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☆「本当の出会い と 別れ」③ 「セーラーサターン」「チームラボ&トトロ」 等々

再びセーラーサターンの話題です。セーラームーンの原作等々を知らなくても、農耕民族としてのDNAを受け継いでいる我々であれば農耕神の本質を直観することはきっとできます。「わかりっこない話題」だとスイッチを切らないでお読みください。

2019.03.24 日曜日
23:08ヒマワリ
このラインを読む前のことです、私と電話していた相手との会話の中で、私「三種の神器」とゆう言葉を言ったんです。
このライン読む前のことで、ポッと口をでた例えの言葉が今先生のラインにあって、
このあいだの天皇島もそうですけど、ありゃま?って感じでした。
今からブログ読みます。
*補足 この書き込みのこと
☆ダンデリオン様からのダイレクトメールから「大嘗祭」の話になりました。それとセーラームーンのあるエピソードとの接点です。外部太陽系戦士の持つ3つのアイテムが「三種の神器」と同じで、それが揃い共鳴した時に「滅びの神が生まれ大転換が起きる」という内容です。  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/265/ 

「別れ」や「身を引く」とゆうことが私自身にも人生の大きなこととして直面しているところです。
心がざわついています。
ダンデリオンの出会いと別れのお話は、この日のための前触れだったんだなぁとも思っているところです。


2019.03.25 月曜日
08:49虚空
 普通の会話の中に登場する頻度が高い言葉だったら、こういうことがあってもただの偶然(というか偶然とすら思わないでしょうね)なんでしょうけど、「三種の神器」なんていう言葉は先ず飛び出さないからね・・・。
「平成の時代が終わる」ということ。いよいよカウントダウンというこの時期に、この前から50円玉君へのことをきっかけにラインでも「セーラーサターン」の話になったわけですが・・・
「死への案内人」「破滅の神」「死の淵よりの使者」などと呼ばれて、一般的な「死神」のイメージが強調されていたセーラーサターンが、ムーンの力で復活して以降は、「「破滅と誕生の戦士」で「誕生」というのがより強調されるようになった・・・もともとは三種のj神器が共鳴し合って出現した際には即世界を滅亡させるという役割だったのが、ずっと他の戦士たちと行動を共にできるようになった・・・世の中を破滅というよりは、その後の希望的発展に寄与する存在・・・

「死神」が本来は「農耕神」であり刈り取ることが新たな作付けや次の実りを約束するというお役目の神であったのと同様のことが起きた、と解釈できます。
新たな力を得たというのではなく、より根源に目覚める事ができた、というのが重要なポイントなんじゃないかと思っています。
ダンデリオンさんの「出会い」「別れ」という背景にある「人間同士の深いつながり」というのが、こうした「より本来の状態」に遡っていくためのカギになるのかもね。

09:07 コバルト
チームラボ https://www.team-lab.com/news/athletics

09:18 虚空
知恵泉のソニー創業者回のゲストがこのチームラボの代表の方だったわけですが、興味深い内容が解説されているサイトですね。
改めて感じたのは江戸庶民の基本的は発想法や古来日本人の教育観との共通性です。
当時の日本人はこうした「脳科学」などの知識はなかったハズなのに「体感」「直観」をたよりにして、ちゃんとまっとうで根源的なことに迫ることができていた。まさに折口先生が重視した「実感実証」ということ。
理屈でも理論でもない・・・そうなんだからそうだろ・・・というような。
これが下手に知恵を身に着けた人間は自分の狭い経験や知識からの「当たり前」を絶対基準にしてしまい、それに合わないものを無視、あるいは排除しようとします。
上原先生が「生態研究」とした姿勢は、「理論にあてはめて子どもをみる」ではなくて、「常に子ども達をみながら柔軟にこちらの当たり前をかえていく」・・・だからこそ子どもは「稚児」・・・大人や社会にとってのライフインデキス(生命の指標)という位置づけだったのでしょうしね。
それが極端な形になると「皇太子への教育」ということになるのかな・・・・それが以前ここでも話題になった「教育は感染作用」という折口先生の発想になりそう。

