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☆ハワイの知恵「ホ・オポノポノ」からのラインやりとり③  「原罪」との関連 ⇒ 「ガンダムUC」

心の洗濯というようなことがポイントであるようですが、そこで関係してくるのが教育学(教育思想)でもしばしば問題となる「人間をどうみるか」です。
代表的なのが「性善説」「性悪説」「性白紙説」。
「原罪」といえば「キリスト教」も有名ですが、それも宗派によってだいぶ捉え方に違いがあるようです。
やりとりではさらに「ガンダムUC」の引用も飛び出してきます。
15:06 コバルト
自分的にキリストの磔って、お慈悲の象徴だと思います。
あれはただの処刑ではないんですね。
キリストの惹かれる所って人や法に裁かれても自分自身に対しては裁いてはいないということなんですね。
奴隷にされて心から奴隷の目になってしまうかの違いみたいな。
また、まどか☆マギカのマギカが穢れに同化しなかった状態のような。
喜怒哀楽のどれにしても、飲み込まれない軸を持つことが清らかな状態でいられる秘訣なんだと感じます。
キリストも日本的に言えばかぶき者とも言えるのでしょうね。
そういう自分の源流、源泉を感じとることが軸となっていくんでしょうね。
自身に少しでも疑いがあれば、疑いが在るところから崩れていくんでしょうから。
15:10 虚空
それこそ「原罪」をどうつかまえるかという問題ですね。
キリスト教の宗派によってもこのあたりの見解は全く違いますからね・・・・。
自分は幼稚園の創始者として有名なドイツの教育学者であるフレーベルの立場のキリスト教が一番しっくりときています。
日本古来の発想との相性がいいんで。
相性っていうのも言葉をかえれば「共鳴」の度合いですよね
15:32 コバルト
そしてその共鳴をどこで受け取っているかですよね。
そこが原罪に結びついていて、なおかつウニヒピリ、自尊心というところで重要になってくるんじゃないかと感じます。
16:24 虚空
潜在意識のレベルでかんがえた時に、「人間は生まれながらに罪深き存在」とするキリスト教の立場をとるのか、「神のつくられたものに本来悪いものはあるわけない」というキリスト教の立場をとるのかで、「真の自己」とのつかまえかたもね・・・。
真の自尊心は現代人のようなせせこましいプライド・・・必死になって守る価値があるのかはなはだ疑問に感じるようなちっぽけなもの・・・なのかどうかという問題もあります。
必死に個人が守ろうとしなくても、真に神に直結している感覚に目覚めていけばいいだけの話なんでしょうね。
「自尊心」って文字から考えれば「自分を尊重する心」とかになるんでしょうけど、そう思える根拠は「自分勝手してもいいじゃないか」というレベルの幼いガキのような「自分」ではないと思いますから。
*2019.03.05 火曜日
00:44 諷虹
ざっと読んだ雑感ですが、HOの話、そしてちょくちょく出ていたキリスト教の話で連想したのは”懺悔”がそれに近いのかなと思いました
少し調べてみたところ、懺悔は洗礼(キリスト教に入信)した後に犯した罪を告白して悔い改めることと出ていましたが、これはHOで言うところの生まれてから経験し蓄積した記憶のクリーニングと本質的に似ているのではないかなーと思いました。
日本神話で言うところの”禊”なんかもそれに近いのかもしれませんね
一度罪や穢れを取り込んで、それを払うことで新たなスタートを切る・・・ある種の守破離(悪いことをして、それを祓って自立する)のような感じでしょうか?
 それからウニヒピリの話は今回ブログにアップされたやりとりにも出てきた、ガンダムUCの中の「人間だけが神を持つ。今を超える力、可能性という内なる神を」に通じそうな気がします。
「ガンダムUC」というのは「亡国のイージス」や「戦国自衛隊」を書いた福井晴敏さんが書いた作品で、私は原作の小説は読んでおらず、映画の方を1周+名シーンを何度か程度でまだこの作品についてあれやこれやと言える知識を持ち合わせていませんが、この作中での「可能性」というキーワードがかなり引っかかっています
https://dic.nicovideo.jp/a/%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E3%81%AE%E7%8D%A3
ガンダム等の知識がないと厳しいかもしれませんが、元ネタや作品の根幹の部分が簡単にまとめられている記事です
