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☆「ネット社会で歪んでいく意識」 今季アニメ「うちの娘。」から

今季アニメで略称「うちの娘。」(本当のタイトルは長いので後述)

異世界が舞台で、森の中で親と死に別れた幼い子と巡り合った青年が、自分で保護者になって育てようと決意するのが第一話でした。

非常に大真面目に描かれていたので 諷虹・虚空両名とも好感をもったのですが、ネットではいわゆる「幼女嗜好」というかなり歪んだ見方の感想が飛び交っています。

こうした書き込みをする方々は社会全体としては多くはないのかもしれない・・・でも、ネットでそれを日々目にしている若者達の意識の中に、「純粋に幼い子を可愛いと思う、守りたいと思う」という人間としてあたりまえの「優しさ」のような気持ちや態度まで「変態である」という刷り込みが着実にされていっているのではないか・・・そんな危惧を抱きました。
諷虹・虚空の2019年7月5日のやりとり。
*諷虹君がまずあるランキングについて紹介。

最も男心をかき乱したアニメヒロインランキング
1位 峰不二子
2位 高木さん
3位 浅倉南

諷虹 投票している人っておじさん世代だと思うんですけど、2位が高木さんっていうのが


虚空 何なんだろうね・・・もしかしたら、中学校の初恋の思い出をくすぐられてるのかな。妙に歪んだ性的な部分もない・・・初心な日常だから、昭和世代にピッタリだったのかもね。
川柳少女にもね。

諷虹 (あの少女が片思いする)ヤンキーだって昭和気質だし。
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☆「うちの娘・・・」
正式タイトル「うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない。」


虚空 あれなんてみるとね、今の社会が忘れているような・・・かつての・・・幼い魂を愛しむとか、守ってやりたいっていう本能のようなものを描いている・・・今の社会に対して、それに目覚めようよ、といっているようなね。決して幼女趣味なんていう歪んだ観点じゃなくて、かなり大真面目に描いていた。


諷虹 今は守ってやりたいじゃなくて、守られたいですからね。大人になっても。
(バブみ)
⇒年下の女性へ求める母性、あるいは年下の女性から感じる母性。(ピクシブ百科)
注)ネット上などではどんどん意味が変化してしまっている


虚空 そう考えるとね、自分達とかいわゆる普通の家庭で育っている子たちとは、全く違う意識世界が出来上がっていると思うんだよね。そういう虐待とか受けている子たちは。
そうした結果、「みんな」と称せられる社会の型からはみ出ていると、精神に異常があるというレッテルをはられてしまう。
学校でもいろんな精神の歪みに対して名称がつけられているけど、それの功罪っていうのもあると思うよ。

自分が教師をしていた頃だって、今だったらそういう病名がつくようなケースはあったのかもしれないけど、知らぬが仏というか、そんなことを全く気にしないで対等に接していたから、周囲が驚くような変化が起きることだって珍しくなかったからね。

諷虹・虚空の2019年7月6日のやりとり。

諷虹 「うちの娘。」見たんですけど・・朝みたんですけど、朝見るのにちょうどいい

虚空 大真面目に描いているでしょ、そんな歪んだ幼女趣味のようなんじゃなくてね。そういう点ではうちのメイドがうざいとかわたてんとかとは別の系列だと自分は思う。

むしろ現代社会の、人間としてあたりまえにあると思われるような「幼き存在を愛しむ」っていう感情。でもペットと違って大きな責任を持つ・・・それをちゃんと主人公は自覚しているから最初は孤児院に預けようとするわけだよね。

極めて現実的にちゃんと描かれている。現代人が大きな忘れ物をしているのを警告するかのようにね。

でも、ネットの感想サイトをたまたまみたら、もう歪んだ発想のオンパレードだよ。
自分の尺度でしかものをみないと、本当の善人でも悪人とか変態扱いされてしまう。

例えばこんなサイト

http://anicobin.ldblog.jp/archives/55540226.html



諷虹 感想サイトってそういったのばかり抽出しているようなところもありますからね。


虚空 一種の情報操作のようなことがあるよね。

で、問題なのはね、そういった歪んだイメージが一般化してしまうと、本当に心から大真面目に幼い子どもを大事にしようとしても、それは変態なんだというイメージを世間全体が持ってしまったり、あるいは若者がそういうイメージに染まってしまうこと。