この施設のようなものは全国的にもほとんどないのでしょうが・・・でもかつての子ども達の日常生活にはこれに匹敵する世界があちこちにあったんでしょうね。しかもバーチャルリアリティーではなくて、それこそ「五感+第六感」を総合的に刺激するようなリアル世界。
そんな日常生活をアニメにすると「となりのトトロ」になるんでしょうね。
それこそ自然だけではなくて建物の構造も含めて。トトロには出てこなかったけど「ボットン便所」も宮崎監督はとっても重視していた発言もあるし。
そういうことから「共鳴し合っての生活」・・・「時間・空間・人間(ジンカン)」という間の共鳴・・・それがどんどん広がって「超ミクロな世界」「超広大な宇宙」「見えないあちら側の世界」「互いに認識はできない並行世界(パラレルワールド)などと響き合える・・・。
そんな感覚が、あの50周年の公開授業の最後に子ども達に語りながら浮かんできました。
となりのトトロ・・・近いうちに改めて観返してみようかな・・・

09:29コバルト
学びの構造の捉え方(次元)がすごいですね。
まるでオリオン座を正面だったり真横から見たりして
構造を捉えていくみたいな。
ちょっと衝撃的でした。
こういう事をしてみたくなりますね。
しかしやってみたいだけでプロジェクター500台も買える熱量はさすがとしかいいようがないです(笑)

09:35虚空
逆に言えばそれだけの膨大なお金をかけたシステムに匹敵する以上の生活空間が身の回りにゴロゴロしていたのが日本人の生活だったというのがもっとすごいと思います。
それを江戸時代の絵画もそうですが、西洋文化との出会いによって、すべて「遅れたもの」として引け目を抱き、排除していってしまった。その結果が今の日本。
こうした最先端の施設で刺激を受けた子ども(大人もそうですが)が、再び身近な生活の中で真の豊かさをみつけ、生き生きとしていけるか・・・そんなことのお手伝いもしたいと思ってはいるんですがね・・・・・
以前、コバルトブルー君の長男が小学校に入学した頃に「若いお父さん同士のネットワークをつくって地元に根差した遊び生活を復活させるような定期的な場を作ったら」なんて提案したことがありますが、こういった地域でトトロのような子ども時代を過ごせた若い人達が、今動かなかったらという危機感はあります。

みなさんの世代でも相当ゲーム機を使って室内で遊ぶというのは入り込んでいましたが、それでもまだ体全体を使っての体験は豊富にしていたと思います。
でも最近は農村部を車で走っていても、野外で遊んでいる子どもの姿はまず見ませんよね。ここ何年もの間、正月に凧揚げをしている姿なんていうのも観ていません。
(ちなみに自分は東京の郊外でしたが、正月は近くの広場で大勢の子ども達が凧揚げをしていました)
豊かな自然に囲まれていても、実際の生活空間が室内だけでは、大都会で生活している子ども達と変わりませんから
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☆「本当の出会い と 別れ」② 「伝承」とのからみも

心の深い部分で響き合えたような本物の出会いほど、別れは辛いものですよね。
そしてまた上原輝男先生などのように出会えた相手が偉大であるときに、どうすることが真に受け継ぐことになるのか。
「伝承」の本質です。
これは先生も芸談などを通して繰り返し述べていますが、単に先代のコピーで終わってはダメ・・・。
「型の文化」の神髄について考えていかないと、本当の伝承になっていないこともあるので要注意です。

*2019年3月20日 水曜日 ラインやりとり
21:56 ヒマワリ
「ダンデリオン」はたんぽぽの…からグッときた。
大切で好きな人との別れはやっぱり悲しい。
たくさん「出会い」を繰り返して積み重ねてきたからこそ悲しいんでしょ?
いやな奴との別れは嬉しいけど(笑)
そんな奴とは「出会い」たいとも思わない。
知らなくていいし興味ないし。
そんな構えワシには生まれまへーん。
卒業シーズンだからね、
入学シーズンも来るけど。
出会いと別れってやーつ。

