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☆「咲」からの考察  「月」「ふるさと」

6月14日の諷虹×虚空のやりとり記録です。

6月8日の最後に出た「東方キャラ」と「咲」の接点についてからはじまって「月」「ふるさと」にまつわる日本人の意識について語り合っています。
「東方求聞史紀」から
諷虹 これは幻想郷にいる妖怪とかを図鑑のように描いているものなんですが・・・先週いっていたフランドールと姉のレミリアのところをパラパラと読み返して・・・
意識に引っかかっていなかったんですけど、姉の能力が「運命を操る程度の能力」なんですよね。
https://pl.touhouwiki.net/wiki/Perfect_Memento_in_Strict_Sense/Remilia_Scarlet

「幻想郷で確認が取れている吸血鬼と言えば、紅魔館に棲むスカーレット家である。 その主がこの紅い悪魔(*1)、レミリア・スカーレットだ。 姿と考え方は幼いが、実際は五百年以上生き続け、吸血鬼らしく驚異的な身体能力を誇る。 身長は低く、まるで十にも満たない幼児の様だが、背中に自分の身長よりも大きい羽根を携え、シルエットだけならかなり大きく見える。 また、態度も大きい。 行動も子供っぽく、驚異的な身体能力と無尽蔵の好奇心を兼ね備えた、いつ爆発してもおかしくない恐怖の悪魔である。

 昼間は紅魔館で眠り、夜になると散歩したりパーティを開いたりしてはしゃぐだけはしゃいだ後、疲れたら眠る。 能力の運命を操る事は、本人は意識してかしないでか、周りにいると数奇な運命を辿るようになり、一声掛けられただけでそこを境に生活が大きく変化する事もあると言う。 まず、珍しい物に出会う事が高くなるらしい(*2)。

 この妖怪に纏わる逸話 紅霧異変 紅魔館の存在が人間の間に大きく知れ渡った異変である。 幻想郷が紅く深い霧に包まれ、地上は日の光も届かず、夏なのに気温も上がらないという異変があった。 この霧は吸うだけで気分が悪くなり、人間達は数日間に渡って、人里どころか家からもまともに出られなくなったのである。 結局、霧の原因はレミリアであり、ただ単に幻想郷から日光を奪えば、昼間でも騒げるんじゃないかという自己中心的な動機により、引き起こされた異変である。 最終的には博麗神社に住む巫女が、彼女を懲らしめて解決したと言われている。

 対策 多くの弱点を抱えている妖怪だが、その弱点を突いたりして刺激するのは得策ではない。 生半可な事では退治しきれないので、怒りを買ってしまい、いとも簡単に消し飛ばされてしまうだろう。 好奇心が旺盛な為、思いつきでパーティに人間を呼んだり、人里で遊んだりする事がある。

 だが、性格は幼い為、気分を損ねないように接しないと、恐ろしい目に遭う事もある。 大人しく我儘に付き合わないといけないだろう。 人間だけではなく、妖怪に対しても「自分より優れた奴は居ない」と考えている。 いつでも高圧的な態度で、誰に対しても友好度は低い。 *1 幻想郷に来る前から人々に紅い悪魔と呼ばれていたという。由来はよく血をこぼし、白いおべべを紅く染めていたからだという。 *2 実際はそんなもんじゃないかも知れないが、目で見て判る効果が無い能力である。 *3 変えられた運命次第では、人妖になってしまう事もあるという。


