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☆「おうち意識」をさらに深める  「出産時の思い出」作文等々から

2019年7月29日(月曜日)以降のラインやりとりです。

手話を会得したゴリラの死後のイメージからはじまっています。

やりとりの中心はコバルトブルー君が小3の時に書いた作文「お母さんのおなかの中にいたとき」に関してです。

その中から最終的には「ウルトラマンのカラータイマーは陣痛であり泣きではないか」というコバルトブルー君からのイメージまで飛び出します。
13:55 コバルト
https://tocana.jp/2018/04/post_16546_entry.html
記事の引用です。
「ゴリラは死んだらどこに行くの?」という質問に対し、ココは「苦しみのない穴に、さようなら」と答えたという。

シンプルな言葉ですが、なかなか含みがあるものだと感じます。
何事もシンプルが一番分かりやすいんです。
数式化、図式化というのは物事をシンプルに出来るから分かりやすいんですね。
おうち意識にしても捉え方一つなんですね、地元丸々がおうち意識になったりする訳だし、広げれば国である母国、もっと広げれば地球、もっと広げれば太陽系、もっと広げれば天の川銀河になっていくんです。
内(家)って狭くも出来れば広げられたりもするんですよね。内を広げれば外にあった者と繋がれたりするんです。
また戦争の根底には、おうち意識があるんだと思います。
どの戦争にしてもそれぞれ皆が持っている最終目的地点は「平和」に行きつくのですから。
昨日の敵は今日の友っていうのも、自分の意識の外に在ったモノを「内」に入れたということだし、また??って感覚だと分かりづらいから家を取っ払った縄張り意識っていうのほうで考えると見え方がかわるかもしれないですね。
常に突破口は自身の外側に存在しているんですね。
きっと求めるのは円の中心にある平穏です。
人はその円の中心を守るために行動するんです。
また虚空さんは平穏がおびやかされているから疲弊していってしまうんですね。

21:55 虚空
みなさんは、特に今時の若者にしては珍しい幼少期を地域として体験して成長してきているというのは大きいです。

今回のラインの中にも「おうち意識を広げている」発想の内容がありますが、実際に過ごしてきた地域での「実感」をふんだんに交えての資料なり意見なりは、非常に大切なものになると思います。

 つい、先ごろ、あの頃のいくつかの作文を発掘しました。ナマというか生理感覚というか、そういう傾向はやはり極めて強い作文が多いです。(それは、この前紹介したおうち論文のをみてもわかることですが、活字でない作文そのものだと、余計にそれが伝わってきます)
ちなみに発掘した作文の中には、平成7年度の3年2組が書いた「お母さんのおなかの中にいたとき」という思い出作文もありました。
コバルトブルー君は自分がどんな作文を書いたかは覚えていますか?

22:28コバルト 微かに感覚が憶えているような感じはあるのですが、出てこないですね(笑)


22:33 虚空
小3の時点で、分娩室での様子を知識として何かでみたり聞いたりして知っていたのか、それとも全くの想像で書いたのかが気になる内容の文章です。
そのあたりどうだろうね??? 

2019.07.30 火曜日
00:12 コバルト
ちょっとはっきり出てこないですね!
きっと想像で書いたと思いますけど。
06:10 虚空
(本人の了承を得て掲載)
09:14 コバルト
今の自分には書けない作文ですね。
やはり序破急スタイルで不安定ですね(笑)
、。を使わず連続的、更に更にスタイルですね。
最後のところは「目とかハイハイが出来て団地に住んで、そして外に遊びにいって、そして泣かされたことがあった。」と書いてあります。

09:17 虚空
この作文に注目しているのは、実はあのクラスによくみられるタイプのとはちょっと違うからなんです。
また、例えばちょっと前に話題にしたコバルトブルー君の「におい作文」とも違う・・・
そこがとても興味深いんです。
ところで実際に団地に暮らしていた事ってあるの?

09:34 コバルト
 小学校にあがる前は団地に住んでいました。
だから意識の基準はまだ団地の方にあったと思います。
いろんな世代の子供が沢山いて、当たり前だと思っていた世界がみんなと遊んでいるうちに新たな発見を見つけたりして、別世界が生まれたり、常にワクワクしていました。
(最後のところは)自分の目、足で外の世界を冒険しにいくと、言いたいんだと思います。

09:38 虚空
この2番目の段落に書いてあることと、この作文の特徴というのがつながっているんですけどね・・・・・そしてそれがまさに、このところずっとT・K先生とのメールをもとに諷虹君とやりとりしている事ともつながる部分。
自分では今回の合宿のポイントと思っているんですが・・・

10:59コバルト
ポイントとしては循環的な生まれ直し(出産)ですかね?
ドラえもんでも毎度のび太がジャイアンに泣かされて家に帰ってくる。
そしてドラえもんに泣きつく。お腹にある4次元ポケットから道具を出す。
ドラえもんは押し入れで(暗い場所に籠もる)寝るっていうのも面白いです。

11:36 虚空
 今回のポイントとして「形式的な部分」と「根源的な部分」と二つの側面から考えています。
このドラえもんの考察は後者の方ですね!

これは皆さんへの問いかけですが・・・
広く知られれているようなアニメなどで、根源的な「おうち意識」に連なるようなので思いつくのありますかね???
一見おうちとは関係なさそうでも、これも広い意味でのおうち意識と呼べるような・・・
例としては昨日の4時3分のライン記事、コバルトブルー君のコメントにあったような感じの拡張で、具体的な何かアニメとか映画とかドラマ・・・

『 おうち意識にしても捉え方一つなんですね、地元丸々がおうち意識になったりする訳だし、広げれば国である母国、もっと広げれば地球、もっと広げれば太陽系、もっと広げれば天の川銀河になっていくんです。
内(家)って狭くも出来れば広げられたりもするんですよね。内を広げれば外にあった者と繋がれたりするんです。
また戦争の根底には、おうち意識があるんだと思います。
どの戦争にしてもそれぞれ皆が持っている最終目的地点は「平和」に行きつくのですから。
昨日の敵は今日の友っていうのも、自分の意識の外に在ったモノを「内」に入れたということだし、また??って感覚だと分かりづらいから家を取っ払った縄張り意識っていうのほうで考えると見え方がかわるかもしれないですね。』


15:03 虚空
おうち作文等々を読む観点ですが・・・
過去に私が児言態でのおうち作文分析結果をまとめた「おふくろの世界・・・」の時に加えて
今回全面に出していきたい新たな部分が次の2点です。

ポイント1「形式的な観点」
「観察」という構えの程度

ポイント2「意識のベースとしてのおうち意識 からの 飛躍(相転移)」
意識のベース と 宇宙やあらゆる世界との共振・共鳴
母胎回帰 と 闇 と 真床覆衾襖(まどこおぶすま)

もちろんこれは、最近のやりとりから浮かび上がってきたものですので、これ以外に「こんな点にも注目してみたら」というご意見なども早め早めにお寄せください。


22:07 ヒマワリ
 うむ、考えてみる。


22:59 虚空
 前にも書いたけど、実際の体験とか感覚をベースに自分の内側から掘り起こしていってみてください。
みなさんにとっての「当たり前の感覚」は、今時相当希少価値ですから。
特別なことを掘り起こそうじゃなくてね。
のんのんびよりなんてみるとよく分かるよね。


23:21 コバルト
たとえば学校の運動会であれば白組赤組と分かれて競うわけですが、クラスというモノを飛躍するわけじゃないですか。
たとえばルパンと銭形が共通の敵が現れたときに、休戦を結んで共闘するシーンとか、アンパンマンとバイキンマンの共闘シーン、映画版でよくある別世界に行けば、のび太とジャイアンがいじめっ子いじめられっ子の関係性がなくなっているなど、自分的にはそういう場面が特に好きなんですね。
まさに相転移がおこっているわけです。

2019.07.31 水曜日
08:13 虚空
 劇場版のガルパンなんかもまさにそうですね。
あれで興味深いのは、リーダーの指示に従ってという一般的な「指示系統」で闘おうとした前半では大打撃を受けたという描きかた。
個々人が自分のできることを精一杯という感じになったら、統率はとれていないようで、大きな意味での統率が自然にとれて常識外れの勝ちにつながった。

これは古武術の世界でもいっていた話に通じます。
それが古代日本人の世界観であり・・・現代風にいえば「組織論」にもなっていく。
あの時のクラスでいえばそれが端的に現れたのが「大掃除」だったといえるかもね。

 そのあたりのことも、「幼少期からもっとも身近な実感である おうち感覚」が意識のベースであり、そこからの共振・共鳴があらゆる人達との「共感」とか、あらゆる世界とのつながり・交信になっていく・・・という全体像になっていくと考えます。
(これまでの駿煌会のやりとりをふまえるとね)


08:49 コバルト
そもそも感情や意識って整数的にはならないんですね、乱数的に移ろい変わっていくもの、だから序破急スタイルが本来はしっくりくるはずなんです。


11:43 虚空
この場合の「整数的」というのは「決められた順序通りに」という意味ですよね?


