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☆「日々の迷いに向かい合って」②  ラインやりとり

「ゲゲゲの鬼太郎」などのことを通して人間の負の部分等々についてのやりとりが中心でした。

上原先生も折口先生も「心意伝承」がらみでは人間のそうした部分も含めて「ナマ」の意識や感情を正面から取り上げているというのが大きな特徴です。とかく学問の世界ではそういった人間の屈折した部分などは、敬遠されがちですから(きちんと取り扱っているのは犯罪心理学などくらいではないでしょうか)

人間を「まるごと全体」としてとらえなければそれは本当に人間をつかまえようとしていることにはならない・・・そんな当たり前のことが「科学」の名のもとにゆがめられてきたのが現代社会ではないでしょうか。教育でも医学でも・・・

「人間そのものの探求」に強い関心を抱かれていた上原先生。
「ボクは自分を教育学者だと言ったことはない」と言われていたこともあります。

人間全体を考える・・・その中に初等教育・・・言葉(国語)・・・を位置付けられていた・・・そうした位置関係をあいまいにしてしまうと、やはり教育についての考察が「木をみて森を見ず」ということになってしまうんだと思います。

そのためには人間の負の部分と片付けられがちな心・・・屈折したようにみえる部分にも果敢に向かい合っていく必要があります。

2019年4月9日
10:14 コバルト
勇敢さとは息(意気)も詰まる状況でさえもしっかりとした自意を持った行動をとれるか。
人間追い詰められれば、なんのあてにもならないものでも手をのばしてしまいます。
(それ)っぽければその場に限っては構わないと思ってしまうんです。
あるサイトからの引用
せっぱつまったときには、頼りにならないものでも頼りにすることのたとえ。溺?(おぼ)?れる者は藁をもつかむ。「藁にも縋る思い」
現代的にいうと切迫つまった時の闇金融って言ったところでしょうか。あと切迫つまった時の覚せい剤とか。
死中にこそ活があり!なんですよね。死中に主導権を握るのは、弱い方の自分か、強い方の自分か。
また逃げることが(死)に繋がることもあるんですよね。

10:20 虚空
判断の基準を目に見える価値にだけ置いてしまうと・・・と頭で分かっていてもそれをついつい無視してしまうのが人間の愚かなところでもありますよね。
だからこそ「偉大な馬鹿」とか「馬鹿には勝てぬ」ということも・・・。
あのもののけ姫のジコ坊は現代人の代表といえば代表ですよね。
ゲゲゲの鬼太郎でいえば「ねずみ男」が同じポジション。
彼らの言動に対して眉をひそめつつ、でも実は自分達だって五十歩百歩ではないかと宮崎駿や水木しげるの両人から問いかけられているようです。

10:23 コバルト
なるほど、面白い。

10:24 虚空
観るのが追い付けないでいた6期鬼太郎の49話「雪女」と50話「皿小僧」の話を今朝、続けて観たのですが、まさにこういうことを象徴しているような内容でした。
動画でなないですが、画面とセリフがあるのでだいたいの内容はつかめると思います。
両極端な内容なのも興味深いです。
☆第40話 感想 皿小僧
参考サイトhttp://anicobin.ldblog.jp/archives/54763720.html
☆第39話 感想 雪女
参考サイト http://anicobin.ldblog.jp/archives/54730354.html
 読むなら 39話 ⇒ 40話 の順がいいと思います

10:27 コバルト
そもそもゲゲゲの鬼太郎が始まっていたのも、令和への序章だったのかもしれないですね。

10:31虚空
この二つは今年1月になっての2連発でした。
このアニメが作られた時点では、まだ「令和」は発表されていませんが、「平成」の世の歪んでしまった側面を新しい時代になる前にきちんと問うておこうという製作側の意図は明確に感じます。
そういう意味ではまさに序章ですね。
6期鬼太郎のテーマの一つには「妖怪と人間の距離感」があるということなのですから余計に「令和」への序章・・・そう思います。

10:34 コバルト
(雪女の方)彼氏が切迫つまった時にねずみ男に相談を持ち込むのも、先ほど話した事にしっかり結びついてるし(笑)

10:38 虚空
 切羽つまった時にサタンは誰よりも理解者であるような顔をして近寄ってきて・・・もちあげるだけ持ち上げてから・・・ドンと突き落とす。
現世的はご利益があると人気のある神社などでは、本物の神様はもうどこかけ行ってしまって、からかい趣味の低級霊が居座っていて、どん底落差を楽しむという・・・まるでまどマギのQべえのようなのが居て・・・得意の絶頂から突き落とすことをして面白がっている。
そんな餌食になっている現代人を、両極端な側面から描いているのが、この二つ

11:11 コバルト
そうですね。
人の夢や希望は利用できてお金にもなりますから、ディズニーとか学校ビジネスなどは正にその典型で、たとえば声優学校を卒業できたら、みんな声優の仕事にありつけられるのか?なんですよ。
また芸能スクールとかで、元NHKアナウンサーの講師から御教授を受けたからって、みんな似た製品化してしまうだけで、人気がでるアナウンサーになれる訳でもない。
そもそも成りたいとおもったら、声優の花江夏樹(東京グールの主役)みたいにまず声優学校から、ではなく直接大元に自分の声を売りに行くぐらいじゃなきゃいけないんですね。
頼り方の構えというのが、現代では大きく間違っているのかもしれないです。

