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☆京アニ放火事件 ラインやりとり②

先日ブログアップした http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/369/ ラインやりとりの続きです。
(#京都アニメーション #京アニ )
2019.07.18 木曜日
23:24 虚空
ダンデリオンさんからこのような言葉がTwitterに寄せられました。
学修塾ダンデリオン
@hp45z6DX0wLrKA6
「才能ある人々」なのはもちろんでしょうが、何より志を抱いて真摯に勤め生きていた人々を十把一絡げに葬り去るという、テロというか暗殺というか、何とも形容しがたい凶事(まがごとに)…


2019.07.19 金曜日
06:40 虚空
今朝、別のサイトに載せた文です。

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昨日の京都アニメーション放火事件・・・知ったのは昼前だったのですが、大変なショックでした。通称「京アニ」で親しまれていて、家族体制のような雰囲気で丁寧に良作を生みだしている、という会社。私にとっても非常に好きな作品・大事な作品等々があります。ニュースをみるたびに厳しい現実を突きつけられ、そのたびに涙があふれでてきます。

「気に入らなければこの世から消してしまえ」式の全く自分本位の理屈での犯行・・・そうした行為に容易く及んでしまう人間がますます増えて行ってしまうのでしょうかね・・・。テレビゲーム等々で幼い頃から「邪魔者は消去」という反射神経ばかり異常に発達させてしまっているのかもしれません。

そういった心の歪みを正常に戻してくれるのが、ごくありふれた日常での、人間同士のナマの関わり合いだと思うのですが・・・・ゲームだけではなく、スマホや学習教材DVD等々を乳幼児の頃から与え続けている事も大変な問題とつながるのではないかという危機感を抱いています。

勉強にかかわるものだったら大丈夫じゃないか、と思われがちですが・・・・そういった機器をつかっての学習など、特に語学に関しては効果がないという研究結果もあると随分前に放送されていたのをみたことがあります。でもそういう研究成果って、発表しようとすると業界から強い圧力がくるんですよね。

沢山のお金をかけて大切な我が子を人間として育てず、子どものためを装いながら私腹をこやす業者を潤わせている・・・そんな家庭がますます増えるんでしょうね。

そしてハッと気が付いた時にはもう手遅れになって呆然とする・・・・・・・・・・



09:31 コバルト
自分自身の世界定めをリセット、リスタートするか、自分以外の世界をリセットしてしまえ!の違いですかね。
本当の序破急にはしがらみがないんですから。
沢山の世界観(可能性)が豊かさを生み出すんですが、これしか無いと思ってしまえば、これしかなくなってしまうんです。
単一性が(ゆがみ)になるんですね。


 宗教間の争いなんてまさに今回の放火事件と一緒。
神は唯一の存在、それぞれの一神教という思想が戦争を引き起こすんです。
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☆「この人生、夢か幻か・・・」 2019年7月16日のダンデリオンツイッター記事より

19日に駿煌会ラインで紹介したダンデリオンツイッター記事。それをきっかけのやりとりです。

実は20日の夜には、諷虹・虚空の二人が、この記事と、公開されたばかりの新海誠監督作品「天気の子」とを結びつけて・・・様々なアニメの話題も交えながら4時間半あまりやりとりしています。

ただ、「天気の子」のネタバレ満載なので、このやりとりのブログアップは、後日にします。


最近、何度も引用している「このはな綺譚」の一部を記事の最後に再び載せています。
是非合わせてお読みください。


またその中の最後の部分のやりとりは、京アニ放火事件等々、昨今の容易く人の生命を殺めてしまう犯罪行為に走ってしまう人たちとの関連でも重要だと思います。



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2019年 7月16日 ダンデリオンツイッターより

(荘子 逍遥遊篇第一―7)
昔者(むかし)、荘周、夢に胡蝶と為る。
栩栩(くく)然(ぜん)として胡蝶なり。
自ら喩(たのし)みて志に適うか、周なることを知らざるなり。
俄然として覚むれば、則ち??(きょきょ)然(ぜん)として周なり。
知らず、周の夢に胡蝶と為るか、胡蝶の夢に周と為るか。
周と胡蝶とは、必ず分あらん。
此(こ)れをこれ物化と謂う。


【大体の意味内容】
むかし、荘周(荘子)は自分が蝶になった夢を見た。
くっきりとした体感をもって、蝶であった。
楽しく飛び回り、のびやかな心のままにふるまうことができて、自分が荘周であるとは自覚できないでいた。
そうしているうちにふと目覚めてみれば、はっと我に返り、荘周であった。
しかしよく考えてみるとわからないではないか、荘周が、夢で蝶となったのか、それとも蝶が見ている夢で、今この荘周が存在しているのか。
(現実に生きているのが荘周であるという保証は、どこにもないからだ)。
荘周と胡蝶とは、必ずや区別はあるだろうと、我々は考えてしまう。
しかしどちらが原因でどちらが結果なのかは、誰にも判定できない。
今、荘周を「本当の自分」だと信じ込んでいることは、「物化」すなわち便宜上、荘周の方を「実物」とみなしているにすぎないのである。
(怒りに任せて人を殴っておきながら、「これは愛のムチだ」と言い張ることを、暴力の「美化」というのと同じことである。)


【お話】
有名な故事成語「胡蝶の夢」の原典です。「自分」と思っているものは、現実の存在か夢幻(ゆめまぼろし)か、確定はできない。
現実と思いこんでもいつかは必ず死んでいなくなるのだから、やはり夢といえばそうともとれるわけです。

ですが荘子の考えは、そうした「永久不変のものはないからすべては夢『のようだ』」と言いたいわけでは、どうもなさそうです。

蝶と自分とをはっきり区別しようとするのは、片方を「物化」しているにすぎないと断ずるのです。本当の本気で、自分自身を「夢に過ぎない」と考えてみている。存在世界の相対性、我々が生きていると信じ込んでいる「この世」とは、ほかにもいくつもある世界〔宇宙〕の内のひとつに過ぎない。
別次元の宇宙があるのではないかという発見を吐露しているようです。

現代では「相対性理論」とか「人間原理」とかの着想で想定されている宇宙観、またSFで描かれる多次元的宇宙観を、二千年以上前の荘子が既に着想していることにも驚きますが、そんな風に驚くこと自体が現代人の思い上がりで、昔のほうがレベルが低いはずと考える非礼に過ぎないわけです。

むしろ現代人のほうが、「これまでの常識がぶっ壊される」ことについて、臆病です。

これまで自分が正しいと信じ込んでいた常識が破壊されたり否定されたりして、それを受け入れてしまうと、「自分がなくなってしまうようで怖い」という決まり文句で及び腰になり、新しい発想や逆転の発想を拒否してしまいがちです。

荘子はむしろ、「胡蝶の夢」で、「自分がなくなってしまう可能性」を、嬉々(きき)として受け入れたわけです。

「自分自身が『存在する』と思いこんだり、『生きている』と信じ込んでいたことが、実は錯覚なのかもしれない、そりゃあ面白い!」と。

いまの自分は蝶によって見られている夢なのかもしれない、
その意味で、蝶によってほんの一時(いっとき)、生かされているだけなのかもしれない。
ならばそのほんの一時(いっとき)を、精一杯夢見られていればいいではないか。
蝶が夢から覚めたとき、「ああ、いい夢を見た」とご機嫌になってもらえるような、素敵な夢であればいいではないか。

きっとそう考えたのだろうな、と勝手に思いました。
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22:28 ヒマワリ
私も「天気の子」観てきました!
つくばで観てきたのですが、向かうときは雨が降っていて、帰りは青空が見えるほど晴れていました!

ダンデリオンのお話、ステキ。
こんな感じの話を今月の上旬に我が家でやった地元バーベキューのとき、姉ちゃんとかと喋ってた内容に近いなーと思いました。

なんでそんな話になったか詳しく覚えてないんだけど、
私が「『自分』ってなんなの?って考えだすと止まんなくなって怖くない?」って言ったら、
姉ちゃんが「分かる!ってゆうか死ぬって怖くない?死ぬの考えると怖いから考えない」みたいなこと言ったんだ。

うちのばあちゃんが死ぬときって皆んなで看取ったよねとか、あっちばあちゃんが死んだときはパパが棺桶に六文銭を入れたのを姉ちゃんよく覚えてるって言ってたりして。
三途の川を渡るのに必要なんだってゆうとこから。

そんな話してるときに、どっちが現実で、どっちが夢かなんて分からないよって言ったりしたんだ。
死ぬってきっと眠りにつくみたいじゃないかなーって。
死んで、あっちの世界に行って、目覚めたら、あっちが現実かもしれないよって。
こっちで生きてきた出来事を、あぁ私は長い夢を見ていたんだなって思うかもしれないね!って、ワクワクしながら話した。
それ聞いて姉ちゃんも「おぉ?」ってリアクションしてた!

