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☆プロとしての姿勢 ダンデリオンツイッター「霊和」との関連から

NHKプロフェッショナル「我流、肉道~精肉店店主・新保吉伸~」の話題から始まって、医師の姿勢などについても話が広がります。

表に出ている言わば「当たり前に分る事」ではなく、内側深くに内在する真実・ピュアな部分を見出せる能力において「プロ」と言えるのではないか・・・それがダンデリオンツイッターでの「霊和」ということへ昇華という事と深く関連しているのではないか、というやりとりです。

現在、ラインでは、同じプロフェッショナルの美容師についての特集にからんだやりとりもおこなわれています。
こちらはトランスフォーメーションに力点があるので、それはまた別の機会に紹介します。
5月8日 水曜日
08:08 虚空
ゆうべ放送されたプロフェッショナル・・・精肉店のお話ですが、飛鳥時代の宮大工の知恵と通じて・・・真の人間の成長や、教育のヒントとなるような内容でした。
プロフェッショナル 仕事の流儀「我流、肉道~精肉店店主・新保吉伸~」
名もなきノーブランドの牛肉を、最高ランクに匹敵する味へと生まれ変わらせる男がいる。精肉店店主の新保吉伸(57)。店は滋賀県草津市という地方都市にありながら全国から客が殺到、その肉を卸して欲しいと、年間300人以上の料理人が取引を申し出る。新保は肉に“熟成”という魔法をかけ、個性を最大限に引き出す。18年の研究の果てに生まれた独自の下処理や、9年かけて育てた微生物による熟成。肉と歩む孤高の匠に密着!


12:06 コバルト
納豆を発見したみたいな感じですね。
すべては目に見えない偶然から成り立つみたいな。
目に見えない訳だから感じる部分「感性」が架け橋(関係性、関連性)を作れる訳です。
すべては経験に基づく確かな「もしかしたら」(閃き??)なんですよ。
仮に現代人的な人達ばかりだったら発酵する前に食べちゃうでしょうね。
となった場合納豆は生まれなかった事になります。

仮に宮大工に宮大工的視点のない建築士(大工視点もほぼいないに等しい)が介入したら木の特性なんて活かさず全て図面の通りに、木も図面に沿うように加工されてしまうでしょう。
20年ぐらい(早くて10年)でがたつく現代建築では、宮大工の200年たってやっと完成形になるといったものと格が違うんですね。

桜井章一なら牌の声を聴く、宮大工なら木の声を聴く、農家なら土の声を聴く、教師なら子供の声(喋らない部分)を聴く、肉屋なら肉の声を聴く訳です。
流れによって手の加え方が変わるんですね。
それが本物のプロなんだと思います。
 https://sekokan-navi.jp/magazine/15670


18:30 虚空
実際に古代建築の修復工事などでは、国から依頼されてやってきた西洋建築の権威丸出しの大学の先生がさんざん口出ししたそうですからね。そんな人間の常識で建てたら1000年持つものが数十年しかもたないと・・・

この記事の中の社長さん・・・多分西岡常一棟梁のところで修行したのかもしれないですが・・・西岡棟梁の著書は現代人の必読書といいたいくらい・・・平成の常識とは完全対立でしょうけどね。

 別件のことでやりとりしていた流れでヒマワリフクロウさんとのラインの方でも、今回のダンデリオンツイッター記事について意義深いコメントを頂いています。
簡単に言えば、例えば私が「祟り神」への道を突っ走ってしまうか・・・「相転移」できるかというようなことで・・・・

「トランスフォーメーション」(意識の転換 時空の転換)と「構えの変革」と「相転移」・・・だいたい同じような意味で使っていますが、どういった時にはどの言葉を用いるのが最もふさわしいか、なんていうのは今はあまり気にしていません。直感だけです。


2019.05.09 木曜日
05:22 虚空
 夜中にフト考えた事・・・ダンデリオンさんの「霊和」の記事と、宮大工や精肉店の発想とのつながり・・・そのあたりがつながっていきそうな予感はしてきたのですが・・・・今は予感どまり。


