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☆「出会い・別れ」「本当に分かるということ」③・・・トランスフォーメーション 

平成8年に孤独死した虚空の母親の「桜」にまつわる事からはじまって、「つくし」にまつわる春の意識、アニソンや美輪明宏さんのステージからダイヤモンドの煌きの話と多種多様ですが、結局それらのことを引き金にしてトランスフォーメーション(意識の転換)がどう作用しているのかという話題です。

2019年3月29日 諷虹宅③
虚空 今日から3日間がうちの母親の推定命日なわけだけど、毎年桜の花見を楽しみにしていたのが、(孤独死で一か月後に発見された際の)枕元のメモ帳に今年はみられそうもない、っていう気持ちのようなことが書き残していた。もう4月は迎えられないと覚悟していたんだろうね。



去年はもうこのあたりでもあちこち満開。ちょうど一年前の3月29日に磯前神社の周辺の桜の写真を撮ったんだから。



で、今日、初めて境内にいってみた。でもね、桜は全く咲いていなくてさ・・・寒かったしね。それで車に乗って帰りかけたら小さい桜の木が一本だけ満開近かった。これはビックリだったね。


桜にまつわる日本人の心象については古来から語りつくされているけどね、咲いている期間が極めて限られているからこそ、例えば今日みたいに、他の木が全く咲く気配がないのに、一本だけ気の早いのが咲いている、なんていうときに特別な感覚を持ってしまう。
うちの母親が見せてくれたのかな、なんていうような。
逆に満開のタイミングでいったら、もうこれは葉桜になっているし、ちっちゃいから目にもとまらなかったと思う。

諷虹 ヘタすると桜って気づかないかもですね。
さっきのわたてんのミュージカルもそうですけど・・・花が散ったあとに「種子が残る」っていう、この圧縮感ってすごいですよね。
植えてみないとわからないような・・・ダンデリオン(たんぽぽ)に至っては、それが風に乗って空をまっていく

虚空 天使だね。

諷虹 白く空に舞って・・・。ホウセンカとかよりも見栄えがいいですよね。風物詩。


虚空 そりゃタンポポが咲き誇っていた野原が綿帽子になって風と共に一斉に舞っていく姿はね。

諷虹 氷がはっていたら割っていたように、たんぽぽの綿毛があったらフーッと自然に吹いてしまう。小学校の帰りに盛んにやったな・・・。

虚空 それがこの前更新したツイッターまとめでコバルトブルー君とのやりとりに書いたこと。身近なところにトランスフォーメーションが起こせる引き金がやたらと転がっていて、それを見逃さなかったのが日本人。別の言い方をすれば、それが「旬」の感覚。
それは単に季語とかではなくて「生命の発露」。

諷虹 「つくし」とかね

虚空 それも味わったりもするじゃない。のんのんびよりにもあったけど。あとは「ふらいんぐうぃっち」のフキノトウとかの山菜エピソード。
「苦い」という味を「春の味」っていうイメージで包み込んで「美味さ」に転換してしまう。

諷虹 カルピスのCMでの「初恋の味」とか、「ミルキーママの味」とかの表現もね。

虚空 あまりに定着してしまうとイメージに縛られてしまう、っていう側面もあるけどね、でもイメージの働きの重要な側面を示唆してくれる具体例だよね。
さっきの数学とかの話や強敵の話もそうだし・・・。
「たかのすとり」の教材について上原先生に相談した時に「イメージのオブラートに包む働きを人間は持っているということを扱う教材」って助言されたんだけど、本当にそう思うよ。
包み込み方が変われば世界認識なんていくらでも変わる。深夜アニメをある程度受けいれていた自分でも、今までだったら完全拒絶していたようなギャグアニメを今季は受け入れた自分、っていうのを発見したというのもそうだよね。
それも「分かった」と決めつけすぎないことの広い意味での例といえるよ。
「自分ってこうだ」と分かった気にならないことの大切さ。想定外の人生はいくらでもありうる。

シロバコのオープニング(後期)でも「想定外のピンチは神様からのプレゼント」って。
My beautiful life ずっと
遠くで朝陽が昇る 昔見た景色に似た街角
忘れてた 時間に追われ過ぎて
想定外なピンチは神様からのプレゼント?
やるせない。+゜(ノω・、) ゜負けられないo(*≧Д≦)o 脳内はパニック
探していた場所を見失っても
あの日 交わした言葉 座標になる
いざっ行けっ

