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☆「旬の感覚・生命の発露」・・・季語の話から発展して

2019年 4月14日 諷虹・虚空やりとり
虚空が50円玉君に俳句 アニメ「のんのんびより」のことを話題にしながら季語の授業をした話からのやりとりです。

学校で俳句(季語)について習う時には、せいぜい「俳句には季語をいれることになっています」(季語を入れないものもあります)という程度の扱い。

そもそも何故日本人は「季語」とか「旬」とか「季節感」いうことにこれほどこだわってきたのか・・・そうしたことを意識し、みんなが共有していたことが、どんな「構え」となり「生活」に反映していたのか・・・それを考えたいというのが根底にありました。

この記事の最後に上原輝男先生が著書の中で、季節という観点から「となりのトトロ」について言及している部分も抜粋しています。


諷虹 この前の二十四節季だって1年を24等分にして感じてた。今の6倍ですよね。
今はその中のいいとこ春分とか節分とか・・・


虚空 それだけ細やかに感じ分けることができなくなってる。

それにさ、新暦になって、立春とか立夏とかいっても、感覚が伴わなくなってるっていうのは大きいよね。さすがに春分・秋分・夏至・冬至だけは補正されているけど・・・・七草がゆなんていっても、新暦でからどこにも生えてない。
旬の感覚が歪みっぱなし


諷虹 せいぜい休日がからんだ時に意識するくらい・・・・柚湯なんていうのだってなかなか入らない


虚空 夏野菜が一年中スーパーに並んだりしているから、本当に「旬」の感覚はなくなっている。ハウス栽培できないタケノコなんかはこの季節ならではっていうので並んでいるけどね・・・
のんのんびよりは露地栽培の野菜描写だから、本当に旬の野菜っていう感じで出てくるよね。
「旬」だからこそ今真っ盛りのフレッシュな生命力に満ち溢れている。「只今」の生命感。
それを取り込むことで生命のリフレッシュっていう感覚があったんだろうね。
それを言葉で意識したのが「俳句」じゃないか、っていう話をしてきた。


諷虹 「ふらいんぐうぃっち」もそうですよね・・・・雪とかフキノトウとかリンゴ栽培の手伝いとか・・・青森のいろんな四季を描いている。マンドラゴラも旬だったんですかね????


虚空 あれを増やす栽培実験をしていた後が気になる・・・やまほど増えたのかね???


諷虹 歩き回るようになったエピソードはあります。

*原作をもってくる・・・7巻(最新刊)

虚空 あの舞台って下北半島ではなかったよね?


諷虹 弘前駅周辺ですね。


虚空 だいぶ違う方向だよね。
昔から一度は行ってみたいと思っているんだけどね・・・「恐山」に。

*「ふらいんぐういっち」聖地巡りのサイト

諷虹 季節感がこうしてみると出ていますね


虚空 最近は魔法少女モノっていうとドロドロした暗くて重たいのが多いから、ふらいんぐうぃっちなんてホッとするよ。

*昭和アニメ等々の話題

虚空 小学1年生の頃に観ていた鬼太郎がいまだに新作が作られている、っていうのは驚きだよ。


諷虹 今のアニメでそんな風になるのって、ありますかね


虚空 ウルトラマンにしても仮面ライダーにしても自分が幼児だった時とか小学3年生の時に最初のシリーズだからね。
昭和のアニメや特撮がらみって割とそういうのが多い。リメイクとかも。ひどい作品も多いけど・・・・。
親子で語り合える作品が多いっていうのは面白いよ。ウルトラマンとかにいたっては3世代で語り合えるレベルになってきているもんね。


諷虹 ガンダムもそういう風になってきていますよね。ガンダムは小中学生には難しいところもありますが


虚空 一昨日話に出たレインボーマンもそうだけど、難しくて設定や背景が子供の時には分からなくても、意識にはひっかかり続けるっていうのがね・・・それである時になって「ああ、あれはこういうことだったのか!」ってハッとする。
ハッとするための伏線というか・・・種まきを幼い頃にしてもらっていたっていう感覚。
漢文とかの「素読」なんていうのにはそういう意味もあるのかね????


諷虹 いろいろなアニメのリメイクも多いですからね。


虚空 今風の魔法少女って「攻撃」みたいなのが多いじゃない。サリーちゃんとかアッコちゃんとかは「夢をかなえる」魔法のようなイメージ。
さっきのフライングの原作にさ「役に立たない魔法」っていうのが載っていたけど、そういう魔法がでてくるのってホッとする部分がある。
この前の宇宙研究の最前線だって、とんでもない予算と手間をかけてやっているわけでよね・・・でもそれが何か実利的な意味で役にたつのかと言えばそういうことではない。知的好奇心の問題だから。宇宙開闢の謎に迫ることができたからって「だから何なのさ」って言われればそれはそうだよ。
でもそういうことに本気になれる、夢中になれる、っていうのが人間の人間たる部分。
今の学校教育が「カリキュラムの精選」っていば聞こえがいいけど、業界からの利害がらみで様々なことが放り込む時間を捻出するとか、受験対策に絞るとか・・・そんなことの為に、一番人間臭い部分をどんどんカットしてしまった。
だから余計につまらなくなっている。ドラマとかでいえば粗筋だけを紹介されて面白がれと言われているようなもんだよ。
食べ物で言えば、ただの栄養剤とか、初期の頃の宇宙食とか、栄養点滴をっていう感じ。
アニメもね、1クール12話が基本になってしまっているっていうのは、昭和世代でいうと本当に薄っぺらいというか、序盤で最終回にされている感覚がある。
これからだ、って言う時に極めて中途半端な形で最終回になって・・・円盤が売れなければ2期は作られないなんていうのが山ほどあるけど・・・
そういうのがあたり前になってしまっている中で育っている今の若い人達が、逆にきちんと描かれているものにしっかりと向かい合えない・・・「重たい」とか「うざい」とかいって・・・っていうのはちょっと残念。
さっき本屋によった時にもうんと手軽に感動できるという趣旨の本がいっぱい並んでいた。何年か前からそういう風潮があるけど、なんであんな風に感動とか泣ける、っていうのをたった数ページとか1~2分で求めなければいけないんだろうね?