23:47 コバルト
本田圭介みたいに、自分自身を探りながら言葉を選ぶ感じみたいに。
高いプライドではなく、イチローがもつような高い美意識みたいに。
羽生結弦が言った「明日のことは明日考えます」と答えたように。
一流で在りつづけるという環境下にいる人間は、「昨日の結果なんてなんの役にもならない」っていうことを身をもって知っているんですね。
なにが言いたいかというと、自分の深い部分からの響き合いなんですね。
自身からの深い部分からのメッセージに反しない生き様、たとえ社会的に成功したとしても、内側からのメッセージに反していれば、それは自身にとっては仮初めに過ぎないんでしょう。
(決して満足感は得られない底無し沼)
深い関わり合いというのは、言葉を通り越して共鳴共振を感じとっていられればいいだけなのかな?
これが命がけの決闘だったり拳で語り合うみたいに。
言葉より正確に伝わる方法はいくらでもあるんですよね。


2019.03.21 木曜日
07:11 虚空
真の出会いがある人生・・・深い響き合いに満ちた人生・・・それはやっぱり、出会う人たちを自分とは対等以上の「人間」として尊重しあうか(しあえるか)ということが大前提なんでしょうね。
周囲の人間を自分の利害のための道具としか考えない人間、損得で態度をコロコロと変える人間・・・そんな人間には(そもそも 人間 とは呼べませんが)深い関係もあり得ないし、意義深い別れもあり得ない。
他人の痛みが分からないし、自分にとって用済みの人間がどうなろうと知ったことではないから、そういう人間が自分の周囲から消えても悲しみもしない。自分がまだ利用できる人間が消えた場合は、本当にその人間との別れを嘆くのではなくて、自分にとって不利な状況が生じたことを嘆くだけ。そしてすぐに後がまの利用できる人間を探し始める。部品の交換のように。
今日はお彼岸のお墓参りに行く予定だったのですが、やはり体調がいまいちなので、仏壇ですますことにしました。
そのかわりに今日こそは何とか「なのはシリーズ」に関して語り合っているやりとりをアップしたいと思っています。
それこそ「真のコミュニケーション」・・・「出合いと別れ」・・・が大きなテーマになっている作品なので

07:27 ソルティ
ダンデリオンの花言葉の「別れ」ということを思いました。私にとっては(も?)、上原先生との出会いはとても衝撃的でした。・・・・お彼岸ですね、上原先生 どこに帰ってきてるんでしょうかね?

08:33 虚空
先生との出会いを自分達だけではなく、少しでも後世に残したいものですが・・・なかなか大変です。
学校教育という枠をはるかに超越していた先生の姿勢そのものを伝えたいと思っているのですが・・・

11:03 コバルト
別れ、人との別れ、昨日の自分との別れ、学生としての自分との別れ、など沢山の別れ方があると思いますが。
そうやってそれぞれ沢山の心の中に墓標をたてていって人は生きていっているのだと思います。
願いではなく、いのりにかえるように。
そうやって鎮まった心の中の治安をよくしていっているのかな。
逆をいうと墓標をたてた墓を荒らされるとどうなってしまうかですね。
きっと悪霊化した荒廃した精神世界になってしまうんだろうな。
ちょうどお彼岸の時期に(別れ)というキーワードがでるのは旬ですね。

13:16 虚空
 「願い」から「祈り」への転換・・・とっても大事な着眼点のような気がします。
自分の人生って、ずっと墓荒らしに取り囲まれている気分・・・・
それがいい方向に行けば「裁断と継続」「死と再生」というようになるんでしょうがね・・・・
この前、50円玉君との間でアンパンマンの話題が出たことから彼との間では「真の死神」というイメージから、セーラームーンの話、そして「大嘗祭」との関連についてのやりとりがその後もされているのですが、このお彼岸期間中にそれぞれのことがどう共鳴し合っていくか・・・


2019.03.22 金曜日
07:50 ソルティ
誠に御苦労さまでした。少しづつ読ませていただきますね。

08:07 虚空
どうもです。
知らないアニメの話題ばかりだと思いますが、そのあたりは深く考えなくてもそこから「こんなことを考えた」というあたりを拾い読みしてくださるだけでも伝わるものはあると思っています。
アンパンマンは授業で使った静止画像を混ぜてブログで紹介すればもっと分かりやすかったんでしょうけど、火葬場の画像は極端に受け止める方もいらっしゃると思って載せませんでした。

