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☆「只今に生きる」② 「修理固成」「言霊信仰」

これらの話から、日本神話研究をしていた虚空父の話を紹介。キーワードは「修理固成」日々を生活を通して理(ことわり)を修めていく。そして混沌の中から真実の生き方を模索し、主体的に自分の人生を固め成していく・・・そういう生き方。

合わせて、「服装」に関する根源的な意識や、「真言」などとの関連で言葉の持つ力についても言及しています。

2019年5月11日 諷虹宅-2
虚空 今まとめている古事記の解説の方にも今日書いたんだけど・・・日常を通しての「修理固成」・・・それが宇宙とか目に見えない世界の深い真理と共振・共鳴していく感じ。

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*古事記解説文
「修理固成是多陀用幣流之國。」賜天沼矛而言依賜也。

⇒言依賜=言依さし賜ひき(ことよさしたまひき)・・・御委任なさった(岩波解説)


しかし多くの古事記訳では「委任」ではなく、「命令した」というような訳し方になっている。
この発想の違いが、個々人の主体性を尊重するのか、それとも上は(立場やエリート)下に命令できる立場・・・・下は上に服従するのが当然、というのかの違いになります。
実際にネット検索すると、「絶対命令」という発想での解釈がそれなりにあります。


ただ、父の解釈による読みでは、生活を通して見えない世界に内在している「理(ことわり)を修め」ることによって「固め成す」・・・この流動的で多様な可能性をひめた「漂える国」の段階を、本来の目的や意味を自覚した状態として昇華し、固めていってほしい・・・と依頼しているのだ・・・という事になります。


こうした解釈のちがいによる歪みは、教育界でいえば、昭和末=平成はじめの頃に「学ぶ側の関心意欲態度を尊重。主体性の重視。教師は補佐役」というように改革しようという流れがせっかくあったのに、その後の成果主義;競争原理・学力テストでの結果競争・・・等々から、教師が大人の権威をふりかざして強制的にでも得点力を叩きこむことが重視という風潮に一気に逆戻り。主体性を尊重する先生はダメ教師、ということで勤務評定にまで悪影響・・・強制的に勉強をさせてテストの結果を出させるのが素晴らしい教師ということになってしまう。


東京都の高校の先生は研修として、予備校の人気講師の授業を学ぶ、ということも行われた。
その結果、本当に学校も世の中もよくなってきているのか?????


「生活を通して主体的に生きようとする意識や構えを育てていく」というのは上原先生も極めて重視していたことです。
特に初等教育においては「絶対に日常から離れてはいけない」


その当然の帰結として授業の基本も「ありのままの言語生態をつかまえ、交通整理をする」とされています。その段階段階での精一杯を出す事ができて、それを自覚できれば、変に教え込もうと思わなくても、自然に子ども達は次の段階へ上っていけると。

それが正に「修理固成」という視点に立った教育ですし、教育に限らず様々な分野においても根元たる姿勢です。
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諷虹 ガンダムで引き金を引くって言う時に、主人公が相手の気持ちに敏感になりすぎて、甘い態度になってしまう


虚空 セーラームーンのSでもあった。セーラーサターンの復活を阻止するための外部太陽系戦士との対立。甘さが命取りになるとかならないとか。


諷虹 そういった時に躊躇できる人間だから主人公なんでしょうね。なんか 普段のほむらのように冷徹に魔女を殺す・・・みたいなのは主人公になり得ない。
でも10話の過去でほむらにも迷いや悩みがあったことが明かされて一気に主人公格になった。
ライバルキャラの立ち位置は、目的のためには躊躇もしない、だから主人公を嫌う。


虚空 甘さは捨てろ・・・っていうのは身近な感情とかを捨てろっていうことなんだよね。大事をするには小事は無視、って。

それはそのまま今の学校教育になっているよ。仮にね、興味関心を持った子がいてもね、それでテストに出ないようなことまで熱心に取り込みだすと「そんな暇があったらもっと他のことを勉強しろ」なんて叱る。

その積み重ねでどんどん学校の勉強は自分とは全く関係ないものと思わせてしまって・・・そのくせ「全くやる気がないんだから!」と叱る。アホだよね。
学校の授業がつまらなくても、本当に好きな教科とか内容とかだったら、面白がってやる子は多い・・・。自分で補完できる力。そういう力にも目覚めさせておかないとね・・・。そういう点でも聖徳の子たちはいいお手本だよ。


諷虹 勉強の内容が趣味とか遊びにもつながる、っていうようなのがないですよね。
どうでもいい事を学術的に考察する楽しさもあるじゃないですか。


虚空 そうだんだよ。かつての中高生とか学生は、そういう馬鹿話を大真面目に語り合い、議論しあった。直接対話でね。


諷虹 勉強は勉強、趣味は趣味 っていうのが住み分けられすぎてる。
あとプログラミングが好きだった人が、プログラムの仕事についた時に、休日にすきなプログラミングをしなくなるとか・・・「どうして休日にまでやらなけりゃいけないんだよ」って。趣味と仕事が切り離せなくなっている。
そういう意味ではプロの漫画家が息抜きにお絵かきをしてツイッターに落書きを投稿しているのをみるとたくましいと思いますね。