妹の方 フランドール・スカーレット
紅魔館の中でも仲の良い妖怪は少なく、常に孤立している。姉のレミリアですら、一緒にいる姿は余り確認されていない。そう言った理由からか、未だ謎が多い妖怪である。
破壊の能力を持ち、触れようが触れまいが物を破壊してしまうと言われている。一緒に遊んでも作った物を片っ端から壊されてしまうので、誰も一緒に遊んでくれないのだろう。
どうやって物を破壊するのかというと、全ての物質には「目」という最も緊張している部分があって、そこに力を加えればあっけなく破壊できるのだ。彼女はその「目」を移動させ、自分の手の中に作る事が出来るという。つまり、彼女の手の中にある「目」を自分で潰せば(*2)、物は壊れてしまう。抗い様の無い恐ろしい能力である。
ピクシブ百科
フランドール・スカーレット(Flandre Scarlet)は、紅魔館の主レミリア・スカーレットの妹で、姉と同じ吸血鬼。 
少なくとも495年以上生きているが、少々気がふれているという理由でその大半を紅魔館の地下室で過ごしてきた。 
また本人も外に出ようともせず引きこもり状態だったようで、その箱入り娘っぷりは生身の人間は見たことがないという程。 
だが紅魔郷の異変「紅霧異変」後は主人公たち(霊夢・魔理沙)と接触したことで外界に興味を持ったようで、「外に」とまではいかないものの、『東方文花帖(書籍)』で屋敷内を出歩いている姿が目撃されたり、屋敷のすぐ傍ながらも屋敷外にいる挿絵がある。 
また、長い間閉じこもって生活していた関係で与えられたものしか食べたことが無いため、人間の襲い方を知らない。通常の吸血鬼は食事をするために人間を殺さない程度にしか襲わないが、彼女は手加減が出来ないため一滴の血も残さず吹き飛ばしてしまう。 
その歯止めの効かない破壊力は、遥かに姉を凌ぐとされている。 レミリアの実妹か義妹かについては不詳。 

諷虹 昔からなんですけど、妹の方は狂気顔で描かれていることが多い・・姉の方はキリっとしているか幼女幼女なんですけど・・・


虚空 あのさ、まず思いついたことから・・・この血を吸う時の程度っていうので、ファーブル昆虫記とかに出てくるハチ・・・獲物に卵を産み付けるけど、孵化した幼虫は獲物が死なない部分から上手に食べていく・・・鮮度を保っているわけだよね。

ところがさ、例えば極端な例を出せば癌細胞なんかは、勝手にどんどん自己繁栄ばかりをしようとして、宿主を殺してしまう。マアそこはハチの場合も最終的に宿主は死んでしまうけど、その時にはもう蛹になって成虫になり生きながらえる。

加減を知らないというのは、自然の理とは無関係な生き方・・・吸血鬼の理からも反しているっていうことでしょ?この吸血鬼は。

もう一つはね、天江衣って、両親が死んで引き取られたあとに叔父かなんかに幽閉されていただろ。幽閉されていた理由があまりはっきりと出てこないけど・・・衣の事を恐れたとか、両親が死んだのもそのせいだと思い込んでいるとかあったけど。


諷虹 異能の力ですよね。
これがファンの作った紅魔館の3Dモデルなんですけど、衣が幽閉されていた屋敷に似ているかな、って。(アニメ版)
(原作を確認すると 6巻P142)ではとんでもない屋敷の描写


諷虹 これって ドラキュラが住んでいる城 みたいですね。


虚空 自分が今パッと思いうかべたのは、「眠れる森の美女」が眠りについていたお城。棘とかがからみあって中にはとても近づけない状態だったのが、運命の王子様が来た時には道が開けていった、なんて確か昔読んだ童話ではかいてあったと思うんだけど。 
(原作3巻 P157 は屋敷っぽい)


諷虹 こっちの方が紅魔館っぽいですね。
あと不思議の国のアリス、月の描写も・・・


虚空 そう、それも言おうと思っていたんだけど・・・原作とアニメでは時計を腰にちゃんとぶらさげているよね。でも実写版での同じシーンでは時計はつけていないんだよね。

それと前回も言ったけど、可愛い幼女と大人びた言葉遣いの恐ろしげなギャップが特徴のこのキャラが、実写版ではほとんど妖怪じみて描かれている。笑顔とか可愛らしい表情は一切出てこない。このあたりの演出意図なんかは気になるところなんだよね。


諷虹 時計ですけど、さっきの東方の方でいうとフランドールではあまり関係ないんですけど、紅魔館と時計っていうのは・・・メイド長が人間なんですけど、時間を操る程度の能力を持っているんですよね。


虚空 人間なのに?


