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☆令和を迎えてのラインやりとり 「令和の課題」

令和になってからの駿煌会ラインやりとりです。

「昭和⇒平成⇒令和」という流れの中で「受け継ぎ発展させていくもの」「負の遺産として断ち切るべき課題」というようなやりとりが中心です。

その中で松下幸之助氏の言葉も紹介しています。

また補足として虚空が別のサイトに掲載した文章も転載しています。
先のブログ記事(http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/309/)でも紹介しましたが、平成最後の日の朝に「火葬場」の夢を見た虚空・・・令和になってどのような転換が起きるのかということへの予感がいっぱいのスタートです。

2019,05,01 水曜日
00:25 虚空
夕方6時35分頃から始まった諷虹君宅での平成のしめくくりとしての家庭教師授業・・・11時35分くらいに終了し、先ほど帰宅しました。
かなりの密度の内容で・・・とても「偶然」とは言えないことも重なって・・・まさに「平成」から「令和」にふさわしい5時間でした。

これからすぐに寝て、明るくなってからブログアップしたいと思っています。
http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/310/ ~ 313

*虚空が別のサイトに書いた記事の転載
(令和元年5月1日 午前0時半頃)
令和元年の幕開けです。私は諷虹君宅から帰宅する途中の車の中で新時代を迎えました。実はこの授業は予定されていなくて、30日の午前中に受信したメールで先週キャンセルになったのを突然だけど出来ないか、ということで急遽決まったものでした。夕方6時半頃、到着したのですが、間もなく彼のもとに宅配便が・・・。ちょうど注文していたある漫画の画集が届いたと。(私もよく知っている作品です)
その漫画のタイトルが「棺担ぎのクロ」・・・・未明に火葬場の夢をみていただけにかなりドキッとしましたね。もうこれは偶然ではなく必然、という感覚。そこからかなり密度のあるやりとりが11時35分頃まで続きました。まさに「平成」から「令和」へのバトンタッチにふさわしい、平成最後の授業でした。
ちなみに新時代最初の家庭教師の授業は今度の金曜日・・・やっぱり諷虹君宅の予定です。

09:18 虚空
先ほど地元の神社に令和の初詣しました。
普段は無人で社の扉はしめられているのですが、今朝は開けられていました。

*虚空が別のサイトに書いた記事の転載
先ほど地元の神社に行ってきました。それまでどんよりと曇っていたのですが、玄関を出て歩き始めると、ちょっと薄日がさしてきました。(すぐにまた雲が厚くかかってしまいましたが)
令和の初詣ということで。いつもは無人で社の扉も閉められているのですが、今朝は開けられていました。

今朝の情報番組などではカウントダウンのお祭り騒ぎが紹介されていましたね。これは天皇陛下が在位中に交替ということならではの祝福ムードなんでしょうね。
平成の時にはまず昭和天皇崩御のニュースが午前中にかけめぐり、午後には新元号が発表という流れ。何だかよく分からないままに午前0時を迎えてわけです。
しかも昭和天皇の容態が悪化した前年の秋以降、列島には「自粛ムード」というのがありましたから・・・。昭和天皇が崩御されてまだ丸一日もたっていない時間での元号切り替わりでは、とても今回のようなお祭りムードというわけにはいかない状態で平成を迎えたわけです。

大勢の若者達も令和コールで盛り上がっているのはいいのですが・・・インタビューに答える中には「俺が令和で一番の幸せになってやる!」と叫んでいた青年がいて・・・ちょっとため息をついてしまいました。それでも少し後に答えていた若い女性は「みんなが幸せになる時代になってほしい」というようなコメント。神様がどちらの方につくのかは明らかでしすよね。

さて、月初め恒例の万葉集占い・・・令和始めでもあるわけですが・・・巡り合った和歌は・・・

我が背子に 恋ふれば苦し 暇あらば 拾ひて行かむ 恋忘れ貝 (964番)

口語訳)あの人に恋すると苦しい 暇があったら拾っていこう 恋忘れ貝を 

ちょうどゆうべの諷虹君とのやりとりでも音的には「令和」が「零和」とか「霊和」とかの意味合いもあるのではないか、ということを話していました。

目に見える世界での成果とか比べっこなどで人間が大切なものを見失った側面もあった平成。「零からのスタート」だからこそ無限の可能性を生みだすというような事をインフレ―ション宇宙論から考えたり、見えない世界にこそ本体があるという日本古来の発想と「ダークエネルギー」「ダークマター」という宇宙論との関連についても考えました。

日本人が古来から大事にしていた「最も大切な物」「自分をささえてくれたもの」「自分を包み込んでくれていた地位や名誉のような外価値」そういうものを一切投げ捨てて、目などを洗い清めたときに新たなる三神が生まれた・・・というのが禊の場面の大事なポイント。ゆうべの話でいえば「令和」とは、みんながしがみついている情報とかネットとか成果とか、そういった物事から一度本気で解放されて「零」の状態からのスタートしなおすことが問われる時代なのかな、と。。

そういう観点からすると、この和歌も過去や現代の自分のこだわりを忘れてしまおう、という意味合いが感じられます。




12:57 コバルト
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16398094/
「働いたら負けかなと…」ニートの名言が平成の現実にぴったりに


15:01 虚空
読んでみてちょっと複雑な心境になりました。
自分が生まれた時期は高度経済成長がピークになっていった頃。
それこそ戦後復興を通り越して家電や車が世界のトップになっていく時代。
そして次には半導体産業でも・・・・
それだけの復興をするには、言葉では言い尽くされないほどの努力を戦争で生き残った社会人たちががむしゃらに働いたから。
そしてそれは彼らの生活を豊かにしたというだけではなく、その後の・・・平成でみなんなが自由というよりは自分勝手なことをあれだけやる風潮になっても・・・また働かなくても生活していけるような、社会の土台を作ってくれたともいえるわけです。

