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☆クイーンの歌 からのあれこれ③ 「おうち意識」⇒「愛」 2018,12,16~ラインやりとり

最近、幼い子ども達が、最も頼りになるべき親による虐待・・・一番安心できる場所であるハズの おうち が 最も危険な場所 となってしまっていることが少なくない・・・。


仮に事件性のレベルに達していなくても、いろいろな意味で「おうち」が本来の機能を失っていることは多々あります。


むろん、各家庭、各親御さんたちによって他人には推し量れないような事情がある場合があるというのも分かりますが・・・・・・

やりとりは後半、「おうち」からどんどん広がっていきます。




2018.12.16 日曜日
07:56虚空
この歌のことや「中2病」のことや・・・ゆうべも話が多岐に渡ったのですが・・・・
先ほど、新たに紹介された和訳つきの動画をみましたが、新たに意識にひっかかってきたのがこの部分
『明日の今頃になって 僕が戻らなくても
今のままで生きていって、まるで何事も無かったかのように』
例えば東日本大震災が起きてしばらくの間、各放送局が特別番組&公共広告機構のCMばかりであった時に、真っ先に子供向け番組を通常放送に戻したテレビ東京のことが話題になっていましたが、あの感覚と通じる部分。
おうち意識を児言態雑誌15号にまとめた際に「意識の残像 イメージの連続化」ということが非常に大きな意味を持っているということを書いたのですが、それが思い出されました。


08:20 虚空 原稿の抜粋です

『おふくろの世界 「おうち」「におい」作文に見る時間と空間』内 4、深層意識空間 意識の残像(イメージの連続化)

家から離れている間も家は変わらぬ姿である、という意識をベースに持って外出していた子どもは、帰宅した時に自分のイメージとして残っている「出かけた時の家の様子」と「帰った時の様子」との照らし合わせを意識的にせよ無意識的にせよ行う。

 これが一致することで、外出前と外出後のイメージの世界はつながり、分の中では連続したものになる。一致しない場合は不安な気持ちがわきあがってしまう。

* 夏に秋田に行く。何日もとまって帰ってくる。「何にも変わってないかな?」と毎年思う。うちについた。いつもテレビをみるへやにいく。へんな感じが少しする。(小3年女子)
* おうちに帰ると別なにおいがしてくさいことがある。だから、だれかが入ったのかもしれないと思った。あとできいたら、るすのとき、おばあちゃんがうちの中にはいってた。(小3年女子)
* わたしは、おでかけから帰って、まず自分のへやにいって、ぬいぐるみとかを一つずつ見ていって「あー、やっぱりおうちだな1.」となぜか思った。それから、かべのポスターに「ただいまー」と言う。(小3年女子)
* 私が帰ると、自分のへやが朝ちらかした服があってまくらがベッドから落ちてて、つくえの上に時計があってぬいぐるみがいっぱいおいてある。それから台所へいくとコップやおさらがおいてあって、お父さんが朝読む新聞が台の上においてある。おぜんの上に朝食の残りが時々ある。ベランダにはせんたく物がほしてある。(小4年女子)
⇒ この「ベランダにはせんたく物がほしてある。」という記述は「出かけた時」とは違っていても、子どもにとっては「いつもと変わらぬ母の仕事」の残像なのであろう。
* 帰ってきてドアを開けたしゅんかん。なつかしいなーと思う。そして、自分のへやに行くとやっぱり自分のへやだなーと思う。(小3年女子)
⇒ イメージの残像としての家に再び巡り合う事ができたという実感が「なつかしなー」という言葉になったのだと考えられる。



09:15コバルト
たしかなんかの和歌に「君が今何しているか分かる気がするよ、常に月や太陽を見ていなくても今頃あの位置にあるということが分かるように。」みたいな内容のものを思い出しました。
また突然震災で大切な人が津波で流されて行方不明になってしまったら、絶対生きているんだ、生きていてくれ!っと生存を強く願うと思います、そしてずっと会えなくて会えなくて、もうきっと会えないかも知れないと思った瞬間に、「願いからいのり」になるんだろうな。
今ごろ君は幸せそうな顔をして、きっとこうしているんじゃないか、ああしているんじゃないか、というふうに。
いのる‥いのりが自分自身も相手も幸せを導いてくれると古来の日本人は知っていたんですね。
いつまでも会いたい会いたいと追い求めて探し続けていたら、きっと自分自身も相手も不幸になってしまうんですから。
ああしなきゃいけない、こうでなきゃいけないという精神の果てには崩壊しかないんですね。
自分の中に「愛」があるか、ないかが大きいんじゃないかな。
それは見守る(いのる)ということが出来るのは、「愛」がなきゃできないからです。
自分のなかに愛がなければ、やはり実体があるものを追い求めてしまうからです。それが本物っぽければいい(まさに顔無し)
愛があれば実体なんていらないんですね。
気持ちが入っているものであれば泥団子でも嬉しいはずです。
だから結局は「愛」に行き着くんです。


「いのり」に感情が入ってしまえば、それは「願い」になってしまうんでしょう。


11:39 虚空 非常に興味深い見解ですね!


11:50 諷虹
 https://youtu.be/fRHz2z9NeJE
 「祈り」と「願い」でふと思ったシーンです
そして「他人のため」「自分のため」「自業自得」なんて言葉はステラのまほうの元部長を思わせますね

 https://www49.atwiki.jp/aniwotawiki/pages/40161.html
↑ステラのまほうの解説がwikiなどより少し踏み込んでいるサイト見つけました


12:02 虚空
これらのサイトもやりとり記録の中に入れておきますね。
 まどマギのこの場面は数年ぶりに観たのかな・・・・親戚のことや児言態の会議のことなどがいろいろとあった今の観点で観ると、やはりまた違った見え方がしてきますね。
元部長と杏子やさやかとの共通点や相違点なんかも考えてみるといいのかもしれない・・・


19:30 ヒマワリ
この世界から人が一人死んでも世界はなんら変わらないってことだよね?。
ニュースとか見ててさ、どこどこで人が殺されましたー言うても、へー怖いねーで終わり。
自分が死んだとしても、周りの数名が悲しんでくれるだけで世界は何も変わらずに、生きてくしかないよねー。


19:31ヒマワリ
(あの原稿の中に)姉ちゃんの作文入ってる?笑


19:39 ヒマワリ
死んだじいちゃんや死んだペットを想って、今頃天国で幸せに…なんてのも祈りかな。
供養ってのが思い出すことだったり。
一瞬が永遠になるとかさ。
なんか一昨日話してた水の流れから考える時の流れとかさ、自分の気持ちとかさ、全部自分を慰めて正当化したいだけなんじゃないかって。どーしても卑屈に考えてしまう。
愛ってなんですかー