諷虹 時間だけでなく空間も操るんですよね。
「この能力は空間を弄ることも同様に可能である。時間を遅くすることは、空間を小さくすることと同じであり、速めることは空間を広めることと同じである。彼女はその超絶な能力を十分に生かし、掃除や洗濯、炊事にと役立てているである」
このメイドさんがだいたい懐中時計を持っているんですね。だから懐中時計と紅魔館は切っても切れない関係にあるんです。


虚空 今ちょっと考えているのはさ、さっきの眠れる森の美女の王子様に該当するのが、最終的には「宮永咲」だったわけだよね。そんでもって、咲はあの卓の世界を支配する力があるような感じでしょ。森林限界を超えた所に花を咲かせるというようなイメージで。

先週の帰りの車でフト思った「潮の満ち引き」と衣の「海底撈月」のつながり。潮の満ち引きって地球とか人類が遭遇している最も大きな時間・空間の変動だよね。人によっては地球最大の津波って表現する人もいる。そしてその満ち引きのリズムが生命誕生にも大きくかかわっているとかね。


諷虹 あとは「月」と「ツキ」・・・運の尽きですよね。


虚空 40年近く前だけど、勤めていた塾の中学生が妙な替え歌ばかりを集めたテープを持っていて、その中に『冒険ガボテン島』主題歌フルバージョン 1967
https://www.youtube.com/watch?v=Gylt8ruHwjE
の替え歌があったんだよ。同じ塾に勤めていた麻雀に詳しい学生が大爆笑してた。「ハコテンハコテン」とか「フリテン」とか「でもちょっぴり悲しくなっちゃう、月のない夜は」とか。月とツキとかけているんだろ?

諷虹 東方の二人にとって王子様は誰なのかっていうのがあるんですけど、2次創作でよくあるのは、・・・
(人間メイドについての解説文続き・・・吸血鬼から名前をもらって、生きる方向が大転換(という説)。吸血鬼の味方・・・でも人間とも交流  十六夜咲夜)


虚空 こっちも「咲」だね

諷虹 そうですね、夜に咲く。

虚空 あの予選決勝で、衣だけじゃなくて、宮永咲も「化け物」って称されていたよね。だいたい試合前に本人は全く無自覚でいるにも関わらず、周囲にはとんでもない気配をふりまいて歩いていてさ。でもそこで迷子になってのドジっ子ぶりもさらけだす。

諷虹 決勝が夜にもつれこんで、まさに夜に花が咲いたわけですよね。

虚空 そこに月の描写もリンクしててさ。衣が「生まれ変われるかもしれない」って予感しているよね。「月の夜」に「潮の大変動」が起きて「森林限界の場所に花が咲く」=「新たな生命が生まれる」・・・・っていう流れ。

そこと「吸血鬼」っていうことに人類が抱いてきたイメージとの接点。その吸血鬼のイメージだって、東方のは西洋風のじゃなくて日本風にアレンジされたイメージで設定されているよね。日本人が素直に納得できちゃうような形で。

さっき「となりの吸血鬼さん」との類似についても言っていたけど、あの人間「天野灯」だって、個人的な趣味での行動でありながら、結局は異界の存在どうしの壁をぶち壊しているよね。
それが可能だったのも「壁」を気にしていないから。

天江衣がとんでもない能力で昨年活躍した、っていうことも、宮永咲はそれほど特別視していないような感じだよね。それをまた感じたから衣も心を開いた。

(咲 のキャラ同士の関係を特集したサイトをみる)
さっきのメイドさんの話もそうだけど、自分が麻雀ルールを全く知らなくても入り込めたのは、キャラ同士の人間関係がきちんと描かれている事と、もう一つは麻雀場面が「時空転換」のイメージで描かれているからだよ。

そうすると例の世界定めの3つの軸「時間・空間・人間(ジンカン)」が非常に前面に出ている作品と言える。だから引き込まれている。


諷虹 (5巻 P79)
「嶺上の花が咲き、海底の月が輝く・・・・か。花天月地ね」
これ逆なんですね。花が天で、月が地。
天に向かってと、地に向かってということなんですかね

虚空 この逆転に込められた想いは何だろう????


