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☆老子「三宝」 エヴァQ談義を中心として ⑨ さらなるラインでのやりとり

ここ2日間のやりとりをふまえて身近な感覚と結び付けてのやりとりです。エヴァの話から始まって、「言葉の獲得」「英語の学習」などのことにも話が及んでいますが、究極的には「世界定めの主体としての自分」ということにどう気が付いていき、どう生きていくのかという問題になっていく・・・そんなやりとりです。
2019.02.24 日曜日
03:00 コバルト 
今やっとQまでを見終わりました。今日はもう寝ます。
03:01 虚空
ご苦労様です。こちらはまだ諷虹宅に3人ともいます
03:06 コバルト
ご苦労様です。今回は参加出来ずスミマセン。
後ほど感想を書きます。
03:06虚空
とにかく今はおやすみなさいませ!
15:24 ヒマワリ
 言葉ってどうやって覚えてきたんだっけな??
「イメージ」を「言葉」にしてくのとか、捕まえるなんて、どうやって覚えてきたんだかな?。
今4歳の姪っ子とピアノ弾いてきたとこなんだが、手は小さいし鍵盤の場所もまだ曖昧だしさ当然。
そんな状況見て、私はピアノもどうやって覚えてきたんだろうか…と。
ヤマハ入ってたし、ピアノの先生に教わったんだろうけども。
身体が覚えてるってゆう感覚でね、いつの間にかってゆう。
言葉を覚えてきたときに「乗っけてあげる」ってゆうとこも、昨日のモーパイのフォローってゆう感じだなぁ
15:46 コバルト
きっと響き合い(共鳴、共振)だよね!
それが起こってから言葉という定義が成り立っていくんじゃないかな?
15:50 虚空
随分前ですが、上原先生が中学年以降の子供には大きく分けて二つのタイプがあるようだ、と。・・・「気前 言後」型 と 「言前 気後」型。
イメージや感情に無意識に引っ張られて言葉が湧いて出てきて口に出てくるタイプと、適切な言葉などを場に応じて考えながら言葉を出してくるタイプ。
もちろん同じ人間でも同居しているわけですが・・・。
どういう言い方をすれば狙い通りのことになるか・・・おだてでも言い訳でも、そういったことを考えながらなら後者です。
一般に中学年くらいまでは前者。4年生くらいを境に後者に移行していくんですが、高学年や大人になっても移行しない場合もあるわけです。感情的にばかりなる人はそうですね。
このオンとオフが自由自在にできるのも英才児の特徴かもしれません。
小学校3年生くらいまでは躾などの言葉遣いは最低限にとどめて、あとは言葉に先立つイメージ運動や、感性が働くような豊かな経験をさせる・・・そういった体感などをどんどん蓄積。もちろんナマの対人関係も含めて。
その蓄積が十分にあれば、言葉は勝手にくっついていくと思います。
幼い頃から大人の顔色ばかり気にするようになると、厳格な母親の顔色ばかりみて育った虚空のようになってしまうと思いますね。
15:55 コバルト
学校の英語の授業を受けてた時って、感情と噛み合わないやりとりで教科書での勝手なシチュエーションでやっていたじゃん。
あれが余計に学ぶ側としても戸惑ってしまうよね。
16:00 ヒマワリ
おもしろいね?ほんとおもろい。
社会人になってのコミュニケーション能力ってゆうところの根源を感じる。
16:02 虚空
家庭教師で中学生などに英語を教えるようになった時にまず感じたのは、言葉を無意識にポンポンと出すタイプの子が苦しむ場合が多いということでしたね。日本語がすべてであり、その構造が言葉であると信じて疑わないわけですから。
だから並んでいる単語を正しい語順に直しなさい なんていう問題でも日本語の順番にどうしてもならべてしまう。
そもそも今般的な発想が違うんだということを、もっと丁寧に時間をかけて切り替えてあげなければならないのにね。
さっき書いたようなオン・オフが自由にできるようになっていれば案外スッと英語も受け入れるんだけど、注意しなければならないのは、日本語の感覚が貧弱だったり、形式的にか言葉を使わないような表面的な教育などで躾られてしまっているから、日本語の感覚が邪魔をすることなく、受けいられれる子。
英語の上達は早いけど、それでは豊かな人間(日本人)としてはどうなのかなと思います。
社会人になっても、「無意識でポンポン出てくるのが言葉なのだ」という意識ばかりの人は、自分の発想と違う考えと出会った時に拒絶してしまうことが多いかな・・・添加できない。
生きたコミュニケーションの体験が少ない場合もそうかな。(情報端末などを間に入れるのは生きた体験とはちょっといえない)

顔色とか言葉の響きとか・・・言葉にしていない言葉、あるいは本人も気が付いていない無意識の表出っていうのは、やっぱり直接会ってのやりとりの中でしたキャッチできないものが多いから。
エヴァに出てくる多くのキャラは基本的にナマのコミュニケーション体験不足というか、苦手にしてきた人たちが多いですよね。
(補足 そういったナマの体験が不足していると、当然のことながら老子のいう三宝の意識は芽生えてこないと思います。)
16:13ヒマワリ
そいや中1で英語始まったときは先生のおかげでその壁は感じずに受け入れたなー。
Goodが"おは"で、morningが"よう"じゃないからなって(笑)
ピボットのあの感覚と、教科書暗記のおかげで、成績まずまずよかったし、英語は好きだったな?懐かしい。
