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☆2019,01,05~ ラインやりとり②「祓い 浄化」

2019.01.05 土曜日②

17:05 ソルティ
紹介していただいた二曲聞いてみました。圧縮と解放って言い当てていて妙。溜めは、この前話にでていた、溜まりも流せば汚くないよ~という祝詞を思いだした。いずれにしても、ため込み過ぎはダメだね。肥溜めも肥料にして生かすと。
ヒーリングの世界で最初にやったことは、ガンガンに水分をとって、どんどん滞った気を流すという事。特に 感情を解放していくんですよ。そうしたら、ずっと いいこちゃんして我慢してきた 感情が爆発すると。。。あれっ 私ってこんな奴だったんだ~みたいな。。。音楽を聞いて のりのりで歌うとか そういうことってとても大事だと思う。
「芸術は 爆発だ~」
17:21 コバルト
それを聞くとエクソシストの悪魔払いも。実際はそういった取り組みなんですかね?
本人のせいにするのではなく、悪魔のせいにして聖水で洗い流す感じ。
子供を叱るにも本人のせいにするのではなく、手や口が悪いと叱るように。
そうやってデリケートな部分はあえて触れない方が良いときもあるのかも知れない。
障害を持った子とかは特に。
17:21 ヒマワリ
ナルト!笑
デイダラやん!笑
17:43 ソルティ
ん~~ん、話がかなりずれているかも知れないんだけど、悪魔が取り付きやすい人っているんだろうと思う。悪魔までいかないにしても、悪霊や生霊が取り付く人。
その人を除霊できる人もいるだろうけど、最終的には自分自身が自分を変えていかない限り、それを払ってもまた別の似たような霊が取り付くんだろうと思う。じゃあどうするんだい?って話になるけど ⇒ マイナスの波動(思考)を プラスの波動(思考)に変化させていくっていうことになるみたい。だけどそれができれば 世の中 な~~んにも苦労しないよね。
20歳のころ、エクソシストっていう映画をみて、怖くて怖くて 自分の下宿に帰れなくtなってお友達の下宿に泊めてもらった経験があるのだけれど、この前、何が怖かったのか?アマゾンプライムでみたんだ。そうしたら全然怖くなかった。だけど、あれは完璧悪魔だと思う。(いや、悪魔を知ってるわけじゃあないけど)
悪魔という大きな想念、に対抗する神父様たち二人の命をかけてのエネルギーが イコールで、宇宙のどこかで消滅したんだろうな~と思う。何だかわけわからん世界ですな。 かかわらんとこ。
17:56 コバルト
悪魔(邪)の発生源は人の心ですからね。
打ち消して消滅というよりは洗い流してしまう感じな気がします。
悪魔が乗り移ったっていうのがややこしくしているんでしょうね。
20:48 虚空
こうして字幕付きでユーフォニアムの主題歌をききなおしてみると「和語」「漢語」「カタカナ言葉の外来語」「オノマトペ」が効果的に組み合わされて作詞されていたんだなと感じました。
エクソシストが全米で初めて公開された時に失神者が続出というニュースばかりが伝わってきていて・・・日本で公開されたときに観にはいかなかったのですが、後にテレビで観て、気色悪いとは思いましたが、失神するというのが正直分かりませんでした。同様に感じた日本人は多かったようですね。
今考えると、そこが根本的な宗教観の違いというか「神」「悪魔」「憑依」のつかまえかたの違いなんだろうなと思います。
22:49 ソルティ
すみません、訂正させてください。 上のほう、マイナスの波動(思考)と書いたけれど、マイナスの波動(構え)のほうがより正確な表現と思う。(同じく プラスの波動)ヒーリングでは思考をはずしていくことをするので。これがなかなかできないんですよ。座禅とか瞑想とかに近しいのだろうと想像するけど、いまだに会得できていないので 説明ができない。それこそ、言葉にできないな。
ユーフォニアムの主題聞きました。のりのりで楽しい。アニメ好きの娘はこのアニメ知っていたよ。
エクソシスト。。。失神情報知らなかった。気色わるい、その通りだね。あとやっぱり主人公の女の子の声がおっさんになるのが怖いかな。豹変するところ。
2019.01.06 日曜日
04:34 虚空
日本の場合だったら「狐憑き」「物の怪が憑いた」とかになるんでしょうけど、根底には「肉体は器」であるという発想があったから、「憑いたものは祓えばいい」という感覚が欧米人よりも浸透していたのかもしれません・・・。
多重人格のようなことへのこだわり方も違うようだし。
それこそ「自分って何だ?」ということへの根本的な発想が違うんでしょうね。
それが言語観にも表れている????
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☆2019,01,05~ ラインやりとり①「言葉の意味とは・・・言外のこと・・・宇宙等々との共鳴」

2019.01.05 土曜日

10:34 コバルト
しかしここにきて思うのですが「言葉」って、どこで理解するものなんですかね?
頭と言っても、なにか違うような気がします。
授業を受けてきた者として国語力の素養ってそもそも教科書や普通の学校の先生から教わったのでは身につかないんじゃないかな?って思います。
それは「生」(旬)の部分が抜け落ちてしまっているからだと思います。
国語の先生の話しを聞いても、まるで台本を読んでいるようで全然響いてこないんですね。
これが難しくしているのだと思います。
英語なんか特に身につかないです。
仲の良い外国人とのやりとりの中でも生のやりとりをしているうちに、初めて聞く言葉でもお互いの響き合いの中から勝手に理解出来てしまうものがあるんですね。
それが恋人クラスならなおさらです。
それにタレントの出川哲朗でも言えるのですが、デタラメな言葉でも通じていまう現象が証明されています。通称、出川英語。
あれこれ一生懸命分かり合おうと伝えようとしているからでしょうか。
そもそも自分達ってどうやって言葉を身につけたんでしょうか?
少なくとも鉛筆を紙に書いてから喋れるようになった訳ではなかったはずです。
10:40 虚空
ちょうど先日送られてきた児言態の12月合宿のやりとりを録音したデータを聴いているのですが、難波先生が「言葉で伝える」ということについてのことを投げかけていました。
特に日本語は音声言語を重視した・・・文字では伝わらない音の響きの裏側にあることが大事だとされていたから。そしてその音声さえも「言葉=事のハ」ということで本質そのものは表すことができないと自覚していた民族ですからね。