08:24ソルティ
その1
「 たつのおとしごと馬 」のお話し
めちゃおもろかった。特に
諷虹 あとで詳しくシーホースについて調べたんですが、タツノオトシゴっていう意味以外に「海神の車を引く、馬頭魚尾の神話上の怪獣」っていう意味があるそうです。
(ゴンドラ 馬 では画像検索に出てくる)
⇒ すごい!誰が考えたんだろうね。よく考えてみると 神話だものね。神様のお話しなんだもの。
 脳みその記憶をつかさどる部分も海馬じゃないですか。
⇒ たつのおとしごと 人間の脳の海馬 瓜二つ びっくり!
「 記憶の海から必要な記憶を引っ張り出してくる部分で馬かな・・・人間とコンピュータの大きな違いの一つが検索能力・・・コンピュータだと命令を入力しないと検索をはじめないのが、人間の場合は瞬間的に連想する・・・勝手に思い浮かんでくる。」
⇒ 確かに。。。
人間の場合
ヒーリングなどでも 鍛えて(???)行けば、瞑想などを通して過去世の記憶みたいなものまでも引っ張り出してくることが可能なんだろうなと想像する。ヒーラーが行う リーデイングというのは、そういう能力を使ってやっているのだろうと思う。一歩方向性を間違えると恐ろしく低級の霊と繋がるのだと思うからそこのところは要注意だと思う。


2019.03.24 日曜日
09:41 虚空
・・・・自分の余力は「人間探求そのものを面白がる」という方向に使いたいかな・・・退職後の上原先生がそうだったように。
もうすぐ平成も終わり・・・国学院での大嘗祭に関する講座で上原先生の発表の表題は「代送りの伝承 生命の秘儀として」でした。
上原輝男という個人を伝えるというだけではなくて、駿煌会で様々な観点から広く人間の心について自由に語り合っている「この空気」そのものを・・・具体的に言えばあの50周年の公開授業で子ども達に話したような、身近な話題からの共鳴が、宇宙や無意識世界の神秘に連なっていくということ・・・残しておきたい・・・伝承させたい・・・その想いがさらにはっきりしたという気持ちです。

11:06 コバルト
ブランドは無形、実は上原輝男も無形、何に刺激を受けているかなんていうのは共鳴、共振を起こしているわけなんだから、お互いに在るもので反応しているわけですから。
上原輝男だけが持っているものではなく、自身も持っているもの。
それをただの偶像崇拝(自身と神を切り離してしまう、それはそれ、これはこれみたいに)にしてしまうのは勿体ないことだと思います。
駿煌会でのやり取りでは基本的に直感でやっています。
善悪、世間体とか普通などを気にせずにありのままの直感です。
それは純粋な部分「ウニヒピリ(潜在意識)」を尊重をしているんですね。
だから自ずと生き生きワクワクしていくんだと思います。

11:08 虚空
卓見だと思います

☆「本当の出会い と 別れ」①・・・学修塾ダンデリオンツイッター記事から

まずはいつものようにツイッター記事の転載です。
この3月という時期にまさにピッタリの話題。
上原先生がさりげなく口にされたという言葉を引用しながらの「お話」に刺激されて、いつも以上にそれぞれの「実感こもったエピソードや想い」がやりとりされました。
ただ、そうした個人的なエピソードなどは申し訳ありませんがこのブログ一般公開版では大幅に割愛させて頂いています。

3月18日 ツイッター記事
(老子道徳経 下編徳経70)吾が言は甚(はなは)だ知り易(やす)く、甚だ行い易きも、 天下能(よ)く知るもの莫(な)く、能く行うもの莫し。 言に宗(そう)有り、事に君(くん)有り。...夫(そ)れ唯だ知ること無し。是(ここ)を以(もっ)て我を知らず。 我を知る者希(まれ)なるは、則(すなわ)ち我貴(とうと)し。
是を以て聖人は褐(かつ)を被(き)て玉(ぎょく)を懐(いだ)く。 