ここでの色んなやりとりと通じそうな事が散りばめられている気がしましたので貼っておきます(「余白」とかはさっき発見しました)
09:19 虚空
確かにガンダムの核心を理解するのはコンパクトな形では難しいでしょうね。自分もガンダムにはほとんど疎いし。
でもユニコーンに関する文章など、このところの「このはな綺譚」での「現実とはなんだろう」というのとも密接な内容で非常に刺激的でした。
「ガンダム」というくくりにこだわらずに、何か接点を見出すという構えって大事だと思います。
またここでもたびたび話題になっているように「素人」という立場の重要性もです。
09:30 コバルト
余白=空想であって、空想特撮シリーズのウルトラマンだって余白があったからこそ生まれたわけだし。
09:32 虚空
この「余白」というのは諷虹君もずっとこだわっていたキーワードですよね。
10:29 諷虹
九十九神や八百万の神、最近では妖怪ウォッチなどもこれに当てはまりそうですかね。そう考えると日本人と相性がいいのかもしれません
観測できる現象があって、そこの原因の部分が空白で「余白」があるからこそ、そこに妖怪や神という可能性を見いだした
QBにとって、「円環の理」という観測できない余白があったからこそ、叛逆の物語が生まれた…という風にも考えられそうですかね
12:08 虚空
他のみなさんには分からない話題で恐縮ですが・・・この書き込みを読んで、諷虹君と二人で墨絵を描いたときの恥ずかしい思い出を思い起こしました。余白への意識の違いがあの頃からあったな・・・なんて。
19:18 ソルティ
 こんにちは~ 
ウニヒピリの言葉がかいてあったので ちょっと補足・訂正をさせてください。 
= HO.の話 = 
*ホ.オポノポノ は 過ちを正していく という意味。
*目的は平和を達成するということ、まずは自分から。悔い改め変換していく。
*自分は何者であるのか? なぜここにいるのか? 問題は何でどうやって解決していくのか?
⇒ 始めには何もなかった。空(くう)から私が現れた。神聖なる叡智が私たちを作り出した。
虚空「 潜在意識のレベルでかんがえた時に、「人間は生まれながらに罪深き存在」とするキリスト教の立場をとるのか、「神のつくられたものに本来悪いものはあるわけない」というキリスト教の立場をとるのかで、「真の自己」とのつかまえかたもね・・・。」
 ⇒ HO,は 後者の立場をとるのだと理解しています。様々な出来事、病気、人間関係、状況 などにおいて 自身がセルフクリーニングを続けて行き、自らに光が通るようにする作業をする。すると インスピレーションが降りてくる。ということのようです。
ウニヒピリ 
⇒ 諷虹さんの 「少し調べてみたところ、懺悔は洗礼(キリスト教に入信)した後に犯した罪を告白して悔い改めることと出ていましたが、これはHOで言うところの生まれてから経験し蓄積した記憶のクリーニングと本質的に似ているのではないかなーと思いました。」 
⇒ 生まれてから経験し、蓄積した記憶 とありますが、もっと広範囲な感じだと思います。何代も前に(例えば江戸時代)に生まれた ワタクシのもう一人の人格(佐藤愛子さんの アイヌの女酋長みたいな感じかな?)その生も今生でクリーニングをしていくっていう感じだと思います。
何となくですが、霊格を一段一段あげていく地道な作業を( クリーニングは親族一同さまの様々な人格まで及んでいく )続けて行く感じなのだろうと想像しています。
19:30虚空
細田守監督の意識の中にもそういったものがあるかもしれないですね・・・「サマーウォーズ」にしても「おおかみこどもの雨と雪」にしても「未来のミライ」にしても・・・継承していくという縦糸意識の中でのそれぞれの魂の向上・・・
19:34 ソルティ
そういう何となく 触れてはいけない ハードな世界を切り開いて行ったので、HO,を初代の方から受け継いだ ヒューレン博士という人は、殺人などの重い罪を犯した精神障害の収容施設の患者たちを診察することなく解放していけたのだという事だと思う。
内容が重くてすみません。
19:35 虚空
上原先生の「心意伝承の研究」だってかなり重いので大丈夫ですよ。
19:36 ソルティ
そうなんだ~ 読んだことないから知らなかった。わかりやすく解説していただけるとありがたいです。
19:42 虚空
「殺しと血の心意伝承  血饗の哀亡」なんていう章もありますからね。
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☆ハワイの知恵「ホ・オポノポノ」からのラインやりとり②  「成仏」「前世」

