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うちのメイドがウザすぎる! ☆第九話感想

参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54522036.html
(虚空)
前半のエピソードは私の持っている原作には載っていなかったのですが・・・ミーシャのお母さんが他界された時の布をかけられたお顔が前の時以上にはっきりと出ましたね。単なるギャグアニメとして終わらせたくないという太田監督をはじめとするスタッフの方々の想いなのでしょう。
ミーシャにとってそんな辛い思い出とセットになってしまっている「雪」が、友達とのやりとりの中で「楽しいもの」へと転換していく(トランスフォーメーション)過程が、前半のエピソードがあった分、原作よりもはっきりとしたように感じました。
文句をいいつつも実は満面の笑みをうかべていた最後のカットなどには随分と救われた気持ちです。
(諷虹)
先週に引き続きクマゴローが、しかもメインでのAパートでしたね。原作にないエピソードのようでしたが、あれだけアニメで動かしていればこのようなエピソードが自然に生まれてくるのかなと思いました。
Bパートは雪の回でした。Aパートでは母親がらみのエピソードが暗めに描かれていた分、少し軽めに回想しているかなと感じました。やはりバランスが絶妙ですね。オチもいい顔のミーシャで締めていて、今回の話全体を通してなんやかんやでつばめとのいい距離感が出てきているのかなと。また、アニメ開始時は不登校だったミーシャが雪でも渋々学校に行くというところも何気に成長を感じるところなのかなと思います。
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青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない ☆第九話感想

参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54523160.html
(虚空)
互いの立場が入れ替わることで見かけだけでは分からない部分に気が付いていくというお話の型は昔からありましたが、今回はそういった内容でした。そのことに関しては一般的な感想なのでとりたててここに書こうとは思いません。
ただ、感想というか個人的な愚痴のようなことになるのですが、幼い頃から勉強・スポーツ・友達の作り方・・・すべてにおいて著しく劣っていた私は常に周囲や親戚の同じ年齢の子と比べられ馬鹿にされてきました。親戚の中では今でもそれは続いています。
それだけに特に今回は観ていて過度に感情移入してしまう部分がありました。
それにしても「絶対にダメ」と言われていたタンスに手をかけようとするあの男・・・どういうつもりかは知りませんが、特に緊急で何かが起きて開けようとしているわけでもなさそうで・・・個人的には観ていて今作で最も不快に思いました。
「人間同士の信頼を何だと思っているのか」「何様なんだよ」と。
ハチャメチャながら、「この部屋は絶対に」というのをきちんと守っている「うちのメイド」のつばめさんの方がそこはきちんとしていますね。

とある魔術の禁書目録III ☆第九話感想

参考サイト  http://anicobin.ldblog.jp/archives/54520050.html
(虚空)
どんなに無敵の相手にも弱点があるということなのでしょうが・・・それにしても長い闘いでした。
五和さんの病室でのお姿にホッとさせられるものがあったのですが・・・インデックスにはもう少し精神的な成長を望みたいところです。出だしではヒロインという位置づけのように始まったし、タイトルの中にも「禁書目録」とあるのですから。