20:14 虚空
この歌の若者は
Carry on, carry on, as if nothing really matters
今のままで生きていって、まるで何事も無かったかのように
って言っていて・・・早い話が命令文。
「自分がいなくなっても何も変わらないのさ」
ではなくて
「いつもいた時と変わらないようにこれからも生きていってくれ」
と呼びかけているようです。
だからもしかすると、肉体の自分は消えても、生きているのと何ら変わらないようにママにいてほしい・・・それで自分は消えていても、いなくなったのではなくてママのところで生き続けていることになれるから・・・そんな気持ちのように解釈しました。
様々な考え方・・・特に視点をかえると同じものも違ってみえてくるという話の中で、でもそれは自分を正当化していることになってしまうのでは、という想いを払拭できない、というのは実は私も同様です。

だから安易に「プラス思考」だとか「前向きに考えなくちゃ」という風潮には乗れない・・・自分の本音が納得できないから。

今も[もがいているのが正直なところ・・・だって、マイナス思考どころか、例の親戚たちに対しての荒れている自分の精神状態はかなり危険なところにきている実感がありますから。
だからこそ自分は学問ということではなしに、実感を追い続けるために上原先生の「無意識」のことや「犠牲論」「恨み論」などを追いかけ続けていると思います。
アニメ感想もそういう観点からのに特に力が入ってしまう。
自分の中では未解決だらけ・・・来世に生まれ変わる時の課題持ち越しになってしまいそうです(苦笑)

「自分を慰めて」ということも書いてありましたが、これそのものは大事な心の働きだと思います。完全に壊れてしまったらそれこそ大変だし。
でもそれが自分を正当化しているだけではないかという危惧を抱くこともきちんとできているというのが、逆に人間としていいんじゃないかと思いますよ。

以前にもはなしたことがありますが、だって、例の親戚たちなんてみると分かるけど、どんなに自分達が悪くても、他人からそれを指摘されても、改善どころか身勝手な理屈で自分を正当化し、相手を完全に悪者にして・・・そうやっているうちに、幼い子が空想と現実の区別がつかなくなるように、本当に最初からそれが真実だったかのように本人たちの頭の中では成立してしまっている。

だから悩みやストレスがたまるということもない・・・全部それは歯向かってこないような相手に八つ当たりして発散しているから。

それを「生き方が上手」と言う人もいるかもしれませんが、自分は「馬鹿正直で損ばっかりしている」と幼い頃から言われ続けているけど、あんな醜い生き様にはなりたくないと幼い頃から素直に思ってきました。



20:54 コバルト
愛は理屈の中には存在できないのかも、愛って言ってしまえば損な事ばかりしかないから。
要は端からみたら馬鹿なんです。
愛と勇気だけが友達なアンパンマンみたいに他人の為に頭を差し出せる?
好きな人が変わり果てた姿になっても見捨てず最後までオムツ交換やら何もかも献身的に世話はできるのか?
理屈、合理的になってしまえば愛はそこに共存出来ないんです。
愛は破滅的でもあるんです。
故の犠牲論なんですね。
自分より他人を優先にできるのか?
本物の愛に見返りはないんです、(無償の愛)
でも手放したくないもの、それを手放すぐらいなら死を選ぶ方がマシだと思えるほどのもの
きっと現代社会では普通この発想は出ないと思います。


 https://youtu.be/-d8u0fm0GPg


23:11 虚空
動画、観ましたが仕事を始める話のあとああなってしまって・・・正直よくわかりませんでした。
自分は誰かとお付き合いしたこともないし、圧倒的に独り暮らしが長かったから「愛」という感情にはピンとこないものがありますね。

教師をやっていたから「教育愛はわかるだろう」と言われても「わかります」なんてとても言える境地でないままだったと思うしね。
理屈っぽくなるけど、小学6年生を担任していた時に「恋と愛の違い」をクラスで問いかけてみたことがあります。

(これは家庭教師の時にもふれたことがあるかもしれませんが・・・「愛」は「合い」、「恋」は「乞い」(乞う))
あと、クラスのみんなが驚いていたのは「愛」を漢和辞典などでひくと分かるけど「アイ」とカタカナ表記。音読みであって、和語ではない。

じゃあ、古来からの日本人にとって「愛」に代わる大和言葉(本当の日本語)は何だったのか・・・いくつかありますが、こうした観点からしか今の私は考えが進められません。


2018.12.17 月曜日
04:22 コバルト
えっ??愛ってないんですね!
たしかに‥それで理解と謎が深まりました!
愛とよんでいるものって無常を知った本物の「いのり」の状態(虚空)。
追い求めない、願わない、唯物論からの解放。
集約化ができないんですね。ましてしちゃいけないんです。
だから言葉には出来ないのかもしれません。
ただ感じるものなのかな?
囚われるほど愛を見失ってしまうから、きっと文字にしてしまうと囚われになってしまう、言葉にしちゃいけないんですかね?
ややこしい動画だったのでここに貼るのは場違いでした??



04:56 ソルティ
動画ワタシも観ました。コバルトブルー君は どういう意味(意図)でこの動画をアップしたのかな~と知りたい気持ちになりました。

*”好きな人が変わり果てた姿になっても見捨てず最後までオムツ交換やら何もかも献身的に世話はできるのか”。。。うん、微妙だ。

 上のほうの動画。。。佐倉杏子の”奇跡はただじゃない”この動画はとても深い感じがした。私は今、スピリチュアルに関心があるので、それとここで言われている魔法とどこか共通する部分があると思うので興味深かった。

まあ、この動画にもあるように、足を突っ込むと 超危険な部分も深く広く広がっていると思うので、ほどほどにしとかなくちゃとは思う。例の占いでいくと、私の役目は 墓守りなんだけど、成仏してない魂は沢山いると思っていて、まあ自分の父や祖母、まあそのあたりまでなら何とかしなくちゃあと思うけど、顔もみたことないようなその上、またその上となると、冗談じゃあないわよ。(知ったこっちゃない)と思う。


ワタシの考えでは、マリア様に限りなく近い 存在の方( インドのアンマさん )方は 無償の愛を人々に与えることのできる方だと思う。裏とか表とかもなくて ひたすら、タダタダ与え続ける愛って感じがする。別にこの宗教に入りませんか?もないし、浄財を!でもない。でもね、ハグしてもらうと、ほのぼのするんですよ。あの 地球を抱える聖母のイメージだな。スピリチュアル仲間のお友達によると、オーラが広がる(満たされる)らしい。私は鈍いのでよくはわからないんですけどね。ただしあわせ~な感じになる。



07:08 虚空
私にとっては実感の伴わない発言が続いてしまいますが・・・「愛」=「合い」だから、本当の愛は「自他の区別がない一体感」というのは、よく言われることですよね。

