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「型」の意識と「教育」についてのラインやりとり 2018,12,13

☆12月13日
12:50 コバルト
正統派だけでは埋もれてしまう、(違う言い方をすれば型にハマる)
型破りこそ競争のないオンリーワンの立ち位置をつかめるんですね!
結果的にそれがブランドになるんです!
血液型などのように日本人は型が大好きなんですね!
型にしばられて、そう思い込んでしまうわけですから、逆にそれを利用されやすいんですね。
(オレオレ詐欺などが代表例)
でも最終的にモノをいうのは型(教訓)ですからね!(現代では御飾りになってしまっている。)
それが信条といいますか、欲に振り回されて道を踏み外し滅びてしまわないように、ぶれない精神こそが大切なんですね。
目には見えない内面の事だから分かりづらいですけど。
中には立派な職業(国家が認めた最上位の資格の一つ)弁護士でさえも法律を矛と盾にして盾と矛を持たない丸裸の一般人に詐欺を働く人間もいるのですから。
子供達はある程度の教育を受けて、そこから教育という殻を破らなくてはいけません。
今の教育は型にハメる教育になっているので、皆教育に教育を重ねたがります。
そして最終的には資格という国が身分を保障してくれるモノにすがりつくんです。
試験に試験を重ねて勝ち抜く、それが今でいうキャリアもしくはエリートと言っているんですね。
大部分の日本人はずっと殻の中に留まっていたいんですよ。
それ故に空っぽなんです。
また折角勝ち取った身分を脅かすリスクはとりたくはないので、結局は皆が共感を持ってもらえるような当たり障りのないことしか出来ないんです。
だかた信条や理念がなくなってしまうと結果的に悪循環を導いてしまうんですね。
18:23 虚空
 京都のお茶屋の女将さんの話にもあったように本当の「型」意識は決して自分を縛るものでもなく、逆に勝手にそれぞれが「自分はこうだから」と決めつけていること「あんたは・・・なんだから」と幼い頃から周囲に暗示にかけられてしまって、一種の催眠状態になっていること、から解放するためのツールだったわけで・・。
想定外のものがいくらでも入ってくる(正確にいえば無意識世界からわきあがってくる)ための「入れ物」
だから教育でもっともやらなければならないのは、この器の「拡大=構え」に帰着すると思います。
でも今の教育は再三言っているように「型の中身」まで勝手に周囲が流し込んでしまう。
しかも本来は無限の容量のハズなのに、おせっかいをする側の貧しい発想によるちっちゃい容量しか子ども達にはないと決めつけてしまう。
自分の方が優れていて、自分が流し込もうとすることで素直にあなたの器をいっぱいにすれば、それでいいんだ、式の指導をしてしまう。
子ども達の方がはるかに大きな器をもっていても、それを叩き潰して自分達の中身入りのちっちゃな器と置き換えるのが指導力だと思っている。
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諷虹・虚空の「千と千尋の神隠し」に関するブログ記事をきっかけにしてのラインやりとり

2018.12.08 土曜日
諷虹・虚空の「千と千尋の神隠し」に関するブログ記事をきっかけにしてのラインやりとり
09:34 虚空
 ゆうべの 諷虹・虚空 のやりとりをブログにアップしました。
内容についての概略はツイッターにも紹介しましたが、6日のスマホ障害のことからはじまって、ニセサイトや騙し商品のこと、そこから競走馬ツインターボのことに話が発展。
競走馬と重ねる人生観や、経済動物問題と「早期教育」の問題についてのやりとりになり、最後は「吸血鬼アニメ」とからめて「短い人生に想いを込める」というような形で終わりました。
(ブログ記録には載せていませんが、若くして亡くなってしまった知り合いの子等々の話も交えながらシビアなやりとりがありました)
2018.12.09 日曜日
11:27 虚空
「千と千尋の神隠し」を中心にさらにゆうべ諷虹・虚空のやりとりした内容をブログへアップ。(いつものようにツイッターに紹介文も掲載)
16:08 コバルト
両生類という性別をも超越した存在、水と地上との行ったり来たり出来る存在。(カエル、変える、返る、帰る、還る!)
またエロさでも色っぽさでもない(性、生)を超越した絶妙な状態「艶っぽさ」なんでしょうね。
これには「水」というキーワードが深く関わっていそうです。
水商売?ってなんなんだろう?カエル???
17:21 コバルト・・・紹介サイト 
 https://youtu.be/-lFC2S2TspI
⇒ 艶っぽさ?  生と死の振幅、ビブラート、オブラート! 魂の震え!
19:06 虚空
水陸どちらでも生活できるという意味での「両生類」
雄も雌もどちらもという意味での「雌雄同体」
どちらも理科的な事柄以上に深い何かを示唆してくれているようです。
ブログには詳しくは書きませんでしたが、諷虹君が「ケロロ軍曹」のことから「共鳴」のことを持ち出し「カエルの歌の輪唱」と「田んぼの鳴き声の重なり合い」ということとつなげ、そして「宇宙の振幅に何かつながりそう」というところで次回持ち越しになりました。
*ちなみに以前「戦車」も「雌雄同体のイメージ」と語り合ったことがあるのですが、ガルパンヒットの奥底にはそういった心意伝承との関係もあるかもしれません。
あの動画の歌声を楽器でもっとピュアにしていくと、例えばチベット仏具の鐘などの瞑想グッズになっていくのかもしれませんね。
19:25 虚空
カタツムリではないけど、その仲間であるナメクジ・・・
千と千尋での従業員は男は「カエル男」女は「なめくじ女」と設定した宮崎監督のその心は?というのも考えたいものです。
それと、こういう観点から「崖の上のポニョ」を再検討してみるのも大事だろうな、って。
☆2018.12.10 月曜日
コバルト「千と千尋の神隠し」の裏に隠されたことを考察しているサイトを紹介
https://ameblo.jp/kazgensensui6/entry-11618364352.html

