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☆「世界定め」 に関するあれこれ ~虚構が「社会全体の現実に」も~

「何を忘れ、何を記憶するか」「記憶するのならどういうイメージや感情とむすびつけているのか」・・・・


また、「忘れた」といっても、実は無意識の世界では強烈に自分の意識や行動と結びつく形で存在していることの方が多いし、そうしたことの方が強力ゆえにやっかいである、ということも深層心理学の世界ではよく言われていることです。


「心の問題」ということに限らず、今の自分の「構え」(生き様、発想の仕方等々)そのものに直結する大きなことなので、こうして駿煌会のやりとりでも手をかえ品をかえ、「世界定め」については何度もとりあげられてきますし、今後もずっと続きます。


というか、どんな話題も「世界定め」と直結していると考えて下さった方がいいかもしれません。


またデジタル技術の普及・ネット社会の浸透等々で、嘘の情報でもあっというまに拡散して、「現実扱い」される。悪意をもって情報操作をすることが個人レベルであっという間に可能・・・というのも「世界定め」の現代社会としての大きな課題です。


話の途中では、日本が誇る哲学者 西田幾多郎先生の「純粋経験」に対して若干の異論めいたことまで出てきます。西田哲学をほとんど学んだことがないにも関わらず・・・・。哲学に詳しい方たちからはお叱りをうけそうですが・・・ここは学問的にカチッとというスタンスではありませんので、お許しください。


7月5日 の諷虹・虚空 やりとりから
(娑婆という言葉に関する昭和感覚の話題)

諷虹 我々の脳組織が3か月で忘れるようになってしまっている・・・新化なのな退化なのかわからないですけど・・・

虚空 膨大な情報量にさらされているから「忘れる」っていうのが加速しているのかもね。
自分を「器化」するために、どんどん放出する。

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虚空 公理を自由に定めて、そのあと矛盾がないように世界を構築すれば、認められる・・・っていうのが現代数学などの基本姿勢、っていうのは少なくとも学校教育現場では浸透してないように思う。自分が習った時の「公理」は「証明の必要がないくらい自明なこと・・・自明すぎて証明できない。これは絶対正しいとして認める大前提」っっていうような習い方をした。

だから学校で習うことはすべて疑いの余地がないくらいに絶対なのだと。

それがいつのまにか違う体系の作り方が数学界とかではとっくの昔から導入されていて・・・っていうのを知ったのは退職後だよ。

そうするとね、いってみればドラえもんの「もしもボックス」とかね、「アニメやドラマの設定そのもので約束された世界」・・・っていうことになるんだけど、これって架空の世界だけではないだろう、っていうことを18号の原稿に書いたわけだよ。
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/files/public/4/46609/20181218114109393822/Jidou-no-GengoSeitaiKenkyu_18_45.pdf


日常生活でみんな大なり小なりそうやって自分だけの意識世界でいきている。どんなに同じ経験をしたって、全く同じ意識世界をつくりあげている人なんて絶対いないよ。

だから昔、倫理社会で「純粋経験」っていうのが出てきた時に疑問を抱いた。世界的な哲学者に異論をとなえるなんで大それたことなんだけどね。

純粋経験(じゅんすいけいけん)とは哲学用語のひとつで、「反省を含まず主観・客観が区別される以前の直接経験」を指す用語[1]。


虚空 数学で数式化するのはこれに通じると思うんだけど、言語を使ってまとめるとか・・・そもそも記憶に留める時って、主観を完全排除なんてできないと思っている。

だって、我々の感覚器とか、脳への伝達すら、そのままには行われていないんだから。個々人の主観(イメージ)で歪んでいたり、フィルターがかけられていたり、イメージの風呂敷で包み込んで格納するんだから。

「ソウナンですか?」のバッタでも、心拍や呼吸に全く影響を受けないキャラもいるし、おぞましいこととして過剰に生体反応が起きるキャラもいる。


諷虹 ちっちゃい子が平気で危ない事をするのと似ていますね。
呼吸とかを含めて、前提知識が何もない状態で行う行動が・・・
何気なくフラッと喫茶店に入っていたとか、何気なくアニメをみていたとか・・・
主観とか客観とかないですよね


虚空 でも、直後には何らかの主観を入れるじゃない。それすらなかったら、無意識のまま自分のしたことも完全に認識しないで忘れている。

この純粋経験って「禅」からきている発想らしいんだよね。


この前、こころの時代にロボットコンテストの発案者であるロボット工学の大御所の人が出ていた。「ロボットと仏教」って。

その中で、今のこれに通じるような話をしていたよ。この番組も文字起こしをしようと思っているんだけど・・・。


諷虹 「重み付き」っていうやつですよね。となりのスーパーは1円安いけど、交通手段とかまでふまえるとそうでもない・・・どっちが得かっていう判断がね・・・

多分「経路問題」の関連ですね。確か高専の時の離散数学で出てきたんですが・・・

重み付きグラフ
グラフの辺に重み(コスト)が付いているグラフを、重み付きグラフ[英 10]と呼ぶ[9]。乗換案内図の場合、駅間の所要時間が「重み」にあたる。重み付きグラフはネットワークとも呼ばれる(フローネットワーク, ベイジアンネットワーク, ニューラルネットワークなど)。