だから「同情」云々では、まだ本当の「愛」とは言えない。「相手の為に何かしてやろう」では自他を区別してしまっているから・・・と。

一体感になればなるほど、相手の為ではなくて、自分の為にという境地で、そういった行為を具現化できる、と。

ものすごく理屈っぽくなるけど、キリスト教で「隣人愛」「汝の敵を愛せよ」というのも、自他は別物という前提があるから、「合わせる」という言葉が生まれてきたともいえるわけで、バラバラな存在として生まれてきた人間が、人間同士や他の生き物、自然、宇宙・・・と一体感をレベルアップさせていくのが、この世に生まれ出た究極の課題、というところなのでしょうか。

だから杏子の言葉は「家族愛」といいながらも「自分」ということに非常にこだわっているから「後悔」「もう自分のために」という意識に向かってしまっているんでしょうね。

宮崎監督は千尋では「小学4年生段階の恋愛感情を描く」という発言もしていましたが、世間的な常識ではなく、古来の日本人の感覚での10歳あたり、ということなのでしょう。


またエヴァはテレビ版で謎のままに残った「人類補完計画」というのが劇場版(古い方)で明らかにされて、クライマックスでは自他の区別がなくなる(皮膚がはじけて全人類の体液が一つになる、原始の海のように混然一体のスープ状態になる、という場面がありました。


区別があるから各種の人間関係の問題・・・対立・喧嘩・闘争・戦争・・・が起きるのだから、それがなくなれば真の平和・幸福が得られると信じた老人たちが起こした秘密計画。
でも、それが本当に人間にとっての幸せなのか、という問いかけでしたね。
12:54 コバルト
(日本でいう月はいのりの象徴?)
(愛に台本はない、旬そのもの)青春?というと季節感?
麻雀で、というか勝負事で(スポーツなど)自分が肝にしている事があるんですが、それは本物の敵は自分自身にあるという事です。
勝ち負けだけじゃないんです。
取り巻く恐怖心に打ち勝つ事こそ鍛錬にしているのですね。
つっぱる、傾くなんです。
それとエヴァンゲリオンの「人類保管計画」は願いであって、少なくとも祈りにはなっていないんですね。

ちょっと説明させて頂くと、あの動画のファイナルファンタジー7ので主人公クラウドと言います。
口癖は「興味ないね」といいながらも、なんだかんだ手を貸してしまう。
人体実験で2人は超人にされてしまって、クラウドは耐えきれず廃人になってしまいました、そこで親友のザックスが隙をみて脱出に成功しましたが、兵器なみに恐ろしい力をもった2人を組織はほったらしにはしません、もちろん抹殺作戦が立てられました。
2人はただ自由を望んでいただけなのに。
やがて追いつかれて親友が殺されてしまっても、クラウドは復讐の鬼になっていたりはしないんですよね。
ただ親友のザックスと望んでいた、何でも屋をやっているだけ。
風来坊みたいで、鬼太郎みたいなかんじです!


 http://karapaia.com/archives/52268743.html
 
16:05 虚空
情報を得るためのツールではなくて、人間同士のやりとりも間に情報端末を介してというのが圧倒的に多くなっていたり、何でもかんでもスマホできてしまう⇒スマホでないと出来ないシステムが主流になる
という流れからの一極集中が大問題だと思っています。その片鱗がでたのがこの前のau(?)不具合。
どうして親友が殺されても復讐に走らななかったの????(何でも屋を続けたことで割り切れた????)
18:33 ソルティ
コバルトブルー君。。。朝まで麻雀か~元気だね。そういえば大学の時、木造の男女混合下宿に住んでいて、男性の先輩から麻雀誘われたことがありました。(体育会系下宿、一回生はパシリをやる)今考えるとやっとけばよかったな~と思うけど、くっそ真面目だったものでね、お習いしなかった。

学童で、ケアセンターのおじいちゃん・おばあちゃんたちを訪問する機会があったのだけれど、そこに麻雀グループがあって、そのおじいちゃんおばあちゃんたちは元気いっぱい。目がうつろで反応がまるでない方々に比べるとお幸せなんじゃあなかろうか?と思う。何か好きで没頭するものがあるってことは老若男女を問わず幸せなんだな~と今頃思うよ。

勉強もいいけど、片手には絶対自分だけのものを持っておかないと崩壊すると思う。

 クラウドもザックスも 何だかかわいそう。
 *バラバラな存在として生まれてきた人間が、人間同士や他の生き物、自然、宇宙・・・と一体感をレベルアップさせていくのが、この世に生まれ出た究極の課題。。。これって ワンネスとかいうのですよね。だけど、苦手でどちらかというと嫌いな人がいたとして、その人と自分が一つなわけないっしょ。と思う。



19:17コバルト
クラウドの記憶に障害があるという部分もあるのですが、でも復讐心に刈られて修羅の道を選ぶ事より(滅びの道)、本来の約束していた2人でやるはずだった、あるがままの日常を送る方がザックスの供養にもなるんですね、修羅の道にはザックスと語った未来からかけ離れてしまう、もはや私怨なんですね。
これが一体感からの離脱‥その道を突き進めば突き進むほど孤立してしまうんでしょう。
そういえば尊い道とは、中道なんですね。
クラウドは尊い生き方を選んでいたんですね。
クラウドはクラウドであってクラウドではない。
クラウドにとってザックスは虚数単位(i)なんですね。
2018.12.18 火曜日
00:39 虚空
自分の駿煌会用の名前「虚空のエストラーダ」って直訳すると「虚空の道」(虚空への道)ということなんですよね・・・

「虚空」というのは「虚数世界」とも通じるものがあり・・・・でも、今の自分は現実対応意識でグチャグチャだから「虚空」とか「虚数」とかとはかけ離れていますね。
2018,12,19 水曜日
21:22 ヒマワリ
今日ボヘミアンラプソディーを映画館で観てきました!
人が結構入ってて、人気なんだな?と。
私Queenのことは何も知らなかったので、なんの先入観もなく映画の世界に入り込みました!
映画を見た上で、あの歌詞をまた考えると、当然のごとく捉え方が変わりました。
Queenとゆう無名のバンドが世界中の人々から愛されていくサクセスストーリーのよう…でも人気が出て、光を浴びれば浴びるほど、その分影も大きくなる…抱える闇や孤独感…光と陰は表裏一体とゆうことだなぁ?と。
また集まる機会があったとき話したいと思います(えへへ)
2018.12.20 木曜日
04:51 虚空
そういった形で「人生の光と影」描いている内容なんですね。
たしかに光が強くなればなるほど影も濃くなるというのは何の不思議でもない自然界の出来事ですからね・・・この目に見える世界に生きる人生にそいった側面が出てくるのも、自然の理(ことわり)。
浜崎あゆみが大ブレイクした時に、自分が二つに切り裂かれたような感覚になっていたというのもそういったことに感覚・感情が追い付けなかったのかもしれないですね。
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☆西洋絵画鑑賞 から② 特に「ピカソ」について ラインやりとり

2018.11.16 金曜日のラインやりとり・・・コバルトブルー君が諷虹君宅に到着してからもラインは並行して行われていました。まずはラインやりとりを一通り紹介します。



21:48 虚空
今、コバルトブルー君が到着!