諷虹 共感性みたいなもの・・・仲間意識が・・・。スマホ記事でなんでiPhoneばかりを女子高生がっていうのは「みんなが使っているから」。それで恩恵もあるんですけどね。同様にアニメなんかでも本当に良質のアニメかどうかよりも、みんなが観ていて話題にしているかどうか・・・ネットで話題になっているか。そういうメジャー志向


虚空 「旬の季節感」なんていうのは、まさに日本人共通の感覚だったわけなんだけどね。

でも今は「感覚」が伴っていない。情報だけの共通感。

雑誌とかテレビで紹介されたというだけで行列をつくるっていうのと同じだよね。本当に自分の感覚にきこうとしない。ブランド信仰もそうだと思うよ。本当に自分に合ったものを気に入って使うのかどうか・・・。
単に周囲に合わせたいとか、周囲に評価されたいからとか・・・基準が悪い意味で周囲にある



風虹 話題になっているからというだけで中身はないのに・・・(具体的事例)


虚空 中身がしっかりしていれば話題云々でもいいんだけどね。
さっき話題にしたような昭和のアニメや特撮もね、当時としては斬新。
でもそれだけではなくて深い部分とつながった作りはしていた。ウルトラマンが「まれびと信仰」や「犠牲論」とかの折口学をベースにしていたとか、仮面ライダーが歌舞伎や能での「変化もの」「本性示顕」とかがベースというのもね。これも犠牲論や貴種留意のような折口学の要素もはいってたし。

日本人にとってこの四季折々の風土の中で長年培われてきた「季節感」っていうのは、それこそ「生命の根源」・・・意識のベース。
だから俳句だとか古典文学なんかと同様に、そういったことが丁寧に描かれているアニメなんかも「良質」っていう感じがするんだろうね。
(最近の深夜アニメで、今回のやりとりにあがっていなかったものでは「このはな綺譚」などがある)
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参考 上原先生が著書の中でトトロに言及していた部分
「日本人の心をほどく かぶき十話」上原輝男著(オリジン社発行 主婦の友社 発売)
第一話 虎の雨 -風流心の原像- (P35)
 季節感覚はどんどん失せつつある。しかし、日本全土に、まだ、取り上げて来た五月二十八日や氷の朔日の感覚を野山に見ることはできる。私は湘南地方に住んでいるが、先日も新緑の景色に圧倒され車を走らせていた。

 私はふっと、駅まで運転してくれた倅に、おい、あの孫たちが喜んで、何度も何度も、繰り返し繰り返し見ていた、子供のテレビドラマがあったじやないか、あれ、何ていったっけ、と聞いた。倅は、なかなか思いついてくれなかったが、ほら、ネコバスが出てくるやつさ、と私が言ったら、あ、トトロ? と言うから、そうだ、そうだ、トトロだよ、と言った。

この景色の雰囲気を現代人はトトロというふうにつかまえたのだと。かつての江戸の人間は曽我兄弟だというふうにつかまえたが、倅は、何言っているんだというような顔をしていたが、「となりのトトロ」で、木がポツ、ボツと大きくなる場面があった。この雨を含んだ空催いが我々に何かを感じさせる。それは祓いと襖ぎであった。 

 百人一首の
「風そよぐ奈良の小川の夕暮れは みそぎぞ夏のしるしなりける」
がそれで、奈良の小川というのは、上賀茂の前を流れている川だが、日本人は喫ぎをすることによって夏を迎えるしるしだな、というふうに感じとれた時代があったということてある。
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☆「共鳴」 「恨み論・犠牲論」と「宇宙論」(ダークエネルギー)との接点

3人のやりとり・・・日付は0時をまわって13日になっています。

まさに児言態50周年の公開授業テーマ「宇宙との共振・共鳴」ということに直結した内容です。
特に「ダークエネルギー」に関した番組は上原先生の命日の夕方にフト観返したものだったのですが、まるで初めて観た内容であるかのように、その内容にハッとさせられました。

そしてまたこの3人で観たのですが、話は一気に「魔法処女まどか☆マギカ」の話へとつながっていきました。

ごく簡単に言えば「感情」を「喜怒哀楽」というような分類ではなく「エネルギー」ということに置き換えての「犠牲論」「恨み論」との関係です。 


諷虹 このタイミングでブラックホールの撮影に成功。先週のあんな話があって。


虚空 ゆうべさっそくその裏話の解説番組がNHKでやっていたけど、とんでもない精度が必要だった、って。
*ブラックホールの解説動画をみて


コバルト 精子と卵子の受精のようですね。


虚空 駿煌会のツイッターにも書いたけど、上原先生とイメージ研究の大家である藤岡先生が出会ったきっかけが「穴」のイメージ研究。
イメージ運動が問題になったのもこの時から。
先生の命日の前日に画像発表で、ゆうべがその解説番組、っていうのがね・・・
それは単にブラックホールが穴っていうだけではなくて、ブラックホールの特異性の問題
コバルト お札の真ん中ってブラックホールなのかな


諷虹 すかし・・・ホログラム。


虚空 先週ホログラムの話をしている。宇宙の存在はホログラムではないかという説。
「事象の地平線」だっけか・・・・そこから先は普通の物理法則が破綻する世界。
強力な重力によって時空も完全に歪んでいる。
ブラックホールじゃないけど、大きな重力場での時間を扱ったアニメが「トップをねらえ」の最終回。
それを人間の心とか意識世界におきかえると興味深いと思ってる。

三話題になっている「添加」「包み込む」の問題。好奇心いっぱいの子なんてブラックホールのように例えられる。


コバルト お金もそういう感じなのかな・・・いろんな価値をくっつける


諷虹 単なる紙切れなのにね。


虚空 本当に金とか価値のあるものが含まれていた時とは違う


諷虹 そう考えると電子マネーって


虚空 それこそバブルと同じだよ。実体がないものに踊らされるリスクが多い。
だいたいさ、何かの拍子にシステムが破綻したらみんなパーだよ。
そこまで現在のシステムを信用していいの?
今だって鉄道のコンピュータ―が異変を起こしたり、この前みたいにスマホが使えなくなった、なんていうことあるじゃない。
アナログだったら何の問題もないことが不可能になる。
自分だって、東日本大震災の時にはちょうど近所のスーパーで支払いをしようとした時。おさまってお金を払おうとしたら「停電でレジが停止したのでダメです」っていわれて・・・売ってもらえなかった。現金もあるし、店員さんもいるのにね。
昭和の頃だったらあり得ないことが実際に起きる。
電子マネー推進なんていうのを本気でやろうというのはね・・・マア、そうなって混乱するのを期待する人が陰にいたりしてね・・・・。コンピュータがダメになって個人の資産とか借金のデータがすべてパーになるとか・・・


諷虹 給料を受け取る時に振り込みとか現金で受け取るとかあるじゃないですか


虚空 それが今は実感がなくなっている。お金の重みとかお金の尊さがね。
給料袋を持って帰ってきて・・・なんていう昭和の風物詩なんていうのもないよ。
だから子ども達の金銭感覚も全く違ってきてるよね。
お金の価値が分からない人間と増やしたいんじゃないかとさえ思う。
カードローンで身の丈以上の買い物をする人間を増やしたいとかね。
極端に言うと国をあげておままごとをしているようなもんだよ、お金なんていうのはさ。この葉っぱをお金のつもり、っていったらお金