未来へのフライトは視覚的ホログラムを
ほらね 空に描く 夢を形にして It’s that you get!
自分にしか出来ない 物語の“主人公”演じきって
笑顔!!! ぜったい大丈夫ね
My beautiful life for me

頑なに閉ざすココロ 時々傷を癒せず
誰もが立ち止まる それならば休めばイイ
何度も同じ失敗 遠回りした道なら
掴みたいヾ(δ_δ。)飛び出したい (‘-‘*)β☆*°新しい世界
探していたモノがもし変わってもきっと
約束は そう色褪せない
A to Z

未来へのフライトは刺激的フォトグラフを
ほらね 胸 -ココ- に残す
夢を大きくする energy
自分にしか出来ない宝探しの旅へ出よう
いまだ未知の発見!!! 大胆 Good Day
シャラララ今すぐ
ライバルのあのコが優勢に見えても
Don’t mind 輝ける原石…信じてっ

未来へのフライトは視覚的ホログラムを
ほらね 空に描く 夢を形にして It’s that you get!
自分にしか出来ない 物語の“主人公”演じきって
笑顔!!! ぜったい大丈夫ね
-Everyday- is My beautiful life’s dream
諷虹 「探していた場所を見失っても あの日 交わした言葉 座標になる」なんていう言葉もありますね。
あと「自分にしか出来ない宝探しの旅へ出よう いまだ未知の発見!!!」
「未来へのフライト」なんていうのも、さっきのタンポポですよね。

虚空 発見の感覚が伴っているじゃない。一つの話題からどんどんね。それが共鳴を起こしてバタフライエフェクトのようになる。それがまさに人知を超えた領域。
よくヒマワリフクロウさんが繰り返し使っていてくれているけど。
あと、この前のラインでコバルトブルー君が書き込んでいたこと。

『始まりの予感はなにをもって決めているか!
終わらせら、また次の世界があるということ。
引退、蛍の光、アニメや映画のエンディングを見ている感覚に通じることだと思うんですが。
夕日が沈んでいく感覚ですかね。
ただそれを美しく感じるのか、もう終わりなんだと感じてしまうのかは、心の構えそのものになっていくんでしょうか。』

「夕日」を引き合いに出しているけど、夕日も結局は数時間後にまた朝日として昇ってくるという大前提があるわけだよね。月の満ち欠けもそうだし。
それを日本人は作物の収穫周期とか、人生のサイクルと重ね合わせていた、だから「死」も含めて「別れ」は「出会い」とワンセットで考える事ができた。
以前ここで出てきた言葉で言うと「究極のバッドエンドが究極のハッピーエンドに連なる」という日本古来の「球体思考」

諷虹 正月よりも4月1日の方が「別れ・出会い」の感覚になるのも年度末・年度初めだからかな、って。年度の感覚がちょうどしっくりくる。

虚空 大学の入学式を西洋風に秋になんていう話が何度も起こっても、やっぱり日本人は感覚に嘘がつけない、っていうのと関連深いよね。桜の開花がこの時期に重なっていなあったら、ここまでこだわらなかったのかもしれない。

諷虹 さっきの「始まりの予感はなにをもって決めているか!」での関連なんですけど、なのはの劇場版のパンフをまとめていても、「innocent starter 」(なのは1期OP)の歌詞からの引用が多くて・・・ここが自分のアニソンの原点というか始点(アニソンのプレイリストの不動の一曲目)なんですが・・・


