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☆「咲 Saki 」と「山意識・鳥瞰視点」と「構えの変革」

2019年6月7日 諷虹宅でのやりとりです。

先日アップしたラインやりとりの記録内容と前後しているので、同じ話題などが出てきますが、これはこれで一つのやりとりとしてのまとまりがあるので、ライン記録で紹介した資料などもそのまま載せておきます。

麻雀漫画を通してのやりとりではありますが、最終的なねらいとしては「山」ということに何を感じているのか、そこからどういった「視点」を日本人が獲得してきたのか・・・そういうことの考察です。

そうしたことによる「構えの変革」(神話的思考の獲得)が実際の生活でも短時間に大きな成長の変化を起こしうるということにも言及されています。
⇒それが日常化しているのが「英才児?」
虚空 で、まずこの前のラインでの質問なんだけど・・
「諷虹君・・・阿知賀編の原作に、予選前、山に行って暗くなってしまうエピソードってある???」


諷虹 多分ないと思いますね・・・


虚空 じゃあ映画オリジナルエピソードっていうことだね。
大将戦の前の先生のセリフはどうかな?


諷虹 たしかなかったと思いますね。


虚空 このところのことを交通整理する上でいいとっかかりになりそうだから覚書きとしてさっき載せたわけだけど・・・・

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 虚空 覚書
*外伝主人公(穏乃)が修験道の山の中で自分の能力に目覚める場面・・・コミック・アニメ版
・「修験者が修行のために歩いた深山路、そこを修行ではなく庭のようにかけまわっていたという。」
「女の子が山を?」
「その幽邃(ゆうすい=景色などが奥深く静かなこと。また、?そのさま。)の地でひとり、しずのは何を感じ取ったのか」
・穏乃(あの頃――山の中で一人でいる事が多かった――
  だからこそ自分自身と言うものをハッキリと感じることが出来たし色々考える時間が出来た気がする
  いつか意識は自然の中に溶け込んで――深い山のすべてと一体化しているような。そんな気分になったんだ。
  今、牌の山も対戦相手も、あの頃の山のように感じる!!)
劇場版、穏乃悟りのセリフ
「子ども麻雀クラブのみんながバラバラになったあと、山の中で一人でいることが多かった。だからこそ自分自身というものをはっきりと感じとることができた。
深い山の全てと一体化しているような気分になったんだ。
それはきっと今まで出会った人たち、今目の前にいるこの人たちも一緒。
触れるほど私の力になってくれる。
そう、あの深い山々と同じで。」

先生(対戦をモニター観戦しながら)
「そっか、シズ。目の前にいるのは敵じゃないんだね。私がずっと恐れていた準決勝という山に・・・」

⇒土曜日に語り合ったことや、富士山のことや、ラインでのやりとりとの接点がいろいろありそう。
あと、どこにあったかみつからないんだけど、子ども麻雀クラブがなくなって麻雀を打っていなかった期間が無駄ではなかったと独白している部分もあり。
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虚空 あとさ、ラインでもふれたけど、麻雀から自分が離れていた間に和はちゃんとした時間をすごしていた、って劣等感を抱いている場面・・・・(原作からみつける)


穏乃 (原作6巻 P132)視界良好。なんかのインタビューで和が言っていた。1年半くらいずっとひとりでネットで打っていたって。和のひとりな時間はムダにならず、今の和を形作っている。
私は2年半ひとりで山を駆け回っていただけ。和とくらべて最初はヘコんだけど、今は違うんだ。それもまた力になっているから。


虚空 ここなんてさ、「積分的な見方」・・・コバルトブルー君が「一瞬懸命」ってさっきラインに書いていたけど、それは決して「微分的な見方」ではないと思うんだよね。その一瞬一瞬が濃ければ濃いほど、見えないところの蓄積が累乗的にたまっていく。
それこそ共振共鳴での倍々。


諷虹 これに近い言葉で「一所懸命」ってありますよね。

ネット検索 Wiki
一所懸命の土地 (いっしょけんめいのとち)は、中世日本において各々の在地領主が本貫とした土地であり、命をかけて最後まで守り抜く覚悟を持った土地をいう。その土地の地名を名字として名乗ることが多い。また一生懸命の語源でもある[1]。


