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☆ハワイの知恵「ホ・オポノポノ」からのラインやりとり②  「成仏」「前世」

過去の記憶をひきずってしまうのは、この世の人間も、他界していながらこの世に未練を残していて次のステップにいけない方々も同じこと。
そんな除霊のような話題から、人間感情に関する考察・・・はたまた「前世」について等々、非現実世界のやりとりが続きました。
祝詞との関連も出てきます。
19:37 ソルティ
全責任は自分が背負わなくてはならない。ということ・・・まずは自分の頭のはえを追うしかないわね。と思う。
昔、霊媒体質の私に 母方の浮かばれていない祖母が乗っかってみたことがあって、それを浄化させるのに えらいしんどい思いをしたので、そこから先は ごめんこうむります。と知らんぷりをしていたのだけれど、(やればやるほど未成仏霊がやってくる印象)いずれにしても、占い的には そういうお役どころなので、しゃあないな。とちょっと決心したような部分もある。
20:05 虚空
あるスピリチュアル系の書物・・・なんだったかはよく覚えていないんですが・・・で、魂の浄化のようなことをしてくれるということがあちらの世界での口コミで広まって、そういった浮かばれない方々が寄ってくることがある、というのを読んだことがあります。

真偽のほどは分かりませんが、家庭教師をしていた頃、沖縄に修学旅行に行った高校生たちの直後の授業で「一緒に来たな」と感じる事が少なからずありましたから、案外そういったことはあるのかもしれませんね。
自分などは本当に内から輝いているというのには到底及ばない・・・むしろ負の波動と共鳴しやすい精神状態になっているという自覚はあるので、昔から沖縄や京都の念仏寺などには興味はあっても、行くとまずいことが起こりそうだと思って行かないでいます。(もっとも旅費などないので行きたくてもいけないのですが・・・でも仮に旅費が確保できたとしても行かない方が賢明なんでしょうね。浮かばれない方々を少しでも浄化するお手伝いができたらとは思いますが・・・自分ですら出来ていないんだから)
20:12 ソルティ
浮かばれない方を少しでも。。。なんていうことは まず考えていないな~。(自分のことは自分でやってくれ~!)って思う。取りつかれやすいのは、自分が肉体的にも精神的にも弱っているからなのよね。だからこそ何とか あの手この手で強くなりたいと思っているけど。
*2019.03.04 月曜日
12:17 ソルティ
虚空さんの「それがあるからよけいに自分は日本人古来の発想にいってしまいます。そういった負の感情を持った自分、本当の自分ではないと思ってしまうような自分さえも「大切な自分」として受け入れる・・・そこから浄化への道が始まる、という点で。」
で、ホ・オポノポノは こちらの考え方だと思います。
12:34コバルト
 自分がホ・オポノポノで刺激を受けたのは感情を回す事だったんですね。
喜怒哀楽の回転ですね。
そうやって循環を起こすことによって純粋になれんじゃないかと感じてます。
感情の回転と循環にしても結局は祝詞にあるような

「きわめてきたなきもたまりなければきたなきとはあらじ」

なんですよね。
13:10 虚空
人間基準で「ダメ」「不要」「マイナス」というのは時には神々基準での真逆のことさえある・・・
人間の心の世界を「複素平面」という虚数を含む世界に例えたことがありますが、数学的な意味は別として「虚数にはこの世の数(実数)のような「正の数・負の数」とか「数の大小」という概念はないんだそうで・・・これがとっても大事なような気がしています。
「生きる事」=「生命活動」=「生命の発露」なんて考えても「循環・回転・錯綜・・・・・」等々を起こしていることがそのもの。
だから「きわめてきたなきも・・・」ということや、内なる子をありのままに受け入れた上でしっかりと向かい合って生きていく、ということになるんでしょうかね・・・
昨日紹介したダンデリオンツイッターの内容も、「世間的な権威とか常識にとらわれる」というのは、この内なる子を大切にしない事そのものと言い換えられるかも・・・と思うのですが、如何でしょうね?
13:12 ソルティ
 喜怒哀楽 ⇒ 例えば、「怒」 の感情って 周りからの圧力の影響で自身が押さえつけて(ブロック)しまっていたものを どこかの段階では解放していかなくてはいけないのだと思う。だから小さいころに 喧嘩をたっぷりしておくことは大事な事だろうと思う。 
喜怒哀楽の感情を回す・循環させるという表現をどのように解釈すればいいのか?、ということになるけれど、
 ⇒ とにかく 例えば 怒り という感情を抑え込むと 他の三つの””喜哀楽”の感情も 抑え込んでいるレベルにしか 発揮できない。みたいなことを以前お習いした。 だから そういう人には、大人になってからも 怒りの気を発するということを許可してやらせるみたいなことをやった。
そうすると、他の感情も、それに影響をうけてどんどん解放されて行って 豊かな感性になっていくみたい。
(HO)自分の中に住まっている もう一人の自分(例えば むちゃきれるやつ、いるね私の中に・・・。)を認め、愛し、癒し、可愛がり、慈しみ、尊敬してあげることがまずは必要なのかな?と思う。色々な人格を有している ウニヒピリ を まずは愛するところから始めると良いのだろうと思っています。
13:50 虚空
まだアップはしてませんが、金曜日の夜、諷虹君とのやりとりの中で「インディアン」の話も飛び出していました。
以前フラダンスの昆布のことでも出ましたが、いわゆる「先住民族」とされる方がとは根底でのつながりが強いように感じています。(白人系ではない点から、日本人とルーツが同じという説もあるようですし)
14:33 ソルティ
 佐藤愛子さんの「 遺言 」には アイヌの方たちのお話しが出てきました。

