忍者ブログ

☆「江戸庶民の発想」から 補足 「△△とは世を忍ぶ仮の姿 実は〇〇」という二重構造

「正体」に関することですが、歌舞伎でもしばしば「△△とは世を忍ぶ仮の姿 実は〇〇」という二重構造があるというのは、上原先生も「かぶき十話」などの著書で盛んにふれています。
普段は本性を隠している。それをいざというときに現す。(本性示顕)・・・だからといって仮の自分が偽者というわけではありません。現実対応モードとしてのこれも「自分」です
江戸時代もそうですが、現実対応への厳しい日々ということからすれば、第二次世界大戦や戦後混乱期などは、今とは比べ物にならないくらいシビアで命がけの毎日だった生活だったハズです。
でも現代人の方が精神的にかなり追いつめられている・・・私(虚空)もそうですが・・・。
このあたりの現実対応への耐性とか、それこを突き抜けて生きていく姿勢・・・究極のバッドエンからハッピーエンドに突き抜ける姿勢・・・の秘密の一つが、この二重構造にあったのかもしれません。
現実対応でどんなに追い詰められ、自分を見失いそうになっても、「本性は浸食されない」
これは単なる「プラス思考」「前向きに生きましょう」ではありません。これらの発想は「マイナス」や「後ろ」の否定ですから。
日本人はそれらをも堂々と受け止めて、それを突き抜けた先の境地を古来大切にしてきた・・・それが神話でも「天岩戸開き」や「黄泉の国 と 禊」等々に暗示されています。
PR