忍者ブログ

☆いじめ問題に関するラインやりとり・・・靴隠しのことから

靴隠しに関してのやりとりから、コバルトブルー君が「いじめ」についての仮説を述べ、それに対して虚空が幼い頃からのいじめ体験を紹介しています。


2019.04.01 月曜日
15:56 コバルト
イジメに関して考えているのですが、イジメとはやはり他人が他人をイジメルというより、本人が自身をイジメているように感じます。
端からみたらイジメられているのに、本人がそれをイジメと認識していなくてノホホンとしていれば、それはイジメにはなっていかないと思うんですね。

それとよく世間でイジメの標的になってしまう人の要因は「キャラが立たない人間」なんですね。もっと言うと「自分を持っていなくて主張しない人」、こう捉えるとイジメって「揺さぶり」なんですよ。
「おい!!おまえは一体誰なんだ!?」「どういう人間なんだ!?」「何者だ?」というふうに。
御神輿の揺さぶりとかがそれに近いかも。
人間が恐怖心、懐疑心を抱いてしまうのは「知らないこと」「理解出来ないこと」「得体の知れない物」なんですから。
テレビでも司会者などにいじられて、どんどんキャラを引き出していって、世間にキャラを確立していくじゃないですか。
そうやって居場所を確立していく。
それも一つの産みなんですね。
また「あらしのよるに」というオオカミとヤギの映画があったと思うんですけど、オオカミがただのエサだと思っていたヤギのことをどんどん知っていくうち、食べられなくなるっていうのを思い出しました。


16:05 虚空
卵が先かニワトリが先か、ではないですが・・・自分がいじめられはじめたのは(今のいじめとはちょっと違うかもですが)低学年の頃からだったんで、はたしてキャラがたっていたかどうかは分からないですね。
ただ、抵抗をしないようなタイプ・・・・黙ってグッとこらえてしまうタイプではありました。

中学校になってもいじめは続きましたが、いじめてくる連中は大別して2つありました。
一つは昭和っぽい言い方をすれば「不良グループ」「ぐれかけていたグループ」・・・これは弱い者いじめで面白がって。
もう一つは親や教師の前では優等生連中・・・勉強とかいい子を演じることへのストレスを教師などにいいつけそうにない私をいじめることで憂さ晴らしをしていた・・・こちらの方が陰湿でしたね。
職場でのいじめは、逆にキャラがたっていたからかもね。出る杭は打たれる。あるいはクラスのみんなが自発的に動いていることへのヤキモチや嫉妬。・・・・・(具体的なやりとりが続きますが、そこは一応割愛します)
これは大人だけにより陰湿でしたね。

16:14 虚空
打っているうちに感情がこみあげてきてしまって、書きだしの文章とつながらなくなってしまいましたね。
キャラがたっていないからいじめられるのか、いじめられて人間性が封印されたり絶望的になってしまい結果としてキャラがたっていないような人間にみえるのか・・・どちらかははっきりしない・・・あるいはどちらの場合もある、って書こうと思っていたんです。
現代風のいじめであっても、多分要因はいろいろ。
ヘタすれば「理由なんてどうでもいい。スカッとできれば」というのもあるだろうしね。
神様のゆっさぶりということもあり得るけど、下手をするとその理屈は「いじめられる側にも問題がある」という方向へ行って、いじめる連中を余計に調子づかせることにもなります。
(私がいじめられている頃はそうした風潮が強かった時代。だから困って担任に相談した時には、母にひどく叱られました。告げ口は卑怯者のすることだ、って。いじめられて苦しんでいる自分が全部悪いかのように。

だからそれいこう(小学5年)は、担任にもいじめられていることを知られないようにするために、休み時間は外で遊んでいると思わせるために体育館の裏や校庭の隅のニワトリ小屋の陰で毎日隠れるようにすごしていました。
そして6年生の頃は学校帰りは、いつも自殺の仕方を考えながら一人で帰っていましたね。

16:28 コバルト
桜の季節ですが、桜で思わされるのは「生きることは表現する事」だということ。
誰の為でもなく自分自身のためだけに咲く。
自分はここにいる。ここで生きている。ただそれだけでいいんだ。
ていう感じに思えます。
桜は人から綺麗に見られたいから綺麗に咲く訳じゃありませんから。

16:29 虚空
誰かを喜ばせようと思ってさいているわけではないということ・・・だからこそそんな桜に「感情移入」するということかな???


16:36 コバルト
https://youtu.be/x2WP1ZSQVlQ
桜と上杉達也が重なります。
上杉達也はマウンド上でバッターの対決ではなく、亡くなった弟と勝負をしている所が、生き様=咲く表現というところに惹きつけられるんですね。

16:50 虚空
タッチは放送当時かな周囲は話題にしていましたが、完全ノーチェックでしたね。
このビデオ内をみた範囲内での想像ですが・・・想定外の強さが発揮されるというのは自分一人だけではできないということ。
味方・ライバル・恋人・家族・・・・
自分の場合はそれが担任していたクラスのみんなだったということ。
余談ですが、よく諷虹君と話題にしていることで・・・最近のアニメって、昭和の頃に定番だった「恋人のためなら頑張れる」というのがうんと減っているというのはどうしてなんだろうと。同性のため、あるいは同性のずっと年下の子のため・・・というのが受けている風潮。
それを現代的な解釈ではなくて、心意伝承的な視点で考え続けています。
PR