虚空 今日ガンダムをみていてさ・・・以前にも問題にしたことだけど、やっぱり今の蓄積で再検討したいのが「服」と「器」の問題・・・「モビルスーツ」って呼ばれていること。昔のさマジンガーZとかはロボットに乗り込む、だったのを「スーツ」ってね。それであの時「道具」についても話が出たと思うんだよ。人間の機能の延長としての道具とか武器っていうのが、飛び越えてしまうと人類の存続を脅かすような文明とか武器になってしまう。
「スーツ」っていうとさ、イメージ的には肉体の延長っていう感じがするけど・・・。


諷虹 仕事着とか・・・この前コナンをみていて思ったんですけど、怪盗キッドの姿。あんな姿でない方が動きやすいだろうし、目立たないと思うんですけど・・・ちゃんとその姿で出てくる。いちいち着替えて。


虚空 その服装になることで何らかのスイッチが入るんだろうね。モードが切り替わるというか「相転移」が起きる

(怪盗キッドの動画)

虚空 何か今、タキシード仮面を思い出した。


諷虹 いろいろと隠してもいるんですよね。奇術師のような。変装をといてより目立つ普通の格好になるとか。
普通の人間でも帰宅してジャージに着替えるとか・・・


虚空 みゃー姉なんかだね。でもあれでやっぱりモードが切り替わる。


諷虹 次元なんかも帽子がかわると狙撃の腕が一気に落ちるっていうのがありましたよね。


虚空 そういう場面をみて納得してしまうっていう意識のベースがやっぱりあるよね。
仮面ライダーなんかさ、改造人間だからまさに肉体の延長。特に初期のはね。旧1号なんて仮面をつけていない姿なんていうのも何度かでてきたしね。


諷虹 いつも同じ服って言うキャラ・・・


虚空 小さい頃は何の疑問も感じないで観ていたけど、ちょっと大きくなって現実思考に目覚めた時に、よく言っていたのは、例えば魔法使いサリーとかが毎日同じ服を着ていて・・・制服でもないのに。他の服は持っていないのか、って。そういうのって多いじゃない。
6期の鬼太郎でも鬼太郎とか猫娘は同じ姿。ただ準レギュラーの犬山まなちゃんは私服が変化するけど・・・
ああいうのは見ている子どもにとってはイメージの安定があるのかね。服装が違ってしまうと性格とかの印象も変わってしまうから、キャラを安定して受け止めるために服装は常に一定にしておく????


諷虹 服装ではないですが、イチローが毎朝カレーを食べる、って言うのが話題になっていましたね。年単位で同じものを食べ続ける、って。聴く曲も同じ。

いつも同じだからこそ脳は安定する、っていう発想だったようです。野球をする時は安定などないからこそ、日常では安定。同じことだからこそ脳が条件反射的にね。
考えてみれば仮面ライダーもいつも同じ所作じゃないですか。


虚空 変身ポーズをとらなくても変身できるんだけどね・・・。だいたい旧1号の時はそんなのなかったし。ベルトの風車に風圧を受けると変身。だから変身しようとしなくても変身してしまった、なんていうのもあった。


諷虹 変身時の「口上」・・・


虚空 怪傑ズバットなんか有名だよね


諷虹 毎回同じ言葉を繰り返すことで戦いのテンションにもっていく。


ネット検索 「真言」Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E8%A8%80
仏の真実の教えは、この宇宙の真理(法)や隠された秘密を明らかにするもので、本来は人間の言葉で表すことはできないが、方便として世俗の文字・言語を借りてそれに教えを盛り込み、これを観想しこれに心を統一することで、その教えに触れ得るようにしたものが、密教における真言であるとされる。空海は、真言について「真言は、不思議なものである。本尊を観想しながら唱えれば無知の闇が除かれる。わずか一字の中に千理を含む。この身のままで真理を悟ることができる。」と記している


九字護身法 Wiki
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%AD%97%E8%AD%B7%E8%BA%AB%E6%B3%95



諷虹 呪文なんかもそうですよね。リリカルマジカルとか


虚空 我々の世代だったらテクマクマヤコン とか マハリクマハリタ だね。


諷虹 まじないの言葉も・・・「くわばらくわばら」とか


虚空 祝詞なんていうのもね。やっぱり背景には「言霊信仰」があったんだろうね。その呪文とかは和語ではないけどさ。


諷虹 呪いの文


虚空 だってさ、祝い事だって呪いの一種なんだから。もともとは「祝」と「呪」は同じ「人が神前で祈りを唱える」ことだったのが、後に区別するようになったって。


諷虹 ホラー映画でも血文字で「呪い」って書いてあったらゾクッとくるものがあったじゃないですか。海外だとどうなんですかね


虚空 読めなければね・・・


諷虹 DEATHだったら・・・


虚空 日本人と同様に文字の意味以上の得体のしれない威力を感じるのか、単に血が絵の具の代わりになって書いてあるだけ、って思うのか。


諷虹 リングとかで「呪いのビデオ」


虚空 今だったら呪いのDVD


諷虹 でもやっぱりあのアナログ感。今は砂嵐とかなくなった


虚空 それだよね。ビデオは古くなると画面にノイズがたくさん入ったじゃない。だからこそ画面に不吉な風情が感じられた。


諷虹 夜中に起きたらテレビの画面が砂嵐だった・・・っていう導入も定番ですよね。一種の混沌だったのかもしれないですね。


虚空 昔、怪奇大作戦で「死を呼ぶ電波」テレビのチャンネルが勝手にガチャガチャと動き出して、っていうのが怖かった。今のテレビじゃね・・・・
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