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☆「感情やイメージ」のオン・オフ能力  現代社会の歪み改善のカギ?

7月11日以降のラインから・・・やりとりの内容は多岐に渡っていますが、背景にあるのは「ことば」に伴う自分の感情やイメージを「くっつける・切り離す」というコントロール能力を身につけていく必要性に関してです。


上原先生は中学年の時期の「論理思考」や「言語操作性」(ボケとツッコミ等々)の授業等々の必要性を繰り返し強調していました。

そうしたことが高学年や中学生・高校生以降にどのように人間としての成長につながっていくのかが教育全体を考える上での大切な視点の一つだと考えています。


さらに上原先生がいつも強調されていたのが「現実世界は幻のようなもの」という古来からの日本人の世界観。

成果主義や競争原理などのような現代の主流の考え方の背景には「目に見える世界が価値の絶対基準」という世界観があります。それがよけいに「目先のことだけにとらわれた感情を切り離せない」状態を作り上げています。

もしかすると、京アニ放火のような、昨今様々な形で相次いでいる「身勝手な言い分による」凶悪な事件や、人間関係の歪み等々も、そうしたコントロール能力が未発達であることに大きな要因があるかもしれません。
自分の思い描いている世界・・・これから犯行に及ぼうとしている行為も含めて・・・が、自分の激しい思い込みと分離できないために、他者の立場とか人間らしい感情・分別・理性等々が流れ込んでくる余地が生まれないのではないかということです。


22:59 虚空
 昨日からあるメールをきっかけに、非常に注目する児言態雑誌の記事があります。
ウルトラマンの生みの親と言われている上原先生の愛弟子、金城哲夫さんも交えての対談記録です。
このアドレスにアクセスすると、その記事が出てきます。
広島大学リポジトリ http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/45035/20180306135326102493/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_2_35.pdf


2019.07.12 金曜日
(精神を病むということに対してのやりとり 抜粋)


10:56 虚空
 本当に脳などの働きが器質的な要因で誤作動をしてしまうようになっているのなら、投薬も大事なことだと思いますが、幼い頃からの蓄積や、時代の流れによる価値観の変容での適合・不適合で、自分の意識がつかみきれなくなっての・・・世間の見方としての「病的な状態」というのをきちんと区別する必要があると思うんだよね。

ましてや、病名をつけることで「変わり様はないんだ」と決めつけてしまうという風潮すら、今の教育界にはあります。

これは何も精神病に限らず「苦手なものはやったって無駄。」「しょせん才能がものをいう」「理系・文系」・・・・等々と、効率優先の社会の中で仕分けされる現代のシステムもみな同じ問題ですよね。

でも、あのクラスもそうでしたが、大人や社会の都合で勝手に壁を作ってしまうのがいかに愚かなことなのかというのを、教え子たちが教えてくれました。才能云々とかこの子はこうだから等々の決めつけを頭から信じないで働きかけてみたら確かな変容が起きたという事実。

仮に世間的に認められるような進歩が起きなくても、本人の中ではそのささやかな変化がとてもおおきな「バタフライエフェクト」になる、っていうことも。

「隠れた才能があった」なんていう言い方もありますが、これだってあの「DNAスイッチ」の話のように、意識(構え)が変容することでスイッチのオン・オフが切り替わって、まさに別人のようになっていくというのも感じますからね。

人間同士の直接の音声言語によるやりとりだって、こうしたスイッチのオン・オフにものすごい力を持っている・・・それを古来から「言霊」と称していたんだろうし。

そんなことを打ちながら、この前まで放送していた「ぼくたちは勉強ができない」というアニメで、数学に特化している女の子がスマホの音声に関して、このやりとりは単なる電気信号というような言い方をしていたのを思い出しました。

 ナマの対話がかつてと比べて圧倒的にたりなくなっている・・・いつでもスマホなどで友達とつながっていると本人たちは思っていても・・・その弊害には現代人は気が付けないでしょうね、なかなか。物心ついた時にそれがあたり前の生活を送っているから。

