忍者ブログ

☆児言態50周年の時の駿煌会メンバー発言記録 & それに関してのラインやりとり

昨年10月27日の集まりでの全体会記録のうち、駿煌会メンバーが発言した部分のテープ起こし記録とそれに関してのラインやりとりです。


こうした発言の場があるというのは当初予定されていなかったので、いきなりマイクを持たされて若者メンバーはかなり緊張しつつも、興味深い内容の発言をしてくれました。
(固有名詞は駿煌会ニックネームにかえています)
2019.06.11 火曜日
18:44 虚空
昨年10月27日の児言態50周年での全体会で駿煌会面々が発言した部分の文字起こし&加筆訂正版ができあがりました。
その後のいろいろなやりとりを踏まえて読み返すと、あの時とはまた違った趣で受け止めることができる内容だと思います。
新たに読み返して感じた事とか、さらに考えて観た事がありましたら、自分の部分に限らずこのラインにお寄せください。



:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
★虚空
 あ,すみません,私の関係者で,せっかくちょっとこう立って…,さらし者にするわけではないんですが・・・。彼は免許が中学・高校の数学しか持ってないので,数学の専攻,去年,聖徳の授業を数学の授業を見せていただいたのですけれども,でも今日の会に是非出てみたいと,懇親会にも出れると思うので是非,つっついてほしいなと思います。


あと今一人を呼びにいったほうが,彼のほうはまったく教師と関係なく,私が小学校2年生,3年生のときに担任して,それから中学校とか社会人になってから家庭教師とかいうことでいまだに関わっている男なんですけど、彼はまったく教育,関係ないですから,建築業ですから。でもやっぱり好きなのです,こういう話が,児言態の話,それで今日,やっぱり懇親会に。


それからトイレにいっているという女の子も教育ではなくて福祉関係なのです、本当は。でも本当に児言態というか心意伝承の話をするのが大好きで、,それでこの夏休み,駿煌会(シュンコウカイ)という怪しげな団体を立ち上げてアニメを通じてやろうと。


19本号の原稿の最後のところに駿煌会の紹介がありますから,もしよろしかったらアクセスを。まだアニメの感想ばかりなのです。でも若い人的にやっぱり上原先生とか,こういう心意伝承の世界を知ってほしいということで・・・


★諷虹
 今,ご紹介にあずかりましたように私は中学校1年生のときから虚空先生に家庭教師として,もう25歳なので12~13年間教わっております。

それで本当に,最初のほうはそれこそ学校の数学の授業をやったりだとか英語とかあったのですが,私はドンドン専門のほうに進んでいきまして,高専のほうに進学してからは,大体,数学の,何て言うか,教えてもらえるということがなかなかできなくなってしまって,それと二人で一緒に考えるというような時間がすごく長くて,それで今も週2回,家庭教師の時間というのはあるのですが,そうなったらやっぱり,何でしょう,常に教わる,教わらないというか,教え合うようなそんな関係性になっていて,それでその中で児言態の用語だったりとかを授業の中ですごく言われたりとかして,それでそこの毎週のやり取りが何か児言態の論文のほうに何か引用されたり,いつの間にか首を突っ込んでいたというようなそんな感じなのです。

それで,そうですね,今日,Nanba先生のお話なんかを聞いて,本当に自分が今までやってきたことが俯瞰(ふかん)的に見えるというか,どういうふうな位置付けにあるのかというのがすごく理解できて,今日がスタート地点ということがありましたけれど,本当に何か今日からまた違った視点で考えていけるのかなというふうに思っています。

そしてあと今日の授業なんかも,Nanba先生のお言葉で失敗が起こると成功だというふうにありましたけれども,やっぱり考えて考えて考え抜いた想定を超えた,だから想定外が出たら授業は成功なのだなとかそういうふうに思ってですね。それで私は最近,教員のほうに進もうとかと思ったけど,ちょっと悩み中なのですが,そういうふうに今後どういう道をたどるにしても何か今日,学んだことだったりとか,今まで学んできたことを実践していけたらなと思っております。
 ★コバルトブルー・・・(  )内の補足は本人によるもの
虚空先生の教え子のコバルトブルーと申します。