2019.07.20 土曜日
06:17 虚空
そういう感覚ってかなり前からありましたね・・・・。
最初に強烈に感じたのは、やはり予備校生時代に、大好きだった祖母が目の前で臨終したとき。(祖母に意識はなかったですが)
祖母が「人間からモノ」になっていく。
体調がどうにも悪いというので救急車で病院に連れて行って数時間後のできごと。私が知らせを聞いて東京から到着して1時間後くらい。
真っ先に感じたのは「祖母は自分が死んだのを分かっているのかな?」って。
魂があったとしても宙に浮かんで天井当たりから不思議そうに見下ろしているのかな・・・とか。
だから叔母たちが号泣しているとき、自分は妙に冷静になって(感情が切り離された状態 スピ用語でいう離魂状態?)いて、天井を見上げていました。姿はみえないけど、目があっているかな・・・なんて思いながら。

もし魂がなかったとしたら、眠っている間にそうやって他界したら、もう意識はそれっきり・・・永遠に起きることもないんだな、どころか起きるという感覚すらこの世からなくなるんだなと。
魂があるのかないのか・・・そのうち分かるんだと思いますが・・・でもなかったら気が付けないか(苦笑)

そんなことからいっても、京アニのような身勝手な人間によって、かけがえのない生が奪われるなんていうのはね・・・・

事件報道のあった日の翌未明・・・いつも録画している温かい雰囲気のアニメをみながら「こういうアニメをみることができるというのは当たり前のことではない世の中になってしまっているんだな」と思ったら、妙に悲しくなりました。

で、明るくなってからの天気の子・・・
朝の情報番組で新海監督ナマ出演のを夜になってみましたが、冒頭、京アニのことを悲痛に語っていて・・・

天気の子の具体的な感想だとネタバレになってしまうでしょうから、もしよかったら個人ラインとかメールで聞かせてくださいね。
(他に観た方々も同様にお願い致します。少しすれば駿煌会の方でみんなでやりとりできると思いますが、今はまだね・・・)

(20日、夜 諷虹・虚空 このツイッター記事と「天気の子」とを関連頭けての様々なやりとりが4時間半あまり。ネタバレ満載なので今回は記載しません)
7月21日
07:00 ソルティ
 おはようございます。
「蝶」のお話。。。見るならこのような夢をみてみたいな。と思う。楽しく飛び回り、「 のびやかな心のままにふるまうことができる。」 ってとても豊かなことだなと想像する。折角この世に生をうけているのだから、あの世にお出かけする前に、この世でこの心境になれる経験をいっぱいしたいな~と思う。 このところ とんと夢をみなくなってしまった。見た夢を覚えられない位、記憶力が低下してるのかな? 嫌な事だけさっさと忘れ去って いい思い出だけ残ってくれるといいな~と思う。
現実は しがらみだらけで結構重いので何か良い手を考えてみよう!!

13:49 コバルト
序破急スタイルって以前から出ていましたけど、まさか核心のあたりの事に繋がるとは思いませんでしたね。

泡となって消えて行くもの。
稀に消えずに広がっていくものがある点にしても量子論的だし序破急になるんですもんね。
すぐに核心(正解)を立てる必要はないと思っています。
沢山のシチュエーションを持つことが大切なんです。
それが行き詰まってしまえば自分の中から勝手に消えていくだけなんですから。

15:13 虚空
 逆にいえば「これだ」と分かったつもりになって、満足してしまう方がコワイかもね。
思考停止・・・未知の領域は永遠に分からない・・・だから諦めるんじゃなくて、どこまで迫れるかという気持ちかな・・・

上原先生が既に分かったことにはこだわらず、すぐにそれは「もう終わった」として自分の過去から「消去」し、「さあ、次!」という姿勢をみせていたのもそういうことかもね。
どうしても「分かった」ということに安住したら、事実上生きていないのと同じになってしまうから。
だから古代日本人の「禊」の知恵はすごいことだと思います。

かなり前(社会人クラスの頃)にそうした話をしましたが、古来からの日本人の発想からすれば「著作権」という概念も「商標登録」という概念も多分なかった。そうしたアイデアもすべて、あちらの世界から頂いたものという発想があったから、個人が独占すべきものではないと。個人の業績というのはそもそも存在しない。

名を残す、とか 名誉 云々は中国などから入ってきた外来思想。そこに西洋的な「個々人の権利」という考えがはいってきてなおさら強化。

だって、和歌の本歌どりなどもそうだし、芝居もそうだけど、現代風な言い方をすればある意味では日本の文化は「パクリの文化」。ただ、それを「自分だったらこうする」とアレンジする。それを互いにやりあっていた。

過去の形のままで、それにしがみついていつまでも地位ア名誉は収入を頼るのは恥ずべきことと考えていたようです。
むしろ、誰もパクッてくれなかったら、土台にする価値もないもの、という証と受け止めていたんじゃないかな。

それも泡の思想かもね。
*国産みに最初に失敗した時に生まれた子の一人は「淡島」・・・アワなんですね
参考 1)
現象にとらわれて、現象を主体に考えると、そこから生み出されるものは「泡のようにすぐ消え去ってしまうもの」ということを示唆している・・・というのが虚空の父の解説です。


参考 2)
ダンデリオンツイッターの今回の内容、これをアニメ(コミック)で端的に示したようなものの一つが、最近も何度も引用している「このはな綺譚」

紹介している内容での最後の柚と少女とのやりとり・・・あのような事件(京アニ放火)の犯人もそうですが、昨今のなるふり構わないような凶行に及んでしまう人たちは、そういった出会いをする機会を自ら断ってしまって生きてきてしまったのかもしれません。

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このはな綺譚 第一巻 アニメ4話後半
『花嫁御寮』
*柚を人違いしているおばあさん 人形を本当の娘だと思って話しかけている。
桐 柚、あんたは人間に育てられたんだったわね。じゃあこんな話知ってる?
若くして亡くなった娘の代わりに人形に花嫁衣裳を着せる風習があるんですって。
娘があの世でお嫁入するために…。
柚、あんたはどう思う?ここに居ない人たちと過ごすあのご婦人を可哀そうだと思う?
柚 それをお客様が望まれたのなら、お客様の見る世界が真実です。
だってお客様は神様ですから。
*人形が人間化して現れている娘、桐に向かって
娘 お母さんを化かすのはやめてちょうだい。・・・いつまでお母さんをこんなところに閉じ込めておく気!?
早くここから出して!!
桐 それはできかねます。お母さまは自ら望んで此花亭ののれんをくぐって来られました。
私達仲居にできることはお客様をおもてなしすることだけ。追い返すことはできません。
あなただってなんの因果かもう一度産まれて来れたんですから、ここでの時間を楽しまれればいいじゃございませんか。
娘 できるわけないじゃない。
どうせこんなの夢なんだから。
覚めたら余計に悲しませるだけじゃない。
桐 でもねえ、お嬢さん。
あんた方人間様の一生も、ここ(此花亭)でみる束の間の夢も、あたりら狐にゃたいして変わりませんよ?
「ああ、いい夢だった」それじゃいけませんか?
少なくともお母さまはそれ(夢)でも構わないんですよ。
(娘、泣き出しながら)
娘 わたし、ここであなたたちに恥ずかしいところばかりみられているわ。
桐 人が成長するってのはそういうことでございましょう?
たくさん恥をかいて何度も後悔して、どうか素敵なひと(女性)になってくださいね。
(娘 白無垢姿に)
お婆さん 今日はいい日ね。よく晴れた暖かな春の空。まるであなたが産まれた日のような。
娘 お母さん
お婆さん 子どもはすぐに死んでしまうから、七歳までは神様の子だとされていたの。
娘 あなたはわたしのことを神様の子だと言うけれど、わたしはずうっとあなたの娘でした。
本当に夢みたいに幸せな一生でした。
ありがとう、お母さん。
(消えていく)
お婆さん みんな、行ってしまったわ。また、ひとりになってしまったわね。
仲居さん、本当にありがとう。あなたたちのお陰で、幸せな時間を過ごすことができたわ。
本当に夢のような・・・
桐 夢ではございません。これからはずうっと娘さんとご一緒にいられますわ。共に過ごすことの叶わなかった数十年より長く…。
お婆さん ああーっ、本当に今日はなんていい日なんでしょう…。
(柚が部屋にくる)
柚 お客様、ご昼食をお持ちしました。
(室内は桐だけになっていた)
桐 お客様ならもう旅立たれたわよ。娘さんのところへ…。
柚 (寂しげに)そうですか…きっとお急ぎだったのですね。お見送りできなかったのは少し残念です。
桐 そういえばお礼を言われたわよ。
あんたたちのお陰で夢のように日々だった、って。
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このはな綺譚 第二巻  アニメ 八話前半
『潮騒』
砂浜に漂着していた少女に出合う柚。少女は柚に「自分の船が遭難した」とか「自分は人魚」とかいう。柚は大真面目に信じて何とか力になってあげようとする。
少女 ・・・ちなみに人魚っていうのも嘘。
柚 嘘なのですか!?
少女 仲間を探しているのも嘘。あたし友達いないから。だってみんな嘘つきのあたしが嫌いだもん。親も学校の子たちも。
みんなの陰口 「いつもそんな子どもみたいな嘘ばっかり」「人の気を惹きたいだけでしょ?」
少女 あんまり嘘ばっかりつくから最近はもうなにを言っても無視される。
誰も話を聞いてくれないから、嘘をつかなくなるとさ、現実って残酷なくらい変わり映えしないんだよね。
柚 そうですか。私はお宿で仲居の仕事をしておりますが、色んなお客様がいらしゃって毎日わくわくします。
少女 それは柚ちゃんがやりたい仕事をしているからだよ。
あたしは趣味とか将来の夢とかないから、毎日ただ学校に行っていつか大人になったら毎日仕事に行って、これからずっと毎日毎日その繰り返しで。
なんだか未来(さき)が見えちゃったんだよね。
騙してごめんね、狐ちゃん。あたしそろそろ行くわ。

柚 騙されてなどおりませんよ?だってお姉さんはおまんじゅうを返してくれました!
騙すというのはそれでなにかを盗ったりひとを傷つけたりすることです。
お姉さんの作る「お話」は楽しいです。だって私は今日一日で、遭難者と迷子の人魚とあなたに会えました。とても楽しかったです。
少女 楽しい?
(過去回想 聞いて聞いて!いまそこで宇宙人見たの!!ほんとうだって、ほら!今UFOがいた!)