それはやはり戦争の反省もあったでしょう。
自分達の子孫には、もう絶対あんな戦争のような体験はしてほしくない・・・自分達が味わえなかったような豊かな暮らしをしてほしい・・・そんな願いで会社や世の中のために働き続けた・・・という側面もあると思います。
同じ会社のために働け、といっても平成のブラック企業とかとの大きな違いがある、というのも見逃せない点です。
多くの昭和の企業は、きちんと生活や老後も保証するというのを担保にしていた部分があります。
でも今は、単なる道具・部品としてしか社員を扱わない場合がうんと多い。
それは例えば今の私がさんざん都合よくこき使われても、体を壊してあの人物の要求通りに動けなくなったら使い捨てカイロのようにポイ捨て、という感覚と似ています。
自分だけの利害のために他人を利用するという感覚だけでこき使う今の少なからぬ企業の姿勢では、働いたら負け云々というのももっともらしく聞こえますが、本当はさらにその背後にある「はたらく」っていうことの本質を問い直さなければならないと率直に思いますね。
本当に人間にとって「はたらく」というjことがどういう意味をもっていたのか・・・それが本来の姿になればなるほど、逆に働いたら負けという発想にはなり得ないと率直に思いました。
15:26 コバルト
http://news.livedoor.com/lite/article_detail/16395011/
「何かに躓き貧困に苦しむ東京の女性 いずれは中年男性にシフト?」
これまで当たり前になっていた、与えられた選択肢(学校の進路相談、ハローワークで仕事を選ぶ)ではないんですね。
主体性のない面接者なんて会社からしても、ブレブレ過ぎてとてもじゃないけど重要な要職を与えることが出来ない、ただのそこそこ替えのきく人材部品としか使えないんですね。
極端に言うと現状にあるレールの上では蟻地獄か蜘蛛の巣しかないと思います。
重要なのは今までの自身との「関連性」をどれだけ意識してこれたかがモノを言うと思うんですね。
関連性という部分で「ちはやふる」というマンガのシーンで主人公が競技かるた部がない中学だったのですが、仕方なく陸上部の短距離走をやっていても、ヨーイドン!は競技かるたと一緒なので、例え陸上をやっていても競技かるたの世界が中心だった。と言う部分に共鳴を感じました。
やっと高校から就職活動、仕事を意識し始めるのは遅すぎるんです。関連性を見出せないまま、モヤモヤしたまま働いても、その大切な仕事の意義を見失ってしまんです。
会社でもそうです、入札制度というもので、条件に一番近い会社が仕事を請け負うのですから、もはや誰でもいいわけです。
そんな人間関係を取っ払った仕事になんて、やり甲斐なんて湧きませんよ。
またCMを流したり、広告サイトに掲載、ビラを配って宣伝なんて薄っぺらい事をしても、結局は消費者から見ても必要としなければ使い捨て感覚でしかないんですから。重要な存在ではないんです。用がすめば、それっきりです。
ZOZOTOWNなんてその象徴。メッキがボロボロ剥がれてる。
20:20 虚空
昭和を美化するわけではないですが、企業でも政治家でも「循環」の意識が相当薄れていると思います。
例えば野菜であれば、上手く循環すれば消費者も生産者も販売店も誰もが笑顔になれる。
でもヘタすると今は、販売店が生産者にとんでもなく安い値段で仕入れさせ、自分の懐ばかりが潤うようにしてしまう。
政治でもね・・・
税金が適正に使われない仕組みがガチッとできていて、それを誰も変えようとしない。
ヘタをすると命を狙われるでしょうからね・・・自分や家族の。
災害復興や高齢者対策の予算はないないといいながら、オリンピックなどがからむとどこからお金が湧いてきたのといわんばかりに湯水のように投入される。誘致段階から。
もちろん私腹を肥やす者は昔からいたけれど、今よりは「偉大な馬鹿」と呼べるような商人や政治家がいたと思います。
マア、そんなことを嘆いてばかりいてもしょうがない。誰かが負の連鎖を断ち切ってくれるのを待っていても仕方ない。
やれるところを微力でもやるしかない。
教育界に関してもそんな風には思っています。
どんなに微力でも、少なくとも自分が関わっている子や、駿煌会のサイトをみてくれているような人からほんのわずかでも何かできたら・・・全くやらなければ何も起きようがないけど・・・それこそバタフライエフェクトのように思いがけない何かにいつかつながるかもしれないというかすかな望みを抱きつつ・・・
かろうじて動ける部分でブログ投稿などあがいています。
加速度的に衰えているし、ネット接続だっていつまでできるか分からない・・・
無理してでも、今やっておかなければすごい後悔をしそうだから・・・・(苦笑)
15:55 虚空
先日録画しておいたミニ番組を観たら、コバルトブルー君とやりとりしたことと深く関係ある・・・というか、様々な「平成⇒令和」の課題を考えるヒントになりそうだったので、テープ起こししてみました。
あの人に会いたい NHK 映像ファイル #50 松下幸之助
字幕
松下電器創業者(現パナソニック) 松下幸之助 平成元年 94歳 没)
対談 1976年(昭和51年) 81歳の時の映像 聞き手 鈴木健二
司会 一番松下さんにお目にかかって聞きたいなと思ったことは「統率力」ということですが
松下 まあその統率力というのは事業をする上において非常に大事なものでね、自分で会得しないとしょうがないな。こうすればいい、ああすればいいというのはね、聞いて参考にするのはよろしいけどね、本当にそれを身に着けるのはね、自分で体験して悟らなしょうがないですわな。
山岡荘八さんの徳川家康っていうのが流行ったんですよ。もう十何年も前。みんな読んでるんですよ、大阪の商人は。
そんでね「君、読んだか?」「いや僕、読めへん」「読んだらおもしろいぞ」と・・・。
おもしろかったら読むけど、僕は参考にはならんと思った。ワシ、家康とは違うから。家康やったらできるかどもね。家康でない僕が家康のことしたら失敗する。あなたはあなたの生き方、わたしは私の生き方というものがおのずとあっていいわけです。
それに同化するというのは危ないですな。自分というのをしっかりにぎっていないと。自分はこうだと。
しかし、こういうことも参考に頭に入れておこうと
そうするとそれがね、なんか自分のもんになるわけですな。そして自分のものして出すと。
司会 例えば部下の方が失敗したらどうしましょう。怒りましたか?
松下 失敗の内容によります。部下は非常に失敗します。そうするとね僕は怒らなかったね。どっちかというと慰めだったわけですよ。
そう心配するな、と。ただ、もういっぺんしっかりとね、やればいいと。そうすれば成功するかもしれないから、マアしっかりやってくれ、と。決して叱らなかったですよ。
それは本人は失敗したことを苦に病んでるんですよ。それを叱ったらやる気がなくなってしまうでしょ。
その時は力をつけてやらなきゃいかんでしょ。
「君、心配しなくてええ。それで会社つぶれへん」と。だいたいそういう調子です。
じゃあ社員を叱らなかったかというとね、小さな失敗ではよく叱ったもんですよ。こんなのも分からんのかと叱ったりもしますけどな、しかしね、大きな失敗をしたらむしろこっちがそれを引き受けないといかんですよ。
社長に心配をかけずにやろうということはよく言いますけどね、社長にしてみれば一番の心配は社長がせにゃかんのですよ。それが仕事なんでねすわ。社長が心配するのが嫌やったら社長を辞めたらええ。どんどん心配になってくる。うるさいことみんな起こってくると。
これが社長の生きがいだ、これがこうであればこそ、自分が社長をしている意義があるんだ・・・というようにならないと苦労が増えますな。
ナレ 松下は分け隔てなく社員と付き合い、社内をまとめることに心をくだきました。日本でいち早く週休二日制を取り入れ、日本人の勤労意識に大きな影響を与えました。
松下 私はね、小さい個人経営の10人や20人の時からね、個人経営ですわな・・・でも店の会計と奥の会計はぴちっとやったよ。毎月決算して、みんなを呼んで「今月はこれだけもうかった」と。「どうもありがとう」と。
そりゃそれをみんなにあげるわけはないんだけど・・・自分の懐に入るけど・・・でもみんな喜んでくれはりますもん。
そういうものはね、やっぱりね、無形の報酬ですな。精神的報酬ですな。
そういうのを分配せにゃあかんのです。喜びを分配するわけですな。
司会 企業で一番大切なんことは生き残るというのは一番大切ですよね。
その生き残ることの基本は何かというと一つは「儲かる、儲ける」ということですね。それともう一つは人間関係がいいと。
松下 けどね、もうけと言うのが先に立つと、やっぱりね、ことが汚くなりますよ
司会 ああ、そうですか。
松下 だからね、もうけは一番あとの精算ですな。だから奉仕を一番先にもってこなきゃあかんですよ。
で、結果がもうかると・・・そういうことですな。
政治かやったら「先憂後楽(せんゆうこうらく)」ですわな。商売人でもやっぱそれですわ。
先憂後楽ということは何にでも通用しますわな。その志のない者は上には立てまへんな。
ナレ 昭和50年代。松下は「これからの日本はもっと混迷するだろう」と予測しました。
昭和54年。私財70億円を投じて松下政経塾を設立。将来の日本のために新しい考え方で社会を動かす人材を育てたいと思ったのです。
また、研究や文化活動へも松下は惜しみなく援助を行いました。
松下 今まではね、泡沫(うたかた)の繁栄だったわけですわな。だいたい戦後30年というものはね、高度成長にね、経済が発展してきましたわな。復興といいますかね。それは外国の援助というものでね、やったわけですわな。
だからね、日本のね国民の自力によって戦後の復興をしたんやないんですわね。
僕が考えるにね、3年も4年も戦争をして負けたと。普通、昔であればね、民族が奴隷になったり、あるいは非常にね苦しみを味わいますわな。
ところが戦争に負けたその日からね、救済されているでしょ。早くいえば。
「技術もあげましょう」と。「食べ物をひとつ援助しましょう」と。「政治の方も教えましょう」と。
そういう結構な負け方というのはね、ないですよ。
そこにそもそも甘えがあったわけですな。その甘えがつもりつもってね、今日(こんにち)そのツケ払いをせにゃかくあんったわけですな。
物資は豊かだが、精神的には貧困であると。戦後30年にしてね、ようやく日本はね、精神的な敗北をしたんですな。
日本のね持てる精神ですな・・・日本人の古来のね・・・そういう良いものがあるとするならね、ここらでね、精神復興せにゃいかんのですよ。

精神復興、即それは本当の日本の復興でんな。

2019.05.03 金曜日
13:10 コバルト
現代の日本人は短絡的になってしまっているんですよ。
いつの間にか悪魔に魂を簡単に売ってしまっている、そして良き理解者の仮面の内側を知った時は、時すでに遅し‥
絵図を書かれた事に、見事にハマってしまっているんですよ。
それも国民全体レベルで。
正しいと思っていることなんて、時代と場所が変わればいくらでもコロコロ変わってしまうんですから。