11:50 コバルト
 そうです。
起承転結みたいな法則性があるものという感じです。
*コバルトブルー君との個人ラインから
8月3日 (土)
16:46 コバルト 
そもそもお腹の中にいたという明確な記憶なんてないのだから、だったらお腹の中にいたという記憶を一から?0から?構築してみようというふうになるんですよ。
とにかくやってみれば見えてくるものがあるかもしれない、そうやって微かな感覚から手探りで広げていって構築していくとこういう作文ができあがるんですね。
そして最後に核として扱っていた部分(最初の衝撃)(ファーストインパクト)「泣く」まで辿り着いた訳です。
作文を何回読んでもこの他の部分以上に「泣かされたこともあった」という部分には大きな節を感じる訳です。

20:30 虚空
 出産時の産声等々、赤ん坊にとっての泣きは登場しないのに、後日談としての最後の最後のところで「泣き」にふれたというのも興味深いものがあります。
フト思い浮かんだのがウルトラマンの3分の設定でした。

2019.08.04 日曜日
03:59 コバルト
3分の設定だってあのカラータイマーの赤の点滅が陣痛ってなってくる訳ですもんね。
帰るんですもん、別れになりますから、そりゃ泣きますよね。(ターミネーター2の別れ等々みたいに)


06:37 虚空
初代ウルトラマンでカラーターマーがなりだしたときのナレーションの中で次の言葉は本放送の幼児の頃から意識に強くひっかかっていました。

 「ウルトラマンを支える太陽エネルギーは地球上では急激に消耗する。」
なんとなくですが「へー、地球ってそんなに大変な場所なんだ」というような・・・。
実際、その後小学校や中学校でいじめをはじめとして、大変な日々を迎えることになったわけですが(苦笑)

06:38虚空
 カラータイマーを陣痛にたとえるっていうのは、コバルトブルー君のオリジナルの発想ですか?それとも何かに書いてあったのかな?
帰る際の「泣き」というイメージと重ねているというのも、興味深いところです。


09:05 コバルト
 オリジナルです。
多分そういったのないんじゃないですか。
感覚からボヤァと出してます。
そういう部分でまさに嶺上開花なんです。
見つけた!という歓びの発見があるんです。
ここでもやはり0地点という位置づけが必要なんですね。
本質までを探るために序章を創る必要があるんです。
だから序破急。
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☆「ことば」「学び」の本質に向けて  7,22以降のラインやりとりから

☆2019年7月22日
02:52 虚空
先ほどツイッターに載せた、ブログアップ等々に関するコメントです。
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☆上原輝男先生の言葉 
「人間の感情構造は、この世に生きるためにあるのではなくて、あの世との交信するために感情構造はあるのだ」(昭和62年)

昨年10月の授業テーマ「宇宙との共振・共鳴」をさらに拡張していく方向で駿煌会のやりとりが続いていますが、その根拠にもなる言葉です。
☆「この人生、夢か幻か・・・」 先日紹介したダンデリオンツイッター記事よりのラインやりとり記録。
現代人が忘れてしまっている古来から日本人も大切にしてきた生活感覚。
こうしたことを失っているから、現代社会に様々な歪みが生じていきているとも言えるでしょう。  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/374/

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09:33 コバルト
https://joshi-spa.jp/921464?display=b



14:30 虚空
現実世界は幻のようなもの・・・と心の底から信じ切れたら・・・作り笑いではなくて、本当に笑えていたら・・・体は「あれ?別に病気でもなんでもないのかな?」っていい意味で勘違いして・・・本当に病的な状況は消えてしまう、なんていうことがあり得るのかもしれないですね。
海外でも「笑い」によって不治の病が治ったという報告があるようですが・・・・

ただ、「そんなわけない」と思いがら「でも一応やってみるか」ではなかなか効果はでないでしょうね・・・。
でも心の底から信じられないうちは実行できないというのでもいつまでも実行できないでしょうね・・・。
そこが古典芸能の世界で今でも残っている「型」の文化なのかもね。
無我というか没我の状態で型を整えていく修練をひたすら積む・・・そのうちに意識しなくても演ずる対象が憑依してくる・・・演ずる相手の神仏であっても・・・っていう感覚。
日々ストレスとかイライラ・絶望だらけの自分はなかなか到達できない境地ではありますが・・・。

(でも、母の身元確認の頃、イカ娘で思わず笑ってしまって、ハッと我にかえって、何かが変わった気がした・・・なんていうのは、こんな境地を垣間見る事ができたのかも????)



15:18 コバルト
一時の事であっても一瞬病気じゃない自分が存在した!っていうのは大きな救いですよね。
大事なのは、いかにそこを広げられるか。
全てを諦めてしまわない事、それこそが和戦なんです。
きっと病名や強烈なトラウマって強烈な自己暗示になってしまうんです!
ある意味病名の宣告ってトラウマなんですね。



15:23虚空
だから・・・明らかな器質の場合は慎重な対応が必要ですが・・・今の教育現場で様々な大人の思惑通りにならない子どもに対して様々な病名をつけることを疑問視しているんです。
そうレッテルをはることで指導を放棄できるかのような場合だってあるから。

無論、そういう傾向に精神がなってしまっている時に、無理強いが逆効果になることだってあります。

でも、それを現段階での事実として配慮しつつ、成長の可能性を信じて普通に関わっていくのかどうか・・・その違いが表面的には同じようにみえても全然違う結果をもたらすと思うんですよね。

もしかしたらそれが大きく花開くのは何年もたってからかもしれないんだけど・・・でもバタフライエフェクトのようなことはおきます



19:08 コバルト
今5年生の子供の宿題を一緒にやっているのですが、問題の意味が最初チンプンカンプンでした(笑)
図の(え)に対して面に漢字の(面)を書けばいいの?メチャクチャ難しいじゃん!ってなってしまい完全なナゾナゾ状態。
そしてプリント勉強って一度思い込んでしまった事からなかなか抜け出せない地獄絵図に陥ってしまうんですね。
懐かしいですが、解けたとしても只の作業という感覚しかなく、やはり大っ嫌いです。
 死んだ勉強です。



19:16 ヒマワリ
面え に平行な面って 面い でいいんでしょ?



19:17 コバルト
そうだよ(笑)


19:48 ヒマワリ
いい頭の体操だなぁ?
自分が今こういう宿題やったら、きちんと解けるのだろうか…


21:28 虚空
何を問おうとしているのかが分かっていると混乱はなくなっていくんだけどね・・・それが分かっていないと、特に大人ほどいろいろな可能性を考えてしまって逆に難しくなることがあります。
頭の体操の問題も、よくできた問題などは、いろんな知識を学んでいる方が難しくなることもあるし。
知識とか大人の知恵というのが「毒にも薬にもなる」ということですね。


こういった位置関係をとらえる問題って、「物事を構造的にとらえる」基礎を養うためのものというねらいで行うんだ、とすれば誰にとっても大切な学習なんですよね。

でもそういったことが感じられないような教え方(小学校や中学校ではそれが普通ですが)ばかりされているから、「こんなことを勉強して何の役に立つの?」っていうことになっちゃう。

この前の社長さんたちとの時にも話しましたが、時折諷虹君と「松下村塾みたいな場を作れたらいいね」という時に「親子一緒に」と言っているのも、そういって視点で大人が学び直すことも人生の知恵を増やす上で大事だと思っているからです。

 Nanba先生が高校生や大人などに対してごんぎつねなどの小学校教材を行うというのにも、そういって意義があるのかな????


 自称、学校の国語なんて大嫌いと強い拒絶反応を示し続けている中3の50円玉君・・・理数とアニメなどを結び付けてのとか、三匹の子ブタなどを通しての国語ではノリノリですが・・・本棚に先週などはなかった何やら新しい本が何冊もあって・・・

それが「理数」と「哲学」を結び付けた若者向けの本とか、哲学者を少女姿にして漫画風にした哲学の入門書・・・。
量子論がらみのもあって・・・どうやら土曜日の内容をもう少し突っ込みたいと思い始めているようです。
よく分からないままも一応全部目は通したとか言っていましたから。
好奇心って、やっぱり大事だなと思いました。



22:08 虚空
極上のみたらし団子画像・・・と思ったら・・・
https://news.goo.ne.jp/article/dailysports/trend/20190722071.html
たまたま目にしたこの記事・・・最後の方に書いてある「おいしそうな絵を描くコツ」というのが、まさにデジタルとかバーチャル全盛の今の世の中に対しての大切なメッセージです!



2019.07.23 火曜日
02:07 虚空
先ほど、駿煌会のツイッターに載せた記事です。
児言態が研究授業で扱った教材、通称「夜のくすのき」と呼んでいるものの英文が中3の英語の教科書(東京書籍版 ニューホライズン)に
A Mother's Lullaby  という題名で載っています。原爆投下時の悲劇を描いています。
読み物教材なので飛ばされてしまうことが多い教材です。

今年家庭教師で教えている中3とも読んでいるのですが、昨日の場面がちょうど投下直後の場面。Many people lost their lives, and many others were injured.They had burns all over their bodies.
京アニのことがあったので、いつも以上にかなり辛いものがありました。

次回から読んでいくところが悲劇の核心部分。毎回一緒に読んでいて涙が出そうになるのをこらえているところなのですが・・・今年はこらえきれないかも・・・
(英文と対訳はこちらのサイトにもあります。
(link: http://rumic10.blog.fc2.com/blog-entry-26.html) rumic10.blog.fc2.com/blog-entry-26.…)


09:54 コバルト
プレッシャー(重力)がある中からでしか本物の問いは得られない。
ただ出来た!だけでは自己満足だったり、他の人を満足させれたりと狭い反応社会だけになってしまうのですが、本物の学びとは問題そのものとの対話なんです。
問題と自身の関係性を見出すことが凄く大事なんだと思います。
やはり構造が違うんです。
どうしても普通に起承転結スタイルでは対話は呼び起こせない。
ピカソ(序破急スタイル)みたいな問い?