過去の記憶をひきずってしまうのは、この世の人間も、他界していながらこの世に未練を残していて次のステップにいけない方々も同じこと。
そんな除霊のような話題から、人間感情に関する考察・・・はたまた「前世」について等々、非現実世界のやりとりが続きました。
祝詞との関連も出てきます。
19:37 ソルティ
全責任は自分が背負わなくてはならない。ということ・・・まずは自分の頭のはえを追うしかないわね。と思う。
昔、霊媒体質の私に 母方の浮かばれていない祖母が乗っかってみたことがあって、それを浄化させるのに えらいしんどい思いをしたので、そこから先は ごめんこうむります。と知らんぷりをしていたのだけれど、(やればやるほど未成仏霊がやってくる印象)いずれにしても、占い的には そういうお役どころなので、しゃあないな。とちょっと決心したような部分もある。
20:05 虚空
あるスピリチュアル系の書物・・・なんだったかはよく覚えていないんですが・・・で、魂の浄化のようなことをしてくれるということがあちらの世界での口コミで広まって、そういった浮かばれない方々が寄ってくることがある、というのを読んだことがあります。

真偽のほどは分かりませんが、家庭教師をしていた頃、沖縄に修学旅行に行った高校生たちの直後の授業で「一緒に来たな」と感じる事が少なからずありましたから、案外そういったことはあるのかもしれませんね。
自分などは本当に内から輝いているというのには到底及ばない・・・むしろ負の波動と共鳴しやすい精神状態になっているという自覚はあるので、昔から沖縄や京都の念仏寺などには興味はあっても、行くとまずいことが起こりそうだと思って行かないでいます。(もっとも旅費などないので行きたくてもいけないのですが・・・でも仮に旅費が確保できたとしても行かない方が賢明なんでしょうね。浮かばれない方々を少しでも浄化するお手伝いができたらとは思いますが・・・自分ですら出来ていないんだから)
20:12 ソルティ
浮かばれない方を少しでも。。。なんていうことは まず考えていないな~。(自分のことは自分でやってくれ~!)って思う。取りつかれやすいのは、自分が肉体的にも精神的にも弱っているからなのよね。だからこそ何とか あの手この手で強くなりたいと思っているけど。
*2019.03.04 月曜日
12:17 ソルティ
虚空さんの「それがあるからよけいに自分は日本人古来の発想にいってしまいます。そういった負の感情を持った自分、本当の自分ではないと思ってしまうような自分さえも「大切な自分」として受け入れる・・・そこから浄化への道が始まる、という点で。」
で、ホ・オポノポノは こちらの考え方だと思います。
12:34コバルト
 自分がホ・オポノポノで刺激を受けたのは感情を回す事だったんですね。
喜怒哀楽の回転ですね。
そうやって循環を起こすことによって純粋になれんじゃないかと感じてます。
感情の回転と循環にしても結局は祝詞にあるような

「きわめてきたなきもたまりなければきたなきとはあらじ」

なんですよね。
13:10 虚空
人間基準で「ダメ」「不要」「マイナス」というのは時には神々基準での真逆のことさえある・・・
人間の心の世界を「複素平面」という虚数を含む世界に例えたことがありますが、数学的な意味は別として「虚数にはこの世の数(実数)のような「正の数・負の数」とか「数の大小」という概念はないんだそうで・・・これがとっても大事なような気がしています。
「生きる事」=「生命活動」=「生命の発露」なんて考えても「循環・回転・錯綜・・・・・」等々を起こしていることがそのもの。
だから「きわめてきたなきも・・・」ということや、内なる子をありのままに受け入れた上でしっかりと向かい合って生きていく、ということになるんでしょうかね・・・
昨日紹介したダンデリオンツイッターの内容も、「世間的な権威とか常識にとらわれる」というのは、この内なる子を大切にしない事そのものと言い換えられるかも・・・と思うのですが、如何でしょうね?
13:12 ソルティ
 喜怒哀楽 ⇒ 例えば、「怒」 の感情って 周りからの圧力の影響で自身が押さえつけて(ブロック)しまっていたものを どこかの段階では解放していかなくてはいけないのだと思う。だから小さいころに 喧嘩をたっぷりしておくことは大事な事だろうと思う。 
喜怒哀楽の感情を回す・循環させるという表現をどのように解釈すればいいのか?、ということになるけれど、
 ⇒ とにかく 例えば 怒り という感情を抑え込むと 他の三つの””喜哀楽”の感情も 抑え込んでいるレベルにしか 発揮できない。みたいなことを以前お習いした。 だから そういう人には、大人になってからも 怒りの気を発するということを許可してやらせるみたいなことをやった。
そうすると、他の感情も、それに影響をうけてどんどん解放されて行って 豊かな感性になっていくみたい。
(HO)自分の中に住まっている もう一人の自分(例えば むちゃきれるやつ、いるね私の中に・・・。)を認め、愛し、癒し、可愛がり、慈しみ、尊敬してあげることがまずは必要なのかな?と思う。色々な人格を有している ウニヒピリ を まずは愛するところから始めると良いのだろうと思っています。
13:50 虚空
まだアップはしてませんが、金曜日の夜、諷虹君とのやりとりの中で「インディアン」の話も飛び出していました。
以前フラダンスの昆布のことでも出ましたが、いわゆる「先住民族」とされる方がとは根底でのつながりが強いように感じています。(白人系ではない点から、日本人とルーツが同じという説もあるようですし)
14:33 ソルティ
 佐藤愛子さんの「 遺言 」には アイヌの方たちのお話しが出てきました。

昔アイヌの方たちに対して、あとからやってきた人や?藩は ずい分とひどいことをしたみたいです。だけどその人たちはとってもピュアでした。自然の中で大切に食べ物をいただき、仲間とわけあって暮らしていました。しかし、時代が移り変わり、アイヌの人たちの中で理不尽な占領に対して蜂起する人たちが現れました。残念ながら闘いに破れ、、恨みをいだいたまま亡くなったアイヌの人たちの魂は地縛霊(や浮遊霊)みたいになって荒れ狂いました。そして今生で(根性で)それを浄化していく役割を担ったのが佐藤さんでした。佐藤さんと多くの霊能者たちは、何重にもなって巨大化しているその霊たち( 野狐も含む))と闘い、20年近くかかってやっと全部の魂をあげて行き、ポルタ―ガイスト的な騒ぎも鎮静化しました。霊能者の方によれば、佐藤さんご自身も アイヌの女性指導者だった時代があったらしいです。 つまり 人は 色々な人格を長い歴史の中で経験しているという事なのだと思います。だから、あなたはわたし、わたしはあなた ワンネスということだってありそうだと思います。そしてこれは 恐らく エンドレスに続く 魂の旅ということになると思います。