http://ozeki.fa-fa.com/?eid=1356051

16:12虚空
このブログの筆者さんも言っている言葉
「自分でどんどん解釈して世界を作り上げてみたらよい。」

「ジブリの映画は現代の神話である。何度も放映されて深層意識に監督の世界観が刷り込まれていく。監督自身、無意識の世界からの感応を受けて、まるで宣託を受けるかのように制作しているようにみえる。宮崎監督は初めから結論ありきで映画作りをしない。自分自身でもわからないまま導かれるように作るのだ。無意識がキャッチした信号だから、本人が意図した内容を超える啓示もある。」
まさにその通りで、観た人それぞれが何をキャッチし、自分の内なる世界との対話でどんなことを思いうかべたのか・・・それらを重ね合わせていくと、一人では見えなかった新たな何かが見えてくる・・・・
宮崎アニメやその他深い謎が隠されているアニメや漫画やドラマもそういった観点で向かい合うことも大事・・・理屈に気で楽しく鑑賞するのも大事だけど・・・知識モードから意図的に自分を切り離すためにもね。
それほど深いことが意図されていない作品にも何らかの無意識世界からの信号は含まれているハズ、特にその時々の時流にのって作られたものには、その時々の人たちに対する冥界からのメッセージがあると思うから、現在放送中のアニメにも着目しています。
だからこそ、例えば深夜アニメでも観ている人、詳しい人の感想だけではなく、よく知らない人、アニメを実際に観ていなくても、観ている人の感想を第三者視点からはどう思うか・・・等々、いろいろな人がそれぞれに内なることから湧き上がらせて作った世界を重ね合わせていきたいわけです。
18:04 コバルト
とりあえず千と千尋の神隠しの腐れ神(破壊神)、ナウシカの巨神兵、ゴジラ、鉄人28号、天使(本来は戦士、エヴァに翼が生えたものに近い)それらの共通点、破壊神というキーワードが引っ掛かっています。
そしてそれらを鎮めることが出来たのは巫女的な聖女であること。などなど
途中であれですが、まだ熟考中です。
☆2018.12.11 火曜日
00:07 虚空
 「破壊」ということの意味合いですね。
00:46 コバルト
はい!
破壊神、押し止めておくことができない存在。
扱い方を間違えると、こちらまでも滅ぼされしまう。
たしか前にも言ったと思いますが、どうしようもない、老い、病気、狂気、そして死であったりとかは、本質的にせき止められるモノではありません。
そういう敵とは和戦しかないんです。
上手に受け入れることも一つの戦い方なんですね。
今、録画しておいたムンクの叫びを見ています。
作者の思想が「宗教を捨てて超人に成れ」がテーマになっています。これもまた一つの型破りですね。卵からの解放‥圧縮と解放ですね。
そして叫びなんですね。
07:26虚空
そういう存在を上原・折口流にいうと「ライフインデキス」(生命の指標)とも言えるのかもね・・・。
威勢の固定観念を壊して、新たな境地(世界)へのきっかけを用意してくれる存在。
千尋もポニョも・・・・あるいは他の宮崎アニメのキャラたちも・・・ある意味で、みなそういう役割を担っていた????
07:57コバルト
ムンクが追い求めていたのは、宗教を完全に理解して、その教えの範囲内のみで生きることではないみたいです。
ムンクが宗教や社会を分かりきったつもりでいて自信に満ちあふれた時代、革命家達が集まる酒場に通っているうちに自分が惨めったらしくなってしまった所からがスタートラインでした。
まさに主観性ですね!
社会という範囲内で生きることが求められているように、井の中の蛙になってしまうんですね。暗くジメジメした所にいつまでも住んでいる‥それはまさに宮崎駿がいう現代人はカエルとナメクジのようなもの‥ですよね。
でも千尋達は他のカエルやナメクジとは違ったんですね。
08:00 虚空
 人間にとっての常識は、神々にとっては非常識であることが多々ありますからね…。だからこの世的には馬鹿にされるような生き方が、あちらの世界では賞賛されるということもあるんでしょうね。(それが上原先生の犠牲論につながっているわけですが)
08:05 コバルト
 画像・・・タロットカード 力
どちらかというと千尋とポニョとかは破壊神のほうではなく、このタロットの女性のほうであると思います。
08:15 虚空
「破壊」ということばをどうとらえるか‥‥広い意味で言うと、それまでの流れに違うものを発生させるきっかけとなれば「破壊者」…ただ本人たちは「自分が既存の物事をぶち壊そう」なんていう自覚はもっていないから「破壊神」と呼ぶことがふさわしいかということになるんでしょう。・・・だから「犠牲論」っぽい位置づけになってくる???このタロットは猛獣であるライオンを抑え込むパワー(特殊能力)を持った女性ということなのでしょうけど、強そうには見えない、そんな力の持ち主であるようにみえない存在が、実は・・・というのが昔から日本人が好んできた型・・・
昔話でも歌舞伎でも「本性示顕」「やつし」なんていうパターンがそれです。「実は・・・・」というような。だから西洋の童話でも以前から日本人に親しまれてきたものに「醜いアヒルの子」や「シンデレラ」なんていうのがあるんでしょうね。
16:30 コバルト
 丸裸になってしまえば自分は空っぽなんだと認識しているから、ありのままの自分をさらけ出すのを恐れるんですね。
だから周りにあるもの、流行なものを見繕って包まれたがるんです。
皆が認めてくれるものにスガルんです!
またそれが職業であったり学歴であったり資格であったりブランドであったり金でもあったりもするんです。
コンプレックスの塊
まさに「顔無し」!
借り物の声、ニセモノの金、虚勢を張り、そこで造りあげた仮初め現実が一時的にでも、まかり通ってしまう。
そしてその仮初めの現実を崩される事を極端に恐れるんですね。