【大体の意味内容】 私の言うことはだれでも容易(たやす)く知ることができるし、実行するのもたやすいものだ。しかし天下広しといえども、吾が言を心魂に徹して知ろうとするものはなく、 己(おの)が血肉として用いるものはいない。
言葉にはその言霊(ことだま)の力で発動する宗旨(しゅうし)があり、 遂行される事業には、慈愛豊かなリーダーに牽引(けんいん)される君徳がある。 
「言宗(げんそう)」と「事君(じくん)」、こうした表面には見えにくい働きを知ろうともしない。したがって吾が言の真意を知りうるチャンスもない。
しかし私が有名ではなく、ほとんど誰にも知られていないという、そのことが、 私の存在を、穢(けが)れのない貴(とうと)いものとしている。このような存在の仕方に堪(た)えられるもの、いや愉(たの)しめるものが聖人であり、 身なりは粗末な褐衣(かつい)にして、 心には宝玉を懐(いだ)いている。


【お話】 誰に言うとでもなく、恩師がつぶやいていたことがあります。
「いくら長い期間を共に過ごしていても、ついに出会うことのない人のほうが、実は多いものだ。むしろ、本当に出会った、と言える人が一体幾人いるか、心もとない。」
 「一瞬の交わりでも、心底出会えた、と実感できることもある。本当の人間関係は、時間の長短で決まるものではない。 『コミュニケーション』とか『情報伝達』とかいうが、ちっとも「情(こころ)」など入っていないではないか。」
 

私は先生の学説や教育者としての気概(きがい)に感銘を受けて、その門下に入ったのですが、確かに先生の「言宗(げんそう)」や「事君(じくん)」をどれだけ看取(かんしゅ)しようとしていたか、あとから考えるとあやしいな、とも思います。
せっかく尊敬できる人に巡(めぐ)り合えたのに、その人の本質を知ったり、 自分の血肉として吸収したりするチャンスを逸(いっ)していたのだとしたら、もったいないというよりも取り返しのつかない損失だったし、また先生への無礼であったと、今にして思います。
 

恩師の死後十年を経(へ)てから、遺稿論文集を編集・出版しましたが、その序文の中の「孤軍奮闘もこれぐらいになると援軍を求める声も枯れ果てて…」という師の嘆きを見て、生前の先生は多くのお弟子さんに囲まれ最期の時まで旺盛に研究を進められてはいたけれど、 壮絶な孤独感にも耐えてらっしゃったのだなと、改めて思ったものでした。 年上とか年下に関係なく、すべての人に、学ぶべき点があります。とはいえそのすべてを学び尽くすということは現実難しい。
けれど、目の前や身の周りには、得難い宝がたくさんあるのだということを、常に自覚していたい。
 

「ダンデリオン」はたんぽぽのことで、その花ことばのひとつに、「別れ」があります。 「別れる」ことは、実は尊いことだと思っています。

私たちは「別れる」ことを「悲しいこと」と思って、普段はなるべくそれを忘れて過ごそうとしていますが、 本当は、今目の前にいる人、大好きな人、いやな人、みんなといずれは「別れる」ことを意識して、その人とできるだけ深く『出会う』ことを思い続けるのも「あり」ではないでしょうか。少なくとも、密度の高い人間関係になるでしょう。 
「コミュニケーション能力」とか「雑談力」とかいう言葉の使われ方を観るにつけ、どうしてもそこで謳われている人間関係には、希薄なものしか感じられないのです。

☆「本当の出会い と 別れ」⑤ ヒマワリフクロウさんとのラインやりとり

個人的な相談事のような内容だったので駿煌会ではなく個人ラインでのやりとりでした。
ご本人の了解を得て、個人的な部分は割愛した上でブログに公開しています。
何か皆様のヒントになることがあればという願いを込めて・・・・

3月25日 ヒマワリライン
2019.03.25 月曜日
12:46 ヒマワリ
(人事異動関連の話題から)
・・・・悲しみだったり、心がざわざわ。
でも、ざわざわする中でも、前に進める気はしています。
それはここ最近の駿煌会での語り合いがあったからこそ、私の構えの構え方が前より良い気がしています。ざわついてるけど、変に冷静になれている自分といいますか。客観的に見てるといいますか、なんといいますか。この人がいたから、こういう構えのシフトチェンジが出来た、ギアが入った、とゆうことを冷静に見えてくる。この人がいなくなったらなったで、構えとゆうか生き方とゆうか、ギアは自分で出来る気がするとゆうか。
ライン打っててゴチャゴチャしてきました(笑)


14:28虚空
そういった境地になることができているというのはね・・・自分などいつまでたってもね・・・・
・・・・・ただ、自分の思い通りでない展開であっても、それだからこその出会いがあると肯定的な気持ちになれるということも経験したのがこの20年でした。
人生、何がどうなっていくかは神様さえも分からない!


