忍者ブログ

青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない ☆第十話感想 「信頼」

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54563466.html
(虚空)
何のためらいもなく見てはいけないといわれていたものを見ていましたね。結果オーライという感じで、麻衣さんもそれほど怒っているようではなかったし・・・・もしかしたら「こいつなら見るなと言ったらきっと見るだろうな」という計算あってのことだったのかもしれませんが・・・・でもやっぱり私には、アニメ内のことだとはいっても正直感心しませんでした。
これで「解決しただろ」とか「麻衣さんも怒っている風でなかったし」という感じで、今後もあの調子でいったら、いつかは彼独特の流儀が通用しなくて、理想通りの人間関係だって築けなくるんではないかと思ってしまいます。
ましてや現実の生活であのようなことをしたら、そうなってしまう可能性の方が高いのではないでしょうかね。
まあ、アニメ内で悩んでいた子が本音をぶちまけて、和解できて、元の体に戻れたという部分は素直に「良かったですね」と思います。
PR

RELEASE THE SPYCE ☆第十話感想 裏切り展開と犠牲論

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54568014.html
(虚空)
とうとう内通者が明かされ・・・最終回近くになってお約束通りの(?)大ピンチに・・・。個人的には、ハラハラドキドキしながら展開を見守っているというよりは「やっぱり観るんじゃなかった」という憂鬱観がマックスです。そんな展開になりそうな気配バリバリでしたから。
基地につれていかれて相当酷いというか惨たらしい扱いが待ち受けているようなセリフもありましたが、たとえアニメという作り物の世界であっても、アニメの中での彼女たちにとっては真実の世界。あまりにもいたたまれません。
今回の鬼太郎感想にも書きましたが、彼女たちも日本人古来の感覚でいう「犠牲者」といえるでしょう。捕まったりやられたりする以前から・・・

願わくは、二重スパイっていうのかな・・・そんな感じで強大な敵を壊滅するための大芝居だった、というオチになることを期待しています。
さらに個人的にはせっかくなもり先生デザインのキャラ達を使っているんですから、もう少し夢のある幸せな気持ちになれるアニメが観たいものです。もうシビアな現実には日々さらされていて、絶望感いっぱいな日常を送っているので、アニメでまでというのはね・・・。
もっともそんなことを言うと「じゃあ観なければいいじゃないか!」と言われてしまいそうですが・・・・。(リリスパキャラたちを使って別展開のアニメをいつか作ってくれないでしょうかね・・・私が観ることができる生活状況のうちに)
(諷虹)
静的なAパートに動的なBパートといった感じでしたね。Aパートのあの感じはテイルズシリーズ等のRPGゲームでよくある最終決戦前の仲間内のやりとりといった感じがして好きです。あそこが穏やかであればあるほどその後の展開が生きてくる、緩急をつけることができるいい演出なのかなと。
そしてBパート。うわぁ、うわぁぁぁぁ、うわあああああああああって感じでだんだんと絶望を見せてくるのは絶望的な展開を見せるのが上手いと思いました。最近は3話で急激な展開をみせるというのが流行っていますが、10話まで引っ張った分のダメージ・エネルギーはやはり3話足らずでは出せないレベルだなと思いました。
良くも悪くも「やられた!」という回でした。

となりの吸血鬼さん ☆第十話感想 年末年始という旬の時間感覚

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54566460.html
(虚空)
ハロウィンからクリスマス、大晦日、初日の出・・・と一気に駆け抜けた回。それぞれをオリジナル要素を入れながら一話ずつ使って描いても良かったのではと思うのですが、シリーズ構成上、仕方なかったんでしょうね。
違う見方をすれば「吸血鬼」の時間感覚からすると、日本人がこうして年末を忙しなく過ごして、新年を迎えるというのはどのように感じたんでしょうかね。もしかしたら人間感情にシンクロする部分がこの数か月で格段に増えたことで、初日の出をあびて灰になりかかっているのに、どこか恍惚な様子を二人が漂わせていたのでしようかね???
(諷虹)
夏休みが終わったと思ったらもう一年が終わってしまいました。意外と学校行事は充実することが多い季節ですが、学校の外では割と少ないものなのかなと思いました。
クリスマスには血をケーキ風に、年越しの際には熱燗風に出していました。季節感を取り入れるというのは1話でも語られていましたが、灯が来たことによって人間ならではの感覚(特にケーキなど)が新たに加わったのではないかと想像できます。
雰囲気を楽しむ、季節を感じるというのは非常に日本的な感覚なのかなと思います。