「学修塾ダンデリオン」ツイッターの漢文をきっかけにしたラインやりとり

2018年 11月14日
学修塾ダンデリオン  11月12日 にあった以下の記事をきっかけにしてのラインやりとり 抜粋
(老子道徳経 下編徳経41)
反(かえ)る者は道の動なり。 弱き者は道の用なり。天下の万物は有より生じ、有は無より生ず。道は一を生じ、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気(ちゅうき)以て和を為す。
【大体の意味内容】
前進するというよりも、反復することが道の「動(ダイナミックス)」である。剛強であるよりも、柔弱であることが、道の「用」すなわちしなやかで豊かな働きである。天下の万物は「有」つまり実際に存在する女性的なものから生まれてくる。
しかしその女性的な「有」は、目には見えず、音に聞こえず、味もにおいも感触も得られない、「無」の世界から生じる。「無」とは単に空虚なのではなく、我々人間の能力ではとらえられないレベルにあって、しかも万有の根本道理という、「道」なのである。
「道」は始原としての「一(いつ)」を生み出し、「一」は「二元」的なものを派生させる。天地(あめつち)初(はじめて)発(ひらけ)て、その間に「人」的生命遊動体が生成する。そうして、天・地・人の「三才」が連関協働(きょうどう)して、万物が生み成される。
万物は太陰(たいいん)の神性を背に負い、太陽(たいよう)の神性を胸に抱く。万物は、大きなものでも小さなものでも、その内奥(ないおう)から湧き出る「沖(ちゅう)気(き)」というものがあって、陰陽(いんよう)二神(にしん)のエネルギーを調和させる。
【お話】
この素読を始めた最初のころに「天地(あめつち)は日月(じつげつ)の魂魄(こんぱく)なり。人(ひと)の魂魄(こんぱく)は日月(じつげつ)二神(にしん)の霊性(れいせい)なり」という、室町時代の神道家(しんとうか)吉田兼倶(よしだかねとも)の文章をみんなで読んだことがあります。
「天は日神(にっしん)と月神(げっしん)の魂である。いいかえれば『太陽』と『太陰』のエッセンスだ。大地はその太陽と太陰が結晶して形を成したものだ。そして人の魂や肉体は、太陽太陰の調和したものだ」といった内容でした。
その着想に学生時代、たいそう感動したものでしたが、吉田兼倶の思想は、この老子の「万物は陰を負いて陽を抱き、沖気(ちゅうき)以て和を為(な)す」の影響を受けたものだったのだ、とわかりました。私たちの心身は、宇宙の二つの極、太陽と太陰がギュッと凝縮してできている。
一人一人の身体が皆、そういう小宇宙なんだよ。小さな小さな「私」だけれど、巨(おお)きな太(おお)きな「大宇宙」と、直接つながっているんだよ。胎児(たいじ)と母体が繋(つな)がって交流しているように。そういわれているような気がします。
始めのほうで「弱き者は道の用なり」とあり、続けて「~より生ず」るという話が連続して語られているとおり、すべては「柔弱で母性的なもの」から、生まれてくるわけです。いくら力の強いものが多くを支配しようとしても、「母なるもの」が滅んでしまったら自分たちも滅び、宇宙そのものも滅ぶわけです
宇宙は遠くにあるのではありません。私たち自身に宇宙はあります。私たち自身の意識や意思のその奥深いところ、「山奥」とか「海の沖」とかのような、目には見えない深いところから発せられる「沖(ちゅう)気(き)」が、宇宙の意志であり、私たちのほんとうの本心なのでしょう。
それを感じ取ろうとしてゆきたいと思います。
09:29 ソルティ
 ふ~っ難しそうだね。占いでも、天・地・人 =三つの気がそろう。次に 五つの気 木・火・土・金・水(もっかどごんすい)木星・火星・土星・金星・水星がそろい、そこに お日様と月がくわわって七曜がうまれたとかならったような。。。七五三はそこからきてるみたいだし。