オレオレ詐欺で沢山の人を騙せば、そのグループの中では英雄扱い。
戦争で人を殺せば英雄になる。
こういった事なんて自分の国が戦争に勝った場合と変わりないんですよ。
結局は誰かを泣かせているのですから。

松下幸之助の勝ち(価値)は、やはり泣く者がいない所じゃないでしょう。
これは桜井章一でいう「あたたかさは万能なり」という所になると思います。


13:38 虚空
昨日、ある番組をみてしみじみ思ったんですが・・・やっぱり皆さんが生まれ育ったような地域で人生を積み重ねてきたような若い人達にこれからの時代を担ってほしいという気持ちです。
昭和生まれの昭和育ちでなくても、そうした頃のいい部分を実体験できているから。


もちろん日本の地域社会には、今でもよく「田舎暮らしにあこがれて住んでみたらとんでもない目にあった」と話題になるようなことは多々あるでしょう。地域の慣例に理屈抜きで従わなければいけない・・・都会から来た人にすれば首をかしげたくなるような慣習も。
でもだからといって都会の基準だけで古い因習と決めつけるのは早合点だと思っています。

「人は先に 自分はあとに」という校訓が、少なくとも私が居た頃までは本気で実践されていたし、PTAの方々にもそうした気持ちでの学校に対する多大なバックアップ。子どもが通っていない世帯の方々まであんなにも、というのは、本当に驚いたものです。
そりゃこの点に関しても、通っている子供もいないのに・・・いたとしても・・・休日などのたびにPTAや地域活動の動員を求められるのは大変な負担だったと思います。

でもそういう中で「地域の子ども達だから」ということでという「地域の教育力」・・・これは他人をみたら敵と思え・・・知らない人は犯罪者、という社会の中で成長してきた若者達や現在成長中の子ども達には、残念ながら想像もつかない世界です。(もちろんそれだけの危険な社会になっているからやむを得ないのですが)

校則の問題にしても、企業の勤務体制にしても、都会だけでそれがあたり前に育ってきてしまった人間には、やはりそれを変えるパワーはないでしょうね・・・そういうものだと諦めきっている人間にとって「憧れ」すらも起きないから。

だからこそ皆さんに本気で期待です・・・変なプレッシャーは感じなくていいですが・・・今まで通りの「普通」が大事!!!
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☆平成最後3日間のラインやりとり

元号が発表された当時、ここでのやりとりでもあった「令和」が音的には「霊和」とか「零和」とかに通じるように感じる、というようなことも背景にあってのやりとりです。

新元号「令和」に関するやりとり①:
  http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/286/

新元号「令和」について② アニメや数学からの考察: 
 http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/287/

科学雑誌「Newton」と古来日本人の発想: 
 http://syunkoukai.edoblog.net/Entry/288/
 ⇒「令和」を「零和」とみた時の「零」に関する意識として

虚空が平成最後の日の未明にみた「火葬場」の夢についても紹介しています。
虚空は幼い時からこれまで繰り返し何度も「火葬場」「葬儀(主に自分の)」関連の夢をみています。

こうした夢は大きな転換期の暗示(タロットの記述にも同様のものがあります)・・・平成から令和へのあちらの世界からのメッセージだったりして????



*2019年4月28日 日曜日
21:38 コバルト
今日の夕方16時半頃に、子供達が逆さ虹を見つけて撮ったものです。





21:48 虚空
よく見つけたね!
その時、どんなことを口走っていたのでしょうか?
またどんなイマジネーションが働いていたんでしょうね????
何か予感していたとか・・・・・


*2019年4月29日 月曜日

00:18 コバルト
雨も降っていないのに虹が出ていると、スゲぇースゲぇー!と不思議がっていました。
普通に存在しちゃいけないもの(神、妖怪)を見ているような感覚だったと思います。


07:02 虚空
雨の後に日がさすと虹は出る・・・という知識あればこそ、余計に不思議な感覚だったんですね。
こうしたことも興味深い事例ですね。
知識が驚きを増加させるという点でも。


*2019年4月30日 火曜日
12:40 虚空
平成最終日ですね。
今日から明日にかけて、元号(時代)がかわることに関して想いのもろもろ、コメントしてみてくださいな。
*ちなみに、私は今日の夕方から、先週の土曜日にできなかった分の諷虹宅家庭教師です。

余談ですが、幼い頃からたびたび「火葬場」や「葬儀」の夢をみているのですが、平成最終日である今朝未明にもまた観ました。
ごく簡単な夢の内容はワニワニホームページに載せています。


虚空ホームページ記事転載
(平成31年4月30日 昼)
いよいよ平成の最終日となりました。私は昭和36年の生まれなので、大雑把に言えば「昭和」「平成」
というのをほぼ半分、およそ30年ずつ生きたことになります。


平成元年は昭和天皇崩御に際しての半旗を学校の屋上であげたというようなことから始まりました。それから約8年後に体を本格的に壊し・・・このままではあと1~2の命と診断されたので、祖父の他界を機に退職。そして小学校勤務10年のおよそ2倍の期間、家庭教師という生活。

そんな家庭教師生活もかなり厳しきなっているし、ちょうど1年前に「命の危険があるから即入院」とまで言われても一部親戚たちの横暴でそうしたこともできず・・・・マア何とか命は続いていますが、体の各部のダメージは結構深刻でジワジワと全身を侵食中。

はたして令和ではどの程度生きていることになるんでしょう。

そんな未明にみた夢は、今はもうなくなっているのですが、父方の祖父母を焼いた火葬場。
幼い頃から火葬場とか葬儀関連の夢は本当に何度もみているのですが、今回も随分と生々しい現実感がありました。

ひなびたところにひっそりと建っていた小さな火葬場・・・実際に炉は3つありました。祖父を焼いた時には、年上の従兄たちが裏の作業場にいって炉の中をのぞかせてもらって大騒ぎをしていたのですが・・・・映画「お葬式」でもそんなシーンがありましたね・・・

当時小3だった私は怖くて誘われても行きませんでした。それどころか骨になってという時にも離れたところに隠れていて祖父の骨をみていません。あとで「あんなに可愛がってもらっていたおじいちゃんの骨をなんで拾ってあげなかったの!」と叱られてしまいましたが・・・・。


で、今回の夢は私は今の年齢。焼いているのはどうもその祖父のようです。裏の作業場にいます。ちょっと異様な風体をした係員のかたが炉の中をのぞいてみるかい、と声をかけてくださったのですが、見ませんでした。3つの炉はフル稼働。順番待ちの棺が狭い部屋の中に並んでいます。「あと8分くらいで焼けるからみんなを呼んできてくれ」と頼まれます。「そのあと冷ますのにちょっと時間がかかるんじゃないですか?」「いや、大丈夫だからもう呼んできて」・・・そういわれてみんなの控室にいくと、いつのまにかそこは学校です。体育館で全校朝会の真っ最中。私は先生方にお願いして、元自分のクラスだったらしき子ども達を誘導する・・・なんていうあたりで目が覚めました。


もしかして・・・炉の中で燃やされていたのは私だったりして・・・。(実際に今まで自分自身の葬儀を手伝っている夢とか、棺の中で息をふきかえして等々の夢も何度もみています)


こうした葬儀とか火葬場の夢をみるのは「大きな転換期の暗示」というのを聞いたことがあるのですが・・・されされ、この平成の最終日にこのような夢をみた私・・・どんな日々が令和では待ち受けていることやら。(いよいよ家を追い出されるような扱いを受けるのかも?????)
13:43 コバルト
 令和、蜻蛉(トンボ、かげろう)、卍、土、中庸が頭の中で駆け巡っています。
どれもが共通しているのは零です。無くなって消えてしまう零ではなく調和のとれた可能性がある零です。

 https://youtu.be/s3XJwTvXvZg

 http://www.kasi-time.com/item-7966.html
 http://www.kasi-time.com/item-5994.html


13:53 虚空
エヴァのスタートも零号機・・・これが単眼というのも何かありそう????