昔ながらの空気を多分にのこした地域で成長してきたみなさんは、そういう意味では現代っ子といっても、かなり例外だと思います。


ちなみに先のアニメですが・・・
主人公の男の子がお風呂で勉強中に、スマホ検索するつもりで女の子のところに電話をしてしまうシーン。
その女の子もお風呂で勉強していて・・・
『い、いや!す、すまん…!実は俺も風呂で勉強してたんだけど、スマホいじったら間違えて電話掛かっちまって!迷惑だよな…?もう切るから!』

理珠《いえ、迷惑ということは…》

『いや、まずいだろ!どう考えても状況的に、これは…』

理珠《状況?》

理珠「お互いに裸ということですか?」

成幸《言ったぁぁぁ!》『なんで言っちゃうんだよ!余計意識しちまうじゃねーか!てか…なんでお前平気なの!?』

「平気も何も、別に姿が見えているわけではありませんし
そもそも電話の声というものは本人の声に限りなく近付けたただの合成音声で…」(あれ?でも…こうして目を閉じると――)」

しかしそんな理珠にも突然恥ずかしさがこみあげてくる

http://anicobin.ldblog.jp/archives/55454912.html  動画ではないです)

これって、理屈で感情と音声が分離していたのが、電話ではありながら音声のやりとりで感情とくっついてしまったという面白い場面だと思います。
13:14 ソルティ
(関わっている施設に)自閉症の子供がいて、ウルトラマンのフィギュアが 大好きでいつもそのフィギュアで遊んでいるんですよ。それを見るたびに、上原先生の言っていた、「電車の中の ウルトラマンのフィギュアを持っている子(&母)のお話し、金城さんは早くに亡くなったけれど、そのフィギュアの中に生き続けている。」 みたいな話を思い出すんですよ。

その自閉症の子供の中にも 金城さん(& 上原先生)は生き続けているわけでね、こういう形で受け継がれていくって素敵なことだなと思うようになった。


13:21 虚空
そりゃもう自分にとってもそうです。新しいウルトラシリーズは形式的になってしまっていますが、少なくとも初代ウルトラマンやウルトラセブンは自分の中で別格の存在。
リアルタイムでみていたのは幼稚園の頃なんですけどね。
でも、再放送ではなくて、最初の放送時からいろんなシーンが記憶にやきついています。

学生になってから上原先生の話で、初めてウルトラマンのベースには折口先生の「まれびと」の発想があるとか・・・あるいは金城哲夫さんの生涯について知って・・・そういったことが幼い子供にこそ、共鳴し続けるんだなと・・・。

ウルトラセブンの中で、マニアの中で伝説的な名作の一つとされている「ノンマルトの使者」が沖縄問題をベースにした金城哲夫さん入魂のシナリオだと知った時にも相当驚きました。
あの作品は自分の「分校問題」なんかとも非常に強くからんでいて・・・上原先生が分校にいらっしゃる前に子ども達にも観せました。

ウルトラマンの生みの親である金城哲夫さんを生みだした立場といことで、分校の子ども達は上原先生を「ウルトラのおじいちゃん」と呼んでいました、当時(笑)


13:42 ソルティ
 話はちょっと変わるんだけど、昨日だったか?「あなたの家について行っていいですか?」という番組で、カメラは座間に住んでいる陶芸家のおじいさんちについていきました。おじいさんは、竹やぶの中に入っていきました。このふる~~~いおうちも全部手作りです。登り窯も ぜ~~んぶ自分で作り上げました。おうちに入っていくと、藪の中の一角に不思議な形の便器があって、それがね、なななんと 魯山人が作った便器なんだそうで。。。1000万以上するんじゃあないかな?こともなげにおじいさんは言ってました。

このおじいさん、陶芸が趣味のそのへんのおじさんだと思ってましたが、魯山人の孫弟子なんだそうで、ろくろも魯山人の使っていた足でまわすやつを今も使っているみたいなんですよ。若い時には十朱幸代さんとTVの宣伝にも出演していて、それがなかなかかっこいい。人はみかけに寄らないものだ。と。

おじいさん、お金とか全く興味がなくて、ただただ 自分が納得いく作品を死んだ後に残したい みたいなこと言ってました。今日より明日、明日よりあさって 毎日変化していく器、人の手になじんでまろやかなお茶がいただけるような。。。そんな器つくりをしたいのだ。。。みたいなこと言ってました。