たしかに勝手なシチュエーション(笑)
国語も数学も理科も社会も英語も全て勝手なシチュエーションとして受け入れて育ってきたのだね(moon amused)
学校そのものの存在が勝手だわなそう考えると(moon amused)
受け入れるだのなんだのガンガン反発してた私が言える言葉ではないが(笑)
16:55 虚空
「ガンガンと反発」に含めて、嫌いと苦手とか「どう納得いかないな」等々の学ぼうとすることや出合った相手に対して「ある種の抵抗感」を抱いてしまうの、って、もしもそれを乗り越えて受け入れることが出来た場合には、全く無自覚に受け入れてしまうよりもいい場合もあります。
より深い部分で取り込める・・・「やっと納得できた」・・・という感覚が伴うから。
青春ドラマなどにあるような「タイマン」を乗り越えて芽生えた友情っていうのが、普通に出会って普通に仲良くなったというよりも深い結びつきになりやすいっていうのもそんな感じ。
それがいっぱい出てくるアニメの一つが「なのはシリーズ」ですね・・・
勉強だって、「ただ覚えればいいんでしょ」と大人の言う通りに素直に従った子が、案外薄っぺらで終わってしまうというのもね。
やっぱり「適度なつまづき」は人生にはあったほうがいいかもね。
それが全くないのが素晴らしい人生、だとか、全くすまづかせないで先手先手をとるのが素晴らしい教育・・・なんていうのは「悪魔のささやき」かもね(笑)
18:29 コバルト
主体性のあるつまずきなら納得と成長はできますが、人の命令にそのまま従って自分が失敗すれば納得と成長は心から生まれてこないんですね。
だからみんな少なからずとも碇シンジになってしまうんですね。
全体像を認識不足のせいでどれほどヤバい状況にあってもその認識を自分から外してしまう。
そして最終的にはこうなるはずじゃなかったとなってしまう。
葛城ミサトは実体験者、事の惨状が心に深く刻まれている。そして0に近い確率だったとしても、それを力で変えればいいんでしょ?
と言って行動に移してしまえる。
またあまり深く考える事のない(必要ない)学校教育と赤城りつ子(バリバリの学者)の方針が似ていると思いますね。
「目標をセンターに入れてスイッチ」の繰り返しみたいな。確率だけで決めつけてしまう。
やはりプロになっていく世界になってくると、試合や実践を通して何が自分に足りないかを気づいて、それを埋めるために練習や努力を自ずとやるのだと思います。
20:48 虚空
近々ゆうべの記録もアップしようと思っていますが、シンジの経緯は同情すべき点が多々あるにせよ、最後の最後は「誰のための行為?」あるいは「自分の決断への責任」の問題になってくるという気がしています。
特にアスカやマリの精神的変化と比べた場合。
(シンジにしてみれば 比べられても困る というところでしょうが)
*2019.02.25 月曜日
00:11 コバルト
エヴァンゲリオンQまで観た今感じている感想なんですが、人間が一番恐れる事って、貧困や病気などではなく、誰からも相手にされない(愛されない)事じゃないかなと感じました。
愛というものを知ってしまったシンジが愛を失って愛に飢えて、愛を渇望してしまう映画だと感じました。
愛は暴力(破壊衝動)の源なんですね。
それを踏まえるとやっぱり薔薇は赤(アスカの2号機も赤)に限るんですね。
ターミネーター2のショットガンを隠してた黒い箱から大量の真っ赤な薔薇が一緒に入っていたのも、そういう意識が入っていたのかも?
09:05 コバルト
全ての使徒にしたって、人間を滅ぼす事が目的になっていないはず、結果的にそうなるってだけで、目的はただ一つだけで、共鳴、共振に接触する事なんですね。
赤ん坊が母親を求めていることと一緒なんですね。
10:24 虚空
制作者たちがどこまで深く考えて設定を決めたのかどうかは別にして(むしろ深く思考はしていなくても、無意識がそうさせたという方が心意伝承的には意味のあることが多いので)・・・やはりあの敵を「使徒」と呼んでいる点。
さらにエヴァとかアダムとか、そういった創世記での言葉があちこちに出てくること。
人間基準の「善悪」「敵味方」等々を超越して考えていかないと、とは思います
12:46 コバルト
シンジが人間社会的罪(他人が決めつけた罪)のチョーカーで、それを受け取ったカヲル君はシンジ君を幸せに出来なかった時に自分を罰(自分が自分自身を裁く為)する為のチョーカーになったんですね。
質が全く違うんですね。
あえて言うなら、罪と咎の違いになるんですかね。
12:49 虚空
そのあたりのことが次に描かれるのかどうなのかは分かりませんが・・・
22日の時点ではネタバレになりそうだったから言葉をにごしていた分、23日のやりとりは結構はっきりとやりとりしました。
その記録までも本日アップの予定だったのですが、今作業しているラインやりとりだけで滅茶苦茶な量になるので、金・土の記録は明後日あたりにしようかと思っています。
14:47虚空
とりあえず先週前半にあったラインやりとりなどはブログにアップしました。例のごとくツイッターで紹介している概略を読んでからブログにとんだ方が分かりやすいと思います。
(もっとも目を通すのはこれまで以上に大変かな???)
今日は夕方から家庭教師なのでここでパソコンをとじてじっくりと休憩します
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