少女 子どものころは嘘でも構わないからわくわくした。
答えの分かり切った代わり映えのしない「現実」
妄想も空想もぜんぶ含めて「現実」なのにね。
アンタみたいな子があたしの傍にもいれば良かったのに。そしたらあたしはあたしを否定しなくて済んだ。

柚 いらっしゃいますよ。きっとまで出会っていないだけです。
わたしが今の仲間たちと出会うまで「仲間」を知らなかったように。

☆ウルトラマンの生みの親を交えての上原先生達対談 を読みながら 記事に先立って

実はこの記事、昼頃にはアップする予定でした。

その作業に入ろうとした時に飛び込んできたのが、「京都アニメーション火災(放火)」事件です。
京アニについては、やはり諷虹君ともよく話題に出ていたのですが・・・ショックなどというレベルではありません。

今回のやりとりのキーワードは「序破急」で、特に「破」の意義がしばしば登場します。

しかし、それは今日起きたような社会の秩序を「破壊する」のを肯定するような意味では決してありません。
従来の枠にとらわれている自分や社会に新しい風を吹かせる・・・これまでの枠から脱皮していくための「破」です。

それは自分にも周囲にも社会にも、より大きな深い「幸せ」をもたらすための「破」です。
①での内容からして、人によっての意識世界のズレが想像以上に違ってきているという現代社会の病理に関係してくると思います。
なので予定を変更して、駿煌会ラインでの、今回の事件についてのやりとりを、先に一部紹介しておきます。
(#京都アニメーション #京アニ )
19:31 虚空
京都アニメーションの続報があるたびに、どんどん心が沈んでいっています。
あの会社の作品にも随分と初期の頃から影響をうけているんで。
さっきも続報のニュースをみて涙がこぼれました



19:32ヒマワリ
さっきちらっとニュース見たけど、なに放火なの?



19:33 虚空
放火のようです。「パクりやがって」という捨てゼリフをはいていたという目撃者もいるんで、なんかの逆恨み?

 印象深い京都アニメはいろいろありますが、諷虹君とよく話題にしたのだと、中二病でも恋がしたい 小林さんちのメイドラゴン 響けユーフォニアム とかですかね。 Kanon などは、車椅子の知り合いの方に勧められて観ました。



19:37ヒマワリ
放火なのか…
それは悲しいし、なにもそこまでしなくてもね。
知ってるアニメあるだけに余計ね。



19:45 虚空
Wikiなどで調べると分かりますが、あの会社って、非常に古きよき日本の老舗の業者という感覚を残しています。
外注などはしないで、気心しれたスタッフ同士が連絡を密にして「いい作品を生みだそう」という姿勢。
だから社員はみんな部品としてではなく、家族の一員という感覚の会社です。
それだけに、一度に大勢の社員を失ったというのはね・・・・・・・・・・・・



20:50 虚空
今回のことに関してネットでこういう記事がありました。
京アニ社長「残念で断腸の思い」=惨劇に悔しさあらわ
2019/07/18 19:48時事通信
 死傷者多数を出したアニメ制作会社「京都アニメーション」の火災で、八田英明社長は18日午後、京都府宇治市の本社前で取材に応じ、「こんなことになり残念で断腸の思いだ」と悔しさをあらわにした。

 放火されたスタジオについて、同社長は「会社の核となる場所」と説明。事件当時は監督をはじめ、原画やキャラクターデザインの担当者らも現場にいたことを明らかにした。

 会社には、数年前から作品への批判や、スタッフの殺害予告が相次いでいたという。同社長は「弁護士に相談したり、警察に被害届を出したりするなどして、その都度対応してきたつもりだった。ここまでする人がいるとは想像もできなかった」と言葉を詰まらせた。

 その上で、「暴力行為に訴えてどうするのか。作品に批判があるならちゃんと主張すべきだ」と怒りを隠さなかった。



20:53 虚空
話し合いという「人間としての基本姿勢」が急速に失われている世界ですね。
不満があったら問答無用でこの世から消し去れというような・・・・もしかしたら、幼い時からテレビゲームなどで邪魔者は消す、嫌ならリセットする・・・そんな繰り返しをしてた世代がこういうようになってきているのかもしれません。



21:23 コバルト

https://news.yahoo.co.jp/byline/usuimafumi/20130608-00025545/
ある犯罪心理学者は語っています。
「殺意を待っている人に殺人を実行させる方法は、誰も彼に話しかけないことだ。」
みんな人付き合いを無くしてしまえば、感情を抑えつける堤防がなくなってしまい、暴走にいたってしまうんですよね。



21:34 虚空
この前のサイゼリアでの言葉を使えば、自分だけの「起承転結」の世界を邪魔するような人間も社会も消えてなくなれと極端な「破」に及ぶ。

人との関りが希薄でゲームやネット三昧で暮らし続けると、(サイゼリア対談で語り合ったように)ものごとの認識の仕方そのものが歪む・・・そこが多分想像以上に・・・。

あたりまえのことですが、人間と生の交流をしながら人間として成長していくわけだよね。

乳幼児のときからスマホやビデオやゲーム機や各種教材でのやりとりばかりで大きくなっていく子が社会の多くをますます占めていきます。

今回のことは決して他人事ではありません。

☆ 「現実」との真のおりあいとは? ~個々人の「世界定め」と「認め合い」~

先にアップした ことりのおやつ君参加時の前後でのラインやりとり記録です。

「夢」の世界をベースに生きていた幼少期から、4年生前後に「現実」をベースにした生き方に一度転換する・・・ということは発達心理学でも指摘されていたことですが、上原輝男先生はそれを積極的に「転換させる」方向にと主張されていました。

それの一つが中学年での「論理思考」の訓練であり、あるいは「ボケとツッコミ」の授業だったわけです。
そうしたことが、人間としての成長にどういった意義があるのか・・・そこがこの数日のやりとりの核心部分です。

「量子論」の・・・特に「量子もつれ」のこともからんできますが、我々も特に専門的にきちんと理解しているわけではなく直感でやりとりしているので、難しく考えずにお読みください。

昨今の「迷惑動画」等々のことに関しても言及しています。現実と夢の世界(歪んだ遊びの世界)との区別をつける能力が未発達な事例だと思うので。


2019.06.29 土曜日
13:21 コバルト
風が起きるということは分母と分子がひっくり返えるから起きるという事じゃなくて、分母と分子が回転するから風が起きるんだと今思いました。


13:25 虚空
この「回転」を自由自在に起こせるようになるというのが、おそらくひっくり返ったあとの段階。
5~6年生や中学生・高校生・・・

この回転を通してどんどん「超現実」だとか「俯瞰・鳥瞰」だとか「大自然・大宇宙」や「極微の世界」「見えない世界」・・・「並行世界」等々と共鳴し合っていく・・・そんな感じになるのではと思っています。

そこに量子論・・・特に今気にしている「量子もつれ」のことがどう絡んでくるか?????


15:01 コバルト
https://youtu.be/pS6P0FyW7mE
 量子のもつれこそ、意識の発生に繋がるということですかね‥
デジタル(方法など)でどこまで高性能にすれば意識は発生するのかでなくて‥
量子もつれこそ意識そのもの?