長いな~。
14:39 虚空
以前お話したと思いますが、自分の中に自然に湧き上がってくる感覚を素直に考えると、自分は前世などで霊の浄化ではなくて、無縁仏などを埋葬するようなことを村はずれか何かの寺にすみついて独り暮らしをしていた乞食坊主・・・なんていう気がしています。
村の万事屋さんのような感じで、それ以外にも村の子ども達の相手をしたり、時には権力者に歯向かったり・・・。
もしかすると八百比丘尼のようにそのようなことをしていた尼さんだったかも・・・
そんな人生を何度も繰り返してんじゃないかな????・・・で、時に権力者から目の敵にされて火刑になったこともあったりして・・・
14:41 ソルティ
自分が そう感じることって 実際にありかもです。私の場合、隠れキリシタンだったんじゃないのか?みたいなことを思うな。
実は キリストの磔刑の絵画が怖くて
14:44 虚空
アイヌにしても沖縄にしてもね・・・・自分はごく幼い頃から沖縄に対しての不思議な思いもありました。
たぶんゆめゆり部隊を描いたものだと思うのですが、幼児の頃にそんなテレビドラマを毎週欠かさず観ていた記憶がかすかにあります。
それだけに、沖縄に修学旅行にいった高校生が感応してつれてきてしまうのではないか、とか。
だから逆に私自身沖縄への想いはあっても、行くとどうなるか分からないという懸念があります。
*ちなみに成人してからだと沖縄に重みをおいたNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」にはまったし・・・最近だとアニメ「のんのんびより」劇場版の沖縄旅行編に心を強くひかれた・・・・・教師をしていた頃に教え子たちにふるまっていたのも「豚の角煮」だったし・・・。
キリストの磔刑への特別な感覚と似ているかもしれません、自分の火に対する感覚は。ただ、コワイというよりももっと複雑です、恐れ・畏れ(畏敬・神秘)とかが極端に同居しています。
あと以前オーラの泉で江原さんがあるゲストに対して「よく咳き込むというのは、前世で火刑になったときの魂の記憶」という話をしていたのを妙に納得しながら聞いていた自分がいます。咳の出やすいのは幼い頃からずっとなんで・・・
14:54 ソルティ
当方も 小さいころから喘息もちみたいな感じだな。「龍角散のむ。」が口癖だった。只今も喘息もち。 
蒸し返してしまうけど、HOの目指すところは「平和」。まずは自分の中の平和を目指します。考えてみるとね、移動している場所に共通点があるんだわ。岩国の近く。中高広島。座間の近く。横須賀の近く。
平和が きっと私の課題だなと思う。

☆ハワイの知恵「ホ・オポノポノ」からのラインやりとり①

コバルトブルー君が話題として紹介してくれた「ホ・オポノポノ(HO)」サイト https://jikkennosho.com/hooponopono-shinzui を中核として様々なやりとりがラインで行われました。
ネイティブハワイアンの伝統的な「問題解決」法ということなのですが、公式サイトはここのようです。 http://hooponopono-asia.org/www/jp/about_sith/index.html
あまりに膨大で細かいやりとりになっているため、専門的な内容については省略しています。関心のある方は上記以外にも様々なサイトがネット検索すると出てくるので調べてみてください。
それぞれのメンバーもいろいろなサイトからの情報を取り入れて発言していますが、出典となっているサイトがはっきりしないことも多いので、多くは明記していません。また駿煌会の慣例として自分達の関心のある分野と関連ずけての考察がどんどん出てきます。
もともとのハワイの考え方とはずれている部分も多々あると思いますので、その点もご了解の上、お読みください。