自分が死んだあと何が残るのか?何を残したいのか?そんなことを思いました。

13:47 虚空
 ちなみにその便器は便器として使用されているのですか?それとも魯山人先生の作品として鎮座されていたのですか?
それとは別に、いろんな番組で陶芸でも漆塗りでも非常な高価なものであっても、作りてとしては「長年使い続けてこそ本当の味わいが出てくるのでちゃんと使って欲しい」という発言をされる方は結構いらっしゃいますよね。

上原先生の言葉等々を残す、という点で、私やダンデリオンさんは、今風のことなどにもどんどん結びつけていこうというスタンスですが、それもこうした事とつながるかもしれません。

上原先生が講義の中で「伝承と保存(保管)は違う」と言っていたことも思い出されます。

13:53 ソルティ
 いや~ どうだろう。昔のね 外にお手洗い(むきだし)ってあったじゃないですか~。そんな感じで、木でできた、三方のかこいだけがあって、扉はついていないんですよ。ほぼむき出し藪の中。花器みたいな形でね、そこに用をたしたら、どんどんたまっていくんじゃあなかろうか?と思えるような。。。 かぎだってかかっていないわけだから、ぬすっとに持って行かれるんじゃあなかろうか?って思いましたよ。


14:02 虚空
 まあ、まさかそんなやぶの中の家とも思えないような場所に、そんな高価なものがあるとは思わないでしょうから(テレビ放送後は分かりませんが)

とにかく後世の人たちがどんな風に受け止めるかは別として、何らかの形にしておかなければならないことは確かかな???
いろんな番組の文字起こしをしているのも、それが駿煌会でのやりとりや、上原先生の考えを深める上で不可欠と思うからせっせとやっているというのもあるし・・・

アニメもね・・・俗っぽいものであるほど、上原先生の心意伝承とたちかにつながると思えた時のインパクトが大。
(ジブリの宮崎アニメや、新海誠監督の映画はもちろん超一級品ですし、それも心意伝承とはつながるのですが、もっと庶民っぽいというか大衆的というか・・・そういうものもね)

今は載っているかどうか分かりませんが、6年生の教材に「桃花片」っていう陶芸家が主人公の物語があって・・・上原先生に助言を頂いたことがあります。
それも高価な陶芸に価値があるのか、ありふれた日用品にこそ価値があるのか、というお話でした。

14:10 ソルティ
 へ~ッ そうなんですね。で、上原先生はどっち派だったの?
私は日常に使うものだけ残してあとは全部捨てたいかも?これが自分の分身だ。と思えるような器、数点だけ残しそれだけで食べたり飲んだりしてみたいかもな。ただ今 断捨離中。


14:17 虚空
 その時にははっきりとは言いませんでしたが、石巻での「おうち授業」で私の茶碗の思い出エピソードを採用されたことなどから考えると、使う事に意味のある派・・・ある意味で自分や他人の分身・・・ということに最も大きな価値があるという立場だったと思います。

お金とかの現実的な価値にはいつも否定的でしたよね・・・「こんな現実だと思っている世界なんて、原爆一発でガラッと変わってしまうんだから」とおっしゃっていましたが、それは本当に先生の被爆された時の実感なのでしょうね・・・

原爆ほどではないですが、自分にとってあの東日本大震災はそういう位置づけですね。


14:31 ソルティ
 確かに 大きな想定外の出来事に出会うと、価値観は大きく変化すると思う。五徳の 福(幸せ感)・寿(寿命)・禄(財)・官(名誉)・印(生きる知恵)のどれを第一と考えるか?みたいなことも人生の課程において どんどん変化していくしね。占(私の習っている)では、最終的には 福にたどりつくという考え方をしていますけど。