15:54 虚空
紹介してくれた動画は「モーガンフフリーマン」のシリーズの一つですね。
いろいろと興味深いトピックに満ちた番組で、大量に録画していますが、丁寧に全部みてはいないで、ただ円盤に焼いただけというのもあります。

この番組でも量子論や宇宙論はいろんな形で登場しています
例えば「ダークマターの正体は未知なる素粒子ではないか」とか、「超ひもの振動によって素粒子が誕生・・・振動が違えば違う素粒子・・・この世界とは違う素粒子で出来た世界も理論的にはともでもなく存在しうる」等々の考えに、「量子もつれ」を添加すると、従来「非科学的」「迷信」と言われていたことが、案外科学的に説明できるかも・・・ということで、この所量子論に新たな視点を得ています。

(以前は「重ね合わせ」「相補性」という側面が中心だったんですが)


その考察のとっかかりの、一つが現在公開中の「青春ブタ野郎」も含めての、あのブタ野郎シリーズ。
2019.06.30 日曜日

13:30 虚空
ゆうべの ことりのおやつ君 の、精神の病のいろいろな話を踏まえて読み返すと、さらに大切なことがみえてくるような気がしました。
17:22 コバルト
ことり君の(妄想の世界が自分にとって現実なんだ)というのが印象的でしたね。


19:07 虚空
児言態の雑誌18号の原稿に書いた「意識世界」(世界定め)の内容そのままという感じでしたね。

それと昨日も言ったけど「青ブタ」の量子論的なことからくる「真の存在」の意味とか。
諷虹君とよく話題にする「このはな綺譚」・・・もし機会があったら彼に観てもらってもいいかもしれません。ああいった感覚が普通に展開されているアニメや漫画などもあるんだと、知ってもらう事は。
単に私の持論というのではなくて、そういった見方も広がりつつあるんだと知ってもらうためにも。
19:33 ヒマワリ
読んだ。このはな綺譚読んでから、昨日のやりとり読み返した。
なんだかなぁ…ほんと、その人の目に映るのもが本当(現実)なんだから、それでいいじゃないかって。
今なら言ってあげられるのにね。

 私も昔よく、植物見ると、顔に見えてくることよくあったよ。
葉っぱとか、木目とか。

友達にあれが目で、これが鼻に見えない?って聞いたりしても、う?ん?みたいなリアクションだったし、自分的にもさほど気にしてなかったけど、そういうもんじゃんね。
私にはそう見える、友達にはそう見えない、ただそれだけなのに。
病名つけたり、オカシイとか、なんなんだろうかこの世の中はと思ってきた。



19:39 虚空
そうなんだよね。
そもそもどんな人間でも、自分のフィルターを通して知覚して、世界をつくりあげる。
(18号の記事も読み返してみらえると分かりやすいかな???)
あとはそれを互いに尊重しあうことだと思います。
みんな違っていいんだけど、それが好き勝手にバラバラで自分勝手でいいだろうじゃなくて、それらをきちんと受け止めて、認め合い、そして重ね合わせて「独りではなしえない新たで豊かな世界を一緒に作っていく」・・・
自分独自の世界でいい・・・というのは決して孤立への道ではなくて、互いに刺激し合ってどんどん世界を広げ深めていく・・・「響き合い共鳴しあっている実感 からの喜び」とでもいうようなね。
このはな綺譚のビデオを前にみてもらったけど、そうしたことを認め合えたから、花嫁御寮では、娘も年老いた母も幸せ気分で成仏できたわけだし、嘘つき少女だって、元の世界で息を吹き返した時に、本当に分かってくれる友達と出会えたわけだし・・・


 病名をつけるのが必要なことだってあるんだけどさ・・・でも近年は、本当に当事者のためではなくて、昨日も話したように「大人の責任逃れ」の口実のために、っていうのがみえみえの場合がある。これが困ったもの。



2019.07.01 月曜日
22:58 虚空
駿煌会ブログアップです。ツイッター記事転載
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☆小学生以降にも小学校教材 「ごんぎつね」 + そこからのあれこれ
Nanba先生のツイッターにあった記事をきっかけにしてのラインやりとりです。私も中学生以降の段階で「ごんぎつね」はよく使いました。
話は「みんな同じになるのが協調性なのか?」にも言及です
  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/355/ 
☆ 妻が願った「最後の七日間」 からのラインやりとりをブログアップです  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/356/ 
たまたま朝の情報番組で知ったこの歌のことから「アニメのラストシーン」で海外に受け入れられないもの等々から「日本人の悲劇性に対する独特な見方」ということへ話が発展していきます。

最後の方で簡単に触れているのですが、悲劇をさける風潮が一部で広まっていて、例えば「ごんぎつね」のラストでごんが死んで可哀そうと感想を書いた子が厳しく叱られるとか、「かちかち山」でハッピーエンドとか、いろいろあるようです。でも果たしてそれが本当にいいのかは検証が必要だと思います

悲劇性をあるいみで好む・・・美化する風潮・・・は一つ間違えると、軍国主義者等々に歪んだ利用をされてしまう発想です。
でも本当に大事なのは、古来から日本人が目に見えない世界を本体とし、そこからどんな人生観を得て、現実的には大変な日々の暮らしを生き抜いてきたのか、という点だと思います
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23:35 ヒマワリ
ブログアップお疲れさまです!
 文字を打つのってほんと大変ですな。
ただ打つのももちろん、人の言葉を聞きながら指も動かすっつーのは大変。


23:47 虚空
大変だけど、残すだけの価値があると思うし、その価値はあとになればなるほど、大事になってくるかな、っていう予感があるのでね・・。

本当に駿煌会のやりとりでみなさんの意識にひっかかってきて、話題にしていることや発言している内容って、あちらからの信号とか、宇宙等々との共鳴などがいい意味で錯綜していると大真面目に思っています。
2019.07.02 火曜日
00:08 虚空
ことりのおやつ君から次々と質問がでて、無我夢中で答えたあたりはほとんど同時記録はとれていないけど、一応録音はあるんだよね。でもそれを聞きながら起こしていくのも、大事なんだけど、今優先は番組アップの方かなとも思っています。
「青ブタ」の量子論関連の記述も、やっぱり関係が深そうなので、こちらも早くやりたいところ。


08:05 虚空
今朝、別のサイトに載せた記事です。
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連日のように、朝の情報番組では問題動画の投稿に関して世間が批判をしているということがとりあげられています。どんなに批判されても本人たちは「受け狙いの遊び感覚」なのでしょうから、ネットで閲覧者が多数とか拡散したというだけではなく「テレビでも騒がれたぞ」というのは勲章なのかもしれません。
それであとからあとから迷惑動画が投稿され、内容もエスカレート。
ビルの上から爆竹を道路に投げ落とすとか、サッカーボールで破壊活動をするとか・・・もう遊びや冗談では済まされない犯罪行為です。
昨日は「警察官をおちょくる動画」、今朝は「電車のドアにわざと挟まれてみる女子高生」・・・・警官の場合は怒り出すまで踊ってみようという呼びかけもあって、それに応じての行為がエスカレートしているようです。
このようなノリでしばらく前にもありましたが、気に入らない教師をしつこく挑発して怒らせ、それを仲間に隠し撮りさせて、ネットにアップというようなことがますます横行するでしょうね。例の子供虐待禁止の法律の流れなどもありますから、わざと大人を怒らせる(挑発する)そして、厳しくしかられると「パワハラとして訴える」。
もちろん間違ったパワハラや虐待は論外ですが、無法者の行為に対して毅然とした態度でビシッと叱るという行為が日常から完全に消える・・・迷惑行為をしたって叱る方が悪者という意識に国家がお墨付きを与えてくれたような間違った優越感・・・一体どんな世の中になってしまうのでしょうね。
こうした迷惑行為が後をたたずにエスカレートすれば、当然のことながら「規制」とか「厳罰化」というながれがきます。今度は国家が国民を縛り付ける風潮にお墨付きを与え、ハッと気が付いた時にはものすごく不自由な日々が待っているとも言えるでしょう。
法などで規制される前に、本当に自分の存在を日々模索することを大事にしてほしいものです。そしてそれには時間だってかかります。面倒だからパッと目立てるように、ということで今のようなことをしていたら、結局寂しい想いをして生きて人生を終えるのは誰でもないご自身ですから。
(別の話題に移って)
このところ諷虹君たちと量子論から発展していろいろな考察をしているのですが、その中に高い山の上で人知れず咲いている花の存在 というようなことも出てきます。それを思い起こしました。

混沌としていて、絶望的というか嫌な事ばかりの日々ですが、その見えない部分にある、真実の美しさ等々を見出したい・・・そのためのとっかかりというか、道しるべを切望している・・・そんな今の気持ちを代弁してくれているような歌だと感じました。



19:26 ヒマワリ
最近はそんな動画がアップされてたんだねー。
なんなんだろうね?こういうことする高校生。
いいね欲しさなのかな?
こういうバカなのはほんと世の中の一部の一部の一部であって、普通の人がほとんどな世の中であってほしい。


23:37 虚空
先ほどの高3の授業・・・完全に物理や化学の観点からのエネルギーの話がずっと続いて・・・そこから「感情」に切り込みました。

やっぱりどこぞの宇宙生物ではないですが、感情は「喜怒哀楽」ではなくて「一種のエネルギー」と考えた方が、上原先生の発想との相性がいいです。
「イメージ運動」なんて言っているくらいだし・・・最近の量子論のことをふまえても、ますますね・・・・
(枠を超越してしまうエネルギー)



2019.07.03 水曜日
10:20 虚空
やっと28日のやりとり記録をブログアップです。

ツイッター記事転載
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* 6月28日の諷虹 虚空のやりとりをブログアップです。
タイトルからして「量子論」という言葉が冒頭にあり、内容も例の如くほとんど一般に知られていないアニメを通してですから閲覧は敬遠されそうですね。
でも、そういう部分は読み飛ばして結構ですので是非目を通してみてください!

