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☆ディズニーアニメ「三匹の子ブタ」壁の絵から  「おうち意識の根源を考える」

2019.07.16 火曜日 以降のラインやりとりです。
この壁の絵については、以前コバルトブルー君が主宰して行っていた、通称「社会人クラス」でも話題になったことがありました。


この壁の絵のことを、元々の「三匹の子ブタ」の昔話をふまえて読んでいくと、「おうち意識」のさらに向こう側にあるような、深層心理として興味深いことが浮かび上がってきます。


ちょっと現代の感覚・・・昔話の残酷な場面を改変しようという動き・・・とは真逆の、おぞましい内容になってしまいますが、でもそうした事が無意識の世界にはあるんだと、思いながら読むことも必要だと思っています。


昔話の「残酷な要素」を商業用につくられた「ホラーもの」「残虐殺人もの」と同一にして、排除するのが本当にいいことなのかどうなのか・・・これは冷静に考えてみる必要があると思います。


22:45 虚空
今、高校3年生の授業から帰宅。
以前社会人クラスで扱ったディズニー版「三匹の子ブタ」のあの壁を絵をネタにした授業に途中からなりました。

「おうち意識」の根源につながることがこれまでとはまた違った形ででてきて、私自身にとっても、大変充実した内容でした。



22:55 ヒマワリ
社会人クラス、私そんとき居た?



22:56 虚空
もしかするといなかったかな???
「三匹の子ブタで壁にどんな絵がかかってた?」っていう質問に答えがうかばなかったらきっときなかった。


23:09 ヒマワリ
まったくもって浮かばない!
居なかったのだ!



23:24 虚空 
静止画 http://freedomsnet.com/anime-sanbikinokobuta-445
動画  https://www.youtube.com/watch?v=MHz4JtiDrIA
の5分30秒くらいのところから。
全部で3種類の絵があります。
静止画で紹介されているのは、そのうちの2枚なので、こちらでの確認の方がいいかな

ちなみにもとのお話はこのディズニー版と違います。ラストが大きく違います。
またもとのお話でもいくつかパターンがあります。
どちらにしても、元の話と、この壁の絵を結び付けて考えると、心意伝承的ないろいろな考察が考えられて興味深いものがあります

ごく簡単にいえば、兄ブタはそれぞれ狼に食べられてしまいます。
そして狼は最後、弟ブタに食べられてしまいます

私の手元にある原作のさいご2パターンはこうです。兄ブタ二匹を食べたオオカミは弟ブタをねらって煙突から侵入。でも弟ブタは暖炉で大鍋に湯をわかして準備。
1、・・・子ブタはすぐにふたをしてオオカミをぐつぐつと煮、夕食に食った。そしていつまでも幸せにくらしましたとさ。

2、・・・オオカミが鍋に落ちると、パッとふたをしてぐらぐら煮てしまいました。
子ブタは狼のスープを飲み夕食にしました。
もう怖いものも、ひと呑みにして、恐れる事も平気になりました。
そして、子ブタはまた、幸せ作りに外へ飛び出しました。


2019.07.17 水曜日
00:00 ヒマワリ
動画見た!初めてだな!
絵はソーセージと、子豚が母豚のおっぱい吸ってる絵の2種類しか分からんのだが。
あともう1種類の絵は2番目の子豚の家の絵?
フラダンスしてるみたいなやつ?

ざっくり生と死、死と再生が浮かんだ。
豚、狼に食われる。
狼、豚に食われる。
↑ここ弱肉強食の世界で考えたらなんとも違和感あるが、分母分子ひっくり返っちゃう感じ?
んで豚、生まれ変わる。
てなもんか。



00:01 虚空
もう一枚は暖炉で大鍋をわかしているわきの壁にあります。

この弱肉強食という見方を普通に食事をとる意義として考えたらというような発想が社会人クラスのときにもでたんですけど・・・特に原作の方を素直に考えていくとどういうことになるのか????って。


00:09 ヒマワリ
あった!けど何この絵?ぶった切られたなにか?



00:11 虚空
これも FATHER とありますよね。おそらくモモあたりの骨付きハムのブロックではないかと思います。

そして、原作の方で素直にかんがえると、オオカミを食べた弟ブタが吸収したものは・・・ということになっていって・・・そこから壁の絵と結び付けると、常識的な発想以外にもこんな発想もできるかな・・・なんていうのがさっきの高校生とのやりとりでした。



00:19 ヒマワリ
ほぉ?そうなんだ。
原作の方を素直に考えていくとどうなるか、幸せに暮らしましたとさ。
幸せづくりに外の世界へ飛び出して行きましたとさ。

子ブタ、オオカミになったか?
一体化しちゃった?
L.C.Lのスープになったか!
量子論のあの図、あの派生してくみたいな。

豚さん生まれて、両サイドの絵、ソーセージにもモモ肉にもなりますみたいな。



00:25 虚空
面白い連想ですね!
こういういろんな発想、すべてとりこんでいって何が新たにみえてくるか!



00:27 ヒマワリ
さっきの授業は、どんな言葉が出てきたの?



00:28 虚空
ちなみに先ほどから言っているのは具体的にいえば、弟ブタがオオカミを食べるわけだよね。
そのオオカミはそれより先に何を食べていたのか、という問題です。
ということは弟ブタが取り込んだのはどういうことになるのか、っていう。
「一体化」ということの意味がさらに膨らんでくるよね
そして、ここにL.C.Lスープということをいれるとさらにね


00:34 ヒマワリ
たしかに!怖!
兄ちゃんも食うてもうてる?
兄弟失ってるにもかかわらず幸せに暮らしましたとか幸せを探しにってゆう。
いや別にいいんだけど、悲しみ部分カットですか?
太もも肉の絵みたいにカットしちゃったのかな?笑
ソーセージのあの形も遺伝子っぽいな
いや、ミドリムシっぽいというのか?



00:36 虚空
ソーセージの形状からの連想はこれまでなかった発想です!
三匹の子ブタに限らず、こういう もとの話をハッピーエンド風にするの現代の風潮だけど、それで失うものは多いと思います。
そもそも意識の深いところを刺激しないしね

ここ最近ずっと「おうち意識」についてT・K先生ともやりとりしているんで、今回のやりとりは、そういった方向にもふくらんだという次第です。単に丈夫な家云々ということではなく、もっと根元的な部分でね。



00:40 ヒマワリ
自分のルーツを考えるような内容なだけに遺伝子まで意識が引っ張られたよ笑
今ある自分は何を吸収して生きてきたかと。
食べるにしろ見るにしろ聞くにしろ。



00:43 ?たぬき先生 今日の授業ではその言葉は出さなかったのですが、つい最近葛西先生に紹介されて上原先生の言葉・・・それを日曜日の諷虹君とのやりとりでも数時間にわたって語り合ったわけですが・・がこれです。
上原
・・・・母体回帰というような言い方をされますね。人間のイメージの一番の基本になっているのは母体回帰、母の胎内に帰ろうとする、母の胎内から出てきてまた胎内に帰ろうとする、そういう原則を持っているのかもしれないという気もするのですね。それからもう少し思い切った言い方をすると、母胎に帰るということはまた闇の世界に帰っていく、・・・・


00:43 ヒマワリ
おうち意識か。
あー、あの自分の家ってのももちろんなんだけど、やっぱそこに私はママとパパと姉ちゃんが存在して「おうち」だよね。
今はもう姉ちゃん別々だけども。
そう考えると、三匹の子ブタには母親いないだよね。
壁に飾られてた絵、急になんか切なくなったど。



00:43 虚空
この「母胎に帰るということはまた闇の世界に帰っていく」という部分



00:47 ヒマワリ
母胎に帰る…ほぉ…
家はほんと心休まるところであってほしい。
ん?でも闇の世界。
光と影は表裏一体とゆう?
闇、暗い、籠る、エネルギーチャーーージ!



00:48 虚空
ちなみにですが、私の手元にある原作の冒頭はこうです
昔、あるところに、年とった母さんブタと、3びきの子ブタがいた。子ブタを養っていけなくなった母さんブタは、3びきそれぞれ、自分で運をみつけるようにと 世間におくりだした。
です。

そして、兄二人は楽を選んで、弟は勤勉だからレンガを選んだというのが今風の教訓めいたストーリーですが、原作ではそれぞれたまたま出会った人がワラや枝やレンガを持っていて、それを分けてもらうとなっています。
つまり偶然出会った人からの提供で、たまたま弟ブタはワラになったという形ですね。
母ブタの送り出す時のセリフとリンクしています


 先ほどエヴァのシーンと結び付けたあたりも、母体回帰は闇、っていうのをふまえて考えるとゾクッとするものがあります。
自分のルーツを考える・・・遺伝子にまでさかのぼる
この前(土日に)諷虹君のつかっていた言葉でいうと、おうち意識から「自分の内なるミクロコスモス」に連なっている感覚ですよね!
それをジブリアニメにすると「ポニョ」。トンネルをくぐってお魚に戻っちゃったとか・・・あの大きなカプセルのような中でばあちゃんたちが歩けるように再生したとか・・・生命誕生の太古にまで遡っていく意識の映画

