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☆第三項理論に関するやりとり① ラインより

2019.01.28 月曜日
09:21 虚空
難波先生のツイッターにこのようなやりとりがありました。
回答の冒頭に「文学に限らない考え方そのものだと思います。」とあるように、このところのやりとりとの関連と響き合える内容だと思ったので転載します。
『第三項理論が拓く文学研究/文学教育』へのご質問あり。
Q:(第三項理論における)、〈主体〉・〈主体が捉えた客体〉・〈客体そのもの〉について、わかりやすく教えて!
〈主体〉とは「作者」?それとも〈私〉?
〈客体〉とは?〈客体そのもの〉とは?
A:〈主体〉・〈主体が捉えた客体〉・〈客体そのもの〉は、文学に限らない考え方そのものだと思います。
小説の場合は、たとえば、ある登場人物Aを〈主体〉とした場合、〈主体が捉えた客体〉は他の人物Bをその人物が捉えた像になり、〈客体そのもの〉は、人物Bそのものとなります。
登場人物Aは永遠に、人物Bそのものは捉えられないということです。
語り手を〈主体〉とした場合、〈主体が捉えた客体〉は語り手が捉えた登場人物たちの像になり、〈客体そのもの〉は、登場人物そのものとなります。
語り手は、登場人物たちを語りながらも、実は登場人物そのものは捉えられていない(それは視点人物であっても同じ)ということです。
一人称の場合も、語り手「私」を〈主体〉とした場合、〈主体が捉えた客体〉は語り手「私」が捉えた登場人物「私」の像になり、〈客体そのもの〉は、登場人物「私」そのものとなりますが、語り手「私」は実は登場人物である自分自身を捉えられていないということです。(終わり)
あ、それでー、以上のことをわかった上で、つまり、例えば語り手は登場人物が捉え切れないと言うことがわかった上で、語り手がとらえた登場人物像と語り手が捉えきれていない登場人物そのものの姿の両方を描き出したのが小説というジャンルということ。読んでいる人は、いーーっとなりそれを狙ってる(笑)
09:48 ソルティ
難波先生のツイッター。 実はこのような文章を読むのが超苦手。上原先生のご著書も殆ど読んでいない。(ごめんしてください) しかし、ちょっと挑戦してみます。(近日中に)
14:35 コバルト
俯瞰(ふかん)、主観、客観、を同時進行でこなして行く感じですかね。
CTスキャンみたいにあらゆる角度からみることで、平面から立体的に見ることができるように、物事も見る角度を増やすことで奥行きが生まれ的確に捉えやすくなるんですよね。
14:55 コバルト サイト紹介
「レクサス"神営業マン"の武器は沈黙だった」
 http://news.livedoor.com/lite/article_detail/15936460/
15:48 ヒマワリ
意識世界と無意識世界って感じかー?
琴浦さん系な感じするー

ブログやりとり記録 http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/197/
          http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/198/  など
16:22 虚空
 お二人の意見・・・何を「重ね合わせるか」という視点は違っていても、「異なる視点を同時に受け入れて、共鳴させながら全体像や本質に迫っていく」ということから、この世の中で生きていく中での大切な視点だと思います。
そこが「文学教育」とか「物語を読む」という枠に限定しない「考え方そのもの」・・・「知覚と認識」とか「意味の本質に迫る際の問題」(この前から何度も登場している「コーヒーコーヒー」のたとえ)とかにつながっていきそうですね!
20:25 ヒマワリ
主体の登場人物Aが、客体Bをそう捉えてしまったら、Bそのものは捉えられないっつーのはさ、
AがBを自分で決めつけちまったから、Bそのものを受け入れられないっつーこと?
Bに対する構えを頑なにしてしまったAとゆう解釈でどうだ?
器を空っぽに、Bに対して鏡とゆう存在にならないAってゆう?
結局なんだ?
見えない世界が本物か?夢か現か。
意識世界でそう捉えても、無意識世界はどう捉えとるか分からんし、AだってBだって「そのもの」とゆう存在なんて存在してます?
これ養老孟司以来の混乱招く気がする(笑)
自我とはなんぞやの世界。壺!
ちょっとコーヒーコーヒーに近づいてんだから彷徨ってんだか分かんないwww
いやそりゃわかり合おうなんてしてないし、正解ないよね考え方なんだからww
いやでもモヤるわ!
20:31 コバルト
 今が混沌(カオス)だね!
そこで柔らかくなれるか堅くなるかで違いが出てくると思います。
柔らかさは変わっていける可能性を秘めていますから。
結局難しく考えてしまうのは点と線の感覚として考えてしまうからなのかな?
物事は円としての感覚で捉えられれば全ては繋がって素直に受け止められるんじゃないかな?
21:24 ヒマワリ
いや、点と線とかではなくてどっちかっつーと円の中を彷徨ってコーヒーコーヒーに近づいてるイメージ
この感じ (画像)
22:19 ソルティ
コバルト君の言うところの俯瞰(ふかん)、主観、客観、を同時進行でこなして行く感じですかね。CTスキャンみたいにあらゆる角度からみることで、平面から立体的に見ることができるように、物事も見る角度を増やすことで奥行きが生まれ的確に捉えやすくなるんですよね。” 
 コーヒーコーヒー。カオス ヒマワリさんの絵、などなど なぞなぞ状態&カオスに存在してます。少しづつ理解に努めたいと思います。
あとコバルト君が紹介してくれたレクサスの営業の方のお話しも興味深かった。
1、人の反応ばかり気にしていた。
2、少しだけ自分本位。
3、世間話はしない。
4、誠心誠意答える。という意見に賛同。
この1、をず~~~~っとやってきた人生だったので病気しまくりだったんだな~と思う。
2019.01.29 火曜日
00:06 コバルト 画像3枚