だから余計にブログにものせた英国紳士の武蔵君の留学体験の言葉には興味深いものがあります。http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/144/
12:16 コバルト サイト紹介 
https://youtu.be/uSy3ji10isU
→ラララの部分をどうにかして言葉にして翻訳してみようって授業をやったら面白そうですね。
頭だけを使って聞いているうちは決して理解はできないんですから。
14:58 ソルティ
こんんちは~ソルティ―です。学童にダウン症の子供がいるのですが、まだまだ獲得できている言葉は少ないのですが、上級生の子供の言葉かけがきつかったりすると、いっぺんに委縮してしまって、それを普通の状態に戻すのにえらく苦心することがあります。語気でわかるというのか?粗い波動( 怒っている感じある・いらいらした感じ )を察知する能力があるというのか?そんな時に、コミュニケーションって言葉を使うけど言葉じゃあないんだな~と、思う
いわゆる「  」 って大事なんだと思う。出川さんから出てくる 気って 何となく ほのぼのしていて、誠に自然体で好きだな。そういうところに神様が降りてくるように思う。
昔 赤い鳥というバンドの「言葉にならない言葉」という曲がありました。ユーチューブで探したけれど、本物はなくて、カラオケを使った女性のカバーがありました。
これです。https://www.youtube.com/watch?v=DyycHgMHe3Q
→ちなみに、赤い鳥は 翼をください で有名なバンドです。山本潤子さんが歌っていたように記憶しています。昔のフォークソングですね。
15:10 ヒマワリ
言葉にできないからラララになっちゃうんじゃないの?(Sally surprised)
そこはもう思い出に浸ってもらうとゆうか、涙出ちゃって喋れまへーんみたいな。
スラダンの最終回、山王戦のラストほんと数分部分て、言葉一切なしの絵だけだったじゃん。もうあのドックンドックンの世界みたいな。
あ!古池や蛙飛び込む水の音  のあの(蛙)がポチャン(水)したあとのシーーーン…に、趣
15:36 コバルト
その通り!だから言葉にする!っというのはただの建前であって、どうしてかと言うと、やはりそういうのは過程が大事なんですよね。
地図だけじゃ実際分からないのと一緒で、実際行ってみることで自身との距離感が図れるみたいな感じですね。
どこまでだったら言葉に出来るのか、そしてどこからが言葉に出来なくなるのか、その体感を授業などで実現できたら面白いなと思いましたね。そして最後に「やっぱりどうやっても言葉には出来ませんでした」となれればいいんじゃないでしょうか。
まさに答えがあって、答えが無い内容であって、答えばかりがある授業に馴れた人にはちょっとした刺激にはなるのではないでしょうか。
15:37 虚空
言葉にならないから・・・という見解は教育関係者によくよく理解してもらわなければならない部分ですね。
「きちんと上手に表現しましょう」「詳しくたくさん書けるようになりましょう」なんていう方向ばかり強調している。
だから逆に言葉の世界が貧弱になるし、言葉をそのまま受け止めて平気な人間を大量生産しようとしている。
あまりに絶望的だから「笑うしかない」という状況だっていくらでもあるのにね。
井上さんはそういったことをきちんと分かって描いていますよね。俳句の世界もわかっている・・・だから水墨画もあっという間に上達して達人級になってしまったし。
井上さんがドキュメント番組でどうして漫画ペンではなく筆で線画を描くようになったかについて語っていましたが、思い通りの線が描けない、想定外のことがあらわれてくるというようなことでした。これも筆の流れに何かの余韻をということなんでしょうね。
こういった言葉に関するやりとりが、教育界でこそ行われなければならないのに、案外国語が専門です、というような学校の先生ほど子どもの感覚から離れた言語観に凝り固まっている場合があると思います。
15:41 諷虹
言葉ではなく音の話になりますが「古い池や~」のヒマワリさんの言葉を見て、先月のやりとりで「ししおどしの音」「風鈴の音」なんかの所謂「風流な音」は音と同時にその空間を楽しんでいるのではないか~的なくだりがありましたが、音が鳴り終わった後の余韻・「もっと聞きたい」と思わせる感覚が風流に通じているのではないかとふと思いました。(あと少し食べたいって思うくらいの量が一番美味しいように)
逆に「和太鼓の音」「笛の音」あとは「軍歌」なんかは、その音に体や頭(イメージ)が共鳴するんでしょうかね
15:46 虚空
音が感情をゆさぶる・・・共振・共鳴・・・ここが「宇宙の振幅」と響き合えるということとどうつながるか。
案外幼い子は無自覚に響き合うんでしょうね・・・だから宮崎監督はトトロ、さらにはポニョを制作したんだろうし。
聖徳とかまっとうな自然科学者は知識や論理や数式などを架け橋にして、人知を超えたイマジネーションの世界と響き合うのでしょうし。
このあたりの体感をともなった事例をたくさん集めておくことも大事かも・・・・
15:59 諷虹
トトロ・ポニョの主題歌はこの前のオノマトペであった同じ言葉の繰り返しが出てますしね・・・かなりいろんな要素が組み合わさって共鳴を起こし訳すしているのかもしれませんね。主題歌にオノマトペの例で出てたちびまる子ちゃん・ごちうさなんかは幼い子も楽しんで見ますしね。(琴浦さんは・・・)
あと個人的に音楽でもラスサビ前に一瞬音が止む瞬間がある曲(今思いつくのは野崎くんop・ユーフォ1期ed)がすごい好きなんですがこれも風流の感覚なんですかね
16:03 ソルティ
ラスサビ ? ん? 教えてくださいな。 ラストのところの サビの部分ってこと?
16:04 虚空
よく新年の放送される皇居での歌会始なんて独特の読みあげ方をしますよね。
「和歌」を歌と呼んでいる感覚。それと上原先生の著書にお師匠の学説をひいて「和歌」は「若」と通じるのではないかと言うことを書いていたけど・・・。
音楽で元気が出るのは世界共通だと思いますが、やはりオノマトペの種類が格段に多い日本人・・・しかも動物の鳴き声などはノイズとしてではなく言語脳でキャッチしているという世界でも特異な民族ですから、音楽と歌詞(オノマトペや無音も含めて)の関係ももっと何か出てきそう。
16:09 諷虹 サイト紹介
(月刊少女野崎君 主題歌 違いだけを感じるのであれば:これの0:40~1:03,3:00~を比べてみてください)
https://www.youtube.com/watch?v=ZHWCOH4DF7Y
(響け!ユーフォニアム トゥッティ! これの0:55~1:05 、3:15~)
16:13 虚空
今から50円玉君(中学生)と会うのですが、この前から言葉の裏側についての日本語の特性についての話になっていて・・・今日は予定としては「月刊少女野崎くん」を観てもらおうかな、と思っています。
16:16 コバルト
風流と聞くと、わびしさ、さびしさ、ずっと感じていたくなる刹那的瞬間を思います。
野崎くんの最後の3分あたりの所の溜のところはいいですね。
圧縮と解放
16:18 諷虹
 >圧縮と解放
あーそれですね、70くらい→100じゃなくて0→100みたいに本当にキュッとなる感じが
16:29 諷虹
ちょっと返信が遅くなりましたがラスサビはそのままラストのサビってことです
「大サビ」なんかともいうっぽいですかね?
(wikiの解説)
寂(さび)とは、謡曲・語りものなどで声帯を強く震わせて発する調子の低いもの、低く渋みのある声の質、太くてすごみのあることを指す[1]。
サビとは、日本風の歌謡曲ないしはポップ・ミュージック(J-POP)などの大衆音楽における楽曲の聞かせどころのこと[2]。
→寂とサビ・・・さっき「わびさび」ってワードも出ましたがこの辺は面白そうなにおいがしますね
17:02 コバルト
たしかに、そこの「寂びとサビ」は結びつきは気にしませんでした。