陰陽のバランスは大事で、女性が陰・男性が陽。どちらが上でどちらが下というわけではなく、両方がそろって一つ。精神が陽で、肉体が陰。息を吸う、息を吐く。。。。これも陰陽で すってすってすって。。。となるとできない。吸って吐いてすってはいて、するから呼吸ができる。お仕事も 働く・休む・働く・休む。。。を陰陽でくりかえすことによって連続性・持続性がでてくる。働いてばかりいると倒れちゃうよ。とまあ そのようなことをお習いした。
人間の肉体も、確か右側が陽(男性性)で左が陰(女性性)上下も陰陽があったと思う。
ヒーリングの世界では、両手からでるエネルギー(男性性と女性性の)をゆらゆらさせてバランスをとったりする。
10:12 虚空
「老子」さんもソルティーさんの学んでいる「占い」もともに中国の思想の思想ですからから、根底ではつながっているんでしょうね。
12:25 コバルト
内容に入るまえに先ほどのプーさんの中で「プーさんがピグレットに愛ってどう書くんだっけ?って聞いたらピグレットが愛は感じるものだよ」って言ったように、難しいでしょうが、文字そのものがエッセンスの塊になっていて、文字の向こう側を観る感じといいますか、感じ取るものになってくると思います
これが漢文になってくると、もっと抽象的になってくるんだと思います。
鋭い感受性(アンテナ)と想像力と具現化が必要になると思うんですが。
まずその大前提にある読み取る能力、鋭い感受性というのが「何もしない、空っぽになる、虚空」(宮本武蔵のダランとした構え)だと思います。
一応言ってみると「沖気」(汲み取る)、「中庸(ちゅうよう)」(吟味する)、「中道」(行動に出す)みたいな感じでしょうか(笑)
2018.11.15 木曜日
00:45 コバルト
ちょっと思いついたものだけ書くと、1次元(空間)→2次元(時間)→(じんかん)3次元みたいな感じ??どんどん軸が増えていくような。また受け止め方も。
沖気(妖気のようなユラユラ)(相反するもの同士の絶妙な調和のとれた状態)
09:08 虚空
自分は漢文など日本の古典以上にさぼったので(笑)・・・だから漢文そのものよりも「お話」欄からしか思索できていません。
まあ、そんな感じでこれをスイッチにしたらどんな考えが湧いて出てくるかを楽しむ感覚でいるのですが・・・
(テスト対策的な勉強とは全く違うので漢文を正しく読めているか云々は全く気にしないでいます))
10:13 諷虹・・・(注 ライン上で数式をそのまま表記できないため、独特の表記法になっています)
無→1、1→2、2→3は何に関してもステップアップの感じを受けます。「一を聞いて十を知る」の数字のような。
一を十をまではいかずとも、全くの未経験者が初めてその分野に触れる(無→1)、上達する(1→2)、さらに深く知る・上達する(2→3)
そして3までいくと後は無限に深めていける(達人・職人の域)という風に考えると面白いのかもしれません。
3の段階まで上がれたら、楽しめたらどこまでも深みに嵌まれる、極めていけるということでしょうか
少し専門的な数学の話になってしまいますが、この話は群論と関わりが強そうな気がします。
例えば"2"という数字を考える。(無→1)
"2"に関しての「逆元」を考えると"-2"(1→2)
"2"と"-2"を「演算(ここでは+とする)」して「単位元」が生まれる。つまり"2"+"(-2)"="0"(2→3)
この「逆元」と「単位元」と「演算」の三点セットがあれば群と見なされます。
※「単位元」とはその演算をしても変わらないものです。ここでは"0"+"2"も"2"+"0"も"2"なので、+の単位元は"0"ということです。
ここまできたらあとは
"2"+"2"で"4"が生まれ、"4"+"2"で"6"が生まれ、"6"+"2"で"8"が生まれ……と無限に生み出すことができます。
×のバージョンも例として載せておきます。
まずは"2"を考える。(無→1)
