるのでしょうか
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