幸せだな~(だったな~)~と思える人生を歩きたいものだと思う。

14:38 虚空
 それも最終的には「どんなイメージの風呂敷でそれらの思い出を包んで、イメージタンクの中にしまいこむのか」ということなのでしょうね。

(という助言を先生に頂いたのは4年「たかのすとり」の研究授業に向けての時でした。「イメージのオブラートにつつむ包み方」・・・それが子どもらしいたくましさの原動力にもなるんだと。)
2019.07.13 土曜日
00:33 虚空
 5時半からのことりのおやつ君や上司の方々との駿煌会特別会合・・・そのあと、諷虹・コバルトブルー・虚空の3人でサイゼリアに行き、児言態雑誌2号の金城哲夫氏を交えた上原先生たちの座談会記録の冒頭部分を読んで盛り上がり、その後駐車場でも話し込んでお開きになったのは0時頃でした。
体調としてはお世辞にもいい状態ではなかったのですが、今後につながる貴重なやりとりをすることができました。

09:29 コバルト
 昨日のやりとりの大きなキーワードが起承転結スタイルと序破急スタイルでした。
要はアテを作ってキッチリ筋道立てて行くスタイルと、アテを作らず一瞬一瞬の場面でスタイルが映り変わっていくスタイルです。
そして駿煌会の話しの拠点は後者であって、ズレ(もつれ)が大きな流れを生み出すバタフライエフェクトになっているんですね。

だから驚きとインパクトが常に起きて転換がおきる、
回転(卍)が起きるんです。
だからもっと味わっていたいような心地よい風が吹くんですね。


10:31 ヒマワリ
 昨日はお疲れさまでした!
会合楽しかった?!
上司の人たちに名刺きちんと渡せなかったの後悔(たらりー)
社会人としてやっぱ持ち歩かなきゃダメだね?。
私、仕事内容的にもとても近しい存在だったのに(たらりー)


13:11 コバルト
 https://news.livedoor.com/lite/article_detail/16765713/
 筋道(起承転結)を立てて行くというスタイルって時には本質とズレた大きな間違いを生むおそれだってあるんですね。
この記事の事例だって覚せい剤=有罪でしょ?っていうのが固定概念が警察や検察官にあってそれに先走ってしまった一つの事例だと思います。
こういう被疑者とされた人に罪を償いなさいと、刑務所に送ってしまって、なにを反省させて償わせるのかが疑問ですね。

更生させるにしても、そもそも更生とは更に生きると(さらにいきる)と読むんですから、問題行動を排除させるというのとは別問題なんですよね。
矯正は更生に結びつかないんです。
警察や検察官の姿勢って自分達の思い絵描いたストーリーにそって裁判にかけ有罪にさせるのが仕事なので、どうしても脅しやプレッシャーをかけての誘導尋問というのは体質的にやってしまうんですね。


14:16 虚空
 司法試験組・・・検察官・裁判官・弁護士・・・は論理の勉強を相当やると聞いたことがありますが、それが裏目にでているということはあるかもしれないですね。
本来なら、数学の証明でいう「背理法」の精神で、「この人間が犯人」と仮定して論理的にきちっと話を進めていった結果、事実と反する結果(十分に犯人と断定できないという結果も含めて)に到達できなかった場合には、出発点である最初の仮定が間違っているということが結論、として「無罪」とするんでしょうけど、「決めつけ」という意識が強いと、そもそも現実を自分の都合のいいようにしか受け止められなくなる。

問題は、そういった思い込みが強いと、嘘とか誤魔化しという意識とは全く別に、本当にそれが事実だとしか認識できず、しかもそこには本当に「リアルな体感」が伴ってしまう事。

人間ならば誰しも・・・特にバーチャルリアリティーに慣れっこになっている現代人は尚更・・・です。
そういう人間の認識を18号の世界定めの原稿では前半に書いたつもりです。http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/46609/20181218114109393822/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_18_45.pdf
それを起してはいけないお仕事の人たちだから、そういうイメージ・感情とは切り離す訓練をしっかりとしているハズなんですが・・・「成果主義」なんていうのがはびこっていると、それが吹き飛んでしまっているのかもしれません。

15:06 コバルト
忍者でもいうと感情を切り離した「者」になる感覚は必要なんですよね。
人間らしすぎると、どうしても人間のズルい感情‥もっと言うと欲望を絡めてしまうから物事を歪ませてしまうんですね。
またそれが場合によっては感情や欲望が良い方向に向かう時もあると思うんですが、基本感情って独り善がりになってしまうことが殆どなので、結果的に色んな人を苦しませてしまうことも多いんだと思います。

