忍者ブログ

☆「江戸庶民の発想」から② ラインやりとり-2「混沌」「雌雄同体」(2019,02,05~)

2019.02.05 火曜日
07:32 虚空
土曜日に「主体と客体」の転換、さらには自由に入れ替えて発想できる・・・という話もでました。(http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/211/ より記録)
以前社会人クラスでも話題にしたことがある(心理学で有名な)「図と地」の問題とも多分からみそう。・・・「壺」か「向かい合った顔」か

土曜日にはアニメ「ヲタクに恋は難しい」に出てきたBL好きの女性同士の「攻め・受け」論争が「主体」と「客体」の逆転の例として出ました。
これまで社会人クラスの頃も含めて話題になった項目をざっとあげると
・「雌雄同体」・・・カタツムリに関しての上原先生の疑問 戦車のイメージも雌雄同体?

・「日本人はハリウッド的なマッチョは好みではない・・・中性的・病弱なのに強い が好み 沖田総司 バガボンドでの小次郎 吉岡清十郎」(ジャニーズ系。韓流スター) 

・アニメ等々にみる稚児への意識の名残りや「BL・百合」 江戸の「恋」意識
など・・・
どちらが主体でどちらが客体なのかが未確定、あるいはコロコロと変化している状態が「混沌」とも言えるかな?
*この問題と「第三項理論」や「江戸庶民の発想法」(多次元構造の同時進行)・・・それらの関連が「宇宙との共鳴」の基礎の一つとなるんじゃないかと
09:10コバルト
スゴイ??色々繋がってきましたね!
塾考してみます。
11:10コバルト
とても曖昧(カオス的)な事があるというを認める事って、一般的に言っても難しいところですね。
だからスタートラインまでに立つ所まで果たしてができるのか??
だけどそれを理論化や数式化する試みは面白いですね。
人間思い込みで勝手に自滅していく人がいるのも事実、いつまでも残像を絶対視して真実を見ようともしない事ばかり、だからこの曖昧さというのは、あながち真理なのかもしれないですね。
安全安心安定(幻想、幻覚、幻影)(得体の知れないもの)を求めてしまっている現代では、なかなかこの感覚には抵抗があるんだと思いますが、やはり世の中は荒れた環境であって不安定なんだと認識する視野はあった方がいいのかなと感じます
特に選挙なんかは、それの表れで選挙中と選挙後では大概の人間は変わってしまいますから。
21:22 虚空
行動の仕方の是非はともかく、幕末の若者も学生運動が盛んだった頃の若者も「自分も世の中を変える責任をになっているんだ!」という気位を抱き行動に移していたわけですよね。歴史として名が残っていなくても、そんな若者が山ほどいた。
政治家も命がけの責任と覚悟をもって取り組む人が今よりずっといた。
それがどうして今の世の中のようになったのか・・・それを嘆いてもしかたない・・・少数でも行動に移す・・・
「ブレがない」というのもいい面悪い面両方あるわけですが、態度を変える基準が「自分の利害」にあるのか、本当の意味で世の中にあるのか(その場合の世の中っていうのは、自分とも一体感を伴っての世の中)にあるかで、だいぶ違ってくるようにも思います。
PR