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RELEASE THE SPYCE  第四話感想

(諷虹)

自分の仕事に徹するということの難しさ。「スラムダンク」で花道がシュートやダンクしたがる場合とリバウンドから味方にパスを出す事に徹する場合の試合への影響を思い出しました。

スポーツでも何でも花形と呼ばれるポジション、例えば野球なら4番、サッカーならFWに目が行くしそこを目指したくなります。しかし、バントがうまい2番打者や状況に応じてアシストと守備を切り替えるMFなどが居て初めて花形ポジションが活躍できているということも忘れてはいけません。

自分の得手不得手とやりたいことが一致することは少ないのかもしれません。自分の特性を活かしながら、納得もできるポジションを見つけることが大事なんだと思います。

(虚空)

日本の伝統的な発想の一つに「目に見えない世界にこそ実態(本体・本質)がある」というのがあります。見た目の栄誉は単なる影。それを求める心を否定するわけではないですが、それはあくまでも自分に内側に秘めておくもの・・・そういった発想です。

だから「陰でささえてくれる人たちの存在への感謝」だとか「縁の下の力持ち」だとかいう発想も今よりずっと大切にされてきました。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」という有名な言葉もそれですよね。
*ネットで調べると英語にも似たような言葉があるようです。The boughs that bear most hang lowest.(一番実のなっている枝が一番低く垂れ下がる)
The more noble, the more humble.(偉い人ほど高ぶらない)
勝ったものが勝ち誇る、負けた相手を馬鹿にする、上から目線に立つ・・・そうした態度は非常に卑しいものとされてきました。
むしろ人知れず地味に、一般的には底辺の仕事とされるようなことを黙々としている人たちにこそ「高い神性を感じる」という文化も持っていたわけです。昔話などで、汚らしい一文無しのような旅人が、実は神様だった・・・なんていうのが多いのもそれです。
それがある時期から「名をあげる」「目にみえる実績をあげることが大切」「結果を出したものだけが偉いんだ」「結果を出せたらその実績を誇って誇示(勝ち誇れ)」というような風潮がどんどんと主流になりました。
「成果主義」「競争原理」で「陰の存在ではダメ」「サポート役に徹することで自分の持ち味を生かすなどということで満足していてはダメ」と幼い頃から尻を叩かれて育っている世代は大変だと思います。
今回のようなアニメや、諷虹君もとりあげているスラムダンク、あるいは同じ筆者の「リアル」などの作品などから、本当に個々人が生き生きとできるのはどういった世界観(社会観・組織観)なのかを是非自問自答していってほしいな、と思います。
*もちろんこれ以外にもそういったことを考える参考になるアニメなどは山ほどあります。ガルパンもそうだし・・・・
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