09:01 コバルト
 自然体に生きるというのは通じてそうですが。
生き様そのものが風水であるかのように。


09:06 虚空
この世的に自然体に生きるということと、魂の浄化(純化)・・・ただ、それが起きる際に、この世的なマイナス要素を排除するという一般的な常識を、超越する発想・・・神話的に言えば「黄泉の国にどっぷりと浸かるから、突き抜けられる」・・・神々でさえも・・・。

世間的な発想では進化論の「自然淘汰」・・・価値あるもの、強いもの、他を屈服させる力の優れたものが勝ち残る・・・それが勝ち組・負け組や競争原理の根本になっていますよね。そうやって勝ち残った者だけが生き残れば素晴らしい世界が実現する。

そんな幻想をみんなが信じ続けていて平成は終わりました。
自然体ということの、本当の意味が問われるのが「霊和」であり、そこからの実現への道が「零和」なのかな、なんて今思いました。


09:11 虚空
これから病院・・・・この前とは別の科ですが、こちらも担当医が定期異動で変わっているらしい・・・この前の先生がはっきりといってひどかったんで不安です。


10:27 ヒマワリ
先生の生徒にも相性があるように、病院の先生と患者にも相性ありますよね?
いい先生が異動してきてくれるといいのですが…


10:54 コバルト
患者と医者の真剣勝負はお互いの向き合い方が一番重要ですよ。
医者が患者と向き合わず、パソコンとデーターの睨めっこですからね。
色々手(触診)を尽くした上でダメなのと、そうじゃないのとでは心の収まり方が全く違いますから。
そこが医者としての品格が問われる所ですね。
 http://sonedataro.com/self-development/post-1637/


15:10 虚空
「仕事」とはその字の通り「仕える事」・・・それがないがしろになっているとね・・・特に医師の場合は命や人生を預けているのだから。
たった数分間の診察の時間はそこれこそ真剣勝負であるハズ。

しかも多くの場合、医療では向こうのミスでも傷つくのは患者側という自覚がどこまであるのか。(よほどのことがなければ医療ミスを問えないしね)

それが先月の総合科の先生は露骨にお前など診る気がないという言動。
触診や問診を非情に丁寧にしてくれていた前の先生だったら経過が悪くても、その先生のせいとは思わないけど、こういう風にされるとね・・・・

今日の午前は医師ではなく、闘病に関する相談の部署だったのですが、けっこう愚痴ってしまいました。
相談相手の方も「それはいくらなんでも非常識ですね・・・」と(儀礼的部分もあるでしょうが)「患者さんの前では絶対口にしてはいけない言葉ですよね」と。
そのあと、別の科を受診だったのですが、こちらはマア普通というところでした。質問にもちゃんと答えてくれたし。

9時半に行って今帰宅・・・腰痛激化と、座りっぱなしの血行障害による異変があちこちに出ているので、これから横になります。


22:03 ソルティ
 私の場合・・・ 自分では丁寧にお願いしたつもりだったんだけど、昔気質の自信満々の先生だったからかな?えらく強い調子で「 どういう意味ですか?言ってる意味がわかりません。」 と怒られてすごすご帰宅。 

*液体の薬は 二週間で捨てなければならないのでそれに代わる錠剤を出していただけませんか?とお願いしたのだったが。。。
あ~んな言い方しなくたっていいじゃない。とか思って、そこから行くのやめた。まあ来年になって また喘息が復活したらしかたなくいくかも?知れないけど、多分大丈夫だと思う。
今 別の診療を受け始めたけれど、先生によってまるで違うね。元気をいただける人とそうではない人と。私の場合自分の性格にも問題があると思うけど、上からガンと押さえられた感じがすると 二度と行かないわ。となってしまう。


2019.05.10 金曜日
05:44虚空
西洋医学を批判する言葉で、かつて「患者をみないでデータばかりをみる」ということが盛んに言われましたよね。
「データをきちんと読み取って、処置を決める事ができる」 = 「優れた医者」
だから患者は黙って指示に従えと。患者が要望を出すとか、ましてや意見するとかとんでもない、素人のくせに、という姿勢。