闇の中で籠る=(真床覆衾襖)=エネルギーチャージ



00:58 ヒマワリ
へぇぇぇ?そうなんだ?
運命のような。
はーなるほどね、ワラ豚や枝豚は母胎というなの宇宙まで帰ったか。
食べられてもうて。
08:09 コバルト
3匹の子豚って言ったら真にお家じゃないですか?
それぞれのブタがお家を生み出すんですよ。
頭隠して尻隠さずなんて、まさにお家意識。
お家(お内)ですから、布団、コタツでも、どこでもそこはお家になってしまうんですね。
トイレで本を読むような人はトイレがおうち意識であるからで、まして同じお家でも馴れてない空間があればそこには妙に落ち着かない気がしてお家感覚は働かないはず。
碇シンジが同じお家のミサトさんの部屋に入れば違う領域に入ってしまってお家感覚は働くのか?です。
どこで「内」になってドコで「外」なるのかは、位置エネルギー(重力場)が関係するのかも。



08:12 虚空
そこなんだよね。だからゆうべ高校生と話題になった一つが、まさに兄さんブタがベッドの下に隠れようとして尻隠さずになっている場面。その背景の壁に母ブタに授乳されている絵がある。
しかもその絵の中では一匹だけ外れているブタがいる、っていうのがね。



08:25 コバルト
ATフィールドも3匹の子豚でいう、お家の防御力みたいなもの。
ここには入ってくるな!!っていう領域力ですね。



08:26 虚空
随分前・・・中3三人組としてやっていた頃・・・浜崎あゆみのPVで扱った問題も思い起こされます。(鳥かごに閉じ込められていると受け止めるのか、閉じこもっていると受け止めるのか)

先週の高3生の時に進撃の巨人第一話のはなしにもなったんですけど、あの壁の問題とか、母親が目の前で巨人に食われるというシーンの意味もね・・・実はそこからの関連で3匹の子ブタの原作では兄ブタは狼に食われ、そのオオカミは弟ブタに食われる、っていう話になったんです。それで昨日、社会人クラスの時に作成した資料を持参したと。



08:33 コバルト
ちなみに水戸駅北口方面に元東映映画館の上にある東照宮神社に古来の戦車があるのですが、なんだかそれを思い出しました。

 おうち。
節分、「鬼は外、福は内」。
鬼繋がりで、これと般若は表裏一体?

 鬼面仏心とは、鬼の様な恐ろしい顔をしているが、性格は穏やかで仏の様な心であることを意味する言葉です。

要は「鬼面と仏心」「戦車と女性性」‥そしておうち意識。



12:44 ヒマワリ
私も進撃の巨人読んでます。
非常にハッとしました。
主人公の母親を食った巨人は、もとは主人公の父親の前妻だったということが分かってるあたり、まさにこの流れと同じですね。
自分のルーツ、前世の記憶、平和を求め続けて、戦い続ける…みたいな。

昨日の三匹の子豚の話から、運命みたいなこともチラッと私言ったじゃないですか。

そういう点で結びついたのが、泳げたいやきくんもそうだなーって思いました。
自由を求めて海に飛び出したけども、最後は釣り人に食べられる。
たいやきくんもまた、帰るべき母胎→人間の胃の中(宇宙)に帰っていったとゆう。
上ちゃんが言うとおり残酷というか、明るくない話ですな。


13:35 虚空
小さい頃は般若の面ってただのコワイ鬼の面だと思っていました。でもある時「嫉妬からくる憎しみ」が凝縮された女性の面なのだと知った時から、なんだかとっても哀れで寂しい表情にみえてきた・・・なんていう思い出があります。
仏の世界では、おだやかな表情とコワイ形相のと両面の仏様がいるだけではなく、チベット仏教の仏像にみられるように、本地仏で真逆の顔つきのが頭上にあるとかね。
日本でも不動明王の正体は大日如来とか、閻魔大王の正体はお地蔵様とか・・・・

 進撃の巨人、実はアニメでみたのは3話までで原作は読んでいません。だから食べた巨人の正体は初めてしりました。
それをふまえるとさらに意味ありですね

 ここで泳げたいやきくんが登場というのは驚きです。

っていのは、あとで載せるといっていた高校生との授業で問題にしていた母胎の構造のことと通じるから。
母体構造が神社だという上原先生からの話はよくしていますが、それと同じ構造が三匹の子ブタのクライマックスだよねというやりとりをしていました。

口から入って胃に飛び込むってまさに同じ構造ですよね。
「消化」・・・消えるから他のものに化けられる
児言態がイメージ研究の第一人者である藤岡先生と取り組んだ研究テーマの表題が「穴と留守番」
「あな」という題名の作文を分析していくと、幼い段階ほど袋状のイメージ・・・これが子宮の象徴という感じでの・・・
これを昔話にすると「おむすびころりん」とかですね。
横穴の袋状だと、外国からの翻訳絵本ですが「てぶくろ」とか・・・・



14:17 ソルティ 「 三匹の子豚のお話し 」
壁にかかってる 絵画三枚。やっぱり FATHER なんですね。父親っていうのは、ソーセージになったり、骨付きハム?になる運命なんですよ~。( それでも)母親は 沢山の子供を産み育てるのがお仕事よっていう事
あのように「おおかみなんて怖くない。。。」って楽しそうに踊ってる その背景にそのような絵画が飾られていようとは。。。ちょっとおどろき。
前にも書いたけど、物語はいつもハッピーエンド希望のワタシとしては、ただただびっくりの映像でした。
 子豚の映像をみて、その絵画を描いた作者にもびっくりだけど、それに気づく 駿煌会の皆さんにも驚き。 いや~ ワタシって単細胞だわと思ってしまった。

14:35 コバルト
http://karapaia.com/archives/52119889.html
ディズニーランドのアトラクションで最後は観客が魔女に殺されて終わるというやつがあるのですが、夢の国にバットエンドが存在する意義がまた面白いですね。

 http://snowymoon.hateblo.jp/entry/2013/02/06/194047


15:43 ソルティ
よ、読んでみたが。。。むずいのう。 もう一回 読んでみまする。どうも、このような文章は苦手でね、コバルトくんはどういう風に考えているの?


15:50 コバルト
同じ無法者にしても賊と義賊の違いですかね。任侠とも言えると思います。
 独特の美学を貫き通す姿をみて民衆が義賊と呼んだりするんだと思います。
ある意味おうち意識なんです。


16:34 ソルティ
任侠。。。意味は理解できた。麹町の校長先生は、任侠 & 生きる知恵者 & 美学という印象を持った。
*美学で思いだした。 話か突然わって申し訳ないけど、ボクサーの辰吉丈一郎さん、なんだか好きだな~。
彼はアマチュア時代に、一回だけ、試合に負けたことがある。それはなぜか?というと、その試合がオリンピックの選考会をかねた闘いで、オリンピックの金メダルを目指すならその大会で良い成績を残さなくちゃあいけないんだけど、世界チャンピオンを目指すなら、そんなこと(金メダルを目指す闘い)をやってる時間がない。その迷いの中にあって調整がうまくできなかった。
彼は おとうさんに世界一のチャンピオンになった姿を見せたかった(らしい)
泣けるのはね、彼の父親が男手一つで育てたというところ。貧しかったので、自分は食べないで丈一郎に食べさせたとか、体が弱くて台所で倒れていたこともあったとか。そういう 母性みたいなものが人を奮い立たせるのかな~って思う。世界チャンピオンになった姿をまだ生きていたお父さんがみることができて本当に良かったな~と思った。
* で、話はその父親の孫の代になるのだけど、丈一郎の息子さんっていう人が 彼と全然違うタイプなんだよね。( さんま御殿に出ていた )
同じく、巨人の桑田投手の息子さん( 何て名前だっけ? )もそうだけど。 親子関係っておもしろいな~と思う。

17:20 虚空
辰吉さんのことはほとんど知らないのですが、この文面から察するに、好きなボクシングということでも、やはり父親の恩をふみにじって好き勝手なことをする・・・というよりは、好きなことをさせて頂いた感謝という気持ちで、より本気で打ち込んだのかなと。

「自由と義務」の記事の後半に書いてあるようなことの具現化だと感じました。

親の恩があるから、お返しをしなければらない という義務感ではなく、「お返しをしたい」という心の表われとして

義賊だって、命がけで貧しい人のために・・・非合法なことではあるけど・・・体をはっていた。

江戸時代に任侠の親分で庶民に人気のあった人たちも、今の暴力団と化したのとはちょっと違う行動原理をもっていた
だから多くの大衆の支持をえていた


 自分も基本はハッピーエンドが好みですが、上原先生と出会って犠牲論なんて学んだことも影響しているのでしょうね・・・ちょっと許容の範囲が広がりました。

簡単に言えば以前諷虹君がいった「究極のバッドエンドが究極のハッピーエンドに連なる」というあの日本古来の球体思考。

なんていうと難しく思えてしまうけど、日常考えれば、地球を西へ西へいけばいつのまにか東と出会う・・・というぐらいの単純な発想。
神話でいえば、国産みのプロポーズを柱をみたててグルリとまわったところで行うという場面がその象徴かな・・・


「おうち意識」の範囲が無茶苦茶広い・・・江戸時代だったら同じ長屋にすむ同士はそうだったわけですよね。大家さんがお父さんで住人は店子(たなこ)
師匠と弟子の関係もそうですよね。  どちらにも「子」が入っている

地域社会もそうだったから、村(田舎)の感覚は都会とは違う・・・家族としての助け合いがベースにあってのこと。それが都会から田舎暮らしにあこがれて移住した人たちが最初に面食らうことですよね。プライバシーがないとか、勝手に敷地内に入ってくるとか、やたらと干渉してくるとか、付き合いや地域行事に参加しなければいけない・・・とか
(このあたりの地域社会の「おうち意識」の実感は私には少ないので駿煌会若手メンバーに具体的なことについてはお願いします。)

