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☆反戦アニメ「クロがいた夏」から 「原爆の日」「おうち意識」  

ソルティさんがある集まりで観たという「クロがいた夏」というアニメの話からのラインやりとりです。

上原輝男先生が被爆されたことや、虚空をはじめとする茨城メンバーは茨城であっても東日本大震災の被災者であるということから、原発問題にも話が発展しました。

こうしたやりとりに関しては、今の日本では発言しにくい状況になりつつあるのを肌で感じています。「二度と戦争はいけない」と事あるごとに周囲の大人たちから聞かされながら育った我々の世代ではちょと考えられないくらいに。

なのでこのやりとりのアップはちょっと躊躇していました。

我々の世代の考えが「時代ずれしている」「平和ボケ」「国際社会への認識不足」という御批判は仕方のないことだとは思います。


ただ、私が小学生の頃というのは両親もはじめとして、世の中のほとんどの大人たちが、戦時中の生活体験を覚えている人たちだったんです。そうした人たちに囲まれて育ったんです。心の底から多くの大人たちが「もうあのような戦争のような経験を、後の世代には絶対味合わせたくはない」と思ってくれていたんです。

それは今とは全く違う社会の雰囲気だったことだけはご理解ください。
2019,08,01
08:44 ソルティ 
いよいよ八月に入りましたね。
私は7月30日、「 平和のつどい 」 に学童の子供たちと出かけました。アニメ2作品を鑑賞しました。その中の一つが 「 クロがいた夏 」 だったのですが、 めちゃくちゃ泣けましたわ。

アニメ好きのみなさんならひょっとしたらご覧になっているかもですが、私は小さいころから、ヒロシマに関するものはなぜか怖くて全くダメなんですよ。

起承転結と序破急 今一つ理解できていないワタクシですが、私はこの作品に素直に感動しました。 最後に流れていた音楽がとても好きでした。
原作・脚本 中沢啓治さん 監督 白土武さん、音楽 佐藤三樹夫 さん。

「 クロのいた夏 」 の絵本もあるそうですね。そのあとがきというのを了解もえないで勝手に拝借してきました。ごめんしてください。

 中沢啓治さんの絵本「クロがいた夏」。
 私のクリニックの一壁面は、ライブラリーにしています。そこに置いておいてと、中沢啓治さんから新装版 絵本 「クロがいた夏」を戴きました。本一冊、丸ごと感動し、そしてそのあとがきにも感動しました。お許しを戴いたので、そのあとがきをここに転載させていただきます。
 
       
 ・・・・・・あとがき・・・・・・
 真っ黒な野良猫が、ある日、我が家に迷い込みそのまま居座ってしまいました。私たち家族はこの猫をクロと名付け、家族の一員として、日々愛情を注いで共に暮らしておりました。
 原爆が落とされてから数日後、我が家の焼け跡を尋ねた時、町内の防空壕を覗くと、そこに「乾物」のようにカラカラに干からびて死んでいるクロの姿があったのです。
 

 防空壕に逃げ込んでも、周囲を火に囲まれてしまうと防空壕の中では水分がみな蒸発し、蒸して焼かれたようになってしまいます。ぺったんこになってしまった小さな命を、両手でひろいあげ抱えた私の脳裏には、わたしたち家族のまわりで、無邪気な様子で遊びまわっていたクロの姿が浮かび、可哀そうで可哀そうでなりませんでした。原爆が投下されたその時、遊びに出かけていたクロは燃え盛る炎の中をかいくぐり、どうにか我が家に辿りついたのでしょう。そして炎上する我が家の熱気に堪えられず、私たちがいつも使っていた町内の防空壕に逃げ込んだのだと思います。クロは私たち家族を慕って帰ってきたのですね・・・。これは実際にあった話しです。
 

原爆、放射能は、なんの罪も無いこんな小さな命もふくめて、生きとし生けるものの命をすべて奪っていく。

この絵本『クロがいた夏』は、発売当初『はだしのゲン』という長編漫画と、幼い子どもが読む「絵本」の真中に位置するものとして、文字の苦手な子どもたちにも画がもつ力で伝わるよう、平和への祈りを込めて描きました。安心・安全な日常、日々の小さな営みが繰り返される幸せが、平和であるということだと思います。
 