コバルト たぬきの化けると。


虚空 それをさ、実感させてくれたテレビ番組が自分が小学校の時放送されていたレインボーマン。ニセ札のエピソードがあって、死ね死ね団が大量のニセ札をばらまいたことでお金の信用が失われて経済から庶民の生活から大混乱になった、っていう話。菓子パンが2個で1000円とか・・・。

あれは子供番組だし、観ていたのはたしか5年生くらいの時だったけど、お金の信用っていうのを考えさせられた。


諷虹 ドラえもんでもお金を価値を逆転させる話がありました。もしもボックスで・・・・「お金のいらない世界」
https://vqovu6s.wordpress.com/tag/%E3%81%8A%E9%87%91%E3%81%AE%E3%81%84%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E4%B8%96%E7%95%8C/
この解説サイトにのっていたんですが、無尽蔵なお金持ちという概念がなくなる・・・一番のお金持ちは0円なわけですから、絶対零度。
無刀流とかのね・・・持たない強さ


コバルト 結局そこに行きつく


虚空 先週から「無」の宇宙論の話になっているんだけどさ・・・それを精神世界につなげよう、って。時間も空間もない究極の無から宇宙が始まったっていう・・・。
「ゆらぎ」がキーワードなんだけど、そこに関わるのが「ダークエネルギー」なんだと。(ダークマターとは別の話。)

昨日の夕方、動けない状態で昔録画しておいたのをぼんやり観ていたんだけど・・・改めてみると興味深いことが隠れていそう。


諷虹 昔先生が教えていた子で「有限突破」を「無限突破」ってした子がいたって言っていましたよね。


虚空 有限だから突破できるんだけどね、理屈でいえば。


☆「ダークエネルギー」の番組視聴
・体積が膨張しても密度は一定・・・新たなエネルギーが勝手に生まれているかのよう
どこからか湧き出るように出てきて、力が強くなる。何もないところかたエネルギーが生まれる。膨張を加速させていく謎のエネルギー。(斥力)

・日本がバブルに踊っていた頃、ダークエネルギー説に先駆けて学会発表していた日本の学者がいた。

・若きアインシュタイン 思考は向こうからやってくる

・重力によって空間が歪む・・・宇宙定数の問題
⇒大きな物体(質量)ほど歪む・・・質量の本来の意味「動きにくさ」
⇒個々人の想い・・・質量にたとえると「こだわり」「頑固さ」
→宇宙定数は何に例えられるか

アインシュタインでさえ真理より美を優先させたいと考えていた。


諷虹 人生最大の失敗が脚光をあびるなんてね


虚空 人生終わるまで分からないどころか、終わって何年たっても分からないものだよね。
観測事実を率直に認めると密度を表す数字がマイナスになってしまう・・・宇宙定数がやっぱり必要・・・でもなかなか常識をくつがえすのは大変
「目を信じましょう。我々は観測者じゃないですか」
⇒「生態研究」の授業の神髄


虚空 コバルト君のよく引用している麻雀の達人でいえば「感覚」っていうことだよね。
・世界的権威の日本の学者 佐藤勝彦 達磨大師の絵 阿修羅像のフィギュア
インフレーション理論の説明・・・空間がどれだけ広がっても真空のエネルギー(ダークエネルギー)は薄まらない。膨張の際の超高温がビッグバンとなる。
その際に生まれた物質が重力を生む。(膨張が減速)
広がるにつれてダークエネルギーが上回り、加速膨張に転じている。
(第二のインフレーション)
現在 物質が30% ダークエネルギー70%


虚空 まどマギのアニメを観る前に「感情は喜怒哀楽ではなくてエネルギー」ってとらえてみると・・・って言っていたら、Qべえの理屈

質量保存とかエネルギー保存・・・見た目は変わっても本質は変わらないっていうのがこれまでの常識。核分裂で質量が減る・・・減った分エネルギーに変換される。つまり質量=エネルギーっていうことを考えると、全体量は変わらない、って言われていた。
でもそれがこのダークエネルギーはどこからともなく湧き上がってくる。それが究極の無から出現。


諷虹 まさにバタフライエフェクトですね。無から1が生まれて、そこから1兆になっていく。ほんの微細なものが拡大。無から1兆が生まれるだと嘘くさいけど、無から1なら許せる。


虚空 さっきの番組内のたとえではシャンパンの泡一粒が一気に拡大
そこでね、感情をエネルギーって言ったら外せないのがあの宇宙生物。

唯物論からすれば感情も脳内の化学反応・・・電気信号ってことだけど、そりゃそうだとしてもね、それこそ電気量としては怒りマックスでもそれほど変わらないと思うんだよね。まさか御坂のように超電磁砲が撃てるような電気量にはならない。
でもさ、今も自分はしょっちゅう怒りや怨念の塊になって車の中で怒鳴り散らしたりしているけど、これは脳内の電気信号の量と比例という感じじゃないわけだ。
それこそ魔女化する時の美樹さやかもそうだけどね。
感情エネルギーの増大がインフレーション。


諷虹 そこが虚淵の上手いところだったんだと思うんですよ。幸せでも不幸でもどっちでもいいはずだったんだけど、不幸の方が観ていて納得してしまう。
昭和の魔法少女ものだったら夢見るプラスの方向なんでしょうけど、絶望とかの方がとんでもないエネルギーが発生しそう、って思ってしまうじゃないですか

*まどマギ 美樹さやかの魔女化場面 の動画


諷虹 さっきの宇宙定数じゃないですけど、なければないできれい事で済むのに、やっぱり入れる必要がある


虚空 ダークマターもダークエネルギーも両方必要


コバルト 昨日から桜井章一の動画をいろいろ観ているんだけど・・・(相反することがワンセット)
自分が幸せになっているのは誰かの不幸の上になりたっている


虚空 そこをどう受け止めるかが人間性。自分が生き方上手だということで平気で人を踏みにじるかどうか。


コバルト 循環が成り立つかどうか・・・・幸せすぎたらそれを他人に分け与えられるか


諷虹 幸せスパイラル理論


コバルト 自分だけがどれだけ利益をあげてっていうのが主流
(桜井章一が溺れた時のエピソード 白の部分の方が危ない)
Qべえは目的に純粋。嘘はついていない。


虚空 だから最初に寄ってきた時にはすごい味方、善良な存在にみえる。


*経済動物についてのQべえの解説
*「祈り」から始まり「呪い」で終わる


虚空 経済動物のことを認めるといっても、Qべえの認め方と、銀の匙のような認め方。Qべえは結果しかみないで・・・


諷虹 宇宙全体のことだけを考えているから・・・個々は問題にならない。


虚空 6期の鬼太郎なんかも、そのあたりシビアに描いている。虚淵的鬼太郎っていったらいいのかな。もともと水木先生の発想はねずみ男を大切にしている。


諷虹 無からマイナスが生まれたら、それによって誰かが得をする・・・それをすべてねずみ男が担っている。
こち亀なんかもそういう展開ですよね。お決まりパターン


コバルト 最初は面白がってやっていたのが、金になると分かったとたんに歪んでくる。


諷虹 えさ代もけちりはじめる


虚空 今の問題は、利益を生むために必然的な対価さえ渋る。努力もしないで結果だけゲットしようとしすぎる。


諷虹 結局歪みや混沌がドラマを生んでいる・・・始まりになる。


虚空 今の自分の絶望や呪いも何かの始まりになればいいんだけどさ・・・破滅への始まりだけのような予感しかしない・・・・


コバルト 桜井章一さんの言葉なんですけど、運や流れというのはお金に結び付かない。大切な要素というのはすべてタダなんです。


諷虹 今ぞっとしたんですけど(まどマギ劇場版BDに挟まってた叛逆の物語の予告パンフレット)叛逆の物語の公開日って10月26日(土)だったんですね・・・(2013年 平成25年)50周年イベントも土曜日だったことを考えると丁度ハッとするような日付が土曜日になる周期だったっていうのが