13:54 コバルト
 確かに、それは思い浮かばなかったです。


13:59虚空
エヴァも最初はロボットアニメとして企画されていたハズだったのが、実は生体メカ(?)・・・操縦者がいながらも、それより以前の段階でなんらかの魂が宿っていたり・・・。(零号機だけは綾波が乗ることからそういった魂がないという説もあるようですが)
でもエヴァ本体は「器」=魂の入れ物だろうし・・・だいたあのネーミングからして「アダムとイブ」からきているわけですが、神様が土でつくった肉体に魂を吹き込んだのが人間、っていうのをなぞらえて設定されているんだろうし・・・・
そのスタートを1号機と言う風に自然数からはじめないで、零とした・・・パイロットも「レイ」だった・・・というのは、やっぱり何か根底にあるんだろうね。


17:48 ヒマワリ
昨日の夜、何かに導かれたように部屋の模様替えをしたいとゆう気持ちになりました。
そう思い立ったときはもう夜だったので「明日やろう」と決めました。
明日イコール平成最後の日じゃんか!と気づいたときは、何か意味のあることな気がしてワクワクしました。
私の無意識が、令和に向けて、シフトチェンジする構えになっているかのような気がしました。
部屋の片付けをする中で、私が生まれた時の写真とか七五三の家族写真とか、小学生のとき書いた習字やら絵やら…
短大・成人式の写真までしまってある箱を開いたときは、ジーンとしました。

平成は私が生まれた年です。
昭和時代に比べたら、平成は30年程しかありませんが、それでも私とゆう人間が大人になるには十分な時間だったのだと思いました。
大きくなったなぁって。
今日部屋の片付けをして、とってもスッキリしてます。
(実は掃除機の充電がなくなって、充電中のため小休憩中。
今こうしてLINEを打ってます。笑)
どんな時代になるかな、令和。
今日と明日は何も変わらないようで、でも少しずつ何かがそよそよと変わっていく日々になるんだろうな?と思います。


18:38 虚空
その感覚って自分が昭和を終える時の感覚に近いかもね。
自分が生まれ育った最初の時代が終わりをつげるというところとか・・・

☆孔子のお言葉 (論語陽貨八)② 本物の勉強・学問する姿勢、「いただきます」の心

紹介されていた孔子様の言葉を通してのラインやりとりです。
平成の初期の頃は「興味関心を育て、自ら学ぶ姿勢を」「生きた学力」という事が文部科学省からの通達でも盛んにあり、教師主導ではなく、子ども達が主体の教育、という姿勢を教師にも常に求められていました。
そして例えば指導案の記述の仕方でも「~させる」という指示的な文言ではなく「~しようとするように支援する」というような文言にするように求められました。
それが学力テストなどの得点結果が一人歩きを始めて、都道府県や学校やクラスごとに比較・競争させるような風潮によって、教師主導で有無を言わさずに叩き込む・・・中身が分からなくてもいいから、とにかく答案を埋められれるように訓練する・・・ということが教師や学校の評価基準となってしまいました。平均点が他より低いと、議会などで教育長が首長や議員から追求され、その教育長が校長を追求し、その校長が教師を追求する、という連鎖です。そこにまたかなり身勝手な意見も含めて、公教育にそぐわないような圧力が保護者から学校にもくる。
そんな状況の中で教育がかなりゆがめられたのが平成という時代だったのではないでしょうか?
ラインやりとりの最後には「いただきます」に関する世間の意識変化についてもありましたが、これも「権利」ばかりを主張して「感謝の心」を忘れている・・・結果として互いにつぶし合うような世の中になった一つの表われだと思います。


2019.04.25 木曜日
08:31 コバルト
ユニゾン(「1つの音」の意味。2つ以上の音が同時に重なった場合をいう。)というのも、シンクロ率が肝ですですし、前にも出した量子論の電子機器よりも寸分の狂いのない情報伝達(繋がっているからもはや情報共有?)みたいなもの。
そしてその性質もパッと変わってしまうのも面白い所。
孔子の語る学の立ち位置は積み上げる事ではなくて、あえて崩す事になっているんじゃないですか?
学びは守破離にあるってことか。


12:49ヒマワリ
どうして勉強しなくちゃならないの?って聞かれたら、こうゆうことだよって言えるね


13:17 虚空
 孔子の一つ一つの言葉をじっくりと読んでいくと、やはり大事なポイントを射抜いていますよね。
だから「丸暗記」だけのテスト対策勉強なんていうのは「学問」とはならない・・・・「学び問う」の部分の「問う」がないから。
諷虹君とのやりとりの時に世界的な宇宙物理学者である村山斉さんの言葉も踏まえながらだったのですが・・・・ブログアップの記事には前後の部分も含めてまた改めて載せますが・・・こんな言葉があります。
(手前味噌ですが、自分もこうしたスタンスでやっていました。
逆に法則化なんかの先生にこのような態度をとったら大変・・・・実際にうちのクラスのあと、そんな先生に担任された連中は激しい迫害の日々でしたから)

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村山
自分の学生でも基本的に盾ついてくる学生の方が私は好きですね。例えば 「こういう問題やったら?」って言ったら「そんな簡単なこと やらないよ」って蹴飛ばす学生もいました。それから 「こうなんじゃないの?」って言ったら「それ 絶対違う!」って反論してくる学生もいました。
そういう学生の方が一緒にやっててはるかに楽しいです。

13:44 コバルト
「学」が手紙(メッセージ)で「問」が手紙を読んだこと。
問いがないということは、読まれていない手紙と一緒のモノ。
フォルダーに溜まりまくった未読のメールと一緒ですね。


14:10虚空
世の中には「知っている」というだけで自分がその知識の発信源であるかのような錯覚をする人がいますからね。
孔子様もいっているようなことからすれば、学歴や地位をひけらかす人(エリート意識の塊)・・・ましてやそれで特権意識をもって他人を見下すような評価をし、決めつけ・・・あるいは平気で踏み台にし・・・人間としての道をはずしまくっているのに、最も自分こそが偉い人間だと思っているのは始末が悪いものです。
東大の祝辞などは、男女差別のことを訴えているようで、実は「そういった歪んだエリート意識を持つな」と新入生にくぎを刺しているとも言えるかもね。(露骨に言ったら学生は頭からエリート意識のプライドを傷つけられてくくみみを持たないでしょうから。磐城高校出身ということをふりかざさないと威張れない私のいとこと同じで)


15:40ヒマワリ
私のママが学生のときバスケ仲間の子の結婚式か何かのときに、監督が「この子は偉くはないけど、賢い子です」って言った言葉がずっと印象的で残ってるの。と、ママが言っていたのを私も心に刻まれた。
なんかそうゆう感覚と似てるなって思った!
偉そうにしたりしない、福沢諭吉の言葉だっけ?学問のすゝめのあの?、人は人の上にも下にも人を作んないみたいな話。
実るほど頭を垂れる稲穂かな、みたいな感じで、上に行けば行くほど、謙虚になるってゆう人ステキだよね。


18:36 虚空
やっぱり大事なのは純粋な知的好奇心。
謙虚さがない人というのは「自分を偉くみせる為の道具」としてしか学問内容をみていない。
だから探求などもしないで、より上の人の権威だけを頂いて、周囲にひけらかす。賢い人間にもなっていないのにね。
学問として純粋に探求している人は、学問内容が人知を超えた壮大なものだという実感があるから、「分かったつもりになどならない」で自然に謙虚になってしまうんじゃないかな?
現実的な利害にからむ学問分野があること、またそれも人間の一つの側面であることは、否定できないけど・・・・大きな事を視野にいれてホンモノを極めていたら、結果として現実的なこともくっついてきたというならいいんだと思う。
それが本来のものでない方が主眼になると歪む。
英才児たちって、本来は前者。そんな子たちに、世間的な進学塾っぽいことをさせたら歪むと思います。
*あの小学校の子たち(コバルト・ヒマワリ母校)は、好奇心が純粋な子が断トツでした。
エネルギー量が半端じゃない。・・・・だから本人の意識しだいで極端にかわるわけですが・・・


22:37 コバルト
最近子供の授業参観に行って、相変わらず馬鹿製造工場みたいなことやっていたので、愚痴ります(笑)
今のところずっと大部分の学校でやっていることはただのクイズ王選手権なんですよね。
そのクイズの得点力が学年の順位、全体の偏差値としてレッテルを貼る。
これって一体なんの為にやっているんですかね?(笑)
大人達が一目で子供達を仕分けできるようにしか思えないし、普通に人間性を歪めさせるものにしか思えないです。
ここが子供達に区別ではなくて、歪んだ差別という意識を植え付けてしまっていると感じます。
教育界(親も同じ目線)そのものが人の上下に人を作ってしまっている。
先生も授業というよりは作業をしている感じ。
授業中の質問は基本煙たがれる。ただ生徒が気を利かせた質問にはご満悦で答えるだけ。
ただ教科書を覚えて知っているというだけで、称賛される世界。
逆に知らない、分からないは見下されたり、馬鹿にされたりする訳だし。
そして自分自身より下を見つけては馬鹿にして見下してはホッとする。
クイズなんてほぼ脳内スキャンだけのものなので、感覚が必要ないんですよ。
だからこそ、あの小学校2年間での虚空学級は救いでしたね。
美学でしたから、先生からの指示がなく迷ったとしてもあたたかいと感じた方に行動すればいいだけでしたし、そこをしっかり汲み取ってくれるから何処のクラスより活き活きしていた気がします。
逆にねずみ男みたいな薄汚い言動、行動には厳しかった訳ですけど。