諷虹 深いんじゃないですかね(笑) 相転移なんじゃないですかね。相手と自分の

ネット辞典
〔花が空一杯に咲き、月光がくまなく地上を照らす意から〕花咲く陽春の頃の月夜の景色。


虚空 「月の光」と「太陽の光」の大きな違いって、太陽は自ら発しているのに対して、月のは太陽光の反射だよね。光の成分としては同じようなものだけど・・・これは単に光量だけの問題じゃない。


諷虹 さっきの花見じゃないですけど、「花」とかって「春のうららかな様子」を示す季語のようであり、「夜桜」とか「月下美人」のように「夜に咲き誇っている様子」っていうのもまた、絵になる・・・


虚空 源氏物語の女性キャラの中で男性に人気なのが「夕顔」っていうのを瀬戸内寂聴さんがいっていたけど、そんなイメージもあるんだろうね。


諷虹 花魁とかも・・・。


虚空 まさに夜に咲き誇る花だよね。それこそ華やかに。
天江衣のイメージだってさ、昼間というよりは、月明かりの夜にぼんやりと浮かんでいる女の子・・・その中で静かにしていても絵になるし、子どもっぽく一人ではしゃいでいた、なんていうのも絵になりそう。


諷虹 満月なんかになるとより能力を発揮するとかね。そうするとまさに吸血鬼のイメージ。


虚空 あの、前観たみんなの歌の「月のワルツ」なんかが「静」の衣のイメージに近いかも。
でもそれを白日のイメージにも合うようにしたのが、宮永咲。


諷虹 月と兎のイメージって、日本独自?


虚空 そうじゃないの?


諷虹 不思議の国のアリスってうさぎと時計は出てきますよね


虚空 月は出てくるの?


諷虹 中国とかアジアにはあるようですね。
Wiki 「月の兎」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%88%E3%81%AE%E5%85%8E

虚空 そういう意味ではセーラームーンの主人公の名前なんてそのものズバリでよくつけたよね「月野うさぎ」
ネット検索 不思議の国のアリス 月・・・
「三月うさぎ」
「三月うさぎ」という名前の由来はイギリスの「3月のうさぎのように狂っている」という言葉であり、ヨーロッパのウサギの繁殖期が3月でその時期のウサギは落ち着きがないという意味から原作者が不思議の国のアリスに登場させたと言われている。
お月様かどうかはあいまいだけど「繁殖」っていうのとは絡んでいるんだね。


諷虹 (別の麻雀漫画で  自分の直感を信じて勝てていたのが、定石を知ったら勝てなくなった  ということの紹介)


虚空 あの先のメガネ先輩がど素人に負けたところなんていうのと通じるよね。今までみたことのないパターンだから混乱してしまった。なまじ自分の特殊能力(膨大な過去の牌の知識を瞬時に呼び起こしてうつ)に頼らないで、普通の人間の気分で打てばきっと難なく勝てたんだろうにね。

入試でもあるじゃない、よくでる問題のパターンと似ているけど、微妙に違う問題の時に解けなくなる子。覚えていた解法から離れられないで。
もっとひどいのになると、解き方を覚えていない問題は解けっこないと最初から諦める子。こういう子は真面目に勉強していても問題集やプリントと同じようなものばかり出る学校の中間・期末では100点近くとっても、何が出るか分からない、範囲も広い実力テストや入試ではガクッと得点力が下がる。


本質的なことを理解している子なんかだと、解き方を覚えていなくても、内から湧き上がってくる思いに素直に向かうから、結構ひねった問題でも解ける。そういう子は中間・期末はマメに勉強していないからそれほどよくないけど、実力テストとかひねった問題を出す学校の受験問題だと結構できるよね。

そういうことって、暗記していれば高得点できる、っていうのは「月の輝き」との類似もあると思う。自分が輝く力を持っているわけではないのに
見かけ上魅力的に輝いているから。

もちろん「月の光」にまつわる心象はマイナスイメージばかりではなくて、日本人は「太陽の光」よりもそこに深い意味を感じ取ってきたわけだけどね。

どうも日本人って「ギラギラ」はあんまり好きじゃないのかもね。太陽だって、ありがたがるのは「朝日」「夕日」だし。
でも「ピカピカ」とか「キラキラ」は好きだよね。だから黄金なんていうのはね・・・実り豊かな稲だって「黄金色に輝く」なんていうしね。