コバルト Qべえの浄化の仕方っていうのは何かを犠牲にする


虚空 それはやっぱり目に見える世界でのエネルギー論をふまえているからだろうね。


コバルト 限られたバケツの中で浄化しようとするとダメだけど・・・


諷虹 まどかの続きでは「円環の理」っていうのが出てきて・・・・


虚空 それに比べて「盾の勇者の成り上がり」のラフタリアとか、「世話やきキツネの仙狐さん」なんかの浄化は全く違う浄化のしかた。
誰かを犠牲にするわけでも何でもない。
それこそ「無償の愛」

諷虹 そういう意味ではQべえの科学技術の方が中途半端だからああなる。
昭和の魔法ものの方がいろんな豊かさをもたらせた。


コバルト 世界は向こうからやってくる。


虚空 そういった意識から獲得していく「構え」


コバルト それが生きる事


諷虹 仙狐さんは未知のエネルギーで浄化していく


虚空 でもさ、基本的には、本来の家族関係とか、おばあちゃんと孫の関係、っていうことの復活なんだよね、仙狐さんがやっているのは。そうした状況に包み込まれれば自然に浄化できる。生まれかわれる。・・・真床覆衾(まどこおぶすま)をアニメ化しているようなものだから。


諷虹 小林さんちのメイドラゴンと共通なつくりですよね。ブラック企業に勤めてて、そこに家を守ってくれる存在が現れて・・・。

☆「共鳴」 感覚を通して

2019年4月12日 後半の午後8時半くらいから午前3時まではコバルトブルー君も加わっての3人のやりとりでした。

まずは「におい作文」を通してなのですが、「におい」の記憶は人間の深い部分と直結していて、トランスフォーメーションを起こす力も極めて強い、というような話題でした。

さらに話題は「酔い」「音楽」「漢字(言語感覚)」ということから「共鳴」という方向へ

*8時半頃、バルトブルー君、登場
虚空 今、旅先での匂いの話をしてたんだよ。


コバルト 起きた時に自分の家かな、って思ったら違ってて・・・・(と小さい頃の思い出を語る)


*ネット上に匿名で公開していたコバルト小3の時の作文をみつける
 おんせんに行って、ホテルにとまった。ねむる時がきた。においがなれてるふとんとちかう。まくらがやわらかいのは、きもちよいがねられない。

 おきた時、さいしょうちだと思っていて目をあけた時にホテルだったのでびっくりした。そしてもう1回ねるぞと思ってもねられなかった。うちのほうか気もちよくねれる。うちは人をまもっているのか。
 
うちにかえるとにおいはべつにしない。だけどホテルに行くとへんなタオルみたいなにおいがする。うちだけにおいがしないのはにおいがなれてるからなのかな。ほかのうちにいってもにおいがする。
 
つらかった。やせがまんした。かぞくでホテルに行って、あんまりたのしくなかったやっぱりうちがいいんだな。 (3年男子)


虚空 同じことを書いている。よく覚えているね。


諷虹 ほとんど同じ言い方でしたね(笑)


コバルト 実感と結びついている。じいちゃんとかもそうだけど、昔のことはよく覚えている。でも記憶だけでは呼び出せない。時とか話題とか・・・自分もそこに行く、行ってしまうっていう感覚。
香水の匂いとか、その時にいけるから。


諷虹 共振ですよね。まさに。


虚空 さっきのにおい分析なんだけどさ、同級生たちのこんな作文もあった。
(読み上げ)
*わたしは死んだひいばあちゃんのにおいを知っています。ひいばあちゃんのおさいふは、ひいばあちゃんらしいにおい。わたしはお母さんに「それは、ふるいからもうすてなさい。」と言われたけどすてなかった。
 さいしよ、すてようと思ったんだけどすてられなかった。においかして、ずーっとかいでいました。        (3年女子)

*あの時のにおいが今でものこっています。それは死んだおじいちゃんのにおいです。そのにおいは、お金とか、おじいちゃんか使ってたもうふに、においがたくさん残っています。そのにおいをかぐと、じいちゃんが目の前にいるようになってしまいます。 (3年男子)

*わたしが五さいのころ、ひいおばあさんにかってもらったくまのぬいぐるみに今でもにおいがします。それはひいおばあさんのにおいです。
 ひいおばあさんは死んでしまいましたが、そのくまのぬいぐるみのにおいはひいおばあさんのにおいなので、そのにおいをかぐとひいおばあさんのことを思い出します。思い出すだけで、ひいおぱあさんが生きているような気がします。だからねる時は、くまのぬいぐるみをはなしません。     (3年女子)


諷虹 時空を越える・・・匂いでその人のことを思い出したり・・・出来事も。


虚空 「匂い」って相当深いところとリンクしているんだよね。
それが現代社会では「人間としての匂い」はダメっていうようなマイナスイメージばかり吹き込んでいる。一部の企業が利益をあげるために、人間として大切なものが失われている。失っている。子どもも若者もどんどん不安定になってあたりまえだよ。


諷虹 線香の匂いの出てくる落語・・・・「たちぎれ線香」なんかも線香の匂いがポイントになっている。
あらすじ⇒http://sakamitisanpo.g.dgdg.jp/tatigiresennkou.html


諷虹 あと、匂いだけじゃなくて線香の煙


コバルト ゆらぎ・・・ゆらいだ世界。境界線があいまい


諷虹 それこそ現世とあの世・・・


虚空 先週の無の話での原子のことなんてそうだけど、原子レベルになると境界線なんて本当にあいまいというか・・・ない。教科書とかにでは円で境目がはっきりと書いてあるけど、例えば思考実験として原子の大きさにちっちゃくなれたとしたら、実際には原子核も電子も全く見えないと思うよ。
ある女性科学者が「これこそまさに般若心経の 空 そのもの」と言っていたけど、本当にそうなんだろうね。
*ここで「たちぎれ線香」動画を視聴