このグラフっていう定義を改めて見てみると面白いですね
グラフによって、様々なものの関連を表すことができる。

例えば、鉄道や路線バス等の路線図を考える際には、駅(ノード)がどのように路線(エッジ)で結ばれているかが問題となる。 線路が具体的にどのような曲線を描いているかは本質的な問題とならないことが多い。

したがって、路線図では駅間の距離や微妙な配置、路線の形状などがしばしば地理上の実際とは異なって描かれている。 路線図の利用者にとっては、駅と駅の「つながり方」が主に重要な情報なのである。

このように、「つながり方」に着目して抽象化された「点とそれらをむすぶ線」の概念がグラフであり[1]、 グラフがもつ様々な性質を探求するのがグラフ理論である。

つながり方だけではなく「どちらからどちらにつながっているか」をも問題にする場合、エッジに矢印をつける。このようなグラフを有向グラフ[英 5]または、ダイグラフ[英 6]という。矢印のないグラフは、無向グラフ[英 7]という。
虚空 以前バイオ燃料でトウモロコシをつかってのアルコール精製なんていうので、世界的に不足して問題になったよね。

あとはさ、原子力発電。PRの時にはこんなにもコストがかからない、というふれこみだったけど、その試算には廃炉コストなどは一切入っていなかった。


*一筆書き問題


虚空 どういう時にはできるか、とかは位相学の初歩なんだろうけど、中学校の時にやった覚えがあるよ。集合論とかと共にね。あと、演算式を定義するっていうのも。今にして思えば、新しい「公理」の考え方の導入だったんだね。

諷虹 ケーニヒスベルクの橋ですね。


虚空 一筆書きだって山のようにいろんな図は描けるのに、その中でどういった時は可能でどういった時は不可能か、っていう一般化した、っていうのがオイラーさんの偉いところだよね。

*橋の話⇒五条大橋⇒弁慶と牛若丸 と発展


諷虹 牛若丸も鞍馬山で天狗に教わったんですよね。


虚空 せっかくケーブルカーもあるんだから行きたいんだけどね


諷虹 今だったら伏見稲荷とかもね。このはな綺譚とか仙狐さんとかのつながりで・・・。
千本鳥居は実際にね・・・・


虚空 上まで行くのはかなり大変っていうからね・・・。
☆2019年7月6日 諷虹宅
虚空 退職してまもなくのころ、うちに来ていた教え子たちの注文でオリジナルカードや合成写真を作ってくれと言われてPhotoshopのいろんな機能になれることができた
昭和では信じられないことだよ。だから写真が決定的な証拠になれない時代。その頃からだよね・・・心霊写真なんていう特番とかがテレビから消えたのは。

昔だったらフィルムを調べたりしてニセモノがどうか検証できたりしたけど、今はちょっとソフトがいじれればそれっぽいのなんていくらでも作れる。


諷虹 スマホでも自動的にできてしまいますからね。


虚空 この前からでている「現実」と「妄想」の問題・・・例えばそういった写真を真に受ける人達は、それを信じてしまうわけじゃない。


昨日も出ていたようなソフトで、ニセのスキャンダルをでっちあげたネット配信・・・「盾の勇者」では動画を改変して陥れる場面なんかもあったけどね。

画像でなくても、ガセネタとかフェイクニュースだって、それが拡散されてみんなが信じてしまえば、どんなに言い訳したって、もうそういうことにされてしまう。

そういう風評被害・・・匿名報道されたことが、何の関係もない人が「あの人らしい」ってネットで実名や住所を書き込まれて、あっというまに拡散して日本中から非難を浴びて、仕事もやめなければならなくなった・・・なんていうのも珍しくない。

そうするとね、今の社会は誰かが悪意を持って作ったニセの話が、あっという間に「真実」とされてしまう時代ともいえる。

そういった個人個人の意識世界がその人間にとっての真実になる、っていうのは、人類の歴史でずっとそうだったわけだけど、現代はそれが社会全体という大きな集団で簡単に起きる。

もし今の時代にヒトラーなんていたら桁違いにすごいことをしたろうね。ネットで下地をつくりあげて、ナマの演説で熱狂させてという図式。
「現実か非現実か」という二者択一の発想は本当に危険。
だからといってアニメや漫画を否定しようとは思わないけどね。どちらもという「超現実」の発想は大事だから。



諷虹 科学力によって幽霊の否定されるって、まんま「東方project」の世界ですね・・・昨日、東方を作ってるサークルの名前の由来ってのを見つけたんですが・・・

上海アリス幻樂団の「樂」については、「樂」と「楽」のどちらでもよいとされている。 

サークル名の由来 
和洋折衷が基本にあります。私の中の上海は、西洋の文化と東洋の文化が入り交じった都市のイメージだったので、上海を入れて見ました。東京に無くても東京と会社名に入れるのと同じです。 

アリスは何なんでしょう?租界に住んでいた子供でしょうか? でもそれより、おとぎ話のイメージが強いですよね。アリスは。 上海アリスには、東洋と西洋と幻想、そう言った意味を、よく知っている単語で表してみました。 ちなみに幻樂団は、元々音樂サークルで行くつもりだったので付けました(笑) 
(「東方の夜明け」アフターレポートexitより引用)

諷虹 「東洋」「西洋」ともう一つ「幻想世界」の3つ。それが入り乱れたのが「幻想郷」


虚空 これが、第三項理論と重なる部分があるのかないのかは分からないけど、昨日話していた、ロボット工学の先生の仏教の話なんていうのは重なってくると思う。
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