昔アイヌの方たちに対して、あとからやってきた人や?藩は ずい分とひどいことをしたみたいです。だけどその人たちはとってもピュアでした。自然の中で大切に食べ物をいただき、仲間とわけあって暮らしていました。しかし、時代が移り変わり、アイヌの人たちの中で理不尽な占領に対して蜂起する人たちが現れました。残念ながら闘いに破れ、、恨みをいだいたまま亡くなったアイヌの人たちの魂は地縛霊(や浮遊霊)みたいになって荒れ狂いました。そして今生で(根性で)それを浄化していく役割を担ったのが佐藤さんでした。佐藤さんと多くの霊能者たちは、何重にもなって巨大化しているその霊たち( 野狐も含む))と闘い、20年近くかかってやっと全部の魂をあげて行き、ポルタ―ガイスト的な騒ぎも鎮静化しました。霊能者の方によれば、佐藤さんご自身も アイヌの女性指導者だった時代があったらしいです。 つまり 人は 色々な人格を長い歴史の中で経験しているという事なのだと思います。だから、あなたはわたし、わたしはあなた ワンネスということだってありそうだと思います。そしてこれは 恐らく エンドレスに続く 魂の旅ということになると思います。

長いな~。
14:39 虚空
以前お話したと思いますが、自分の中に自然に湧き上がってくる感覚を素直に考えると、自分は前世などで霊の浄化ではなくて、無縁仏などを埋葬するようなことを村はずれか何かの寺にすみついて独り暮らしをしていた乞食坊主・・・なんていう気がしています。
村の万事屋さんのような感じで、それ以外にも村の子ども達の相手をしたり、時には権力者に歯向かったり・・・。
もしかすると八百比丘尼のようにそのようなことをしていた尼さんだったかも・・・
そんな人生を何度も繰り返してんじゃないかな????・・・で、時に権力者から目の敵にされて火刑になったこともあったりして・・・
14:41 ソルティ
自分が そう感じることって 実際にありかもです。私の場合、隠れキリシタンだったんじゃないのか?みたいなことを思うな。
実は キリストの磔刑の絵画が怖くて
14:44 虚空
アイヌにしても沖縄にしてもね・・・・自分はごく幼い頃から沖縄に対しての不思議な思いもありました。
たぶんゆめゆり部隊を描いたものだと思うのですが、幼児の頃にそんなテレビドラマを毎週欠かさず観ていた記憶がかすかにあります。
それだけに、沖縄に修学旅行にいった高校生が感応してつれてきてしまうのではないか、とか。
だから逆に私自身沖縄への想いはあっても、行くとどうなるか分からないという懸念があります。
*ちなみに成人してからだと沖縄に重みをおいたNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」にはまったし・・・最近だとアニメ「のんのんびより」劇場版の沖縄旅行編に心を強くひかれた・・・・・教師をしていた頃に教え子たちにふるまっていたのも「豚の角煮」だったし・・・。
キリストの磔刑への特別な感覚と似ているかもしれません、自分の火に対する感覚は。ただ、コワイというよりももっと複雑です、恐れ・畏れ(畏敬・神秘)とかが極端に同居しています。
あと以前オーラの泉で江原さんがあるゲストに対して「よく咳き込むというのは、前世で火刑になったときの魂の記憶」という話をしていたのを妙に納得しながら聞いていた自分がいます。咳の出やすいのは幼い頃からずっとなんで・・・
14:54 ソルティ
当方も 小さいころから喘息もちみたいな感じだな。「龍角散のむ。」が口癖だった。只今も喘息もち。 
蒸し返してしまうけど、HOの目指すところは「平和」。まずは自分の中の平和を目指します。考えてみるとね、移動している場所に共通点があるんだわ。岩国の近く。中高広島。座間の近く。横須賀の近く。
平和が きっと私の課題だなと思う。
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