2019.04.26 金曜日
06:57 虚空
社会に出れば「ねずみ男」のような存在も含めての世界となるのは仕方のないことだし、原作者の水木先生はむしろねずみ男を積極的に(肯定的に?)受け止めていたわけだし・・・その点ではバイキンマンを好意的にみていたやなせさんとも通じるかな?
でも、そうした生き方を小学生の時からというのは・・・という想いがあって教室内ではビシッとしていました。
担任されたことがあるメンバーなら分かると思うけど、よく言われるような「子供らの好き勝手にさせていた」「勉強と関係ないことで遊ばせてばかりいた」「忘れ物でも掃除ざぼりも許していた」・・・というのとは、違う面での厳しさがあったと思います。
「出会った教師の中で一番面白かったのも、一番怖かったのも、先生」と評する子が少なからずというのはその表れ。
家庭教師での姿しか知らないメンバーには、どちらかといえばビシッとしていた場面の方が多かった私のことは想像できないでしょうけどね。
今の社会の中では、本物の教育をしようとすればするほど、親からも政治的立場の人からも批判されがちです。
そして「馬鹿製造工場」「クイズ王選手権」のような授業を見事にやっている教師の方が、絶賛される。
教師も生活がかかっていますから、自分の人生を犠牲にしてまでホンモノを貫こうとはさすがに出来ない。
玉川に入学して一番初めの講義が上原輝男先生で「教育者は世捨て人なんだ!その覚悟がなければ教育者になどなろうとするな!!」とビシビシ語られていたことが思い出されます。
今でも学校の先生でも中にはホンモノの人はいると思いますがなかなか出会うのは難しいでしょうね。
我が子のことを本当に思うのなら、それこそエジソンの母親のように自衛手段を本気で実行するしかないでしょうね。


08:20 ソルティ
コバルト君。。。ナウシカのテト → そういう流れだったのですね,ぺろぺろは。一番最初の部分の ??? 「 怖くない。」の前って何て言ってるのですかね? 
この声優さんの声、映画をみたわけじゃあないけど この人物にぴったりの落ち着いた感じがする。
諷虹さん。。。エヴァで「瞬間、心、重ねて」 の動画みました。あのバレエ音楽のようなBGMにまず驚き。ロボットたち(?)に新体操のような動きを取り入れていることにも驚き。


08:48 虚空
余談ですが・・・エヴァの「瞬間、心、重ねて」の前半で一度二人がやられて地面にのめりこんでいる情けないお姿は、庵野監督が若い時に大きな影響をうけたという市川崑監督の「犬神家の一族」からのというのは有名な話。エヴァのOPだって市川崑調だし・・・。
そんな市川監督が世界的に有名になったのが、記録映画「東京オリンピック」だったわけですが、最近フト録画しておいたのを改めて観て、やっぱりすごい映画だな・・・と。教師の頃は閉会式シーンで道徳の授業を何度もしたけど・・・。
あの映画を撮った時の市川監督って、まだ40代。人生を日々生きる濃さが違うな・・・上原先生だって今の私よりもずっと若い時に、あの難解な「芸談の研究」を執筆されているし。


08:51 ソルティ
ダンデリオンさんのお話し。。。「 人に人格があるように、その表の人格とは異なったさらに奥深い精神や魂、さらには、祖先たち死者たちの霊界とのかかわり方さえも示すような、「霊(れい)格(かく)」というモノも、私たちにはあるような気がしています。『史記』という書物を読むと、孔子が、老子に面会してわずかな時間ながら教えを受けた後、老子のことを「あの人は竜のような人だ」と弟子たちに言ったそうです。
霊格の話 と 龍のような人だというところに大いに興味がわきました。 文格を問う、と言われると学問にはあまり興味がないので困ったちゃんになりますが、わかりやすい話ができる人になりないな~ということは思います。諷虹さんは、私のつたない質問に答えてくださるときに、非常にわかりやすいので 嬉しいし、また尊敬もしています。

40代の上原先生
まあそれは 幽体離脱がすでにできていた方ですからね。藤原先生もそうでしょ?特別な方々だと思いますよ。想像だけれど、それこそ高い霊格にあり、上からメッセージをいただいて執筆していたりするんじゃあないでしょうか?
自分が作っているわけではなく、かかされているとか?そういったふうなんだろうな~と思いま

「 東京オリンピック 」実はちょっと悲しい(個人的に)出来事があった時なので 良い思い出として残っていないんですよ。その録画をいつか見せていただきたいものです。悲しい記憶は何とかして上書きしていきたいものだと思うのですよ。

コバルト君の学校への愚痴 「 最近子供の授業参観に行って、相変わらず馬鹿製造工場みたいなことやっていたので、愚痴ります(笑) 」
学童で 食事前に「いただきます」をしていた時、 挨拶もせずにだ~らだ~らしている感がこのところ日増しにつよくなってきたので、きちんと合掌してご挨拶をしましょう!てきなことを言ったら、小学校のほうで、「 合掌はしなくてよい。」的な発言があったそうで。。。話には聞いていたけれど、びっくりです。
虚空さん~ 合掌の意味って どう考えますか? 虚空さんだったらどんなお話をしてあげますか?
私は そう言われれば 合掌の意味を知らないのだという事に気づきました。お腹が ぺこぺこだったりすると 「いただきます。」と自然に動作にも言葉にも出てきますけど、自分だって、時間がなくてバタバタとご挨拶もしないで立ち食いしてるときもあるな~なんて反省もするけど。


17:55 虚空
何年も前に話題にしたことがありますが、学校で「いただきます」を言わせることに対して保護者からのクレームが新聞投書にありました。給食費をきちんと払っているのに作った人への感謝で「いただきます」と言わせるのはおかしいという趣旨の発言だったのですが・・・・いただきますと言う事が「義務」とか「権利」とかの対立でしか考えられなくなっている世の中なんだな、と感じました。
また知人たちの批判になりますが、どちらも病院とか施設とか商店の人たちに対して、そういう人たちは仕事でやっているんだから、何も感謝したりお礼を言ったりする必要はないんだ・・・こちらの言う通りにするのが当然なんだから・・・ということを常々主張してきました。
もっともらしく聞こえますが、自分が幼い頃からそんな知人たちを観ていて感じていたことは「まったく最近の親は感謝することも知らない」、「全く、客だからって図々しいのが多すぎる」といつも批判していたこと。
そして「エビで鯛をつる」が口癖だった二人は、何か相手にしてあげるのは見返りが期待できるという事が大前提なので、期待していたよりも見返りがなかった時には散々陰口をいっていたこと。
結局ただ身勝手なだけなんだな・・・と私は小学生の頃から感じていました。
本来は「お命、頂きます」という食材に対しての言葉という意味もあったわけですが・・・そういう方々にはたとえそういうことを言っても、「経済動物なんだから当然」「人間は万物の霊長なんだ」なんていう反論しかかえってきそうにないですね。
合掌というのも、もしかすると学校とか教育委員会に「宗教教育にあたるのではないか」という抗議があったのかもしれません。そんな世の中ですから。
ますます互いにつぶし合うだけの世の中に突っ走っていきそうですが・・・だからこそ、人間にとって大事な心をキープできている人たちが、そういったことに染まらないようにしないとですね。


2019.04.27 土曜日
06:45 ソルティ
お答えありがとうございました。 いのちをいただいているのだ。とか、人様が、例えばそれを育ててくれたのだとか、運んできてくれたのだ、とか作ってくれたのだ、といったような事を、まあ少なくとも自分は頭の片隅において、感謝の気持ちを忘れないようにしたいものだと思いました。


06:47 虚空
忘れてはならない心をしっかりとキープして、そういった波を広げていけることに、駿煌会ブログも貢献できればいいですよね!