古典で「月の影」っていうのを「月の光」って訳すことは前にも話題にしたけど、本当はそれを暗記するんじゃなくて、古来から日本人は「光」と「影」に対してどういった本質的なイメージを感じ取っていたかだよ。

「影の大番長」とか「闇の支配者」とか・・・


諷虹 夏目漱石の「月が綺麗ですね」っていうのはどうなんでしょうね。
「I Love You」を「月が綺麗」と訳したエピソード。「月がきれい」ってアニメの題名もそこからきているわけですよね。このエピソードの真偽は定かではないようですが、結構有名な話ですね。
共振・共鳴ですよね、これも。


虚空 直訳がいいとは限らない。

手前味噌になるけど、大学の時の英語の授業の時に「Stay with me をどう訳す?」って聞かれた時に「行かないで」と訳して褒められたことがあるよ。実際にこの題名の映画の邦訳がそうだったらしいんだけど・・・なんだかパッと浮かんだのがその言葉だった。

やっぱり日本語って感覚言語だからね。
最初に赴任した学校は帰国子女が滅茶苦茶多い学校だったけど、日本語は話していても頭の中は英語モードっていう子がけっこういた。

それがトラブルの原因になっちゃって。ものすごくきつい言い方に聞こえちゃうんだよね。英語の発想をそのまま日本語にすると。自分勝手な我が侭人間とさえ誤解されてしまう。

でも、逆に何かの本で読んだけど、日本人が外国に行って英語でやりとりしようと思ったら、まず英語でどう話せばいいんだろう、じゃなくて、「日本でそんな言い方をしたら絶対嫌われる、顰蹙を買うだろう」と思うくらいに遠慮なく自分の気持ちを全開にする・・・そいう心の状態に切り替えて話していかないと、現地でのやりとりはうまくいかない、って。

そのことはこの前イギリス留学をした英国紳士の武蔵君にも事前に話したんだけど・・・確かにそうだったって。そこに慣れるまでは大変だったけど、慣れたら変に気を使わなくてすむ分楽だったって。

ただ、帰国してから大変だったっていっていたけどね。仲のいい気兼ねなく話せていた友達相手でも、「こんなに気をつかって今まではなしていたんだ」ってビックリしたって。元に戻すのが大変だったって。

言葉が人間性を支配する・・・・だから母国語習得段階の乳幼児に英語教育っていうのはよほど考えないとね・・・
天江衣がさ、シリアスモードの時に普通の大人だって使わないような難しい言い回しをするじゃない。あれも、「どうしてそうなったのか」も興味深いけど、ああいいった言い方をしていることで、どんな人格形成がされてきているのかも、興味深いところだよね。

さっきの帰国子女でさ、家庭訪問の時にいつも聞いていたのは「きょうだい喧嘩なんかの時に、どっちの言葉になりますか?」って。そうすると例えばお兄ちゃんは日本語だけど、下の子は興奮すると英語になります、とかね。母国語としてどっちの言語に足をつっこんでいるのかが分かる。マアこれも上原先生仕込みの知恵だったんだけど。

そうすると天江衣が、咲とかに心を開いた場面とか、相手によって無邪気に振舞う時・・・素のモードになった時は難解な語句が消えるだろ。


諷虹 ニュートラルな時でも難しい言い方をする時はしますけどね


虚空 でもそうじゃない時があるだろ。


諷虹 (咲に心を開く前でも)ペンギンのくだりなんてはそうですね


虚空 どっちが素なのか分からないけど、麻雀で真の戦闘モードになる、っていう意味での「真の姿」っていうのと、人間としての「素」との違い。

本来だったら「おうち」っていうのは素のモードになれる場所なわけだよね。
天江衣はそもそも「おうち気分」を喪失していた。考えてみればさ、宮永咲も、原村和も、なんだかおうち気分になれてるような描写はないよね。人間関係で。


諷虹 麻雀うっている時のおうち気分はありますよね。咲は靴下を脱ぐとか、和はエトペンを抱いているとか。


虚空 だから何らかの形で「おうち気分」は絶対に精神的な土台として必要なんだよね。児言態の授業では「意識のベースを探る」なんていっていたけど。

阿知賀編の主人公のおうちはどう?