2019.07.18 木曜日
(家の中でトイレに入る時に鍵をかけない家族がいるということに関しての様々なやりとり・・・具体的な内容は省略しますが、これも「おうち意識」ならではのことですね)

07:43 虚空
フト思ったんですけど・・・のんのんびよりのあの子たちって・・・トイレに鍵するのかな???・・・鍵がそもそもないかもしれないけど

これもおうち意識の表われ???
12:55 ヒマワリ
・・・・のんのんの子たちもさすがにトイレには鍵かけてほしいなぁ



17:33 コバルト
https://wired.jp/2019/07/16/quantum-entanglement-photo/

 要は裏か表、ONかOFFのではなく同化(ニュートラル)している状態、もっと言うと上にある画像を見て、壺の絵であるか、向かい合っている人の顔の絵であるかを同時に認識するような感じなモノ。
壺→顔→壺ってなると、どうしてもタイムラグが発生してしまって同時には感じられない難しさがありますが。
「こっちはこっち、あっちはあっち」ではなく「どちらも同一であり一緒」なんですね。



17:51 虚空
どこに目をつけるか・・・基準の軸のとりかたは人それぞれだから・・・同じものをみていても、全く違う世界を作っていることが大いにありうるわけです。
同じ子どもでも、同じ作文でも・・・・


(ペットに対する意識に関してのやりとりが続いて)
18:08 虚空
このあたりも興味深いところですね。
清潔をモットーとしていても、可愛いペットだと口移しでぺろぺろというのはよく聞きますし・・・やはりどう受け止めるか次第。
ドアの壁があっても中の人とすながっている感覚を得られるのか、そうでないのかも個々人で違いますよね。

私などは本当の乳飲み子の頃は抱かれていないと眠らなかったから大変だったとよく言われました。だから両親が交代で一晩中抱いていたんだとか。
それこそ「視界」に入っていれば安心どころじゃなかったわけですよね。

そんな自分が、この歳になって「目にみえないつながりを大切にできる心をもてるように」なんていうのを主張しているというのも妙なものです。

スーパーにはいろんな子どもずれがいますが・・・ベビーカーからちょっとでも離れた時に不安がってぐずる子もよく見かけます。
そんな時に、自分がいるかどうかで不安がる我が子を(この犬のお話のように)「可愛い、いとおしい」と感じるような表情で「ほらほら大丈夫よ」とほほ笑んであやしているお母さんもいれば、「ちゃんといるでしょ!」と叱りつけるお母さんもいらっしゃる。
叱りつける方は、相当追いつめられているんだと思いますが・・・難しいですね。子どもにとってはやっぱり親(特にお母さん)は基本t系には「全世界」ですからね・・・
*もちろんこれは肉体的な違いではありません。立場上は父親でも「母性」を発揮している時は、立派なお母さん。
アニメでいえば「愛してるぜべいべー」とか、現在放送中の「うちの娘・・・・・」の世界です


18:30 ソルティ
乳児の時は 2~3時間おきに起こされるわけですからね、そりゃあもうへとへと。それだけならまだしも、オットなる人が一番手のかかる赤ん坊だったもんで、多分それに辟易していたんだと思う。=
余裕のない母。未だ腹の底でうごめくその負の思い出を何とか払拭すべく ポノポノやっとります。ふ~ッ。



18:40 虚空
あの小3動画のことに戻ってしまいますが・・・ああして元気に大口をたたけるくらいに成長して、動画サイトにアップという生活を今送っていられるというのは、それこそ親が好き勝手にいい加減な子育てをしなかったからこそなんですよね。

もし遊びたいとか、気が向かない時は子育てを放棄・・・「私は自由人」なんていう態度でいたら、今の自分はいなかったハズ。

それこそ体調が悪かったり、何か事情があったって、子どもを優先にして時間をさいて育てて下さった。

そういう人たちのさまざまな支えがあって今の自分があるということを知ろうともしないで、「お前らも僕の見習って好き勝手に生きろや!」のような態度が不快でした。うちのあの親戚らにそっくりで。

そういった個人的な感情を抜きにしても、好き勝手なことだけをしていたら、本当に狭い人間としてしか成長できないというのもね・・・想定外の自分と出会う気など毛頭ないのでしょうが・・・まあ、人生終える時に彼なりに満足したならそれでよし。

せめて、自分勝手な論理で、社会的に問題のあるようなこととか、他人を平気踏み台にはするなと言いたいですけどね。


19:22 ヒマワリ
わんちゃんのことも分かるー!
その違いは愛してるからでしょう。

 同じでも、自分と自分以外では全然違くて、
基本キレイ好きなんでゴミとかホコリとか嫌いなんですけど、自分の部屋のホコリは許せたりしちゃう。笑



19:27 虚空
輪廻転生の中で、男性女性どういう経歴をこれまで経験して蓄積してきたのかの記憶はありませんが・・・以前にもお話したように、どうも私の魂はあまり男性を経験していないような気がします。かといって子育て経験もほとんどないかも・・・・。

独身の尼さん?
男性だった時には、村はずれの住職がいなくなったようなボロ寺にすみついて、いろんなことをやっていた???
(寺子屋みたいなことや、行き倒れにになった人の埋葬とか)そんな気がします。



19:27ヒマワリ
目に見える世界も目に見えない世界もやっぱ表裏一体、繋がってるってゆうか切れないものってことで
お父さんお母さんの抱っこされたルーツがあるからこそ今目に見えない世界を大切にできるんでしょうよね。



19:28 虚空
そういった汚れに対してのチグハグな感覚っていうのは自分は極端ですね。
家じゅうあんなに汚いのに、コンビニでも何でも外で使わせて頂いたトイレの汚れは妙に気になる。
紙が散乱していたら拾うし、便器に物がついていたら掃除して出てきます。



19:30 ヒマワリ
えぇぇぇ!?
紙散乱してたら拾う!?
掃除してでてくる!?
なんだっぺ先生っちゃ、ほんっっと先生だね。



19:32 虚空
やっぱり「使わせて頂いた」っていうことで自然にそうしちゃいますね。
入った瞬間、汚れていてイヤダな・・・って思ったのを、次の人にも感じて欲しくないから

19:36 ヒマワリ
はーーーーーー。
前世は男だとか女だとか尼さんだとかじゃないわ、神さま仏さんだわ。
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☆「序破急」・・・秩序や責任

2019,07,15以降のラインやりとりからです。

「破」ということについて、都合よく解釈する人間は自分の手前勝手な屁理屈を正当化する手段として用いかねません。
西洋哲学の「正反合」とか・・・「反対の合一」の 反 にあたるもの・・・上原先生の師匠である郡司正勝先生の指摘するような「日本の神はマンネリを嫌う」というようなことに通じる境地。

香取神宮や鹿島神宮の神々の御神徳につながるようなこととして「破」を位置付けています。

そういう点で言うと、本当に子どもらしく生きている子どもは、まさに「破」をもたらす存在であるが故にライフインデキスたりうるわけです。
後半、「好き勝手に生きるんや」と豪語している小3の動画に関してのやりとりもあります。ちなみに私(虚空)は否定的な見解を抱きました。


11:25 コバルト
 ゲゲゲの鬼太郎を昨日観たのですが、やはり要はねずみ男なんですね。
ねずみ男が序破急の「破」なんです。
起承転結スタイルではなく、普通じゃありえない2年目に突入したゲゲゲの鬼太郎ってストーリーをぶち壊す存在がいるねずみ男がいるお陰かも。


12:20 虚空
アンパンマンでいうバイキンマンなのでしょうが(自分はアンパンマンはほとんどみていませんが)、水木しげるさんににしてもやなせさんにしても、原作者はとっても重要な位置づけにしてますよね。
個人的にはねずみ男は例の親戚たちを思い起こさせるので、あの行動は非常に不快極まりないのですが(苦笑)

でも、「破」というのを日本人が重視していたというのはいろいろなところにみられます。
世間ではついつい「伝統を重んじる国」「封建的な国」という思い込みがあるので、そうは思っていないことが多いのですが・・・。
上原先生の師匠の一人である郡司正勝先生なども「日本の神はマンネリを嫌う」というような指摘をされていました。



12:42 コバルト
日本人はそういった存在を「お稲荷さん」と言っていた訳ですね。
お稲荷さんといえばキツネですが、ごん狐もやはり破の存在だった訳ですね。



13:27 虚空
真の稲荷神は(キツネ信仰と結びつく以前)は伊勢神宮の外宮に祭られている豊受大神のようです。
これは現象世界と神の国の恩恵をとりむすぶというお役目の神様。
そして、以前も触れたことがあるけど、稲荷神は農耕神ゆえに
「収穫」=「刈り取る」だからこそ次の豊作が約束される
それで、チベットのもともとの信仰を集めていたダーキニーと稲荷神が習合したわけですが、このダーキニーもある意味で破壊者的な存在。
ネット「ダーキニー)
仏教のタントラ聖典に登場する女性修行者もしくは女神の部類。ヒンドゥー教ではカーリーの侍女。元はインドの土着信仰の魔女とも。日本では荼枳尼天と呼ばれ、稲荷神と習合した天部の神格。 ⇒ 荼枳尼天を参照。
西洋でいえば「死神」の本当のイメージが、稲荷神と通じている、というのも社会人クラスの時に扱った通りです。
だから古いタロットでは死神は不吉なカードではないと。刈り取ることで次への飛躍を約束する神。