13:31 虚空
国内の芸術家でその精神を貫いた一人が 岡本太郎 だと思います。
2019.07.24 水曜日
04:54 虚空
昨夜ブログアップしたことに関するツイッターです。
::::::::::::::::::::::::
☆京アニ放火事件 ラインやりとり②:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/375/

先日ブログアップした記事(link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/369/) の続きです。
続報のニュースをみるたびに、大変な現実を次々と突き付けらる想いです。
#京都アニメーション #京アニ

☆上原先生の言葉「人間の感情構造」「英才児の 観察」 から教育全体を考えるをブログアップしました。
表題にもありますが、英才教育という限定された分野の話ではありません。すべての教育問題を  考えていく上での基礎となる発想です。(link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/376/
いつもご覧になってくださっている方々からすると、今回の2つのブログ記事はかなり短いので、すぐに読めると思います。

虚空の体調の関係でブログアップするものがかなりたまっていますので、今度はまたドーンとした分量になってしまうと思いますが・・・今後ともよろしくお願い致します。

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2019.07.25 木曜日
07:25 虚空
先ほどブログアップした記事の紹介ツイッター記事です。
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☆「感情やイメージ」のオン・オフ能力  現代社会の歪み改善のカギ?
と称して7月15日以降のラインやりとり抜粋をブログアップしました。
  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/377/

上原輝男先生は中学年での「論理思考」「言語操作性」の授業の必要性を盛んに強調されていました。
同様に上原先生がいつも強調されていたのが「現実世界は幻のようなもの」という古来からの日本人の世界観。

これは「成果主義」や「競争原理」などのような現代の主流の考え方の背景にある「目に見える世界が価値の絶対基準」という世界観とは真逆のものです。
もしかすると、京アニ放火のような、昨今様々な形で相次いでいる「身勝手な言い分による」凶悪な事件や、人間関係の歪み等々も、そうしたコントロール能力が未発達であることに大きな要因があるかもしれません。
(やりとり内ではそうしたことへの言及はほとんどないですが・・・)



2019.07.27 土曜日
11:53 コバルト
https://news.livedoor.com/lite/article_detail/16837782/
引用です。

ゲームデザインはプレイヤーの体験をデザインすること。だからこそプロダクトをつくるだけではなく、体験自体のテストを経なければ、実際のプレイに耐えるゲームは絶対に完成しません。
それでも、実際にリリースしてから「このルールの方がいいのではないか」「こんな遊び方もできるのではないか」というアイデアが、プレイヤーから沢山出てきます。それらの意見を版を重ねる時に取り入れることもあります。そうしてどんどんゲームを面白くしていくのです。
大事なのは、自分が取り組んでいるゲームのルールを理解し、所持しているカードが「選択肢」なのか「可能性」なのかを見極めること。そして、その2つの使い方を見誤らずにプレイしていくことだと思います



 駿煌会のやりとりを含めて、言ってみればこういうのって虚空先生の授業スタイルなんですよ。
今度の聖徳学園でのやりとりでこういった重ね合わせを起こして、駆け引きの中で可能性を見出せる瞬間を期待しているんですね。



14:03 虚空
それを大いに期待しています。
サイゼリアの時もそうですが、目先のことではなく、根本に関してそれぞれの経験を通して、膨大な時間の考察を蓄積している事実・・・それは昨年10月以降のブログアップの量をみえても明らかだし・・・・(やりとりの全部を載せているわけではないけど、それでもすごい量だよね)


2019.07.29 月曜日
00:23 虚空
ブログアップのツイッター記事です
・諷虹・虚空のやりとりを一気にアップしたのですが・・・どれもが相当な分量でして・・・しかもあまり知られていない今期アニメが中心の話題も多く・・・
でも、上原輝男先生の発想や日本古来の神話的思考などが具体的に考察されているともいえます。是非めげずに目を通して頂けると有難いです。

・金城哲夫氏 × 上原輝男先生 対談にからんで (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/378/
「先入観の壁」  ということから始まってはいますが、それを打破するための「心意伝承」であり「観察眼」であり「論理性」であり「構え」ということです。

・☆金城哲夫氏 × 上原輝男先生 対談にからんで 「理数の発想とからめて」:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/379/) 
また、上原先生の「意外性」ということに関しての指摘に関しての話題が最近よく繰り返されます。これは単にお話作りだけではなく「真のコミュニケーション」=共感・共鳴の基礎だと位置づけてます

・「まちカドまぞく」からの心意伝承的考察①:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/380/
特に後半は「日本神話」との関連で考察が進んでいます。
神話というと、どうしても政治的に利用されてきたという歴史から誤解されがちですが、古代日本人の直観した、まさに現代に生きる示唆が満載です。

・余談ですが、虚空の父は古事記研究をライフワークとしていました。単に読み物ではなく「現代に生きる知恵」として。
そんな私が玉川大学に入学して初めての講義が上原輝男先生の「文学」(必修)で講義の内容が「古事記」であったというのには非常に運命的なものと感じました。

・「まちカドまぞく」からの心意伝承的考察② 上原語録「母胎回帰と闇」「観察力と世界の拡張」:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/381/
このところ児言態のT・K先生とずっとやりとりしている事について、かなりまとまった内容が後半に展開されます。
そこの部分だけでも読んで頂けると核心が感じて頂ける???

・おうち作文をよみながら  ~英才児の特性 から考える 教育全体への視点~:  (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/382/
後半、セーラームーンの破滅の戦士のベースに日本神話があるという話題にもなっています。原作者は高校で地学部、大学は薬学部といわゆる理系ですが、文系もすごい!
どちらもというお手本です!

☆ディズニーアニメ「三匹の子ブタ」壁の絵から  「おうち意識の根源を考える」

2019.07.16 火曜日 以降のラインやりとりです。
この壁の絵については、以前コバルトブルー君が主宰して行っていた、通称「社会人クラス」でも話題になったことがありました。


この壁の絵のことを、元々の「三匹の子ブタ」の昔話をふまえて読んでいくと、「おうち意識」のさらに向こう側にあるような、深層心理として興味深いことが浮かび上がってきます。


ちょっと現代の感覚・・・昔話の残酷な場面を改変しようという動き・・・とは真逆の、おぞましい内容になってしまいますが、でもそうした事が無意識の世界にはあるんだと、思いながら読むことも必要だと思っています。


昔話の「残酷な要素」を商業用につくられた「ホラーもの」「残虐殺人もの」と同一にして、排除するのが本当にいいことなのかどうなのか・・・これは冷静に考えてみる必要があると思います。


22:45 虚空
今、高校3年生の授業から帰宅。
以前社会人クラスで扱ったディズニー版「三匹の子ブタ」のあの壁を絵をネタにした授業に途中からなりました。

「おうち意識」の根源につながることがこれまでとはまた違った形ででてきて、私自身にとっても、大変充実した内容でした。



22:55 ヒマワリ
社会人クラス、私そんとき居た?



22:56 虚空
もしかするといなかったかな???
「三匹の子ブタで壁にどんな絵がかかってた?」っていう質問に答えがうかばなかったらきっときなかった。


23:09 ヒマワリ
まったくもって浮かばない!
居なかったのだ!



23:24 虚空 
静止画 http://freedomsnet.com/anime-sanbikinokobuta-445
動画  https://www.youtube.com/watch?v=MHz4JtiDrIA
の5分30秒くらいのところから。
全部で3種類の絵があります。
静止画で紹介されているのは、そのうちの2枚なので、こちらでの確認の方がいいかな

ちなみにもとのお話はこのディズニー版と違います。ラストが大きく違います。
またもとのお話でもいくつかパターンがあります。
どちらにしても、元の話と、この壁の絵を結び付けて考えると、心意伝承的ないろいろな考察が考えられて興味深いものがあります

ごく簡単にいえば、兄ブタはそれぞれ狼に食べられてしまいます。
そして狼は最後、弟ブタに食べられてしまいます

私の手元にある原作のさいご2パターンはこうです。兄ブタ二匹を食べたオオカミは弟ブタをねらって煙突から侵入。でも弟ブタは暖炉で大鍋に湯をわかして準備。
1、・・・子ブタはすぐにふたをしてオオカミをぐつぐつと煮、夕食に食った。そしていつまでも幸せにくらしましたとさ。

2、・・・オオカミが鍋に落ちると、パッとふたをしてぐらぐら煮てしまいました。
子ブタは狼のスープを飲み夕食にしました。
もう怖いものも、ひと呑みにして、恐れる事も平気になりました。
そして、子ブタはまた、幸せ作りに外へ飛び出しました。


2019.07.17 水曜日
00:00 ヒマワリ
動画見た!初めてだな!
絵はソーセージと、子豚が母豚のおっぱい吸ってる絵の2種類しか分からんのだが。
あともう1種類の絵は2番目の子豚の家の絵?
フラダンスしてるみたいなやつ?

ざっくり生と死、死と再生が浮かんだ。
豚、狼に食われる。
狼、豚に食われる。
↑ここ弱肉強食の世界で考えたらなんとも違和感あるが、分母分子ひっくり返っちゃう感じ?
んで豚、生まれ変わる。
てなもんか。



00:01 虚空
もう一枚は暖炉で大鍋をわかしているわきの壁にあります。

この弱肉強食という見方を普通に食事をとる意義として考えたらというような発想が社会人クラスのときにもでたんですけど・・・特に原作の方を素直に考えていくとどういうことになるのか????って。


00:09 ヒマワリ
あった!けど何この絵?ぶった切られたなにか?



00:11 虚空
これも FATHER とありますよね。おそらくモモあたりの骨付きハムのブロックではないかと思います。

そして、原作の方で素直にかんがえると、オオカミを食べた弟ブタが吸収したものは・・・ということになっていって・・・そこから壁の絵と結び付けると、常識的な発想以外にもこんな発想もできるかな・・・なんていうのがさっきの高校生とのやりとりでした。



00:19 ヒマワリ
ほぉ?そうなんだ。
原作の方を素直に考えていくとどうなるか、幸せに暮らしましたとさ。
幸せづくりに外の世界へ飛び出して行きましたとさ。

子ブタ、オオカミになったか?
一体化しちゃった?
L.C.Lのスープになったか!
量子論のあの図、あの派生してくみたいな。

豚さん生まれて、両サイドの絵、ソーセージにもモモ肉にもなりますみたいな。



00:25 虚空
面白い連想ですね!
こういういろんな発想、すべてとりこんでいって何が新たにみえてくるか!



00:27 ヒマワリ
さっきの授業は、どんな言葉が出てきたの?



00:28 虚空
ちなみに先ほどから言っているのは具体的にいえば、弟ブタがオオカミを食べるわけだよね。
そのオオカミはそれより先に何を食べていたのか、という問題です。
ということは弟ブタが取り込んだのはどういうことになるのか、っていう。
「一体化」ということの意味がさらに膨らんでくるよね
そして、ここにL.C.Lスープということをいれるとさらにね


00:34 ヒマワリ
たしかに!怖!
兄ちゃんも食うてもうてる?
兄弟失ってるにもかかわらず幸せに暮らしましたとか幸せを探しにってゆう。
いや別にいいんだけど、悲しみ部分カットですか?
太もも肉の絵みたいにカットしちゃったのかな?笑
ソーセージのあの形も遺伝子っぽいな
いや、ミドリムシっぽいというのか?