次に"2"に関しての逆元を考える。今回は掛け算なのでいわゆる逆数"1/2"が逆元。(1→2)
単位元を出す。"2"×"1/2"="1"(2→3)
※"1"×"2"も"2"×"1"も"2"なので×の単位元は1。
ここまできたらあとは"2"×"2"で"4"が生まれ、"4"×"2"で"8"が生まれ、"8"×"2"で"16"が生まれ……(3→無限)
10:47 八神ヴェルカ 補足1
逆元側からも無限に生み出すことができます。
足し算の例なら(-2)+(-2)から"-4"、"-6"、"-8"…(負の偶数)
掛け算の例なら1/2×1/2から"1/4"、"1/8"、"1/16"…(2の-n乗)
補足2
このままだと、足し算は無限の"偶数"しか生み出せませんが、ここに"1"が『添加』されると
"1"+"2"="3"、"1"+"4"="5"…と凡ての整数が生み出せます。
11:18 虚空
群論って日常の発想にも活かせそうですよね。いろんなたとえ話で啓蒙していきたいことの一つです!
15:03 コバルト
当たり前な事を当たり前だと思い込みすぎているから、どんどん濁り水になって、よどんで行くんだと思います!
自分の常識が壊れた瞬間に(群論)自分がどれだけ歪な当たり前だと思っていた世界にいるのかを知った時に世界の見方、感じ方がガラッと変わるトランスフォーメーション(意識の転換)が起きるんだと思います。
それがU字論でもあったわけだし、そしてなぜ皆そこを追い求めているかなんです!
すべては純粋な自分自身を知るためで、大きな存在に包まれていること、そして大きな存在と自身との繋がりがあると認識出来ていることであって、生が在って死も在る!生と死の境界線
が曖昧になって濃いか薄いかの違いのようになる。
だから生と死の絶妙なバランスが「沖気」とも言うんじゃないかな?
しがみつく事がない全てが自然体であることが美しい煌めきを放つんだと思います。
心意伝承(北斗の拳での無想転生)まで行くと、もはや理屈にならないんですね。感じられるものだけになる感じ。
それを宇宙と言ったりするんじゃないかな?
そう思うと、少なくとも自分自身を見失った状態のままでは死にたくないものですね。
何かとの強い繋がりを感じていきながら死んでいきたいですね。
そういえば、家の去年亡くなったじいさんが心筋梗塞で倒れた時必死にぎゅっと手を握っていてくれと懇願していた事を思い出します。
いよいよお迎えが来たと感じとって、物凄い孤独感が迫って来たんだなと思いました。
15:53 虚空
そんな時に手をにぎってくれる身内がいてくれたというのは、ある意味で幸せでしたよね。
17:54 コバルト
それはどうなんでしょう‥正直自分にとっては不安、苦痛、恐怖に怯えている祖父の姿が哀れにしか思えませんでした、家族と一緒にはあの世は逝けませんし、
きっとあの世にも在るものが重要なんでしょう。
だからここでやっている心意伝承というものは極めて大切なんです。
20:12 虚空
旅立つ時にひっそりと逝きたいか、見送られたいかは人によって違うと思いますが、もしも不安や孤独にかられたというなら、その時に誰もいないところで「あーあ、最期は独りだったな」と思いつつ去っていくのは、自分は辛いと感じます。
自分はそんなXデーの想像ばかりしてしまっていますが、特にこれまでのことがあるので、何であんなやつらの為に命を削り続けてこんな人生になったんだろう、と独り恨みを抱きながら怨念の塊になって去り、朽ち果てた状態で発見されるんだろうな・・・なんてね。
20:53 ヒマワリ
ふー!やっと漢文のやつちゃんと読んだ!
ほんと読んでて、はぁ?(ゴーン)みたいな感じ!
最近、宇宙多い!
とりあえずざっくり感想!
[前進するというよりも反復]は、反復=前進だなってくらいしっくり来た。
同じとこ行ったり来たりしてるようで、そうじゃないでしょって、らせんでしょって感じた。
同じとこグルグル◎は、横から見たら螺旋状になってるやつねって。

