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☆「あれかこれか」から「あれもこれも」の姿勢に成る・・・とは?

2019年4月26日 諷虹・虚空やりとり、その2です。
先ほどの「料理」「味覚」「匂い」等々の話から、諷虹君がそれらの感情照応がとんでもなくずれてしまった主人公が描かれるアニメを紹介してくれました。「東京喰種 トーキョーグール」というのですが、人肉しか美味しいと思えない体になってしまいます。

「いくらなんでもそういう話題は無理」という方々は、アニメの内容やセリフ関連はどうぞ遠慮なく読み飛ばしてくださって結構です。

やりとりの内容は、ここから「数学ガール」という本のこと、そして上原輝男先生の教育に関する語録紹介・・・そして「食べる」という視点で人間を見つめてみると・・・という方向になります。それはまた次のブログ記事として紹介します。

諷虹 「東京喰種 トーキョーグール」なんていうのは、舌の作りが違う存在になって、人間の食べ物が全くダメになった。1話はそこの葛藤が細かく描かれていて、絶望感をものすごく共感しましたね
https://gyao.yahoo.co.jp/player/00198/v08701/v0866300000000531835/


虚空 自分も半年近く味覚障害になったことがあるけど、あれは本当に辛かったね。やっぱり人間って栄養素だけではダメ。精神的におかしくなるよ。
「盾の勇者の成り上がり」でも主人公は異世界にきてしばらくは味覚を失っている。それがあることで味覚を取り戻すんだけど・・・他人ごとではなかったね。
そういえば諷虹君も味覚障害になったことあるよね。


諷虹 数週間で治りましたが、あんなに舌ざわりだけど味が感じられなくなるのはね・・・。味覚チェックでレモン汁を飲む時も、水と変わらない。でも喉には水と違う刺激がある。
チョコなんてやばかったですね。味がしないのに溶けていく。
味がないのに触感だけっていうのはね・・・


虚空 自分はそれがシュークリームとかケーキだった。生クリームとかのね。味がしないのにベタベタしたものが口いっぱいに入っていることの気持ち悪さ。


諷虹 髭剃りの泡が口にいっぱいっていう感じですよね。脳が拒絶反応起こしている


虚空 だからさ、やっぱり個々の感覚とかは独立しているんじゃなくて、密接にリンクしているのが人間だよね。
そうすると「思考・感情(イメージ)・構え・用具言語」って便宜上分けていても、それは相互的に複雑にからみあっている。その統合具合をある意味で端的に教えてくれるのが英才児と上原先生は感じたんだろうから。
「感情照応」「感覚照応」なんていう言い方もよくしていたけど・・・今のその「東京喰種 トーキョーグール」っていうのは味覚を感じなくなったのではなくて、人間としての味覚と脳の対応がずれる話なんでしょ。


諷虹 一話の後半では、人間が上手そうに感じるようになってしまうんですよね。
空腹が引き金になって。飢え死にするか人を食って生きるかの二択を迫られる。
Wikihttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%96%B0%E7%A8%AE%E3%83%88%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%83%BC%E3%83%AB
人間社会に紛れ込み、人を喰らう正体不明の怪人喰種が蔓延する東京。
上井大学に通う青年金木 研(カネキ ケン)は女性の喰種神代 利世(カミシロ リゼ)に襲われ瀕死となるが、直後に起こった鉄骨の落下がリゼに当たったことで捕食を免れ、命も取り留める。しかしその後、彼女の臓器を移植されたことで、半喰種となってしまう。それ以来、カネキは苦悩と恐怖に満ちた日々を送ることになる。

序章
読書好きの平凡な大学生カネキは、好意を寄せていた少女リゼと小説「黒山羊の卵」がきっかけで知り合い、本屋デートをすることになる。別れ際にカネキは、喰種の本性を現したリゼに襲われ瀕死の重傷を負うが、突然リゼの頭上に鉄骨が落下したことにより危機を逃れ病院に搬送される。しかし重傷であったカネキは、嘉納 明宏(カノウ アキヒロ)という医師の判断により、リゼの臓器が無断で移植されることになる。

手術後、目を覚ましたカネキの体にはある異変が起こっていた。今まで食べてきた食物を口にできなくなり、代わりに人肉に食欲をそそられるようになってしまったカネキは、喫茶店あんていくの従業員である少女霧島 董香(キリシマ トーカ)と同店の店長を務める芳村(ヨシムラ)、二人の喰種に出会う。

あにこ便 一話概略  http://anicobin.ldblog.jp/archives/39679108.html
飢えた主人公が食欲を刺激された際のセリフ
「この香りは初めて嗅ぐのにどこか懐かしいような 
まるで母さんの手料理のような優しい香り 
僕にも食べられる何かがある!」
実はその香りは死体の匂いだった。
「死体の香りにつられていたなんて・・・」
(中略)
死体を前にして
金木「・・・助けてください 
信じてもらえないかもしれないけど僕は人間なんです。
なのにそれを食べたくて・・・食べたくて仕方がなくて
でもそうしたらもう人間ではなくなってしまう!」
トーカ「そんなに苦しいなら食いなよ」
金木「・・・・・・いやだ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・
そんなの食べられるわけないだろ
なんだよこれ・・・なんだよ喰種って人は殺す、仲間同士殺しあう。僕はそんなんじゃない
僕は人間なんだ!!」
トーカ「馬鹿みたい さっさと諦めたらいいのに
食べる勇気がないなら アタシが手伝ってやるよ(肉片を口に押し込む)」


虚空 この作品の設定って、どういうことを描きたかったのかね?