*2019.03.02 土曜日
11:20 コバルト
ホ・オポノポノの神髄。なぜ効果があるのか?  https://jikkennosho.com/hooponopono-shinzui
11:26 虚空
読んでみました。実際に実行するとなると意識が激しく抵抗します(苦笑)
11:31 コバルト
感情と思考のニュートラル状態(何処でも対応ができる状態)にする。
ホ・オポノポノって初めて知りましたが、なんとなく意味が分かる気がするのは気のせいではない気がします。
感情の喜怒哀楽を回転、循環(卍)(神社のマーク?)(仮面ライダーのベルト?)にして掻き混ぜて光のカオス構造(仮面ライダーブラックのベルト?光輝いている)にすることによってニュートラルな状態になれるんでしょうか。
それもなるべく感情のベクトルはある程度の長さは必要なのかも。
11:36 虚空
どんなに相手のせいだということも「すべて自分の」というとらえ方はこれまでも様々なスピリチュアルの考え方でふれてきましたが、やっぱり自分ではどうしても受け入れがたい部分です。
無理して受け入れようとしたこともありますが、そうすると「心の底からそうなれな自分」に対して自己嫌悪・事項否定にかられてしまったりね・・・
それがあるからよけいに自分は日本人古来の発想にいってしまいます。
そういった負の感情を持った自分、本当の自分ではないと思ってしまうような自分さえも「大切な自分」として受け入れる・・・そこから浄化への道が始まる、という点で。
(この考え方のベースってキリスト教なのかな?????)
12:02 コバルト 
歴代仮面ライダー変身シーンまとめ https://youtu.be/VHr9lX-X-Pw
きっと回転、循環が変身であって生まれ変わりなんでしょうね。
16:01 虚空
さすがに変身ポーズのなかった旧1号のシーンはなかったですね。
あと撮影スケジュールの関係でNGを撮り直ししないで放送した2号初登場の変身シーンも(笑)
ホ・オポノポノに 戻るけど、あそこまで徹底的にすべてを自分のせい、と考えると、「自分一人が頑張っても相手が変わらない限り(いなくない限り)変化などはおきるわけがない」ということはなくなるわけだよね。
「世界定め」のすべての決定権は「自分がにぎっているんだ」という発想なんだと理屈でいえばわかるんだけどね。
でもだからといってやっぱりあんな連中も自分のせいだと思うのは意志が頑なに拒絶します。
*2019.03.03 日曜日
00:11 コバルト 
4つの言葉で悩みが消える!
ハワイの癒しホ・オポノポノとは?
10:01 虚空
言葉としては確かに簡単なんですけどね(苦笑)
11:00 コバルト
 彷徨う刃をもってしまえば、結果的に他を傷つけてしまうか、堪えてしまえば刃を自分に向けるしかなくなり自分自身を傷つける事になってしまうんですよね。
またそういう時に純粋に(他からは歪んで見えるような行動)移って行けるのが人間なんですよね。
ただその純粋でいられるというのが浄化になるんだろうとは感じますけど。
純粋でいられるっていうことは、与えられた刺激に対して善悪を越えて素直に反応できるということです。
もののけ姫のアシタカのように。
そこまでいってしまえば馬鹿を通り越して大馬鹿者(尊敬に価する)となってしまえることなんですね。
11:01 虚空
なかなかそういう大馬鹿になれないものですね・・・だからこその「偉大な馬鹿」ということなのでしょうけどね
11:20 コバルト
馬鹿者=自由には代償がありますからね、それらを理解した上でやれるかですかね。
自分の常識内でいってしまうと、どうしてもブレーキがかかってしまう訳だし。
やはり難しいと思います。
そういえばエヴァ破でも最終的にはもののけ姫(首をお返しするシーン)みたいなラストシーン(大馬鹿者)でしたね。
12:10 虚空
ゆうべの諷虹君とのやりとりが、この記事と関連深かったので、こちらを先にブログにアップしました。

☆老子「三宝」 エヴァQ談義を中心として ⑨ さらなるラインでのやりとり

