忍者ブログ

「学修塾ダンデリオン」ツイッターの漢文をきっかけにしたラインやりとり

2018年 11月14日
学修塾ダンデリオン  11月12日 にあった以下の記事をきっかけにしてのラインやりとり 抜粋
(老子道徳経 下編徳経41)
反(かえ)る者は道の動なり。 弱き者は道の用なり。天下の万物は有より生じ、有は無より生ず。道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気(ちゅうき)以て和を為す。
【大体の意味内容】
前進するというよりも、反復することが道の「動(ダイナミックス)」である。剛強であるよりも、柔弱であることが、道の「用」すなわちしなやかで豊かな働きである。天下の万物は「有」つまり実際に存在する女性的なものから生まれてくる。
しかしその女性的な「有」は、目には見えず、音に聞こえず、味もにおいも感触も得られない、「無」の世界から生じる。「無」とは単に空虚なのではなく、我々人間の能力ではとらえられないレベルにあって、しかも万有の根本道理という、「道」なのである。
「道」は始原としての「一(いつ)」を生み出し、「一」は「二元」的なものを派生させる。天地(あめつち)初(はじめて)発(ひらけ)て、その間に「人」的生命遊動体が生成する。そうして、天・地・人の「三才」が連関協働(きょうどう)して、万物が生み成される。
万物は太陰(たいいん)の神性を背に負い、太陽(たいよう)の神性を胸に抱く。万物は、大きなものでも小さなものでも、その内奥(ないおう)から湧き出る「沖(ちゅう)気(き)」というものがあって、陰陽(いんよう)二神(にしん)のエネルギーを調和させる。
【お話】
この素読を始めた最初のころに「天地(あめつち)は日月(じつげつ)の魂魄(こんぱく)なり。人(ひと)の魂魄(こんぱく)は日月(じつげつ)二神(にしん)の霊性(れいせい)なり」という、室町時代の神道家(しんとうか)吉田兼倶(よしだかねとも)の文章をみんなで読んだことがあります。
「天は日神(にっしん)と月神(げっしん)の魂である。いいかえれば『太陽』と『太陰』のエッセンスだ。大地はその太陽と太陰が結晶して形を成したものだ。そして人の魂や肉体は、太陽太陰の調和したものだ」といった内容でした。
その着想に学生時代、たいそう感動したものでしたが、吉田兼倶の思想は、この老子の「万物は陰を負いて陽を抱き、沖気(ちゅうき)以て和を為(な)す」の影響を受けたものだったのだ、とわかりました。私たちの心身は、宇宙の二つの極、太陽と太陰がギュッと凝縮してできている。
一人一人の身体が皆、そういう小宇宙なんだよ。小さな小さな「私」だけれど、巨(おお)きな太(おお)きな「大宇宙」と、直接つながっているんだよ。胎児(たいじ)と母体が繋(つな)がって交流しているように。そういわれているような気がします。
始めのほうで「弱き者は道の用なり」とあり、続けて「~より生ず」るという話が連続して語られているとおり、すべては「柔弱で母性的なもの」から、生まれてくるわけです。いくら力の強いものが多くを支配しようとしても、「母なるもの」が滅んでしまったら自分たちも滅び、宇宙そのものも滅ぶわけです
宇宙は遠くにあるのではありません。私たち自身に宇宙はあります。私たち自身の意識や意思のその奥深いところ、「山奥」とか「海の沖」とかのような、目には見えない深いところから発せられる「沖(ちゅう)気(き)」が、宇宙の意志であり、私たちのほんとうの本心なのでしょう。
それを感じ取ろうとしてゆきたいと思います。
09:29 ソルティ
 ふ~っ難しそうだね。占いでも、天・地・人 =三つの気がそろう。次に 五つの気 木・火・土・金・水(もっかどごんすい)木星・火星・土星・金星・水星がそろい、そこに お日様と月がくわわって七曜がうまれたとかならったような。。。七五三はそこからきてるみたいだし。
陰陽のバランスは大事で、女性が陰・男性が陽。どちらが上でどちらが下というわけではなく、両方がそろって一つ。精神が陽で、肉体が陰。息を吸う、息を吐く。。。。これも陰陽で すってすってすって。。。となるとできない。吸って吐いてすってはいて、するから呼吸ができる。お仕事も 働く・休む・働く・休む。。。を陰陽でくりかえすことによって連続性・持続性がでてくる。働いてばかりいると倒れちゃうよ。とまあ そのようなことをお習いした。
人間の肉体も、確か右側が陽(男性性)で左が陰(女性性)上下も陰陽があったと思う。
ヒーリングの世界では、両手からでるエネルギー(男性性と女性性の)をゆらゆらさせてバランスをとったりする。
10:12 虚空
「老子」さんもソルティーさんの学んでいる「占い」もともに中国の思想の思想ですからから、根底ではつながっているんでしょうね。
12:25 コバルト