*量子論からみる「心の考察」①  ダンデリオンツイッター「高山植物」からアニメ「ブタ野郎シリーズ」:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/357/ 
もしかすると現代社会の心の問題を考える鍵になるのではと大真面目に考えています。「雲海」「高山植物」というのは美しいと共に、とっても量子論的な気がします

*量子論からみる「心の考察」②  「異形の存在」と「運命の先導者」:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/358/ 
天狗とか七福神などの異形な部分を持つ顔の存在が、先導者の立ち位置・・・といおうことが、量子論での「観測者による確定」の方向性と関わるのではないかという内容です。

*量子論からみる「心の考察」③ 「名前」の先導作用 から 老荘思想の「道」へ:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/359/ 
先の「先導者」ということと「名前の持つ力」ということから、ダンデリオンツイッター記事の老荘思想からみる「道の考察」へつながっていきました。「通り名」と「道」の関連も含めてです

*量子論からみる「心の考察」④ 量子論と上原輝男流「遊び意識」⇒真床覆衾としての「おうち意識」:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/360/ 
量子論での相反することが混在している「場」と、上原輝男先生が説く「遊び」が成立している「場」の問題、それを「おうち・真床覆衾」につなげています
*量子論からみる「心の考察」⑤ 先験的イメージとの関連を経て、再び「名前と存在」の考察へ:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/361/ 
やりとりは自然な流れとして「先験的イメージ研究」での「四つの仮説」と関わっていきました。(特に「邂逅性」)
それを経ると前半の「名前」に関する考察がより深まりました

*量子論からみる「心の考察」⑥ 相反するものの重ね合わせ・共存:  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/362/ 
最近NHKプロフェッショナルで紹介された「腰痛専門のすご腕ドクター」の「問診がすべて」という基本姿勢からの発展です。
医療に限らず、教育現場でも日常生活でも、こうした「ナマのやりとり」は大切!

*実はこうしたやりとりの次の日、長く精神科を受診しているという若者(ことりのおやつ君)が駿煌会の会合に参加、赤裸々にいろいろ語ってくれました。その内容が、非常にこれらのやりとりと関係の深いものでした。
御本人の了解を得て、近くそれもブログアップの予定です。
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2019.07.04 木曜日
05:29 虚空
今朝みつけた記事

2歳児の1割超がもう「スマホ依存」 母親2000人の調査で判明 専門家「リスクは未解明、ほどほどに」 
https://news.goo.ne.jp/article/sukusuku/life/sukusuku-17630.html
身体への影響もさることながら、きっともっと深刻な影響が後々出てくるのは次の記述のあたりでしょうね。
ナマのふれあいからしかうまれない「共振・共鳴」の力が未発達になってしまいそう。

もちろんお母さんが追いつめられている状況も、単に「母親としての自覚を」などという精神的な一般論だけでは全く解決しないだろうし、それを単に批判だけしていたら、親子共倒れになってしまうという可能性も高まってしまいます。

⇒母親の育児ストレスが影響
 調査からは、母親と子どものスマホ依存傾向には相関関係があり、さらに、母親の育児ストレスが高いほど、子どもと過ごしていてもスマホをいじってしまう傾向が高くなることも明らかになりました。

 橋元教授は「母親自身がスマホ以外のストレス発散法を見つけてほしい。また、知育面では読書、脳の発達には外遊びは重要。母親が一人で抱え込まないよう、父親がサポートを」とアドバイスします。そして、「子どもと目を合わせること(アイコンタクト)が、子どもの共感性や安心感の醸成には欠かせない」と力を込めます。

 調査全体を通して、橋元教授は「幼い子どもがスマホを使うことの影響は現時点でははっきり分かっていない。親の使用も、子どもに使わせるのもほどほどに」と呼び掛けています。



2019.07.05 金曜日
20:36 コバルト
TwitterのNanba先生のどうすればゴンキツネは殺されずにすんだかという考察は面白いですね。

ちょっと路線は違いますけど、キツネや蚊みたいな害獣や害虫(害人もある)とされていますが(ましてキツネは現代でも駆除の対象になっていて、罠だったり鉄砲で撃たれたりとしている)

害があるものに対して人間が攻撃的になり殺さないですむ方法って一体どんな方法なんだろうと‥
それは感情があっての事なのか、それとも無感情であるからなのか‥?
現代人は果たしてナウシカみたいに害虫達にも心を通わせられるようになれるのだろうか?
これからの季節、蚊が大量発生しますが、きっと私は血を吸いにやってきた蚊が領域内に入ってきたら反射的に殺虫剤などで殺してしまうと思います。
益虫と害虫とかありますが、ゴンの場合は害獣が実は益獣だった事もあるわけで、これにも両義性があるんですよね。
もっと広げると蚊だって植物の媒介者であって、世界で一番人間を殺している人口の調節者でもあるわけで、自然視点で見れば益虫であるんですよね。
少なくともまったく違う角度からの恩恵は受けているはずなんです。
視点を増やすと見え方というか受け止め方が変わってきますね。
今度丁寧にゴン狐にやってみたいですね。



21:24 虚空
ちょうど今、諷虹君宅で「純粋経験」と「仏教の相反することを一つに」(先日こころの時代という番組でロボット工学の学者が語っていた内容。これもできれば文字起こしをしたいと思っているけど、いつになることやら)

そして、それに諷虹君が数学の「重み付グラフ」の話が加わって・・・という真っ最中です。

実際にNanba先生がどういうようにされたのかは企業秘密だとしても、虚空がやったことを元にしてさらにあれこれ考えるのは大いにやってほしいところです。



21:35 Nanba先生
yes!



22:17 虚空
ちなみに、今諷虹君と語り合ったばかりのやりとりです。
今季アニメの略称「うちの娘。」という(元のタイトルは30文字以上)ことをきっかけの内容です。

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虚空 あれなんてみるとね、今の社会が忘れているような・・・かつての・・・幼い魂を愛しむとか、守ってやりたいっていう本能のようなものを描いている・・・今の社会に対して、それに目覚めようよ、といっているようなね。決して幼女趣味なんていう歪んだ観点じゃなくて、かなり大真面目に描いていた。

諷虹 今は守ってやりたいじゃなくて、守られたいですからね。大人になっても。
(バブみ)
⇒年下の女性へ求める母性、あるいは年下の女性から感じる母性。(ピクシブ百科)
注)ネット上などではどんどん意味が変化してしまっている
虚空 そう考えるとね、自分達とかいわゆる普通の家庭で育っている子たちとは、全く違う意識世界が出来上がっていると思うんだよね。そういう虐待とか受けている子たちは。
そうした結果、「みんな」と称せられる社会の型からはみ出ていると、精神に異常があるというレッテルをはられてしまう。

学校でもいろんな精神の歪みに対して名称がつけられているけど、それの功罪っていうのもあると思うよ。

自分が教師をしていた頃だって、今だったらそういう病名がつくようなケースはあったのかもしれないけど、知らぬが仏というか、そんなことを全く気にしないで対等に接していたから、周囲が驚くような変化が起きることだって珍しくなかったからね。


2019.07.06 土曜日

07:14  ソルティ
Nanba先生のツイッターがどこにあるのかがわからないんですけど、どうすれば殺されずにすんだのか?という発想がまず私にはなかったな。そんな方法があるんだったら是非ともきいてみたいな~と思う。

私はまるまるがきんちょの部分があって、物語や映画は いつでもハッピーエンドが好き!なんですよ。自分がくら~~くなってしまうような映画などは積極的にはみないようにしている。だって気分が悪くなる。

虫。。。大の苦手。実はマイルームのベランダにうじ虫がやってきた。おとなりさん(スポーツをやっている人)のシューズが発生の場所だったんだけど、必死で歩いているその姿にはお気の毒とは思ったけれど、あの手この手で殺してしまった。いのちを奪うという行為が どうにも気まずかったので、「 南無阿弥陀仏 」と唱えながら送った。

蚊も ぱちんとやる。これは痒みという私にとっては実害をうけるので、まあそれはいいかな~と思う。刺されるひととさされない人がいるのはなぜか?とか右足だけさされるのはなぜか?
( 学童にて) スピリチュアル的な意味もあるみたいなのでそのあたりも考えてみるとおもいsろいかな?と思う。

またTVで、妹が蚊にさされて可愛そうだというので、なぜか?ということをずっと研究していた男の子( 中学生だったか高校生だったか?)が 足の裏をしっかり石鹸で洗うことによって刺されることが減った。というような発表をしていたように記憶している。(ちょっと怪しい記憶)はえにしても、蚊にしても 清潔にしておくことはいいんだろうな~と思う。


2019.07.07 日曜日
07:23 虚空
今朝の別サイトに載せた記事です。
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今日は新暦の七夕ですが、夜中から強まった風がそのまま吹き荒れています。とても星などみることができるよな天候ではありません。
ゆうべは中学生と天の川がみえるような星空について話しました。まだ天の川はみたことがないというのですが、実はわたしが天の川ってあれか、とちゃんとみることができたのは、教師をやめて以降です。