香取神宮の布津主の神と通じる精神です。刀で目先の価値観を切り取る・・・禊・祓いですね。


14:54 コバルト
収穫→耕す→植える→‥っていう感じの循環な訳ですから、現代は収穫というより搾取になってしまっていて、その後の耕すがない。
そうなると豊かにならないんです、荒廃していってしまうんですね。
三途の川の鬼だって豊かになるための重要な存在であるわけなんですね。
無意味に幼子の積み上げた石を崩している訳じゃないんです。
序破急の破でも豊受神でも鬼にしても、どれも通じるのは変調、転換ということですね。
大企業の会社によくお稲荷さんを祀っている所が多いわけですけど、その変調、転換期が最も重要視されていることな訳ですね。
変化が起きなければ稼ぎ時自体が起きないんです。
もっと言えば転換期を見過ごすと会社は潰れるということです。



14:57 虚空
そうだよね・・・目先のことばかり考えていて、次の収穫のことを考えない。・・・次の人たちのことも子孫のことなど全く考えない。
日本の伝統文化が多くの分野で数百年、千年以上の単位で物事を考えていたというのはやっぱりすごい意識を伝承していたんだと思います。



17:46 コバルト
現代は長い目で観ての起承転結スタイル「人生100年計画」なんてバカバカしい型を作ってしまっている訳だしね。
それぞれ人生100年生きると前提にしたレールを走らせれも、想定外というキツネがイタズラを仕掛けてきて、ひっくり返えてしまうのは結構当たり前なんですね。
何より怖いのはレールの上で波風起たぬ事で病んでいく自身の心です。
人生の序破急スタイルって大変ですけど、真理に沿ってるし、「今」に沿ってるから結果的には滑らかに見える訳なんですよ。

起承転結が直線構造。
序破急がスパイラル構造なんですね。
 序破急とスパイラル構造(卍)が結びつくきっかけは、先週の金曜日のやりとりがあったからこそですね。

18:23 コバルトhttps://bunshun.jp/articles/-/10831?page=1
今テレビでやっている、これからの新しい学校スタイルですね。
子供達もこの学校に行きたいって言ってます。

 https://knowsfree.com/kojimachi-junior/

 https://gentosha-go.com/articles/-/20345



21:22 虚空
こういう決断をしていくのはなかなか勇気がいるし、できないものですが・・・・
例えば同じ町内とか市内にいくつも中学校があったら校長会が黙っちゃいない場合だってあります。横並びを大切にするから。
行政や親の説得も大変でしょう。ちょっとでも学力が落ちたとか何かあれば、反対派がここぞとばかりに総攻撃してくる・・・そういう落ち度をみつけようと常に目を光らせて、こういた校長をつぶしにかかるから。
 ついさっきまで中3の授業で、ちょうど夏休みに向けて自律的な受験勉強に向けてあれこれと話してきたところです。
そりゃ大人の権力をふりかざして無理やりさせれば多少の向上が一時的にはあるかもしれない。でもそれは反動も大きい。
もちろんそれをきっかけに自分もやればできるということに気が付いて、伸びる子もいるから無理やりというのを完全否定する気はないですがね。
やっぱり時と場合によって同じ子でもいい方法っていうことにマニュアル的な万能薬はない。


2019.07.16 火曜日
09:14 コバルト
重力エネルギー
引用
天体の重力圏内で、物体が持っているエネルギー。物理で習う「位置エネルギー」と同じです。
天体に向かって物体が「落ちていく」エネルギーといえます。
その天体から物体が離れているほど、物体が重いほど、 そして天体の重力が大きいほど、重力エネルギーは大きくなります。
分子と分母がひっくり返ると言っていた原理の裏付けで、やはりこれも(序破急スタイル)スパイラル構造。


12:11 虚空
宇宙との共振・共鳴ですね、まさに



13:23 コバルト
「位置エネルギー」というのは、駿煌会でいう「柱が立つ」ですね。



13:25 虚空
まあ・・・・生命力の象徴とつながる、ということですね(笑)

2019年7月17日 水曜日
☆「俺は自由気ままに生きるや!」と豪語する小学3年生の動画をみて
14:06 ソルティ
「 麹町の中学校 」のお話を読ませていただいていたら、ユーチューブで今話題になっているらしい「ゆたぽん」君という小学三年生をTVで紹介していました。どうなんだろう?ちょっと衝撃の映像でしたが。。。
このゆたぽん君のお話し、TV途中から見たからよくは分からないけど、まあお父さんの影響大だとは思った。刷り込みみたいにお父さんの主張がそのままゆたぽん君に移って喋っている印象はあったけど、それも一つのおうちのお話しだよね。


17:18 虚空
いじめとか理不尽な担任とかで追いつめられている場合は例外として、ちょっとあの3年生の動画は正直言ってみていて不快でした。

お前、元気いっぱいじゃないかと。
もちろん学校は絶対という考えは私はもっていません。
今のような教育制度が整ったのは日本の歴史の中でもまだ浅いし、そういった制度がない時代の方がすごい生き様の人間が育っていたというのもありますから。

でも、じゃあ「好きなことだけしての自由人」なんていう生き方が許されていたのか・・・・学校に通わない・・・通えない・・・でそれこそ過酷な労働の担い手としてほどんどの子は幼少期をすごしていわけですよね。(たまたまBSで「おしん」の再放送などをやっていたから余計にそう思います)

もちろん今の学校教育のシステムはおかしいところが多々あって、絶対基準をおく価値があるとは思いません。

ならば、自分でホンモノの学習をする、自分を磨く場を確保して、真剣に自分の器を広げることにエネルギーを費やしているという生き様を展開して当然・・・・

もちろん彼の日常は知りませんから、本当はそういって生活をしているのかもしれませんが、あの雰囲気だと「お前ら、何を嫌なことまで我慢してやってんの、馬鹿じゃねー、俺みたいに好き勝手生きて人生楽しもうぜ」と、好き嫌い関係なく過ごしている人たちを見下しているような感覚を受けました。

もう少しいえば、世の中のそういった人たちの生活・・・気ままではなく仕事等々に従事している方々・・・の恩恵を受けて自分の生活はなりたっているんだ・・・・という社会の仕組みすら感じようとしていない。

少なくとも彼が今こうして自由気ままに生きていられるのは、これまでご両親がきちんと育ててくれていた恩恵あってのことだと思いますから。もし親が乳幼児の頃からその日その日の気分で「今日は食事なんてつくらない」「子育てなんてしない」なんて自由気ままにやっていたら、成長できなかったはずだから。

そんなに好き勝手したかったら、生活費も親からもらわず、誰かが作って入れたものは一切使わず、無人島ででも山奥ででも完全自立で暮らせばいい。

それがイヤダ、できない というなら、それは他人の恩恵だけは受けて、好き勝手にだけ生きようとする唯の我が侭です。
・・・・と、つい例の親戚の生き様を想起されるような感じをうけてしまったので感情的になっています。

何でもかんでも都合の悪い事、やりたくない事は人に押し付けて、自分達だけはいいとこどりをして、それで私の生き方を「馬鹿正直で要領が悪い」と見下す。
そんな風にみえてしまいました。
(おうち意識を他の分野に適応する発想に関連して)
こうした意識をかつての軍部は自分達に都合よくねじまげて悪用したともいえます。
天皇陛下が全国民の親、とか日本が全世界の親(八紘一宇)とか・・・・。
でも軍部のそれは、うちの親戚だとか、さっきの小3と同じ。
もっともらしい理屈をこねて、自分の利益のためにみんなは貢献しろというのが実は本心。

☆「感情やイメージ」のオン・オフ能力  現代社会の歪み改善のカギ?

7月11日以降のラインから・・・やりとりの内容は多岐に渡っていますが、背景にあるのは「ことば」に伴う自分の感情やイメージを「くっつける・切り離す」というコントロール能力を身につけていく必要性に関してです。


上原先生は中学年の時期の「論理思考」や「言語操作性」(ボケとツッコミ等々)の授業等々の必要性を繰り返し強調していました。

そうしたことが高学年や中学生・高校生以降にどのように人間としての成長につながっていくのかが教育全体を考える上での大切な視点の一つだと考えています。


さらに上原先生がいつも強調されていたのが「現実世界は幻のようなもの」という古来からの日本人の世界観。

成果主義や競争原理などのような現代の主流の考え方の背景には「目に見える世界が価値の絶対基準」という世界観があります。それがよけいに「目先のことだけにとらわれた感情を切り離せない」状態を作り上げています。

もしかすると、京アニ放火のような、昨今様々な形で相次いでいる「身勝手な言い分による」凶悪な事件や、人間関係の歪み等々も、そうしたコントロール能力が未発達であることに大きな要因があるかもしれません。
自分の思い描いている世界・・・これから犯行に及ぼうとしている行為も含めて・・・が、自分の激しい思い込みと分離できないために、他者の立場とか人間らしい感情・分別・理性等々が流れ込んでくる余地が生まれないのではないかということです。


22:59 虚空
 昨日からあるメールをきっかけに、非常に注目する児言態雑誌の記事があります。
ウルトラマンの生みの親と言われている上原先生の愛弟子、金城哲夫さんも交えての対談記録です。
このアドレスにアクセスすると、その記事が出てきます。
広島大学リポジトリ http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/45035/20180306135326102493/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_2_35.pdf


2019.07.12 金曜日
(精神を病むということに対してのやりとり 抜粋)


10:56 虚空
 本当に脳などの働きが器質的な要因で誤作動をしてしまうようになっているのなら、投薬も大事なことだと思いますが、幼い頃からの蓄積や、時代の流れによる価値観の変容での適合・不適合で、自分の意識がつかみきれなくなっての・・・世間の見方としての「病的な状態」というのをきちんと区別する必要があると思うんだよね。