諷虹 んー・・・結局のところ主人公が「人間」と「グール」との両面を持っていて・・・人間はグールを問答無用で退治しようとするけど、グールにもいろいろあるということに気が付いていく。

で、どっちつかずというよりも「どちらでもない?それは違う。君は喰種であり、同時に人間でもあるんだ。二つの世界に居場所を持てる唯一人の存在なんだよ」って店長に助言されて・・・。本当に狩られる対象なのかっていう。か弱いグールの女の子も出てくるし。
ただ、途中でついていけなくなって、この作品を追いかけなくなったんで・・・後半は分からないですけど。
でも人間もやることがえげつないんですよね。


虚空 「盾の勇者」では人間に差別・迫害を受け続けている「亜人」が出てくる。「異世界はスマートフォンとともに」でも共存できている町もあれば、差別意識の強い一部貴族たちも出てくる。

この前から差別意識についても出てくるけど、だいたいそういう意識が前面に出てくるキャラって、特権階級だよね。そもそも亜人じゃなくたって庶民に対して上から目線しかないから。
そうした差別感覚がなくなってきた世界を描いたのが「亜人ちゃんは語りたい」だったけど。流れとしては「となりの吸血鬼さん」もそういうことかな。


諷虹 (グール)ヒロインの「確かにアンタは喰種じゃない。でも人間でもない。どちらにもなりきれないアンタに居場所なんてないんだよ」っていうのは、さっきの店長のセリフとは対極ですね。
ここに「添加」っていうこともからんでると思うんですが・・・。
*原作登場 アニメとは構成がだいぶ違う
アニメではなかったやりとり
主人公 助けてください。お願いします。あなた以外に頼れる人がもういないんです。この身体になってからすべてが最悪あんです。お願いします、僕を。
ヒロイン やだ。その眼と言っていることからしてアンタ、元は人間で今はグールってこと?ふーん。

教えてよ、元人間。ケーキって本当はどんな味なの?吐くほど不味いからわかんないんだけどさ、あれ、人間は美味しそうに食べるじゃない。ドーナツとかタルトとかさ。
誰にも命を狙われない生活はどうだった?喰種捜査官とか頭のおかしい喰種にも怯える必要のない日々は?ねえ。教えろよ!
すべてが最悪?ざけんな!だったら私は生まれた時から最悪ってワケ?誰がお前なんか助けるか 馬ァ鹿 一人で勝手に死ね。

*無理に人を喰わされたあと
主人公 ヒ、ヒトの肉なんか喰べられるわけないだろ。喰べられるわけないじゃないか。僕は人間だ。お前ら化け物と違うんだあッ!! 人間の肉なんか喰えるかよッ!!
お前ら化け物と僕を一緒にするなッ!!
ヒロイン (主人公をボコボコにして)
偉ッそーに…ご立派じゃん。
確かにアンタは喰種じゃない。でも、人間でもない。
どちらにもなりきれないアンタに居場所なんてないんだよ。
そこまで人間気取りしたいなら、一回限界まで飢えてみたらいい。
言っとくけど、喰種の飢えは、マジで地獄だから。



虚空 さっきの店長の「どちらでもない?それは違う。君は喰種であり、同時に人間でもあるんだ。二つの世界に居場所を持てる唯一人の存在なんだよ」ってさ、昔から教室でも強調していた「あれかこれか ではなく あれもこれも」っていう発想。
ここでいえば「夢か現実か」ではない両者を同時に踏まえつつ超越した「超現実」の生き方だよね。


*この店長の、このあとのセリフ
「私たちの店へ来なさい。喰種の生き方を教えよう。人間の居場所を守る道にもきっと繋がる筈だよ。そして少しで良い。人間である君に私達(喰種)のことを知って欲しい。我々がただの飢えた獣なのかどうか」



虚空 この店長さんは、はっきりと「人間である君」って認めた上での提言なんだね。さっきのヒロインは「どっちつかず」って言っていたけど、どっちもの存在。
「あれもこれも」っていうとね、単なる「いいとこどり」とか「調子のいい風見鶏」なんていう風に受けとめて批判する人がいるけど・・・・その時その時の自分勝手な利害でコロコロ態度を変える、っていうレベルでとどまったらそうなのかもしれないけど、本当に「あれもこれも」っていうのは、対立を超えて大きく包み込む境地を意味する・・・「認識の次元そのものが高次元になっていく」という感覚。
目先の利害でしか考えられない次元に留まっていると、結局は自分の認識のレベルでしか物事をつかまえられないから、安易な批判になってしまうんだね。
このあたりのことも、今回のダンデリオンツイッター記事の孔子様の言葉と深くつながっていそう。

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学問研究することで物事の真理に到達することは可能ですし、またそうやって学問研究しなければ、どんな徳目も軽佻(けいちょう)浮薄(ふはく)な独断と偏見によって捻(ね)じ曲げられてしまう危険性があるということです。
(中略)人に人格があるように、その表の人格とは異なったさらに奥深い精神や魂、さらには、祖先たち死者たちの霊界とのかかわり方さえも示すような、「霊(れい)格(かく)」というモノも、私たちにはあるような気がしています。『史記』という書物を読むと、孔子が、老子に面会してわずかな時間ながら教えを受けた後、老子のことを「あの人は竜のような人だ」と弟子たちに言ったそうです。
おそらくこの「霊格」の違いを思い知らされた、というお話なのだろうと思っています。またこうして素読プリントを作っていると、いろんな人々の書く文章にも「文格」とでもいうべきものが備わっているのを実感します。
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虚空 こうした「格」ということを意識していないと、自分の器でしかとらえられていないのに、知っているだけで「全て分かっている」っていう傲慢な姿勢になってしまうんだろうね。
コバルトブルー君が書いていた「馬鹿製造工場」「クイズ王選手権」っていう例えもそういった事を直観してのことだと思う。
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