諷虹 お酒を飲んだ瞬間に三味線が聞こえだすんですね。
「君の名は。」っぽいところもありますね。たそがれ時にクチカミ酒。
*ネット検索 「酒」・・・「百薬の長とはいへど、よろづの病は酒よりこそ起これ」などと言われ、古来より酒は社会にとって両価値的存在だった
神道では、お神酒(おみき)は神への捧げものであると同時に、身を清め神との一体感を高めるための飲み物とされる。


諷虹 さっきも出てましたね。両価値。



コバルト 一体感っていうのも「共鳴」ですね。
あと三味線の音って、喜びというよりは悲しみ


諷虹 どちらにもとれますよね。


虚空 さっきの演奏だったらそうだけど、勧進帳とかの歌舞伎では時にはエレキギターと同様の役割も果たすからね。あと津軽三味線なんていうように激しく演奏するとかもね。


諷虹 ギターの世界で「セッション」って・・・ギターで対話する感覚。


コバルト エヴァ(Q)のピアノのシーンもセッション。


諷虹 共鳴ですね。
三味線がいっぱい出てくるのもセッションに近いのかな


コバルト ビートルズもギターが主体ですよね。
*ロックバンドのギター担当者の特異性についての話題
*ドラムの役割


コバルト 一番目立っている人がリーダーとは限らないっていうのに気が付いた時はビックリした


諷虹 坊さんをバンドに例えるお約束・・・お経を読む時の木魚なんてビートを刻みながらっていう感覚と同じですね
ネット検索 「ビート」
デジタル大辞泉の解説 
ビート(beat) 
1 水泳で、水を足で打つこと。クロールのばた足など。 
2 音波のうなり。 
3 音楽で、拍子の一打ち。拍。特にポピュラー音楽で、アクセントをつけたリズム。また、そのリズム感。


虚空 うなりがここに出てきてくれているっっていうのは・・・。

諷虹 音楽って歴史的にみて本当に息が長いですよね。


*勝新太郎の話題
癌の記者会見⇒https://www.youtube.com/watch?v=cN1dWjtAoMQ


虚空 これも不安の裏返しっていうか・・・これで記者会見場が盛り上がることで「生きている」っていう実感だったんじゃないかな・・・「勝新太郎として確かに今自分は生きている」って。


コバルト 昔の人って隙がないよね。

*麻雀好きの声優・芸能人・有名人の話題

諷虹 手を開けてみるまで分からない感覚・・・勝手に相手のことを想像しちゃって・・・
開けてみたら大したことなかった、っていうことも。


コバルト 麻雀って人生をかけるというのがあるじゃないですか


諷虹 プロ棋士とかに比べてもプロ雀士は人生かけてる感が半端ない。あと裏稼業というか「忍び」のような感覚も。


虚空 陰の存在・・・。日本人の「影」「闇」の感覚。見せない世界の感覚。


コバルト 互いの人生をかけあう・・・そこに大金がからむと普通に出来ていたことができなくなる。
ゴルフでもそうだよね。硬さ・・・こわばる。


虚空 昔、肝試しの話を上原先生にしたときに「怖いの語源」の話をされた。「こわばる」・・・「おこわご飯」の「こわ」・・・体が硬くなる状態。
で、そういった時には「体感」が非常に研ぎ澄まされて敏感になる。


諷虹 固いとやわらかいで、漢字変換だと固い雰囲気になる。ひらがなだと柔らかくなるし、ダブルミーニングっぽくもできるじゃないですか。読み手側の変換次第で


虚空 漢字は限定されるんだよ。漢語っていう外来語だから。日本語のような感覚・感情・イメージと切り離されている感覚の言語。
だから主観をなるべく排除したいような学術論文などではなるべく漢語を使う。
児言態の授業でのテーマも「漢語を使え」って先生がいつもいっていたのは、あいまいさをなくしてビシッと焦点化させるため。


諷虹 一時期、ひらがな4文字でビックリマークをつけると、萌え4コマ漫画のタイトルになる、っていう冗談があったんですけど・・・「ゆるゆり」とか「けいおん」とか。平仮名だと柔らかくなるし、いろんな意味にもとれる・・・柔軟さはでますよね。
歴史のテストで漢字が分からなくて平仮名で書いた時のダサさ。
武将の名前なんかも一気に弱そうになりますよね。


虚空 本来さ、小学生とかは漢字を覚える事が好きなんだよ。日本人って外来語の響きに弱いから。だから低学年とかはカタカナ言葉。4~5年生では漢語を多様しはじめた。それが「気取り」とか「生意気」だった。
でも今は漢字はテストと直結で「面倒くさいもの」になってしまって、語感とか見た目を楽しむなんていう発想はなくなった。
かろうじてそれが残っているのが外国人の入れ墨とか中二病だとかの世界っていうのはね・・・・


諷虹 意味がよく分からない時って脳内で漢字変換ができないですよね。よくあるネタでは「はろう注意報」。「ハロー」って外国人が現れるのかよ、って。
ネット検索 https://matome.naver.jp/odai/2145223038461598101


虚空 だいたいこの前の「令和」だってそうだったじゃない。ああやって文字が示されても「霊和」とか「零和」とかのイメージから離れられなかった。


諷虹 漢字がない、知らないからこそのイマジネーション。


コバルト 立ち位置。

コバルト 新札のデザインで波があるんですね


虚空 北斎ね


コバルト 波立つ・・・そうとうすごい時代になるんじゃないの。平成っていう次だけに
・・・・嵐の前の静けさ


虚空 それこそグチャグチャになって、そこから何が突き抜けていくか・・・日本神話でいえばクラゲナスタダヨエル状態・・・混沌・カオスの時代が令和。

☆「柔らかく生きる」構え

2019年4月12日 前半の午後7時~8時半くらいまでは諷虹・虚空との二人のやりとりでした。
放送が始まったばかりの今季アニメなどの話題も交えながら自由にやりとりしています。


*ラインでのコバルト発言について
諷虹 硬さからは何も生まれない・柔らかさから何か生まれる可能性を孕んでいる、っというのをみて思ったんですけど、日本語で「頭が固い」とか「柔らかい」とか「柔軟な発想」とかって言い方があるじゃないですか。
柔軟っていう言葉にはプラスの意味が入っているようなイメージがね。


虚空 「優柔不断」なんていうと世間的にはマイナスっぽかったり、「骨太」とか「信念を曲げない」とか


諷虹 「強固な意志」とかですね。
*ネット検索
「柔能く剛を制す」
【類義】
怒れる拳笑顔に当たらず/堅い木は折れる/木強ければ折れ易し/木強ければ即ち折る/強大は下におり柔弱は上におる/弱よく強を制す/柔剛に勝つ/柔能制剛/柔は剛に勝ち弱は強に勝つ/柔を守るを強という/茶碗を投げば綿で抱えよ/柳に風折れなし/柳に雪折れなし