21:49 ソルティ
楽しそう、いいね。


22:19 ヒマワリ
私さっきまで一緒にいた人にピカソの絵見せてみて、聞いた話言うね。
ピカソが描いた絵って、シャブ中になった人が幻覚とかで見えてくる景色に似てるんだって。
ピカソが描く歪んだような↑こうゆう気持ち悪い絵。
シャブ中の人って感情の起伏?みたいなんが上がったり下がったりぐわんぐわんで、人の内側が表に出てきたように合わさって、先生が送ってきた絵みたいな感じで見えるときがあるんだって。

ピカソの世界とゆうか、ピカソの絵を現実の景色として実感するにはシャブ中になれば分かるよ。

…とゆう話を、昔シャブ中の人だった人に聞いたらしいと教えてくれた(笑)
ピカソって普通に絵描いたら、モネとかそうゆうめちゃくちゃ繊細で綺麗な絵が描けるんだってね、ゆか初めて知ったよ(笑)
ピカソは覚醒剤に手出したわけではないのに、こういう絵も描けるから「天才」って呼ばれるんだとさ。
へーーって感じ。
基礎になる美しい絵を描けるからこそ、こうゆう独特な絵も描けるってとこは、スラダンと似てるかなって思った。
いきなりダンクがやりてぇ!じゃなくて、基礎きそ基礎キソが大事!みたいな流れ。
型破りてきな感じか??
そんなピカソの話を聞いて思ったことでした(moon amused)



22:21 虚空
薬を使わなくても別モードに自由自在という事が出来る故に天才!


22:45 虚空
話がもりあがっているのですが、こんなやりとりもありました。

諷虹「今ピカソの言葉でこんなのがあったんですけど・・・みんなが賞賛するときでさえ、理解できている人はほとんどいない・・・今の日本人に聞かせたいですよね。
分からないと賞賛できない、みたいな。」

コバ「目に見えているものだけで反応しているから。」



22:51 虚空
ダリ語録をみていると、こんな言葉もあってラインでのヒマワリ発言関連で盛り上がっています。

『私はドラッグをしない。私自身がドラッグだ』(ダリ)



22:53 ソルティ
ここに書いていいのか?分からないけれど、ピカソの日干支は「壬辰」で、戌土の冲がある。動乱に際して飛竜昇天し、成功の命とする。とありました。しかし、この「壬辰」 名誉を得れば得るほど、精神が不安定になる。とお習いしたように記憶しています。26歳~46歳まで 大運天中殺にあり、伝達の星が中殺されています。つまり伝達において異常性を発揮するわけです。尋常ではない エネルギーや才能は、天中殺ならではのものだとわたしは考えます。

天才と呼ばれることが幸せなのか?そのあたりはピカソにきいてみなくてはならないけれど、( 今生は幸せでしたか?)私は ごくごく普通の暮らしがしたいな。 

でも上ちゃんが確か?言っていた思うけれど、普通に生きたい。と言ってもそうならない ? がある。{(?)わからず。}。。。



23:08 虚空
ソルティさんからピカソの星のことを受信しての、こちらでのやりとり一部です。

諷虹 天中殺で希望が見えないからこそ、逆にとんでもないものを発見した、見えてしまったという感覚なんですかね。

希望がみえていると、目先にばかり囚われるけど、目先の希望がみえないと、さらにその向こうの見えない世界に見出そうとすることができる。

だからやっぱり中国の占星術って統計学なんだと思いますね。(統計学的な正規分布曲線を図示しながら)ピカソのような天才だと見えないような状態だからこそ、常人では発見できないようなものを発見して、逆境をチャンスにかえていける。天中殺で希望がみえないからこそのチャンスにできる。

虚空 昔の日本人って、特に天才じゃなくてもそれができていたのかもね。万葉人の頃とか・・・。

コバ タロットの死神のカードと同じで、捉え方で全然違ってくる。プーさんのにも、カラッポの箱のプレゼントをもらって嬉しいって・・・だって物を入れられるじゃないか、っていうのがあった

諷虹 頭カラッポの方が夢をつめこめる・・・ドラゴンボールの歌で一番有名な言葉」



23:32 虚空
他にも3人でもりあがっている最中の名言
ピカソ名言
『人はあらゆる物や人に意味を見出そうとする。これは我々の時代にはびこる病気だ。』
『誰もが芸術を理解しようとする。ならば、なぜ鳥の声を理解しようとはしないのか。人が、夜や花を、そして自分を取り巻く全てのものを、理解しようとしないで愛せるのはなぜだろうか。
なぜか芸術に限って、人は理解したがるのだ。』
『子供は誰でも芸術家だ。問題は、大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。』

コバ「お金も結局、価値あるものと認識しているから・・・お金だと思っているから」
諷虹「欲にまみれた人間が葉っぱまでがお金にみえる」


ピカソ名言
『女の顔はキャンバスだ。毎日女は少しだけ若い自画像をそこに描いている。』
『コンピューターなんて役に立たない。だって、答を出すだけなんだから。』
コバルト これって結局 混沌をなくしてはいけない っていうことですよね。AIには混沌の部分がない。


諷虹  コンピュータは言葉はもってきても付随する言葉や感情や体感が出てこない、って何かの授業できいたことがあります



2018.11.17 土曜日
00:05 虚空
全体としてすごい話のまとまりで終わりました。明日ブログにアップします。これで今夜はおひらきです


01:58コバルト
覚せい剤でそこから狂う人と狂わない人がいるわけで、その違いは再構築(型があるかないか)出来るか出来ないかなんだよね。
再構築できる自分自身をしっかり持っている、だからシャーマンやインディアンとか幻覚キノコとか使える人間はとても高貴な人間しか使えなかったんだよね、本来は。
偉大な人はぶっ壊して混沌が生まれ、そこに見出したモノで再構築する。
愚者はぶっ壊れて混沌が生まれて、そのまま混沌にのみ込まれていく。
(ゾンビが怖ければ、自分自身もゾンビになってしまえばいいという事が1番楽な解決策みたいなふうになる)