 膝を抱えて 部屋の片隅
いつも不安で 震えていた
「本当」を知ることが恐くてトビラを閉じた
優しい嘘に 居場所を見つけて 夢の中に逃げ込んだ
誰も知らない 孤独の海を 深い蒼に染めてく
寂しさ隠す 一途な想い
君のココロを傷つけている
瞳の奥の秘密 吸い込まれそうな 笑顔の裏の真実に
柔らかな愛 僕が届けに行くよ
触れたら壊れそうな 温もりが今 過去を離れ溢れ出す
ずっと側にいるから 悲しい影に惑わないで
子供のように ただ憧れを
求めるだけじゃ 何も見つからなくて
大切な物 見失うだけ
「アタリマエ」とか「普通」の中に 飾らずある幸せを
守れる力 手に入れたいと
まっすぐ 現在-いま-を生きてく
迷うことない視線の先に 浮かぶ答えは そう「1つ」だけ
夜明けの朱い空に 虹を描いて 闇もすべて包みこむ
小さな勇気 言葉を越えて行く
未来が囚われても 遠く消えても この祈りは果てしなく
ありのままの気持ちを 君のもとへ 伝えたい
「始まり」くれた君に そっと囁く
二人だけの約束を
変わることのない永遠の魔法
未来が囚われても 遠く消えても
澄んだ風-こえ-が覚えてる
僕の名前を呼んで
あの日のように笑いかけて

それこそ何百回も聴いていますけど、歌詞に出てくるフレーズを聞くたびに頭の中でこの曲が流れたりして、言葉が共鳴しあっていて・・・
この曲は水樹奈々本人の作詞っていうのがすごいところなんですけど・・・

ネット上記述
オリコンの週間シングルチャートにおいて、自身初となるTOP10入りを果たした楽曲である[1]。プロデュースを手がけた三嶋章夫はこの楽曲について「彼女が台本を深く読み込んで時間をかけて作った楽曲」と語っている[2]。また三嶋は「全く色褪せないメロディと歌詞はいつ聴いても鳥肌が立ちます」とも語っている[2]。

虚空 水樹さんって幼い頃からお父さんに演歌で鍛えられてるじゃない。それが単に歌唱力だけの問題じゃなくて、日本人の心の奥底と響き合えた・・・それこそ「教育は感染」

諷虹 それが中2病的なセンスとも結びつけられているところがすごい。3期のOP作詞も水樹奈々ですが・・・サビの「銀河を舞う Diamond dust -天使の囁き- 確かな記憶を辿って これからきっと生まれてく 真実へのトビラ どんな冷たい暗闇に縛られていても 僕は知りたいから決して止まらない」っていうのがあって、”Diamond dust”と書いて”天使の囁き”と読ませるセンス

虚空 実際にダイヤモンドダストってみたことないけど、どんなに素晴らしい画像でも分からないと思うよ。

そもそもダイヤモンドなんてね、実物をまともにみた事がなかった時には「なんであんなものを喜んでいるんだ?ガラスと大してかわらないだろ」なんて思っていたけどさ、国立博物館の「煌きのダイヤモンド展」をみたら一挙に見方が変ったもん。国宝クラスのティアラなんかのあのキラキラ感は静止画なんかじゃ絶対分からないし、高画質の4K動画だって伝わらないんじゃないの?

あれ観たら「古来から貴族や盗賊たちが命がけになるのも分かる」って思ったもん。
それも「分かった気になる」っていうか勝手に自分のイメージ世界で決めつけてしまう愚かさの実例だね。
何百回聴いた曲だって、何だって、新たなことが添加された状態になればまた違った印象を受ける・・・逆に言えば、何度聴いても同じ印象しか受けないというのだったら「お前、本当に生きているのか?」ってことになってしまう。

上原先生が歌舞伎を素材にしたということをもっと真剣に考えるべきだと思うんだよね。
今でこそ「伝統文化」とか「芸術性」何て言われているけど、江戸時代は庶民の娯楽で、しかも風紀を乱すものとして何度も幕府から禁止令が出て弾圧されたりもしたわけじゃない。
明治維新で外国人がたくさん来るようになった時も「あんな恥ずべきものはお見せできない」って。今に当てはめれば「深夜アニメ」よりももっと怪しい位置づけだったんじゃないの。
だからこそ「ナマ」を拾い上げることが出来る、って。
それを現代になぞらえて「アニメ」や「ゲーム」から、ってしているわけだけど、そのアニメもね、いわゆる宮崎アニメのような幼い子から大人まで幅広く共鳴するのが当然、というように思われるものではないアニメ、もっと歌舞伎に近い位置づけである庶民というか若者たちが感覚で受け入れるような深夜アニメも大真面目に素材としている。少年漫画やゲームとかも含めてね。