虚空 昔さ、新宿に京王プラザが日本一のビルとして建てられる、っていうときに耐震のために「柳」がヒントになったっていうのをやってたのを小学生ながらに「へー」って思ったのを思い出した。同じことで出たのが五重の塔。ガシッと建てていたら倒れてしまう、って。


諷虹 ヘニャヘニャでもダメですよね。両極性を持っている感じですよね。


虚空 以前、一本足の高下駄を持ってきてみんなに履かせたことがあったじゃない。あれもさ、自分もそうだったけど、バランスを崩して倒れるのを怖がって、絶対崩れないようにって踏ん張っているうちは怖くて支えから手が離せなかった。
でも「揺れて当たり前じゃないか」って思えた瞬間、突然普通に歩けるようになった。
だんだんと上手くなったんじゃないんだよね。
で、他のメンバーにやった時も、どうしても怖くて固まっているやつには「ユラユラがあたり前なんだから普通にユラユラしてみなよ」って言ったら、やっぱりすぐに歩けるようになった。あれは印象的だったね。


諷虹 さっきの「柔能く剛を制す」もこの感覚ですよね。


虚空 それこそ「感覚」。もう一つ思い出したのはヒマワリフクロウさんのお姉ちゃん。最初見た瞬間から「乗れそー」って言って、ルンルンに歩き回った。なんのためらいもなく。で「そろそろ(家庭教師の)授業を始めるよ」って声をかけたら「えっ、もう?」って言った瞬間にバタンと転んだ。夢と現実の問題だったんだと思った瞬間。

ちなみにこの時、しばらくしてお母さんがお茶菓子を持ってきてくれて、わきにあった高下駄を見た瞬間に「乗れそー」っておんなじことを言った・・・さすがは「親子」って思ったね。それで「履いていいですか」って・・・やっぱりすぐに履いて軽やかに歩き回ってた。
諷虹 思い出したのが「少女終末旅行」・・・「絶望と仲良くなる」ってやつ。あと地図の男の回。地図がなくなったらもうダメみたいに言っていたけど、なくなったらなくなったで次の行動・・・前向きになれていた。ビクビクする感覚を受け入れると落ち着ける。


虚空 だからさ、あの時もう一つ意外だったのが、一緒に買った二本足の高下駄。じっと立っていればそりゃ安定しているんだけど、一本足のをはけるようになった後にもう一度歩いてみると、これが怖くて歩けたもんじゃなかった。実際にバタッと転んだしね。バランスを崩しかけてもすぐにキャッチできない。キャッチできた時にはもう転ぶレベル。デジタルなんだよね。0か1の。

一本足だと常に傾きのデータが足の感覚に連続して伝わってくるから、しなやかに対応できたんだろうね。


諷虹 敢えて旧型の兵装を使うベテランみたいな。まさにコトブキなんてそうですよね。あとは、オートフォーカスが嫌いで旧式のカメラを使うとか。


虚空 自分もそういうのにこだわっていたんだけどね・・・・体がついてこないから・・・マア、退職の時にそんなことを愚痴ったら、あるお母さんに「でも、そういう文明の力のおかげで、体調を崩しても出来ることがあるんじゃないでしょうか」って言われて・・・あれは強烈に印象に残っている。
それも一種のしなやかさだろうね。


*老化が進んでいることへのぼやき


虚空 さっき言っていたような「両義性」が自由自在っていうのが、単に「柔軟」ということよりも大事なポイントなんだろうね。


諷虹 水の・・・固体にも流体にも・・・っていうのがすごいことなんだろうね。しかも気体にもなるし。身近な生活の中でどの姿もみせてくれるというのはね。
素粒子なんかだと見えないだけ。


虚空 日本っていう国の位置も、水の三態を目の当たりにするにはちょうどいいんだろうね。


諷虹 そもそも水に囲まれていますしね。


虚空 水が豊かな恵みをもたらせてくれる・・・でも水害ももたらす


諷虹 まさに柔軟な存在ですね。


虚空 今、フッと浮かんだのが、「このすば」。異世界カルテットの影響もあるんだけど、あの堕女神が水芸をやっている姿と、めぐみんが爆裂魔法、っていう組み合わせ。
直接は関係なさそうだけど・・・・。


諷虹 水蒸気爆発とか・・・。水素が爆発して水が出来るというのもありますからね。


虚空 あのアニメってこのすばメンバーが目立ってたよね。


諷虹 このすばメンバーの柔軟な対応があるから、あれだけの違う番組のキャラたちが結び付けられる。


虚空 それぞれのアニメの中でも、異なるタイプを何だかんだとぼやいたり文句を言いながらも包み込んでいるのは、このすばチームだもんね。


諷虹 ハグレモノ同士みたいなところもありますからね


虚空 だからいろんな番組のキャラが一堂に会したというようなあんなアニメで接着剤の役割を果たしているんだね。
*今季アニメの話題いろいろ
虚空 ・・・「世話やきキツネの仙狐さん」あれはベースに日本人の多くが共感しうるような「おばあちゃん」がらみのイメージ満載だったじゃない。芋の煮っころがしとかご飯に味噌汁とか、ほうじ茶とか・・・・。あれがもしさ、オムライスにハートマークなんて感じだったらアホな妄想アニメにしかならないよ。


諷虹 ここ数年、キツネのイメージって変ってきていますよね。以前はキツネっていうとタヌキよりも狡猾な感じで人を騙すというようなのばかりだったのが・・・・「このはな綺譚」もそうですよね。
あと・・・・「繰繰れ! コックリさん」キツネも犬もみんなイケメンなんですが・・・女性作家なんで。
主人公の女性がダメ人間で、何とかまっとうな人間にしようと頑張る話なんですけど。
その子が市松人形のような姿で、カップラーメンしか食べない。
ここでも世話焼きのがキツネ。


虚空 尻尾の大きさが半端なかったもんね。ドッグデイズ2期のリス「クーベル」に匹敵するかどうかっていうような。


諷虹 あの尻尾の質感はね・・・


虚空 あとOPでの炊飯器から尻尾が出ている姿


諷虹 ごちうさでもそうですけど「モフモフ」っていう言葉。


虚空 いつごろからだ?昭和のころはあまり聞かなかったような気がするけど・・・もっとも自分はあまりアニメも漫画もみていなかったけど
*ネット検索 2000年代後半から広まったインターネットスラング