 昨年秋にこの絵本の復刻の話があり、今年の夏には出版する予定にしていた折、奇しくも2011年3月11日東日本大震災がおこりました。被災に苦しむ東北・関東で追い討ちをかけるように、あってはならない東京電力福島第一原発が壊れるという人災が加わり、唯一の被爆国である日本が自らの意志によって、再び被曝の危険にみまわれることになり、憤りを感じています。この震災により被災された方々の安全と、一日も早い復興を心から願ってやみません。

また、被災し避難した子どもたちに対し被曝による差別があったというニュースを聞き、大変心が傷みました。どうかそういった差別をしないでください。

 失われたクロの小さな命を通して、子どもたちにも戦争の哀しさや恐ろしさを伝えると共に、安全ではない「核」を扱う人間の愚かしさを伝えていかなければならないと、あらためて思うのです。
                     2011年夏  中沢啓治
 
08:53 虚空
中沢さんって「はだしのゲン」の原作者の方ですよね。

私が中学生の頃に出合った反戦漫画・・・読み継がれてきた名作なのに、しばらく前にありましたよね、いくつかの自治体などで子どもに読ませるのはふさわしくないという一部議員からの圧力で、公立図書館などから姿をけした、なんて。

表向きはもっともらしいことを言いながら、実は私利私欲とか政治家たちのかけひき等々に利用されているような風潮がますます強まっているというのは、唯一の被爆国であるにもかかわらず情けないことだと思います


08:55 ソルティ
ゲンの原作者。。。そのように書いてありました。



09:04 虚空
つい最近も中高生と話題にしました。
確かに非常に惨たらしい場面も多々ありますが・・・・アニメやドラマでもさすがに原作通りに描けないくらいの・・・・それだからこそ「人の痛み」「辛さ」が伝わる部分もあると思います。

特に現代のように人間の成長として必要最低限のとっくみあいの喧嘩などをさせない、怪我をしないように守り過ぎている・・・という中で、他人を傷つけたり殺すのがあたりまえのゲームの世界にばかり浸っていたら・・・しかもあれは反射神経での反応ですから、はだしのゲンなどでの惨たらしいシーンというのとは全く真逆の感覚での受け止め方になってしまっていると思います。

人の痛みを感じるよりも「やっつけた!」という快感。傷ついて死んでいくのをみて「ざまあみろ!」という気持ち。

若い世代が「戦争?別にいいじゃん」と公言し、ジブリアニメでの反戦的な内容に対して「いつのまに日本はこんなに戦争を肯定する国になっていたのか」と鈴木プロデューサーが愕然としたような非難が寄せられたというような現代社会。

私が別サイトに書いた「反戦」とか「弱者の立場」の記事に対して執拗に反対してくる若者たち・・・
とってもコワイ方向に突き進んでいると真面目に思います



09:42 ソルティ
どうしたらいいんだろうね~。 

今ね 27度でエアコンつけてる。わんちゃんのために。(だって毛皮を着ている)外はむちゃくちゃ暑い。電力に頼っているんだわ。自分的には そりゃあ原発には反対の立場をとりたいけれど、使っちゃってるしな~と思う。
だから 原発反対寄りです。ってことでちんまり生きることにしている。

人の痛みって 例えば病気ね、自分がなってみないことには、同じようにはわからないと思う。まあ わかってほしいとも思わないけど。むしろ わかるわけねえべ。とか思う。
自分はどこかでは 弱者、どこかでは 強者になっていると思うので、その生かし方はかんがえなくちゃあなあと思っている。

とりあえず、自分の中での 「 平和 」 を模索しつつ残りの人生を一日一日生きるっきゃないかな?と思っているよ。

10:53 ソルティ 見つかました。まさか あるとは思わなかったけれど。
https://www.youtube.com/watch?v=4vhph1UAO4U


15:51 虚空
クロがいた夏ED観ました。
ちょっと思い出したのは、特別支援学校について学んでいた頃から何度も耳にした一部の世間の言葉。

「どうせ教育したってモノにならない子になんであんなにつきっきりで」「税金の無駄づかい」「他の児童に迷惑」・・・ようするに「一人のためになんでみんなが犠牲にならなければならないのか」という理屈。