02:29コバルト
最近ハッとさせられたんですが、「普通」という言葉がありますけど、普通と言えてしまうのは何も見ていない、何も考えない、何も感じ取っていない、のと同じこと、(名前のある草を「これは雑草だよ」と言ってしまう感じ)ゆえに死んだ日(無かった日)と一緒となってしまうという事じゃないでしょうか?
そして占うにしても普通だという結果は出せないんじゃないでしょうか。
またプーさんのようなサヨナラするのがこんなに辛い日があるなんて、なんて僕は幸せ者なんだ。ってな感じで。
(プーさんの世界には愛が溢れてるような気がする)



03:04 コバルト
ゾンビが恐ろしいから、自分もゾンビになってしまえ!!って感覚は混沌との同化ですよね?
先ほど見せてもらったまどマギの最終回ではそうはならなかった。
同じ絶望の混沌の集合になるか、そこから再構築して復活できるかなんですかね?
そして最後の最後に残ったものが(決して忘れない)(愛おしさ)(再会)(神聖なモノ)「愛」でしたよね。
仏教からの蓮の発想、ピカソの破壊からの再構築。



03:43 コバルト
http://sp.utamap.com/showkasi.php?surl=38095

☆西洋絵画鑑賞 から① 2018年11月15日~ ラインやりとり

ブログの載せようとずっと思っていて、実現できないでいたやりとりです。

きっかけは2018年11月15日、コバルトブルー君からの投稿でした。

私もそれを受けて実際に観に行きました。途中までの絵画は写真撮影OKだったので、かなりの枚数を撮ってきました。


18:01 コバルト
茨城近代美術館でルノワール、モネ、ピカソなどの絵画が展示されているということで、理解出来るかは気にしないで先ほど観てきましたが、やはり惹きつける絵画は放つモノが在りました!
特に少女の絵というのはエネルギーが桁違いでした。
 やはり写真じゃ伝わらないのが残念です!


20:06 虚空
込み具合はどうでしたか?



20:10 コバルト
16時頃に行ったのですが、ポツポツでしたね!
ただ休日はスゴいみたいです!


20:12 虚空
調べてみたらもう会期末のようですね。明日は厳しいかな???今日の治療の後遺症もそうとう残っているだろうし・・・
2018.11.16 金曜日
08:40 虚空
昨日の後遺症はあるのですが、一応これから茨城県近代美術館に行ってみようかなと思っています。
あまりに混んでいるようだったら無理しないで帰ってきますが・・・


09:32 コバルト
あまり無理はしないで下さい。
ずっと眺めていましたが、感じた事を言うと、少女だけど、貴婦人、高貴、色を放つけど、どの色とも言いがたい‥何色にも染まらない純白とも言うんですかね。


11:22 虚空
開館5分前について入場者本日第一号でした。
最もインパクトを受けたのはピカソのこれです。
ピカソに対する認識が変化しつつあります。
(ピカソの絵は撮影禁止だったのでネットからダウンロードしました)
ピカソ「帽子の女」 https://www.polamuseum.or.jp/collection/p08-0076/
11:47 ヒマワリ
A I
 侵食されてきちゃった感じする


13:01 コバルト
一人を描いているのに二人いますよね、一方は正面を向いていて、一方はよそ見をしている人がいる。
わざわざ作品になりそうな所に出向いて探し出すのではなく身近なものから見出す!
だからピカソの作品になるものは身近なものばかりらしいですね!
無から有を生んでいますね!


17:18 虚空
この絵と似たようなものとなりにありましたが、そちらは友人の妻、こちらに描いている女性はピカソの愛人・・・理想の美の象徴の方などのようです。

顔が二つあるようにみえることに関しては「この女性自身の二面性」「画家とモデル・ピカソとこの女性の結合体」等々の説があるようです。

ただ、素朴に思ったのは、モデルになった女性たちは自分がこのように描かれたことをどう感じていたんでしょうね????


19:12 ソルティ
こんばんは~みなさんすごく盛り上がっていますね。色々なコメントにコメントしてみたいけど、流れているので、聞きたいこと書かせていただきますね。
 Q、虚空さんは この女性と?の人の絵のどこに惹かれたの?
 わたしは 感性がいまいち君なので、(あまり好きじゃないな~)とか(変わった絵だな~)とか そんなことしか感じられないのですよ。


19:46虚空
惹かれた(好感を持った)というのとは違って、先ず素朴な疑問としてこういった風に描かれるモデルの女性たちはどんな風に感じたのかな?・・・というのがありました。

そして次に、画家が絵を描くというのは、何か永遠なるものを固定したいというようなことがあって、とした時に、ピカソが美しい女性をこのような形で固定したいという衝動にかられたのだろうか?と思った次第です。

絵心がわかるかどうかと言えば、例えば私は静物画などの名画と言われているのをみても、何で名画なの?という感じですね、今でも。

ただ、この前の児言態の授業でK先生が英才児たちに「絵や写真裏側にあるもの」というようなことを問いかけて、それに対して「想いがこもっている」というようなことを答えていた、なんていうのも今回頭の片隅をよぎりました。
19:59 虚空
ちょっとコバルトブルー君に質問なんだけど、そもそもどういうきっかけ(思い)で今回の展覧会に行ったの?


20:41 ソルティ
虚空へ、なるほど~。絵に関して感じたことを書かせていただきます。

私がピカソの愛人だったら(え~~~っ、ワタシってこんな感じ?)と思う。ヒマワリフクロウさんが、AIって書いていたけど、確かにちょっとロボット的な感じがする。(向かって左半分。)マウス持ってる風だし、青の色が冷静・沈着・冷たい印象がある。もう片方は明るい色使いなので表に出ている部分はこれだけど、内面には暗く、冷たいところもありまっせ。みたいな感じがする。この人(人間の)の二面性を表わしている。

お日様のあたっているところは黄色で明るく、波紋が穏やかさをかんじさせるけど、夜のほうは、やはり暗くて帽子の内側もとんがっていてするどい感じがする。中央のおっぱいのように見えるものは、何でしょう?ハートでしょうか?だから赤いのかな? キャンバス なんで持ってるの?などなど ピカソさんが生きていたら質問してみたいです。


21:14 コバルト
(児言態50周年で話された)難波先生のU字論の破壊の部分とピカソの画家として超一流の腕を持っているのにあえて物事を一度破壊して断片的なものを繋合わせてみたらいったいなにが見えてくるんだろう?という事に関してずっと繋がりを感じていたからですね。

そしてたまたまピカソの作品が近くで展示されているというポスターが目にとまって、軽い気持ちで観てきた次第です!
そしたら今に至るまでジワジワとビックリされられています。


21:27 コバルト
いきなりなんですが授業にちょっと参加しに行っても大丈夫でしょうか??

21:27 諷虹
この距離、この角度だと左半分が髑髏で右半分が女性のようにも見えます
左下の青丸も地球に見えたりと不思議な感じです


21:34 虚空
描かれている女性の立ち位置・・・というようにモードを切り替えたとたんに実感がこもった言葉が沸き上がってきましたね!