13:32 虚空
 根本的に本当に自分に力をつけて夢をかなえよう・・・ではなくて、何とかして安易に夢をかなえる手段だけを手に入れて、早く(無駄なく?)結果を出そう・・・それがやはり平成時代の「成果主義」「競争原理」が加速させた風潮。
もちろん昔からそういった構えの人間はそれなりにいましたが、かつては身の回りに何十年も努力して神業的な能力を獲得した、努力した、という人たちが沢山いましたからね。
だから安易に結果だけを求めるマニュアル的な発想が、単なる幻想だということに気が付けるチャンスが今よりはずっとあった。
本当に優れた師匠に弟子入りしたとしても、教えを乞う側の構え次第では、優れた教えも本当に魂の向上にはならない・・・むしろ堕落させてしまうことになる・・・・
今度の木曜日は上原先生の命日なのですが・・・どうしても合宿での研究授業指導案作成で悩んだ時に会員のみんなが先生の発言を期待してしまうことがよくありました。そういう時に「僕がいると君らはすぐに僕に頼ってばかりいる」といって、不機嫌になって別室に寝にいってしまいました。
結果的には上原先生の脳溢血による突然の死というのは、別室で寝るどころではない、究極の別行動になってしまったとも言えます。
これは勉強でもなんでもそうですが・・・問題の解き方をただ教えてほしい、という人ほど、実質的には伸びません。これは事実です。
 
声優でいえば、昭和からの大御所といわれる人たち・・・今も現役では野沢雅子さん・・・はみんな舞台などの出身の役者さんたち。だいたい「声優」なんていうジャンルはなかったわけですからね。ナマの観客相手の舞台演技もしっかりした人たちです。
今、声優の専門学校でも体を使った演技のレッスンもあるそうですが、中には「自分がやりたいのは声優なんですが」という若者もいるらしいですね。仮に納得の上でレッスンを受けたとしても、専門学校の授業で受けたトータル時間なんてたかがしれています。
第一、本当に役者を成長させてくれる ナマの観客 を相手にした場数を踏んでいない。
でも、そうしたことから下積みをしていって、本格的な声優になろうという覚悟の人はどの程度いらっしゃるんでしょうね


18:25虚空
テレビ作家の教育力ということに関して
録画しておいてなかなか観られないでいた鬼太郎6期をさらにいくつか観ました。
救いのないような話もあったりして・・・http://anicobin.ldblog.jp/archives/54865941.html
6期も2年目に突入なのですが、それに関しての記事に、かつて幼い頃観ていた円谷プロの姿勢と似たようなことが書いてあったので紹介します。

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「ゲゲゲの鬼太郎」は日曜朝の子供向けアニメではあるが、朝から重い……と感じることもある。子供には難しいのでは?という声もある。しかし、“アクセル全開”でチャレンジしてきた。
 「水木プロの方から『朝だから見られますね。夜、見たら怖い』と言われたこともありました。それが『鬼太郎』なのかもしれません。ありがたいことですが、フジテレビさんからも『アクセル全開でかまわない』とおっしゃっていただいています。子供は理解できないことが多いと思いがちですが、大人が思っている以上に子供には文脈や行間を読む力があります。今の放送事情を過剰に考え過ぎず、面白いものをやろう!とフルスイングで作っています。シナリオ会議がすごいんですよ。エネルギーを使いますね」
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全文はこちら https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190405-00000040-mantan-ent&p=1

この記事の中で6期新シリーズで描こうとしている鬼太郎の揺れが、先に紹介したダンデリオンツイッターの内容とも関わると思っています。
「揺れ」「ブレ」というのが、最近諷虹君とのやりとりでも話題になっている「無からの宇宙の始まり」のきっかけが「ゆらぎ」ということとも相まって。

2019.04.10 水曜日
15:16 コバルト
心の揺らげば迷いが生まれる(新たな選択肢が増える)。迷ったら、予感(導かれる方へ)がする方へ歩みを進めて行けばいいだけ。
ジブリの「一緒に迷子になろうよ」みたいですね。
「揺らぎ」と「揺さぶり」
揺さぶるで思ったことが、赤ん坊が不安定になる時って、変化がない状態なんですね。
静寂がとても不安で怖ろしいんです。
だから抱いて揺さぶってあげたり、また車の揺さぶりに安心感を感じているんだと思います。
いないいないばあでも、そうですね。
ビックリが面白がれるんですね。
まさに子供は刺激に対する好奇心の塊みたいなものですね。
まず自分的にも、「ゆらぎ」というワードには最初はチンプンカンプンでしたが、やはり予感のする方に暗闇の中で模索していくうちに、微かに?めそうな物が湧いてくるんですね。
それに対して波長に合うもの(引き寄せ合うものシンパシー)と照らし合わせていって世界を出来上がっていく感じでしょうか。
それも「ゆらぎ」なんだと思います。


16:02 虚空
大人だってそうだよね・・・電車に乗っている時のウトウトの心地よさ!
心地の良い眠りから、次への力が湧いてくる・・・・宗教学者の山折哲雄さん風に言えば「安らかな死」であり、だからこその「甦り」・・・かな?
今の自分にはそういった安眠がないから余計に不安定・・・・まあ化学的に言えば「不安定」=「エネルギーが大」だからトランスフォーメーションなどをはじめとしての変化が起こせる可能性も大。
また鬼太郎の話ですみませんが、3月は「人間も妖怪も共に滅んでしまえ!」という強烈な怨念の塊の妖怪のエピソード。ネットを駆使して憎悪の連鎖をあおり・・・という内容。
憎悪部分などは、他人ごとではない感覚で観ていました・・・かなりきついものがありました・・・正直いって・・・。
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