00:36 虚空
ソーセージの形状からの連想はこれまでなかった発想です!
三匹の子ブタに限らず、こういう もとの話をハッピーエンド風にするの現代の風潮だけど、それで失うものは多いと思います。
そもそも意識の深いところを刺激しないしね

ここ最近ずっと「おうち意識」についてT・K先生ともやりとりしているんで、今回のやりとりは、そういった方向にもふくらんだという次第です。単に丈夫な家云々ということではなく、もっと根元的な部分でね。



00:40 ヒマワリ
自分のルーツを考えるような内容なだけに遺伝子まで意識が引っ張られたよ笑
今ある自分は何を吸収して生きてきたかと。
食べるにしろ見るにしろ聞くにしろ。



00:43 ?たぬき先生 今日の授業ではその言葉は出さなかったのですが、つい最近葛西先生に紹介されて上原先生の言葉・・・それを日曜日の諷虹君とのやりとりでも数時間にわたって語り合ったわけですが・・がこれです。
上原
・・・・母体回帰というような言い方をされますね。人間のイメージの一番の基本になっているのは母体回帰、母の胎内に帰ろうとする、母の胎内から出てきてまた胎内に帰ろうとする、そういう原則を持っているのかもしれないという気もするのですね。それからもう少し思い切った言い方をすると、母胎に帰るということはまた闇の世界に帰っていく、・・・・


00:43 ヒマワリ
おうち意識か。
あー、あの自分の家ってのももちろんなんだけど、やっぱそこに私はママとパパと姉ちゃんが存在して「おうち」だよね。
今はもう姉ちゃん別々だけども。
そう考えると、三匹の子ブタには母親いないだよね。
壁に飾られてた絵、急になんか切なくなったど。



00:43 虚空
この「母胎に帰るということはまた闇の世界に帰っていく」という部分



00:47 ヒマワリ
母胎に帰る…ほぉ…
家はほんと心休まるところであってほしい。
ん?でも闇の世界。
光と影は表裏一体とゆう?
闇、暗い、籠る、エネルギーチャーーージ!



00:48 虚空
ちなみにですが、私の手元にある原作の冒頭はこうです
昔、あるところに、年とった母さんブタと、3びきの子ブタがいた。子ブタを養っていけなくなった母さんブタは、3びきそれぞれ、自分で運をみつけるようにと 世間におくりだした。
です。

そして、兄二人は楽を選んで、弟は勤勉だからレンガを選んだというのが今風の教訓めいたストーリーですが、原作ではそれぞれたまたま出会った人がワラや枝やレンガを持っていて、それを分けてもらうとなっています。
つまり偶然出会った人からの提供で、たまたま弟ブタはワラになったという形ですね。
母ブタの送り出す時のセリフとリンクしています


 先ほどエヴァのシーンと結び付けたあたりも、母体回帰は闇、っていうのをふまえて考えるとゾクッとするものがあります。
自分のルーツを考える・・・遺伝子にまでさかのぼる
この前(土日に)諷虹君のつかっていた言葉でいうと、おうち意識から「自分の内なるミクロコスモス」に連なっている感覚ですよね!
それをジブリアニメにすると「ポニョ」。トンネルをくぐってお魚に戻っちゃったとか・・・あの大きなカプセルのような中でばあちゃんたちが歩けるように再生したとか・・・生命誕生の太古にまで遡っていく意識の映画

闇の中で籠る=(真床覆衾襖)=エネルギーチャージ



00:58 ヒマワリ
へぇぇぇ?そうなんだ?
運命のような。
はーなるほどね、ワラ豚や枝豚は母胎というなの宇宙まで帰ったか。
食べられてもうて。
08:09 コバルト
3匹の子豚って言ったら真にお家じゃないですか?
それぞれのブタがお家を生み出すんですよ。
頭隠して尻隠さずなんて、まさにお家意識。
お家(お内)ですから、布団、コタツでも、どこでもそこはお家になってしまうんですね。
トイレで本を読むような人はトイレがおうち意識であるからで、まして同じお家でも馴れてない空間があればそこには妙に落ち着かない気がしてお家感覚は働かないはず。
碇シンジが同じお家のミサトさんの部屋に入れば違う領域に入ってしまってお家感覚は働くのか?です。
どこで「内」になってドコで「外」なるのかは、位置エネルギー(重力場)が関係するのかも。



08:12 虚空
そこなんだよね。だからゆうべ高校生と話題になった一つが、まさに兄さんブタがベッドの下に隠れようとして尻隠さずになっている場面。その背景の壁に母ブタに授乳されている絵がある。
しかもその絵の中では一匹だけ外れているブタがいる、っていうのがね。



08:25 コバルト
ATフィールドも3匹の子豚でいう、お家の防御力みたいなもの。
ここには入ってくるな!!っていう領域力ですね。



08:26 虚空
随分前・・・中3三人組としてやっていた頃・・・浜崎あゆみのPVで扱った問題も思い起こされます。(鳥かごに閉じ込められていると受け止めるのか、閉じこもっていると受け止めるのか)

先週の高3生の時に進撃の巨人第一話のはなしにもなったんですけど、あの壁の問題とか、母親が目の前で巨人に食われるというシーンの意味もね・・・実はそこからの関連で3匹の子ブタの原作では兄ブタは狼に食われ、そのオオカミは弟ブタに食われる、っていう話になったんです。それで昨日、社会人クラスの時に作成した資料を持参したと。



08:33 コバルト
ちなみに水戸駅北口方面に元東映映画館の上にある東照宮神社に古来の戦車があるのですが、なんだかそれを思い出しました。

 おうち。
節分、「鬼は外、福は内」。
鬼繋がりで、これと般若は表裏一体?

 鬼面仏心とは、鬼の様な恐ろしい顔をしているが、性格は穏やかで仏の様な心であることを意味する言葉です。

要は「鬼面と仏心」「戦車と女性性」‥そしておうち意識。



12:44 ヒマワリ
私も進撃の巨人読んでます。
非常にハッとしました。
主人公の母親を食った巨人は、もとは主人公の父親の前妻だったということが分かってるあたり、まさにこの流れと同じですね。
自分のルーツ、前世の記憶、平和を求め続けて、戦い続ける…みたいな。

昨日の三匹の子豚の話から、運命みたいなこともチラッと私言ったじゃないですか。

そういう点で結びついたのが、泳げたいやきくんもそうだなーって思いました。
自由を求めて海に飛び出したけども、最後は釣り人に食べられる。
たいやきくんもまた、帰るべき母胎→人間の胃の中(宇宙)に帰っていったとゆう。
上ちゃんが言うとおり残酷というか、明るくない話ですな。


13:35 虚空
小さい頃は般若の面ってただのコワイ鬼の面だと思っていました。でもある時「嫉妬からくる憎しみ」が凝縮された女性の面なのだと知った時から、なんだかとっても哀れで寂しい表情にみえてきた・・・なんていう思い出があります。
仏の世界では、おだやかな表情とコワイ形相のと両面の仏様がいるだけではなく、チベット仏教の仏像にみられるように、本地仏で真逆の顔つきのが頭上にあるとかね。
日本でも不動明王の正体は大日如来とか、閻魔大王の正体はお地蔵様とか・・・・

 進撃の巨人、実はアニメでみたのは3話までで原作は読んでいません。だから食べた巨人の正体は初めてしりました。
それをふまえるとさらに意味ありですね

 ここで泳げたいやきくんが登場というのは驚きです。

っていのは、あとで載せるといっていた高校生との授業で問題にしていた母胎の構造のことと通じるから。
母体構造が神社だという上原先生からの話はよくしていますが、それと同じ構造が三匹の子ブタのクライマックスだよねというやりとりをしていました。

口から入って胃に飛び込むってまさに同じ構造ですよね。
「消化」・・・消えるから他のものに化けられる
児言態がイメージ研究の第一人者である藤岡先生と取り組んだ研究テーマの表題が「穴と留守番」
「あな」という題名の作文を分析していくと、幼い段階ほど袋状のイメージ・・・これが子宮の象徴という感じでの・・・
これを昔話にすると「おむすびころりん」とかですね。
横穴の袋状だと、外国からの翻訳絵本ですが「てぶくろ」とか・・・・



14:17 ソルティ 「 三匹の子豚のお話し 」
壁にかかってる 絵画三枚。やっぱり FATHER なんですね。父親っていうのは、ソーセージになったり、骨付きハム?になる運命なんですよ~。( それでも)母親は 沢山の子供を産み育てるのがお仕事よっていう事
あのように「おおかみなんて怖くない。。。」って楽しそうに踊ってる その背景にそのような絵画が飾られていようとは。。。ちょっとおどろき。
前にも書いたけど、物語はいつもハッピーエンド希望のワタシとしては、ただただびっくりの映像でした。
 子豚の映像をみて、その絵画を描いた作者にもびっくりだけど、それに気づく 駿煌会の皆さんにも驚き。 いや~ ワタシって単細胞だわと思ってしまった。

14:35 コバルト
http://karapaia.com/archives/52119889.html
ディズニーランドのアトラクションで最後は観客が魔女に殺されて終わるというやつがあるのですが、夢の国にバットエンドが存在する意義がまた面白いですね。

 http://snowymoon.hateblo.jp/entry/2013/02/06/194047


15:43 ソルティ
よ、読んでみたが。。。むずいのう。 もう一回 読んでみまする。どうも、このような文章は苦手でね、コバルトくんはどういう風に考えているの?