ここ2日間のやりとりをふまえて身近な感覚と結び付けてのやりとりです。エヴァの話から始まって、「言葉の獲得」「英語の学習」などのことにも話が及んでいますが、究極的には「世界定めの主体としての自分」ということにどう気が付いていき、どう生きていくのかという問題になっていく・・・そんなやりとりです。
2019.02.24 日曜日
03:00 コバルト 
今やっとQまでを見終わりました。今日はもう寝ます。
03:01 虚空
ご苦労様です。こちらはまだ諷虹宅に3人ともいます
03:06 コバルト
ご苦労様です。今回は参加出来ずスミマセン。
後ほど感想を書きます。
03:06虚空
とにかく今はおやすみなさいませ!
15:24 ヒマワリ
 言葉ってどうやって覚えてきたんだっけな??
「イメージ」を「言葉」にしてくのとか、捕まえるなんて、どうやって覚えてきたんだかな?。
今4歳の姪っ子とピアノ弾いてきたとこなんだが、手は小さいし鍵盤の場所もまだ曖昧だしさ当然。
そんな状況見て、私はピアノもどうやって覚えてきたんだろうか…と。
ヤマハ入ってたし、ピアノの先生に教わったんだろうけども。
身体が覚えてるってゆう感覚でね、いつの間にかってゆう。
言葉を覚えてきたときに「乗っけてあげる」ってゆうとこも、昨日のモーパイのフォローってゆう感じだなぁ
15:46 コバルト
きっと響き合い(共鳴、共振)だよね!
それが起こってから言葉という定義が成り立っていくんじゃないかな?
15:50 虚空
随分前ですが、上原先生が中学年以降の子供には大きく分けて二つのタイプがあるようだ、と。・・・「気前 言後」型 と 「言前 気後」型。
イメージや感情に無意識に引っ張られて言葉が湧いて出てきて口に出てくるタイプと、適切な言葉などを場に応じて考えながら言葉を出してくるタイプ。
もちろん同じ人間でも同居しているわけですが・・・。
どういう言い方をすれば狙い通りのことになるか・・・おだてでも言い訳でも、そういったことを考えながらなら後者です。
一般に中学年くらいまでは前者。4年生くらいを境に後者に移行していくんですが、高学年や大人になっても移行しない場合もあるわけです。感情的にばかりなる人はそうですね。
このオンとオフが自由自在にできるのも英才児の特徴かもしれません。
小学校3年生くらいまでは躾などの言葉遣いは最低限にとどめて、あとは言葉に先立つイメージ運動や、感性が働くような豊かな経験をさせる・・・そういった体感などをどんどん蓄積。もちろんナマの対人関係も含めて。
その蓄積が十分にあれば、言葉は勝手にくっついていくと思います。
幼い頃から大人の顔色ばかり気にするようになると、厳格な母親の顔色ばかりみて育った虚空のようになってしまうと思いますね。
15:55 コバルト
学校の英語の授業を受けてた時って、感情と噛み合わないやりとりで教科書での勝手なシチュエーションでやっていたじゃん。
あれが余計に学ぶ側としても戸惑ってしまうよね。
16:00 ヒマワリ
おもしろいね?ほんとおもろい。
社会人になってのコミュニケーション能力ってゆうところの根源を感じる。
16:02 虚空
家庭教師で中学生などに英語を教えるようになった時にまず感じたのは、言葉を無意識にポンポンと出すタイプの子が苦しむ場合が多いということでしたね。日本語がすべてであり、その構造が言葉であると信じて疑わないわけですから。
だから並んでいる単語を正しい語順に直しなさい なんていう問題でも日本語の順番にどうしてもならべてしまう。
そもそも今般的な発想が違うんだということを、もっと丁寧に時間をかけて切り替えてあげなければならないのにね。
さっき書いたようなオン・オフが自由にできるようになっていれば案外スッと英語も受け入れるんだけど、注意しなければならないのは、日本語の感覚が貧弱だったり、形式的にか言葉を使わないような表面的な教育などで躾られてしまっているから、日本語の感覚が邪魔をすることなく、受けいられれる子。
英語の上達は早いけど、それでは豊かな人間(日本人)としてはどうなのかなと思います。
社会人になっても、「無意識でポンポン出てくるのが言葉なのだ」という意識ばかりの人は、自分の発想と違う考えと出会った時に拒絶してしまうことが多いかな・・・添加できない。
生きたコミュニケーションの体験が少ない場合もそうかな。(情報端末などを間に入れるのは生きた体験とはちょっといえない)