それで結婚して子どもができても、逆にね一生懸命可愛がるのはおかしい、っていう無意識が働きかねない。


諷虹 うちのメイドとの違いで最も出ていたのはお風呂にいれる場面かな、って。

ラティナの方は恥じらいがあったけど、男の方はまったくない・・・異性としてみていないで全く子どもとして観ていた


虚空 単に汚れ切っていたから洗おうね、だよね。だから洗ってやる描写はナシで音声だけ。


諷虹 飲み屋のあの女性も途中で入ってきたって「男がやるべきじゃない」なんていうことは言わない。あれも自然体っていう感じですよね。



虚空 そうなんだよ、全く普通の親子の感覚で描かれている。いいお父さんやってたよね。
添い寝の場面だって、全然おかしくなかったしね。


諷虹 さっきの和洋折衷じゃないですが、異世界と日本の融合を感じたんですよね。
一番最初の動機も、日本人的・・・「これを知ってしまったからには・・・」っていう江戸人のような情のもろさ


虚空 埋葬もしてやっているしね。


諷虹 あと、ラティナが大人を気遣って「大丈夫」っていうあの言葉ですよね。あれ、英語圏では十分に表現できないんじゃないかって。


虚空 言葉の使い方で、あの子が実はとってもかしこいんだ、っていうのをきちんと描いていた。
主人公がやっぱり引き取るって決めた時も「大変な覚悟」を意志で行ったというよりも、愛情がそれを自然に上回ってのこと・・・だからこれから想定外の苦労があっても、あの子の笑顔に救われてやっていけるんだろうな、ってちゃんと予感させる。
まあそれがあのながーいタイトルにも表れているんだろうけどね。

「うちの娘の為ならば、俺はもしかしたら魔王も倒せるかもしれない。」

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感情エネルギーがどこから湧いてくるのかという話題のあと
虚空 さっき言い忘れたんだけど、「うちの娘。」の主人公が岡本信彦さんだから、っていうことで ラストオーダーを守ろうとするアクセラレーターとのイメージでも随分とコメントされていた。こっちもやっぱり歪んだ見方ばかりなんだよね。幼女趣味の変態のような。
(とある魔術の禁書目録 シリーズ のこと)



でもさ、この前放送されていたシリーズでもそうだけど、そのラストオーダーの生命を守るために、本当に命がけ・・・実際に何度も死にかけるような闘いを何度もやって・・・命がけで守っている。そんな単なる幼女趣味というだけでそんなことできるわけないのにね。
でもそういった見方しか出来ないのは寂しい。


諷虹 子どもを守るために力を発動させる・・・子連れ狼なんかも子供を守りながら戦う姿で描かれてますが、そういったテンプレートみたいなのは色々見てきたように思うんですが、それの始まり、始点的な部分を今回の「うちの娘。」で初めてみたような気がします


虚空 親子の関係も、単に世話をするという一方通行ではなくて、相互関係っていうのが大事だと思うんだよね。

それがきちんと描かれていたのが、この前最終回でおわった「盾の勇者のなりあがり」だったと思うわけ。


尚文が買った奴隷の少女ラフタリアを、真面目に育てようという感じだったのが、そうしているうちに人間不信の塊から徐々に回復・・・結局途中からはラフタリアが尚文の救い主・・・もう救いの神・・・という位置づけで描かれてたんだよね。


諷虹 今回の「だいじょうぶ」の掛け合いにもそういうのがありましたよね。


虚空 そういった高尚な部分がきちんと描かれているんだから、そういうのを素直に受け止められる風潮を復活させたいものだよね。

小さい子が迷子で泣いているのを「どうしたの」って真面目に話しかけただけでも誘拐犯と間違えられて通報される、なんていうことが実際に起きているだろ。そりゃ本当に危ない人がいるから仕方ないんだけど、でもそれが困っている子がいても見て見ぬふりとかいう風潮だった生んでしまっているのはやっぱり寂しい。


昭和の頃のことばっかりいって悪いけど、見知らぬ大人と挨拶を交わしたりとか、地域社会の中で自然にいろんなやりとりがあったのなんて、今の人達がみたら全部犯罪とか変態にみえてしまうんだろうね。


マア、幼子にとって最も安心できる場である「おうち」や、一番守ってくれるハズの「親」が最も恐ろしい、ってなっている世の中なんだから・・・ましてや他人は、っていうのは仕方ないのかもしれないけど・・・。


でもこのままでいくと、本当に助けてくれそうなのは第三者・・・でもその第三者が関りをためらうという悪循環。


そのうえ虐待防止法での「絶対口止め」が各家庭で徹底したら、悲劇ばかりが連鎖して起きるよ。

ささやかな理由での殺人もね。今日も教科書のトラブルで友達を刺したとか、刺された子が死んでしまったというのが話題になっているけど・・・そういうのがどんどん普通になっているじゃない。社会的な緊急事態だよ。

もちろんまだまだ全体からすれば犯行に及ぶ子は少ないって思っていても、予備軍は爆発的に増えている。

あえていうけど、乳幼児期からの英語教育が徹底したら、ますます加速すると思うよ。
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