それに対して心ある先生方の反論は「一人を大切にできない世の中が、みんなを大切になんかできない」でした。

これって、そのまま戦争の理屈の対立と同じですよね。
小さいものの命を大切にする心・・・それが幼い頃からあって、人間としてまっとうに成長する。

そんな当たり前のことが保証されない世の中。
戦争ということではないですが、現代社会もまさにそうなっています。



16:03 虚空
原子力発電についてつい最近中学生と話したのですが、やはり戦争でも何でも、国などの表向きの宣伝文句・・・いかにも国民のみなさんを第一に考えていますよ・・・風のものは、どうしても偽善的に思えてしまうし、信用できないという気になってしまいます。

それはやはりあの親戚たちが、言葉ではたいそう立派な言い方、まっとうそうな言い方をして、人を利用しようとしているくせに、自分たちには全く違う言い訳をくっつけて振舞う・・・そういうズルさと通じてしまうから余計に反発を感じます。

例えば資源の関係でどうしても原発が必要なら、本気で正確なデータ等々を堂々と示して訴えればいい。

それを「火力発電と比べてもコストが一番かかりません」とかいうから不信感がつのってしまいます。

現に福島原発でも明らかになりましたが、事故を起さなくても老朽化しての廃炉をしようとしたらの巨額な費用、あるいは使用済み放射能廃棄物の処理などにかかるお金は、そのコスト計算にはわざと入れていないわけですよね。

そうした負の部分を後の子孫にぜんぶツケとしてしまっている。
なんだかんだで最終的には税金で庶民負担なわけですから。

ましてやあんな風に事故が起きれば、その電力を使っていた地域の人たちは何の痛い想いもしないで、地元にだけ一生を滅茶苦茶にするような負担を強いる。それに対してはっきりいって使っていた地域の人たちは知らん顔・・・それどころか福島から避難してきた人たちを差別扱いした・・・・原爆で被爆者が「ピカの毒が・・・」というのと全く変わらない。

原発問題に限りませんが、こうした誤魔化しが口では民主主義の世の中、国民主権 なんていいながらも多すぎます。

08月04日
07:45 虚空 ブログアップのツイッター記事転載です
☆「ことば」「学び」の本質に向けて  7,22以降のラインやりとりから: をブログアップです。 (link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/392/) syunkoukai.edoblog.net/Entry/392/
 本当はコバルトブルー君の作文に関するラインやりとりもアップする予定だったのですが、昨日からそれに関しての新たなやりとりが展開中なのでもう少し後でアップします。


2019.08.05 月曜日
09:11 コバルト
創造と破壊
ここから引用です。
創造的破壊(そうぞうてきはかい)とはヨーゼフ・シュンペーターによって提唱された経済学用語の一つであり、経済発展というのは新たな効率的な方法が生み出されれば、それと同時に古い非効率的な方法は駆逐されていくという、その一連の新陳代謝を指す。

創造的破壊は資本主義における経済発展そのものであり、これが起こる背景は基本的には外部環境の変化ではなく、企業内部のイノベーションであるとした。そして持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であるとシュンペーターは説いた。

学者の見解
編集
カバレロ=ハマーの実証研究によれば、1972-1993年のアメリカの製造業のデータを用いて分析した結果、不況によって社会的に有用な企業の倒産がむしろ増加しているとしている[1]。また、不況によって新規参入は困難となり、老朽化した企業の存続を助けているとしている[1]。

経済学者の竹森俊平は「日本の開業率は1990年代を通して低下を続け、1996-1999年は戦後最低の水準に落ち込んでいる一方で、廃業率は上昇し続けている」と指摘している[2]。

経済学者の田中秀臣は「日本の失われた20年の間、日本の開業率と廃業率を比べると、廃業率が多いが開業率は少ない。起こったのは、大企業ばかりが残り、ベンチャー企業は資金力が無かったために真っ先に潰れてしまうことだった。さらに不況下では、若者の失業率が高くなり、イノベーションを生み出す若者が働けなくなっている。不況下ではイノベーションが生まれないというのが現実である」と指摘している[3]。

創造的破壊について西部邁(評論家)はこう述べている。「創造的破壊という標語くらい誤用されているものも少ない。それは「理想に向けての創造」には「現実に対する破壊」が不可欠だという意味であって、破壊の中から自然に創造が生まれる、ということでは決してない。公共活動の「理想」が示されなければ、公共活動の「現実」を取り除いたとて、それは単なる破壊をもたらして御仕舞となる。」



