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小学生以降にも小学校教材 「ごんぎつね」 + そこからのあれこれ

Nanba先生のツイッターにあった記事をきっかけにしてのラインやりとりです。
ヒマワリフクロウさんのお姉ちゃんを家庭教師で教えていた時、ヒマワリフクロウさんもよく一緒に部屋にいました。
 
家庭教師の際に中学生や高校生へのピンポイント教材として「ごんぎつね」は割と使いました。
小学校の教材といっても、中高生以降だからこそ・・・大人になっても・・・深く物事を考えたり、感じたりするものばかりです。

記事の後半は「みんな一緒に」という意識に関することなどに、話が広がりました。


*何だか記事編集のコーナーがものすごく不安定で意味不明の誤作動ばかり。投稿後にちゃんと表示されそうにありません。
いつも以上に非常に見にくくなっているかもしれませんがご容赦ください。
 


2019.06.26 水曜日~
10:31 虚空
 Nanba先生がツイッターでごんぎつねを用いての社会人教育の事、等々の記事を載せられていました。
なんだか社会人クラスのことが思い出されます。
 

6月24日ツイート
最近、大人向けの文学の授業を始めています。ごんぎつねとか使って、企業研修でやるのよ。これがなかなか面白い。
 

6月25日ツイート
どうしたらごんぎつねは死なずに済んだか。もしあなたがごんぎつねの友人だとして彼にどうすれば彼は思いとどまったかって考える。実はごんぎつねの心の奥底を変える事はとても難しい。なぜなら彼の感情や行動は彼の人生と関わっているから。だからこそ企業の管理職はこの問いに夢中になる。
 
 
6月26日 駿煌会(虚空)リツイート
小学校の教材・・・あなどることなかれ、ですね。
私も中学生や高校生以上、社会人にも時々使いますがシンプルで深い部分に迫れるんでとっても有効だと感じています。
ごんぎつねは「絵コンテ」化しての「世界定め」「命運」なんかでよくやりました。
 
 
 
17:04 コバルト
久し振りに読んでみました。
 
 
細かい文章は覚えていませんでしたが、憶えていた感覚は当時そのままでした。
(備考 4年生では彼を担任していないので、授業者は別です)
 

そこで罪と咎?って思いました。
罪と咎の違いは、その行為によってどのような報いを受けるかによる。法や戒律を犯し処罰の対象となるものが「罪」、処罰がなくとも他人から非難を浴びる対象になるものが「咎」
 

ピッタリ合う言葉がみつからないけど、もう一つある気がする、それは自分自身の戒律を律する心そのもの、それを裏切ると常に自身に疑われてしまう気持ち。何をしても引っ掛かりが消えず、素直に喜べず楽しくなくなってしまう。
 
それをごん狐にあるんだと思いました。
 

19:41 虚空
小学校の時の授業だとどうしても、教師としての狙いがあって、その線に沿って授業展開という風になりがちですよね。
私だって教材として「ごんぎつね」を使う場合は4年生なら4年生、中学生や高校生ならその段階・・・等々に合わせてねらいの為の読みということになります。(家庭教師だと生態研究としての授業はなかなかできないしね)
 

小学校の時に習った教材文を、社会人になってから読み返して、自由な切り口であれこれ考える・・・それを紹介し合う・・・それだけでもまた人生違った厚みが加わりそうですね・・・「添加」として
 

「罪」「咎」は、玉川在学時代の礼拝の時間によく歌った讃美歌にもあります。
(日本で最も有名な讃美歌のひとつ かな?)
 