内容に入るまえに先ほどのプーさんの中で「プーさんがピグレットに愛ってどう書くんだっけ?って聞いたらピグレットが愛は感じるものだよ」って言ったように、難しいでしょうが、文字そのものがエッセンスの塊になっていて、文字の向こう側を観る感じといいますか、感じ取るものになってくると思います
これが漢文になってくると、もっと抽象的になってくるんだと思います。
鋭い感受性(アンテナ)と想像力と具現化が必要になると思うんですが。
まずその大前提にある読み取る能力、鋭い感受性というのが「何もしない、空っぽになる、虚空」(宮本武蔵のダランとした構え)だと思います。
一応言ってみると「沖気」(汲み取る)、「中庸(ちゅうよう)」(吟味する)、「中道」(行動に出す)みたいな感じでしょうか(笑)
2018.11.15 木曜日
00:45 コバルト
ちょっと思いついたものだけ書くと、1次元(空間)→2次元(時間)→(じんかん)3次元みたいな感じ??どんどん軸が増えていくような。また受け止め方も。
沖気(妖気のようなユラユラ)(相反するもの同士の絶妙な調和のとれた状態)
09:08 虚空
自分は漢文など日本の古典以上にさぼったので(笑)・・・だから漢文そのものよりも「お話」欄からしか思索できていません。
まあ、そんな感じでこれをスイッチにしたらどんな考えが湧いて出てくるかを楽しむ感覚でいるのですが・・・
(テスト対策的な勉強とは全く違うので漢文を正しく読めているか云々は全く気にしないでいます))
10:13 諷虹・・・(注 ライン上で数式をそのまま表記できないため、独特の表記法になっています)
無→1、1→2、2→3は何に関してもステップアップの感じを受けます。「一を聞いて十を知る」の数字のような。
一を十をまではいかずとも、全くの未経験者が初めてその分野に触れる(無→1)、上達する(1→2)、さらに深く知る・上達する(2→3)
そして3までいくと後は無限に深めていける(達人・職人の域)という風に考えると面白いのかもしれません。
3の段階まで上がれたら、楽しめたらどこまでも深みに嵌まれる、極めていけるということでしょうか
少し専門的な数学の話になってしまいますが、この話は群論と関わりが強そうな気がします。
例えば"2"という数字を考える。(無→1)
"2"に関しての「逆元」を考えると"-2"(1→2)
"2"と"-2"を「演算(ここでは+とする)」して「単位元」が生まれる。つまり"2"+"(-2)"="0"(2→3)
この「逆元」と「単位元」と「演算」の三点セットがあれば群と見なされます。
※「単位元」とはその演算をしても変わらないものです。ここでは"0"+"2"も"2"+"0"も"2"なので、+の単位元は"0"ということです。
ここまできたらあとは
"2"+"2"で"4"が生まれ、"4"+"2"で"6"が生まれ、"6"+"2"で"8"が生まれ……と無限に生み出すことができます。
×のバージョンも例として載せておきます。
まずは"2"を考える。(無→1)
次に"2"に関しての逆元を考える。今回は掛け算なのでいわゆる逆数"1/2"が逆元。(1→2)
単位元を出す。"2"×"1/2"="1"(2→3)
※"1"×"2"も"2"×"1"も"2"なので×の単位元は1。
ここまできたらあとは"2"×"2"で"4"が生まれ、"4"×"2"で"8"が生まれ、"8"×"2"で"16"が生まれ……(3→無限)
10:47 八神ヴェルカ 補足1
逆元側からも無限に生み出すことができます。
足し算の例なら(-2)+(-2)から"-4"、"-6"、"-8"…(負の偶数)
掛け算の例なら1/2×1/2から"1/4"、"1/8"、"1/16"…(2の-n乗)
補足2
このままだと、足し算は無限の"偶数"しか生み出せませんが、ここに"1"が『添加』されると
"1"+"2"="3"、"1"+"4"="5"…と凡ての整数が生み出せます。
11:18 虚空
群論って日常の発想にも活かせそうですよね。いろんなたとえ話で啓蒙していきたいことの一つです!
15:03 コバルト
当たり前な事を当たり前だと思い込みすぎているから、どんどん濁り水になって、よどんで行くんだと思います!
自分の常識が壊れた瞬間に(群論)自分がどれだけ歪な当たり前だと思っていた世界にいるのかを知った時に世界の見方、感じ方がガラッと変わるトランスフォーメーション(意識の転換)が起きるんだと思います。
それがU字論でもあったわけだし、そしてなぜ皆そこを追い求めているかなんです!
すべては純粋な自分自身を知るためで、大きな存在に包まれていること、そして大きな存在と自身との繋がりがあると認識出来ていることであって、生が在って死も在る!生と死の境界線
が曖昧になって濃いか薄いかの違いのようになる。
だから生と死の絶妙なバランスが「沖気」とも言うんじゃないかな?