09:23 コバルト
新陳代謝(死と再生)という循環が要点なんだと思います。
ただの消滅的破壊になってしまっているのか、構築的破壊となっているかの違い。

構築的破壊には理想(夢、希望、道筋)が含まれているという点が重要です。
現状維持を望んでいるままの状態の方々からみたらそこまでが終着点になってしまっているんです。

「創造」から「破壊」からの「変革」、それが序破急になるのかな。


11:02 虚空
これをごくごく単純に言えば、「コップ(器)を空にしなければ、新しいものを入れられない」ということになるし、祝詞でいえばソルティーさんもよく話題にする「一切成就の祓い」の、あのフレーズになると思います。

⇒極めて 汚きも 溜りなければ 穢きとはあらじ
もちろん古代日本人が、現代の経済学等々を想定していたといいうわけではないでしょうけど・・・根源はみな通じてくるということですかね。

どれが「最も身近な感覚」(おうち意識)が意識のベースであり、あらゆる世界のことと共振・共鳴を起していくよりどころになる・・・という風になっていくんだと思っていますが・・・


13:45 虚空
「クロがいた夏」ツタヤで取り寄せレンタル扱いだったので注文ていたのですが、それが届いたという知らせがあって、午前中に借りてきました。広島原爆の日の前日にというのがまた何かの縁を感じます。

中沢さんの「はだしのゲン」の原作はかなりむごたらしい描写の連続・・・アニメも原作ほどではないにせよ、かなりの描写だったので、正直、このアニメの原爆シーンがどうなっているのかはちょっと不安でした。

でも脚本等々で中沢さんが深く関わっているにしては、かなり抑え込んだ描写でしたね。
これが時代の流れなのか、それともクロとの交流を印象付けることを最優先にしたからなのかは分かりませんが・・・悲劇ではあっても、救いは描かれていたと感じました。


2019.08.06 火曜日
05:26 ソルティ
「 HIROSHIMA 」
今年も 8月6日を迎えました。

小さいころ、恐らく戦場?でガイコツから逃げる夢をよくみていたので、とにかく戦争に関する映像等々は恐くて受け付けない自分がいます。広島県人なのに、やっと原爆資料館に出かけたのは、高2になった時だったと記憶しています。「原爆の子」 は確か?小学校に勤務している時に子供たちと見たけれど、上原先生とは違った意味で ( こんな映像をみて子供たちは大丈夫なのか?先生方はなぜ平気なのか?)と思いました。

11月に、ローマ法王が広島・長崎を訪問されるらしいですね。法王が全世界に広めようとされている一枚の写真 「 焼き場に立つ少年 」。昔、この写真にくぎ付けになったことがありました。
74回目の原爆記念の日を迎えるにあたって、再び 平和について考えたいと思います。
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/532764/

06:12 虚空
つい先ほど、ブログに紹介するつもりで、「忘れ水物語」のあとがきを読み返したのですが・・・ここ数週間のやりとりをふまえると、また随分と違った印象を受けました。
⇒ 「忘れ水物語」上原先生がご自身の被爆体験を綴った小説です。


08:30 コバルト https://ameblo.jp/sinjyunopiasu/entry-12359301745.html



08:38 虚空
極限に追いつめられた時・・・・感情もイメージも現実世界とは切り離された不思議なモードになってしまう。
それがなかったらあっという間に精神崩壊してしまうでしょう。

ということを、教師の頃には「ちいちゃんのかげおくり」で扱ったわけですが、それにさらに実感が伴ったのは、入院のショックで痴呆症状になった祖父の姿をみたときでしたね。これは必要な摂理なのではないかと。
上原先生の言葉からは、被爆された方々もそういう状態だったと推察されます。


09:12 コバルト
ソルティさんの転載してもらった写真を見て思ったのが、「観念」っていう領域。

死(自分に対しても)に対して平然としていられる時間があるんです。
光景として観れてしまうんです。
よく自殺を踏みとどまった時にフッと我に還ったときに膝から崩れる落ちて泣き喚くようなものに近いかもしれません。
自分を捨てた、もしくは捨てなくちゃ行けなくなった瞬間って「破」そのものなんですね。