色づく世界の明日から ☆第八話感想

参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54488500.html
(虚空)
かなり前の昼ドラですが「がきんちょ」というのがありました。ある女性がなりゆきの(?)結婚式の直前、自分の小学生時代にタイムスリップしてしまいます。そこには死別した母や幼馴染たちがいて・・・。この世界で生きていこうと決心した時、突然またタイムスリップして現代に戻ってくる。あとから何故か幼馴染の一人も過去からやってきて・・・というような話でした。昼ドラであるにも関わらず、私と同年代のおじさんたちにも当時評判になったドラマでした。
今回は、未来からやってきた主人公がやがてまた戻ってしまうことを周囲が恐れる、あるいは「自分はまた未来に戻りたいのか」という自問自答がなされます。
私がもし過去に意図せずしてタイムスリップし、昔の自分と出会って、自分のことを明かさずに関わることの中から、自分を変えようと必死になるのか???これは難しい問題ですね。
話がややこしくなるので、タイムパラドックスのことは敢えて無視して考えるとしても、今だからこそ分かる人生の転換になる出来事・・・特にマイナスと思われるもの・・・を回避するようにするのが本当にいいことなのかどうなのか?
色づくの場合は、自分の幼い頃ではなく、祖母が高校生だった頃への時間移動なので、そうした問題とはまた違いますが、魔法で孫を過去に飛ばした祖母のねらいの中に、今の孫をかえるために昔の自分と関りを持たせようとしたならば、やはり彼女は最終的には元の時間の世界に戻るのでしょう。
その時に、過去の出会いがどういう意味を持つと描くのでしょうね。
(諷虹)
最初のころに比べて明るくなってきた瞳美とやや憂鬱気味の琥珀。今までの中で一番感情的な瞳美が描かれていたように思います。
さて、琥珀が悩んでいた魔法によって人を幸せにするというテーマ。魔法が登場する作品は非常にたくさんありますが「禁忌」や「誓約」といったキーワード、それから「魔法をもってしてもできない事」が設定されていることが多いように感じます。
例えば『ハリーポッター』では食べ物を生み出すこと、『魔法少女リリカルなのは』では時間を戻すこと、失われた命を蘇らせること等ができないという設定になっています。
もしそれらが可能だとするならば人は何の不自由もない状態になってしまい、ドラマも何も生まれません。ある意味で全員幸せなのでしょうが、幸せであると認識することもありません。
魔法でもできない事、干渉できない領域があるからこそドラマが生まれるのだと思います。案外使えないな、と思うくらいが発展の余地があって人が人らしく振舞えるということに繋がっているんでしょうか

青ブタ ☆第七・八話より「本当の自分って?」

参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54454114.html
参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54488849.html
(虚空)
この2週は別の自分が出現してしまう、という現象でした。どちらが本当の自分なのか、当人同士でも分からない状態。
これもそういった思春期症候群が実際にあるか否かではなく、普通に現代人が遭遇している心の問題をそういった形で描いているということなのでしょうね。
ここ数年「本当の自分探し」とか「本当の自分にあった学校、仕事」ということが盛んに言われています。解剖学者の養老孟子さんなどは、そういった風潮に対して早くから危惧を表面しています。「本当の自分」なんて言い出されるようになってますます若者の悩みは増えて行き詰まっていると。
上原輝男氏は「自分自分なんていうけど、そんなものどこにあるのか?」ということまで言っています。「本当の自分」なんていっても、無意識の領域にそれこそ様々な自分が隠れている。どんなに掘り起こしたところで、まだまだ隠れている。それは広大な地下水脈からちょっとやそっと水を汲み上げてもどんどん新たな水が湧き出るようなものです。
「他人に対して合わせている」「周囲に受け入れられる自分を演じている」意識が強い場合などは特に「今の自分は偽者」と思い込みがちですが、優れた演者が何かの役に成り切ったとしても、やはりその演者らしさが残って、それが魅力となるように、偽者の自分というのも、やはり本当の自分のある側面と考えた方がいいのではないでしょうか?
古来からの日本人の発想はもっと極端です。この現世の肉体は「器」ですから、違った魂を次々と呼び込んで、肉体に憑依させることができる。別人格を幾通りにも使い分ける。
そうした様々な自分を統括している何かが「自分」というえば自分なのでしょう。
「自己同一性」「アイデンティティの確立」・・・そんなことが大人になっていくことである、という発想は少なくとも少し前までの日本人はとっていなかったと思います。
ユングがアフリカを旅した時に、ヨーロッパであれば「精神的な病理」とされてしまうような人たちが、ごく普通に暮らしているのをみて衝撃を受けたという話をきいたことがあります。もしユングがかつての日本に来たら、アフリカ以上に驚いたかもしれませんね。
「思い通りにならない自分は自分ではない」という意識を持ち続ける限り、精神は制御不能になるくらい分離してしまうでしょう。「いろんな面があるから人生多様に生きられるんだ」くらいの気持ちで異なる自分と向かい合えば、今回の女性のように「一つの肉体」に戻ったかのような生き様ができるのではないでしょうか。