1、慈しみ深(ふか)き 友なるイエスは
罪 咎(とが) 憂(うれ)いを 取り去り給(たも)う
心の嘆きを包まず述べて
などかは降(おろ)さぬ 負(お)える重荷を
 

2、 慈しみ深き 友なるイエスは
    われらの弱きを 知りて憐(あわれ)む
    悩み悲しみに 沈める時も
    祈りに応(こた)えて 慰め給わん
    

3、慈しみ深き 友なるイエスは
    変わらぬ愛もて 導き給う
    世の友われらを 棄(す)て去る時も
    祈りに応えて 労(いたわ)り給わん

20:53 ヒマワリ
ごんぎつね、今読んだらなんとも後味が悪いよ…
 


21:00 虚空
あそこまでの悲劇になってしまうかどうかは別にして・・・ボタンの掛け違いというか・・・すれ違いは、案外日常の中にいっぱいありそうです。
 
*家庭教師の時「ごんぎつね」の授業を絵コンテでやったよね??? 最後の場面
 


22:24 ヒマワリ家庭教師のときもなんかやった記憶ある。
ただお姉ちゃんが泣いてた記憶だけが鮮明にあるだけで、私はあまり覚えていないのだ、なぜだ。
 
絵コンテってどんなだっか、思い出せぬ。



2019.06.27 木曜日

02:19 虚空
絵コンテではなくて「ラストシーンをごんの立場で書き換える」Verの方だったのかな・・・お姉ちゃんの時に。

(ごんな話がどういったことなのかが初めて分かったような気がする・・・ということで、その瞬間に突然涙があふれてきた っていう感じでしたね。あの時のお姉ちゃん)
 
20:06 ヒマワリ
うんうん、そんな記憶。
突然ふっと見たら泣いててびっくりした記憶が鮮明に残っておる。
あとは斎藤茂吉のときの姉ちゃんも泣いてたから覚えとる。
わしの記憶は姉の涙と共にあるのか(笑)


 ガルパン劇場版で、会長が「ただいま」って言って、ももちゃんがワーッて泣きながら駆け寄るシーンは、気づくとツー…と泣いてること思い出した。
 
心のベースに関しては本当によく分かります。
 
となりのトトロを見ていて、私と姉ちゃん必ず同じところで泣きます。
 
めいが行方不明になって見つかって、おばあちゃんと抱き合うシーン。
あのほっかぶりしてる姿が昔のばあちゃんそのもので、ブワァーって涙が溢れます。
 
私らが泣く姿見て、ママがなんか涙目になって「ばあちゃん天国で喜んでるわ」って言うから、余計泣ける。笑



23:02 虚空
そんな風に泣いてくれる人がいたら・・・実の孫じゃなくてもね・・・。
 
あのスイカおじさんだってきっと・・・・。
 
そういう人たちとの共鳴も大事と言うか・・・心のよりどころにできるなんていいよね!

 心に届く国語の授業・・・なかなか難しいものです。
 
特に「受験」「テスト対策」という縛りがきつい中学校や高校の先生方はますます大変になってるだろうな・・・・
 

お姉ちゃんも意識が転換した瞬間にパッと涙があふれてくるだけの素養はあるわけですが・・・

あなたの場合の涙で印象に強く残っているのは、あの裁判記録の時の涙かな。自分でもビックリしてたよね?



23:20 ヒマワリ
あーたしかに!
私もよう泣いてたわ(笑)
 
今思い出して1番グワァァって涙溢れてきたのはセーラームーンのみんな誰かに愛されて聞いたときと、おおきな木と、あと汽車ぽっぽの絵本…なんだっけ。
 
裁判記録もたしかに泣いてた、感情ってありがたいよねって言ったときだよね。
 
 
 
2019.06.28 金曜日
05:23 虚空
汽車の絵本は「きかんしゃやえもん」ですね。電気機関車に連結されてスクラップ処分に連れていかれる場面。
 

「感情ってありがたいよね」
 

っていうのも、単に喜怒哀楽っていう世間の常識とはちがう観点でキャッチしていた名言でしたね。
 
先方の都合で高校3年生の授業が今週はゆうべだったんですが、話の中心は「構え」と「言語操作性」でした。
 
で、最後に次回予告として「感情」をやると。単なる喜怒哀楽っていうとらえかたではないよ、と。
 
「一種のエネルギー・・・・まあ、言ってみれば キュゥべえ のつかまえ方だよ」
 
と言ったら、結構納得できるものがあるようでした。
 
 