諷虹 イチローの話にも通じますね、一曲を何度もずっと聞くっていう話。


虚空 昔さ、教室でジブリアニメなんかを教材として見せた時にね、「あーもうそれ観たことある」ってがっかりするような反応の3年生と、「ワー、それ面白いんだよね」とまるで初めて観るかのようなワクワクした表情で観た3年生がいたよ。

同じ3年生でも随分違う。「知っている」=「分かっている」=「観たってつまらない」っていう意識になってしまっているんだろうね。

でも何度観ても、っていう子は常に新鮮な感覚。幼い子がトトロを何度も夢中になってみるのはこの感覚だよね、知識でみていない。


諷虹 たまたまAT-Xで再放送をやっているのをみて「オッ、やってるじゃん!」っていうのと似ていますね。


虚空 それだけ自分達は知識でみていないんだよ。乳幼児波並みの新鮮さ。
一生懸命に作ったスタッフさんには悪いんだけど、劇場版では天江衣がまるで妖怪。でも原作とかアニメでは極端な幼児性も持ち合わせていたでしょ。ものすごくちっちやい女の子のような可愛らしさをみせている中で、チラッと怪物の顔をみせる。だから底知れぬ見えない恐怖を抱かせる。

対戦後もそれをひきずるから対戦相手がみんな精神障害をきたしてしまうみたいになったわけだろ。怖そうでないのがそうだから、っていうのが天江衣の怖さだということなのに、そういった側面は劇場版では演出されていない。ただただ精神の歪んだ妖怪みたいな背の低い子。

日本人の「両義性」とか「陰陽一元論」っていうのは、決して西洋合理主義のような意味での「両極」でも、中国的な「陰陽」でもないと思うんだよね。
むしろ両極の間に無限のことがある・・・内包されている。

それは虚数空間の中で、実軸の裏側に無限があるように・・・あるいは、最先端の宇宙論で「究極の真空」だからこそ「宇宙のすべてが誕生する可能性を孕んでいる」というような意味での。
それが天江衣とか宮永咲とか高鴨穏乃とかのキャラに現れているような気がする。超天然であるようで、化け物。
あとはね、劇場版の先生のセリフ。これは土曜日の難波先生とのやりとりなんかを随分と思い出したよ。教育者としての基本姿勢としてね。

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アニメではなかった劇場版の先生のセリフ 大将戦に向かう穏乃に
「シズ、10年前の阿知賀はこの準決勝をもえられなかった。
私にはこえられなかった山なんだ。

だから細かいアドバイスは出来ても、もうこの先の道のりを私は知らない。
ここからは私が導くんじゃなくて、みんなが歩いていく道。
山頂まで登ることがすべてではないし、山歩きにもいろんな楽しみ方がある。シズも無理せず楽しんできて。」
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虚空 さっきもいったようにね、いかにも怖いヤバそうなお姉さんが、実際にヤバかった、っていうのは「想定内」っていえば「想定内」じゃない。だから相手だって極端なダメージはない。でもね・・・・

Fate/Zero の出目金コンビの「恐怖には鮮度」っていうのと同じでさ、やっぱりその落差が問題。それを原作者はちゃんと意識して描いているよね。個々のカップリングのエピソードもそうだけどさ。


諷虹 アニメでは麻雀以外の部分が肉付けされていたかな。龍門渕のドジっ子メイドみたいなのもアニメオリジナルですね。


虚空 だからさ、アニメスタッフの原作のそうしたことをちゃんとふまえて作っていたと思うんだよね。そこがね・・・劇場版の天江衣はただの妖怪みたいな変は子にしかみえない。
そういうことからいうと、同じスタッフなんだけど、阿知賀編の劇場版の方がずっとまとまっている。役者の演技も前作の超学芸会レベルよりはよくなっているし・・・。

(全国編)身長高い子・・・(姉帯豊音)