[天下の万物が有?…]らへんからはもうポニョと君の名は。が分かりやすい。
ポニョこそ海から生まれた子で、母親は宇宙そのものみたいなグランマンマーレでしょ。
ポニョあんま好きじゃないからよくよく見てないけど、ポニョがいた海ってなんか古代魚みたいなの泳いでたよね?
仮にポニョが超昔に生まれたとして、宗介の時代に来たとする。
この時点でもう時間と空間に変化が起きて世界定めてきな。
[道]てきなものがグランマンマーレ生み出して、グランマンマーレがポニョ生んで、んでもう天地がひっくり返って豪雨からの津波バッシャーン起きて、ポニョ!宗介んとこ行くー!みたいなとんでもないこと起きましたってゆう。

なんつーの?そうゆうの。
天地がポニョ生んだみたいな、ポニョ最後人間なるし。
私らポニョだったのみたいな(笑)
あとはも?君の名は。
陰と陽ってとことか。
勾玉思い浮かべた、あの白と黒がくっついてるやつ。
カクリヨの場面とか、彗星が2つに割れてとか、落ちた彗星で出来た湖が2つの丸がくっついてて?みたいな形してたとことか。
んも?LINE長すぎて疲れちゃうね!
次集まるとき話したかったわい!
20:59虚空
あまり好きではないといいつつ、ポニョの本質と関わる深い記述ですね!
宇宙の振幅ともつながって・・・・・
君の名 にも新たな観点が加わった感じですね。
年内にもう一度くらいは直接顔をあわせて語り合える時間がとれたらいいですね。
みなそれぞれに新たな境地の体験をしているようですし。
21:00ヒマワリ
万物が有生んで、有は無から来て、無は道がどーちゃらで、んで道が一生んで、一が二生んで、天地人だの3つが合わさって万物になりますって、戻るんかーい!って思ったんだが、ポニョの世界で考えたら、ばあさんたち最後走り回っとったあのシーンとか、戻るのかもね、宇宙に。
宇宙に戻るっつーのか、帰るっつーのか。
そう考えると死ぬことは怖くない気がしてくる?
ポニョもっ回見る!
21:15 虚空
ポニョは子ども向き映画という宣伝だったから余計な先入観が入ってしまったということは世間的にあったようですね。
あれは大人向きと思った方がいいかも・・・若おかみもそうでしたが・・・それこそ心意伝承を通り越して生命の誕生、もっと前の天地創造の頃まで遡って今を見つめなおそうという呼びかけを宮崎監督がしているような作品ですから。
でも、その意図を「あまり好きではない」といいつつ直観している・・・もしかしたらそうだからこそ「俯瞰視点」がとれて全体像がみえているのかな?????