今日の授業を参観して・・・どんどん自分も発言したかったです。絵とかを出された時も、夕日の絵とかも出ていましたけど、自分はもう・・・(瞬間的に見た姿として)現象的には夕日と朝日とは(見え方は)一緒なわけですから(立ち位置、時間帯が違うだけ)立場をかえていったらどうなるんだろうな、(要はあの絵は朝日の風景に見ることが出来るし、夕日の風景という重なった状態で見る事が出来る)とか。一つ一つ感想は(ノートに)書いてあるんですけど、いろんな言い方をしていて・・・子ども達のがっちりした位置づけを壊していく発言をしてみたかったな、と思いました。(絶対正しいを破壊して、一人一人の意識に疑問「可能性」を持たせる)
自分は先生という立場では全くないので、「生徒」としての立ち位置でみていたんですが、こういう風に掘り下げて掘り下げていくこういうい瞬間がいいんだろうなと。そういう瞬間って、自分はあの世的(0か1ではなく0と1どちらでもある状態、重ね合わせ)なところにという感覚があるんで、そういう感覚に包まれていて・・・まあ、死んでも後悔はないな、と(笑)
そういう体験もしてるんで、こういうのが広まっていけばいいなと思いました。

★ヒマワリフクロウ
ヒマワリフクロウです。今日はこのイベントに参加させて頂きありがとうございます。

午前中の授業は私も生徒と一緒に参加しているようで、すごく引き込まれる授業でした。私が育った学校も聖徳のように自分が自由にだせる世界だったので、懐かしい気持ちと共に見ていました。

虚空先生とは私、学校で教わったことがなくて、家庭教師で一対一だったので、聖徳の子たちに私も交じって「たくさんの生徒 対 虚空先生」の授業も受けてみたかったなーっていうのも感じました。

(授業者の)先生の質問に私も生徒の一員になって考えようとしていて、「共鳴」は私も熟語では出なかったですけど、コバルトさんが「『垣間見る』じゃない?」って言ったり、私も「『凪』じゃない?」って言ったり、あれこれ考えたりして・・・風とかが止まる瞬間とか、古池や蛙飛び込む水の音みたいにシーンとなった瞬間に趣きを感じるのかなーと・・・そんなことを考えたりしていて楽しかったです。ありがとうございました。



2019.06.09 日曜日
23:57 コバルト http://sho-washizu.info/sunrise-set/
 一応それらしいサイトがあったので送ります。


2019.06.10 月曜日
07:08 虚空さっそくありがとうございました。
このサイトの方もふれていましたが、光線の成分としては同じものが、朝と夕方の大気の状態によって人間の知覚には違うように見えてしまう・・・・そんなところも「感覚の差による意識世界の違い=世界定めは個々人によって違う・・・ということの一つの例といえるでしょうね。
2019/06/10 (月) 16:17  
ヒマワリ
いやぁ…あのときは緊張もあって、全然喋れてないなーと、こうして読み返して思いました。
伝えたいことの1割も伝わってねぇだろこれじゃって思いました。

虚空先生やNanba先生はしっかり傾聴してくれますが(他にもそんな構えの先生が居たら失礼)、小中コンビに伝えるにはもっと分かりやすく噛み砕かねばダメではなかろうかと後悔。
富士山エピソードを改めて読み返す中で、自分の中にあったものを再確認できて嬉しく思います。
13:08  虚空 
少し前に諷虹君と話題にしたインフレーション宇宙論・・・完全な「真空」だったからこそ、この大宇宙が生まれた・・・というような事を踏まえた上で、この感想を読むと、「止まる瞬間」「シーンとなった瞬間」というのには、単に「趣き」を超えることが隠されているような気がしました。

完全な「静止」ではなく、動いていたものが止まる瞬間、っていう感覚に秘められた秘密。
23:30 ヒマワリ
そうなんだ、朝日と夕日。
光線の世界か。
こっちの世界には情が入ってくるからなー、単に色の違いとかだけじゃないよね。
登ってくるものに何を感じて、沈むものに何を思うか…みたいな。

君の名は。のカタワレ時とかもさ!日が沈む瞬間…
あー、表裏一体てきな。
あの瞬間はやっぱ瀧くんとみつはが重なったんかな、X軸とY軸が交わったみたいなあの錯綜感。

上も下も朝日も夕日も関係ないのか。ぐるぐる。
PR