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☆「出会い・別れ」「本当に分かるということ」①・・・ダンデリオンツイッターより

まずは駿煌会ラインに載せた紹介文です。
2019.03.29 金曜日
18:11 虚空
ダンデリオンツイッターの記事、2連発です。
まずは22日のものから
虚空補足⇒ちなみに、この文中の恩師とは上原輝男先生のことです。
私にとっても、この4月は悲しみの深い年でした。
そしてそれは平成8年のこと。・・・本当はこの年の春休みに体調があまりにも悪化していて、校長先生に退職を相談していました。
「じいちゃんに心配かけるだろ」と言われ一度は思いとどまったのですが、8月1日にじいちゃんも他界したので8月いったいで退職したわけです。
そういう意味では平成8年というのは大きな別離が3つ続いた年でした。(3月での平成7年度のクラスとの別れも大きかったので、正確にいえば4つ続いたといえます)



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―『別れ』は最高の『出会い』―
「『ダンデリオン』て『エヴァンゲリオン』のパクリだろ」と陰口叩かれていたようですが、実は『ダンデリオン』は40年ほど前、私が中高生のころ遊びで書いていた冒険物語の題名です(実物も教室内にあります。『エヴァ』の原作マンガが1994年開始ですから25年前)。
主人公がタイムスリップで様々な時代の波に翻弄(ほんろう)されながらも、その時その時の精一杯の花を咲かせていく、そんな筋でした。「旅する花」→「蒲公英(たんぽぽ)」→「dandelion(ダンデライオン)」→「ダンデリオン」という流れで付けた題名。
未完のままですが、いつか何かで使いたいなあと思っていたのでした。
たんぽぽの花言葉には「愛の神託」「誠実」「幸福」そして「別れ」があります。
「別れ」は、実は尊(とうと)いことでもあります。
これを「悲しいこと」として普段は忘れて過ごそうとしますが、今目の前にいる人、大好きな人、あるいは嫌な人、みんなといずれは「別れ」ますし、最終的には「死別」します。それを意識して、相手とできるだけ深く「出会う」ことを思い続けるのも「あり」ではないでしょうか。
四月は私にとって生涯の恩師と死別した月でもあります。ちょうど桜も散り終えるころの朝報(しら)せを受けて、自分の人生が終わったような衝撃を受けました。ですがこのことが、またその恩師との新たな出会いの始まりでもありました。
遺稿(いこう)論文集を出版するのに10年かかりましたが、解説を執筆するために深読みしたり、資料写真を撮るために全国を駆け回ったりして、先生の学的生涯を追体験する中で、ますます師の到達した高み深み、そしてその境地を誰にも知られなかった孤独とを知るようになりました。
そうした形で改めて、恩師と出会えましたし、また新たな縁も生じて様々な方々との出会いも一挙に増えた時期でもありました。
「別れ」は、そのつらさや悲しさを、我が存在すべてを賭(と)すようにして味わえば、この上なく深い、霊的な出会いにも昇華(しょうか)します。
こんな思いから、「ダンデリオン」を塾名にしました。
実は、つい最近まで照れくさくて自分ではこの塾名をなかなか口にできなかったのですが、今しだいに言えるようになってきました。
慣れもあるかと思いますが、FlyingSeeds(フライングシーズ飛び立つ種たち)を2度送り出し、ようやくかれらから「出会い」を承認された、そう錯覚できてきたので…



18:15 虚空
こちらは26日の記事です。今回は記事通りに
漢文の紹介 ⇒ 意味内容 ⇒ お話 の順にしました。
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(老子道徳経 下編徳経71)
知りて知らずとするは上なり。知らずして知るとするは病(へい)なり。夫(そ)れ唯(た)だ病(へい)を病(へい)とす、是(ここ)を以て病(へい)あらず。聖人は病(びょう)あらず、其の病(びょう)を病(びょう)とするを以て、是を以て病(びょう)あらず。
【大体の意味内容】
物ごとについてよく知ることができたとしても、「まだまだなにも知ってはいない」と自覚することが最上である。十分知ってもいないのに、知っていると考えることが、気の病(やまい)であり、本人よりも周りが迷惑するものだ。
そもそもそうした半知半解の病(やまい)は誰にでもあるものだから、自分の気の病(やまい)を素直に病(やまい)として認め、慎(つつし)むならば、他人にまで害を及ぼすような深刻な病(やまい)ではなくなる。更に進めていうなら、聖人にはいわゆる病気もない。
身体に病気があっても、それを自分の生命活動における一つの燃焼の仕方として受け入れるから、生きざまに支障あるような病気ではなくなるのだ。

【お話】
よく似た発言がいくつかあります。
老子とほぼ同時代とされる孔子(こうし)の言動を記録した『論語』には「之(これ)を知るをば之を知ると為(な)し、知らざるをば知らずと為す。是(こ)れ知るなり」(為政第二、十七)とあります。似ていますが、根本が違います。孔子は「きちんと知っていることと、まだ知らないことを区別せよ」なのですが、老子は「いかなる場合でも、まだ知っていないと自覚せよ」ですから、「知った」という思い込みを全否定しているわけです。
老子孔子から百年ほど後、古代ギリシャの哲学者ソクラテスは「無知の知」を唱えます。これは老子に近いでしょう。
ソクラテスは「アポロンの託宣(たくせん)」によって「もっとも知恵のある者」とされましたが、ソクラテス自身はこれを、「自分は何も知らない」ということを自覚しており、その自覚のために他の無自覚な人々に比(くら)べて優(すぐ)れているらしい、と受けとめたようです。
それからまた長い時を経(へ)て、ある科学者(ニュートンだったかと思いますがうろ覚え)のつぶやきも印象深く想起(そうき)されます。
自分は砂浜で戯(たわむ)れているようなもので、研究を重ねて何か発見すればするほど、その向こうに未知の大海がますます大きく広がっていくのも見えてしまう。おおむねこのような趣旨(しゅし)だったかと思います。
これなどは自分の経験を通じて、はからずも老子の考え方をわかりやすく翻訳(ほんやく)してくれているような気がします。いずれにしても、相当の知的修錬(しゅうれん)・研鑚(けんさん)を積んでいる人ほど、「未知の大海」がよく見えてくるわけです。
マスコミに登場する知識人、コメンテーターたちが、懸命に自分の知識の量をひけらかそうとしているのとは全く対照的です。
「無知の知」を、単なる言葉の知識としてでなく、自分の全人生が一粒の砂に過ぎずその存在が未知の大海の波に洗われようとしているどうしようもない実感に慄(おのの)いていることが、「超一流」の証(あかし)でもあるのでしょう。
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