15:50 コバルト
同じ無法者にしても賊と義賊の違いですかね。任侠とも言えると思います。
 独特の美学を貫き通す姿をみて民衆が義賊と呼んだりするんだと思います。
ある意味おうち意識なんです。


16:34 ソルティ
任侠。。。意味は理解できた。麹町の校長先生は、任侠 & 生きる知恵者 & 美学という印象を持った。
*美学で思いだした。 話か突然わって申し訳ないけど、ボクサーの辰吉丈一郎さん、なんだか好きだな~。
彼はアマチュア時代に、一回だけ、試合に負けたことがある。それはなぜか?というと、その試合がオリンピックの選考会をかねた闘いで、オリンピックの金メダルを目指すならその大会で良い成績を残さなくちゃあいけないんだけど、世界チャンピオンを目指すなら、そんなこと(金メダルを目指す闘い)をやってる時間がない。その迷いの中にあって調整がうまくできなかった。
彼は おとうさんに世界一のチャンピオンになった姿を見せたかった(らしい)
泣けるのはね、彼の父親が男手一つで育てたというところ。貧しかったので、自分は食べないで丈一郎に食べさせたとか、体が弱くて台所で倒れていたこともあったとか。そういう 母性みたいなものが人を奮い立たせるのかな~って思う。世界チャンピオンになった姿をまだ生きていたお父さんがみることができて本当に良かったな~と思った。
* で、話はその父親の孫の代になるのだけど、丈一郎の息子さんっていう人が 彼と全然違うタイプなんだよね。( さんま御殿に出ていた )
同じく、巨人の桑田投手の息子さん( 何て名前だっけ? )もそうだけど。 親子関係っておもしろいな~と思う。

17:20 虚空
辰吉さんのことはほとんど知らないのですが、この文面から察するに、好きなボクシングということでも、やはり父親の恩をふみにじって好き勝手なことをする・・・というよりは、好きなことをさせて頂いた感謝という気持ちで、より本気で打ち込んだのかなと。

「自由と義務」の記事の後半に書いてあるようなことの具現化だと感じました。

親の恩があるから、お返しをしなければらない という義務感ではなく、「お返しをしたい」という心の表われとして

義賊だって、命がけで貧しい人のために・・・非合法なことではあるけど・・・体をはっていた。

江戸時代に任侠の親分で庶民に人気のあった人たちも、今の暴力団と化したのとはちょっと違う行動原理をもっていた
だから多くの大衆の支持をえていた


 自分も基本はハッピーエンドが好みですが、上原先生と出会って犠牲論なんて学んだことも影響しているのでしょうね・・・ちょっと許容の範囲が広がりました。

簡単に言えば以前諷虹君がいった「究極のバッドエンドが究極のハッピーエンドに連なる」というあの日本古来の球体思考。

なんていうと難しく思えてしまうけど、日常考えれば、地球を西へ西へいけばいつのまにか東と出会う・・・というぐらいの単純な発想。
神話でいえば、国産みのプロポーズを柱をみたててグルリとまわったところで行うという場面がその象徴かな・・・


「おうち意識」の範囲が無茶苦茶広い・・・江戸時代だったら同じ長屋にすむ同士はそうだったわけですよね。大家さんがお父さんで住人は店子(たなこ)
師匠と弟子の関係もそうですよね。  どちらにも「子」が入っている

地域社会もそうだったから、村(田舎)の感覚は都会とは違う・・・家族としての助け合いがベースにあってのこと。それが都会から田舎暮らしにあこがれて移住した人たちが最初に面食らうことですよね。プライバシーがないとか、勝手に敷地内に入ってくるとか、やたらと干渉してくるとか、付き合いや地域行事に参加しなければいけない・・・とか
(このあたりの地域社会の「おうち意識」の実感は私には少ないので駿煌会若手メンバーに具体的なことについてはお願いします。)

2019.07.18 木曜日
(家の中でトイレに入る時に鍵をかけない家族がいるということに関しての様々なやりとり・・・具体的な内容は省略しますが、これも「おうち意識」ならではのことですね)

07:43 虚空
フト思ったんですけど・・・のんのんびよりのあの子たちって・・・トイレに鍵するのかな???・・・鍵がそもそもないかもしれないけど

これもおうち意識の表われ???
12:55 ヒマワリ
・・・・のんのんの子たちもさすがにトイレには鍵かけてほしいなぁ



17:33 コバルト
https://wired.jp/2019/07/16/quantum-entanglement-photo/

 要は裏か表、ONかOFFのではなく同化(ニュートラル)している状態、もっと言うと上にある画像を見て、壺の絵であるか、向かい合っている人の顔の絵であるかを同時に認識するような感じなモノ。
壺→顔→壺ってなると、どうしてもタイムラグが発生してしまって同時には感じられない難しさがありますが。
「こっちはこっち、あっちはあっち」ではなく「どちらも同一であり一緒」なんですね。



17:51 虚空
どこに目をつけるか・・・基準の軸のとりかたは人それぞれだから・・・同じものをみていても、全く違う世界を作っていることが大いにありうるわけです。
同じ子どもでも、同じ作文でも・・・・


(ペットに対する意識に関してのやりとりが続いて)
18:08 虚空
このあたりも興味深いところですね。
清潔をモットーとしていても、可愛いペットだと口移しでぺろぺろというのはよく聞きますし・・・やはりどう受け止めるか次第。
ドアの壁があっても中の人とすながっている感覚を得られるのか、そうでないのかも個々人で違いますよね。

私などは本当の乳飲み子の頃は抱かれていないと眠らなかったから大変だったとよく言われました。だから両親が交代で一晩中抱いていたんだとか。
それこそ「視界」に入っていれば安心どころじゃなかったわけですよね。

そんな自分が、この歳になって「目にみえないつながりを大切にできる心をもてるように」なんていうのを主張しているというのも妙なものです。

スーパーにはいろんな子どもずれがいますが・・・ベビーカーからちょっとでも離れた時に不安がってぐずる子もよく見かけます。
そんな時に、自分がいるかどうかで不安がる我が子を(この犬のお話のように)「可愛い、いとおしい」と感じるような表情で「ほらほら大丈夫よ」とほほ笑んであやしているお母さんもいれば、「ちゃんといるでしょ!」と叱りつけるお母さんもいらっしゃる。
叱りつける方は、相当追いつめられているんだと思いますが・・・難しいですね。子どもにとってはやっぱり親(特にお母さん)は基本t系には「全世界」ですからね・・・
*もちろんこれは肉体的な違いではありません。立場上は父親でも「母性」を発揮している時は、立派なお母さん。
アニメでいえば「愛してるぜべいべー」とか、現在放送中の「うちの娘・・・・・」の世界です


18:30 ソルティ
乳児の時は 2~3時間おきに起こされるわけですからね、そりゃあもうへとへと。それだけならまだしも、オットなる人が一番手のかかる赤ん坊だったもんで、多分それに辟易していたんだと思う。=
余裕のない母。未だ腹の底でうごめくその負の思い出を何とか払拭すべく ポノポノやっとります。ふ~ッ。



18:40 虚空
あの小3動画のことに戻ってしまいますが・・・ああして元気に大口をたたけるくらいに成長して、動画サイトにアップという生活を今送っていられるというのは、それこそ親が好き勝手にいい加減な子育てをしなかったからこそなんですよね。

もし遊びたいとか、気が向かない時は子育てを放棄・・・「私は自由人」なんていう態度でいたら、今の自分はいなかったハズ。

それこそ体調が悪かったり、何か事情があったって、子どもを優先にして時間をさいて育てて下さった。

そういう人たちのさまざまな支えがあって今の自分があるということを知ろうともしないで、「お前らも僕の見習って好き勝手に生きろや!」のような態度が不快でした。うちのあの親戚らにそっくりで。

そういった個人的な感情を抜きにしても、好き勝手なことだけをしていたら、本当に狭い人間としてしか成長できないというのもね・・・想定外の自分と出会う気など毛頭ないのでしょうが・・・まあ、人生終える時に彼なりに満足したならそれでよし。

せめて、自分勝手な論理で、社会的に問題のあるようなこととか、他人を平気踏み台にはするなと言いたいですけどね。


19:22 ヒマワリ
わんちゃんのことも分かるー!
その違いは愛してるからでしょう。

 同じでも、自分と自分以外では全然違くて、
基本キレイ好きなんでゴミとかホコリとか嫌いなんですけど、自分の部屋のホコリは許せたりしちゃう。笑



19:27 虚空
輪廻転生の中で、男性女性どういう経歴をこれまで経験して蓄積してきたのかの記憶はありませんが・・・以前にもお話したように、どうも私の魂はあまり男性を経験していないような気がします。かといって子育て経験もほとんどないかも・・・・。

独身の尼さん?
男性だった時には、村はずれの住職がいなくなったようなボロ寺にすみついて、いろんなことをやっていた???
(寺子屋みたいなことや、行き倒れにになった人の埋葬とか)そんな気がします。



19:27ヒマワリ
目に見える世界も目に見えない世界もやっぱ表裏一体、繋がってるってゆうか切れないものってことで
お父さんお母さんの抱っこされたルーツがあるからこそ今目に見えない世界を大切にできるんでしょうよね。



19:28 虚空
そういった汚れに対してのチグハグな感覚っていうのは自分は極端ですね。
家じゅうあんなに汚いのに、コンビニでも何でも外で使わせて頂いたトイレの汚れは妙に気になる。
紙が散乱していたら拾うし、便器に物がついていたら掃除して出てきます。



19:30 ヒマワリ
えぇぇぇ!?
紙散乱してたら拾う!?
掃除してでてくる!?
なんだっぺ先生っちゃ、ほんっっと先生だね。



19:32 虚空
やっぱり「使わせて頂いた」っていうことで自然にそうしちゃいますね。
入った瞬間、汚れていてイヤダな・・・って思ったのを、次の人にも感じて欲しくないから

19:36 ヒマワリ
はーーーーーー。
前世は男だとか女だとか尼さんだとかじゃないわ、神さま仏さんだわ。

☆「序破急」・・・秩序や責任

2019,07,15以降のラインやりとりからです。

「破」ということについて、都合よく解釈する人間は自分の手前勝手な屁理屈を正当化する手段として用いかねません。
西洋哲学の「正反合」とか・・・「反対の合一」の 反 にあたるもの・・・上原先生の師匠である郡司正勝先生の指摘するような「日本の神はマンネリを嫌う」というようなことに通じる境地。

香取神宮や鹿島神宮の神々の御神徳につながるようなこととして「破」を位置付けています。

そういう点で言うと、本当に子どもらしく生きている子どもは、まさに「破」をもたらす存在であるが故にライフインデキスたりうるわけです。
後半、「好き勝手に生きるんや」と豪語している小3の動画に関してのやりとりもあります。ちなみに私(虚空)は否定的な見解を抱きました。