ましてや、病名をつけることで「変わり様はないんだ」と決めつけてしまうという風潮すら、今の教育界にはあります。

これは何も精神病に限らず「苦手なものはやったって無駄。」「しょせん才能がものをいう」「理系・文系」・・・・等々と、効率優先の社会の中で仕分けされる現代のシステムもみな同じ問題ですよね。

でも、あのクラスもそうでしたが、大人や社会の都合で勝手に壁を作ってしまうのがいかに愚かなことなのかというのを、教え子たちが教えてくれました。才能云々とかこの子はこうだから等々の決めつけを頭から信じないで働きかけてみたら確かな変容が起きたという事実。

仮に世間的に認められるような進歩が起きなくても、本人の中ではそのささやかな変化がとてもおおきな「バタフライエフェクト」になる、っていうことも。

「隠れた才能があった」なんていう言い方もありますが、これだってあの「DNAスイッチ」の話のように、意識(構え)が変容することでスイッチのオン・オフが切り替わって、まさに別人のようになっていくというのも感じますからね。

人間同士の直接の音声言語によるやりとりだって、こうしたスイッチのオン・オフにものすごい力を持っている・・・それを古来から「言霊」と称していたんだろうし。

そんなことを打ちながら、この前まで放送していた「ぼくたちは勉強ができない」というアニメで、数学に特化している女の子がスマホの音声に関して、このやりとりは単なる電気信号というような言い方をしていたのを思い出しました。

 ナマの対話がかつてと比べて圧倒的にたりなくなっている・・・いつでもスマホなどで友達とつながっていると本人たちは思っていても・・・その弊害には現代人は気が付けないでしょうね、なかなか。物心ついた時にそれがあたり前の生活を送っているから。

昔ながらの空気を多分にのこした地域で成長してきたみなさんは、そういう意味では現代っ子といっても、かなり例外だと思います。


ちなみに先のアニメですが・・・
主人公の男の子がお風呂で勉強中に、スマホ検索するつもりで女の子のところに電話をしてしまうシーン。
その女の子もお風呂で勉強していて・・・
『い、いや!す、すまん…!実は俺も風呂で勉強してたんだけど、スマホいじったら間違えて電話掛かっちまって!迷惑だよな…?もう切るから!』

理珠《いえ、迷惑ということは…》

『いや、まずいだろ!どう考えても状況的に、これは…』

理珠《状況?》

理珠「お互いに裸ということですか?」

成幸《言ったぁぁぁ!》『なんで言っちゃうんだよ!余計意識しちまうじゃねーか!てか…なんでお前平気なの!?』

「平気も何も、別に姿が見えているわけではありませんし
そもそも電話の声というものは本人の声に限りなく近付けたただの合成音声で…」(あれ?でも…こうして目を閉じると――)」

しかしそんな理珠にも突然恥ずかしさがこみあげてくる

http://anicobin.ldblog.jp/archives/55454912.html  動画ではないです)

これって、理屈で感情と音声が分離していたのが、電話ではありながら音声のやりとりで感情とくっついてしまったという面白い場面だと思います。
13:14 ソルティ
(関わっている施設に)自閉症の子供がいて、ウルトラマンのフィギュアが 大好きでいつもそのフィギュアで遊んでいるんですよ。それを見るたびに、上原先生の言っていた、「電車の中の ウルトラマンのフィギュアを持っている子(&母)のお話し、金城さんは早くに亡くなったけれど、そのフィギュアの中に生き続けている。」 みたいな話を思い出すんですよ。

その自閉症の子供の中にも 金城さん(& 上原先生)は生き続けているわけでね、こういう形で受け継がれていくって素敵なことだなと思うようになった。


13:21 虚空
そりゃもう自分にとってもそうです。新しいウルトラシリーズは形式的になってしまっていますが、少なくとも初代ウルトラマンやウルトラセブンは自分の中で別格の存在。
リアルタイムでみていたのは幼稚園の頃なんですけどね。
でも、再放送ではなくて、最初の放送時からいろんなシーンが記憶にやきついています。

学生になってから上原先生の話で、初めてウルトラマンのベースには折口先生の「まれびと」の発想があるとか・・・あるいは金城哲夫さんの生涯について知って・・・そういったことが幼い子供にこそ、共鳴し続けるんだなと・・・。

ウルトラセブンの中で、マニアの中で伝説的な名作の一つとされている「ノンマルトの使者」が沖縄問題をベースにした金城哲夫さん入魂のシナリオだと知った時にも相当驚きました。
あの作品は自分の「分校問題」なんかとも非常に強くからんでいて・・・上原先生が分校にいらっしゃる前に子ども達にも観せました。

ウルトラマンの生みの親である金城哲夫さんを生みだした立場といことで、分校の子ども達は上原先生を「ウルトラのおじいちゃん」と呼んでいました、当時(笑)


13:42 ソルティ
 話はちょっと変わるんだけど、昨日だったか?「あなたの家について行っていいですか?」という番組で、カメラは座間に住んでいる陶芸家のおじいさんちについていきました。おじいさんは、竹やぶの中に入っていきました。このふる~~~いおうちも全部手作りです。登り窯も ぜ~~んぶ自分で作り上げました。おうちに入っていくと、藪の中の一角に不思議な形の便器があって、それがね、なななんと 魯山人が作った便器なんだそうで。。。1000万以上するんじゃあないかな?こともなげにおじいさんは言ってました。

このおじいさん、陶芸が趣味のそのへんのおじさんだと思ってましたが、魯山人の孫弟子なんだそうで、ろくろも魯山人の使っていた足でまわすやつを今も使っているみたいなんですよ。若い時には十朱幸代さんとTVの宣伝にも出演していて、それがなかなかかっこいい。人はみかけに寄らないものだ。と。

おじいさん、お金とか全く興味がなくて、ただただ 自分が納得いく作品を死んだ後に残したい みたいなこと言ってました。今日より明日、明日よりあさって 毎日変化していく器、人の手になじんでまろやかなお茶がいただけるような。。。そんな器つくりをしたいのだ。。。みたいなこと言ってました。

自分が死んだあと何が残るのか?何を残したいのか?そんなことを思いました。

13:47 虚空
 ちなみにその便器は便器として使用されているのですか?それとも魯山人先生の作品として鎮座されていたのですか?
それとは別に、いろんな番組で陶芸でも漆塗りでも非常な高価なものであっても、作りてとしては「長年使い続けてこそ本当の味わいが出てくるのでちゃんと使って欲しい」という発言をされる方は結構いらっしゃいますよね。

上原先生の言葉等々を残す、という点で、私やダンデリオンさんは、今風のことなどにもどんどん結びつけていこうというスタンスですが、それもこうした事とつながるかもしれません。

上原先生が講義の中で「伝承と保存(保管)は違う」と言っていたことも思い出されます。

13:53 ソルティ
 いや~ どうだろう。昔のね 外にお手洗い(むきだし)ってあったじゃないですか~。そんな感じで、木でできた、三方のかこいだけがあって、扉はついていないんですよ。ほぼむき出し藪の中。花器みたいな形でね、そこに用をたしたら、どんどんたまっていくんじゃあなかろうか?と思えるような。。。 かぎだってかかっていないわけだから、ぬすっとに持って行かれるんじゃあなかろうか?って思いましたよ。


14:02 虚空
 まあ、まさかそんなやぶの中の家とも思えないような場所に、そんな高価なものがあるとは思わないでしょうから(テレビ放送後は分かりませんが)

とにかく後世の人たちがどんな風に受け止めるかは別として、何らかの形にしておかなければならないことは確かかな???
いろんな番組の文字起こしをしているのも、それが駿煌会でのやりとりや、上原先生の考えを深める上で不可欠と思うからせっせとやっているというのもあるし・・・

アニメもね・・・俗っぽいものであるほど、上原先生の心意伝承とたちかにつながると思えた時のインパクトが大。
(ジブリの宮崎アニメや、新海誠監督の映画はもちろん超一級品ですし、それも心意伝承とはつながるのですが、もっと庶民っぽいというか大衆的というか・・・そういうものもね)

今は載っているかどうか分かりませんが、6年生の教材に「桃花片」っていう陶芸家が主人公の物語があって・・・上原先生に助言を頂いたことがあります。
それも高価な陶芸に価値があるのか、ありふれた日用品にこそ価値があるのか、というお話でした。

14:10 ソルティ
 へ~ッ そうなんですね。で、上原先生はどっち派だったの?
私は日常に使うものだけ残してあとは全部捨てたいかも?これが自分の分身だ。と思えるような器、数点だけ残しそれだけで食べたり飲んだりしてみたいかもな。ただ今 断捨離中。


14:17 虚空
 その時にははっきりとは言いませんでしたが、石巻での「おうち授業」で私の茶碗の思い出エピソードを採用されたことなどから考えると、使う事に意味のある派・・・ある意味で自分や他人の分身・・・ということに最も大きな価値があるという立場だったと思います。

お金とかの現実的な価値にはいつも否定的でしたよね・・・「こんな現実だと思っている世界なんて、原爆一発でガラッと変わってしまうんだから」とおっしゃっていましたが、それは本当に先生の被爆された時の実感なのでしょうね・・・

原爆ほどではないですが、自分にとってあの東日本大震災はそういう位置づけですね。


14:31 ソルティ
 確かに 大きな想定外の出来事に出会うと、価値観は大きく変化すると思う。五徳の 福(幸せ感)・寿(寿命)・禄(財)・官(名誉)・印(生きる知恵)のどれを第一と考えるか?みたいなことも人生の課程において どんどん変化していくしね。占(私の習っている)では、最終的には 福にたどりつくという考え方をしていますけど。