スマホでなくパソコン画面のを斜めからみて「しゃれこうべ」という見方も飛び出してきています。
こんな風に実感がこもった言葉が飛び交ってふくらみあえる場にどんどんなっていけばいいですね。

(ダンデリオンさんの漢文のようなことが話題になっても、学問的にではなくて、こんな風に率直な言葉を自分の中から引っ張り出せればいいんだと思います。
あるいは観ていないアニメなどの話題でも)



21:45 ソルティ
ただ今 アニメ好きの娘と画像を見て話しています。ワタシには、帽子にみえていた部分が 耳に見えるといいます。そうしたら(なるほど~) 耳にしか見えなくなりました。その左半分は口にも見える。と彼女はいいます。しお「天の声が聞こえるか?」といわれているようにも見えてきました。

☆プロとしての姿勢 ダンデリオンツイッター「霊和」との関連から

NHKプロフェッショナル「我流、肉道~精肉店店主・新保吉伸~」の話題から始まって、医師の姿勢などについても話が広がります。

表に出ている言わば「当たり前に分る事」ではなく、内側深くに内在する真実・ピュアな部分を見出せる能力において「プロ」と言えるのではないか・・・それがダンデリオンツイッターでの「霊和」ということへ昇華という事と深く関連しているのではないか、というやりとりです。

現在、ラインでは、同じプロフェッショナルの美容師についての特集にからんだやりとりもおこなわれています。
こちらはトランスフォーメーションに力点があるので、それはまた別の機会に紹介します。
5月8日 水曜日
08:08 虚空
ゆうべ放送されたプロフェッショナル・・・精肉店のお話ですが、飛鳥時代の宮大工の知恵と通じて・・・真の人間の成長や、教育のヒントとなるような内容でした。
プロフェッショナル 仕事の流儀「我流、肉道~精肉店店主・新保吉伸~」
名もなきノーブランドの牛肉を、最高ランクに匹敵する味へと生まれ変わらせる男がいる。精肉店店主の新保吉伸(57)。店は滋賀県草津市という地方都市にありながら全国から客が殺到、その肉を卸して欲しいと、年間300人以上の料理人が取引を申し出る。新保は肉に“熟成”という魔法をかけ、個性を最大限に引き出す。18年の研究の果てに生まれた独自の下処理や、9年かけて育てた微生物による熟成。肉と歩む孤高の匠に密着!


12:06 コバルト
納豆を発見したみたいな感じですね。
すべては目に見えない偶然から成り立つみたいな。
目に見えない訳だから感じる部分「感性」が架け橋(関係性、関連性)を作れる訳です。
すべては経験に基づく確かな「もしかしたら」(閃き??)なんですよ。
仮に現代人的な人達ばかりだったら発酵する前に食べちゃうでしょうね。
となった場合納豆は生まれなかった事になります。

仮に宮大工に宮大工的視点のない建築士(大工視点もほぼいないに等しい)が介入したら木の特性なんて活かさず全て図面の通りに、木も図面に沿うように加工されてしまうでしょう。
20年ぐらい(早くて10年)でがたつく現代建築では、宮大工の200年たってやっと完成形になるといったものと格が違うんですね。

桜井章一なら牌の声を聴く、宮大工なら木の声を聴く、農家なら土の声を聴く、教師なら子供の声(喋らない部分)を聴く、肉屋なら肉の声を聴く訳です。
流れによって手の加え方が変わるんですね。
それが本物のプロなんだと思います。
 https://sekokan-navi.jp/magazine/15670


18:30 虚空
実際に古代建築の修復工事などでは、国から依頼されてやってきた西洋建築の権威丸出しの大学の先生がさんざん口出ししたそうですからね。そんな人間の常識で建てたら1000年持つものが数十年しかもたないと・・・

この記事の中の社長さん・・・多分西岡常一棟梁のところで修行したのかもしれないですが・・・西岡棟梁の著書は現代人の必読書といいたいくらい・・・平成の常識とは完全対立でしょうけどね。

 別件のことでやりとりしていた流れでヒマワリフクロウさんとのラインの方でも、今回のダンデリオンツイッター記事について意義深いコメントを頂いています。
簡単に言えば、例えば私が「祟り神」への道を突っ走ってしまうか・・・「相転移」できるかというようなことで・・・・

「トランスフォーメーション」(意識の転換 時空の転換)と「構えの変革」と「相転移」・・・だいたい同じような意味で使っていますが、どういった時にはどの言葉を用いるのが最もふさわしいか、なんていうのは今はあまり気にしていません。直感だけです。


2019.05.09 木曜日
05:22 虚空
 夜中にフト考えた事・・・ダンデリオンさんの「霊和」の記事と、宮大工や精肉店の発想とのつながり・・・そのあたりがつながっていきそうな予感はしてきたのですが・・・・今は予感どまり。


09:01 コバルト
 自然体に生きるというのは通じてそうですが。
生き様そのものが風水であるかのように。


09:06 虚空
この世的に自然体に生きるということと、魂の浄化(純化)・・・ただ、それが起きる際に、この世的なマイナス要素を排除するという一般的な常識を、超越する発想・・・神話的に言えば「黄泉の国にどっぷりと浸かるから、突き抜けられる」・・・神々でさえも・・・。

世間的な発想では進化論の「自然淘汰」・・・価値あるもの、強いもの、他を屈服させる力の優れたものが勝ち残る・・・それが勝ち組・負け組や競争原理の根本になっていますよね。そうやって勝ち残った者だけが生き残れば素晴らしい世界が実現する。

そんな幻想をみんなが信じ続けていて平成は終わりました。
自然体ということの、本当の意味が問われるのが「霊和」であり、そこからの実現への道が「零和」なのかな、なんて今思いました。


09:11 虚空
これから病院・・・・この前とは別の科ですが、こちらも担当医が定期異動で変わっているらしい・・・この前の先生がはっきりといってひどかったんで不安です。


10:27 ヒマワリ
先生の生徒にも相性があるように、病院の先生と患者にも相性ありますよね?
いい先生が異動してきてくれるといいのですが…


10:54 コバルト
患者と医者の真剣勝負はお互いの向き合い方が一番重要ですよ。
医者が患者と向き合わず、パソコンとデーターの睨めっこですからね。
色々手(触診)を尽くした上でダメなのと、そうじゃないのとでは心の収まり方が全く違いますから。
そこが医者としての品格が問われる所ですね。
 http://sonedataro.com/self-development/post-1637/


15:10 虚空
「仕事」とはその字の通り「仕える事」・・・それがないがしろになっているとね・・・特に医師の場合は命や人生を預けているのだから。
たった数分間の診察の時間はそこれこそ真剣勝負であるハズ。