諷虹 漫画で勝手に声が低いと思っていたんですが、高いんですよね。


虚空 それもこれのギャップ要素だね。急に幼子みたいにシクシク泣きじゃくったり・・・作画ミスと思うくらいに大きな子なのにね。
この留学生の子(エイスリン・ウイッシュアート)もそうだよね。
「一人だけど一人じゃない」・・・よくあるパターンっていえばよくあるパターンだけど・・・


諷虹 雪深い山奥に知られざる逸材が、っていうのもね
虚空 昭和のアニメで「アパッチ野球軍」ってのがあった。そんなに真面目にはみていなかったけど、通常の人知を超えた規格外の運動能力のメンバーがそろってのチーム。
OPの動画
https://www.youtube.com/watch?v=CZRRDJs3dnQ
豊音(背の極端に高い子)についての、巫女のコメント
「山分け入れば美しき女あり。身の丈高き女、梳きたる黒髪はその身の丈よりも長かりき。」

虚空 なんだか柳田国男の遠野物語っぽい表現?
*巫女チームのことを調べる


虚空 天岩戸みたいなのをふまえた場面ってあったよね。


諷虹 だいたいこの大将のキャラ名が「石戸霞(いわとかすみ)」ですから。


虚空 あの眠り姫は?あれが一番神格が高いんだよね。


諷虹 本家の子ですね。神代小蒔ですね。、声は早見さんなんですね。

ピクシブ百科「神代小蒔」
キャラクター
無名校が相手でも侮らずに当たろうとする、気真面目な性格の頑張り屋さん。ただ天然気味で浮世離れしたところもあり、対局中でも構わず居眠りしてしまうことも。 
昨年の全国大会で大活躍し、天江衣と並び称された、所謂「牌に愛された子」。インターハイ2回戦で彼女と対峙した優希も、咲に似たものを感じ取っていた。 
麻雀
「起きている」時は特に目立つ能力のない普通の頑張り屋さん。むしろ分家であるはずのメンバーにも「トバされなかったらなんでもいい・・・」と言われてしまう程の実力のようだ。 
 
しかし小蒔は眠り姫よろしく「寝る(眠る)」ことで神をおろし、能力を発揮するのである。さらに「二度寝」によって鬼のような強さが「覚醒」するようで、IH2回戦後半のオーラスでは片岡優希に三倍満を直撃させることに成功した。 
 
降ろす神にはローテーションがあるようで、IHの日程にあわせて準決勝から順に強い神が降りるように調整していたこともあり、2回戦では比較的力の弱い神が降りていたために大きく活躍はできなかったとか。小蒔は個人戦にもエントリーしているため、そちらでの活躍も期待される。 


虚空 これって、降りてくる神様を選べないんでしょ?


諷虹 その時その時は選べないですかね。前もって儀式とかでおぜん立てしておけば・・・って感じですかね。


虚空 寝ぼけた天然さんみたいな巫女さんが怖い神に憑依されて人格が変わるじゃない。鬼のように。・・・でも鬼のようなコワイ表情とか語り口になるのとは違う・・・人間としての感情が失せているような雰囲気。

ラインで出てきている「山」のことと関連するんだけど、「人知を超えた世界」だからこそ「人間要素」から離れる。それをヒマワリフクロウさんも直感して「富士山」について語ったんだと思うよ。

「ガラスの仮面」で野生児を演じることになった主人公の北島マヤが山で放浪して、やっとつかみとったのが人間としての表情を失った境地。人間らしい感情で悲しむのではない、虚ろな表情。人間であることを切り離さないと到達できない部分。
「無念夢想」なんてなかなかできるものじゃないけど、神に近づくためには、人間的な部分をどうやって一旦オフにするのか。

千日回峰行での堂入りなんていうのは、生きた状態で死人になるっていう荒行。多分思考も感情も停止するんだろうね。
*巫女軍団に対しての岩手の先生(熊倉トシ)の言葉
「天の八重棚雲を押し分けて、稜威(いつ)の道別(ちわ)き道別きて、
筑紫の日向の高千穂の久士布流多氣(くじふるたけ)に天降りましき
六女仙を従える、霧島神境の姫