駿煌会ラインやりとり 平成30年大晦日から平成31年三が日

平成30年12月31日

05:45 虚空
これからもう少し寝て、それから昨夜のやりとり記録をアップしようと思っています。もし28日のオノマトペについて二人でやりとりしたブログ記録が未読でしたら目を通してくださっていた方が今回の内容とのつながりが分かりやすいかもしれません(かなりの長文ですが)

11:39 虚空
昨日の諷虹・虚空のやりとり、及び夜中から今朝にかけてのラインやりとりをブログにアップしました。
「アニメ歌詞から」b ではたまたまという偶然が二つ重なり(そのうちの一つがこの直前でのソルティさんと諷虹君とのやりとり)、今日の内容はあちらの世界からのメッセージが下りてきているのだろうと確信してやりとりしていました。
先日のコバルトブルー君宅でヒマワリフクロウさんを交えての内容も大きくリンクしてきたし。
そういう意味で今年後半のやりとり総括になっていると思います。

11:50 コバルト
これまで孤立していたそれぞれだった思考が繋がってきた感じがします。
こういうのは掛け合わせ(かけ算)なんでしょうね、爆発的な広がりを感じます。
11:56~11:58 コバルト投稿画像



12:36 虚空
今、駿煌会のツイッターでつぶやいたことをそのまま転載します
『波動同士の共鳴』⑤「現実世界は自分の内?外?どっちにある??」の最後に諷虹君が『視点を向けるべき場所がみえてくる・・・「見える」「見えない」以外の第三の場所みたいな。』と発言しています。これは第三項理論と接点があるのかな? と諷虹・虚空で話していました

12:39 虚空
まさに「足し算的かけ算」ではなくて「かけ算的かけ算」(指数関数や複利計算の世界)・・・そういえば電卓片手に「といち」の白く計算なんてしましたよね。10円かりて10年間でどれだけ利子がつくか、とか。

14:31 ヒマワリ
コバルトのこれ(うんち画像)笑った  まさにこれが全て(笑)

15:31 コバルト
(といち計算)なつかしい(笑)
足し算的かけ算だったのがあるところでかけ算的かけ算に化けるんですよね
いきなり想定以上の手に負えない数字に化けましたからね。しまいには計算機でさえ振りきってしまうんですから。

15:40 虚空
平成時代最後の大晦日に元気なオブジェのイラストが飛び交うとは!
ちなみに上原先生は「ウ〇〇作文」から子ども達の生命力の根源を感じ取っていたような・・・・・

15:43 虚空
競走前にパドックでお土産をポロポロ落としていく馬もいるしね・・・まさに駿煌会らしい大晦日?????

15:50コバルト
ただ見るにしても見え方が変わりますよね。
面白いです❕
このままではシメはになってしまいそうですね

15:51 虚空
最初に載せたコバルト君としてはどういう考えがあったの???

15:58 コバルト
オノパトペからの光背からの流れですね、の臭いの具現化している絵を探していたのですが。
とりあえず湯気や温かさを感じられるイラストを載せました。
本当はモワ〰っとしたものを載せたかったのですが。

16:03虚空
そういえばあのクラス・・・というか
学年はコレが大好きでしたよね。作文もそうだったし、アニメを作った時も、実写「いい人」を撮った時も・・・・だいたい高学年になっても外で大声で「う〇〇!!!!」って叫んでいた女子も何人もいたっけ
それはやっぱり破格の生命エネルギーの持ち主揃いだったということです

19:28 コバルト
https://ameblo.jp/riepon7/entry-11951571806.html

19:30 コバルト https://utaten.com/lyric/%E7%B1%B3%E8%89%AF%E7%BE%8E%E4%B8%80/%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%AE%E3%81%91%E5%A7%AB/