09:59 コバルト
食べ物でもやはり源流にある源泉にまで、たどれているのかですよね。
田舎では土作り(無から有を作る、母胎、虚空)がもっとも重要で、そこから種から育てる訳ですから、やはり食べ物に対する奥行きが全く違うんだと思います。
頂きますを言えない人は、自身との関係性が見いだせないからなんだと思います。
また日頃仏壇や神棚に手を合わすことで、自身がどれ程かわからないけども、ずっと祖先から繋がれてきた命なんだと認識できるように奥行きを感じて、感謝の念が生まれてくるんだと思います。
こういう事が普段できているかで、ありがとう(感謝)が言えるんだと思います。
だって「ありがとう」の対義語は「当たり前」なんですから。
当たり前のことだと思っていることに感謝の念なんて生まれませんよ。


10:06 虚空
作物でいえば「土づくり」に関する部分が本当に軽視されていますね、今の教育でも社会システムでも、すべてが。
そういう土づくりのようなことは「無駄」とされて「合理化」の名のもとに削減されてしまう。
そして、結果として実がならなくてもいいから、発芽とある程度の時期までは伸びてくれればいい。ヒョロヒョロと細長く伸びるだけでもいいから、長くなりさえすればいい。
ゆうべの諷虹・虚空のやりとりは「喰種」・・・人を喰う存在・・・のアニメ&原作 が中心でした。
そこから最終的には「食べる」という観点で教育や人間についてまとめています。
現在、ラインやりとりと共に、ブログアップの準備作業中です。

23:20 虚空
昼には全部アップする予定だったのですが・・・無理でした。もう寝ます。朝のうちにはアップできるかな・・・

☆孔子のお言葉 (論語陽貨八)① ダンデリオンツイッター記事より

4月21日のダンデリオンツイッター記事、もう一つの方です。老子様ではなく孔子様の言葉紹介です。
ライン上で紹介するのが遅れてしまっていたのですが、流れからすれば、むしろこのタイミングだからこそこの記事の紹介はタイムリーという気がしました。
原文⇒意味⇒お話の順に紹介します。
07:52  
:::::::::::::::::::::::::::::::::
(論語陽貨八)
子曰く
仁を好みて学を好まざれば、その弊や愚なり。
知を好みて学を好まざれば、その弊や蕩なり。
信を好みて学を好まざれば、その弊や賊なり。
直を好みて学を好まざれば、その弊や絞なり。
勇を好みて学を好まざれば、その弊や乱なり。
剛を好みて学を好まざれば、その弊や狂なり。


【大体の意味内容】
先生はおっしゃった。
「仁・知・信・直・勇・剛の六つの美徳は、学によって成就する。
仁(おもいやり)を好んでも、学問を好まなかったら、自分のふるまいを冷静に観察することができないから、つけこまれて騙(だま)されたり、
悪逆(あくぎゃく)非道(ひどう)なことにまで利用されたりする、この弊害(へいがい)を愚という。
知識ばかり増やして賢者になったつもりになり学問を好まなかったら、くだらないことまで知っていさえすれば偉くなった気になり人を見下す劣情が止まらなくなる、この弊害を蕩(とう)という。
信念信仰を固く持っても学問を好まないと、己の小信を過信しすぎて、異なった信念信仰を抱く者を傷つけても平気になる、この弊害を賊という。
正直に生きても学問を好まなければ、杓子定規(しゃくしじょうぎ)に虚言や取り繕いを厳罰に処して人情の機微を無視することになる、
この弊害を絞(こう)という。
勇猛果敢に生きても学問を好まなければ、全体の調和を無視して独りよがりな突破力ばかりを行使しようとする、この弊害を乱という。
剛(つよし)くあろうとしても学問を好まなかったら、自分の欠点を反省せず他人を責め立てることばかりに熱中する、
この弊害を狂(きちがい)という。」

【お話】
どんな美徳であっても、それだけで絶対の価値があるわけではなく、批判的な吟味(ぎんみ)にさらされなければなりません。それが学問、つまり学(まな)び問(と)うということです。
この文章は、孔子が、やくざ出身の子(し)路(ろ)という弟子に対して、信(しん)直(ちょく)勇(ゆう)剛(ごう)のような武張(ぶば)った徳目ばかりを無批判に信奉(しんぽう)する傾向にあるのを戒(いまし)めているところではありますが、
『老子』の「柔弱(じゅうじゃく)」説を丹念(たんねん)に読んできた私たち自身も、味わいなおしてみるべきところだと思います。
『老子』は直感的に簡潔に論じているので、私のほうで相当の言葉数を補いましたが、それに比べると孔子のほうがかなり理屈っぽいので、私のほうではあまり言葉数多く補う必要がありませんでした。
老子の様な直感的天才でなくても、学問研究することで物事の真理に到達することは可能ですし、またそうやって学問研究しなければ、どんな徳目も軽佻(けいちょう)浮薄(ふはく)な独断と偏見によって捻(ね)じ曲げられてしまう危険性があるということです。
『老子』を読んできた後で久しぶりに孔子の『論語』に戻ってみると、なんだかやかましい文章だなあという気もします。
人に人格があるように、その表の人格とは異なったさらに奥深い精神や魂、さらには、祖先たち死者たちの霊界とのかかわり方さえも示すような、「霊(れい)格(かく)」というモノも、私たちにはあるような気がしています。『史記』という書物を読むと、孔子が、老子に面会してわずかな時間ながら教えを受けた後、老子のことを「あの人は竜のような人だ」と弟子たちに言ったそうです。
おそらくこの「霊格」の違いを思い知らされた、というお話なのだろうと思っています。またこうして素読プリントを作っていると、いろんな人々の書く文章にも「文格」とでもいうべきものが備わっているのを実感します。
『老子』は、オリジナルは現存せず、書き伝えられているうちに別人の思想や文章も混入しているといわれていますが、確かにそうと感じます。『老子』の「文格」が強く感じられるものと、「これは怪(あや)しいな、わからないな」と感じられるものもあります。
『老子』の素読プリントは76まで作りましたが、まだあと77~81まであります。
しかしこの最後のクライマックスのはずの諸章が、読んでいて眠くなります。きちんとした根拠はありませんが、『老子』の「文格」が原形をとどめないほど壊されていると感じましたので、もうやめました。
これこそ「独断と偏見」に過ぎないですが…
今後は『論語』や、その他さまざまな古典の文章を使って素読プリントを作っていきます。

☆「差別・偏見・決めつけ」② ラインやりとり

「男女差別」ということが前面ででている祝辞内容ですが、もっと一般化して考えればいろいろなことにあてはまります。
また大学生以外のすべての社会生活を営む人たちに通じる内容です。
そんな内容だけに時には生々しい体験談が混じりながらのやりとりが続きました。
一般公開向きでない個人的な内容も多くふくむのでそれなりに削除しての掲載であること、ご了解ください。
2019年4月22日(月曜日)
17:02 虚空
ここで話題になっている「男女差別」に限らず「学歴」「家族内の役割」・・・・様々な「差別」や「偏見」や「決めつけ」が本当にたくさんあります。
明らかな差別などは勿論ですが、あまりにも「当然だろ」と決めつけられていることには、差別という意識すらない・・・・それに異議を唱えると逆に「お前、変じゃない?」なんて言われてしまうこと・・・そうしたこともやっかいな事ですね。
幅広く考えてみるのが大事なんだと思います。


19:02 ヒマワリ
とっても素敵なこと言うね


19:28 コバルト
http://www2.chokai.ne.jp/~assoonas/UC274.HTML
弱者は弱者としての強みがある。
自分の足りないモノをしっかり認識しているからこそ、それをなんとか補おうとした結果、変化を産み出すことができる。
大切なことは、超自然的だということです。
ただ「生きていたい」という生存本能が活き方(方向性)をおしえてくれるんですね。
それを踏まえると現代人にもっとも足りていなくて、もっとも必要なものは危機感だということなんでしょうね。
自分の弱点が原因で危機に瀕しているというのに、それを差別として世間やまわりの責任にしてしまっているのはどうかと思ってしまいます。
また生存危機感(弱者)は尊いものを与えてくれます。
それは「感謝」だと思います。
‥そういえばスイミーも量子力学的なんですね。


21:40虚空
 身近にある(これまで実際に体験してきた)差別や偏見や決めつけ・・・それがどうすれば転換(相転移)するのか・・・そうなったという実感が持てるのか・・・・自分はそれに対してもがき続けている人生・・・といえるのかも。
だから自分は「プラス思考」ということだけでは実感が得られないから、犠牲論とか恨み論にずっと惹かれ続けているんだろうな・・・
ところでスイミーの量子論的なところをコバルトブルー君なりの言葉で言うとどんなんなるんでしょうね????


