忍者ブログ

☆共振・共鳴からみた「語彙」の意義② 「意識構造の理解」を生活に生かすために

21:03 ヒマワリ
この疑問は仕事仲間の話から生まれたとゆうか、確認したいところとゆうか、そんなとこで投げかけた質問なんだけども。
常務から正社員に「引継ぎ書」を作成して提出するようにとの指示が入りまして、配られた用紙には「・1日の流れ・1週間の流れ・1ヶ月の流れ・1年の流れ」とゆう感じで箇条書きとかで作成するような形の様式で。
常務は正社員にこれを作ることで、自分の業務の振り返りをすることができるから、とゆうことだそうで。
常務は前職でこういったことを行ってた為に今回提案してきたようです。
私は正社員ではないので関係のない話なのですが、その正社員の仲間が「引継ぎ書ってゆうことで、この1日?1年の流れ書いて何になるの?職場異動してきた職員の為の引継ぎ書ならもっと具体的に機械操作とか事務文書作成の仕方を書かないと意味ないのでは?」と、常務の提案と様式に疑問を抱いておりました。
ちょうどコバルト邸授業後の私の脳内から出た言葉は、「常務は引継ぎ書とゆうテーマで出してきてるが、これに関しての定義は、自分の業務の振り返りでしょ?目的とする座標はそこなのだ。」と。
「自分の仕事を振り返ることで見えてくるものがある、ここをこうしたら初めての人でも分かりやすいだろうな、とか。自分が今いる原点から過去を振り返ることで、それが未来に来る人に繋がるのでは」と。
きっと常務だって、やってみて良かったことを部下に投げかけるハズだと。
いや常務がどんな人間なのかなんて全然知らんけど。笑
諷虹くんが動画作成ソフトをいじりながら、このソフト作った人はきっとこうなら扱いやすいだろうな、とゆう立ち位置で考えたところと重ね合わせて出た言葉だと思うんですが(笑)
そんなこんなな言葉を話したときに、私はよく定義を理解して話したのだろうかと疑問とゆうか不安が生まれた次第でござる。
座標イコール目的・目標とゆう捉え方もどうなのかと。
もちろん正解があってもなくても、コーヒーコーヒーに近づいてるようなところがまた好きなところでもあるんですが。笑
疑問を投げかけてみました!
久々にこんな長い文章打ったわ?(moon amused)
この話をしたことで仲間もスッと納得してくれたようで、取り掛かる気持ちになってもらえたので結果よかったのですが、私の意見?とゆうか、見解?みたいなもんを押し付けてしまってないかなーとも思ったりする、うむ。
21:12 虚空
結局座標とか用語っていうのは、ある立ち位置からみて物事をどうつかまえていますよ、と互いの立場をはっきりさせるためのものだと思っています。
昨日はそこにさらに意義が加わった感じでしたね。
「異なるものが勝手なそんざいでバラバラになる」のか「関係なさそうなものがつながりを見出される」さらには「全く異なるもの同士が共鳴しあうことで、想定外の波の広がりが生まれていく」ということへの、足掛かり(架け橋)としての役割がある、っていう感じです。
常務さんから指示が出たことは、きっとご自身もそういったことをして、何か自分の中でハッとするものがあったんでしょうかね・・・多分。
それであなたも含めて皆さんにも書くようにと。
でもそれを「正社員」とか「引き継ぎ書」とかという語句とからめたから余計な誤解や混乱なんかが起きてしまったのかな・・・
あなたが話したことでスッと納得というのは、きっと言葉の意味とかについて各自ズレがあってあたりまえ、というようなことを含めて、現代人が最初からみんなもそうとらえてて当たり前でしょ、と思っている事の大半が実はあたりまえではないということに、気が付けたのではないでしょうか?
そうするとそれは意見の押しつけではなくて、まさに仲間の交通整理をしてあげたわけです。
「どう考えなければいけないか」と強制したらそれは押しつけになりますが、その仲間の人が気が付いていなかった周囲との大前提のズレを認識するお手伝いをしたというのなら、何の心配もないと思います。
余談ですが、ヒマワリフクロウさんは高校生の頃もよく友達の相談を受けていましたよね。あれも「どうすべきか」という方法をというのではなくて、きっとあなたに話すと交通整理がきると直感していたのではないでしょうか?
21:18 ヒマワリ
おぉぉぉぉ!!(なんと!?)
私にも出来たのか交通整理がぁ?(たらりー)(sparkle)
嬉しい感覚だぜ。
たっ、たしかに!