19:37 コバルト
載せた記事の引用です。
天地創造の過程において最初に生まれた天之御中主神は言霊でいうと「ウ」にあたり、そこから「ア」と「ワ」の二つが生じたというのです。
ア=高御産巣日神(たかみむすびのかみ)、宇宙を照らす意識の光
ワ=神産巣日神(かみすむびのかみ)、その光によって照らされた客体としての宇宙
ア、ウ、ワは言霊の出発点だということです。
20:32 虚空
言霊に関する説はいろいろありますが・・・最終的に大事なのは自分で口にしてその響きと内面がどう共鳴しあうのかを丁寧に感じてみることなのでしょうね。
そういった意味でも、あのクラスのノリと勢い・・・すぐに音に反応して心も体も動き出す・・・というのはやっぱり歴代クラスの中でダントツでした。

2019.01.01 火曜日

01:00 虚空
先ほど地元の神社の初詣にいってきて、毎年恒例の境内で燃やしている炎の写真を何枚も撮ってきました。
たまーに炎が何かの化身のように写ることがあるので。
今年はこの2枚です。私のこじつけっぽいですが・・・・
1枚目は右側を向いている羽根のついた天使のような妖精のような立ち居姿。
2枚目は雲にのって右から左に向けて飛んでいる不動明王(光背画像の影響でそうみえるだけと言われそうですが)
如何でしょうね??????
今年もよろしくお願いいたします!
01:00 虚空投稿画像


09:27 コバルト投稿画像



09:27 コバルト
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

09:30 コバルト
最初の炎の画像と超一流自動車メーカーロールスロイスのエンブレムが似ていたので送りました。
引用です。
『ロー ルス・ロイスのラジエーター頂点に立つ羽根を広げた精霊像は「スピリット・オブ・エクスタシー」の名で知られる。』

09:35コバルト
ちなみにロールスロイスにはもう一つエンブレムがあります。

09:36 虚空
ロールスロイスに乗った気分で猪がごとく突き進め! ということですかね????

09:38 コバルト投稿画像


09:50 虚空投稿画像


 今朝、那珂川付近で撮ってきた初日の出です

09:54 コバルト
エクスタシーですから、突き抜けろ!じゃないでしょうか?


10:42 ヒマワリ
あけましておめでとうございます(star)(sparkle)
本年もどうぞよろしくお願い致します(sally sunglasses)(fishcake)
初日の出めでたい〜!
10:46 ヒマワリ投稿画像
10:48 ヒマワリ
こう見てた(あはは)
たしかにエンブレムみたいな形にも見えるし!
写真を360℃回して見てみたりしたよ、やっぱ物事はいろんな角度から見なくちゃね〜
実際に燃える火は立体だから、それをいろんな角度から見たらまた違ったものが見えてくるんだろうけど(えへへ)

10:51 虚空
なるほど・・・そうみたんですね!
ちなみに私の観方は、右に突き出た塊が頭で、羽が上向きに二つ並んでいるというような感じでした。
観方によって趣が変化する・・・風情が増しますね!!!!!

11:11 諷虹
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いいたします

11:14 虚空
パラパラとですが、年明けまであと1時間くらいというところで平成最後の大晦日に目を通したのが漫画形式の「フーリエ変換」入門書でした。複雑な波⇒単純 がフーリエ変換 で、 単純⇒複雑 がフーリエ逆変換だとか・・・

11:15 諷虹
炎の写真は一昨日のBRAVE PHOENIXのやり取りが影響してか火の鳥に見えますね
一枚目は羽を広げて胸を突きだしているように(丁度ヒマワリさんの画像のような)
二枚目は左の尖った所がくちばしで、羽を広げているように見えます

11:16虚空
今回はそのこともあったので炎画像を撮っていてたしかにそういったイメージがありましたね。シャッターを押した瞬間以外の時にフワッと炎が大きく広がった時なんかは特に

12:01 コバルト
私は前のめりに羽ばたいたような天使に見えました。

12:02 虚空
それは2枚目の方でしょうか?

12:08 コバルト投稿画像


12:09 コバルト
一枚目です!
イメージは船首の女神像です。
12:18 コバルト
ちなみに一枚目はこういう感じに見えました!

12:50 虚空
私もそんな感じ・・・一枚目を撮ってモニターにこれが表示されて瞬間、ドキッとしました。

12:58 コバルト
今のところ感じているのは、どうやら女神の根底にあるのは「見定めるモノ」であるようです。
要は選定者です。
運と一緒で、人が女神に選ばれる事を意味するみたいですね。
勝利の女神が微笑んだ!みたいな!

13:09 コバルトps://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%AC
13:12 コバルト
それと昔の吉原の遊女にしても、客が選ぶというより、まず遊女から選ばれないといけないんですよね。

14:26 虚空
よく日本は昔から「男尊女卑」とか「亭主関白」とか「嫁の地位は」云々と言われてきましたが、本当にもっと遡った古来からはそう言えるのか・・・というのがあります。もし本当にそうだったら「おかみさん」「おふくろさん」なんていう言い方が現代にまで残っていないだろうし。貴族社会での結婚だって女性に圧倒的選択権があったわけだしね。
それを感じ取っているから余計に男は空威張りをしたのかな??????
宮崎アニメの女性観なんていうのは多分古来日本人の発想に近いのかもね。
きちんと調べたことはないけど、昔の産婆さんって、ワルキューレの日本版????