00:31 虚空
3つの関係について運転中にも考えたりしていたのですが・・・例えば古池やの俳句だったら、
A詠み手 
B対象である静けさ 
で俳句を詠んだとして、それを鑑賞者Cが味わった時に、その味わい方は、そのAのつかまえ方そのものをつかまえるっことは不可能・・・っておいうことと同様なのですかね????
前に紹介した「理解は誤解」という野口三千三さんの言葉に象徴されるような。
「ああ、それ分かる分かる」といっても、響き合いの感覚はあっても100%一致してわかることは感覚器や脳の構造上も無理・・・その自覚をもった上で文学の鑑賞をはじめとして、人間の「認識」や「分かり合う」ということを進めていく・・・とか???
05:42 ソルティ
1、レベル10の不運をイメージ&レベル7の幸運をイメージ。の図は、占いの先生が前者のような手法を提案していました。そうなんだ~と思っていましたが、ちょっと違うような気もしてきました。
2、ヒーリングをお習いした時は、どちらかというと良いイメージをわかせるように言われました。ところが、イメージばかり先行しても現実生活で実践してなにがしかの好転がみられなければ意味がないと思います。そこで言われたことはグラウンデイングを強くするということです。地に足をつけた生き方ということです。
で、まあどちらでも、自分に合った方を選択したらいいのかな?と今は考えています。結局のところ無理しても続きませんからね。
ちょっと高い所を目指して、少しづつ進む。自分が積み上げたものは自信につながる。そんな感じでとらえています。何よりワクワク感は大事だと思います。
つきは円で表すの図。占いでいくと、
12支は 水性( 亥・子・丑 )丑は土だけど変化する。木性 ( 寅・卯・辰 )辰も土性
火性(巳・午・未 )未も土性。金性 (申・酉・戌)戌も土性 これらの性質が 自分にとって 守護神となるか?忌神となるかで 幸運・不運への家協があるように思う。まあこれに 十干( 甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸 )と組み合わせて運勢を占っていくので、簡単には言えないと思うけれど。。。
守護神が回ってきたとしても、忌神を消化してなければ、好転しないので、とりあえずは苦労を越えるすべを得る。ことなんだろうか?と思う。その時に、大事なことがレクサスの人が言っていた、少しだけ自分本位だろうと思う。
3の図は よくわからない。

虚空の古池の例えの話は面白いな~と思った。「それ わかる~~!」とか言っても (わかるわけないだろが!)とか思う自分がいて、なんというか、合いの手的な、場を盛り上げる的な そんな風に喋る自分もいるね。
学童で働いていて思うことは、昔 教室に 「思いやりのある子」とか貼っていたでしょ?自分が貼ったかは?忘れたけど、それって、この年齢でわかるわけないだろう~?って思うんだよね。

しらけすぎかも知れないけど。相手の身になって というのも、相手と同じ状況におかれて初めて身にしみて理解できるんじゃないの?って思うんだよね。
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