顔色とか言葉の響きとか・・・言葉にしていない言葉、あるいは本人も気が付いていない無意識の表出っていうのは、やっぱり直接会ってのやりとりの中でしたキャッチできないものが多いから。
エヴァに出てくる多くのキャラは基本的にナマのコミュニケーション体験不足というか、苦手にしてきた人たちが多いですよね。
(補足 そういったナマの体験が不足していると、当然のことながら老子のいう三宝の意識は芽生えてこないと思います。)
16:13ヒマワリ
そいや中1で英語始まったときは先生のおかげでその壁は感じずに受け入れたなー。
Goodが"おは"で、morningが"よう"じゃないからなって(笑)
ピボットのあの感覚と、教科書暗記のおかげで、成績まずまずよかったし、英語は好きだったな?懐かしい。
たしかに勝手なシチュエーション(笑)
国語も数学も理科も社会も英語も全て勝手なシチュエーションとして受け入れて育ってきたのだね(moon amused)
学校そのものの存在が勝手だわなそう考えると(moon amused)
受け入れるだのなんだのガンガン反発してた私が言える言葉ではないが(笑)
16:55 虚空
「ガンガンと反発」に含めて、嫌いと苦手とか「どう納得いかないな」等々の学ぼうとすることや出合った相手に対して「ある種の抵抗感」を抱いてしまうの、って、もしもそれを乗り越えて受け入れることが出来た場合には、全く無自覚に受け入れてしまうよりもいい場合もあります。
より深い部分で取り込める・・・「やっと納得できた」・・・という感覚が伴うから。
青春ドラマなどにあるような「タイマン」を乗り越えて芽生えた友情っていうのが、普通に出会って普通に仲良くなったというよりも深い結びつきになりやすいっていうのもそんな感じ。
それがいっぱい出てくるアニメの一つが「なのはシリーズ」ですね・・・
勉強だって、「ただ覚えればいいんでしょ」と大人の言う通りに素直に従った子が、案外薄っぺらで終わってしまうというのもね。
やっぱり「適度なつまづき」は人生にはあったほうがいいかもね。
それが全くないのが素晴らしい人生、だとか、全くすまづかせないで先手先手をとるのが素晴らしい教育・・・なんていうのは「悪魔のささやき」かもね(笑)
18:29 コバルト
主体性のあるつまずきなら納得と成長はできますが、人の命令にそのまま従って自分が失敗すれば納得と成長は心から生まれてこないんですね。
だからみんな少なからずとも碇シンジになってしまうんですね。
全体像を認識不足のせいでどれほどヤバい状況にあってもその認識を自分から外してしまう。
そして最終的にはこうなるはずじゃなかったとなってしまう。
葛城ミサトは実体験者、事の惨状が心に深く刻まれている。そして0に近い確率だったとしても、それを力で変えればいいんでしょ?
と言って行動に移してしまえる。
またあまり深く考える事のない(必要ない)学校教育と赤城りつ子(バリバリの学者)の方針が似ていると思いますね。
「目標をセンターに入れてスイッチ」の繰り返しみたいな。確率だけで決めつけてしまう。
やはりプロになっていく世界になってくると、試合や実践を通して何が自分に足りないかを気づいて、それを埋めるために練習や努力を自ずとやるのだと思います。
20:48 虚空
近々ゆうべの記録もアップしようと思っていますが、シンジの経緯は同情すべき点が多々あるにせよ、最後の最後は「誰のための行為?」あるいは「自分の決断への責任」の問題になってくるという気がしています。
特にアスカやマリの精神的変化と比べた場合。
(シンジにしてみれば 比べられても困る というところでしょうが)
*2019.02.25 月曜日
00:11 コバルト
エヴァンゲリオンQまで観た今感じている感想なんですが、人間が一番恐れる事って、貧困や病気などではなく、誰からも相手にされない(愛されない)事じゃないかなと感じました。
愛というものを知ってしまったシンジが愛を失って愛に飢えて、愛を渇望してしまう映画だと感じました。
愛は暴力(破壊衝動)の源なんですね。
それを踏まえるとやっぱり薔薇は赤(アスカの2号機も赤)に限るんですね。
ターミネーター2のショットガンを隠してた黒い箱から大量の真っ赤な薔薇が一緒に入っていたのも、そういう意識が入っていたのかも?
09:05 コバルト
全ての使徒にしたって、人間を滅ぼす事が目的になっていないはず、結果的にそうなるってだけで、目的はただ一つだけで、共鳴、共振に接触する事なんですね。
赤ん坊が母親を求めていることと一緒なんですね。
10:24 虚空
制作者たちがどこまで深く考えて設定を決めたのかどうかは別にして(むしろ深く思考はしていなくても、無意識がそうさせたという方が心意伝承的には意味のあることが多いので)・・・やはりあの敵を「使徒」と呼んでいる点。
さらにエヴァとかアダムとか、そういった創世記での言葉があちこちに出てくること。
人間基準の「善悪」「敵味方」等々を超越して考えていかないと、とは思います
12:46 コバルト
シンジが人間社会的罪(他人が決めつけた罪)のチョーカーで、それを受け取ったカヲル君はシンジ君を幸せに出来なかった時に自分を罰(自分が自分自身を裁く為)する為のチョーカーになったんですね。
質が全く違うんですね。
あえて言うなら、罪と咎の違いになるんですかね。
12:49 虚空
そのあたりのことが次に描かれるのかどうなのかは分かりませんが・・・
22日の時点ではネタバレになりそうだったから言葉をにごしていた分、23日のやりとりは結構はっきりとやりとりしました。
その記録までも本日アップの予定だったのですが、今作業しているラインやりとりだけで滅茶苦茶な量になるので、金・土の記録は明後日あたりにしようかと思っています。
14:47虚空
とりあえず先週前半にあったラインやりとりなどはブログにアップしました。例のごとくツイッターで紹介している概略を読んでからブログにとんだ方が分かりやすいと思います。
(もっとも目を通すのはこれまで以上に大変かな???)
今日は夕方から家庭教師なのでここでパソコンをとじてじっくりと休憩します