しかも多くの場合、医療では向こうのミスでも傷つくのは患者側という自覚がどこまであるのか。(よほどのことがなければ医療ミスを問えないしね)

それが先月の総合科の先生は露骨にお前など診る気がないという言動。
触診や問診を非情に丁寧にしてくれていた前の先生だったら経過が悪くても、その先生のせいとは思わないけど、こういう風にされるとね・・・・

今日の午前は医師ではなく、闘病に関する相談の部署だったのですが、けっこう愚痴ってしまいました。
相談相手の方も「それはいくらなんでも非常識ですね・・・」と(儀礼的部分もあるでしょうが)「患者さんの前では絶対口にしてはいけない言葉ですよね」と。
そのあと、別の科を受診だったのですが、こちらはマア普通というところでした。質問にもちゃんと答えてくれたし。

9時半に行って今帰宅・・・腰痛激化と、座りっぱなしの血行障害による異変があちこちに出ているので、これから横になります。


22:03 ソルティ
 私の場合・・・ 自分では丁寧にお願いしたつもりだったんだけど、昔気質の自信満々の先生だったからかな?えらく強い調子で「 どういう意味ですか?言ってる意味がわかりません。」 と怒られてすごすご帰宅。 

*液体の薬は 二週間で捨てなければならないのでそれに代わる錠剤を出していただけませんか?とお願いしたのだったが。。。
あ~んな言い方しなくたっていいじゃない。とか思って、そこから行くのやめた。まあ来年になって また喘息が復活したらしかたなくいくかも?知れないけど、多分大丈夫だと思う。
今 別の診療を受け始めたけれど、先生によってまるで違うね。元気をいただける人とそうではない人と。私の場合自分の性格にも問題があると思うけど、上からガンと押さえられた感じがすると 二度と行かないわ。となってしまう。


2019.05.10 金曜日
05:44虚空
西洋医学を批判する言葉で、かつて「患者をみないでデータばかりをみる」ということが盛んに言われましたよね。
「データをきちんと読み取って、処置を決める事ができる」 = 「優れた医者」
だから患者は黙って指示に従えと。患者が要望を出すとか、ましてや意見するとかとんでもない、素人のくせに、という姿勢。

それがいつからか、「インフォームドコンセント」の発想が出てきて、一般的にはずいぶん改善されてきたのかなという気がします。

でも、やっぱり人間性というか・・・歪んだエリート意識が根底にあるような医者はまだまだいらっしゃいますよね。
前の主治医の先生は私より年下ではあってもそ離れている感じではなかったのですが、今度の医師はもうすぐ中年にさしかかるというよな感じでした。

だから、前の先生も「自覚はないかもしれませんが、これは発熱にたとえれば40度以上の高熱を出して危篤状態・・・即入院が必要です」とおっしゃいましたが、例の親戚たちからの相次ぐとんでもないことへの対応で「とても入院はできない状態なんです」と訴えたところ、「そういった事情なら、何とか投薬で様子をみてみましょう」ということでしのいでくださいました。

今度の先生は私の話もろくに聞こうとしないで、さんざん言いたい放題言った挙句に、診察が終わって立ち去ろうとした時に、パソコンの画面を何気なくスクロールしながらみて「あれ、来院した時はこんなにひどい状態だったんですか!」という驚きの声。
「初診の時の状態を把握しないであれこれ言っていたのかよ、この人は!!!!」と爆発寸前でしたが、そこはグッとこらえて
「ハイ、ですから前の先生には即入院の必要があると言われたんですが、いろんな事情があって入院するわけにはいかなかったんで、投薬でしのいでもらったんです」
と答えると
「僕なら、いかなる理由があっても、絶対 即入院 してもらいましたね」

まあ、医師としてはその方が正しい態度なのでしょうが・・・・こうした言葉にも構えがみてとれます。

こういう医師による姿勢の違い・・・・教師にもありますよね・・・・
時と場合によっては、強制的に、というのもあり得るにしても
「納得と合意」を形成しよう・・・「共に歩んでいこう」
そんな姿勢がなければ医療も教育もダメなんだということを再確認・・・そういう意味では今度の医師は反面教師かな????


08:53 コバルト
 じん【仁】
1 思いやり。いつくしみ。なさけ。特に、儒教における最高徳目で、他人と親しみ、思いやりの心をもって共生(きょうせい)を実現しようとする実践倫理。「智・仁・勇」
徳と得では全く違う性質なんですね。
捨てると掴むことみたいな。


09:27 虚空
この「仁」という言葉からフトエースを狙え!にあったある場面を思い出しました。(病死したコーチの名が宗像仁・・・そこから仁の本質にかかわるような会話を僧侶である桂コーチが語っている場面です)

不治の病を宣告された宗像仁の思い出を桂コーチが語った言葉
「3年たって、仁にさそわれて甲州路を歩いた。甲州野梅(こうしゅうやばい)ってえめずらしい種類の梅がほしいっていうんだ。ようやく手にいれて、寺へもどって本でしらべてみたんだ、甲州野梅ってのを。「梅は甲州野梅をもって最上となす。その第一の理由は仁がくずれぬことにある」ここでいう仁は「胚珠」(種の中身)をさしている。種の中核を人間の精神にみたて、その仁のくずれぬ甲州野梅を最上に格づけしだのだろう。それがあいつの心意気だったんだ」


10:07 虚空
 今、「混沌」との関連で、日本神話についての父の解説をまとめているのですが、目にはみえなくても、そのものの本質的な理念が、例えていうならば種の中に梅の木や花の姿はなくても内在しているように、無限のこの無意識の中に、個性と呼べるような個々人の魂の特性から、日本人共通の心意伝承的なもの、人類共通の集合的無意識・・・そして宇宙全体を包み込む理(ことわり)が誰もの中に内在している。

それが本当の意味で自ら引き出されるために、思い通りにならない、時にはドロドロとしたこの現実世界(黄泉の国)があるんだ・・・という父の考えが、上原先生流にいえば「犠牲論」とか「恨み論」とかのことになっていくんだろうな、と。

コバルトブルー君がよくひきあいに出す、「混沌(カオス)から蓮の花が咲く」というあの境地
実際にエースをねらえでも若き日の宗像コーチは生い立ちの問題から運命とか周囲を呪いまくるような日々を送っていた・・・でもそれを突き抜けて・・・というように話が展開しています。