近年「夕日」もみたことがない・・・日の出などは早起きしないので尚更・・・という若い世代とか子ども達がますます増加中ということですが、もしかするとネットとかで観ているからもう観た気になってしまっているというのもあるかもしれませんね。絶対にナマでしか感じられないこと、ってあるんですけどね。

だから小学校の段階で電子機器を導入することにはもっと慎重になるべきです。電子黒板も含めて。

宇宙論研究などで世界最先端の科学者が登場する番組をよく観ていますが、そうした方々がインタビューを受けている大学の研究室などではほとんど例外なく、大きな黒板にビッシリとチョークで数式が書かれています。
これってとっても大事なことを示してくれていると思うんですよね。

「その時その時の旬の最前線は、アナログでなければ記録できない」とか、「全体構造をとらえつつ、部分もみていく・・・木も森も同時にみていく」ということ・・・・等々。

だから大学生までは、やっぱり紙の辞書や百科事典を使わせるべきだとも思っています。特に英語なんていうのはそうですね。電子辞書ではもっとも大切な部分が伝わりません。確かに音声再生機能付きという紙の辞書にはできない芸当もありますけど、全体を貫いているものを会得する、様々な情報の根底に流れているみえない部分をキャッチする、そういう能力は低下するばかりです。

人生を有意義に感じ取っているということに結び付ければ、天の川がバッチリとみえるような満天の星空のもとで、寝そべって一人ぼんやりと眺める、なんていう経験があるのとないのとでは随分違いますね。私がそれを体験したのはかなり年齢が過ぎた時ですが、それでもその後は変わった部分がありました。子どもの頃から是非体験してほしいものです。
22:12 ?たぬき先生 ジャガー横田さんと小児科医の対談、

高橋 ちょっとしたことで来ていただきたいんですよ。多くの場合はそんなに心配しなくていいことばかりなんですね。それをお母さんに来ていただいて、お子さんの前で安心してください、と。「風邪です。早くおうちに帰って寝ましょう」と。
そうするとお母さんが安心するでしょう。それを観ているお子さんが安心するでしょう。そうすると病気は半分治ったも同じですね。
で、以前あるお母さんがこぼしていた愚痴を思い出しました。


心配だから夜間に時間帯に子どもをつれていくと「こんなことくらいでつれてくるんじゃない。もっと緊急の子ども達がたくさんいるんだから」と叱られた。
しばらくして、今度は違うことで様子がおかしいと思ったが、またこんなことでと叱られそうなので、朝になって連れいったら「なんですぐに擦れてこなかったんだ!もう少しで手遅れになるところだったぞ!!!」と厳しく叱られた挙句に、母親失格であるかのように言われ方までしたと。同じ医師に。
たいしたことないのか、重大なのか、その判断が素人にはできないからプロの医師にみてもらうのに、その重要な判断を親にさせようとしているこの医師は、プロとはいえないなと感じました。


この前の私の主治医交替の際のこと(公立病院としての定期人事異動)や、腰痛専門医の「問診」のこと・・・そしてこの前のことりさんからの精神科のあきれた実態・・・そういうことをふまえて、この小児科医の話をきくとね・・・・・。
これも小児科医に限らず、親や教師や、あるいは職場の上司・・・あらゆることの基本だと思います。

さらにいえば今の政治なんかもね・・・・支持者かどうかとは関係なく、国民全体、世界各国、地球問題・・・すべてに責任があり、すべてに信頼されようと努力するのが本当の政治家という立場だと思うんですがね・・・目先の権力・自分の利害にばかりで。
幕末の若者たちの爪のあかを煎じて飲ませたいくらいです


22:55コバルト
医者でも政治家でもベースになければいけない心(じん?仁? ジン・ニ ニン・ひと

1.《名・造》おもいやり。いつくしみ。特に、儒教の根本理念として、自他のへだてをおかず、一切のものに対して、親しみ、いつくしみ、なさけぶかくある、思いやりの心。)が身についていなければいけないんでしょうね。
仁が「徳」生んでいくんですね。

https://konosuke-matsushita.com/column/cat71/post-109.php



23:02 虚空
違った分野の方の言葉でも、自分とか他の分野に積極的につなげて考えようとするかしないか・・・添加の意識・構え・・・が問われますね。

まさにこの記事の〆の「学び」にあった言葉 
「徳を高めるには、自分で悟るしかない。」
悟ろうとするためには何でもヒントにしようという気持ちをどれだけエネルギーとして持てるか・・・かな

2019.07.08 月曜日
00:04 コバルト
おこがましいですけどもしかしたら松下政経塾でもなんだか駿煌会みたいな事をやっていたかもしれないですね。
徳がある所に人は寄ってくるようになっているんでしょうね。
それが病院でもなんでも。
困ったときは千利休に聞けみたいですね。
まさに徳があった証ですね。
最高権力者さえも畏れる存在であった事が裏付けられます。
そして秀吉に切腹を命じられて亡くなった後でも茶道という形で400年以上現代まで残っているというのもすごいですね。
これも徳が起こしたものかもしれません。
逆をいうと「徳」がなければ滅んでしまうんです。
これらを踏まえ考えると、ごん狐にしても「徳」というものが一つの鍵になってくるんじゃないかと感じます。
まさにこうやって今自分がやっていることもリアルタイムで悟りを起こしているんだと感じています。


05:53 虚空
昨日紹介した小児科医の「代弁者」っていうスタンスは、上原先生が「子どもの言葉の交通整理が教育者の役目」と言っていたこととほとんど同じだと受け止めています。
ユング流のカウンセリングも基本姿勢もおそらくこれだと。

身近にそういうスタンスで話を聞いてくれたり、やりとりをしてくれる人がいるかいないかは大きい
(自分の場合、幼い時はそれが父方の祖母がそういった存在でいてくれたということになると思います)


07:41 ソルティ
< ワタシの場合 > どんなだったかな?を考えてみた!
子供のころ(から)の、独りぼっち感( っていうか。。。一人でいるほうがみんなと一緒にいるより好き )はなぜだったのか?は、のちのち占い(算)を学んでから理解可能となった。

小学生のころの私にとっての救いは隣のおうちだった。この”よそさまのおうち”が私にとっての大事なシェルターで、自分が、もう一人の本当に近い自分でいられるありがたい空間だった。そこでは自分がとても自由になれて、自己解放することができたと思う。そこに住んでいるおばあさんは、何を聞くでも、何を話すでもなかったように記憶しているが、そこでいただいた、カルピスのようなドリンクやしゃこのゆでたものなどが記憶に残っている。
また、そこで飼われていたねこちゃんたちがとても可愛かったのを覚えている。

他方、自宅では、拾ってきた犬を 「 早く捨ててこい!」と父に怒られたことがあって、多分そこから 犬が嫌いになったと思う。→ 恥ずかしながら いい大人になって、突然吠え付かれた犬に向かって、どなり返したことがある。その頃私は イライラしながら暮らしていた。( いわゆる 八つ当たりですね。防衛機制 消化か? )

また、そこのおうちでやっていた 内職( 果物をいれる 紙袋はり )をするのがとても楽しかったのを思いだす。今考えると そういう居場所があったことは本当にありがたいことだったなぁ~と思う。

 上ちゃんの 「 君は一人でやっていなさい。」のお言葉は 的を得ていたと思う。すごい先生だ。



09:19 虚空
よく「お前は〇〇が苦手なんだから、得意な・・・で頑張ればいい」という言い方を世間ではよくしますが・・・でも、その最も苦手なことこそが自分の認識を大きくかえたり、支えたりしてくれるパワーの源になるのかもしれない・・・って思い始めたのが、あんなに苦手だった運動系の卓球部に高校で入学したり、いじめ等々で最も嫌だった場である子ども同士の関係(学童保育や地域の子供会等々)に関わった事あたりから・・・。

で、教師になるなら「一番嫌いな教科・苦手な教科でなればいい。得意な教科で教師になってもろくなことはない」と父に言われて、実際になってから、教え子たちにそれを逆に教えられて・・・

世間的に認められるような結果が出せなくても、失敗だらけでも・・・・究極の自己満足レベルで「少し変わった」と思えることがあったら、それが大きな影響を広げていく・・・まさにバタフライエフェクト。

やっぱり得意なことができるのはある意味であたりまえのことだからわが身への感動が薄いんでしょうね。嬉しいには違いないですが。
嬉しいというのと、感動ってちょっと違う気がします。

犬嫌いで怒鳴り返した・・・なんていう過去があれば、最初から犬が大好きという人が犬を飼って可愛がる以上の大きなことがありますよね・・・その後犬と交流できるようになった時に・・・


2019.07.09 火曜日
16:07 ソルティ
ワンちゃん。。。もう目の中に入れても痛くないほど、めちゃくちゃ可愛い。小学生の時に泣く泣く捨てに行ったわんちゃんは種類は違えど、実はこんな感じ(色と大きさ)だったよな~と思える。あの世から 父が「申し訳なかった。」と言って 私にプレゼントしてくれたんだというように今は思えるよ。サンキュー??