幸せだな~(だったな~)~と思える人生を歩きたいものだと思う。

14:38 虚空
 それも最終的には「どんなイメージの風呂敷でそれらの思い出を包んで、イメージタンクの中にしまいこむのか」ということなのでしょうね。

(という助言を先生に頂いたのは4年「たかのすとり」の研究授業に向けての時でした。「イメージのオブラートにつつむ包み方」・・・それが子どもらしいたくましさの原動力にもなるんだと。)
2019.07.13 土曜日
00:33 虚空
 5時半からのことりのおやつ君や上司の方々との駿煌会特別会合・・・そのあと、諷虹・コバルトブルー・虚空の3人でサイゼリアに行き、児言態雑誌2号の金城哲夫氏を交えた上原先生たちの座談会記録の冒頭部分を読んで盛り上がり、その後駐車場でも話し込んでお開きになったのは0時頃でした。
体調としてはお世辞にもいい状態ではなかったのですが、今後につながる貴重なやりとりをすることができました。

09:29 コバルト
 昨日のやりとりの大きなキーワードが起承転結スタイルと序破急スタイルでした。
要はアテを作ってキッチリ筋道立てて行くスタイルと、アテを作らず一瞬一瞬の場面でスタイルが映り変わっていくスタイルです。
そして駿煌会の話しの拠点は後者であって、ズレ(もつれ)が大きな流れを生み出すバタフライエフェクトになっているんですね。

だから驚きとインパクトが常に起きて転換がおきる、
回転(卍)が起きるんです。
だからもっと味わっていたいような心地よい風が吹くんですね。


10:31 ヒマワリ
 昨日はお疲れさまでした!
会合楽しかった?!
上司の人たちに名刺きちんと渡せなかったの後悔(たらりー)
社会人としてやっぱ持ち歩かなきゃダメだね?。
私、仕事内容的にもとても近しい存在だったのに(たらりー)


13:11 コバルト
 https://news.livedoor.com/lite/article_detail/16765713/
 筋道(起承転結)を立てて行くというスタイルって時には本質とズレた大きな間違いを生むおそれだってあるんですね。
この記事の事例だって覚せい剤=有罪でしょ?っていうのが固定概念が警察や検察官にあってそれに先走ってしまった一つの事例だと思います。
こういう被疑者とされた人に罪を償いなさいと、刑務所に送ってしまって、なにを反省させて償わせるのかが疑問ですね。

更生させるにしても、そもそも更生とは更に生きると(さらにいきる)と読むんですから、問題行動を排除させるというのとは別問題なんですよね。
矯正は更生に結びつかないんです。
警察や検察官の姿勢って自分達の思い絵描いたストーリーにそって裁判にかけ有罪にさせるのが仕事なので、どうしても脅しやプレッシャーをかけての誘導尋問というのは体質的にやってしまうんですね。


14:16 虚空
 司法試験組・・・検察官・裁判官・弁護士・・・は論理の勉強を相当やると聞いたことがありますが、それが裏目にでているということはあるかもしれないですね。
本来なら、数学の証明でいう「背理法」の精神で、「この人間が犯人」と仮定して論理的にきちっと話を進めていった結果、事実と反する結果(十分に犯人と断定できないという結果も含めて)に到達できなかった場合には、出発点である最初の仮定が間違っているということが結論、として「無罪」とするんでしょうけど、「決めつけ」という意識が強いと、そもそも現実を自分の都合のいいようにしか受け止められなくなる。

問題は、そういった思い込みが強いと、嘘とか誤魔化しという意識とは全く別に、本当にそれが事実だとしか認識できず、しかもそこには本当に「リアルな体感」が伴ってしまう事。

人間ならば誰しも・・・特にバーチャルリアリティーに慣れっこになっている現代人は尚更・・・です。
そういう人間の認識を18号の世界定めの原稿では前半に書いたつもりです。http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/46609/20181218114109393822/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_18_45.pdf
それを起してはいけないお仕事の人たちだから、そういうイメージ・感情とは切り離す訓練をしっかりとしているハズなんですが・・・「成果主義」なんていうのがはびこっていると、それが吹き飛んでしまっているのかもしれません。

15:06 コバルト
忍者でもいうと感情を切り離した「者」になる感覚は必要なんですよね。
人間らしすぎると、どうしても人間のズルい感情‥もっと言うと欲望を絡めてしまうから物事を歪ませてしまうんですね。
またそれが場合によっては感情や欲望が良い方向に向かう時もあると思うんですが、基本感情って独り善がりになってしまうことが殆どなので、結果的に色んな人を苦しませてしまうことも多いんだと思います。

15:18 虚空
以前NHK特集でもやっていたけど、アメリカ軍などに入隊したら感情をオフにする訓練を徹底的にやるんだと。
最初が上官の命令に対しては、どんなに常識はずれのものであっても、間髪いれずに「YES」といって反応・実行させる。
次が人を撃つことに対してためらわない心にする。
これはアメリカ軍に限ったことではないでしょうけどね。

最近放送された「魔法少女特殊戦あすか」なんていうアニメは、むごたらしい描写で録画したもののスルーしたシーン満載ですが、人間らしい感覚を遮断しないとやっていけない世界を冷酷に描いていた・・・
主人公の魔法少女は普段は全く「冷徹になれないタイプ」のキャラであるというところがポイントのアニメでした
15:41 コバルト
 https://youtu.be/NWF2JBb1bvM

15:48 虚空
どういう状況の映画なのか分からないけど・・・軍人であっても「人間性はあってほしい」という願いがこもっているような感じでしたね。
(でもこのあと再び敵味方と別れて戦う運命なのかな?????)
古いですが、モノクロ版の「ビルマの竪琴」なんかも思い起こしました。

15:50 コバルト
実際にあったクリスマス休戦ですが、ポイントはこれで戦争が終わった訳ではなく、この後また殺し合いが行われるというところですね。
汚泥から咲いた綺麗な蓮を連想させてくれます。
地獄から咲いたきれいな華って感じですね。

15:53 虚空
 やっぱり戦闘は再開されるんですね。仲良くふれあったあとの殺し合い・・・罪の意識はより強くなるんでしょうね・・・

16:11 コバルト
 どうだかわからないですが、ただ感じるのは心を交わした相手と本気で殺しあえるなら本望の内だってあるということですね。
愛をもって殺しあえるなんて、最悪ですが最高の瞬間でもあるのだと思います。
それが北斗の拳のラオウとケンシロウの最後の死闘でもあるし、また「泣いて馬謖を斬る」にもなるんだ思います。
無差別殺人みたいに心をかよわせてもいない人間に勝手に命を奪われるなんていうものとは訳が違うんです。
エヴァのカオル君みたいに最愛の人(碇シンジ)に命を奪われる事を選ぶ感情と同じです。

16:19 虚空
上原先生の師匠である折口先生の言葉を思い起こさせますね
『従来親愛と尊敬の極致を現してきた殺戮を、冒涜、残虐と考へだしたのは抑既に神人交感の疎隔しはじめたからのことである』
17:51 コバルト
このど真ん中を行くアニメ(バジリスク)の言葉が「愛する者よ、死に候え」ですね。
概要
愛し合いながらも、立場の違い、生まれの違いetc.で殺し愛いをしないといけない作品等につけられる。
2019.07.14 日曜日
05:47 虚空
 江戸時代の近松門左衛門などによる「心中もの」(人形浄瑠璃・歌舞伎)あたりのことを本気で調べてみる必要もありかもです。

許されぬ恋におちた男女が道行をし、むごらたらしい心中をする。曽根崎心中でも男が愛する女性を結構むごい殺し方をし、(もちろん女性が望んだ上で)それから自分も・・・
その苦しみが大変だったが故に、あちらの世界に旅立ってからは「恋の手本になりにけり」

そんな世界観をもっていたのが日本人。
(もっともひとつ間違えるとストーカー殺人に身勝手な正当性をあたえてしまうような危険な思想ではあるのですが)


09:05 コバルト
「君の名は」での忘れてしまう前に、マッキーペンで名前を思い出せるようにしましたが、結局は名前を憶えるよりは「大好き」という感情そのものを遺したという事にも繋がりそうですかね?


09:06 虚空
 そこで「感情」ということがリンクしていたからこそ、完全に忘れていたかのようでクライマックスでの「甦り」になったのかな???

「感情」を「エネルギー」として考えると、再起動するエネルギー源になった???

