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青ブタ ☆第十二話感想  『世界定め と 真床覆衾』

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54628857.html
(虚空)
今回他のアニメ「うちのメイド・・・」や「色づく世界・・・」感想欄でも取り上げている「真床覆衾(まどこおぶすま)」ということなのですが、是非そちらの方を読んで頂いた上でこの感想も読んで頂けるとありがたいです。

元々は「夜具(布団)にくるまれて寝ている間に新たな霊・魂等々が憑依し、新生する」と言う意味合いの言葉で、上原輝男氏の師匠である折口信夫先生が大嘗祭の考察で主張したことです。大嘗祭の儀式との関連では否定的な意見もあるのですが、真実は謎のままのようです。

ただ、今回、「うちのメイド」感想を通して「夜具」⇒「包み込む閉じた空間」というようにまず拡大してかんがえてみました。そして「色づく世界」では対スリップという形で別世界から放り込まれた「ある限られた時間」という方向でも拡大してみました。

それと似た感じで、思春期症候群というものをいろいろな形で描いている本作品ですが、(現実にそういった症状が本当にあるのかどうかは別にして)「それらの症状が発症している期間」というのも「真床覆衾(まどこおぶすま)」の発想で考えてみようということです。

そういった「時間」「空間」という「間」、さらにはどのアニメでも言えることですが、そこにこれまでの自分とは違ったタイプの「人間に囲まれての生活」、これも「間」ですね。
そのような特定の「間」にある期間入り込んでしまうことで、新たな自分に生まれ変わる感覚です。子宮に戻って出直すといってもいいでしょう。初詣もそれにあたりということは先の文でも書きました。
☆「霊」とか「魂」というのを発想に持ち込みたくない、という方々もいらっしゃるでしょうね。そういった場合は「世界定め」という考え方をされてみることをお勧めします。もともとは江戸時代などの歌舞伎の世界から出てきた言葉のようですが、これを人間の成長にとっての大切なキーワードとしたのは上原輝男氏であり児童の言語生態研究会です。
(その解説は駿煌会ホームページにきちんと載せていきたいと思っています。)
*上原語録より
・脚本でも芝居でも『時』と『場所』と『人』を設定することで世界を作る。場面を変えるのは、この三つの設定を変えていくこと。
・その人の持っている時間観・空間観によってその人の人間(ジンカン)が知れるんだよ。逆に言えばジンカンを知ることによってその人の時間観・空間観が分かるということよ。三つが重なり合えるということなんだ。
これらの軸の設定(自分のイメージ)が変化すれば世界のつかまえ方というか、個々人にとっての現実世界の見え方が変わる、生き方も大きく変わる・・・それが周囲からすれば「人が変わった」=「魂が入れ替わった」 と感じられる、という具合です。
今回の妹さんの場合は、別人格になっている自分がそれぞれ完全独立しているということが大きな特色ですね。原作を読んでいないので次回の最終回にどうおさまるのか分かりませんが、これまでのエピソードでも、ケリのつくきっかけとなる出来事があって元に戻るというパターンでした。そして元に戻るとはいっても、単純にスタートに戻るというのではなく、やはり新たに甦った感覚になっています。
今回は記憶の状態としては元の時点にそのまま戻ったという場面で終わっていますが、自分の部屋も兄の少し成長した姿も、また来週は自分の周囲の「時間・空間・人間(ジンカン)」が変化していくことを受け止めるしかないということになるのでしょう。また、パンダ好で桜島麻衣さんたちとも交流していた等々の入れ替わり期間中の自分が消えても、周囲のみんなの記憶からは消えていないという点で、やはり完全に元に戻ることは不可能。
そのあたりがどう決着しての最終回になるのでしょうね????
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