諷虹 「花」とか「宝石」っていうこともきちんと考え直さないとならないかな、って。
あんまり花を育てようとかは思ったことがなくて・・・綺麗だとは思いますけど。でも「世界に一つだけの花」なんていうのがヒットしたり・・・・

虚空 沖縄の歌でもあったじゃない。なんだっけ・・・いろんな人が歌ってた・・・美輪明宏なんかも歌ってたよね

諷虹 「花」ですね。(正確には 花~すべての人の心に花を~)

☆美輪明宏のコンサート動画 https://www.youtube.com/watch?v=7zA1ly44rC8
コンサートフィナーレで定番のキラキラが大量に最後降ってくる

虚空 ダイヤモンドダストだね。

諷虹 (ネットでこの歌について調べる)
「すべての人の心に花を」というフレーズは1964年東京五輪のアナウンサーの実況がもとになっている。1964年東京オリンピックの閉会式では、選手たちは各国入り乱れ、肩を組み、肩車をし、踊りを踊り、笑うものあり、泣くものあり、そして互いに祝福しあいながら入場行進を行った。そこには国境や人種といった人類の垣根を越えた「平和の祭典」の姿がたち現れていたが、テレビの中継でこの模様を見た喜納は涙がこみ上げる感動を覚えたという。実況のアナウンサーの、「泣いています・・・笑っています」という言葉とともに、この日の感銘が歳月の中で喜納の中で発酵して生まれたという[2]。

虚空 この東京オリンピックの閉会式は市川崑の記録映画を使って道徳の時間にも観せたけど、そりゃあ感動的だったよ。
でもね、当時裏方を手伝った年配の体育専門だった先生に聞いたんだけど、主催者側はお怒りだったんだって。本当は開会式のように整然と整列してきちんとした儀式で行う予定だったんだって。それがはじまったとたんにドーッとスタジアムにみんながなだれ込んでのお祭り騒ぎになってしまって・・・。

でもだからこそ強烈な印象に残る名閉会式になったわけだけどね。
人知を超えた領域だよね・・・これも。

諷虹 わたてん症候群というか・・・この歌詞を読んでも、あのミュージカルが・・・


川は流れて どこどこ行くの
人も流れて どこどこ行くの
そんな流れが つくころには
花として 花として 咲かせてあげたい
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ
涙流れて どこどこ行くの
愛も流れて どこどこ行くの
そんな流れを このうちに
花として 花として 迎えてあげたい
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ
泣きなさい 笑いなさい
いつの日か いつの日か 花を咲かそうよ
花は花として 笑いもできる
人は人として 涙も流す
それが自然の うたなのさ
心の中に 心の中に 花を咲かそうよ
泣きなさい 笑いなさい
いついつまでも いついつまでも 花をつかもうよ
泣きなさい 笑いなさい
いついつまでも いついつまでも 花をつかもうよ
泣きなさい 笑いなさい
いついつまでも いついつまでも 花をつかもうよ
諷虹 今後甘いものを食べるたびに「花ちゃん」を思い出すんでしょうね。

虚空 確かにね・・・・。

諷虹 花の歌って色とりどりのっていう・・・「色」とかと直接的なかかわりがありそうですよね。「色づく世界の明日から」で語り合ったような。

虚空 そこに人間にとって深いイメージとつながりやすい「匂い」が伴うしね。

諷虹 宝石でも「色」は大事ですよね。たしかブルーダイヤモンドっていうのもありましたよね。
画像検索タグ一覧 「ブルーダイヤモンド」「レッドダイヤモンド」「イエローダイヤモンド」で調べてみる
やっぱり自分は「純粋に無色透明」が一番いいと思ってしまいますね。

虚空 こうして静止画をみても、やっぱりあの煌きは分からないよね。

諷虹 結晶化にとんでもない時間がかかっているというのもあるんですね。時間がとまっている感覚。

虚空 人工ダイヤモンドはどう?

諷虹 (ネット検索)かなり天然に近いものになっているようですね。見た目には専門家でもほとんど識別できないそうです。

虚空 ダイヤモンドダストっていうのも実際に見てみたいものだね・・・寒いのはダメだけど。 

*終了しての帰宅時、エンジンをかけた時にちょうどカーステレオから流れてきたアニソンが、先ほど話題になったシロバコのOP「My beautiful life ずっと」でちょっとビックリ。  
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