16:01 ヒマワリ
そうでしたね、先生も本当にさまざまな人生を歩んできた人でしたね、たくさんの出会いと別れを繰り返して。
・・・・ほんと先生が今仰ったように、人生って必ずしも自分が納得したうえで道を選ぶことって出来ないし、むしろ納得できないことのほうが世の中ほんとうに多いんですね。
だからこその「出会い」があったと思えたのも、私こそ先生の存在が大きいです。
駿煌会のみんなやダンデリオンさん、児言態メンバーの先生方の言葉もありけりで。
ただ「自分を客観的に見る」とゆう言葉より、「自分で自分を見られる構えがある」とゆう響のニュアンスと言いますか、そうゆう感じが児言態50周年の集まり以降できてきた気がします。
図式化がほんとうに大きいです。
自分の中にズドンとその図式が出来上がってます。
人生、神様さえも分からないとゆう先生の言葉も、バタフライ効果だったり、改めて自分の人生を振り返ったときの位置付け、コンステレーションのおかげで、より強く思えます。
つらい毎日も、過ぎていけば、いつか意味のある出来事だったり、感謝する日が来たり、時が経っても納得できないままであったり、それが面白いんですよね。
こうしてラインを打つとともに私自身も心の整理をする良いきっかけになります。
先生に喋ってんだか、自分に向かって喋ってんだか。笑
インプット・アウトプットてきな?


2019.03.26 火曜日
00:21虚空
世代が違ってもある意味、このような対等で語り合える場があるというのは貴重なものです。

12:41 ヒマワリ
新生活への不安はもちろんですよね!
時間が経って、自分の立つ位置から振り返って、みなさんがどう思うときが来るか、楽しみです。
コンステレーションや、あの時の決断がバタフライ効果で今や……な〜んてことがあるといいですね。
それもこれも先生から起きた波が伝わってのことです。
児言態の50周年に参加する前から私たちの言葉から生態を見てきてくれたし、50周年記念イベントに参加することもできたし、駿煌会も誕生したし。
うんうん、有難い。


17:57 虚空
ここ数日、憂鬱なことが相次いで心が疲れ一日中布団の中でもんもんとして・・・命の無駄遣いをしてしまいました。
・・・しゃきっとしないとね・・・


18:20 ヒマワリ
命の無駄遣いではありません。
エネルギーの温存です。
死と再生です、布団とゆう子宮に還って、また生まれて、私にラインをした先生です。
あちらの世界からみなさんが見守ってくれてると思います。
もちろんこちらの世界では私を含め駿煌会メンバーが全力で先生の味方です!!!


18:22 虚空
ありがとうございます!

☆「真の勝ち負け」② 学修塾ダンデリオンツイッター記事からのラインやりとり

老子の言葉から発展して「力を抜く」「かかる必要のない相手には(技が)かからない」という武術の話が紹介されていた記事を読んでのラインやりとりです。
「命のやりとり」がからんでくるこうした世界でもこうした発想に立てるというのが昔の人たちのすごいところ。

西洋流の発想に染まってしまっている現代の日本人にはなかなか理解できない部分なのでしょうね。

「そんな甘いことを言っていては現代の競争社会には勝ち抜けない」という声も聞こえてきそうですが、そんなにいうほど現代人は本当の意味で強くなっているんでしょうかね?