虚空 今やっとヒマワリフクロウさんの高1の時のやりとりをみつけた。
(先のブログ記事でも紹介していますが、一応また載せておきます)
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虚空  あなた、富士山ってどういうイメージ?
ヒマワリ 青い、デカイ・・・
虚空  あなたがさっき「今、悩んでいることがある」って言ってたよね。それでもしトボトボ歩いていて、フッと顔をあげたら目の前に富士山がみえて、その瞬間、富士山があなたに何かを語ってくれたとしたらどんなことを言ってくれるような気がする?
ヒマワリ (沈黙のあと)何を言ってくれるんだろう・・・。・・・何を言ってくれるんだろう・・・。
・・・・なんかアドバイスしてくれるにしても、結局それは自分が「あっ、富士山はこういってくれているのかな」って自分が自分にアドバイスしてるみたいな・・・。(注 かつてライフインデキスなどが自分の内面の投影・移りというような内容の塾便りを読んでいることが影響してる発言?)
虚空  マアそういうことなんだけど、じゃあどんな内容になると思う?具体的な中身はともかく。
ヒマワリ とりあえずあれか・・・「悩むだけ悩め」と言ってくれるのか、それとも「こうだよ」みたいなことを言ってくれるのか・・・・えっ、どっちだろう?知らねェって!・・・何を言ってくれるのかな・・・山だしね、偉大だし・・何かためになる事というか・・きっとそんな無駄なことは絶対言わないだろうし・・・。
虚空  無駄なこと?例えばどんなことが無駄なこと?
ヒマワリ 何で悩んでんの?みたいな事は言わないじゃん・・ぜってぇ(絶対)。普通になんかこうこっちが「ねえ、富士山。今日こんなことがありまして」みたいなこと話しかけなくても、「もう分かっておる」みたいな・・・だからこう「富士山」みたいなことをやったら「ああ、そうか」ってみたいな感じで、ただ話を聞いてくれるっていうのは、もう分かっているっていう感じだから、富士山は・・・もうなんかアドバイスしてくれるか・・・
アッ、違うな・・・「おのれで!」みたいな。
虚空  じゃあアドバイスしてくれるとしたらどんなアドバイスになりそうだと思う?
ヒマワリ そうだな、具体的に言ってくれるんじゃなくて、自分でこう「道」・・・自分の中から答えを見つけ出せるようなヒント的な・・・タヌキみたいな!?・・・事を言ってくれると思う。(真面目に発言しているのだが、タヌキとは虚空をさす) 
虚空  ハア、そこでタヌキと富士山を重ねてくれましたか。
ヒマワリ うん。
虚空  何と畏れおおい!
ヒマワリ ハハハ!
虚空  じゃあ、富士山のかわりに樹齢何百年とか何千年とかの木があったら?
ヒマワリ そりゃもう寄りかかっちゃうかな・・・というより抱きついちゃう。ここに木があったら(自分の後ろ)こんなんとか。(体育すわりでよりかかる)・・・それかもうコテッみたいな(脇に木があって寄りかかって寝るような姿勢をとり)とりあえず「支えて」っていうか「助けて」的みたいな。「どうしたらいいの」って感じてコテッって。で、しばらくこう、またそん中でいろいろ葛藤したりなんだり・・・・なんかそんな感じで、きっとスッキリしたりするのかね。で、そんで「ありがとう」って言って「また来るよ」みたいな感じかな。
やっぱ、富士山と木って言われたら木を選んじゃうと思う。
虚空  どういう感じで。
ヒマワリ 何か、身近?木の方が。
虚空  富士山は身近じゃないか。
ヒマワリ 茨城にあるわけじゃないじゃん。富士山って「スゲエ」みたいなイメージはあるけど、やっぱもう・・・どういうイメージだろう・・・「神」っていうか「天」っぽい感じするんだよね。
虚空  どういうところで?
ヒマワリ 雲!雲の上に出ているじゃない。それにやっぱり青とか白とか・・そいう色っていうか・・・何か遠くに感じる。で、木はスゲエこう「先輩」って言うか、何でも分かっている」「何でも知ってる」的な・・・そうすると富士山もそうじゃんってなっちゃうんだけど、何か木の方が好き。・・・・緑っていうのも・・・太い!太いっていうのも好きなのかな・・・何かよくない?木って。根っことか超こうなってるのが、超よくねぇ?そこに何かね・・・手を広げているっていうか。
富士山だと寄りかかっている感じがしないと思う。どっから富士山みたいになっちゃうし。・・・でもどっちも偉大な人って感じ。人?言ってることは同じような気がするけど・・・違うか。もし由佳が悩んでいるとしたらかけてくれる言葉は一緒なのかな・・違うか。木はちょっと休める感じがする。・・・・(しばらくブツブツと自問自答が続く)
ヒマワリ 山が身近にないからね・・だから遠くに感じる部分があるんじゃない。由佳は富士山を軽蔑しているわけじゃないんだけど、やっぱり木がいい。木とか花みたいな・・・。
(木や花についての雑談後)
虚空  ねずみは米が好きの主人公がトボトボ歩いていた時に富士山が助言したらどんな助言をするんだろうね。
ヒマワリ でも、あれじゃん、やっぱ・・富士山は(と言いかけて)いいや、意味わかんね。
虚空  わかんないままでいいから。
ヒマワリ ・・・・富士山はマジ、めっちゃこう「人生なみにやべえ」って時に相談に行く感じだから、恋愛っていうの・・
虚空  初恋系?
ヒマワリ 初恋系は身近なこの花とかに「あのさあ」みたいな方がいい感じのノリで多分言ってくれると思う。富士山って・・そこまでなんかデカクないからみたいな・・そんな感じしない?「マジ、男の子にチョコあげようか、どうしたらいいかな、富士山」みたいなこと言っても「富士山、困っちゃう」みたいな。その辺のチョウチョだったら「そうね」って返してくれそうな気がするけど・・・富士山はマジ、本当に困った時に言って、後はこの辺の金のなる木あたりに言っておこうみたいな感じがすげえした。
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諷虹 富士山って「海でも宇宙」とかでも通じる・・・相対的スケールみたいなものかな。
自分の悩んでいるスケールとか富士山とか宇宙とかと比べれば相対的な尺度になれるっていうのかな