☆共振・共鳴からみた「語彙」の意義③  再び「コンステレーション」という発想

22:08 諷虹
今バイトが終わって駐車場でざーっと流し読みした感想ですが
「座標」「立ち位置」等がダンデリオンさんの「コンステレーション」のあの話で結び付くのかなーって思いました
22:08 ヒマワリ
こんすてれーしょん!? なに?いつの話それ?
22:10 コバルト
定義からのやつだよ!
22:21 ヒマワリ
ほ?ん、バタフライエフェクトな感じだね
22:24 コバルト
https://youtu.be/o16BE938QC8
22:24 虚空
前にやりとりしたブログ記事です
http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/201/
::::::::::::::::::::
20:26 ヒマワリ
ダンデリオンさん記事読みました!
(最近この「ダンデリオン」とゆう単語を言いたいだけでわざわざ打つところありますw
耳心地が良いとゆうか口が言いたくなる言葉なのかw)
たしかにバタフライエフェクトの根底にあるものですね。
:::::::::::::::::::::::::
という言葉も残っています
22:25 ヒマワリ
笑  おんなじこと言うてて忘れとるwww
22:28 虚空
それだけ駿煌会でのやりとりは既成の知識でしゃべっているのではないということなのかも。
内側からポッと出てきている言葉とか、あちらの世界からの信号を感じ取っての発言なんでしょうね。(私もそうですよ。ブログ更新の作業で こんなこと言ってたんだ なんてね。まだ数時間しかたっていなくても。ましてや過去に書いた文を読み返すとね)
やっぱり早く過去のブログとかを整理した一覧とか目録のようなものをホームページの方に作らないとですね・・・。
自分達が振り返って、さらに交通整理を進め、それを足掛かりに前進するためにもね
22:30 ヒマワリ
バスケ覚えたての桜木花道状態とゆう言い訳。
別に花道、バスケ忘れてないけど。笑
これでもうコンステレーションは忘れないな。
循環したから(笑)
らせんらせ?ん
22:32 諷虹
ばらばらに思える一つ一つの要素を「座標」に配置して、自分の「立ち位置」との「コンステレーション」を俯瞰視点で捉え、交通整理することによって何かを発見できる。
そしてその発見によって得た小さな気づきが「バタフライ効果」でどんどん大きく、増幅し「振幅」となる。
その振幅が重なり合って「混沌」が生まれ、また新たな要素が見つかる・・・という「循環」が起きる
こんな感じでしょうか?
22:35 虚空
バイト終了直後にザっとこんな長いやりとりを、これだけ短時間に整理してくれて・・・まさに交通整理をしていただけた感覚です。
人間って夢中になったり、一心不乱で自分という意識がなくなって「器化」すればするほど、超越的な世界から言葉が飛び込んできて内面と共鳴しあっての発言になるのかもね・・・
極端に言えば神のお告げを伝える巫女さんとかの状態・・・神が離れると自分が何を言ったか覚えていない・・・そんな状態に駿煌会メンバーが近づいていたりして(笑)
22:35 ヒマワリ
ほぉぉぉぉ?、すごいわ?。
22:43 諷虹
「定義付け」も絡めると、ふわふわとしている状態の物に名前を付けて「定義」すること(器化・型・集合)と、座標に配置することは似ているような気がします
きちっとした線引き、境界を作ることで「これもそう、あれもそう、でもこれはちょっと違う」といった交通整理がしやすくなる。抽象・具象・論理的な操作・・・等やはりここでも数学が大きな武器になるのかもしれませんね
22:48 虚空
ゆうべの「運」の書物であったような(コバルト邸でのやりとり最中に紹介されていた本のこと)「運命決定論を超越するような運命論」で「感覚」が強調されていたのも・・・そうした神々を憑依させる巫女状態ということに絡んでくるのかもしれません。筆者はそういう風には考えていないかもしれませんが。
「自分」っていう意識を捨てるということも何度もここで話題になっていますが、これまでの人生で出来上がってきた「今の自分」がもうこれからは変わらない固定化されたものだとして、器化ではなくて固体化させてしまったら、何も新たなものとかは流れ込んでこないですよね。(外部からくるのではなく無意識世界から湧き上がってくるにしても)
と、書いたところで諷虹君の書き込みが飛び込んできたのですが、ふわふわしているままだと実態がつかめないから、とにかく何らかの足掛かりというか何らかの位置につける。
でもそれは完成されたものでも、もうそれで完全に固定化されたものでもない。ましてや自分や周囲を縛るものでもない。
まさに「位置について~ヨーイ♪」という うまぴょい伝説 のノリで先に突き進むための定義づけ
22:49 虚空
うまぴょい伝説 あのウマ娘最終回のEDに流れたものです。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm31496320
22:51 諷虹
今、「守破離」の記事を読みましたがまさにこれ!って感じのしっくり感ですね
ふわふわ状態を言葉にする・定義することで「型」が生まれる
型ができるから型を破れる。逆に言えばふわふわ状態では「破」が起きないってことなのかなって思います
22:53 虚空
うまぴょい伝説、何だかんだと歌詞が入り乱れていますが、到達地点は「虹のかなた」なんですよね。
歌詞の中身が聞き取れなくても、この歌の持つノリの勢い・・・アンツィオ高校のウマ娘版であるかのような。
きちんと「型」が会得できるからこそ、それをしっかりとした足場としてビシッとダッシュできる、そんなイメージがこの歌を聴いていると歌詞の意味からではなく、雰囲気で伝わってくるように自分には感じられます。
23:04 諷虹
ウマ娘で言うとエルコンドルパサーやグラスワンダーのように背後でぴったりくっついて、自分と相手とゴールのコンステレーションからダッシュのタイミング・旬な瞬間を見極める・・・って感じでしょうか
ここでの相手っていうのは有力な馬、ノリに乗っている馬です。それにぴったりくっつくことでその馬と共鳴し力が発揮されるのではないかなと。テイエムオペラオーが「マークする相手間違えた~」っていうシーンもスペシャルウィークの不調に共鳴してしまった・・・なんて見方もできるのではないでしょうか
23:11 虚空
まさにそうなのかもしれませんね。
フト思い出したのが桜木花道です。県内トップクラスが相手の時には超越的な力を発揮でいていたのが、海南大戦で宮益をぶつけられてそれこそフワフワというか骨抜きにされてしまったあの場面
23:15 ヒマワリ
共鳴って類は友を呼ぶっつーとこにも関わってるんだろうなー。
引き寄せの法則ってゆーやつ?
23:24 虚空
それは当然あるでしょうね。良くも悪くも。
もっとも見方によっては悪いことを引き寄せることも、それは自業自得ということではなくて、真の世界に自ら目覚めるために、自らの無意識がひきよせているんだ、という解釈もあるようです。
また別の見方では・・・丹波哲郎さんがかつて盛んにいっていたことですが・・・一般的な善悪とは違って個々人にとって波長が合う世界を自ら選んでいるんだと。それは好きなチャンネルにあわせて、他人がどうこう言おうと好きな番組をみているのと同じように。
人間からすれば汚い糞であってもそれを食べ物としている生き物にとってはご馳走に囲まれているのとも同じように。
だから地獄も落とされるというよりは、天国のような清らかな光に包まれた世界はまぶしすぎて居心地が悪いから自ら避けるのだと・・・
23:25 ヒマワリ
良くも悪くも、共鳴することで、振幅が変わってくるとゆうのか。
今日1日交通整理されたラインを、また頭の中で整理。
23:26 ヒマワリ
ここまで打ったとこで先生からのライン来たが、冒頭部分が被ってしまった(moon amused)
どうしても自分にとって都合のいい人がいい人。な世界だもんね
23:47 虚空
自分にとって役に立たない人間は邪魔者・用済み・ポイ捨ての対象 というのが「上手な生き方」と本気で思っているような人間がどんどん増えているようでコワイです。
まあ嘆いてもどうにもならない部分はありますが・・・せめて自分はいつの間にかそうなっていないかのセルフチェックを怠らないようにしないとね