諷虹 メジャーにしたのは「ごちうさ」でしょうね。子猫なんかでは使われていましたけど。なでることを「モフル」って。


虚空 昔、「うる星やつら」でコタツネコにあたるがからむ回があったけど・・・あれなんて今風にいえば「もふる」だったんだね。


諷虹 爬虫類だったら「ぬめる」ですかね


虚空 いや、爬虫類ってみんなヌルヌルっていうけど、実際にはカサカサだよ。小さい頃に一人遊びばっかりだったから、トカゲとかヘビとかよく遊び相手になってもらっていたけど・・・・
だからちょうどコバルト君のクラスの時に、通勤途中で道に蛇が死んで転がっていたのを拾っていって・・・希望者には触らせたんだけど、みんなビックリしてた。
両生類のカエルとかの混同しているのかね・・・・


諷虹 タオルの感触って・・・反則ですよね。柔らかい上に自分の家の匂いがする・・・高校の時にタオル持参で寝る気満々だったのが結構いましたから


虚空 「ゆゆ式」にもあったエピソードだね。家の匂いっていうことだと、おうち意識を分析した時にも出てきたけど・・・アニメだと「のんのん劇場版」のれんげ


諷虹 仙狐さんをみていて「たたみ」とか「味噌汁」とか・・・そういった嗅覚が刺激されるのがありますね。ごちうさも「コーヒー」とか「パン」とか、嗅覚刺激がね・・・


虚空 おうち分析で「におい作文」・・・茨城町の子たちの作文は印象的なのが本当に沢山あって、どれを使うか絞り込むのが大変だった。


諷虹 私、ホテルのじゅうたんの匂いって落ち着くんですよね。あと映画館。あの匂いが昔から好きで、気持ちが切り替わる。


虚空 匂いによってトランスフォーメーションっていうのを受け入れることが出来るかどうか、っていうのは「構え」の上でも重要な課題。
旅先での匂いがいつもと違うから逆に不安定になって眠れない、っていう子もいるしね。自分なんかもそういうタイプだった。さすがに枕は持っていかなかったけどね。

☆「天と地」「龍と鯉」・・・ 諷虹宅やりとり

この問題についてかつて詳しくやりとりしたのは「君の名は。」が話題になっていたときです。天と地をつなぐもの。
令和になる頃には「子どもの日」もやってきますね。
次代を担う子ども達に本当に必要な事というのを真剣に考えないと取り返しのつかないことになります。
(小学校5年6年での教科担任制が真面目に議論されるんだとか・・・何故初等教育では学級担任制が大事なのか、本気で分かっているんでしょうかね。)

やりとり後半では「シンデレラ」や「魔法少女」と「犠牲論」「貴種流離」などの話も飛び出します。




*2019年4月5日 諷虹宅
虚空 えんどろ~(先日最終回を迎えた冬アニメ)についてどうよ

諷虹 魔王というしがらみは外さないといけないんだろうなとは思いましたね。魔王廃業。あの手のほのぼ系であっても魔王という役職までもが丸くなるというのはないんですね。


虚空 あのチビドラゴンって結局どっからきた何者だったの?


諷虹 何でも食べるっていう設定。あれが一種の浄化器官になっている・・・でもこの前出てきた海回の魔王(邪心)はそのまま出てきましたけどね。


虚空 浄化というよりは「封印」かな。でもよくあれだけ腹の中に蓄えるよね。四次元ポケットというかブラックホールというか・・・・


諷虹 剣のサビをとるという回もありましたよね。再生的な機能


虚空 チビとはいってもドラゴン・・・竜・・・龍だからね。


諷虹 みかけではユーシャのお供のような感じでしたけど。この手のRPG物の元はドラゴンクエストだと思うんですが・・・。何が違うかと言うとラスボスの魔王が竜なんですよね。竜王っていってね。メイドラゴンでもドラゴンは人間に仇なす存在じゃないですか。


虚空 さっき、春アニメの予約設定でCSチューナーを開いたら、ちょうど「りゅうおうのおしごと」をやっていた。あの「竜王」(龍王)っていう名称だってね・・・。
「龍に成る」・・・だいたいこの「成る」っていう文字だって・・・


諷虹 (ネット検索)字の書き方で昇り竜と下り竜
なお、本将棋の駒(飛車の裏面)では、「龍」の字の旁の最後の画の「はね」を大きく上向きに強調した崩し字が使われることが多く、これは「昇り龍」を意味している(対
して竜馬でははねを下向きにした「下り龍」が使われる)。


虚空 上野の東照宮にもあるよね、「昇り龍」と「降り龍」の彫り物。


諷虹 英語だと滝は waterfall だから落下のイメージしかないのかな、って。
でも日本人は「鯉の滝登り」でも竜(龍 タツ)でも落下に逆らっていくイメージもある。

虚空 アユの遡上なんかにも惹かれるよね。それと同時に「落ち鮎」なんていうのもね

諷虹 鯉の入れ墨ってあるじゃないですか。「竜に成る」っていう意志の表われみたいな・・・。スカジャンとかだと竜と虎がワンセットだけど・・・。


虚空 「成る」ってさ、成長なんということからも分かるけど、もともとそうなる可能性を孕んでいたもの、っていう意味合いもあるんだと思う。上原先生の「芸談の研究」
でも「移りと成る」なんていう項目があって、随分前から気にはなっているんだけど・・・あの本は自分の読解力をはるかに超越してて・・・・
えんどろ~で言えばさ「勇者になりたい」からといって誰でも勇者に成れるわけではないじゃない。やっぱり何らかの「資格」・・・犠牲論的な意味での資格者。
だから困難にぶつかる・・・・本来の意味での犠牲。貴種流離。
それを絵本とかにすると「アンパンマン」・・・やなせさんの言葉でいえば正義のヒーローは身を削るもの。そんな見た目だけが格好いいわけじゃない。正義を貫くほどボロボロになっていく。


諷虹 5月の鯉のぼりってどういう意味合いなんでしたっけ。

*ネット検索 もとは武家の習慣。

虚空 劇場版「若おかみは小学生!」での鯉のぼりが画面いっぱいにっていうあのシーンに込めた想いだってね。

だいたいさ、鯉って魚は食べようと思っても大変な魚じゃない。
骨の作りは複雑だし、やたらと固いし。それこそ「骨太」。そんなイメージもあるんじゃないかな。もっとも最近の人は鯉を食べたことなんてないっていう人が多いだろうけど。


諷虹 しかも長寿だし・・・いいとこのお庭で飼われている。


虚空 お金の価値では決まらないけどさ、海外の富裕層でも注目されているんだろ。極上の錦鯉なんて一匹1000万以上だろ。


諷虹 ネットでみると2000万~3000万なんていうのもあったようですね。


虚空 だいたい、庭の池で一匹だけ泳がせるなんていうのはないんだからさ、とんでもないお金をかけている・・・そこまで惹かれる理由は何なんだろうね。


諷虹 それと鯉のぼりがはためいている・・・青空を泳いでいて自分が海底にいるような感覚。


虚空 そのことなんだけどさ、この前ラインで出した「のんのんびより」のOP。あの歌詞なんかと今の言葉との接点・・・。
なないろびより  
魚になって空は海 飛んでるように泳いでる
あの山をヒトツ越えたら見えてくる
真っ直ぐに伸びたあぜ道にだれかの小っちゃな忘れ物
片っぽになったクツが示すは晴れ
ゆるやかに続いてく日々は答えなどない
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
逆さになって海の底 深く潜って目を凝らす
ふたつ並んだ足跡は続いている
時計は乾いた音を止め世界は今にも消えそうだ
片っぽになったクツを拾いにゆこう
夜が来て朝が来て繰り返して息づく
宝物を集めてさ 歌うように泳ごう
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
晴れたら手を繋いでさ 雨なら潜ってさ 染まる町を眺めよう
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
歌うように続いてく
作詞・作曲はnano.RIPEのボーカルであるきみコが手がけた。