16:10 虚空
前紹介した番組でも扱っていましたけど、多くのペットの中で犬は特別に人間との共感(共振)能力を獲得しているんだとか・・・
私は犬も猫も飼ったことがないから分かりませんが、犬を飼っている教え子は多いので、なるほどとは思います。


16:19 ソルティ
 犬を飼って間もないころだったか?、わんちゃん散歩の奥さんたちに尋ねたことがありましたっけ。「子供さんとわんちゃんとどちらが可愛いですか?」って言ったら 5人が5人とも 「わんちゃん。」と答えました。当時はびっくりしたけど、今は (全くそうですよね~)と思える。



16:29 虚空
子よりも孫が可愛いという年配者の心境ともどこか通じるかな???
独り身ゆえにそれも分からないままきてしまっていますが(苦笑)


2019.07.10 水曜日
08:10 虚空
改めて学生時代にフト抱いた疑問・・・それがずっと今でも課題としてあるわけですが・・・・あれだけ心意伝承の観点から「先験的イメージ」と始めとする「純粋なイメージ世界」や「感情教育」ということを 教育の根本 として大切に考えていた上原先生が、その一方で「中学年では絶対論理思考の訓練」「感情とはきりはなされた言葉の世界があることに気づかせる」「感情と切り離した言葉のやりとりも修練させる」という、一見相反することも強調されていたのか・・・。


そのうえで「夢」と「現実」を自由自在にと・・・ではその「夢の世界」は、幼少期の時の「夢の世界」が単にそのまま復活するだけなのか、それとも次元なり無意識世界の中の出所に変化があっての「夢の世界」なのか・・・
そんなことへの示唆がここ数週間のやりとりに隠されているようにと感じています。
(虚空 補足)
最後の方のやりとりでの「自分の好きな事」「得意なこと」とは真逆のことほど、正面から向かい合って、ほんの少しでも自分が変容できたという自覚があると、膨大な影響へと響いていくのではないか・・・というのが、「現実との真のおりあい」の要の一つなのではないかと考えています。

低学年の自然に湧き上がってくるイマジネーションの世界が大切なのは、全くその通りであるわけですが、それとは違った無意識世界が自分の中の「深層」にはいくらでもあるし、ユングの説であれば、それが人類共通の元型・・・はては宇宙意識とも連なっていく・・・

そういう深い所の先験的イマジネーションの世界を掘り起こすためには、どうしても中学年での「論理」「感情やイメージと切り離した言葉の世界」という段階を経て、「現実の世界」と「夢の世界」をグルグルと回転させ、重ね合わせていくことが大事になっていくのではないか・・・そんな仮説をたてているわけです。

小学生以降にも小学校教材 「ごんぎつね」 + そこからのあれこれ

Nanba先生のツイッターにあった記事をきっかけにしてのラインやりとりです。
ヒマワリフクロウさんのお姉ちゃんを家庭教師で教えていた時、ヒマワリフクロウさんもよく一緒に部屋にいました。
 
家庭教師の際に中学生や高校生へのピンポイント教材として「ごんぎつね」は割と使いました。
小学校の教材といっても、中高生以降だからこそ・・・大人になっても・・・深く物事を考えたり、感じたりするものばかりです。

記事の後半は「みんな一緒に」という意識に関することなどに、話が広がりました。


*何だか記事編集のコーナーがものすごく不安定で意味不明の誤作動ばかり。投稿後にちゃんと表示されそうにありません。
いつも以上に非常に見にくくなっているかもしれませんがご容赦ください。
 


2019.06.26 水曜日~
10:31 虚空
 Nanba先生がツイッターでごんぎつねを用いての社会人教育の事、等々の記事を載せられていました。
なんだか社会人クラスのことが思い出されます。
 

6月24日ツイート
最近、大人向けの文学の授業を始めています。ごんぎつねとか使って、企業研修でやるのよ。これがなかなか面白い。
 

6月25日ツイート
どうしたらごんぎつねは死なずに済んだか。もしあなたがごんぎつねの友人だとして彼にどうすれば彼は思いとどまったかって考える。実はごんぎつねの心の奥底を変える事はとても難しい。なぜなら彼の感情や行動は彼の人生と関わっているから。だからこそ企業の管理職はこの問いに夢中になる。
 
 
6月26日 駿煌会(虚空)リツイート
小学校の教材・・・あなどることなかれ、ですね。
私も中学生や高校生以上、社会人にも時々使いますがシンプルで深い部分に迫れるんでとっても有効だと感じています。
ごんぎつねは「絵コンテ」化しての「世界定め」「命運」なんかでよくやりました。
 
 
 
17:04 コバルト
久し振りに読んでみました。
 
 
細かい文章は覚えていませんでしたが、憶えていた感覚は当時そのままでした。
(備考 4年生では彼を担任していないので、授業者は別です)
 

そこで罪と咎?って思いました。
罪と咎の違いは、その行為によってどのような報いを受けるかによる。法や戒律を犯し処罰の対象となるものが「罪」、処罰がなくとも他人から非難を浴びる対象になるものが「咎」
 

ピッタリ合う言葉がみつからないけど、もう一つある気がする、それは自分自身の戒律を律する心そのもの、それを裏切ると常に自身に疑われてしまう気持ち。何をしても引っ掛かりが消えず、素直に喜べず楽しくなくなってしまう。
 
それをごん狐にあるんだと思いました。
 

19:41 虚空
小学校の時の授業だとどうしても、教師としての狙いがあって、その線に沿って授業展開という風になりがちですよね。
私だって教材として「ごんぎつね」を使う場合は4年生なら4年生、中学生や高校生ならその段階・・・等々に合わせてねらいの為の読みということになります。(家庭教師だと生態研究としての授業はなかなかできないしね)
 

小学校の時に習った教材文を、社会人になってから読み返して、自由な切り口であれこれ考える・・・それを紹介し合う・・・それだけでもまた人生違った厚みが加わりそうですね・・・「添加」として
 

「罪」「咎」は、玉川在学時代の礼拝の時間によく歌った讃美歌にもあります。
(日本で最も有名な讃美歌のひとつ かな?)
 
1、慈しみ深(ふか)き 友なるイエスは
罪 咎(とが) 憂(うれ)いを 取り去り給(たも)う
心の嘆きを包まず述べて
などかは降(おろ)さぬ 負(お)える重荷を
 

2、 慈しみ深き 友なるイエスは
    われらの弱きを 知りて憐(あわれ)む
    悩み悲しみに 沈める時も
    祈りに応(こた)えて 慰め給わん
    

3、慈しみ深き 友なるイエスは
    変わらぬ愛もて 導き給う
    世の友われらを 棄(す)て去る時も
    祈りに応えて 労(いたわ)り給わん

20:53 ヒマワリ
ごんぎつね、今読んだらなんとも後味が悪いよ…
 


21:00 虚空
あそこまでの悲劇になってしまうかどうかは別にして・・・ボタンの掛け違いというか・・・すれ違いは、案外日常の中にいっぱいありそうです。
 
*家庭教師の時「ごんぎつね」の授業を絵コンテでやったよね??? 最後の場面
 


22:24 ヒマワリ家庭教師のときもなんかやった記憶ある。
ただお姉ちゃんが泣いてた記憶だけが鮮明にあるだけで、私はあまり覚えていないのだ、なぜだ。
 
絵コンテってどんなだっか、思い出せぬ。



2019.06.27 木曜日

02:19 虚空
絵コンテではなくて「ラストシーンをごんの立場で書き換える」Verの方だったのかな・・・お姉ちゃんの時に。

(ごんな話がどういったことなのかが初めて分かったような気がする・・・ということで、その瞬間に突然涙があふれてきた っていう感じでしたね。あの時のお姉ちゃん)
 
20:06 ヒマワリ
うんうん、そんな記憶。
突然ふっと見たら泣いててびっくりした記憶が鮮明に残っておる。
あとは斎藤茂吉のときの姉ちゃんも泣いてたから覚えとる。
わしの記憶は姉の涙と共にあるのか(笑)


 ガルパン劇場版で、会長が「ただいま」って言って、ももちゃんがワーッて泣きながら駆け寄るシーンは、気づくとツー…と泣いてること思い出した。
 
心のベースに関しては本当によく分かります。
 
となりのトトロを見ていて、私と姉ちゃん必ず同じところで泣きます。
 
めいが行方不明になって見つかって、おばあちゃんと抱き合うシーン。
あのほっかぶりしてる姿が昔のばあちゃんそのもので、ブワァーって涙が溢れます。
 
私らが泣く姿見て、ママがなんか涙目になって「ばあちゃん天国で喜んでるわ」って言うから、余計泣ける。笑



23:02 虚空
そんな風に泣いてくれる人がいたら・・・実の孫じゃなくてもね・・・。
 
あのスイカおじさんだってきっと・・・・。
 
そういう人たちとの共鳴も大事と言うか・・・心のよりどころにできるなんていいよね!

 心に届く国語の授業・・・なかなか難しいものです。
 
特に「受験」「テスト対策」という縛りがきつい中学校や高校の先生方はますます大変になってるだろうな・・・・
 

お姉ちゃんも意識が転換した瞬間にパッと涙があふれてくるだけの素養はあるわけですが・・・

あなたの場合の涙で印象に強く残っているのは、あの裁判記録の時の涙かな。自分でもビックリしてたよね?