09:17 虚空
こうしたことと、この前から話題にしている「観察」という視点との関連も考えてみる必要がありそうですね


10:00 ソルティ
少年の写真 ⇒ 「 光景 」 として観れる。
そうねぇ 私の場合は、光景にちょっとだけ 何かがくっついてきているかも? 父が軍人だったでしょ、だから。
(中略)
クロがいた夏にせよ、この方のように犬を連れて必死で逃げて助かった人にせよ、今 ワンちゃんを飼っているからその気持ちが少し理解できる。やはり、経験するということはいずれにしても大きなことだよね。理解とかそういうレベルを超えていると思う。
「破」 って そうだな、倒れる っていうことにも似てるのかな?と思った。 倒れては 立ち上がり 倒れては立ち上がる みたいな。這ってでもいけ!と言った 上原先生の言葉を思いだすな。

肉体的にも何度か倒れているけど(大したことないけど、その時は いっぱいいっぱいで だらしない)、それを 必ず 俯瞰しているもう一人のワタシの存在があるように思うな。そのワタシが「 観察 」 をしているのかも? 

だから よく多重人格とか言って否定的な見方するひとがいるけど、色々なワタシがいるのが当たり前なんじゃないの?と思う。



10:30 虚空
今、上原先生語録のブログアップがおわったところですが、忘れ水物語の後書きにこういう言葉があります。
八月六日、午前八時十五分、私は、広島駅頭に在った。しかし、その時、その場所を、私の知覚は見失った。意識を失ったわけではない。一瞬のうちに、人を包んでいる環境が様変わりするとどうなるか、人は立っている位置すらが分からない。いつ、どこで、何を、のすべてが断絶されて。ここを確定することが出釆ない。建物は建っていて普通であり、戸外であれば、人は歩いていて普通だのに、その普通がなかった。また、爆撃なら、爆撃による破康の過程を見て、人はそう認融し、人の死傷も、傷つき倒れる過程を見て、悲惨の情が喚起されるのに、その過程がなかった。私が習い憶えた知覚の中には、その光景を読み解く能力はなかった。
真っ只中にいて、突然の変化や極限状態におかれると、人間は「現実感」を失い、感情と切り離された「超観察者」モードに入ってしまうのではないかと。

10:37 虚空
原爆の日にちなんで上原先生語録を2つに分けてブログアップしました。
分量が多いので、ラインにはちょっと・・・。
お手数ですがここにはりつけてあるアドレスをクリックして、ブログにとんでください。

・今日は令和になって初の「広島原爆の日」です。
ということにちなんで上原輝男先生の言葉から原爆関連のものをいくつかまとめてブログに掲載してみました。(link:http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/393
単に被爆体験記というのではなく、人間の意識の根源に迫る内容です。そういうつもりで是非お読みください。

・上原輝男先生が「トランスフォーメーション」(意識の転換・時空の転換・構えの変革、等々)ということを強調されていた背景には、やはり広島での被爆体験が強烈にあることが感じられます。
そういった事柄に関する語録もいくつかまとめてブログアップしました。
(link: http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/394/

・ずっと駿煌会で話題になっている「知識」「論理」「数学的思考」等々の関連に深い言葉もあります。
西洋風ではない、日本人古来の知的教育・思考(発想)の教育があったハズ・・・それが忘れられてきたことから、「知識」「常識」「現実的思考」が真に豊かな世界への縛りになってしまっています。



10:37 虚空
ここ数週間の駿煌会やりとりをふまえてこれらの先生の言葉をまとめて読み返すと何が浮かび上がってくるのか
「序破急」とか「光景」とか・・・
宇宙との振幅に直接関係するような言葉もこの中にはあります。



10:38 Nanba先生
これ助かります。



10:43 虚空
日本人としての「知識教育」「思考教育」と「感情・イメージ」そして「構え」の問題がどうつながっていくのかの具体的な背景が先生の被爆関連の言葉からはっきりと読み取れてきました。
Nanba先生先生の学会発表にも強く関連するのではないでしょうか・・・・西洋流に染まり過ぎた今の教育だと縛りになってしまう、という点で。