11:25 コバルト
 ゲゲゲの鬼太郎を昨日観たのですが、やはり要はねずみ男なんですね。
ねずみ男が序破急の「破」なんです。
起承転結スタイルではなく、普通じゃありえない2年目に突入したゲゲゲの鬼太郎ってストーリーをぶち壊す存在がいるねずみ男がいるお陰かも。


12:20 虚空
アンパンマンでいうバイキンマンなのでしょうが(自分はアンパンマンはほとんどみていませんが)、水木しげるさんににしてもやなせさんにしても、原作者はとっても重要な位置づけにしてますよね。
個人的にはねずみ男は例の親戚たちを思い起こさせるので、あの行動は非常に不快極まりないのですが(苦笑)

でも、「破」というのを日本人が重視していたというのはいろいろなところにみられます。
世間ではついつい「伝統を重んじる国」「封建的な国」という思い込みがあるので、そうは思っていないことが多いのですが・・・。
上原先生の師匠の一人である郡司正勝先生なども「日本の神はマンネリを嫌う」というような指摘をされていました。



12:42 コバルト
日本人はそういった存在を「お稲荷さん」と言っていた訳ですね。
お稲荷さんといえばキツネですが、ごん狐もやはり破の存在だった訳ですね。



13:27 虚空
真の稲荷神は(キツネ信仰と結びつく以前)は伊勢神宮の外宮に祭られている豊受大神のようです。
これは現象世界と神の国の恩恵をとりむすぶというお役目の神様。
そして、以前も触れたことがあるけど、稲荷神は農耕神ゆえに
「収穫」=「刈り取る」だからこそ次の豊作が約束される
それで、チベットのもともとの信仰を集めていたダーキニーと稲荷神が習合したわけですが、このダーキニーもある意味で破壊者的な存在。
ネット「ダーキニー)
仏教のタントラ聖典に登場する女性修行者もしくは女神の部類。ヒンドゥー教ではカーリーの侍女。元はインドの土着信仰の魔女とも。日本では荼枳尼天と呼ばれ、稲荷神と習合した天部の神格。 ⇒ 荼枳尼天を参照。
西洋でいえば「死神」の本当のイメージが、稲荷神と通じている、というのも社会人クラスの時に扱った通りです。
だから古いタロットでは死神は不吉なカードではないと。刈り取ることで次への飛躍を約束する神。

香取神宮の布津主の神と通じる精神です。刀で目先の価値観を切り取る・・・禊・祓いですね。


14:54 コバルト
収穫→耕す→植える→‥っていう感じの循環な訳ですから、現代は収穫というより搾取になってしまっていて、その後の耕すがない。
そうなると豊かにならないんです、荒廃していってしまうんですね。
三途の川の鬼だって豊かになるための重要な存在であるわけなんですね。
無意味に幼子の積み上げた石を崩している訳じゃないんです。
序破急の破でも豊受神でも鬼にしても、どれも通じるのは変調、転換ということですね。
大企業の会社によくお稲荷さんを祀っている所が多いわけですけど、その変調、転換期が最も重要視されていることな訳ですね。
変化が起きなければ稼ぎ時自体が起きないんです。
もっと言えば転換期を見過ごすと会社は潰れるということです。



14:57 虚空
そうだよね・・・目先のことばかり考えていて、次の収穫のことを考えない。・・・次の人たちのことも子孫のことなど全く考えない。
日本の伝統文化が多くの分野で数百年、千年以上の単位で物事を考えていたというのはやっぱりすごい意識を伝承していたんだと思います。



17:46 コバルト
現代は長い目で観ての起承転結スタイル「人生100年計画」なんてバカバカしい型を作ってしまっている訳だしね。
それぞれ人生100年生きると前提にしたレールを走らせれも、想定外というキツネがイタズラを仕掛けてきて、ひっくり返えてしまうのは結構当たり前なんですね。
何より怖いのはレールの上で波風起たぬ事で病んでいく自身の心です。
人生の序破急スタイルって大変ですけど、真理に沿ってるし、「今」に沿ってるから結果的には滑らかに見える訳なんですよ。

起承転結が直線構造。
序破急がスパイラル構造なんですね。
 序破急とスパイラル構造(卍)が結びつくきっかけは、先週の金曜日のやりとりがあったからこそですね。

18:23 コバルトhttps://bunshun.jp/articles/-/10831?page=1
今テレビでやっている、これからの新しい学校スタイルですね。
子供達もこの学校に行きたいって言ってます。

 https://knowsfree.com/kojimachi-junior/

 https://gentosha-go.com/articles/-/20345



21:22 虚空
こういう決断をしていくのはなかなか勇気がいるし、できないものですが・・・・
例えば同じ町内とか市内にいくつも中学校があったら校長会が黙っちゃいない場合だってあります。横並びを大切にするから。
行政や親の説得も大変でしょう。ちょっとでも学力が落ちたとか何かあれば、反対派がここぞとばかりに総攻撃してくる・・・そういう落ち度をみつけようと常に目を光らせて、こういた校長をつぶしにかかるから。
 ついさっきまで中3の授業で、ちょうど夏休みに向けて自律的な受験勉強に向けてあれこれと話してきたところです。
そりゃ大人の権力をふりかざして無理やりさせれば多少の向上が一時的にはあるかもしれない。でもそれは反動も大きい。
もちろんそれをきっかけに自分もやればできるということに気が付いて、伸びる子もいるから無理やりというのを完全否定する気はないですがね。
やっぱり時と場合によって同じ子でもいい方法っていうことにマニュアル的な万能薬はない。


2019.07.16 火曜日
09:14 コバルト
重力エネルギー
引用
天体の重力圏内で、物体が持っているエネルギー。物理で習う「位置エネルギー」と同じです。
天体に向かって物体が「落ちていく」エネルギーといえます。
その天体から物体が離れているほど、物体が重いほど、 そして天体の重力が大きいほど、重力エネルギーは大きくなります。
分子と分母がひっくり返ると言っていた原理の裏付けで、やはりこれも(序破急スタイル)スパイラル構造。


12:11 虚空
宇宙との共振・共鳴ですね、まさに



13:23 コバルト
「位置エネルギー」というのは、駿煌会でいう「柱が立つ」ですね。



13:25 虚空
まあ・・・・生命力の象徴とつながる、ということですね(笑)

2019年7月17日 水曜日
☆「俺は自由気ままに生きるや!」と豪語する小学3年生の動画をみて
14:06 ソルティ
「 麹町の中学校 」のお話を読ませていただいていたら、ユーチューブで今話題になっているらしい「ゆたぽん」君という小学三年生をTVで紹介していました。どうなんだろう?ちょっと衝撃の映像でしたが。。。
このゆたぽん君のお話し、TV途中から見たからよくは分からないけど、まあお父さんの影響大だとは思った。刷り込みみたいにお父さんの主張がそのままゆたぽん君に移って喋っている印象はあったけど、それも一つのおうちのお話しだよね。


17:18 虚空
いじめとか理不尽な担任とかで追いつめられている場合は例外として、ちょっとあの3年生の動画は正直言ってみていて不快でした。

お前、元気いっぱいじゃないかと。
もちろん学校は絶対という考えは私はもっていません。
今のような教育制度が整ったのは日本の歴史の中でもまだ浅いし、そういった制度がない時代の方がすごい生き様の人間が育っていたというのもありますから。

でも、じゃあ「好きなことだけしての自由人」なんていう生き方が許されていたのか・・・・学校に通わない・・・通えない・・・でそれこそ過酷な労働の担い手としてほどんどの子は幼少期をすごしていわけですよね。(たまたまBSで「おしん」の再放送などをやっていたから余計にそう思います)

もちろん今の学校教育のシステムはおかしいところが多々あって、絶対基準をおく価値があるとは思いません。

ならば、自分でホンモノの学習をする、自分を磨く場を確保して、真剣に自分の器を広げることにエネルギーを費やしているという生き様を展開して当然・・・・

もちろん彼の日常は知りませんから、本当はそういって生活をしているのかもしれませんが、あの雰囲気だと「お前ら、何を嫌なことまで我慢してやってんの、馬鹿じゃねー、俺みたいに好き勝手生きて人生楽しもうぜ」と、好き嫌い関係なく過ごしている人たちを見下しているような感覚を受けました。

もう少しいえば、世の中のそういった人たちの生活・・・気ままではなく仕事等々に従事している方々・・・の恩恵を受けて自分の生活はなりたっているんだ・・・・という社会の仕組みすら感じようとしていない。

少なくとも彼が今こうして自由気ままに生きていられるのは、これまでご両親がきちんと育ててくれていた恩恵あってのことだと思いますから。もし親が乳幼児の頃からその日その日の気分で「今日は食事なんてつくらない」「子育てなんてしない」なんて自由気ままにやっていたら、成長できなかったはずだから。

そんなに好き勝手したかったら、生活費も親からもらわず、誰かが作って入れたものは一切使わず、無人島ででも山奥ででも完全自立で暮らせばいい。

それがイヤダ、できない というなら、それは他人の恩恵だけは受けて、好き勝手にだけ生きようとする唯の我が侭です。
・・・・と、つい例の親戚の生き様を想起されるような感じをうけてしまったので感情的になっています。

何でもかんでも都合の悪い事、やりたくない事は人に押し付けて、自分達だけはいいとこどりをして、それで私の生き方を「馬鹿正直で要領が悪い」と見下す。
そんな風にみえてしまいました。
(おうち意識を他の分野に適応する発想に関連して)
こうした意識をかつての軍部は自分達に都合よくねじまげて悪用したともいえます。
天皇陛下が全国民の親、とか日本が全世界の親(八紘一宇)とか・・・・。
でも軍部のそれは、うちの親戚だとか、さっきの小3と同じ。
もっともらしい理屈をこねて、自分の利益のためにみんなは貢献しろというのが実は本心。

☆「感情やイメージ」のオン・オフ能力  現代社会の歪み改善のカギ?