05:29 ソルティ
早朝おじゃまします。

ヒマワリちゃんの御一家ってお幸せな一家だな~と思う。何と言うか。。。暖かい感じがする家庭。
(中略)
 
だから、スピのリーダーさんが言っていたんだけど、幸せな結婚( そんなのあるんかい? )をしたかったら、まずは自分自身が自分の理想の相手になることだ、と。( 類友 )つまりは この人生私はこうやって生きて行きます!!みたいなことが決まらないうちは結婚はまったほうがいいのかな~?と今思うけど。

価値観が一致しているとか、目指す方向が同じだとかとても大事だな~と 今頃思うよ。
 

「 映画 」私はどうやら変人らしく、笑うツボ、泣くツボ、怒るツボが 人とずれているみたい。だから映画館にはいかない。みんながわらっているところがなんでおかしいん?になるし、自分がおかしい所では、みんなが笑っていないので思いっきり笑えない、とまあこんな感じになるんだ。
 

泣くこともそうだけど、どこで怒るか?ということも、その人を理解するうえで大きなポイントになるね。
 

話はとぶけど、例のマンションの管理人さん(主にお掃除をするおじさん)に指導が入ったけど、全然かわらないわ。人が見ていないからと言って与えられたお仕事を思いっきりサボる、そしてアルバイト代をいただく。
それって どろぼうと同じだろ?って思う。 
 

でまあ、それは人の好き嫌いとかかわってくるけど、まあこういう人とはお近づきになりたくないな~と思う。

ヒマワリ、以前はね、ずっと丁寧に 「ご苦労様です。ありがとうございます。」とか言っていたんだよ~。でもこのところ流石に言いたくなくなったわ。
 

裁判記録 で 思いだしたんだけど、さだまさしの「償い」 っていう歌があるんだけど、この曲はいつ聞いても 泣けるわ~。
 
また話がずれてすみません。



05:42 虚空
いえいえ、話がずれているなんて全く感じないで読ませて頂きました。
 
実際に諷虹君との毎週のやりとりなどは、「ちょっと関係ないかもしれないけど」と互いに前置きをしながら話があちこちに飛びます。
 
だからこそ、多様に・・・時には思いがけない方向・・・に目が向いて、ハッとさせられるというその繰り返し。
 
「想定外の自分との出会い」なんていう発想もそういったあたりから生まれてきています。


 この前からずっと諷虹君とやりとりしている「咲」だって、あいかわらず私は麻雀のルールを全く知ろうともしないでいますが、「全く知らない」自分だからこそという視点・観点も大事かなとひらきなおって、率直に感じたことを口にしています。
 
それこそが「風」かな、って(笑)



05:47 ソルティ
風ですね。 涼やかな 軽やかな 風に
 なりたいな~。



05:55 虚空
さだまさしさんの償い・・・初めて聴きました。
 
いつになく気の込めた歌い方のような気がしました。
 
ちなみに茨城県は全国で運転マナーがワースト1~2を争うという不名誉な土地柄です。
運転者も自転車も歩行者も含めて。
 
よその県から来た人は「うちの県にもひどい運転者はいるけど、ここまでひどくはない。茨城で運転するのは怖い」と言います。
 
よく事故にならないなという瞬間が週に何度もあります。
 
どんなに気をつけて運転していても「加害者」になりうる可能定の高い土地。
もちろん「被害者になる可能性」も高い土地。
 

教員時代に、学校長が「保険にはいっているからと言って安心しないでください」と前置きして知り合いの話をしていたことがあります。
 
被害者の遺族の方が「保険金での賠償は受け取らない。そんな楽して償えるなんて思ってもらったらとんでもない」ということで、毎月自分の働いたお金で莫大な損害賠償を払って一生苦しみ続ろ、ということだったようです。
 
