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☆「天使」と「血」のイメージ② + 「靴」「足」・・・ラインやりとりから

30日の諷虹宅のやりとりはまだ続くのですが、先にその後のラインでのやりとりを紹介します。
「天使と血」の問題、「八墓村」の話題が飛び交う中、のんのんびよりのOPのことから「靴」や「足」にまつわる話題などが錯綜します。
「靴」の問題は「いじめ」についての話にもつながっていくのですが、それは次の記事でとりあげます。


2019.03.30 土曜日
22:28 コバルト
ここ最近、天使ワードが重なってきている気がします。
エヴァンゲリオン(天使)、八つ墓村、そしてあの殺戮も天使の所業とも言えるのかな?
少なくとも悪魔は人の心に棲みつくものだから、無闇に殺したりはしないだろうし。

22:30虚空
八墓村について、もう少し詳しく見解を聞きたいな・・・松竹版で主人公を演じた萩原健一も亡くなったことだし・・・


23:13 コバルト
http://www.kasi-time.com/item-4110.html

23:15 虚空
CMで起用されたというやつですね。
諷虹君からさっき説明されたんだけど・・・「殺戮の天使」っていうゲームとかもあるんだってね。
この両者の関係について現在あれこれと語り合っています。


2019.03.31 日曜日
00:23 コバルト
混沌は色んな物が入り混じっている状態ですから、余計な物をそぎ落としていって行って純度を高めていけば、クリアな領域に辿り着けるということなのかな。
製鉄技術(たたら)のような感じ?

00:27虚空
最初から純粋なものを狙っては本物にはたどりつけないかな。
製鉄の砂鉄集めも砂鉄だけを集めようと思ったらダメだしね。
金山でも宝石でも何でもそうだけど、金や宝石だけを掘り起こすというのは不可能。
夕方の中学生に「無駄なことに本気になれるのが人間」っていう話をしたんだけどね。
栄養素だけをとれば生きられるというなら栄養点滴とか昔の宇宙食でいいことになってしまう

00:44 コバルト
そうですね。
ただ始めから核心部分だけを求めてしまうと抽出技術は身につきませんから、それはサプリメントだけの栄養補給と同じになってしまうわけですからね。
クリアな領域にするって、うまく言えないですが、物事を数式化して図式化にして構造を捉えるような感じですかね。
数式化、図式化がなくても、実感(経験)で構造を捉えることも可能だと思います。

07:52虚空
構造をつかまえるということが、実際には無意識に「数学的なセンス」を働かせているんだと思っています。抽象化によってこその類化性能を「実感を伴って行う」というのが日本人は得意ですからね。家紋とかもそうですが・・・


☆ここから「靴」「足」に関わることが混じってきます。
07:55 虚空
ゆうべたまたま諷虹君宅から帰宅するときに、エンジンをかけた瞬間カーステレオから流れてきたのが、のんのんびよりのOP 「なないろびより」でした。
先日来「名前」ということから「空海」の話などもやりとりの中で出てきていたので、これまで何度も聴いていた歌ではありましたが、初めて聴いたかのようにハッとしました。そのまま聴いていたらこの数か月のやりとりを暗示するような言葉の連発で・・・・
歌詞
https://animesongz.com/lyric/1776/6229

08:11 コバルト
オノマトペ、(コーヒーコーヒー)も正にそうですよね。
象徴なんですよね。
天皇も象徴の位置づけになっているわけですけど、象徴とは一体なにを示しているかなんです。
それは感じられているわけだから理解が出来るものなんです。

凄い歌詞ですね。
片っぽだけの靴をなにかの象徴(暗示)と捉えて行くのもハッとしました。

08:18 虚空
あの歌詞の中には現実的に考えると不思議な描写が満載・・・それらが統合されてあの世界観になっているわけですが・・・
「蛍」がらみのこともあるし・・・・


09:18 ソルティ
1,八つ墓村 ⇒ 実際に起きた事件をモチーフにしたものでしたっけ?岡山県の? 怖いからみたことないけど。 ずっと以前 占で習ったな。

2、染まる 染まらない。は占いでもいう。 純星と濁星というのがあって、純星 特に 牽牛星(純)は染まるとまさにそれ!という感じになる。

3、色々なコメントを読んでいると、”正義”ということを 重んじている感じがするのだけれど、なんとなく思うに。。。神々の世界って そういうものも超越している感じがするな。
4、片っぽだけの靴。。。困るな~。よく子供がお友達の靴の片方をとりあげて や~い!みたいにやるでしょ?あれって どうなの? 歩けなくするってこと? 

Q,そういう場合、みなさんは、取った子供に何ていいます?もしくは 取られた子供に 何と言います? みんなに聞いてみたいな~。


09:38 ソルティ <近況>
1、TSUTAYAで なのはを探した。あるわけないんだ(古いものですよね)と気づいた。
2、サマーウォーズを借りてみた。快感。
3、そういえば、プーさんの大人になったクリストファーロビンが森に戻る映画もみた。できることなら ず~~~~っとあの森に棲んでみたいものだ。
4、色々な方々(メンバー)の人生を支えてきた 映画であったりアニメであったりするのだから、そのほんの一部を垣間見ることでさえ 時間がかかるものなのだな~と思う。

11:51 コバルト
歌詞の中の片っぽだけになってしまった靴の意識ですが、自分的に裸足になって夢中で遊んでいるうちに気づいたら片方の靴をなくしてしまっていた、というイメージをもちました。