虚空 うちの例の親戚がね、自分のことだとささいなことでも大騒ぎするくせに、他人が悩んでいたり病気で苦しんでいると、決まって「何よそのくらいで!大袈裟な!!!私なんかね、もっと大変だったのよ」なんてケチつけまくる・・・若い頃から身近な人に対してはね。
相対的っていっても、そっちの方へ突っ走ると、余計に相手を追いつめてしまうことだってある。


でもヒマワリフクロウさんの感じているのは、単に「お前(人間)の悩みなんてちっぽけだ」と見下すっていうのとは違う視点だよね。


それこそ心意伝承的・・・。神道とか仏教とかキリスト教の浪漫主義なんかにみられるような「神性(仏性)を誰もが宿している」というような、絶対的な肯定感。
極端な言い方をすると「人知を超えた部分がちゃんとお前にもあるんだぞ。」ってスケールアップを期待している。


諷虹 今みえていることとか、今までにあったことの中に正解があるんじゃなく、もっと奥地・・・それこそ山の奥とか海の向こうとか宇宙の果て・・・そういった人知の及んでいないところ・・・


虚空 それが「咲」の中にもあちこち出てくるよね。


諷虹 そういう意味では高校の部活っていう設定じゃないですか。加速度的な成長。一日でどんだけ成長するんだよ、っていう場面もある。


虚空 麻雀でそういった変化が本当に起きるのかどうか分からないけど、プログラム学習とか公文式とかは、スモールステップで変化していくものだという大前提があるわけだよ。そんな発想からすれば、こうした変化は作り話。

でもね、実際に小学生を教えていた時も、家庭教師をしていた時も、何かをきっかけにして一気に大きな変化を起こすっていうのは何度もあった。

構えが変っただけで大変化。それこそ周囲も本人もビックリするような・・・それまで最も自分が苦手とか嫌いだったものに、案外大きな変化が起きる。
そういうのをいっぱいみてきてるから、咲のキャラたちの急な進歩にもそんなには違和感がない。
だから自分は最終段階では「構え」っていうことにこだわっている。