15:41 コバルト投稿画像


15:44 コバルト
ちなみにこういう感じです。真横から見た感じです。しかしどちらにしても女神なのは面白いですね。

16:50 ソルティ
みなさん、明けましておめでとうございます。
火の写真すごいね。よくこんな瞬間がとれるものだと感心するな~。私もコバルト君と同じ風に見える。あと二枚目は ドラゴンボールの なんていう人だったかわすれたけど、その人が立っていて、そこに仮面ライダー?みたいな宇宙人が斜め上から飛んできた感じに見える。
 今からちょっとお出かけ。では皆さん素敵な初夢みてくださいね。

18:15 コバルト
スピリット・オブ・エクスタシーっていう言葉に出会いましたが、まさに自分自身を超えた瞬間というのはエクスタシーなんですね。
だから「知るは死ぬ」なんですね。
これは単純に分かったとか理解したとかの次元ではなくて、気づいてしまった、知ってしまった、思い知ったっという所なんですね。
学校教育でいうと、理屈的に分かった、理解した!で終わってしまいますがが、実はその次のステップがあるんですね。
そしてそれが凄く重要で、すべての始まりなんです。
それがこの前の聖徳での授業でその兆候が見られる寸前だったんですね。
カリキュラムや進行、時間配分などを無理に進めすぎて、物事から突き抜ける瞬間(スピリット・オブ・エクスタシー)を鈍らせてしまっていましたが、それでも突き抜ける一歩手前ぐらいには行っていたのかな?っと感じました。
これは自分自身が小学校2、3年生の時、虚空学級での実体験者だったから言えるんですね。
何気ない分かったつもりの事を深く深く考えて、突き抜けて、それに気づいた瞬間に頭の中がパァっと広がる瞬間は(宇宙と振幅)、正にスピリット・オブ・エクスタシーでした。
(わくわくどきどき)とも言えますね。
そこから自身の中から仮説(ロマン)が飛び出してきて、道筋が出来てくるんですね。
少なくともそういう授業をやっていたのは虚空学級が最初で最後でしたけど(笑)
今思うと、子供たちから仮説(道筋)も導き出せない授業は、全部ニセモノであると感じますね。

18:24 虚空
ついさっき、夕食をとりながら こころの時代 宗教学者の 山折さんのを観ていて、そんなことに通じる話が出てきました。教科書にもよく出てくる空也上人像の表情は念仏をとなえながら恍惚感に浸っているの表情ではないか、と。


18:46 コバルト画像


18:47 虚空
そういえばモアイ像もドラマの中でいい味を出していたな・・・・

18:48 コバルト
ハッとした瞬間って人は上を見上げるんですね。
これが「垣間見る」とも言うんですね。

18:49 コバルト画像


18:49  これもその瞬間です。

19:04 虚空
ずっと以前、ある知り合いが正月に餅を喉につまらせたとかで・・・家族はみんなでかけていて・・・最初はものすごく苦しくていたのが、ある瞬間から苦しさが急になくなって気持ちよくなり、これだったらこのまま死んでしまってもいいかな・・・と思わず思ってしまったそうです。(どういう拍子が餅はとれて無事でしたが)脳科学的にはそういう時に脳内麻薬が出ると説明していますね(ドーパミンだっけ?)
「厳しい修行であの世に突き抜けた心境になるのは、脳内麻薬による化学反応にすぎないのだから、宗教的体験というのは非科学的なのである」という主張でしたが・・・・
千尋のこの瞬間って溺れているんでしたよね????
脳科学者のいうことが仮にある程度言えているとしても、それをきっかけにトランスフォーメーションを起こして意識や構えが転換をするということが最も重要なことだと私は思っています。単なる化学反応であるなら同一になるわけですが、個々人であまりにも異なりますから。(もっともそのように言えば今度は神経細胞のネットワークの違い 云々と言い出すんでしょうがね)

19:39 コバルト
きっと混沌からの脱却ですね!
汚泥から生まれた蓮の花ですね。
苦しみもがいた先に何かがあるんです。
それは考えて考え抜いて、もがいた先にあるモノも一緒です。
だからいつも大切なことは面倒くさいですよ。
面倒くさい所にしかないんです。
普通の人はやりたがらなくて、さっさと次の事をやりたがるから、いつまで経っても、なんにもならなくなってしまうんですね。
だから20歳の成人式を越えても特にやりたいことが見つからないんです。
自分自身を知れば、自ずと道筋が見えてきて学ぶ姿勢が出来てくるはずですから。
若女将は小学生のオッコでさえ自分の立ち位置をしっかりと見つけられているんですから。

19:59 虚空
泥からの美しい花・・・今生で咲くか、浄土で咲くか・・・なんていうことをついつい考えてしまう。
(年末にあちこちで流れるベートーベンの第九・・・あれも同じ精神ということを授業でもやりましたが・・・・あの時の2年生が学級会でドラマのタイトルに「ケンカのあとはなかなおり」というのを話し合った結果いれたというのは、単に低学年っぽいを通り越した直観が無意識にはたらいていたのかな?????)

2019.01.02 水曜日

00:42 コバルト
なつかしいですね!
虚空学級では目の前で喧嘩が始まっても止めようともせず急いでカメラを起動させて撮影を始めるという感じでしたから。
子どもながらなんでこの先生は止めないんだろう?と思っていましたが、その時に「喧嘩の仕方はこういう時に覚えておかなくてはいかん」と先生は真面目な顔をして言っていたのを覚えています!
喧嘩の仕方や喧嘩の末の後始末にしてもそこで学ばせてもらいました。
そしてどこまでが喧嘩でどこからが暴力になるかをそこで体感したんです。
おかげさまで喧嘩が恐いものではなくなったんですね。
本当に恐いのは欲望や感情に飲み込まれてしまい殺すまでやってしまうような暴力です。
それは喧嘩本来の相手を見据えてぶつかり合うのではなく、人を見据えず相手の痛みも分からないままやってしまう暴力です。
これはただ自分自身の怒りや欲求を一方的に相手にぶつけているだけなんですね。
でもこれは人間誰にでも起こりえるんですね。
自分の感情を押さえ続ければいずれそうなってしまうんです。
間違いだと解っていても、自らそれを選んでしまうんです。
だから常に人は流体で在り続けないといけないんですね。
なんだっけ?淀んだ水も流れていればいいんだ!ってな感じのやつ!