15:18 虚空
以前NHK特集でもやっていたけど、アメリカ軍などに入隊したら感情をオフにする訓練を徹底的にやるんだと。
最初が上官の命令に対しては、どんなに常識はずれのものであっても、間髪いれずに「YES」といって反応・実行させる。
次が人を撃つことに対してためらわない心にする。
これはアメリカ軍に限ったことではないでしょうけどね。

最近放送された「魔法少女特殊戦あすか」なんていうアニメは、むごたらしい描写で録画したもののスルーしたシーン満載ですが、人間らしい感覚を遮断しないとやっていけない世界を冷酷に描いていた・・・
主人公の魔法少女は普段は全く「冷徹になれないタイプ」のキャラであるというところがポイントのアニメでした
15:41 コバルト
 https://youtu.be/NWF2JBb1bvM

15:48 虚空
どういう状況の映画なのか分からないけど・・・軍人であっても「人間性はあってほしい」という願いがこもっているような感じでしたね。
(でもこのあと再び敵味方と別れて戦う運命なのかな?????)
古いですが、モノクロ版の「ビルマの竪琴」なんかも思い起こしました。

15:50 コバルト
実際にあったクリスマス休戦ですが、ポイントはこれで戦争が終わった訳ではなく、この後また殺し合いが行われるというところですね。
汚泥から咲いた綺麗な蓮を連想させてくれます。
地獄から咲いたきれいな華って感じですね。

15:53 虚空
 やっぱり戦闘は再開されるんですね。仲良くふれあったあとの殺し合い・・・罪の意識はより強くなるんでしょうね・・・

16:11 コバルト
 どうだかわからないですが、ただ感じるのは心を交わした相手と本気で殺しあえるなら本望の内だってあるということですね。
愛をもって殺しあえるなんて、最悪ですが最高の瞬間でもあるのだと思います。
それが北斗の拳のラオウとケンシロウの最後の死闘でもあるし、また「泣いて馬謖を斬る」にもなるんだ思います。
無差別殺人みたいに心をかよわせてもいない人間に勝手に命を奪われるなんていうものとは訳が違うんです。
エヴァのカオル君みたいに最愛の人(碇シンジ)に命を奪われる事を選ぶ感情と同じです。

16:19 虚空
上原先生の師匠である折口先生の言葉を思い起こさせますね
『従来親愛と尊敬の極致を現してきた殺戮を、冒涜、残虐と考へだしたのは抑既に神人交感の疎隔しはじめたからのことである』
17:51 コバルト
このど真ん中を行くアニメ(バジリスク)の言葉が「愛する者よ、死に候え」ですね。
概要
愛し合いながらも、立場の違い、生まれの違いetc.で殺し愛いをしないといけない作品等につけられる。
2019.07.14 日曜日
05:47 虚空
 江戸時代の近松門左衛門などによる「心中もの」(人形浄瑠璃・歌舞伎)あたりのことを本気で調べてみる必要もありかもです。

許されぬ恋におちた男女が道行をし、むごらたらしい心中をする。曽根崎心中でも男が愛する女性を結構むごい殺し方をし、(もちろん女性が望んだ上で)それから自分も・・・
その苦しみが大変だったが故に、あちらの世界に旅立ってからは「恋の手本になりにけり」

そんな世界観をもっていたのが日本人。
(もっともひとつ間違えるとストーカー殺人に身勝手な正当性をあたえてしまうような危険な思想ではあるのですが)


09:05 コバルト
「君の名は」での忘れてしまう前に、マッキーペンで名前を思い出せるようにしましたが、結局は名前を憶えるよりは「大好き」という感情そのものを遺したという事にも繋がりそうですかね?


09:06 虚空
 そこで「感情」ということがリンクしていたからこそ、完全に忘れていたかのようでクライマックスでの「甦り」になったのかな???

「感情」を「エネルギー」として考えると、再起動するエネルギー源になった???

09:16 コバルト
https://youtu.be/GIXr3soHhUo
この動画は君の名は。と同じ用なパターンですね。
記憶は消えても想いは消えないというのを描いています。
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