しがみつく事がない全てが自然体であることが美しい煌めきを放つんだと思います。
心意伝承(北斗の拳での無想転生)まで行くと、もはや理屈にならないんですね。感じられるものだけになる感じ。
それを宇宙と言ったりするんじゃないかな?
そう思うと、少なくとも自分自身を見失った状態のままでは死にたくないものですね。
何かとの強い繋がりを感じていきながら死んでいきたいですね。
そういえば、家の去年亡くなったじいさんが心筋梗塞で倒れた時必死にぎゅっと手を握っていてくれと懇願していた事を思い出します。
いよいよお迎えが来たと感じとって、物凄い孤独感が迫って来たんだなと思いました。
15:53 虚空
そんな時に手をにぎってくれる身内がいてくれたというのは、ある意味で幸せでしたよね。
17:54 コバルト
それはどうなんでしょう‥正直自分にとっては不安、苦痛、恐怖に怯えている祖父の姿が哀れにしか思えませんでした、家族と一緒にはあの世は逝けませんし、
きっとあの世にも在るものが重要なんでしょう。
だからここでやっている心意伝承というものは極めて大切なんです。
20:12 虚空
旅立つ時にひっそりと逝きたいか、見送られたいかは人によって違うと思いますが、もしも不安や孤独にかられたというなら、その時に誰もいないところで「あーあ、最期は独りだったな」と思いつつ去っていくのは、自分は辛いと感じます。
自分はそんなXデーの想像ばかりしてしまっていますが、特にこれまでのことがあるので、何であんなやつらの為に命を削り続けてこんな人生になったんだろう、と独り恨みを抱きながら怨念の塊になって去り、朽ち果てた状態で発見されるんだろうな・・・なんてね。
20:53 ヒマワリ
ふー!やっと漢文のやつちゃんと読んだ!
ほんと読んでて、はぁ?(ゴーン)みたいな感じ!
最近、宇宙多い!
とりあえずざっくり感想!
[前進するというよりも反復]は、反復=前進だなってくらいしっくり来た。
同じとこ行ったり来たりしてるようで、そうじゃないでしょって、らせんでしょって感じた。
同じとこグルグル◎は、横から見たら螺旋状になってるやつねって。

[天下の万物が有?…]らへんからはもうポニョと君の名は。が分かりやすい。
ポニョこそ海から生まれた子で、母親は宇宙そのものみたいなグランマンマーレでしょ。
ポニョあんま好きじゃないからよくよく見てないけど、ポニョがいた海ってなんか古代魚みたいなの泳いでたよね?
仮にポニョが超昔に生まれたとして、宗介の時代に来たとする。
この時点でもう時間と空間に変化が起きて世界定めてきな。
[道]てきなものがグランマンマーレ生み出して、グランマンマーレがポニョ生んで、んでもう天地がひっくり返って豪雨からの津波バッシャーン起きて、ポニョ!宗介んとこ行くー!みたいなとんでもないこと起きましたってゆう。

なんつーの?そうゆうの。
天地がポニョ生んだみたいな、ポニョ最後人間なるし。
私らポニョだったのみたいな(笑)
あとはも?君の名は。
陰と陽ってとことか。
勾玉思い浮かべた、あの白と黒がくっついてるやつ。
カクリヨの場面とか、彗星が2つに割れてとか、落ちた彗星で出来た湖が2つの丸がくっついてて?みたいな形してたとことか。
んも?LINE長すぎて疲れちゃうね!
次集まるとき話したかったわい!
20:59虚空
あまり好きではないといいつつ、ポニョの本質と関わる深い記述ですね!
宇宙の振幅ともつながって・・・・・
君の名 にも新たな観点が加わった感じですね。
年内にもう一度くらいは直接顔をあわせて語り合える時間がとれたらいいですね。
みなそれぞれに新たな境地の体験をしているようですし。
21:00ヒマワリ
万物が有生んで、有は無から来て、無は道がどーちゃらで、んで道が一生んで、一が二生んで、天地人だの3つが合わさって万物になりますって、戻るんかーい!って思ったんだが、ポニョの世界で考えたら、ばあさんたち最後走り回っとったあのシーンとか、戻るのかもね、宇宙に。
宇宙に戻るっつーのか、帰るっつーのか。
そう考えると死ぬことは怖くない気がしてくる?
ポニョもっ回見る!
21:15 虚空
ポニョは子ども向き映画という宣伝だったから余計な先入観が入ってしまったということは世間的にあったようですね。
あれは大人向きと思った方がいいかも・・・若おかみもそうでしたが・・・それこそ心意伝承を通り越して生命の誕生、もっと前の天地創造の頃まで遡って今を見つめなおそうという呼びかけを宮崎監督がしているような作品ですから。
でも、その意図を「あまり好きではない」といいつつ直観している・・・もしかしたらそうだからこそ「俯瞰視点」がとれて全体像がみえているのかな?????
PR