忍者ブログ

☆「江戸庶民の発想」から 補足 「△△とは世を忍ぶ仮の姿 実は〇〇」という二重構造

「正体」に関することですが、歌舞伎でもしばしば「△△とは世を忍ぶ仮の姿 実は〇〇」という二重構造があるというのは、上原先生も「かぶき十話」などの著書で盛んにふれています。
普段は本性を隠している。それをいざというときに現す。(本性示顕)・・・だからといって仮の自分が偽者というわけではありません。現実対応モードとしてのこれも「自分」です
江戸時代もそうですが、現実対応への厳しい日々ということからすれば、第二次世界大戦や戦後混乱期などは、今とは比べ物にならないくらいシビアで命がけの毎日だった生活だったハズです。
でも現代人の方が精神的にかなり追いつめられている・・・私(虚空)もそうですが・・・。
このあたりの現実対応への耐性とか、それこを突き抜けて生きていく姿勢・・・究極のバッドエンからハッピーエンドに突き抜ける姿勢・・・の秘密の一つが、この二重構造にあったのかもしれません。
現実対応でどんなに追い詰められ、自分を見失いそうになっても、「本性は浸食されない」
これは単なる「プラス思考」「前向きに生きましょう」ではありません。これらの発想は「マイナス」や「後ろ」の否定ですから。
日本人はそれらをも堂々と受け止めて、それを突き抜けた先の境地を古来大切にしてきた・・・それが神話でも「天岩戸開き」や「黄泉の国 と 禊」等々に暗示されています。
PR

2018,12,08 諷虹・虚空⑤「旬の感覚と生命の発露」

☆最後に再び6月のイメージの話題に戻る
諷虹 カレンダーで6月っていうと雨とかアジサイとか、そんなのが刷り込まれてしまっていますよね。
虚空 きんモザのOPもそうじゃないか。
諷虹 確かに、そうですね。番傘もやっぱり・・・・
虚空 そこに「旬」を感じてる。上原先生のことばかりだけど、江戸歌舞伎の曽我兄弟の問題。「生命の発露」。
*きんモザの1期OPが春夏秋冬を追って描いている・・・それぞれの「旬」感覚
https://www.nicovideo.jp/watch/sm26049183
☆「カエル」の考察は後日・・・雨ごい 両生類 千と千尋の従業員(男たちはカエル男 女性たちはナメクジ女)  
御坂美琴(雷 雨 カエルという連想? 諷虹説)  カエルの歌の輪唱(田んぼの鳴き声から?)・・・ケロロ軍曹で共鳴シーン(諷虹)
震災の年にカエルの鳴き声がしなかったことに感じていた無意識は?

2018,12,08 諷虹・虚空④ 「カタツムリ」と「道」「家」意識

☆カタツムリを検索
諷虹 ここでいつも話題になっている「圧縮と解放」・・・しかも自分の家をしょっている。
虚空 以前児言態で話題になっていた「雌雄同体」の問題もあるだろ。上原先生はちょっとした勘違いをしていたみたいだけど・・・「二匹が出会ってどの瞬間に雄役と雌役が決まるのか?」って会員に質問していたらしいけど、実際のカタツムリは2匹同時に雄と雌のやくわりをはたしたり、相手がみつからない時には、自分で自分に交尾できるらしいから。
それを調べたときはもう上原先生はこの世にいなかったけど、それを聞いたらどんなことをコメントしたんだろうね・・・。
諷虹 小学生感覚でいうと6月って雨で外で遊べない。でもカタツムリは自由に外にでられるイメージ。あとはカタツムリだって引き籠っているという共感もあったりして・・・。
虚空 たしか小学校3年生の頃が大阪万博だったけど、フランス館のレストランの売りが「エスカルゴ」って紹介されてて、そこに皿に乗ったデンデンムシが恐れおののいているイラストがあったのは衝撃だったもん。あれを食べるのか!って。
その後刑事コロンボの「断たれた音」でエスカルゴ料理が出てくる場面があって・・・ちょうどその頃あるデパートの食品館にエスカルゴ料理が並んでいて、みるたびに試してみようかどうしようかと迷っていたけど、結局この歳になるまで一度も食べたことないよ。
諷虹 カタツムリが通った跡ってやっぱり道になる。通ったあとか可視化できる。コンクリートでも足跡を残せる。
虚空 「自分の通ったところが道になる」何かあったじゃないか・・・・(検索)
高村光太郎『道程』1914年
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
諷虹 検索 アントニオ猪木の引退時のメッセージ
『人は歩みをとめたときに、そして挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います。この道を行けばどうなるものか。あやぶむなかれ。歩まずば道は無し。踏み出せばそのひと足が道となり、そのひと足が道となる。迷わずいけよ、いけばわかるさ。』
(元は 清沢哲夫(のちの暁烏哲夫)氏の詩「道」が該当の詩のようです。
諷虹 アリはフェロモンかなんかで道をつくっているんですよね
虚空 幼いころ、ありの行列の土を一部とってウロウロするのをながめていたことがある。いじめられていたストレスをアリにぶつけてたんだろうけど・・・
諷虹 でもまたすぐに一本道になる・・・それは破壊と再生に通じますね。
水と油をガ―ッと混ぜても分離していく。ゆくゆくは自然な形に収束していく。
カタツムリも目玉を突いて引っ込んでもまた戻るじゃないですか。
虚空 そこが子供にとってはまさにツボなんだね。
今フッと思い出したんだけど、カタツムリの足の観察・・・ガラスにくっつけて裏側からみると縞模様が動いている・・・あれは好きだった。
諷虹 ガラスにつけて裏側を見るっていう。自分はガラスをふいているのを内側からみるのが好きでした。
虚空 何が刺激してるんだろうね。
諷虹 レントゲンにはあまり惹かれませんでしたね。
虚空 自分は骨に対する興味はあったから
諷虹 筋肉とかのは今でも気持ち悪い。
虚空 火葬場で焼く前にはみんなが大泣きしても、骨が出てきた時にはまず泣いている人はいない。あれも興味深い。自分は火葬場の経験もかなりあるけど、そうだったからね。
諷虹 ゾンビって肉が残っているじゃないですか。
虚空 しかも腐った肉がね