7月11日以降のラインから・・・やりとりの内容は多岐に渡っていますが、背景にあるのは「ことば」に伴う自分の感情やイメージを「くっつける・切り離す」というコントロール能力を身につけていく必要性に関してです。


上原先生は中学年の時期の「論理思考」や「言語操作性」(ボケとツッコミ等々)の授業等々の必要性を繰り返し強調していました。

そうしたことが高学年や中学生・高校生以降にどのように人間としての成長につながっていくのかが教育全体を考える上での大切な視点の一つだと考えています。


さらに上原先生がいつも強調されていたのが「現実世界は幻のようなもの」という古来からの日本人の世界観。

成果主義や競争原理などのような現代の主流の考え方の背景には「目に見える世界が価値の絶対基準」という世界観があります。それがよけいに「目先のことだけにとらわれた感情を切り離せない」状態を作り上げています。

もしかすると、京アニ放火のような、昨今様々な形で相次いでいる「身勝手な言い分による」凶悪な事件や、人間関係の歪み等々も、そうしたコントロール能力が未発達であることに大きな要因があるかもしれません。
自分の思い描いている世界・・・これから犯行に及ぼうとしている行為も含めて・・・が、自分の激しい思い込みと分離できないために、他者の立場とか人間らしい感情・分別・理性等々が流れ込んでくる余地が生まれないのではないかということです。


22:59 虚空
 昨日からあるメールをきっかけに、非常に注目する児言態雑誌の記事があります。
ウルトラマンの生みの親と言われている上原先生の愛弟子、金城哲夫さんも交えての対談記録です。
このアドレスにアクセスすると、その記事が出てきます。
広島大学リポジトリ http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/45035/20180306135326102493/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_2_35.pdf


2019.07.12 金曜日
(精神を病むということに対してのやりとり 抜粋)


10:56 虚空
 本当に脳などの働きが器質的な要因で誤作動をしてしまうようになっているのなら、投薬も大事なことだと思いますが、幼い頃からの蓄積や、時代の流れによる価値観の変容での適合・不適合で、自分の意識がつかみきれなくなっての・・・世間の見方としての「病的な状態」というのをきちんと区別する必要があると思うんだよね。

ましてや、病名をつけることで「変わり様はないんだ」と決めつけてしまうという風潮すら、今の教育界にはあります。

これは何も精神病に限らず「苦手なものはやったって無駄。」「しょせん才能がものをいう」「理系・文系」・・・・等々と、効率優先の社会の中で仕分けされる現代のシステムもみな同じ問題ですよね。

でも、あのクラスもそうでしたが、大人や社会の都合で勝手に壁を作ってしまうのがいかに愚かなことなのかというのを、教え子たちが教えてくれました。才能云々とかこの子はこうだから等々の決めつけを頭から信じないで働きかけてみたら確かな変容が起きたという事実。

仮に世間的に認められるような進歩が起きなくても、本人の中ではそのささやかな変化がとてもおおきな「バタフライエフェクト」になる、っていうことも。

「隠れた才能があった」なんていう言い方もありますが、これだってあの「DNAスイッチ」の話のように、意識(構え)が変容することでスイッチのオン・オフが切り替わって、まさに別人のようになっていくというのも感じますからね。

人間同士の直接の音声言語によるやりとりだって、こうしたスイッチのオン・オフにものすごい力を持っている・・・それを古来から「言霊」と称していたんだろうし。

そんなことを打ちながら、この前まで放送していた「ぼくたちは勉強ができない」というアニメで、数学に特化している女の子がスマホの音声に関して、このやりとりは単なる電気信号というような言い方をしていたのを思い出しました。

 ナマの対話がかつてと比べて圧倒的にたりなくなっている・・・いつでもスマホなどで友達とつながっていると本人たちは思っていても・・・その弊害には現代人は気が付けないでしょうね、なかなか。物心ついた時にそれがあたり前の生活を送っているから。

昔ながらの空気を多分にのこした地域で成長してきたみなさんは、そういう意味では現代っ子といっても、かなり例外だと思います。


ちなみに先のアニメですが・・・
主人公の男の子がお風呂で勉強中に、スマホ検索するつもりで女の子のところに電話をしてしまうシーン。
その女の子もお風呂で勉強していて・・・
『い、いや!す、すまん…!実は俺も風呂で勉強してたんだけど、スマホいじったら間違えて電話掛かっちまって!迷惑だよな…?もう切るから!』

理珠《いえ、迷惑ということは…》

『いや、まずいだろ!どう考えても状況的に、これは…』

理珠《状況?》

理珠「お互いに裸ということですか?」

成幸《言ったぁぁぁ!》『なんで言っちゃうんだよ!余計意識しちまうじゃねーか!てか…なんでお前平気なの!?』

「平気も何も、別に姿が見えているわけではありませんし
そもそも電話の声というものは本人の声に限りなく近付けたただの合成音声で…」(あれ?でも…こうして目を閉じると――)」

しかしそんな理珠にも突然恥ずかしさがこみあげてくる

http://anicobin.ldblog.jp/archives/55454912.html  動画ではないです)

これって、理屈で感情と音声が分離していたのが、電話ではありながら音声のやりとりで感情とくっついてしまったという面白い場面だと思います。
13:14 ソルティ
(関わっている施設に)自閉症の子供がいて、ウルトラマンのフィギュアが 大好きでいつもそのフィギュアで遊んでいるんですよ。それを見るたびに、上原先生の言っていた、「電車の中の ウルトラマンのフィギュアを持っている子(&母)のお話し、金城さんは早くに亡くなったけれど、そのフィギュアの中に生き続けている。」 みたいな話を思い出すんですよ。

その自閉症の子供の中にも 金城さん(& 上原先生)は生き続けているわけでね、こういう形で受け継がれていくって素敵なことだなと思うようになった。


13:21 虚空
そりゃもう自分にとってもそうです。新しいウルトラシリーズは形式的になってしまっていますが、少なくとも初代ウルトラマンやウルトラセブンは自分の中で別格の存在。
リアルタイムでみていたのは幼稚園の頃なんですけどね。
でも、再放送ではなくて、最初の放送時からいろんなシーンが記憶にやきついています。

学生になってから上原先生の話で、初めてウルトラマンのベースには折口先生の「まれびと」の発想があるとか・・・あるいは金城哲夫さんの生涯について知って・・・そういったことが幼い子供にこそ、共鳴し続けるんだなと・・・。

ウルトラセブンの中で、マニアの中で伝説的な名作の一つとされている「ノンマルトの使者」が沖縄問題をベースにした金城哲夫さん入魂のシナリオだと知った時にも相当驚きました。
あの作品は自分の「分校問題」なんかとも非常に強くからんでいて・・・上原先生が分校にいらっしゃる前に子ども達にも観せました。

ウルトラマンの生みの親である金城哲夫さんを生みだした立場といことで、分校の子ども達は上原先生を「ウルトラのおじいちゃん」と呼んでいました、当時(笑)


13:42 ソルティ
 話はちょっと変わるんだけど、昨日だったか?「あなたの家について行っていいですか?」という番組で、カメラは座間に住んでいる陶芸家のおじいさんちについていきました。おじいさんは、竹やぶの中に入っていきました。このふる~~~いおうちも全部手作りです。登り窯も ぜ~~んぶ自分で作り上げました。おうちに入っていくと、藪の中の一角に不思議な形の便器があって、それがね、なななんと 魯山人が作った便器なんだそうで。。。1000万以上するんじゃあないかな?こともなげにおじいさんは言ってました。

このおじいさん、陶芸が趣味のそのへんのおじさんだと思ってましたが、魯山人の孫弟子なんだそうで、ろくろも魯山人の使っていた足でまわすやつを今も使っているみたいなんですよ。若い時には十朱幸代さんとTVの宣伝にも出演していて、それがなかなかかっこいい。人はみかけに寄らないものだ。と。

おじいさん、お金とか全く興味がなくて、ただただ 自分が納得いく作品を死んだ後に残したい みたいなこと言ってました。今日より明日、明日よりあさって 毎日変化していく器、人の手になじんでまろやかなお茶がいただけるような。。。そんな器つくりをしたいのだ。。。みたいなこと言ってました。

自分が死んだあと何が残るのか?何を残したいのか?そんなことを思いました。

13:47 虚空
 ちなみにその便器は便器として使用されているのですか?それとも魯山人先生の作品として鎮座されていたのですか?
それとは別に、いろんな番組で陶芸でも漆塗りでも非常な高価なものであっても、作りてとしては「長年使い続けてこそ本当の味わいが出てくるのでちゃんと使って欲しい」という発言をされる方は結構いらっしゃいますよね。

上原先生の言葉等々を残す、という点で、私やダンデリオンさんは、今風のことなどにもどんどん結びつけていこうというスタンスですが、それもこうした事とつながるかもしれません。

上原先生が講義の中で「伝承と保存(保管)は違う」と言っていたことも思い出されます。

13:53 ソルティ
 いや~ どうだろう。昔のね 外にお手洗い(むきだし)ってあったじゃないですか~。そんな感じで、木でできた、三方のかこいだけがあって、扉はついていないんですよ。ほぼむき出し藪の中。花器みたいな形でね、そこに用をたしたら、どんどんたまっていくんじゃあなかろうか?と思えるような。。。 かぎだってかかっていないわけだから、ぬすっとに持って行かれるんじゃあなかろうか?って思いましたよ。


14:02 虚空
 まあ、まさかそんなやぶの中の家とも思えないような場所に、そんな高価なものがあるとは思わないでしょうから(テレビ放送後は分かりませんが)

とにかく後世の人たちがどんな風に受け止めるかは別として、何らかの形にしておかなければならないことは確かかな???
いろんな番組の文字起こしをしているのも、それが駿煌会でのやりとりや、上原先生の考えを深める上で不可欠と思うからせっせとやっているというのもあるし・・・

アニメもね・・・俗っぽいものであるほど、上原先生の心意伝承とたちかにつながると思えた時のインパクトが大。
(ジブリの宮崎アニメや、新海誠監督の映画はもちろん超一級品ですし、それも心意伝承とはつながるのですが、もっと庶民っぽいというか大衆的というか・・・そういうものもね)