特に「忘れ水物語」の後書きが、昨年の授業と、今回の授業との大きな橋渡しになるかもしれないと・・・
(母胎回帰と闇 甦り 等々も含めて)
午後から、やっと作文分析という視点で聖徳のおうち作文を読み返しますが・・・
08月07日
09:04 ソルティ
虚空へ
上原先生の原爆関連の記事読ませていただきました。丁寧にまとめてくださっていて大変ありがたく思います。まずはお礼まで。
2019.09.13 金曜日
08:01 虚空
今もまた、駿煌会のブログアップをしている最中です。
かなりいろいろなやりとりがたまってしまっているので・・・・
こんなに立て続けに大量の記事をアップすれば、余計に読むのが大変で敬遠されてしまうのは分かっているのですが・・・とにかくネット上に記録を残しておくことが大切だと思っているので。
数日中にあの「クロのいた夏」のこともアップする予定です



08:02 ソルティ
そうなんですね。あの最後の曲 泣けたけど そんなことなかった?
 犬かってるから 余計に泣けたわ(ねこじゃないけど) 



08:19 虚空
犬は猫以上に人間の心とリンクするといいますからね・・・ペットを飼ったことがない私にはなかなか実感できない感覚ですが・・・そういう意味ではあの横浜に通っていたときの体験は貴重でしたね


 記憶にないんだけど、虚空にららこさん(ららこ 飼っている犬の名前)なついていたっけ?



08:23 虚空
初めての時にはかなり威嚇されましたけど、敢えて知らん顔していたら、やがて向こうから鼻をツンツンしてきて・・・初回の後半には私の膝の上で寝ていました。
それ以降は威嚇ではなく歓迎の意思で吠えられるという感じでしたね。



08:25 ソルティ
それから先が人様にほえまくりなのですっかり記憶がすりかわってしまっているわ。



08:28 虚空
実際に犬でも・・・人間の赤ちゃんでも・・・言葉のやりとりができない相手にはどうしていいのか分からないというのが正直なところなので・・・基本的には最初はどうしても距離を置いてしまいます。でもそれが逆に良かったのかもですね



08:29 ソルティ
そうだと思う。「 じゃましない 」 適度な距離感って大事だよね。



08:30 虚空
あの防空壕はあの女の子と一緒の象徴というか「かえる場所」「戻ってくる場所」の象徴・・・という意味であのねこに^とっては本当のあの家が燃えてしまっても「おうち」かな?


以前紹介した、小児科医の先生が、いきなり聴診器をつきつけたりしないで、まずはお母さんとやりとりして、お母さんと仲のいい人なんだと子どもに感じさせるのが大事・・・なんていう話をきいた時に、「じゃああれでもよかったのかな」と思えたことがありました。



08:33 ソルティ
帰る場所をちゃんと覚えていたということもすごいよね。体がもえつきてなくてよかった。まあ、アニメだからだけど。



08:35 ソルティ
「 お母さんと仲のよいひと」 なるほどね。


08:41 虚空
現代人にとって、建物としての「家」はあっても、本当の意味で「おうち」と呼べる場所がある人はどんどん減っているように感じています。私もそういう感覚はあったし・・・。

ましてや昨今のような幼児虐待・・・おうちや両親が一番怖いもの、危険なもの・・・という意識にどっぷり包まれている子ども達・・・・

あるいは、東日本大震災のときにもそうでしたが、おうちやふるさとが一挙に失われた、自分の誕生日が家族や大勢の人たちの命日になっている・・・そんな子ども達

モノとしての「おうち」ではなくて、本当に「おうち意識」をもてる「もの」「場所」「人間」「時間」・・・・そんななり替われるものを・・・それがこのところの自分を突き動かしているのだと思います。
みんなにとって共存共栄できる・・・「おうち意識のもてる」・・・そんな世界の実現に少しでも貢献したいなと・・・



08:42 虚空
ららこさんはきっとしっかりと観察していたのでしょうね・・・私のことを。


08:43 ソルティ ららこさんは、非常に賢い犬だよ。気をしっかりよめるもの。



08:48 虚空 それもやっぱりいい飼い主に巡り合えたというのは大きいんでしょうね。
実際に家庭教師でこれまでも犬や猫が飼われている家は多々ありましたが、どういう風に家族の方が接しているかでだいぶ性根が違っていましたから。
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