09:16 コバルト
https://youtu.be/GIXr3soHhUo
この動画は君の名は。と同じ用なパターンですね。
記憶は消えても想いは消えないというのを描いています。

☆京アニ放火事件 ラインやりとり②

先日ブログアップした http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/369/ ラインやりとりの続きです。
(#京都アニメーション #京アニ )
2019.07.18 木曜日
23:24 虚空
ダンデリオンさんからこのような言葉がTwitterに寄せられました。
学修塾ダンデリオン
@hp45z6DX0wLrKA6
「才能ある人々」なのはもちろんでしょうが、何より志を抱いて真摯に勤め生きていた人々を十把一絡げに葬り去るという、テロというか暗殺というか、何とも形容しがたい凶事(まがごとに)…


2019.07.19 金曜日
06:40 虚空
今朝、別のサイトに載せた文です。

::::::::::::::::::::::::::::::
昨日の京都アニメーション放火事件・・・知ったのは昼前だったのですが、大変なショックでした。通称「京アニ」で親しまれていて、家族体制のような雰囲気で丁寧に良作を生みだしている、という会社。私にとっても非常に好きな作品・大事な作品等々があります。ニュースをみるたびに厳しい現実を突きつけられ、そのたびに涙があふれでてきます。

「気に入らなければこの世から消してしまえ」式の全く自分本位の理屈での犯行・・・そうした行為に容易く及んでしまう人間がますます増えて行ってしまうのでしょうかね・・・。テレビゲーム等々で幼い頃から「邪魔者は消去」という反射神経ばかり異常に発達させてしまっているのかもしれません。

そういった心の歪みを正常に戻してくれるのが、ごくありふれた日常での、人間同士のナマの関わり合いだと思うのですが・・・・ゲームだけではなく、スマホや学習教材DVD等々を乳幼児の頃から与え続けている事も大変な問題とつながるのではないかという危機感を抱いています。

勉強にかかわるものだったら大丈夫じゃないか、と思われがちですが・・・・そういった機器をつかっての学習など、特に語学に関しては効果がないという研究結果もあると随分前に放送されていたのをみたことがあります。でもそういう研究成果って、発表しようとすると業界から強い圧力がくるんですよね。

沢山のお金をかけて大切な我が子を人間として育てず、子どものためを装いながら私腹をこやす業者を潤わせている・・・そんな家庭がますます増えるんでしょうね。

そしてハッと気が付いた時にはもう手遅れになって呆然とする・・・・・・・・・・



09:31 コバルト
自分自身の世界定めをリセット、リスタートするか、自分以外の世界をリセットしてしまえ!の違いですかね。
本当の序破急にはしがらみがないんですから。
沢山の世界観(可能性)が豊かさを生み出すんですが、これしか無いと思ってしまえば、これしかなくなってしまうんです。
単一性が(ゆがみ)になるんですね。


 宗教間の争いなんてまさに今回の放火事件と一緒。
神は唯一の存在、それぞれの一神教という思想が戦争を引き起こすんです。

☆「この人生、夢か幻か・・・」 2019年7月16日のダンデリオンツイッター記事より

19日に駿煌会ラインで紹介したダンデリオンツイッター記事。それをきっかけのやりとりです。

実は20日の夜には、諷虹・虚空の二人が、この記事と、公開されたばかりの新海誠監督作品「天気の子」とを結びつけて・・・様々なアニメの話題も交えながら4時間半あまりやりとりしています。

ただ、「天気の子」のネタバレ満載なので、このやりとりのブログアップは、後日にします。


最近、何度も引用している「このはな綺譚」の一部を記事の最後に再び載せています。
是非合わせてお読みください。


またその中の最後の部分のやりとりは、京アニ放火事件等々、昨今の容易く人の生命を殺めてしまう犯罪行為に走ってしまう人たちとの関連でも重要だと思います。



:::::::::::::::::::::::::::::::::
2019年 7月16日 ダンデリオンツイッターより

(荘子 逍遥遊篇第一―7)
昔者(むかし)、荘周、夢に胡蝶と為る。
栩栩(くく)然(ぜん)として胡蝶なり。
自ら喩(たのし)みて志に適うか、周なることを知らざるなり。
俄然として覚むれば、則ち??(きょきょ)然(ぜん)として周なり。
知らず、周の夢に胡蝶と為るか、胡蝶の夢に周と為るか。
周と胡蝶とは、必ず分あらん。
此(こ)れをこれ物化と謂う。


【大体の意味内容】
むかし、荘周(荘子)は自分が蝶になった夢を見た。
くっきりとした体感をもって、蝶であった。
楽しく飛び回り、のびやかな心のままにふるまうことができて、自分が荘周であるとは自覚できないでいた。
そうしているうちにふと目覚めてみれば、はっと我に返り、荘周であった。
しかしよく考えてみるとわからないではないか、荘周が、夢で蝶となったのか、それとも蝶が見ている夢で、今この荘周が存在しているのか。
(現実に生きているのが荘周であるという保証は、どこにもないからだ)。
荘周と胡蝶とは、必ずや区別はあるだろうと、我々は考えてしまう。
しかしどちらが原因でどちらが結果なのかは、誰にも判定できない。
今、荘周を「本当の自分」だと信じ込んでいることは、「物化」すなわち便宜上、荘周の方を「実物」とみなしているにすぎないのである。
(怒りに任せて人を殴っておきながら、「これは愛のムチだ」と言い張ることを、暴力の「美化」というのと同じことである。)


【お話】
有名な故事成語「胡蝶の夢」の原典です。「自分」と思っているものは、現実の存在か夢幻(ゆめまぼろし)か、確定はできない。
現実と思いこんでもいつかは必ず死んでいなくなるのだから、やはり夢といえばそうともとれるわけです。

ですが荘子の考えは、そうした「永久不変のものはないからすべては夢『のようだ』」と言いたいわけでは、どうもなさそうです。

蝶と自分とをはっきり区別しようとするのは、片方を「物化」しているにすぎないと断ずるのです。本当の本気で、自分自身を「夢に過ぎない」と考えてみている。存在世界の相対性、我々が生きていると信じ込んでいる「この世」とは、ほかにもいくつもある世界〔宇宙〕の内のひとつに過ぎない。
別次元の宇宙があるのではないかという発見を吐露しているようです。

現代では「相対性理論」とか「人間原理」とかの着想で想定されている宇宙観、またSFで描かれる多次元的宇宙観を、二千年以上前の荘子が既に着想していることにも驚きますが、そんな風に驚くこと自体が現代人の思い上がりで、昔のほうがレベルが低いはずと考える非礼に過ぎないわけです。

むしろ現代人のほうが、「これまでの常識がぶっ壊される」ことについて、臆病です。

これまで自分が正しいと信じ込んでいた常識が破壊されたり否定されたりして、それを受け入れてしまうと、「自分がなくなってしまうようで怖い」という決まり文句で及び腰になり、新しい発想や逆転の発想を拒否してしまいがちです。

荘子はむしろ、「胡蝶の夢」で、「自分がなくなってしまう可能性」を、嬉々(きき)として受け入れたわけです。

「自分自身が『存在する』と思いこんだり、『生きている』と信じ込んでいたことが、実は錯覚なのかもしれない、そりゃあ面白い!」と。

いまの自分は蝶によって見られている夢なのかもしれない、
その意味で、蝶によってほんの一時(いっとき)、生かされているだけなのかもしれない。
ならばそのほんの一時(いっとき)を、精一杯夢見られていればいいではないか。
蝶が夢から覚めたとき、「ああ、いい夢を見た」とご機嫌になってもらえるような、素敵な夢であればいいではないか。

きっとそう考えたのだろうな、と勝手に思いました。
::::::::::::::::::::::::::::
22:28 ヒマワリ
私も「天気の子」観てきました!
つくばで観てきたのですが、向かうときは雨が降っていて、帰りは青空が見えるほど晴れていました!

ダンデリオンのお話、ステキ。
こんな感じの話を今月の上旬に我が家でやった地元バーベキューのとき、姉ちゃんとかと喋ってた内容に近いなーと思いました。

なんでそんな話になったか詳しく覚えてないんだけど、
私が「『自分』ってなんなの?って考えだすと止まんなくなって怖くない?」って言ったら、
姉ちゃんが「分かる!ってゆうか死ぬって怖くない?死ぬの考えると怖いから考えない」みたいなこと言ったんだ。

うちのばあちゃんが死ぬときって皆んなで看取ったよねとか、あっちばあちゃんが死んだときはパパが棺桶に六文銭を入れたのを姉ちゃんよく覚えてるって言ってたりして。
三途の川を渡るのに必要なんだってゆうとこから。

そんな話してるときに、どっちが現実で、どっちが夢かなんて分からないよって言ったりしたんだ。
死ぬってきっと眠りにつくみたいじゃないかなーって。
死んで、あっちの世界に行って、目覚めたら、あっちが現実かもしれないよって。
こっちで生きてきた出来事を、あぁ私は長い夢を見ていたんだなって思うかもしれないね!って、ワクワクしながら話した。
それ聞いて姉ちゃんも「おぉ?」ってリアクションしてた!