22:13 コバルト
かなり難しいですね。
言葉では掴みきれないでいます。
パッとこれだ!っと思っても言葉からこぼれていってしまうんですから。
本質を掴ませてくれない、とにかく「ふり」が上手いんです。
だから強いて言うなら「不思議」になってしまいます。
それを量子論ではその不思議を大真面目に研究しているんですね。
パソコンみたいに膨大な計算をしてから答えを導き出すという訳でもなく、パッと一瞬で計算が出来てしまうのも量子論ですし、また他の遠い星に行ってしまった友人と連絡をとるのも、電子機器だったら何光年もかかるのが、量子論だったら寸分の狂いもなく一瞬でのやりとりできるのも量子論。
これは心意伝承でもあって、以心伝心や阿吽の呼吸など、実体を持たない掴みきれない世界のやりとりなんですよね。
だから同じ映画を見ていても、スクリーンを観ているか、スクリーンの向こう側を観ているかで、世界が違ったりするんですね。
子供にしても、昔は一家庭で10人兄弟とか別によくあった訳じゃないですか。
それはただみんながみんな大人になれる訳じゃないことを本能で理解しているからなんですね。
自然界ではその桁は種によって様々。
現代人にとって自分は無敵とか、そもそも自分は死なないとさえ思ってしまっていて、本能を殺してしまいすぎていて、大きな勘違いをしている訳なんです。だから子供を欲しがらない。
自分という種を残す!という訳じゃなくて。
子供という存在が邪魔者扱いになってしまっていること事態が怖ろしい訳です。
あの話しを聞いた東大生は果たして本能について、どれ位素直に活きて来れたのかが気になります。
自分でここまでくるのに努力したと認識してたとしたら、それは少なくとも本能(第六感)を殺してきていた訳なんですから。


22:21 虚空
そうしたことを「自分の持って生まれた才能」なんていう風に(もちろんそれなりの努力はしたという自負はあったとしても、その自負さえも)特権意識になってしまうとね・・・・平気で人を見下したり、踏み台として利用して当然、という意識になってしまう。
「おかげさま」という日常語が生活感情とリンクしなくなった日本人は、本当にどこへ向かうんだろう???


22:26コバルト
弱い(スイミー)から群れを成すんです。
強い者(マグロ)は群れることは嫌います。
また暴力団も本質は弱い人達の集まりなんです。
恐い人達のふりをしたら勝手に周りが怖がってくれるんです。
勝手に思い込んでいてくれているお陰で血も流さずに、省略的に場を治められるんですね、良くも悪くも。
暴力団が怖がっているのは、ただ単に世間にその擬態がバレることです。
だから特に面子(顔)を大事にするんです。


22:37 虚空
私の知人の地元は昔から地元トップの公立〇〇高校を卒業したかどうかで人生が大きく変わる土地柄。
さすがに今は昔ほどではないですが、昭和中期頃にはその高校に入るための中学浪人が割といたようです。そうした高校受験の浪人生のための予備校もあって、中には2浪、3浪も。それでも実際に入学できれば決して遠回りにはならない土地柄。
知人には悪いけど、はっきりいって彼が地元にずっといるというのは、地元でないと「〇〇高校出身」という威光の効き目がないから・・・というのもありますね。「俺は〇〇高を出たんだ」というエリート意識の連中が「集団」というのを感じられるのが地元だから。
でもね、実際にはちょっと離れた地域に行っただけで「〇〇高?何それ? だから何なの?」って言われてしまうわけだよね。
そんな肩書よりも本当に中身がしっかりしているかどうかが問われる。
他の地域では「擬態がバレる」という点では全く同じですね。
でも地元にいる限りだと、中身の人間性とは関係なく水戸黄門の印籠のように、それさえひけらかせればみんなが恐れ入ってくれる。
困るのは、そんなことに威光を感じていない他地域の人間にも、結局そういった上から目線の態度を露骨にとること。
他人を平気で踏み台にしてというのも「俺らはそれが許されるんだ」という変な特権意識が強烈にあるから。
自分はそういう意識の強い土地で育ったわけではないということに感謝です。
エリート意識もそうですが、特権を感じるような豪勢な生活を幼いころから体験してしまうと、何かで没落してしまったあとでもそれが忘れられず、現時点で一般的にいえばまだまだそれなりのいい生活が送ることができていても、いつも不満ばかり。豪勢な頃が基準になってしまうから。
感謝の気持ちも持てない。
最初から何もない、という方が精神的には自由であったり、禊のような構えを自然にとれるんじゃないかな?


23:04 コバルト
ヤクザがイタリアで俺はヤクザだ!!って言っても効果がないのと似ていますね。
現地のゴットファーザーでお馴染みのマフィアだったら十分効果はあるんでしょうけど。
逆にマフィアがメキシコに‥でも同じ事。
向こうはギャングが幅をきかせている訳ですから。


2019.04.23 火曜日
01:18 コバルト
周りからの命令や指示を受けてから動くのではなく、パッと自ら思い立って動くというのが来月から変わる元号「令和」には相応しいのかもしれません。
この「パッ」(そしてパッと消えてしまう)と思いつくというのがまさに零(令、霊)からの発生であり、そこから組み合わさる和の本当の強さが引き出せるんだと思います。
電子機器(電気信号)より早い伝達手段でそれぞれが適材適所に任すれば、中枢部(脳)が一番重要だ!という訳ではないんですね。


06:01虚空
「量子論」ということを「精神世界」に当てはめようとしていろいろな実例を考えている・・・この姿勢こそが、本当は教育が育てなければならない「構え」なんだと思っています。
近々アップする予定の20日の諷虹・虚空やりとりも、諷虹君がブックオフで購入してきた科学雑誌「ニュートン」のページをめくりながら直感(直観)したことを次々と語る・・・ということでふくらんでいったのですが、「理系」「文系」「芸術系」「体育系」等々、誰かが勝手に決めた枠などを超越して「超現実の境地」に突き進めていきたいものですね。
で、そうした面白さが少しでも広まれば・・・・令和を「霊和・零和」と読み替えた発想の次代にふさわしい展開に、せめて道筋をつけたいと思います。
「理系」だとか「文系」だとか・・・そんな風に勝手に仕分けたり、そう仕分けられることを受け入れてしまったり・・・それも、男女差別などのような意識構造と本質的には変わらない部分が多いような気がしています。


06:05 ダンデリオンから、私個人あてにですが、メールが来ました。一部紹介します。
::::::::::::::::::::::::::::::::::
駿煌会の記事いつも楽しく拝読しています。無責任に投げた小石がこんな風に波紋を広げるんだ、と私のほうこそいい刺激をいただいています。
これこそバタフライ効果なんでしょうね。私が蚊ほどの風を起こしたら駿煌会の皆さんが北極南極でオーロラはためかせるような…


09:33 コバルト
http://news-act.com/archives/20749242.html


10:39 ソルティ
「 東大の祝辞 」のこと。
素敵な祝辞だと思いました。どこの世界に行っても玉石混交で、東大生を十把一絡げに こんなこんな人々。。。と評価することは出来ないと思うけど、このような女性の方が代表として祝辞を述べてくださったという状況もまた、すごいな!と思いました。。
私の大学時代の恩師は女性で教育社会学の先生だったけれど、男性たちの中で一人戦うイメージの方だったから、上野さんが{ かつて「フェミニストの旗手」として、尖(とが)った論陣を勇ましく張っていた人と同一人物とは思えないほど、静かな気品に満ちた姿にも驚きました。}と評価されていることと重ねあわせてみると、この方もあきらめずに真剣に闘っていらしたのだろうな~と思いました。
私は軍国主義、男尊女卑、まだまだその気が残る時代のなかで 絶対にオトコなんかに負けるものかと生きていた時もあったけれど、闘い続けることって、確固たる信念や、しなやかな感性を持っていないとできないのではないだろうか?と感じます。やっぱりトップに立つ人(上野さん)ってすごいな~と思います。
生きる場は異なっていても、そういう やさしさやしなかさに支えられた強さを持ちたいものだと思わせていただきました。ご紹介ありがとうございました。