07:48 虚空
「一切成就の祓い」として知られている祝詞ですね・・・
このサイトの解説が分かりやすいかな????
http://rokkonshojo.blog98.fc2.com/blog-entry-20.html

13:00 コバルト投稿画像



18:29 虚空
「宇宙創成は何度も繰り返している」とか「孫宇宙 ひ孫宇宙・・・」と連なっているとか「並行世界(パラレルワールド)」が無限にあるとか・・・・最先端の物理学者は様々な仮説をたてているようですが、人間の意識世界という宇宙では現実のものとしてそのおようなことが起きている・・・そんなことを示しているような図ですね!

21:36 コバルト
なるほど、つまり自身の中で常に仮説と過程がどんどん組み立てられ行くんですね。
だからだんだんと筋が読めるようになってくるんですね。
結果的に「見えない部分が見えるから勝つ」と言うことなんですね。
だから「勝因はない、けど敗因があるだけ」なんです。
だから実は敗因の99パーセントは自滅なんですね。
みんな目の前で起こっている現象に振り回されてしまうから、結果的に自滅してしまうんですね。‥フーリエ変換ですね。

 だからあの聖徳の授業でAiから瞬時に道筋を立て、拾い上げ、そこから広げることが出来た瞬間がそれなんですね。

2019.01.03 木曜日

00:20 虚空
駿煌会でのみなさんのやりとりも基本はこれで流れていますよね。
だからそうしたやりとりの流れそのものも残したいと思うから、やりとり記録はできるだけノーカットでブログなどに載せているわけです。本当は要点のみを箇条書きにした方が一般の方々にも観やすいとはおもうんですが、それではあまり意味がないので。
(もっとも要点の箇条書きをホームページで一覧などにして、そこから個々のブログ記事にとべるようにする、ということは必要かもしれないですね。膨大な量になってきているので、あれではどんな話題のがどこにあるのか分からないでしょうから)

07:20 虚空
「正月」「今年の抱負」に関する上原語録が児言態のツイッターとブログにアップされています。
正月に勝負事・・・坊主めくりとか・・・やりましたよね・・・

08:37 コバルト
そうですよね!
勝負事は常に物事がひっくり返るんですよね。
こいつ沢山持っているなぁって思っている矢先に全部失ったりと‥(笑)
ただそういう世界でもそれを生業としている人間は少なからずいると言うこと、そして私のまわりには麻雀、パチンコで生計を立てている人間がいます。
ちなみに、みんな最低月収100万オーバーです。
また世界でみたらカジノで生計を立てて人もいます。
また世界は億クラスです。
まず勝負事(ギャンブル)ポーカーにしてもパチンコ、麻雀にしても「降りる」という選択肢があるんですね、ギャンブルなのに勝負にいかないという選択肢があるんです。
現金トレーダーのfxでもそうですが、上がる下がるの選択権を持つことが出来て、その中で常勝出来ている人間が少なからずいるという事実。
賭け強い人間
手配は良くも悪くもフェアですからね、端からみたら運に愛されているだけなように見えますけどね。

10:45 ソルティ
こんにちは~。色々なお話しがあって楽しいな。1、お坊さんのなんだっけ スピリット・オブ・エクスタシーの画像。これ美術の本か何かで最初見た時、気持ち悪~い。と思った。口の中から 人が出てきてる~。と思ったんだよね。今考えるには。。。御真言を唱えるたびに、仏様が出現しているイメージかな?清らかなご真言が世の不浄を清めていくみたいな?そんな風に思える。 人の限界点、例えば比叡山の千日回峰行とかね、自分じゃあできないけどすごく憧れがある。意識がもうろうとしたところで初めて 別の世界、仏様の世界なのか?神様の世界なのか?わからないけれどそこに入ることができるみたいな感じ。

 しかしながら、凡人(のほうがらくちん)には凡人の良さがあって、やっぱりね、限界点を越えて行くという作業はめちゃくちゃしんどいので、並みがいいよね。と思う。もっとも上ちゃんの説では、普通に暮らそうと思ったからと言ってそのようにはなれない。ということだったと思うけど。
 いつだったか、ウルトラマンの金城さんの宿命をみたことがあって、そりゃあもう、特別の方でした。私の中で お若くして亡くなるというのがどうしても哀しくて越えられないところなんだけど、上ちゃんのお話しの続きは、電車に乗っていたら、目の前に母子がいて、その子がウルトラマンのお人形を持っていたと。金城さんは ここに生きているんだ!という事を思った。みたいなお話し。。。そりゃあね、頭じゃあわかるのよ、だけど、なかなかそういう風に心から思うことができないんだよね。
 昔 しみじみおっしゃっていたことがあった。言い方は違うけれど、上「あれだけ心をくばっていたけれど、教え子を 3人だか亡くしたからな~。」 まさに一挙手一投足に神経を張り巡らせていた感がある。
 三人(だったか?)四人(だったか?)の間違い
 「 子供たちのために 這ってでもいけ!」 というお言葉通り最期まで、教育に情熱を注がれた方でした。

11:50 コバルト
そうやって理解できないと言ってはいても、しっかりと重要な言葉をキャッチしているのだから、それでいいんじゃないでしょうか。
普通を望むのは誰でも一緒なんですから。
しかし上ちゃんのそういう話しを聞くと、上ちゃんは一分一秒をシミジミと生きていた人なんだなぁと感じますね。

14:45 虚空
やっぱり上原先生の場合、被爆体験がとてつもなく大きかったと思います。
生前、刀鍛冶になぞらえて「俺は生きながらにしてヤキが入ったから」なんて言ってたっけ・・・・・

『仏像の光背もオノマトペっぽい?』ラインやりとり 2018,12,31

30日夜の 諷虹・虚空とのやりとりを受けて
2018.12.31 月曜日
00:08 コバルト
 ん〰只今熟考中です。
ロビンソンの曲を本人になりきって何度も聴きました。
それで感じたことは。
感情が言葉を振りきってしまえば、もはや収まる言葉なんてないんでしょうね。
というかそういうのは言葉におさめようなんてしちゃいけないんですね。
そうすると言葉自体が縛りになってしまうからです。
言葉から解き放つと言ってもいいのかも、突き抜けたものが波動性(オーラ)または仏像でいう「光背」じゃないでしょうか。
要は収めようとはせずに突き抜けてしまえばいいんですね。
00:12コバルト  不動緒明王の 画像 