構えの変革で日常とか自分が変った・・・魂が入れ替わったレベルでのトランスフォーメーション・・・それがおきてからのイマジネーションは、低学年の時の自然発生的に湧き上がってきて、そこから伸びていくようなイメージとは違う。


聖徳の子は、葛西先生の言葉を借りれば分母分子の転換が起きたあとでも潜在世界から離れようとしないし、結果として自由自在に分母分子を入れかえているから、去年の公開授業の時のように、さも知性や思考とは無縁にイマジネーションを起しているようにみえる時もあるけど、でもそれとはちょっと違うような気がする。

だからさ、「宇宙の振幅作文」であれだけ知的なものばかりを書いていた子たちが、絵をみての作文ではまったく違った姿をみせてくれた。両刀使いだね。
*染谷まこ(過去の様々な対局データがインプットされている子)が、ド素人や中国人留学生に大苦戦するエピソード


虚空 これなんてまさに「知識に縛られる」っていう典型だよね。それだったらなまじ過去のデータの蓄積にたよらないで、今の自分に素直に打った方が勝てそう。
とんでもなく弱い相手にも負けるエピソードがね・・・しかもご丁寧に合同合宿での再戦でもまた負けている。まこだけじゃなくて、試合で一緒に負けた別の強い子も・・・
「ビギナーズラック」として描いていたけど、それだけでは片付けられない場面だよね。

*12巻 第117局「景色」
虚空 最初に紹介された「山」だとか「川」だとか・・・で、このタイトルが「景色」。じちゃん譲りのメガネで別世界になったというような・・・。

これって、最近は特に痛感するよ。本当に極端に見え方がおかしくなっているから。ブルーレイの高画質でも自動的にDVD画質に変換してる、って言い方をしていたけど、最近じゃそれ以下の画質にダウンコンバートだもんね。

そうすると、つい数年前とも全く違う世界に生きている感覚だよ。暗いところでも見え方も極端に落ちているからね。周囲の人間とも全く違う世界。


諷虹 神性と野生でしたっけ・・・分母分子のここらへんで・・・さっきの山の奥地とか、宇宙の果てとか、人知が及ばない部分っていっても、人知が及んでいる部分がはっきりわかるから、及んでいない部分が分かる。


虚空 それもさ、黄泉の国を突き抜けての禊、とか、熊野の六道図のような構造とかと関係ありそうだね。現実を十分に踏まえてこそ突き抜ける境地。


諷虹 そういう意味で英才児って、小さい子が知識がなくて自由にイメージすることで時に深いところに到達するんじゃなくて、知識を持った上で、その持ってる知識とか学問ではどうにもできないような深い領域に直接イメージでショートカットするような感じ・・・
大人の学者とかではセオリーに囚われすぎて到達しきれないような領域まで深く進んでいけるような・・・若さみたいなのも同時に兼ねそろえている・・・英才”児”だけに


虚空 まさに「超現実」の生き方だね。


諷虹 めちゃくちゃ現実的なプランを組んでいて、どうしても実現不可能なところだけはドラえもんの秘密道具を使って・・・みたいな荒唐無稽というか、突然非現実を織り込んでくるような


虚空 これって、やっぱり大前提として「潜在世界を手放していない」からだよね。手放していたら「そんなの在り得ない」「みえることだけが現実」ってなっちゃうから。常識に縛られるのはその典型。

でも、古の日本人のように、そうでないところに真の世界を見出している・・・それが直感できるから、知識や学問で網羅できない深い部分にもイマジネーションの力でどんどん踏み入っていくんだろうね。

咲でいえば穏乃は山の奥深くへ奥深くへ踏み込んでいって、超人的な力を発揮するわけだし・・・まだ原作では描かれてないんだろうけど、やがて宮永咲と対決なんていう場面がでてきたら、衣が咲に語っていたセリフにあったような(原作 6巻 アニメ 阿知賀編16話)
「現実の修行の山路も、有為の奥山を越えて、その先にいる
深山幽谷の化身、その穏乃を相手にして、峰の上で花は咲くのか?」
っていう勝負が描かれるんだろうね。

*「有為の奥山」について検索
色は匂へど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ 
有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔ひもせず

・無常なこの世の中を、越えにくい深山にたとえたもの。「 色は匂へど」にはじまるいろは歌の一節。

・文中の「有為」は仏教用語で、因縁によって起きる一切の事物。転じて有為の奥山とは、無常の現世を、どこまでも続く深山に喩えたものである

「匂いたつような色の花も散ってしまう。この世で誰が不変でいられよう。いま現世を超越し、はかない夢をみたり、酔いにふけったりすまい」

諷虹 文字でみると全然印象が違いますね。「色は匂へど」はこの前のアニメ「色づく世界の明日から」のようだし、「誰ぞ」は「君の名は。」みたいだし・・・。


虚空 この前から何度も出てきている「シノハユ」(咲の番外)での「鳥瞰」っていうのと、さっきの「英才児の超現実意識」が重なり合ったのが「現世の超越」だったりしてね・・・。


諷虹 シノハユになってから表紙の背景に銀箔の線が入っているんですよ。数学の三次元図のような感じで。
少女たちが歩んだ軌跡を表しているって言われてます。
帯にある言葉
『ー旧約青春麻雀物語ー シノハユ』(SC 原作 小林立 作画 五十嵐あぐり)
シノハユ 9巻 45ページ・・・子どもの時のエピソード
11巻 87ページ 「62話 鳶目」(えんもく)

(ネット検索)
鳶?(とび)?の目。転じて、よく見える目。他人の欠点などのよく見える目。



虚空 でもさ、この前にも言ったけど、だからといってこの子が鳥瞰の力を発揮している時って、別に対戦相手の牌の状況や欠点が客観的にみえているわけではないんだよね・・・岡目八目のようにさ。
むしろ対戦とは全く関係ないものばかりが見えてくるわけだろ?


諷虹 チームメイトから始まって、それまでに対局したことのある知り合いの現在の様子(麻雀だけでなく、ショッピングしている子や歩いている描写)、果てはまだ知らない・出会っていない人も見えたり・・・今気づいたんですけどこれ(鳥瞰の時に見えている人)全部同年代の子なんですね。世話してくれている叔父さんの姿とかはない・・・

シノハユ 各巻裏表紙の言葉
https://ebookjapan.yahoo.co.jp/books/205710/A000210888/
1巻
白築慕は小さな胸に大きな夢を抱いた。大好きな母に自分を見つけてもらうため、大好きな麻雀で注目される選手になると…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
2巻
石飛閑無は負けず嫌いの自分に誓った。暇つぶしで始めた麻雀で敗北した汚名を、本気で挑んだ麻雀で返上してみせると…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
3巻
瑞原はやりは理想の将来を思い描いた。嫌いだった大人の生き方に憧れ、自分も皆を元気にしてあげられる大人になろうと…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
4巻
本藤悠彗は憧れた夢を見つめ直した。一途に麻雀と向き合う同世代に魅せられ、同じ道をひたむきに歩んでみようと…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
5巻
赤土晴絵はまだ知らなかった。栄光と挫折を経て、のちに“阿知賀のレジェンド”と呼ばれる選手になることを…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
6巻
小禄心は正直な気持ちで願った。初めて心の底から楽しめた相手と、またいつか大舞台で麻雀が打ちたいと…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
7巻
稲村杏果は今よりひとつ先を見据えた。傍に寄り添うだけでなく、真剣に取り組むことこそが親友の笑顔につながるだろうと…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
8巻
椋千尋は不敵な笑みで県予選を眺めた。1年生で7年連続県代表校の大将である彼女には、相手が誰であろうと関係ないから…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
9巻
行長柚葉は人知れず矛盾を抱えていた。うしろに控える後輩が、自分を守る“壁”であり、越えられない“壁”でもあるのだと…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
10巻
野津雫は溢れ出る涙を優しくぬぐった。決してひとりじゃない、志した想いは皆同じ、改めてそう感じることができたから…。これは麻雀で全国の頂点を目指した少女たちの軌跡──。
11巻
白築慕は窮地の中で笑顔の行方を探した。大好きな麻雀で、大好きな友達、そして大好きな母にもう一度会うために…。羽ばたけ、舞い上がれ、終われない私の“青春”──。
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