虚空 よく読めば読むほど謎めいているじゃない。
「息継ぎしたら消えた」とか・・・。


諷虹 そういうんだから水の中じゃないですか。で、息継ぎしようとして水から顔を出すことで「現実世界」に戻ってしまって「消えた」
「前略、道の上より」もそうじゃないですか。(動画サイト)
素意や 素意や~
咲きほこる花は散るからこそに美しい 
散った 花片は 後は土へと還るだけ
それならば一層斜めを見ずに 
おてんとうさんを 仰いでみようか 
海を潜るには 息をとめなきゃ潜れない
息を止めるのが いやなら海には入れない 
海には海の世界があるし 
そうして再び 潜らずにいられない 
山を又登る 登り疲れてふと休む 
辺りの景色が 心支えと又登る 
微かに山の匂いを嗅いだ 
それだけで 人は優しくなれる 
波が続く様に 時の刻みも又続く 
風も吹き止まぬ 時の刻みも打ち止まぬ 
やれこれと返す事のべの中で 
何が生きていく 証なんだろうか
特に関連が深いのは2番の歌詞なんですけど・・・・
こうやってみると4番の歌詞も・・・・


虚空 さっきさ、分校跡地の桜を撮りにいったんだけど、毎年撮りにいっていてもイチョウの大木・・・その根元をじっくりと見た事ってなかったんだよね。
そしたら銀杏の実がたくさん落ちていて。子どもらがいたころは秋には銀杏を拾ってたけど、それが過去何年にもわたって根元に落ちているという感じでさ。去年のとかそれ以前のとか・・・。










なんかそれを1番の歌詞をみて思い出した・・・ついさっきのことなんだけどさ。


諷虹 日本男児のような歌で・・・桜の花とかも・・・


虚空 桜にしても、降り積もった銀杏にしても「代送り」っていうのを意識させるじゃない。それがあるからやっぱり日本人は桜とか紅葉とかが好きなんだろうね。単に見た目だけが美しいっていうのもあるけど。

・・・桜や紅葉の美しさって「別世界」を感じさせるから特別っていうのもあると思うけど。それはもう間もなく「散っていく」っていうのが分かっているから。葉にしてみれば死に際の刹那に最高の美しさをみせて散っていく、って。
葉っぱのフレディなんかだとそうした散り際云々というよりは、大樹に支えられての生命の循環というのが強調されているんだと思うんだけど。
日本人の方が「一期一会の美しさ」の印象の方が強いんじゃないかな。「また来年ね」っていうよりはね。
まあ桜に関しては散ってすぐに新緑が芽吹いて「葉桜」になっていく・・・なんていうのも大きな魅力なんだと思うけど。


諷虹 改めてなないろびよりの歌詞をみると、ここでも「時計」が出てきてるんだな、って思って。


虚空 それは「色づく世界の」との関連?


諷虹 片っぽになった靴っていうのが、そこだけみるとシンデレラ・・・時間がくると魔法がとけて・・・


虚空 夏休みとかが終わる感覚かな


諷虹 シンデレラが日本人にどうしてあそこまで受けるのか。桜じゃないですけど、一夜だけ魔法でお姫様になれるというところが・・・夢のような時間。
結果的にはずっとお姫様になれますけど・・・。


虚空 昭和の頃の魔法少女モノ・・・魔法使いサリーにしてもひみつのアッコちゃんにしても、女の子の憧れの象徴だったわけだよね。夢の世界の象徴。
今では深夜アニメで魔法少女モノっていったら悲惨な展開のばかりだけだけどさ。夢もへったくれもない。夢が打ち砕かれて、世界の歪みを一手にひきうけてしまうような・・・。どうしてこんなに歪んで自分勝手なやつらのために、自分達が命をはれなければならないのかという葛藤。
美樹さやかなんて、それで魔女になってしまったようなもんじゃない。
ああいう魔法少女モノばっかりみていたら「魔法少女」に憧れる幼児なんていなくなるよね。
まどマギの劇場版が公開された時に、絵柄と魔法少女ということだけで、内容をよく知らない人がちっちゃい子をつれて映画館にいって・・・途中で子どもが泣きだしたから出てきた、なんていう話もあったじゃない。
リリカルなのははそこまで歪んだストーリーではないけど、「魔法」という特殊能力を身に着けた代償として、大変な運命を背負う、というのがこのところの定番。


諷虹 昭和のをそこまで真面目にみたことがないんですが・・・シンデレラではカボチャの馬車に、ネズミを馬に変身っていうか何かを変えるわけじゃないですか。この前なのはをみても町が壊れてもそれは直せない。砲撃魔法しかつかえない。


虚空 それはあるよね。魔法で何でもできるというんじゃなくて、個々人で魔法特性があるというのが今のスタイル。それは「盾の勇者・・・」でもそうだしね。本来はそういう設定の世界の中でいろいろできちゃう「いせスマ」は例外中の例外。


諷虹 (シンデレラの魔法に関して)八百万っぽい部分があるのかな、って。


虚空 人間の分際で、っていうので古いのだったら、実写版の「河童の三平」があるよ。河童の妖力を身に着けた三平が、人間の分際で妖力というので妖怪の祟りがあって、それを母親が身代わりになって受けてしまう、という・・・。
それぞれの持ち分。
霊能力みたいなのもそうだよね。霊感が人並み以上にあったりすると、それが困難の引き寄せる。魔法資質でも才能のある子ほど苦しい人生を送る。
それを「少女」っていう立場の子が一身に背負うところが「犠牲者」「稚児」なんていう意識のベースをもっている日本人のツボなんだろうね。

追記
*類化性能やイマジネーションを刺激するための論理ワークシート
言語感覚のワークシートなどを作成したらという話になる。
ネット検索
「シンプルかつ語呂のいい日本語で打線くんだ」
http://chaos2ch.com/archives/4595956.html
虚空 ヒマワリフクロウさんがノリそうなサイトだね。
文学史なんていうのも嫌いだったけど「国木田独歩」(くにきだどっぽ)も頭に残りやすいけど、それの誤答としての「こくもくだひとりあるき」っていうのも一発で頭に残った。