 
01:06虚空
 授業は0時15分頃終了して先ほど帰宅しました。ここ数日間に浮かび上がってきたキーワードが怒涛のように渦巻いた4時間半でした。仏像の光背をそういった象徴としてつかまえると不動明王の本地仏(大日如来)との関連も含めて何か浮かび上がってきそうです。朝になったらさきほどのやりとりをブログにアップしますが・・・盛りだくさんすぎて読むのは大変かも・・・いつものことですが
コバルトより様々な画像 






03:53 コバルト
この太陽のまわりのこのブワブワも絵としてのオノパトペですね!
目に見えないモノなのに、あえて描くことでしっくりときてしまうんですから。
04:52 ソルティ
早朝。おはようございます。諷虹君ロビンソン懐かしいね。ミスチルもいいけどやっぱりスピッツだね。(なんで犬の名前なんだろ?)さて、、どオノマトペですが、
Q,オノマトペ、は何でひらかなで書かないんですか?これってまさか外来語❓ このオノマトペがね、どうにもしっくりこないんですよ。でも。。。ふわふわ、もにょもにょ、ぷにぷに、くにょくにょ、くねくね、もぞもぞ、むきむき、ぱくぱく、ごそごそ、音を重ねるだけでも楽しくなるね。
ぽにょぽにょポニョ魚の子、もこれですかね?
コバルト君の 光背のプワプワが絵としてのオノマトペという発想も面白いな~と思った。
05:13 虚空
おはようございます。
漫画やイラストに用いられる「お約束」のマークも広い意味でのオノマトペになりそうですね。
オノマトペ 外来語 です。この前諷虹君とひいたネット上の解説を転載しますね。
オノマトペとは「擬声語という意味を表すフランス語」です。
※擬声語は擬音語や擬態語の総称。
独特の響を持っているのは、フランス語の言葉をそのままカタカナ語として使っていことからきています。
動物の鳴き声や自然の音、気持ちを表すワクワクなどの表現はすべてオノマトペと呼ばれています。
05:21 ソルティ
まんま起きてたの?A,説明ありがとうございます。仏語か~。仏語もしっかり学んでいれば、この5音を聞いただけで 何だかフランス語っぽいな~とわかるんだろうね。
犬の鳴き声を バウバウと表現する国があるでしょ?バウバウじゃあないよ、どう聞いても わんわんだろう?と思うし、コッカドゥードゥルードゥー? こけっここーだろう?と思う。
05:38 虚空
ニワトリに関しては金曜日のやりとりで諷虹君も言っていましたが、犬に関してもそうですよね。
随分前に話題になった「日本人の脳」とかいう本で「右脳 左脳」のどちらで虫の鳴き声などを聴いているのかというのがありました。調査した国々の中でほとんどの国の人が右脳で聴いているのに対して、日本人は左脳できいているという結果が出たんだとか。

秋の夜に鳴く虫の音を聴いて日本人は「言葉」として認識しているから「虫の声」としているけど、他の国々では「単なるノイズ」としてしか認識していないというようなことでした。(この学説には異論もあるようですが、私は高校時代にこの話を英語の先生からきいて妙に納得した覚えがあります)
ある読者の方々の感想がこちらにありました。

「心意伝承の体感」 児言態50周年 帰宅後のラインやりとり

10月27日に東京で行われた児童の言語生態研究会50周年の集まり後の懇親会で健康上飲めない私以外は普通にお酒を飲んでそれぞれ帰宅したのですが、真夜中に酔った状態でラインやりとりを若者たちはしていました。
(酔った勢いでの差支えあるような発言は除いています)
またやりとりの中で上原輝男氏のことを気安く「上ちゃん」と呼んでいますが、ご容赦ください。(私個人としては、没後20年以上たっているのに、こうして若者たちが身近な存在として感じて話題にしてくれているということが、とってもすごいことだと感じています。仮に私がポックリ逝ったとして、20年以上たった時にこんな風に語り合いの中で登場するなんていうことはないでしょうから)
2018.10.28 日曜日
00:29 コバルト
(銀河鉄道999主題歌 歌詞を載せて)
歌詞は今日の出来事と結びついたものだと思ったのでのせました!
00:32 ヒマワリ
皆様本日はお疲れさまでした!無事に帰宅致しました☆
00:37 諷虹
お疲れ様です!
00:41 コバルト
授業などもそうですけど、どんな厳密に計画案を練ったとしても結局はプロフェッショナルであるほど想定外を40%も想定に入れなきゃいけないんだと思いました。
00:48 ヒマワリ
(銀河鉄道の)歌詞の中の、「新しい風」「古い夢は置いて行くがいい」でいろいろ考えました。
「ふたたび始まる…君を遠くで見つめてる」ここなんかまさに児言態を見つめている上ちゃん(上原輝男氏)のことですよね。
「君は気づいてしまった、やすらぎよりも素晴らしいものに」
帰りの電車の中でここの歌詞に繋がるアニメのシーンを話し始めた為に、(コバルトブルーが)この歌詞を調べて読んでたら…あれ?これって今日のことと上ちゃんのことだよね?ってなって、こりゃ偶然じゃなくて必然だなって笑いました
「地平線に消える〜別れも愛のひとつだと」これもまさに上ちゃんのことかと(笑)
児言態50周年とゆう記念すべき節目に私らが参加したことも、歌詞冒頭の「新しい風」。
それをあの世から上ちゃんが歓迎してくれたんじゃないかと思いました。
充実した良い1日でした( *ˊᵕˋ)✩︎‧₊
01:00 コバルト
 「地平線(水平線)に消える瞳にはいつしか眩しい男の光」
上ちゃんやモアイ像も連想してました!
01:51 コバルト
いつかは学問の町水戸と呼ばれて松下村塾の原型を作った弘道館で児言態をやってやりたいですね!
いつも歴史の影に埋もれてしまうけど、歴史の始まりは結構茨城からなんですよね!
桜田門外の変とか!
(編者注 そういった貸し出しは弘道館ではやっていません。)
02:01 コバルト
サイト紹介  ピカソが『天才』と呼ばれる5つの理由 - NAVER まとめ http://nav.cx/2RCfzm3
02:03 コバルト
U字論の言いたかったことってこういうことかなとおもいました。
ピカソとか楷書から行書から草書みたいな考え方!
☆朝になってラインをみた虚空、ビックリ。
09:18 虚空
お酒を飲んでいた状態でみなさん夜中に活発にやりとりされていたんですね。
11:52 虚空
この歌詞は劇場版銀河鉄道999のでしたが、みんな観たことがあったんですね???これまでの集まりで話題にはでたことなかったと思いますが・・・
12:06 コバルト
 自分はざっとは見たことあります!
2018.10.30 火曜日
17:50虚空
印象が薄れないうちに語り合いたいとゆうべ電話がかかってきて、今、諷虹君宅にきています。
そこで書きかけの単元設定についての文や、あの時のメモ書きなどを見せてもらっているのですが、やはりどれも重要な内容を含んでいて・・・。
飲み会での難波先生たちとの語り合いの内容にも大事なことがいっぱいあったと思います。
それを今文章などの形にしておかないと、ただの酔っぱらいのおしゃべりとして消え去ってしまう。
あまりにも勿体ないものですね。
19:31 ヒマワリ
単元設定については3回くらいしみじみ読んでみて、なんとなく分かる気がしてきた、だけどまとまんない。
言ってることは分かる、うんうん、で?みたいな。
早よみんなで集まって語り合いたいのぉ( ・3・ )
20:10 コバルト
出来れば今週集まりたいですね!
20:36 ヒマワリ
3日の夜はどう? 土曜日の夜☆
諷虹
了解です。寒くなってきたからうちの2階でやりましょう。
20:41虚空
単元設定についての一言
この文を読んで理解できる、というか理解しようという人が、教育の専門家や小学校の先生にはたしてどの程度いるのか?
長年小学校で教えていたというベテランや国語教育をずっとやってきた人ほどもしかすると読みもしないで拒絶やスルーしてしまうかもしれません。
テーマからして「思考と感情」を一つにしている時点で。

