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2018,12,08 諷虹・虚空④ 「カタツムリ」と「道」「家」意識

☆カタツムリを検索
諷虹 ここでいつも話題になっている「圧縮と解放」・・・しかも自分の家をしょっている。
虚空 以前児言態で話題になっていた「雌雄同体」の問題もあるだろ。上原先生はちょっとした勘違いをしていたみたいだけど・・・「二匹が出会ってどの瞬間に雄役と雌役が決まるのか?」って会員に質問していたらしいけど、実際のカタツムリは2匹同時に雄と雌のやくわりをはたしたり、相手がみつからない時には、自分で自分に交尾できるらしいから。
それを調べたときはもう上原先生はこの世にいなかったけど、それを聞いたらどんなことをコメントしたんだろうね・・・。
諷虹 小学生感覚でいうと6月って雨で外で遊べない。でもカタツムリは自由に外にでられるイメージ。あとはカタツムリだって引き籠っているという共感もあったりして・・・。
虚空 たしか小学校3年生の頃が大阪万博だったけど、フランス館のレストランの売りが「エスカルゴ」って紹介されてて、そこに皿に乗ったデンデンムシが恐れおののいているイラストがあったのは衝撃だったもん。あれを食べるのか!って。
その後刑事コロンボの「断たれた音」でエスカルゴ料理が出てくる場面があって・・・ちょうどその頃あるデパートの食品館にエスカルゴ料理が並んでいて、みるたびに試してみようかどうしようかと迷っていたけど、結局この歳になるまで一度も食べたことないよ。
諷虹 カタツムリが通った跡ってやっぱり道になる。通ったあとか可視化できる。コンクリートでも足跡を残せる。
虚空 「自分の通ったところが道になる」何かあったじゃないか・・・・(検索)
高村光太郎『道程』1914年
僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにさせた広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
諷虹 検索 アントニオ猪木の引退時のメッセージ
『人は歩みをとめたときに、そして挑戦をあきらめた時に年老いていくのだと思います。この道を行けばどうなるものか。あやぶむなかれ。歩まずば道は無し。踏み出せばそのひと足が道となり、そのひと足が道となる。迷わずいけよ、いけばわかるさ。』
(元は 清沢哲夫(のちの暁烏哲夫)氏の詩「道」が該当の詩のようです。
諷虹 アリはフェロモンかなんかで道をつくっているんですよね
虚空 幼いころ、ありの行列の土を一部とってウロウロするのをながめていたことがある。いじめられていたストレスをアリにぶつけてたんだろうけど・・・
諷虹 でもまたすぐに一本道になる・・・それは破壊と再生に通じますね。
水と油をガ―ッと混ぜても分離していく。ゆくゆくは自然な形に収束していく。
カタツムリも目玉を突いて引っ込んでもまた戻るじゃないですか。
虚空 そこが子供にとってはまさにツボなんだね。
今フッと思い出したんだけど、カタツムリの足の観察・・・ガラスにくっつけて裏側からみると縞模様が動いている・・・あれは好きだった。
諷虹 ガラスにつけて裏側を見るっていう。自分はガラスをふいているのを内側からみるのが好きでした。
虚空 何が刺激してるんだろうね。
諷虹 レントゲンにはあまり惹かれませんでしたね。
虚空 自分は骨に対する興味はあったから
諷虹 筋肉とかのは今でも気持ち悪い。
虚空 火葬場で焼く前にはみんなが大泣きしても、骨が出てきた時にはまず泣いている人はいない。あれも興味深い。自分は火葬場の経験もかなりあるけど、そうだったからね。
諷虹 ゾンビって肉が残っているじゃないですか。
虚空 しかも腐った肉がね
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