☆2018,11,27ライン  ディズニー「三匹の子ブタ 壁の絵」「ワクワクドキドキ」

00:13 虚空
どんなに良い内容であっても「固定」「とらわれ」になってしまうと「縛り」になるというのは、人類レベルで大きな課題ですね。
キリストやブッダの教えでも展開の仕方によって全く違ってしまうように。

先ほど、ある高校生と語り合った際に、「もののけ姫」に表立って描かれていない設定の話からはじまって、以前話題にした「ディズニー版 三匹の子ブタ」の壁の絵にまで及びました。
あの解釈についてもあの当時、いろいろなやりとりがされましたが、あれから数年、違った経験を積んだ今、どう受け止められる可能性があるのか、ということも感じました。
参考
壁の絵 father はこんなお姿に 
mother の方ではお乳を飲めないでいるのがもしかしたらこの弟ブタ?
そんなことをふまえながらもとのお話を読むと・・・
(狼を食べたあとに、その場で暮らし続ける、というヴァージョンもあるようです。)
どちらにしてもアニメとは違って兄さんたちを食べた狼を弟ブタが食べてしまうのですが、それって間接的に兄さんたちを食べたことにもなる、というやりとりを数年前にしました。
01:09 コバルト
懐かしいですね!
三匹の子ブタで世の中は残酷なんだなと気づかされたのを覚えています。
ディズニーの言葉で面白いのがあったので乗せます。
1,楽しんで学べる「教育」よりも、気がついたら学んでいるような「娯楽」を与えたい。
これ遊びと学びですよね!
2,好奇心はいつだって、新しい道を教えてくれる。
07:47 虚空
 学校教育はどうしてもカリキュラムがあるから仕方ないけど、吉田松陰の松下村塾などは、まさに根源的にはそんな精神だったんでしょうね。
ディズニーと違って「娯楽の提供」という形にはならなくても「気づいたら学べる」という主体性。
マア、27日の子ども達のように、気づいていない場合でも想定外の事(学び・授業等々)に出合うことで、「縛り」から解放されて新たな世界が開ける場合もありますから、これも両軸かな????
ディズニーは「自分たちが分担するのはそういうこと」・・・・何かを学習させるための教材として映画や施設を提供するのではない・・・というスタンス表明?
好奇心は「ワクワクドキドキ」に直結する要ですね。
どんなことであっても、提示のされ方によっては「心が逆の方に動いてしまい、意識にひっかからない」・・・やっぱり最終的には「様々な知識などをヒントにすることはあっても、自らの生活経験を通しての自問自答で探求していく主体的な構え」に尽きると思います。
08:31 コバルト
そして好奇心の果てに愛があるんですよね!
出発点(わくわく)が間違ってしまえば最終的に行き着く所は結局のところ何ものでもないです。
砂漠にジョオロで水やりするようなものです。
以前、話題になった好色一代男でしたっけ?
あれも最後は好奇心の果てに‥だったと思います。
08:44 虚空
本当にワクワクするかという点と心意伝承との関りについて、今後考えていく必要があるかな・・・と、このコメントを読んで思いました。
「好色一代男」この目に見える世界での「色道」をとことん極めつくした男が、現実の世界では得られない何かを予感し、この世ではない伝説の島に憧れて、島をめざすところがエンディング。
そうした「予感」「憧れ」がどこからくるのか・・・そしてそういった予感には必ず「ワクワクドキドキ」が伴うわけですよね。