私だって正直にいえば分かっているわけではない。だから授業の形で子ども達に投げかけて、子ども達から教わろうとしているんですから。
そういう意味では単元設定に書いてある様々な事が、自分たちの日常や過去のことや、駿煌会で語り合ったあのこととつながるかも・・・そのような形でどんどん切り込んでのやりとりが土曜日にはできればいいと思っています。
完全に分からない部分は「分からない」でいいし・・・でもやりとりの中で何か自分との接点を見出して・・・できればそれを「添加」したらこんな発想が浮かんだ、こんな世界が広がった・・・なんていう具合に。
21:07 ヒマワリ
うける、そんな難しいものを3回読んだだけでちょっと分かる気がする〜と言ってる自分が、大丈夫か?お前ほんとになんとなくでも分かってんのか?って気分になってきた(笑)
でもしゃーないやん、なんか分かるんだもん(笑)
それこそ心意伝承よりもっと深い言語以前、了解不能の領域で理解してんのかもしんないもんww
余白にバシバシ書いてるよ、最初っからそのスタイル。
みんながどんなこと書いてんのかすごく楽しみ
早くそっから添加されてブワーッて世界が広がる感じを味わいたくてウズってんねん
⇒このヒマワリフクロウさんの言葉、ものすごく大切なことを含んでいると思います。
今の学校教育の姿勢とか、以前流行った「評価基準の設定」などの観点からみても。
そしてまた、今回の50周年全体で前提にされていた根本もこの言葉にある意味で集約されていると思います。
教師が教えた通りに再現できれば「理解させることが出来た」とし、そこを到達目標として意識させてしまう。
子ども達がそれぞれなりに考えると厳しく怒る教師すらいます。
「基礎基本はきちんと身につけなければならない。だから勝手は許されない」ともっともらしい事を言いますが、はたしてそれで本当に基礎基本が身に着いたと言えるのか????
虚空個人としては「型」に対する意識が歪んでいることにも大きな原因があると思っています。芸事の世界が身近なものではなく、高尚な芸術鑑賞のようになってしまった結果でもあるのでしょう。
「型」をきちんと身に着けることは、その後の「型破り」の為にも大切であることは確かです。
でも今の教育は「型」を器としてではなくて、その中身まで全部教師の好みで決めてしまう。そしてあたかもそこで盛り込まれたことが一生涯普遍であるかのように思い込ませてしまう。
違うと思います。
指導者をはるかに超えた存在として成長するためには「型」でしかない・・・・例えば古典芸能の世界の知り合いに聞いた話ですが、神仏や精霊を演じる時に、西洋演劇のような「役の気持ちを考える」ましてや「役になりきる」なんていうことは成立しないんだと。
だから「型」しか扱えない。で、型が身に着いたという瞬間、あたかも何ものかが憑依してきた感覚になれるんだと。
上原輝男氏の初期の頃の著書「芸談の研究 心意伝承考」(早稲田大学出版部)は非常に難解な内容ですが、その最も最初の項目が「移り」「成る」という内容です。
これがずっと私の頭の中に引っ掛かり続けています。
このヒマワリフクロウさんの言葉は、どこかそれと通じるものがありそうな直感がするんです。
生活を通して内なる自分と対話をする習慣がついていれば「誤った解釈」「身勝手で独りよがりな受け止め方」などがあったとしても、それをすぐにリフレッシュしていける。
学校で学んだことなども、それが「絶対・不変」なものではなく、常に「リフレッシュ(再生)」しながら解釈が広まり深まっていくんだ・・・そんな意識を芽生えさせるというのが「指導が必要」ということならば「必要な指導」なのでしょう。

でも、最終的な主体は相手にあるし、教師(大人)自身もまた常にリフレッシュしていく柔軟さが必要だと思います。(駿煌会用語でいう「添加」です)