23:20 ヒマワリ
あーたしかに!
私もよう泣いてたわ(笑)
 
今思い出して1番グワァァって涙溢れてきたのはセーラームーンのみんな誰かに愛されて聞いたときと、おおきな木と、あと汽車ぽっぽの絵本…なんだっけ。
 
裁判記録もたしかに泣いてた、感情ってありがたいよねって言ったときだよね。
 
 
 
2019.06.28 金曜日
05:23 虚空
汽車の絵本は「きかんしゃやえもん」ですね。電気機関車に連結されてスクラップ処分に連れていかれる場面。
 

「感情ってありがたいよね」
 

っていうのも、単に喜怒哀楽っていう世間の常識とはちがう観点でキャッチしていた名言でしたね。
 
先方の都合で高校3年生の授業が今週はゆうべだったんですが、話の中心は「構え」と「言語操作性」でした。
 
で、最後に次回予告として「感情」をやると。単なる喜怒哀楽っていうとらえかたではないよ、と。
 
「一種のエネルギー・・・・まあ、言ってみれば キュゥべえ のつかまえ方だよ」
 
と言ったら、結構納得できるものがあるようでした。
 
 

05:29 ソルティ
早朝おじゃまします。

ヒマワリちゃんの御一家ってお幸せな一家だな~と思う。何と言うか。。。暖かい感じがする家庭。
(中略)
 
だから、スピのリーダーさんが言っていたんだけど、幸せな結婚( そんなのあるんかい? )をしたかったら、まずは自分自身が自分の理想の相手になることだ、と。( 類友 )つまりは この人生私はこうやって生きて行きます!!みたいなことが決まらないうちは結婚はまったほうがいいのかな~?と今思うけど。

価値観が一致しているとか、目指す方向が同じだとかとても大事だな~と 今頃思うよ。
 

「 映画 」私はどうやら変人らしく、笑うツボ、泣くツボ、怒るツボが 人とずれているみたい。だから映画館にはいかない。みんながわらっているところがなんでおかしいん?になるし、自分がおかしい所では、みんなが笑っていないので思いっきり笑えない、とまあこんな感じになるんだ。
 

泣くこともそうだけど、どこで怒るか?ということも、その人を理解するうえで大きなポイントになるね。
 

話はとぶけど、例のマンションの管理人さん(主にお掃除をするおじさん)に指導が入ったけど、全然かわらないわ。人が見ていないからと言って与えられたお仕事を思いっきりサボる、そしてアルバイト代をいただく。
それって どろぼうと同じだろ?って思う。 
 

でまあ、それは人の好き嫌いとかかわってくるけど、まあこういう人とはお近づきになりたくないな~と思う。

ヒマワリ、以前はね、ずっと丁寧に 「ご苦労様です。ありがとうございます。」とか言っていたんだよ~。でもこのところ流石に言いたくなくなったわ。
 

裁判記録 で 思いだしたんだけど、さだまさしの「償い」 っていう歌があるんだけど、この曲はいつ聞いても 泣けるわ~。
 
また話がずれてすみません。



05:42 虚空
いえいえ、話がずれているなんて全く感じないで読ませて頂きました。
 
実際に諷虹君との毎週のやりとりなどは、「ちょっと関係ないかもしれないけど」と互いに前置きをしながら話があちこちに飛びます。
 
だからこそ、多様に・・・時には思いがけない方向・・・に目が向いて、ハッとさせられるというその繰り返し。
 
「想定外の自分との出会い」なんていう発想もそういったあたりから生まれてきています。


 この前からずっと諷虹君とやりとりしている「咲」だって、あいかわらず私は麻雀のルールを全く知ろうともしないでいますが、「全く知らない」自分だからこそという視点・観点も大事かなとひらきなおって、率直に感じたことを口にしています。
 
それこそが「風」かな、って(笑)



05:47 ソルティ
風ですね。 涼やかな 軽やかな 風に
 なりたいな~。



05:55 虚空
さだまさしさんの償い・・・初めて聴きました。
 
いつになく気の込めた歌い方のような気がしました。
 
ちなみに茨城県は全国で運転マナーがワースト1~2を争うという不名誉な土地柄です。
運転者も自転車も歩行者も含めて。
 
よその県から来た人は「うちの県にもひどい運転者はいるけど、ここまでひどくはない。茨城で運転するのは怖い」と言います。
 
よく事故にならないなという瞬間が週に何度もあります。
 
どんなに気をつけて運転していても「加害者」になりうる可能定の高い土地。
もちろん「被害者になる可能性」も高い土地。
 

教員時代に、学校長が「保険にはいっているからと言って安心しないでください」と前置きして知り合いの話をしていたことがあります。
 
被害者の遺族の方が「保険金での賠償は受け取らない。そんな楽して償えるなんて思ってもらったらとんでもない」ということで、毎月自分の働いたお金で莫大な損害賠償を払って一生苦しみ続ろ、ということだったようです。
 
そんな話も思い出しました。
 

あと「ありがたい」という日本古来の意味・・・「有難い」=「めったにない」ということも。
 

他人は自分の思い通りになるのが「当たり前」という姿勢が根本にある人間がますます増殖中というのも悲しい風潮ですね。
 

その管理人の方も「手抜き」「ズル」が「生き方上手」という自分勝手な思い込みが背景にあるのかもしれませんね。
 

とりあえずは「自分がそういった人間にいつのまにかなってしまわないように」ということしかできないかな・・・・・
 
 
 映画等々の感じ方のズレ・・・個人個人の経験・・・特にトラウマとか、良くも悪くも激しい感情が伴った思い出・・・とリンクしてしまうような作品やシーンに対して、というのは誰にでもあると思います。
 

ただ、「映画」などは「作り物」「自分の思い出とは関係ない」と割り切れるタイプの人間かどうかという違い。
 
(もちろん割り切れるタイプの人間でも、いわゆるドツボにはまると、大きな反応がおきるということはありますが)
 
自分なんかはかなりそれが激しい方だと思っています。
 

だから、どんなに世間的には「面白い」「すばらしい内容」と言われるものでも、嫌な思い出(当時の感情)を呼び起こすスイッチのようなものには激しい拒絶反応がおきますね・・・・。
 
 
 
 映画館についてですが・・・誰でもズレって感じながらみていると思います。

私だって本当は普通に笑いたいのに周囲がシーンとしているからグッとこらえている、なんていうこと時々あります。
 

逆に自分はおかしくなくても、笑っている人たちをみると「ああ、この人たちにとってはここがツボなんだな」というくらいですね。言語生態の授業のような感覚。それぞれの違い、自分の特徴が把握できるいい機会としてとらえています。
 

それよりも困るのは、映画とは関係ないおしゃべりをしているカップルとか、平気で携帯でおしゃべりしている高校生とか。
 

映画に関する反応の違いは気にならなくても、映画に関係ないことで世界を壊されることには腹があたちます。EDの余韻に浸っている時に平気で帰り始める、目の間を通過されるというのも。
 
やっぱり劇場用の映画は映画館でみて最高の雰囲気が楽しめるように作られているので、周囲の反応を気にして映画館にいかないというのはもったいないと思います。
 

 去年、駿煌会の若者たちと「若おかみは小学生」を観に行った時も、それぞれ映画館の座席の好みの場所が違っていたんで、別々の場所を予約した、なんていうこともありました。まるで個々人が別々に観に行ったかのように(笑)
 

06:50 ソルティ
「 このみの席」か~ そういう発想はなかったな~。家族でいけば 横並び4席だったり


06:54 虚空
映画館ですが、 勿論「横並び一列」を最初は考えていたんですけど、あまりにずれていたんで互いを尊重しあおうということになりました。
映画を観ている最中は一人の世界に入るわけだから、一番入りやすい座席にしようと。
 

それをすぐに「協調性に欠ける」とかケチをつける人がいますが、そういう人ほど、そういうもっともらしいことを言って、本音では「自分の思い通りに他人をコントロールしたい」というだけなんですよね・・・だからみんなで揃えようという時も、決して譲歩はしない。

「協調性がないぞ」と他人を非難しながらも、自分に合わせることを要求する・・・すぐに正義を振りかざす人間ってとかくそんなのが多いから困ったものです。(自分だけが正しいと自負しているから余計にやっかい)
 


07:29 ソルティ
占(算)協調性を重んじる、という人は まあ こういう星を持っている人なんだろうな~とか考えるようになってきた。自分の思い通りに他人をコントロールしたいと本音で思っているというより、持っている星(宿命)や、どんな家庭環境で育ったのか?がその後の人生に大きく作用してくると思う。それこそ無意識にやっていたり、潜在意識の中にあるものが機会をえて出てくるということもあるのかな?と思う。
 
 
 
怨憎会苦・愛別離苦 そのどちらの状況からも ( どうすっかな~)と考えるのは自分で、そこに自分磨きのきっかけがあると思うし、または自分自身を考えるヒントがあるように思う。