神話のことをまとめながら、天之御中主神の象徴というような形でこの「仁」という言葉がラインに飛び出してきたというのはね・・・

☆ダンデリオンツイッター 「令和」は「霊和」より② ラインやりとり

このダンデリオンツイッター記事を受けてのラインやりとりです。

2019年5月6日 月曜日

15:03 コバルト
ちなみに昨日打った文です。
哲也での引用
房州:「怠惰を求めて勤勉にいきつくか?」
房州と哲也がイカサマ技術に磨きをかけるために研鑽を積む様を見て、ギャンブルなんて楽して儲けようって輩がやるものなのでは?との突っ込みに対して言ったセリフ。
勉強の取り組む意識の成れの果てが楽をして生きるというのは、なんだか現代社会らしいですね。
金を持って金を払えば自分は傷つかなくてすむ。
金は緩衝材になってしまうんですね。
努力をするだって同じ事を言えるのだと思います。
霊格を問われるのは、護ってくれる緩衝材を捨て(お賽銭なんてその為にあるようなもの?)コア(弱点、ソウルジェム)の部分を剥き出しにしてみないと表れないんですね。
霊格には学歴も年齢も性別などありませんから、この世的な良いことが霊格的に良いことになるとは限らないんだと思います。
向上心ではなく下向心こそ霊格の表れになるからです。


15:09 虚空
そういう意味では、魂にとって「死」とは最大の「禊」ですね。
この世的な地位も名誉も財産もすべて通用しない世界でしょうから。
(霊界の広告塔を自部されていた丹波哲郎さんは、霊界の前の精霊界のことをよく話題にされていました。


この世的な価値観が極端な形でいくらでもかなえられる世界。
この世的な物質価値をひきずったままの魂は、果てしなくそこに留まってしまって、いつまでも上にあがれない・・・霊格が優れた・・・この世が魂の修行の場ということをしっかりと踏まえてきた魂は、さっさ精霊界を通過して、本物の霊界へと旅立てる、って。

本当かどうかは分かりませんが・・・ただ、この精霊界のことって、あの世の話ではなくてこの世の話とも例えられますね。


☆ヒマワリライン
2019年5月7日
23:42ヒマワリ
ダンデリオンの令和記事を読んで今日、駿煌会ラインに書こうとしていた内容で、令和になった5月1日にあった出来事です。

パパとお昼を食べ終わって、パパは庭仕事をしに外へ出て行って、私がお皿を洗っていたときです。窓からパパが顔を出して「由佳、車庫で猫が死んでる」と言ってきました。
私は「えっ!!」ってすぐゴム手袋をはずして外へ出ました。
パパの車の後ろ、車庫の入り口のところに白と黒模様の猫ちゃんが横たわっていました。
傷ついた様子はなく、痩せ細っている感じもなく、大人の体になっていた猫ちゃんでした。
そっと近づいて、体を撫でてあげました。
「お疲れさま、よく頑張ったね」と声をかけました。
目が開いたままだったので、瞳を閉じてあげようと瞼を触りましたが、うまく閉じさせてあげることができませんでした。
パパが「由佳触るな!病気とか持ってるとアレだから!パパが埋めるからいいよ!」と軽く怒られたので、「大丈夫だよ!!」とキレ返しました。
猫ちゃんの上半身は、車庫の日陰に入っていたのですが、下半身は日向に当たっていたので、体を少し持ち上げて、日陰に体を運びました。
お皿洗いが途中だったので、一旦家に入ってお皿を洗って、ジャージに着替えました。

猫ちゃんのお葬式のつもりで、上下黒にしました。
喪服のつもりで。
新聞紙とスコップを持って、墓を掘りました。
大きな猫ちゃんだったので、四角く大きな穴を掘りました。
猫ちゃんを運んできて、お墓にまず新聞紙を敷きました。
4/30の新聞だったので、「平成が終わる」とゆうような見出しでした。
猫ちゃんをその新聞の上に寝せて、上から新聞をまたかけました。
2ページ目にあたる新聞には「天皇」とゆう文字と、写真が映っていました。
優しく土をかけて、土を盛ってお墓にしました。
前に先生と話したことで、うちを死に場所に選んで来てくれたのだと思っているので、
「これからはここで、うちの守り神になってね。生まれ変わったら幸せになりなね。」と言いました。
もののけ姫のひぃ様の言葉を思い出して。
猫ちゃんが幸せではなかったのか、幸せだったのか。
この世を恨んでいたのか、いないのかは分かりませんが。
残った新聞を家に持って帰ろうとしたら、3ページ目の新聞には金色の文字で「祝」とゆう字がデカデカと書いてありました。
プレミアムモルツの宣伝記事のようなものだったのですが、なんだかすごいなぁと思いました。
平成から令和まで生きた猫ちゃんを、祝福したのかなんだが繋がっているなぁと思って。

令和は霊和。
ダンデリオンのお話と、この出来事がリンク。
先生の↑ラインを見るまえから今日駿煌会ラインに書こうとしていたこの内容と、先生のラインのもののけ姫や祟り神などの話も、とてもリンクしているように思えて驚いてます。


2019.05.08 水曜日
07:53 虚空
時代が変わる・・・そういった人間界のことなどは猫は知らないと思いますが・・・でも言葉なんかを超越した何らかの波を感じ取って、あなたの家で最期を迎えたのでしょうね。
(車で惹かれて・・・というのとは別にして、なかなか目につくところでは最期を迎えないようですから)

その新聞記事も、、きっと深い示唆。
(個人的なやりとり部分、削除しました)


08:18 虚空
都合のいい時だけの「親族」というのは、本当にただの幻。



08:37 ヒマワリ
近いだけの血の繋がりを親族と言うのは薄っぺらいもののようですね、ダンデリオンのお話にあった「コミュニケーション能力」みたいな薄っぺらさ。
子育てや介護みたいに家族だからこそ辛いものは、血の繋がりのない他者の方がよっぽど素直になれたりするし。
それこそ他者が自然や宇宙にまで繋がって、共鳴が起きたり…みたいなことを今回のダンデリオンのお話そんな感じに捉えてます。
LCLのスープになる感じ。



08:59虚空
今回のダンデリオンツイッター記事で「かぐや姫」にまで内的な関連がされていますね。
そういう事も、例えば自分にあてはめるとかつて信じていた親族云々でドロドロとしたこの数年の出来事や、母方の祖父が骨折入院直後に認知症を発症した事など、バラバラの出来事が何か一つにつながってくるような予感があります。あくまでも予感ですが・・・・。
LCLのスープ状態になるというのも、「混沌」「カオス状態」を突き抜けて・・・個々別々の問題と分けて考えてしまう人間の悪い癖からの超越・・・そこから新たなる再構築、という感じなのかな????

人生のもろもろや、人間関係、個々人云々も・・・食べ物が栄養素として還元されていくためには、一旦胃や腸の中でドロドロになり、それこそ「消化される」・・・「元の姿が消えて、栄養素に化ける」ということと同じ手順を踏んでこそ、人生の糧となりうる????