10代の私にも伝えてあげたい感動だ。
この交通整理ができたことに甘んずることなく、自然体な私でいることにする。
僕は足踏みが嫌いだ。上原語録
21:25 虚空
交通整理って結局自分を鏡にし続けることなんでしょうね・・・前に上原先生の剣道の言葉で紹介したような・・・。
人生相談でも最終的には本人の自立が大事だと考えている人は「鏡」に徹する方向にいくんだと思います。最初の緊急時の時には具体的な助言をすることがあったとしても。
でも、大人とか指導者がよくやりがちなのは、いつまでも交通整理ではなく「私の言う通りにしていれば間違いない」といってしまう。
そういった人がますます増えているのかも・・・・・。それに頼る若者達も。
21:26 コバルト
 定義付けって結局それについてみんなが共鳴共振が起きなきゃ成り立たないわけだから。
たしかにそう言うことだよね。
よく言われる法律も定義なわけだけど。
でもまた法律なんかとは違うよね!
21:28 虚空
これもまた余談ですが、探せばどこかにあるハズなのですが、昔NHKの「ようこそ先輩」という自分の卒業した小学校の子ども達に授業をするという番組があって、そこにEVAの庵野監督が出たことがあります。
課題は出していましたが、その内容に関しては「どうすっればいいよ」というようなことは教えてなんていませんでしたね・・・・確か。
「定義」っていう基準ができることで、自分と相手は ここは共通・ここはずれている と了解しあえることで心の扉が開いて、共振・共鳴へのスイッチがはいるんじゃないかな???
21:30 ヒマワリ
うんうん、そうだね。
鏡。うつし。
あーたしかに法律とはちがう。
法律ってゆう枠の中に、各々の定義が生まれてしまうとゆうか(笑)
 バラバラな◯同士が、重なったところ。共振・共鳴!
そして光の三原色!じゃじゃーーーん!
21:32 コバルト
まさに学校の先生はカーナビと一緒ですね。
目的地に一直線に向かいすぎる感じ、間違えるとその度、耳障りな音と混乱を容赦なく与えてくるから(笑)
21:33 虚空
法律でも、民法のようなものが、多分互いの接点としての基準になるような位置づけなんでしょうね。
道路交通法なんていうもの、もともとは処罰規定が目的ではなくて、それこそ「交通整理」をバシッと徹底させるためのモノ。
この前自動運転のためのAIについてNHKの番組をみたんだけど、目的地の最短距離ばかりが人間の運転基準ではないというところが大きな課題のようです。
何の気なしにドライブとか、走りながらどっかいい店ないかな、と探すとか・・・・
ちょっと遠回りになるけど、こっちの方が景色がいいとか・・・・
本来の学校の先生は上原流の言い方をすれば「意識世界の地図作りだ」と。思考・感情・構え・語彙・・・そんなものがどのような構造をもっているのか。
その中でどう進もうかというナビの段階で出てくるのが「自分の主体的判断」とか「内側から湧き上がってくる思い、イメージ運動」「憧れ」なんでしょうかね。
場合によっては生命の指標(ライフインデキス」に導かれて、というのもありますが、これも道順表示を誰かが示してくれるというよりは、そういったものと「共鳴し合う」自分の下地やセンス(昨日の本の言葉で言うと 感覚)が大前提。
そこを普通の学校の先生や今の社会はお節介をやきすぎるわけです。
自分で自分をナビしていく能力をいつまでもつけさせようとしない。
子どもを信じていない 子どもをすべてコントロールしたい 思い通りにしたい・・・理由はいろいろあるんでしょうけどね。
一生奴隷にしたいかのような扱いですが・・そういう考えの人間は変えられないからということで百歩譲ったとしても、じゃあ一生親や教師がその子に指示を出し続けるのか・・・こうすればいいという正解なるものを教え続けられるのか。
その子が老後になっても、その子以上に長生きして全責任を持てるのか。
言う通りにしなさい、なんて言っている人間ほど、自分の手におえなくなると突然「いつまでも頼るんじゃない」「もうこどもじゃないんだから自分でやれ」なんて突き放す。
そうすると「正解を教えてくれる人」を求めてさまよい続け、場合によっては怪しい団体にひっかかってしまうわけです。
ある団体の指導者の愛弟子が「世の中に出たら、誰もどう生きていったらいいのかを教えてくれなかったので人生に行き詰まってしまった。その時に出合ったここだけが、明確に答えを教えてくれたんです」というような趣旨の発言でした。
PR