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☆2019,01,05~ ラインやりとり④「白と黒」・・・再び「言外の意味」等々へ②

2019.01.07 月曜日①

07:09 虚空
ここまでのやりとりをふまえて・・・11月3日でのモノクロをみて色を脳内で補正するとかしないとかのあの話題を振り返るとさらに何かありそうですね。ヒマワリフクロウさんの言いかけた二進法のことも含めて・・・・
やりとりの内容をあまり覚えていないかもしれないので、その部分を転載しておきます。
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諷虹 白黒は知識がある方が深みが出るというか・・・。あの魚が好きだっていう子は白黒の波の絵から作文を書いているわけですよね。自分の専門性をつかった魚の物語をつくっている。
今回の授業で使われていた絵で人気だったのってだいたい色味が強いというか夕日だったり馬だったり・・・赤だったり青だったり・・・木も黄色。結構目立つ色が選ばれていたのは、やっぱり色がイメージを誘発するというか。でもこの前話に出たんですけど、モノクロ写真とかモノクロ映画にも味わいがある。そこにこそのイメージの触発はある程度大人になってきて、知識がはいってきてて、その蓄積が・・・例えば東京駅のモノクロ映画だったとしたら、実際の東京駅の印象があった上でみた方が「ここはこういう風に映るんだ」とかイメージが触発・誘発される。やっぱり知識がモノクロをみたときに出てくるんじゃないのかな、っていうのがあって。だから魚の子は白黒の波をみて魚の知識が誘発されていたんじゃないのかな、って。
ヒマワリ それって単元設定のどっかに書いてあったよね・・・「先に体感とか思考があって、そっからイメージの世界。」
虚空 モノクロによる刺激の問題は今後も考える必要はあるだろうね。あの時の実践報告でもあったようなモノクロの水墨画を使った授業のように、使い方によっては小学校3年生の段階でも触発される事例はあるし。
(諷虹・虚空の二人が観ている現在放送中のアニメ「色づく世界の明日から」の紹介。主人公の魔法使いの女の子は色を感じることができなくなって悩んでいる。それが写真部に入り、モノクロ写真の世界を知ったことでトランスフォーメーションを起こす場面がある。)
ヒマワリ 私はモノクロの写真からあんまり色って思いうかべないかも・・・。色を連想しない。
コバルト 脳が多分補正しているんじゃない?
ヒマワリ いや、自分はモノクロの世界はモノクロとして受け入れるんだけど・・・。昔の写真を今風にカラー版にしてみました、なんていうのがあるじゃん。あれみると「ああ、確かに綺麗になるなー」っていうだけで、白黒は白黒として受け入れてる。それはそれ、これはこれの世界で観ていたな・・・今まで。
諷虹 これを白黒で撮ったらどんな風な色合いになるのかな、って無意識にしているのかも。
ヒマワリ 漫画とかはまさにそうじゃない。基本白黒じゃん。トーンはって。べた塗りとかさ。
ちっちゃい頃って私、カラーじゃない漫画ってすごく嫌だったのね。小学校6年生くらいになって、やっとあのモノクロの漫画がスッと入ってきた。昔はカラーじゃないと読まなかった。四コマ漫画とかのカラーのやつが好きだったんだよね。
コバルト 光と影みたいな
ヒマワリ それはそれで完成したものじゃん。だからここでわざわざ色を付けようなんて思わないんだけど・・・脳みその中で。
虚空 自分が高校時代に映画監督になりたいな、って思って好んで観た映画っていうのはさ、日本映画の黄金時代と言われた頃のモノクロ映画なんだよね。
諷虹 今このモノクロ写真をみて思ったんですけど、一か所に注目するってことがないですね。
コバルト 確かに全体で・・・
諷虹 赤い看板なんてあると、そこを無意識に追ってしまう。そういうのが緩和される。
コバルト 全体をみれる。すべてを風景としてとらえられる。
ヒマワリ あれあったじゃん・・・「ゼロとイチしかない世界」・・・電卓内部もそういう世界。
虚空 二進法のデジタル世界。
諷虹 パソコンの内部も。
ヒマワリ そうなのか。
⇒何故かこの話がここで途切れて別のことへ
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07:31 諷虹
白と黒、プラスとマイナス(原子世界)、幸と不幸(究極のハッピーエンドと)は昨日の記事にも書きましたが、黒に染まる→解放する内容とはちょっとぶれると思って
生と死、善と悪(ゾロアスター・ヒーロー・プロレス)、光と闇(陰・空白)、天と地・・・など色々省いたのですが0と1もそうですね
この前のアートとデザイン(0→1と1→?)なんかともつながりそうです。あと、ついでに思い出したのですが先日「黒猫のウィズ」と「コードギアス」のコラボシナリオ内で”戦略家”と”軍略家”の違いについて以下のように述べられていました
「軍略家のあなたは与えられた戦力でいかにして勝つかを考える。だが戦略家の私はいかにして戦力を創り出すかを考える。」
これもアートとデザインの精神に似ているなと
07:35 諷虹 
画像投稿2枚
→これはGA一巻の白と黒の解説ページです
07:44 虚空
この「白と黒」の両極ということと、その間の無限のグレーのことと、先日から話題になっている「意味」(言葉になっていない部分)のこととかがつながっていそうですよね。
またアートとデザイン、戦略家と軍略家等々の違いの根底にあるものとも・・・
07:50 諷虹
黒を赤に変えれば無限のピンクとかになりますしね
同じ色でも濃さによってその人の好みが別れるんだと思います
「もっと濃いピンクの方が好き」とか、「もっと薄いピンクの方が好き」とか
で、これをもっと直感的かつ感情的に表現すると
「もっとピンクピンクしてる方が好き」ってなるんですかね?