私は古来の精神が生きていた頃の日本人の方が、それこそ人知を超えたすごい人達ばかりだったように思います。若者の頃から。

2019.03.14 木曜日

08:24 コバルト
桜井章一の「勝つって虚しい」に繋がっていますね。
08:26 ソルティ
 へ~っ そんなことをおっしゃっているの?では ただ今の桜井さんがこれが大事って思っていることは何なのですか?
08:26 虚空
「勝つ」ってそもそもどういうことなのかな」なんて思いますね。
バガボンドの世界やガルパンの戦車道にも通じると思います。

08:28 ソルティ
 学童時代は いいんじゃあないかな?って思うけど?だって おばば相手に何とかしてうちまかしてやりたい!っていう気が満々だよ。
 感情の発散 みたいな感じがする。

08:32 虚空
「勝つ」という事だけが価値があって、そのためには手段も選ばず何でもアリ・・・という「黄泉の国状態」になった時に、そこにい続けるか、逃げようとするのか・・・そこに人間性がでるのかな?

08:34 コバルト
 資本主義(お金主義)の観点からしたら、馬鹿なこと言っているにしか聞こえませんが、道徳観でいったらどうなのか?ですよね。

 前に紹介した動画です  https://youtu.be/RzBHXbWGDww
 遊びの勝負とお互いの生き残りを賭けた勝負とでは失う物の大きさが違いますからね。
存亡賭けた勝負となれば、こちらが勝てば相手は滅びでしまうわけですから。

09:08 虚空
同じ井上さんの作品でもスラムダンクとバガボンドの大きな違いはそこですね。
バガボンドでは基本的に命のやりとり・・・負けた方に再挑戦の機会はほとんどない世界。
その中で折口先生が言っていたような「殺戮と親愛」がかかわってくるという境地。

09:17ソルティ
コバルト君、いや すごい。感動。極めて行くとこうなるんだね。私流に解釈すると、暖かい大きなエネルギー ⇒ 治す(癒す)⇒ 太田さんの古いエネルギー 排出っていう感じ。 もうぱい っていうのが失礼っていうのもかっこいい。

万能 ( いろいろな方法?を試みるみたいな発言 ) で思いだした。 千手観音は いくつもの方法で衆生を導いてくださる。という考え方があるけど、それは自分が何か事に当たる時、いくつもの方法を試してみるという意味だと解釈するんだ。という考え方。(確か?斎藤一人さんが言っていた)

09:32 虚空
「絶対」はないということなのでしょうかね。時と場合と相手の状況によって選択肢はいくらでも考えられる・・・そこが凝り固まってしまうと、どんなに素晴らしいものや考え方でも裏目に出てしまう・・・

10:08 コバルト
 http://iropel0103.com/shogi/shoginopuro/
千手観音の「手」に関してです。
心意伝承でいうとパーソナルリアリティーでしょうか。
パラレルワールドみたいにいろんな世界を探求と吟味がなされているみたいな。
それとエヴァの13号機と千手観音の類似点、将棋師の先の読み方とカヲル君の考え方の類似点など。
羽生さんの「1000手先まで読むのはかなり難しい」はかなり凄いですね。
あのヒフミン(一二三)のバタツキ感も膨大な世界観が駆け巡っているからなのかもしれないです。
将棋の世界でも王がとられていないのに、降伏する所も面白いです。
将棋と世界定めの関係の深さもかなりあると思います。

10:56 虚空
将棋でも囲碁でもいわゆる「定石」の問題も「型」と「型破り」に関しているし・・・諷虹君が時々例にあげる剣道漫画のキャラとの関連もね。

降伏するというのはありとあらゆる局面を想定しても打開策はないという意味なのでしょうが、それを「世界定め」と関連づけたというのは興味深いですね。もしかすると万が一にも常識はずれの打開の一手があるかもしれないし・・・

・・・なんていうのはど素人の発想だと言われそうですが・・・桜木花道のような性格の棋士だったらどこで投了するんでしょうかね

11:16 コバルト
もしかしてそこは合気柔術でいう「かかる必要のない相手にはかからないのです」みたいになるんじゃないでしょうか。

11:19 虚空
王がとられるまで素人相手にとことん付き合ってくれそうかな

11:38 コバルト
どうでしょうか、相手に合わせないと勝負にもならないことのほうが多いんじゃないでしょうか?
素人が本気でやっても、なぶり殺しにされるでしょうし(笑)

12:04虚空
そりゃもう勝負にはならないでしょうね。

それでも花道なんかだったら・・・・受けてくれるような名人がどのくらいいるか分かりませんがね(笑)