14:05 コバルト
 http://cherio199.blog120.fc2.com/blog-entry-14103.html?sp

16:32 虚空
コバルトブルー君が紹介してくれている美味しんぼの回は印象的だったものです。
「闘う」というのは尖っていることと必ずしもイコールではない・・・むしろ本当の強者とは微笑みで相手を包み込んでしまうかのような境地なのかも・・・。
尖りまくっている自分が言えることではないですが・・・。
(このアニメのポイントは「歌舞伎の女形」の方を出しているという部分だと思います。
「差別」と「区別」との違いとでも言いましょうか・・・・


2019.04.24 水曜日
00:04 コバルト





06:34 虚空
我が家にもタロット解説の本は何通りかの流儀のがありますが・・・解説に頼る前に(とはいっても過去に一度は読んでしまっていますが)最近のやりとりを踏まえて考えてみたいものです。
ナウシカをはじめとして「宮崎駿」監督の作品には「元気」「強い」「パワフル」・・・・様々な女性キャラが際立っていますよね。
ナウシカは戦闘能力もあるけど・・・そういった腕っぷしの強さだけではない強さも描かれているかな
ラピュタでのシータとか、ハウルでの老化後ソフィーとか・・・・一見弱そうでも、なんのなんの・・・本当の強さを感じさせる


08:33 ソルティ
コバルトブルー君。。。
1、美味しんぼの漫画。ばっちりはまっているね。柔軟な対応って、その人を広げて行く感じがする。こういうのをよく見つけてこれるね。っていうか、、、よくご存じで。引き出しが沢山あるね。
2、STRENGTHのタロットカード。INFINITY(無限)マークが描いてあるね。私たちがこちらからはアクセスできない(とされている)ディヴィニティ(神聖なる存在)に質問できるツールなんだよね。いつも、神聖なる存在はあなたを見守っていますよ。。。。というような感じがした。
3、下のアニメ。。。この女の子名前はわからないけど、動物に注いでいる優しいまなざしがいいね。 ホント犬とかこうやってぺろぺろやっている姿ってかわいくて愛しい。、

虚空さん。。。
確かに。。。私は 誰だっけ?もののけ姫に出てくる 女性の、田中裕子が声優さんをした、あの役。腕を失った、あの人。あのキャラも好きだったな。


08:39 虚空
宮崎監督の女性キャラに対する眼差しの奥底にはご自身の母親とのことが強烈にあるということですよね。
ラピュタの海賊のおばさんとか、ポニョのちょっと意地悪っぽいお婆さんなんかは、母親への想いが特にあふれでたキャラだそうですから。
学歴でもやくざでも・・・徒党をくまないと、あるいは集団的な権威を示さないと、自分の地位を確定できないという人は、外見は威張っていても、本当は弱い・・・だから背一杯権威によりかかっていなければやっていられないということですね。
男は基本的に「バブちゃん」・・・亭主関白なんてそれの象徴・・・偉くなったと威張っていても、威張れば威張るほど、実は「弱さ」をさらけ出しているようでみっともない。
東大祝辞の際に「おだやかに語る」というのは、攻撃的に非難するような言い方よりもさらにすごみを感じます。
それこそ「陰の大物」なんていうのが、優しそうに描かれているのと通じる感じです。


08:52 ソルティ
 「男は基本的に・・・・」
申し訳ないけど、この年になると、そう感じます。
占・算)によれば、 最終 オトコはロマン。オンナは現実をとるそうです。 そのロマンがどのようなものなのか?によって支えたくなるか?縁をきりたくなるか?ってことじゃあないですかね?
女性でも、男性でも、お互いの向いている方向がずれていたらやっぱり最後までご一緒は無理だと思う。


13:12 虚空
旅館や相撲部屋などにまだまだその名残がありますが・・・現実対応の実権は女将さんがにぎっている・・・そうしたことも日本人の知恵だったのかもしれませんね。
もちろん夢の世界(ロマン・理想)を探求し続けるという側面も人間としては大事。
その両軸が揃って一つというのが実現できればいいのでしょうが・・・
*これはなにも夫婦とかだけではなく、コンビとか組織とかすべてに言えると思います。
同性同士の場合でも・・・
私のような一人の人間での場合だったら一人二役での自問自答で「夢も現実も」という「超現実の境地」・・・かな????


15:31 コバルト
https://youtu.be/I27zrl0blZ0
ピッチャーとキャッチャでも夫婦とも言えますからね。
そして誰よりも全体を見渡せてリードしたりピッチャーが崩れないように支えたりして実権を握るのは必然とキャッチャーになる。
いつも世間に持ち上げられるのはピッチャーだし、キャッチャーはやはり日陰の存在。
目立たない存在であるから、「奥さん」なんでしょうね。
どっちもピッチャー気質だったら、きっとお互いの立ち位置が性に合わず夫婦のバランスはとれないのだと思います。


18:37 虚空
野球体験のほとんどない自分には実感が伴えないんだけど(苦笑)アニメのメジャーなんて観ているとそういうことは確かに言えそうですね。
やはり「異なる互いの持ち味」をどう絡み合わせていくのか・・・仮に異なる要素であっても、属性が似ていたらぶつかり合ってしまって上手くいかないんでしょうね。表に出たがる相手には身を引くことができるより度量の大きな存在が必要になるとかね。
そういうことからすれば、「見えない部分にこそ本質」をみていた日本古来の発想っていうのはすごかったと思います。
「縁の下の力持ち」「陰で支える役目」それこそ偉大という気位も持てただろうし。
それが多分中国や欧米の外来思想によって「世間に評価されなければダメ」「目に見える成果をあげられなければ意味がない」「結果を出してこそ価値がある」・・・なんていうのに染まってしまって、おかしくなっている部分が多々ありそうです。
アニメやドラマの悪役だって、本当の大物は表には出てこないから「黒幕」なんだろうしね。
表に出て目立つのは本当は手下ばかり。


18:40 虚空
ダンデリオンさんからブログへの感想が寄せられました。
::::::::::::::::::::::::::
凄く面白かったです!「重心」という言葉の意味もハッとさせられました。北斎の幾何学、オイラーやガウスの逸話、ジョッブズの養育論、読み応えありました!


22:39 諷虹
「重心」って質量の中心っていう意味を知らないふりゲームして、漢字の組み合わせでかんがえると
「重なる心」、「心が重なる」っていう同調的な意味の用語のようにもとれますね。
エヴァで「瞬間、心、重ねて」って回ありましたよね。
あれも初号機とシンジ、弐号機とアスカのシンクロ率だけでなく、初号機と弐号機、すなわちシンジとアスカのシンクロ率も上げることで使徒に勝つ…って回でしたね
https://www.nicovideo.jp/watch/sm6195873


2019.04.25 木曜日
00:52 虚空
それはまさにコロンブスの卵でした。
やっぱりなんだかんだ言っていても「習った時の意味」に相当毒されていますね。
当たり前のように知っているつもりの言葉ほど「知らないふりゲーム」の感覚で再吟味しなおす、という姿勢をビシバシ意識しないとね!
⇒例えば仙狐さんの作者のような感覚って、考えてみればその発想ですね。
違う世界からやってきた者目線に純粋になれなければ、身近なスーパーなどの場面でも面白く描けない。


01:32コバルト
 積み上げたもの(知ったもの)をあえて崩す!
そして澄んだ状態(ニュートラル)になる。
当たり前(決めつけ、法則)がない状態。
ありのまま感じ取れているから、スッと入ってきて表に出てくる。
(これが世界は向こう側からやってくるということ)
まさにタロットでいうザ・タワー。
赤木でいう成功が足枷になってしまう。成功そのものが自分自身を乗っ取って支配してくる。という部分で解釈すると、ザ・タワーって悪いカードではないように感じます。逆に救いのカードになる。
それにしても重心は重心と思ってしまっていて、暫くパッとしてなかったのですが、重心→重ねる心は、真に会心の一撃(ビッグバン)でした。
諷虹さんは説明の仕方も上手だし。


07:40 虚空
タロットの解説本によってタワーにしても死神にしても全く真逆のような解釈が載っているのは、社会人クラスの時にも話題にした通りです。やっぱり最終的には個々人の受け止め方(構え)の問題に帰着するんですね。(あのエースを狙え!最終巻の地獄極楽の大皿のように)
心意伝承用語だけでなく宇宙論用語もどんどん普通にやりとりされてきている・・・・まさに「宇宙との共振共鳴」が指数関数的に拡大中ですね!!!