2019.07.20 土曜日
06:17 虚空
そういう感覚ってかなり前からありましたね・・・・。
最初に強烈に感じたのは、やはり予備校生時代に、大好きだった祖母が目の前で臨終したとき。(祖母に意識はなかったですが)
祖母が「人間からモノ」になっていく。
体調がどうにも悪いというので救急車で病院に連れて行って数時間後のできごと。私が知らせを聞いて東京から到着して1時間後くらい。
真っ先に感じたのは「祖母は自分が死んだのを分かっているのかな?」って。
魂があったとしても宙に浮かんで天井当たりから不思議そうに見下ろしているのかな・・・とか。
だから叔母たちが号泣しているとき、自分は妙に冷静になって(感情が切り離された状態 スピ用語でいう離魂状態?)いて、天井を見上げていました。姿はみえないけど、目があっているかな・・・なんて思いながら。

もし魂がなかったとしたら、眠っている間にそうやって他界したら、もう意識はそれっきり・・・永遠に起きることもないんだな、どころか起きるという感覚すらこの世からなくなるんだなと。
魂があるのかないのか・・・そのうち分かるんだと思いますが・・・でもなかったら気が付けないか(苦笑)

そんなことからいっても、京アニのような身勝手な人間によって、かけがえのない生が奪われるなんていうのはね・・・・

事件報道のあった日の翌未明・・・いつも録画している温かい雰囲気のアニメをみながら「こういうアニメをみることができるというのは当たり前のことではない世の中になってしまっているんだな」と思ったら、妙に悲しくなりました。

で、明るくなってからの天気の子・・・
朝の情報番組で新海監督ナマ出演のを夜になってみましたが、冒頭、京アニのことを悲痛に語っていて・・・

天気の子の具体的な感想だとネタバレになってしまうでしょうから、もしよかったら個人ラインとかメールで聞かせてくださいね。
(他に観た方々も同様にお願い致します。少しすれば駿煌会の方でみんなでやりとりできると思いますが、今はまだね・・・)

(20日、夜 諷虹・虚空 このツイッター記事と「天気の子」とを関連頭けての様々なやりとりが4時間半あまり。ネタバレ満載なので今回は記載しません)
7月21日
07:00 ソルティ
 おはようございます。
「蝶」のお話。。。見るならこのような夢をみてみたいな。と思う。楽しく飛び回り、「 のびやかな心のままにふるまうことができる。」 ってとても豊かなことだなと想像する。折角この世に生をうけているのだから、あの世にお出かけする前に、この世でこの心境になれる経験をいっぱいしたいな~と思う。 このところ とんと夢をみなくなってしまった。見た夢を覚えられない位、記憶力が低下してるのかな? 嫌な事だけさっさと忘れ去って いい思い出だけ残ってくれるといいな~と思う。
現実は しがらみだらけで結構重いので何か良い手を考えてみよう!!

13:49 コバルト
序破急スタイルって以前から出ていましたけど、まさか核心のあたりの事に繋がるとは思いませんでしたね。

泡となって消えて行くもの。
稀に消えずに広がっていくものがある点にしても量子論的だし序破急になるんですもんね。
すぐに核心(正解)を立てる必要はないと思っています。
沢山のシチュエーションを持つことが大切なんです。
それが行き詰まってしまえば自分の中から勝手に消えていくだけなんですから。

15:13 虚空
 逆にいえば「これだ」と分かったつもりになって、満足してしまう方がコワイかもね。
思考停止・・・未知の領域は永遠に分からない・・・だから諦めるんじゃなくて、どこまで迫れるかという気持ちかな・・・

上原先生が既に分かったことにはこだわらず、すぐにそれは「もう終わった」として自分の過去から「消去」し、「さあ、次!」という姿勢をみせていたのもそういうことかもね。
どうしても「分かった」ということに安住したら、事実上生きていないのと同じになってしまうから。
だから古代日本人の「禊」の知恵はすごいことだと思います。

かなり前(社会人クラスの頃)にそうした話をしましたが、古来からの日本人の発想からすれば「著作権」という概念も「商標登録」という概念も多分なかった。そうしたアイデアもすべて、あちらの世界から頂いたものという発想があったから、個人が独占すべきものではないと。個人の業績というのはそもそも存在しない。

名を残す、とか 名誉 云々は中国などから入ってきた外来思想。そこに西洋的な「個々人の権利」という考えがはいってきてなおさら強化。

だって、和歌の本歌どりなどもそうだし、芝居もそうだけど、現代風な言い方をすればある意味では日本の文化は「パクリの文化」。ただ、それを「自分だったらこうする」とアレンジする。それを互いにやりあっていた。

過去の形のままで、それにしがみついていつまでも地位ア名誉は収入を頼るのは恥ずべきことと考えていたようです。
むしろ、誰もパクッてくれなかったら、土台にする価値もないもの、という証と受け止めていたんじゃないかな。

それも泡の思想かもね。
*国産みに最初に失敗した時に生まれた子の一人は「淡島」・・・アワなんですね
参考 1)
現象にとらわれて、現象を主体に考えると、そこから生み出されるものは「泡のようにすぐ消え去ってしまうもの」ということを示唆している・・・というのが虚空の父の解説です。


参考 2)
ダンデリオンツイッターの今回の内容、これをアニメ(コミック)で端的に示したようなものの一つが、最近も何度も引用している「このはな綺譚」

紹介している内容での最後の柚と少女とのやりとり・・・あのような事件(京アニ放火)の犯人もそうですが、昨今のなるふり構わないような凶行に及んでしまう人たちは、そういった出会いをする機会を自ら断ってしまって生きてきてしまったのかもしれません。

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このはな綺譚 第一巻 アニメ4話後半
『花嫁御寮』
*柚を人違いしているおばあさん 人形を本当の娘だと思って話しかけている。
桐 柚、あんたは人間に育てられたんだったわね。じゃあこんな話知ってる?
若くして亡くなった娘の代わりに人形に花嫁衣裳を着せる風習があるんですって。
娘があの世でお嫁入するために…。
柚、あんたはどう思う?ここに居ない人たちと過ごすあのご婦人を可哀そうだと思う?
柚 それをお客様が望まれたのなら、お客様の見る世界が真実です。
だってお客様は神様ですから。
*人形が人間化して現れている娘、桐に向かって
娘 お母さんを化かすのはやめてちょうだい。・・・いつまでお母さんをこんなところに閉じ込めておく気!?
早くここから出して!!
桐 それはできかねます。お母さまは自ら望んで此花亭ののれんをくぐって来られました。
私達仲居にできることはお客様をおもてなしすることだけ。追い返すことはできません。
あなただってなんの因果かもう一度産まれて来れたんですから、ここでの時間を楽しまれればいいじゃございませんか。
娘 できるわけないじゃない。
どうせこんなの夢なんだから。
覚めたら余計に悲しませるだけじゃない。
桐 でもねえ、お嬢さん。
あんた方人間様の一生も、ここ(此花亭)でみる束の間の夢も、あたりら狐にゃたいして変わりませんよ?
「ああ、いい夢だった」それじゃいけませんか?
少なくともお母さまはそれ(夢)でも構わないんですよ。
(娘、泣き出しながら)
娘 わたし、ここであなたたちに恥ずかしいところばかりみられているわ。
桐 人が成長するってのはそういうことでございましょう?
たくさん恥をかいて何度も後悔して、どうか素敵なひと(女性)になってくださいね。
(娘 白無垢姿に)
お婆さん 今日はいい日ね。よく晴れた暖かな春の空。まるであなたが産まれた日のような。
娘 お母さん
お婆さん 子どもはすぐに死んでしまうから、七歳までは神様の子だとされていたの。
娘 あなたはわたしのことを神様の子だと言うけれど、わたしはずうっとあなたの娘でした。
本当に夢みたいに幸せな一生でした。
ありがとう、お母さん。
(消えていく)
お婆さん みんな、行ってしまったわ。また、ひとりになってしまったわね。
仲居さん、本当にありがとう。あなたたちのお陰で、幸せな時間を過ごすことができたわ。
本当に夢のような・・・
桐 夢ではございません。これからはずうっと娘さんとご一緒にいられますわ。共に過ごすことの叶わなかった数十年より長く…。
お婆さん ああーっ、本当に今日はなんていい日なんでしょう…。
(柚が部屋にくる)
柚 お客様、ご昼食をお持ちしました。
(室内は桐だけになっていた)
桐 お客様ならもう旅立たれたわよ。娘さんのところへ…。
柚 (寂しげに)そうですか…きっとお急ぎだったのですね。お見送りできなかったのは少し残念です。
桐 そういえばお礼を言われたわよ。
あんたたちのお陰で夢のように日々だった、って。
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このはな綺譚 第二巻  アニメ 八話前半
『潮騒』
砂浜に漂着していた少女に出合う柚。少女は柚に「自分の船が遭難した」とか「自分は人魚」とかいう。柚は大真面目に信じて何とか力になってあげようとする。
少女 ・・・ちなみに人魚っていうのも嘘。
柚 嘘なのですか!?
少女 仲間を探しているのも嘘。あたし友達いないから。だってみんな嘘つきのあたしが嫌いだもん。親も学校の子たちも。
みんなの陰口 「いつもそんな子どもみたいな嘘ばっかり」「人の気を惹きたいだけでしょ?」
少女 あんまり嘘ばっかりつくから最近はもうなにを言っても無視される。
誰も話を聞いてくれないから、嘘をつかなくなるとさ、現実って残酷なくらい変わり映えしないんだよね。
柚 そうですか。私はお宿で仲居の仕事をしておりますが、色んなお客様がいらしゃって毎日わくわくします。
少女 それは柚ちゃんがやりたい仕事をしているからだよ。
あたしは趣味とか将来の夢とかないから、毎日ただ学校に行っていつか大人になったら毎日仕事に行って、これからずっと毎日毎日その繰り返しで。
なんだか未来(さき)が見えちゃったんだよね。
騙してごめんね、狐ちゃん。あたしそろそろ行くわ。

柚 騙されてなどおりませんよ?だってお姉さんはおまんじゅうを返してくれました!
騙すというのはそれでなにかを盗ったりひとを傷つけたりすることです。
お姉さんの作る「お話」は楽しいです。だって私は今日一日で、遭難者と迷子の人魚とあなたに会えました。とても楽しかったです。
少女 楽しい?
(過去回想 聞いて聞いて!いまそこで宇宙人見たの!!ほんとうだって、ほら!今UFOがいた!)

少女 子どものころは嘘でも構わないからわくわくした。
答えの分かり切った代わり映えのしない「現実」
妄想も空想もぜんぶ含めて「現実」なのにね。
アンタみたいな子があたしの傍にもいれば良かったのに。そしたらあたしはあたしを否定しなくて済んだ。

柚 いらっしゃいますよ。きっとまで出会っていないだけです。
わたしが今の仲間たちと出会うまで「仲間」を知らなかったように。