それがいつからか、「インフォームドコンセント」の発想が出てきて、一般的にはずいぶん改善されてきたのかなという気がします。

でも、やっぱり人間性というか・・・歪んだエリート意識が根底にあるような医者はまだまだいらっしゃいますよね。
前の主治医の先生は私より年下ではあってもそ離れている感じではなかったのですが、今度の医師はもうすぐ中年にさしかかるというよな感じでした。

だから、前の先生も「自覚はないかもしれませんが、これは発熱にたとえれば40度以上の高熱を出して危篤状態・・・即入院が必要です」とおっしゃいましたが、例の親戚たちからの相次ぐとんでもないことへの対応で「とても入院はできない状態なんです」と訴えたところ、「そういった事情なら、何とか投薬で様子をみてみましょう」ということでしのいでくださいました。

今度の先生は私の話もろくに聞こうとしないで、さんざん言いたい放題言った挙句に、診察が終わって立ち去ろうとした時に、パソコンの画面を何気なくスクロールしながらみて「あれ、来院した時はこんなにひどい状態だったんですか!」という驚きの声。
「初診の時の状態を把握しないであれこれ言っていたのかよ、この人は!!!!」と爆発寸前でしたが、そこはグッとこらえて
「ハイ、ですから前の先生には即入院の必要があると言われたんですが、いろんな事情があって入院するわけにはいかなかったんで、投薬でしのいでもらったんです」
と答えると
「僕なら、いかなる理由があっても、絶対 即入院 してもらいましたね」

まあ、医師としてはその方が正しい態度なのでしょうが・・・・こうした言葉にも構えがみてとれます。

こういう医師による姿勢の違い・・・・教師にもありますよね・・・・
時と場合によっては、強制的に、というのもあり得るにしても
「納得と合意」を形成しよう・・・「共に歩んでいこう」
そんな姿勢がなければ医療も教育もダメなんだということを再確認・・・そういう意味では今度の医師は反面教師かな????


08:53 コバルト
 じん【仁】
1 思いやり。いつくしみ。なさけ。特に、儒教における最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心をもって共生(きょうせい)を実現しようとする実践倫理。「智・仁・勇」
徳と得では全く違う性質なんですね。
捨てると掴むことみたいな。


09:27 虚空
この「仁」という言葉からフトエースを狙え!にあったある場面を思い出しました。(病死したコーチの名が宗像仁・・・そこから仁の本質にかかわるような会話を僧侶である桂コーチが語っている場面です)

不治の病を宣告された宗像仁の思い出を桂コーチが語った言葉
「3年たって、仁にさそわれて甲州路を歩いた。甲州野梅(こうしゅうやばい)ってえめずらしい種類の梅がほしいっていうんだ。ようやく手にいれて、寺へもどって本でしらべてみたんだ、甲州野梅ってのを。「梅は甲州野梅をもって最上となす。その第一の理由は仁がくずれぬことにある」ここでいう仁は「胚珠」(種の中身)をさしている。種の中核を人間の精神にみたて、その仁のくずれぬ甲州野梅を最上に格づけしだのだろう。それがあいつの心意気だったんだ」


10:07 虚空
 今、「混沌」との関連で、日本神話についての父の解説をまとめているのですが、目にはみえなくても、そのものの本質的な理念が、例えていうならば種の中に梅の木や花の姿はなくても内在しているように、無限のこの無意識の中に、個性と呼べるような個々人の魂の特性から、日本人共通の心意伝承的なもの、人類共通の集合的無意識・・・そして宇宙全体を包み込む理(ことわり)が誰もの中に内在している。

それが本当の意味で自ら引き出されるために、思い通りにならない、時にはドロドロとしたこの現実世界(黄泉の国)があるんだ・・・という父の考えが、上原先生流にいえば「犠牲論」とか「恨み論」とかのことになっていくんだろうな、と。

コバルトブルー君がよくひきあいに出す、「混沌(カオス)から蓮の花が咲く」というあの境地
実際にエースをねらえでも若き日の宗像コーチは生い立ちの問題から運命とか周囲を呪いまくるような日々を送っていた・・・でもそれを突き抜けて・・・というように話が展開しています。

神話のことをまとめながら、天之御中主神の象徴というような形でこの「仁」という言葉がラインに飛び出してきたというのはね・・・
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