11:57 虚空
自分はいじめられていた当時、やっぱりよく靴は隠されていましたね。
個人的なことはさておいて、いじめの手段として靴を隠すというのは昔からの定番ですが、何故靴に意識が集中するのか?
西洋文化では玄関でくつを履き替えない・・・日本人は何故履き替えるのか
諷虹君と何度か話題にしたものでは、飛び降り自殺などで靴を揃えてというイメージが何故「そうだろうな」と思えてしまうのか・・・
靴にまつわる心象っていうのは興味深いところです。
トトロでメイの靴!という場面もありましたが、靴と人間は運命共同体というのはあるんでしょうね。
新しい靴を買う、ということに伴う心象もね。
ちっちゃい時の靴をとっておいてもらった、という心象も


13:24 諷虹
靴は靴下の上に履く等、直接肌身に身に着けるものではありませんがなぜか靴下なんかよりも足と密接にリンクしている気がします。
道端に靴下が落ちていてもそんなに気に留まりませんが、靴があると「えっ?」ってなるのは不思議だと思います。
此花亭奇譚(下巻)の花火の帰り道を裸足で歩くシーンや、天和通りの快男児で赤木の葬儀編での原田が靴下で中庭に出るシーンを思い出しました

13:28 虚空
やっぱり靴は世界転換の引き金ですね。
あのOPの中での靴はどういう世界定めと関係あるのかな?????

13:47 諷虹
https://www.nicovideo.jp/watch/sm26982437
 改めてみると、opラストの監督名が出るところでれんちょんの足元(靴)のドアップっていうのが
監督の名前が「川面」なのに対して、「地面」に着地した瞬間にテロップを出すっていうのは面白いと思います
 あと、サビに入る直前の花のカットから川に飛び込むシーンっていうのもここ数日の話題との関連性がありそうですね


14:21 コバルト
http://nihonjintoseisho.com/blog001/2017/10/23/japanese-and-jews-68/

聖なる領域に土足では入れないという意識があるのかもしれないです。

18:13 虚空
OPの冒頭、缶蹴りのアップというのもね・・・子どもの元気の象徴としてかな?・・・稚児のパワーの暗示?
本当に日本の習慣がイスラエルかた伝わったかどうかはわかりませんが、人類共通の無意識ということを考えると、伝わってきたのではなくても共通のものを持っているというのはありえるでしょうね。呼び方は違うにしても「神」「宗教」というような発想を持つとか・・・。
このはな綺譚でも足を洗うおもてなしがあった。
それから火曜日までの限定公開として紹介した「私に天使が舞い降りた」のミュージカルシーンの中にも足湯の場面。
単に冷えた体を温める、汚れた足を洗ってあげる・・・という以上の関係のあかしかもね。
逆に言えば「靴を隠す」という行為の奥底にあるのは、この世界に入ってくるなと絶縁状。
だからこそ精神的なダメージは深刻。


18:43 コバルト
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E9%8F%A1%E5%B1%B1%E7%89%A9
尾上は岩藤に草履でもって殴られるという恥辱を受け、それにより尾上は自害する。草履で叩かれた女性が自害する。
という場面も「履き物」に関しての意識がどういうものなのか考えてさせられます。

18:53 虚空
史実とは違う方向に偏向していく・・・この偏りが興味深いところですね。
そしてまた大衆もそのイメージ世界を受け止め、やがて芝居であっても、現実であったかのように入れ替えてしまう。
それだけ草履で殴られるのは屈辱であろうと了解しあえる土壌が心の中にあるということ。
草履がなくなっている今でも、屈辱的な象徴シーンでよくあるのは「土足で踏みつける」ですよね。
本人を踏みつける、あるいは大事にしていたものを土足で踏みつけて壊す・・・・
土足が汚いからという以上の何か・・・・
また逆に土足というかボロボロになった草鞋や靴が苦労を積み重ねた象徴としてとらえられることもありますね。
比叡山の千日回峰行での行者さんははきつぶした草鞋を全部とっておいているというしね。
(ちなみに私はボロボロになって底に穴があくまで靴は履き続けることが多いです。そして履けなくなった靴は・・・うちの縁側の下に放り込まれています)

19:04 虚空
天使と血のイメージに戻るけど、市川崑監督が撮った八墓村の32人殺しの冒頭は民家で行われていた結婚式の最中に殺人鬼がやってきて、白無垢の花嫁が血まみれになる描写があります。天使ではないですが「無垢な存在」であるイメージは共通。
そんな心象も共通して持っている何かなのでしょう。
*ちなみに以前話したと思いますが、「日の丸の旗」なんかもね・・・・学生時代に私は受講していなかった日本史の講義で大学教授が「あれは初夜の血からきているんだ」と解説していたということなのですが・・・あまり一般的には認められていない説のようです。
でもネットで調べたら、それも含めていろいろな説を紹介しているサイトがありました。
http://minatoya-aoki.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-2642.html
こういうのって、どの説が正しいかというのはあまり問題ではないと思っています。体感というか・・理屈も何もない何かそうさせる感情がわきあがってきてしまう、というのが先。理由付けはあとから、ということが多いからです。
やっぱり最後は「実感実証」という姿勢が大事かな・・・。「主観はダメ」と叱られそうですがね。

でも人間って本当の意味で客観などにはなれない
19:52 コバルト
それをもっと言うと「俯瞰的主観」って言うんですかね。
完全な主観になってしまうと、関係性を結びつける事がどうしても困難になってしまいますから。


19:54 虚空
面白いね・・・こういう造語感覚。
何年かたって駿煌会発信の用語が定着して、Wikiのような検索をすると載るようになっていたりして・・・
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