「コーヒーコーヒー」もある意味言葉に出来ない感覚を無理矢理言語化、オノマトペ化した感じなのかも
08:01 コバルト 画像
→感覚、直感って聞くと漢字も元を追ってみればオノマトペになるんですね
08:13 虚空
そういったイメージを古代中国では文字の形に託し、日本語は音声に託したわけですが・・・具体的でない分、音声言語の方が想像の余地があるんでしょうね。それは数学が極限まで抽象化されているからこそ、様々なものにつながっていくように
08:37 コバルト
座頭市で言うと、耳で見るという感覚って目で見てから反応するより、ずっと正確で早いみたいです。
08:41 虚空
そういえば哺乳類の進化のカギをにぎっていたのが、ほんの小さな生き物だったころに巨大爬虫類をさけて夜に行動するようになり、たよるものは視覚ではなく、聴覚だった・・・それが見えないものを感じとるという「想像力・イメージ力」とつながり「脳の進化」へとなっていった・・・なんていう学説をNHKの番組で観たことがあります。耳小骨という音の増幅の仕組みをもっているのが哺乳類だけというあたりが根拠のようでした。
09:28 コバルト
そして強い者ではなく変化し続けた者が生き残れたような。
12:21 コバルト
色即是空、空即是色
【読み】 しきそくぜくう、くうそくぜしき
【意味】 色即是空空即是色とは、この世にあるすべてのものは因と縁によって存在しているだけで、その本質は空であるということ。また、その空がそのままこの世に存在するすべてのものの姿であるということ。
12:25 コバルト
色は光で出来ている。
12:36 ヒマワリ
つまり虚空ってこと?
目に見えないものを感じ取るってゆう、結局大事なのは目に見えるものじゃなく見えないものってゆうこと?
12:39 ヒマワリ
分かる〜〜ww
薄いピンクとか濃いピンクとか、要はグラデーションも色の錯綜だよね!
余白と色の混ざり方って感じー。
14:11コバルト サイト紹介
 http://karapaia.com/archives/52157469.html
16:24 虚空
最初は真っ暗闇の中でも小さな獲物をみつけて捕獲し食べなければならない、という現実対応としての想像力だったと思うのですが、それが心の世界とか、神の世界とは心霊の世界とか・・・・あらゆる「見えないもの」を想像する、心の目でみる・・・等々のことを発達させたのが人類だった、ということなのでしょう。
そして、この前の英国紳士の武蔵君の留学体験(先にも紹介したこのブログ記事http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/144/
でもわかるように、特に日本人はそうした目に見えない心の動きでのかけひきを非常に特化させた民族らしい・・・良くいえばそれが「思いやり」「気配り」ということになったんだと思います。
最近の日本人がおかしくなってきているのは「目に見えるものがホンモノであり大事」という物質価値観に染まってしまっていることが要因だと思われることが増えているように感じますね。
「虚空」「空」がないのではない・・・なくてもあるんだ・・・という発想が出来なくなった。
でも、最新の理論物理学などでは、どうやらそっちの方が真実であるという方向に流れているようです。
だいたい見えているもだけでしか生活できなくなったら、(想像することがなくなったら)人間らしい生活って成り立たないし、面白くない。この前の聖徳の子どもたちが絵に描いてある内容をそのまま説明する文しか書かなかったら・・・なんて想像したらつまらないよね。
16:30虚空
人間以外の違いもさることながら、同じ人間でも視力などによって同じ世界をみてもまるで違うよね。つい先日人生始まって以来こんなに眼鏡をかけても見え方が変というめにあいましたが、周囲は別物。だいたい夜空を見上げても年齢とともに弱い光をキャッチする力も衰えてくるから、みえる星の数もだいぶ違う。多分あの星をみに遠征していた頃よりずっと見えていない。
それに加えて興味・関心によって網膜に映っているものは相当ふるいにかけられて脳に届き、しかも受け止め方もかなり変換される。それを18号の「世界定め」の原稿にも書いたわけですが、そもそも人間はそんな風にしか見られない、という自覚が現代人には必要ですよね。自分に絶対基準をおいて、それからずれている人間は排除したり叩き潰そうとしているから。
色は光でできている、というのをさらに拡大すると、すべては「波」で出来ている、ということになるんでしょうね。(それこそ素粒子のなりたち)
18:19 コバルト
物事を突き詰めて行くと素粒子レベルになっていくのですから、掴みきる事は出来ないということなんですね(掴んでも手からこぼれ落ちてしまう)、かすかに触れられるレベルなんです。
それに物事は常に変化し続けているのだから、目に頼りすぎていると肝心な物が逆にみえなくなってしまうんですね。
だから私はここで先入観を抜きに思考の力みを解放をして、ありのままを5感で感じた事を書くような事を目的にしています
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