そんな話も思い出しました。
 

あと「ありがたい」という日本古来の意味・・・「有難い」=「めったにない」ということも。
 

他人は自分の思い通りになるのが「当たり前」という姿勢が根本にある人間がますます増殖中というのも悲しい風潮ですね。
 

その管理人の方も「手抜き」「ズル」が「生き方上手」という自分勝手な思い込みが背景にあるのかもしれませんね。
 

とりあえずは「自分がそういった人間にいつのまにかなってしまわないように」ということしかできないかな・・・・・
 
 
 映画等々の感じ方のズレ・・・個人個人の経験・・・特にトラウマとか、良くも悪くも激しい感情が伴った思い出・・・とリンクしてしまうような作品やシーンに対して、というのは誰にでもあると思います。
 

ただ、「映画」などは「作り物」「自分の思い出とは関係ない」と割り切れるタイプの人間かどうかという違い。
 
(もちろん割り切れるタイプの人間でも、いわゆるドツボにはまると、大きな反応がおきるということはありますが)
 
自分なんかはかなりそれが激しい方だと思っています。
 

だから、どんなに世間的には「面白い」「すばらしい内容」と言われるものでも、嫌な思い出(当時の感情)を呼び起こすスイッチのようなものには激しい拒絶反応がおきますね・・・・。
 
 
 
 映画館についてですが・・・誰でもズレって感じながらみていると思います。

私だって本当は普通に笑いたいのに周囲がシーンとしているからグッとこらえている、なんていうこと時々あります。
 

逆に自分はおかしくなくても、笑っている人たちをみると「ああ、この人たちにとってはここがツボなんだな」というくらいですね。言語生態の授業のような感覚。それぞれの違い、自分の特徴が把握できるいい機会としてとらえています。
 

それよりも困るのは、映画とは関係ないおしゃべりをしているカップルとか、平気で携帯でおしゃべりしている高校生とか。
 

映画に関する反応の違いは気にならなくても、映画に関係ないことで世界を壊されることには腹があたちます。EDの余韻に浸っている時に平気で帰り始める、目の間を通過されるというのも。
 
やっぱり劇場用の映画は映画館でみて最高の雰囲気が楽しめるように作られているので、周囲の反応を気にして映画館にいかないというのはもったいないと思います。
 

 去年、駿煌会の若者たちと「若おかみは小学生」を観に行った時も、それぞれ映画館の座席の好みの場所が違っていたんで、別々の場所を予約した、なんていうこともありました。まるで個々人が別々に観に行ったかのように(笑)
 

06:50 ソルティ
「 このみの席」か~ そういう発想はなかったな~。家族でいけば 横並び4席だったり


06:54 虚空
映画館ですが、 勿論「横並び一列」を最初は考えていたんですけど、あまりにずれていたんで互いを尊重しあおうということになりました。
映画を観ている最中は一人の世界に入るわけだから、一番入りやすい座席にしようと。
 

それをすぐに「協調性に欠ける」とかケチをつける人がいますが、そういう人ほど、そういうもっともらしいことを言って、本音では「自分の思い通りに他人をコントロールしたい」というだけなんですよね・・・だからみんなで揃えようという時も、決して譲歩はしない。

「協調性がないぞ」と他人を非難しながらも、自分に合わせることを要求する・・・すぐに正義を振りかざす人間ってとかくそんなのが多いから困ったものです。(自分だけが正しいと自負しているから余計にやっかい)
 


07:29 ソルティ
占(算)協調性を重んじる、という人は まあ こういう星を持っている人なんだろうな~とか考えるようになってきた。自分の思い通りに他人をコントロールしたいと本音で思っているというより、持っている星(宿命)や、どんな家庭環境で育ったのか?がその後の人生に大きく作用してくると思う。それこそ無意識にやっていたり、潜在意識の中にあるものが機会をえて出てくるということもあるのかな?と思う。
 
 
 
怨憎会苦・愛別離苦 そのどちらの状況からも ( どうすっかな~)と考えるのは自分で、そこに自分磨きのきっかけがあると思うし、または自分自身を考えるヒントがあるように思う。
 
 
 
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