☆2018,11,23 ライン「ドラゴンボール」「ワンピース」主題歌より

*ラインで諷虹・虚空のやりとりを実況

19:55 虚空
このサイト(18:58 コバルト https://rekijin.com/?p=12954)をみる前にたまたま諷虹君とパソコンソフトの進化についての話をしていました。
ハッと気が付いたらこの前まで出来なかったようなソフトが開発されていると・・・。
「進歩」「退歩」その時々の意識はあれど、長い目でみると「進歩・進化」が逆に落とし穴だったり、「とんでもないマイナスの出来事」と思っていたことが、実は大きな転換の引き金になって究極のプラスになっていた・・・なんていうことがありますね。
「絶望」という気持ちに囚われているうちに(決めつけているうちに)、本当はいつのまにか流れは好転しているのに、それに気が付けていない・・・なんていうことも今の自分にはあるんだろうな・・・・。
20:14 虚空
ワクワク語源 http://gogen-allguide.com/wa/wakuwaku.html
20:18 虚空・諷虹発言要点
・アクティブな状態・・・動的な状態・・・それによって添加が起きる⇒この繰り返しで増幅(振幅)
・電卓による数遊び・・・無理数の探求やグラフを動かしてのイマジネーションなどは洞窟探検の時の冒険心に似ている
20:39 諷虹・虚空 
ドラゴンボールの主題歌でも、Zの主題歌でもそうだけど、こららに象徴されるような「少年漫画」には「読者である小中学生へワクワクドキドキの世界へ」というのが多い。
最初の主題歌での抜き書き
「この世はでっかい宝島」「そうさ 今こそ アドベンチャー」(只今 かいまみ)
「胸ワクワクの愛がギッシリ 色とりどりの夢がドッサリ」「まか不思議・・・不思議な旅がはじまるぜ」「からだいっぱい 勇気ビッシリ 瞳いっぱい笑顔ニッコリ」「悟空はミジャキな挑戦者」「虹のブリッジくぐりぬけ・・・不思議な夢を見に行こう」・・・
Zの抜き書き
「溶けた北極(こおり)の中に」「何が起きても気分はへのへのカッパ」「胸がぱちぱちするほど騒ぐ元気玉 スパーキング」(瞬間の煌き)
 「山さえお尻にみえる」⇒この3つの言葉はカッパ伝説での「尻子玉」をもじっている? 
「悩む時間はないよ 何処かに潜むビックリに逢いたいから」「頭カラッポの方が 夢詰め込める」
21:01 虚空
ワンピースから  注)コメントで「虚空」とないものは主に諷虹の言葉 
冒頭セリフ「富・名声・力・・・この世のすべてをそこに置いてきた」⇒禊の感覚(虚空)
主題歌
「ありったけの夢をかき集め 捜し物を探しにいくのさ」
⇒ラピュタ「君をのせて」・・・さあ出かけよう 一切れのパン・ナイフ・ランプ 鞄に詰め込んで・・・地平線の向こうに世界に隠れているものがいっぱいある 

「羅針盤なんて渋滞のもと 熱にうかされ舵をとるのさ」
⇒熱 熱い想いに気の向くまま 自由 羅針盤(世間の常識 何らかの指針 導き の象徴?)・・・囚われればとらわれるほど渋滞どころか「停滞」「退行」となる 
 
(参考)艦隊これくしょん「羅針盤(艦これ)ラスボス
「ホコリかぶってた 宝の地図も たしかめたのなら 伝説じゃない」
⇒かつての自分 諦めきっていた過去の自分 の再評価

「個人的な嵐は 誰かの バイオリズム乗っかって 思い過ごせばいい」
⇒真の仲間
「全部まに受けて 信じちゃっても 肩を押されて 一歩リードさ」
⇒想定外の境地へ 人知を超えた領域 江戸っ子の境地
「つまりいつもピンチは誰かにアピール出来るいいチャンス 自意識過剰に!」
⇒こんな言葉が少年漫画の主題歌にあったんだね
「しみったれた夜をぶっとばせ」
⇒独りで過ごしているとそれがなかなかできない(虚空)
21:02 コバルト
スゲェ(笑)
21:11 コバルト
 「羅針盤なんて渋滞のもと」なんて学校の示す進路みたいですね。
ある一定の場所ばかり群がってしまい倍率が上がってしまう現象。
21:24 虚空
ワクワクドキドキ・・・硬派だと バガボンド  
ギャグだと「うちのメイド」のドMキャラの女性 
プロレスだと内藤・・・
古い国語教材だと「たかのすとり」・・・ワクワクドキドキのイメージのオブラートで何でも包み込んでしまって、次へ進むエネルギーに転換してしまうのが子供のたくましさ(上原輝男)
水戸方言の「かまめ しゃーんめ いがっぺ」も多分これに通じる前段階
「羅針盤」でみんなが殺到するところと違うところにこそ活路がある・・・というのは大成功をおさめた人がよくいうことですね。

諷虹発言
こだわりの「余白」ということや、上原先生(児言態)やスピリチュアルでの「無意識世界」「目に見えない世界」ということも、言いたいことはここに帰着しそうです。
人間的な知恵や常識を無視するのではなく「ドンと受け止め・・・でも囚われず・・・超越していく」という日本人らしい境地。
「うちのメイドがうざすぎる」なんかのドMキャラには、監督さんの現代人に対するメッセージがかなり熱く込められているように思える。
この流れで諷虹発言
「となりのトトロ」の「あるこう」を動画検索。現在わきでこの歌が流れている・・・・子どものイメージ運動を刺激する語句のオンパレード
オープニングの映像・・・身の回りにたくさんいるのに気が付かない人には気が付けない隠れている存在があちこちにいることを示している
21:30 虚空・諷虹 
思い出のCM
これを一度みると単なる文字(活字)が物と思えなくなる・・・感情移入 擬人化の素養・・・これらもワクワクドキドキの構えへ