忍者ブログ

☆「余白こそがカギ」

「教科書は教材であって目的ではない」ということも大学の講義などではよく語られることなのですが、実際に学校現場に入ると、ほぼ完全に「目的扱い」であり「教科書学ぶ」ではなく「教科書学ぶ」になってしまっています。

本当は教科書の内容を踏まえて様々なことを肉付けしていく、他の分野との橋渡しのヒントをあげるのが「教育者」の役目なのに、それが完全に放棄されてしまっている授業が残念ながら少なくありません。
本当は教科書やテストに出題されない「余白」にこそ面白さがあるんですがね。

実際に本当に興味を持って「好奇心」から勉強している子は、余計なことを沢山知っています。そこからさらに好奇心や想像力がかきたてられるという連鎖反応が起きています。

「そんな遠回りをしているような暇はない」とおっしゃる方が多いのですが、実際には興味を持っている方がスッと頭に入るし、深く理解しているので、結果として机に向かっている時間がうんと少なくても、学校や入試の問題はスッと解けてしまう・・・思考力を要する問題や記述式問題にも強い人間に成長します。


2019年3月30日 諷虹宅②
諷虹 ケプラーが惑星の軌道がどうして正円でないのかで悩んだ、っていったり、アインシュタインが神はサイコロをふらない、とかあったけど・・・理路整然としている必要ってないんですよね。それこそ球体に光を当てて投影された影なら正円であることの方が珍しいわけだし。影であるからこそ混沌としている。

虚空 カオスだよね。くらげなす漂える状態・・・そこを突き抜けると日本神話でいう葦がスッと伸びてくるように突破口が開ける・・・コバルトブルー君がよく引用することでいえば「蓮」の感覚かな・・・・仏教的にいえばね。

諷虹 三日月だとか月食だとか・・・影の方を観測しているような・・・
「かげおくり」も刺激するんでしょうね

虚空 これもさっき50円玉君とのやりとりで出たんだけど・・・墨絵なんかの「余白」の問題。余白から何かを感じさせようっていうことの方が、描いてあることそのものよりも大事・・・

諷虹 書道もかすれている方が味があるじゃないですか。あれも余白の観測ですよね。

虚空 「観測」っていう物理的な用語が飛び出してくるところが「量子論の発想」ともつながりやすいね。
俳句なんかだって、言葉で表現していることを伝えたいわけじゃないからね。

諷虹 字余り。字足らずからくる余白の趣き。「粋」とか「風流」とか。

虚空 そういったあらゆる場面で「みえなものの実態をキャッチする。垣間見る」という修練を積んでいたのが日本人。それがネット社会でますます即物的になってきてしまっているのはね・・・・。

諷虹 こういう余白や影をみるために「型」や「構え」が必要になってくるんでしょうね。

虚空 カリキュラムとかを考える時にもね、そういった余白部分をどれだけふまえて考えているか、が深みになっていくわけだよね。
演算で答えが自然数になるかならないか・・・なんていうのを、ただそういう問題として教えるのか、これは群論につながっていくものなのだという意識を持って教えるのかの違い。たとえ小学生に「群論」という言葉をぶつけなくてもね。
そういうのがいっぱいあるし、それこそが専門性だったはずなんだよね。
単に答えの出し方だけだったら教師なんていらないよ。ちょっと勉強のできるお兄ちゃんやお姉ちゃんに聞いたってできる。

諷虹 群論でも「整数」という塊でみるのか「自然数」という塊でみるのか・・・まとまりで考える発想・・・それによって「空白」をみたり集まっている方をみたり・・・

虚空 「図と地」だね

諷虹 「銀の匙」を思い出して・・・0歳になったら銀の匙・・・誕生日を迎えるたびに・・・・(原作 11巻 147ページから)

校長「質問です。銀の匙の意味を皆さんは知っていますか?」
生徒「銀の匙を咥えて生まれてきた子は一生食うのに困らない、だっけ」
「子供が生まれたら贈るんだよね」
「そうそう、贈る人はその子の幸せを願って、」
校長「そうですね、私はみなさんに銀の匙を送る人の気持ちで教育に携わっています。微力ながらみなさんに「生きていく力」を送れたら幸せだと思っています。
では、次の質問。みなさんはその銀の匙を作っている人のことは考えたことがありますか?
子供が生まれたときに銀の匙を一本贈るのがスタンダードですが、中には子供の誕生日が来るたびに一本、また一本とプレゼントする親もいるそうですよ。
裕福な家ではないけれど、1年間節約しそこから毎年スプーン、フォーク、ナイフなどをコツコツ一本ずつ買い足していく・・・そうしてその子が成人したころには、銀のカトラリーセットという立派な財産が出来上がるというわけです。子はその銀器セットをもって旅立ち、外で新たな家庭や社会を気築いていくのです。」
生徒「銀職人にとって年に1本しか注文しない客って・・・」
校長「そうですね、とても上客とは言えませんね。効率も悪くなるし。
でも、職人さんはそういった人のために専用のデザインを変えず、その時できうるかぎり最高の技術を使って毎年一本ずつ納品するのだそうですよ。そうして完成されたセットは家の歴史であり 子の歴史であり 職人の歴史でもあるのでしょう」
解説サイト
https://www.kitchentool.jp/base/?p=14
集まっていったというのをみれば「自分の年齢を視覚的に自覚」・・・でもそれを「これしか集まっていない」とみるか「これだけ積み上げてきた」とみるか。

虚空 これだっていろいろな事に反映できる言葉だよね。「銀の匙」という習慣についての解説、で終わらせるかどうか。
改めて意識にひっかかったんだけど、銀の匙のヒロインって「御影アキ」なんだね。

諷虹 それが主人公を馬に導いた。(自分と同じ馬術部に入部を勧めた)
乗り手ではなくて馬が主役、っていう考え方を伝える役割でもありますね
コトブキの爺さんのセリフ
爺さん「飛行機は飛ばすもんじゃない。自然に飛ぶんだ。操縦士はそれに寄り添うだけだ。」
幼少キリエ「まだ見ていないところを見にいってくる」

虚空 それだって「飛行機の話」で片付けるのか「教育も同じだな」って思うのか、だよね。



追加
この後の帰宅時、今回はエンジンをかけた際にカーステレオから何が流れてくるのだろうと思っていたら、のんのんびよりのOP 「なないろびより」

何度も聴いる曲だが歌詞の内容をまじめに考えながら聴いたことがなかったので、意識して聴いて観ると、先日来何度か話題になっている「名前」がらみで正反対のことが組み合わさっていること・・・例として「空海」をあげていた・・・それが「超現実」という日本古来の発想の象徴(日本神話の冒頭とも通じる)・・・ということもあって、出だしの部分からハッとした。
途中の歌詞でもここ数か月のやりとりのポイントと通じるような部分があちこちあったことを再確認。


なないろびより
魚になって空は海 飛んでるように泳いでる
あの山をヒトツ越えたら見えてくる
真っ直ぐに伸びたあぜ道にだれかの小っちゃな忘れ物
片っぽになったクツが示すは晴れ
ゆるやかに続いてく日々は答えなどない
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
逆さになって海の底 深く潜って目を凝らす
ふたつ並んだ足跡は続いている
時計は乾いた音を止め世界は今にも消えそうだ
片っぽになったクツを拾いにゆこう
夜が来て朝が来て繰り返して息づく
宝物を集めてさ 歌うように泳ごう
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
晴れたら手を繋いでさ 雨なら潜ってさ 染まる町を眺めよう
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
歌うように続いてく
PR