アニマエール ☆第十話感想 人間同士の距離感「裏目にでる」

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54566511.html
(虚空)
「すれ違い」「誤解」・・・どうしても避けられないものではありますが、直接のやりとりが減っている現代社会では一度こじれるとなかなか修復ができないまま、一気に深刻な状況へ転落してしまうがちです。
まあ、アニマエールがそのような鬱展開になるとは思いませんが・・・。直接顔を合わせて日々すごしているし。
先週、部長として私の意見としては、ということで猿渡さんのことを書きましたが、あのグループの中で彼女の存在ってものすごく大きいですよね。
(諷虹)
「高嶺の花のような存在」という言葉がありますが、あくまでも「のような存在」ということを意識することが大事なのかなと思います。
憧れや、尊敬する気持ちを持つことはいいことですが、それによって委縮しすぎてしまったりしてしまってはマイナスになってしまうのかなと思います。さらに今回のひづめのように自分が孤立していると勘違いすることもあり得るのかなと思います。
チアはどうなのか怪しいですが、野球やサッカーなど試合に出る人数が決まっている競技では、一人上手い人が加わることで今まで試合に出ていた人が出られなくなってしまうなんてこともあります。それによって嫌われてしまう・・・なんてこともあります。
どちらにしても抜きんでた存在というのは尊敬されて敬遠されているのか、嫌われていて敬遠されているのか、紙一重なのかもしれないなということを考えてしまいました。

うちのメイドがウザすぎる! ☆第十話感想 「親子の心のすれ違い」と「叱る意義」

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54558134.html
(虚空)
諷虹君との語り合いでの虚空発言です。
ゆうべの「メイドがうざい」でのパンダのやりとり・・・あそこでミーシャがパンダを観たって言っているのは、本当にそう見えていると本人の意識世界の中ではなっているのに、父親からすれば北海道に野生のパンダなんているわけないということで全く相手にしなかった。きっとそういう事の繰り返しがいろいろば場面であったんだろうね。だから再婚での新しいお父さんを受けいられずにいた。自分の世界と自然に交流しようともしてくれないから。
自分が実感している世界ほど、否定された時に「本当にそうだったのか」を確かめたい・・・そのために親の言いつけを破ってしまうのも子ども。自分に正直な子や、本当は相手に自分が分かって欲しいという願望を持っている子ほど、禁忌をも犯してしまう。
本当は大人だって自分の世界を否定されたくはないし、わかってもらいたいとは思っているけど諦めてしまっている。
「叱る」ということに関してですが、本当に相手を思うおからこそ、ここぞというときにはビシッと叱る、というのはとっても大切なことだと思っています。でもそこも難しい世の中になってきていますよね・・・パワハラ扱いされてしまいますから。
無論本当のパワハラ行為はいけないと思います。でもね・・・
「本気で叱ってもらえた」という思い出が人々の中から消えるというのは、ものすごく大切なことを失っていくようにも率直に思います。
また、本当に直さなければならないことがあっても、パワハラとして訴えられるのを恐れて誰もきちんと言ってくれなくなったら・・・・それこそ人間として成長することを自ら放棄するようなものだと思います。
(諷虹)
ギャグアニメの体を保ちつつ、見せる展開、少しシリアスな展開をしていくのが絶妙だったように思います。
今回はつばめの想定外の出来事という設定でした。カピバラ温泉に行くことを知るのもまだミーシャにばれていない変装での尾行で情報を得ているというシーンも出ていましたが、このようにつばめが万能過ぎないというのもこの作品の魅力なのかなと思いましあ。このようなギャグ主体の作品だと、つばめのような能力が高いボケキャラはそのキャラが知りえないような情報であってもなぜか知っていたり、できそうにもないこともなぜかできてしまったりすることが多いように思います。まぁギャグ作品だからなぁと許せてしまう部分はありますが、このようにちゃんと一つ一つに理由付けをすることでキャラのリアリティが増し、また、新たな展開を生むことにつながっていくのだと思います。