今は載っているかどうか分かりませんが、6年生の教材に「桃花片」っていう陶芸家が主人公の物語があって・・・上原先生に助言を頂いたことがあります。
それも高価な陶芸に価値があるのか、ありふれた日用品にこそ価値があるのか、というお話でした。

14:10 ソルティ
 へ~ッ そうなんですね。で、上原先生はどっち派だったの?
私は日常に使うものだけ残してあとは全部捨てたいかも?これが自分の分身だ。と思えるような器、数点だけ残しそれだけで食べたり飲んだりしてみたいかもな。ただ今 断捨離中。


14:17 虚空
 その時にははっきりとは言いませんでしたが、石巻での「おうち授業」で私の茶碗の思い出エピソードを採用されたことなどから考えると、使う事に意味のある派・・・ある意味で自分や他人の分身・・・ということに最も大きな価値があるという立場だったと思います。

お金とかの現実的な価値にはいつも否定的でしたよね・・・「こんな現実だと思っている世界なんて、原爆一発でガラッと変わってしまうんだから」とおっしゃっていましたが、それは本当に先生の被爆された時の実感なのでしょうね・・・

原爆ほどではないですが、自分にとってあの東日本大震災はそういう位置づけですね。


14:31 ソルティ
 確かに 大きな想定外の出来事に出会うと、価値観は大きく変化すると思う。五徳の 福(幸せ感)・寿(寿命)・禄(財)・官(名誉)・印(生きる知恵)のどれを第一と考えるか?みたいなことも人生の課程において どんどん変化していくしね。占(私の習っている)では、最終的には 福にたどりつくという考え方をしていますけど。

幸せだな~(だったな~)~と思える人生を歩きたいものだと思う。

14:38 虚空
 それも最終的には「どんなイメージの風呂敷でそれらの思い出を包んで、イメージタンクの中にしまいこむのか」ということなのでしょうね。

(という助言を先生に頂いたのは4年「たかのすとり」の研究授業に向けての時でした。「イメージのオブラートにつつむ包み方」・・・それが子どもらしいたくましさの原動力にもなるんだと。)
2019.07.13 土曜日
00:33 虚空
 5時半からのことりのおやつ君や上司の方々との駿煌会特別会合・・・そのあと、諷虹・コバルトブルー・虚空の3人でサイゼリアに行き、児言態雑誌2号の金城哲夫氏を交えた上原先生たちの座談会記録の冒頭部分を読んで盛り上がり、その後駐車場でも話し込んでお開きになったのは0時頃でした。
体調としてはお世辞にもいい状態ではなかったのですが、今後につながる貴重なやりとりをすることができました。

09:29 コバルト
 昨日のやりとりの大きなキーワードが起承転結スタイルと序破急スタイルでした。
要はアテを作ってキッチリ筋道立てて行くスタイルと、アテを作らず一瞬一瞬の場面でスタイルが映り変わっていくスタイルです。
そして駿煌会の話しの拠点は後者であって、ズレ(もつれ)が大きな流れを生み出すバタフライエフェクトになっているんですね。

だから驚きとインパクトが常に起きて転換がおきる、
回転(卍)が起きるんです。
だからもっと味わっていたいような心地よい風が吹くんですね。


10:31 ヒマワリ
 昨日はお疲れさまでした!
会合楽しかった?!
上司の人たちに名刺きちんと渡せなかったの後悔(たらりー)
社会人としてやっぱ持ち歩かなきゃダメだね?。
私、仕事内容的にもとても近しい存在だったのに(たらりー)


13:11 コバルト
 https://news.livedoor.com/lite/article_detail/16765713/
 筋道(起承転結)を立てて行くというスタイルって時には本質とズレた大きな間違いを生むおそれだってあるんですね。
この記事の事例だって覚せい剤=有罪でしょ?っていうのが固定概念が警察や検察官にあってそれに先走ってしまった一つの事例だと思います。
こういう被疑者とされた人に罪を償いなさいと、刑務所に送ってしまって、なにを反省させて償わせるのかが疑問ですね。

更生させるにしても、そもそも更生とは更に生きると(さらにいきる)と読むんですから、問題行動を排除させるというのとは別問題なんですよね。
矯正は更生に結びつかないんです。
警察や検察官の姿勢って自分達の思い絵描いたストーリーにそって裁判にかけ有罪にさせるのが仕事なので、どうしても脅しやプレッシャーをかけての誘導尋問というのは体質的にやってしまうんですね。


14:16 虚空
 司法試験組・・・検察官・裁判官・弁護士・・・は論理の勉強を相当やると聞いたことがありますが、それが裏目にでているということはあるかもしれないですね。
本来なら、数学の証明でいう「背理法」の精神で、「この人間が犯人」と仮定して論理的にきちっと話を進めていった結果、事実と反する結果(十分に犯人と断定できないという結果も含めて)に到達できなかった場合には、出発点である最初の仮定が間違っているということが結論、として「無罪」とするんでしょうけど、「決めつけ」という意識が強いと、そもそも現実を自分の都合のいいようにしか受け止められなくなる。

問題は、そういった思い込みが強いと、嘘とか誤魔化しという意識とは全く別に、本当にそれが事実だとしか認識できず、しかもそこには本当に「リアルな体感」が伴ってしまう事。

人間ならば誰しも・・・特にバーチャルリアリティーに慣れっこになっている現代人は尚更・・・です。
そういう人間の認識を18号の世界定めの原稿では前半に書いたつもりです。http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/46609/20181218114109393822/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_18_45.pdf
それを起してはいけないお仕事の人たちだから、そういうイメージ・感情とは切り離す訓練をしっかりとしているハズなんですが・・・「成果主義」なんていうのがはびこっていると、それが吹き飛んでしまっているのかもしれません。

15:06 コバルト
忍者でもいうと感情を切り離した「者」になる感覚は必要なんですよね。
人間らしすぎると、どうしても人間のズルい感情‥もっと言うと欲望を絡めてしまうから物事を歪ませてしまうんですね。
またそれが場合によっては感情や欲望が良い方向に向かう時もあると思うんですが、基本感情って独り善がりになってしまうことが殆どなので、結果的に色んな人を苦しませてしまうことも多いんだと思います。

15:18 虚空
以前NHK特集でもやっていたけど、アメリカ軍などに入隊したら感情をオフにする訓練を徹底的にやるんだと。
最初が上官の命令に対しては、どんなに常識はずれのものであっても、間髪いれずに「YES」といって反応・実行させる。
次が人を撃つことに対してためらわない心にする。
これはアメリカ軍に限ったことではないでしょうけどね。

最近放送された「魔法少女特殊戦あすか」なんていうアニメは、むごたらしい描写で録画したもののスルーしたシーン満載ですが、人間らしい感覚を遮断しないとやっていけない世界を冷酷に描いていた・・・
主人公の魔法少女は普段は全く「冷徹になれないタイプ」のキャラであるというところがポイントのアニメでした
15:41 コバルト
 https://youtu.be/NWF2JBb1bvM

15:48 虚空
どういう状況の映画なのか分からないけど・・・軍人であっても「人間性はあってほしい」という願いがこもっているような感じでしたね。
(でもこのあと再び敵味方と別れて戦う運命なのかな?????)
古いですが、モノクロ版の「ビルマの竪琴」なんかも思い起こしました。

15:50 コバルト
実際にあったクリスマス休戦ですが、ポイントはこれで戦争が終わった訳ではなく、この後また殺し合いが行われるというところですね。
汚泥から咲いた綺麗な蓮を連想させてくれます。
地獄から咲いたきれいな華って感じですね。

15:53 虚空
 やっぱり戦闘は再開されるんですね。仲良くふれあったあとの殺し合い・・・罪の意識はより強くなるんでしょうね・・・

16:11 コバルト
 どうだかわからないですが、ただ感じるのは心を交わした相手と本気で殺しあえるなら本望の内だってあるということですね。
愛をもって殺しあえるなんて、最悪ですが最高の瞬間でもあるのだと思います。
それが北斗の拳のラオウとケンシロウの最後の死闘でもあるし、また「泣いて馬謖を斬る」にもなるんだ思います。
無差別殺人みたいに心をかよわせてもいない人間に勝手に命を奪われるなんていうものとは訳が違うんです。
エヴァのカオル君みたいに最愛の人(碇シンジ)に命を奪われる事を選ぶ感情と同じです。

16:19 虚空
上原先生の師匠である折口先生の言葉を思い起こさせますね
『従来親愛と尊敬の極致を現してきた殺戮を、冒涜、残虐と考へだしたのは抑既に神人交感の疎隔しはじめたからのことである』
17:51 コバルト
このど真ん中を行くアニメ(バジリスク)の言葉が「愛する者よ、死に候え」ですね。
概要
愛し合いながらも、立場の違い、生まれの違いetc.で殺し愛いをしないといけない作品等につけられる。
2019.07.14 日曜日
05:47 虚空
 江戸時代の近松門左衛門などによる「心中もの」(人形浄瑠璃・歌舞伎)あたりのことを本気で調べてみる必要もありかもです。

許されぬ恋におちた男女が道行をし、むごらたらしい心中をする。曽根崎心中でも男が愛する女性を結構むごい殺し方をし、(もちろん女性が望んだ上で)それから自分も・・・
その苦しみが大変だったが故に、あちらの世界に旅立ってからは「恋の手本になりにけり」

そんな世界観をもっていたのが日本人。
(もっともひとつ間違えるとストーカー殺人に身勝手な正当性をあたえてしまうような危険な思想ではあるのですが)


09:05 コバルト
「君の名は」での忘れてしまう前に、マッキーペンで名前を思い出せるようにしましたが、結局は名前を憶えるよりは「大好き」という感情そのものを遺したという事にも繋がりそうですかね?


09:06 虚空
 そこで「感情」ということがリンクしていたからこそ、完全に忘れていたかのようでクライマックスでの「甦り」になったのかな???

「感情」を「エネルギー」として考えると、再起動するエネルギー源になった???

09:16 コバルト
https://youtu.be/GIXr3soHhUo
この動画は君の名は。と同じ用なパターンですね。
記憶は消えても想いは消えないというのを描いています。