諷虹 そういう意味でいうと、学校の雰囲気にしてもいい感じの田舎感というか・・・それが長野よりも強いかな、って。地域ぐるみの・・・
そういう意味で私は阿知賀編の方が好きなんですけど・・・


虚空 今、児言態の方で進んでいる話と自然につながってきたんだけど・・・上原先生が国際理解教育研究協力校の指定をうちの学校がうけた時に「おうち、ふるさと、世界」という3つのキーワードからっていうステップを示した事。

あとね、この前の難波先生と語り合った時の大洗の話でもちょっとでてきたけど「空母」とかの・・・。学校も「母校」とかね。だいさいさっき自分も「うちの学校」って自然に言ったしね。


諷虹 憧が全国に狙える学校に進学しようとしていたのが、阿知賀で狙えるなら、ってそっちを選んだのも好きなんですけどね。

この前シークレットベース・・・あの花のEDでも使われている曲ですけど、これは私の個人的な感覚なんですけど、「夏」に関する情景を描いた歌は体験したことはなくてもノスタルジックな感覚になれるんですよね。
妙に共感してしまう部分がるというか・・・


虚空 この曲がアニメで使われていた時って、途中で絵柄が大転換するよね。
めんまが成仏するのだって、世界が転換するわけだし、それによって幼い頃からのトラウマから次のステップにいけなかった高校生たちも転換できた、そんな話だものね。
めんま「みんながいつもめんまのことを見つけてくれる」


虚空 咲でいえば桃子も衣も本当の自分をみつけてもらえたような感じだよね。
あと、本編でも阿知賀編でも、「自分がふと思い当れる」ような形での麻雀の解説。「咲」という名前にちなんでいるとか「山」とか・・・そういう身近なこととつながったから麻雀にはまりこんでいっている。

それからね、本編でも阿知賀編でもね、主人公たちが「全国」を目指す動議がね、ものすごく個人的っていえば個人的じゃない。お姉さんに会うとか、ここの住み続けるとか、かつての友達と会って遊ぶんだ、とか・・・・そういう超個人的なことが出発点でありながら、本当に「全国」に突き進んでいくエネルギーが沸き上がっていく。


諷虹 ジャンプ漫画でも「全国には強いやつがいっぱいいる」っていうことで目指すんですよね。


虚空 バガボンドでもスラムダンクでもそうだよね。まともにはみていないけどドラゴンボールもそんな感じ?


諷虹 ストリートファイター2・・・「俺より強いやつに会いに行く」。
ゲーセンで地元で一番強いやつが他県にいって腕試し


虚空 それに比べるとね、主要キャラの動機は超個人的でしょ。阿知賀の部長は顧問を全国の決勝に連れて行くっていうのが主目的だったけどね。
全国に行くんでしょ、って確認しあう場面だって「指切り」したことを重視しているしね。
現代に「指切り」の効能ってどのくらい生きているのかわからないけど・・・極めて呪術的な行為じゃない。
和なんてオカルト全否定派のようで、そいういう部分はマメ。小指と小指のからみあいにどれだけの重みがあるのか・・・これはまったく呪術的な感覚だから。


諷虹 前話題になったように「全国」っていうのと「世界各国」っていう言葉の違い。「全国は全世界という意味でとらえられる」じゃないですか、字でみると。でも実際は「世界各国」の方が「全世界」。「全国」だと「日本全土」ですよね。

ただ、やっぱスラムダンクだとか咲で「全国」っていいう言葉でピクッと反応するところがあるじゃないですか。


虚空 「国」という言葉や「世界」という言葉が実際にそれぞれの子どもの中でどうつかまえられているのか・・・知識や概念での部分と、実感を伴う部分と・・・境界領域の話になっていくけどね。

そうするとやっぱり出発点は「おうち気分」。これをどこまで拡張して感じ取っているのかによって生き様=構えは随分とかわってくるよね。

学校なんて行きたくもない、というのとガルパンキャラたちみたいに「学校が母校・母体」・・・だいたいあのアニメで学校が空母の上にあるような設定というのもね・・・学園艦なんていって。

大洗を「ふるさと」としてとかいえば、学校も地域もあの子たちにとっては「おうち」気分。それを日本の国とか、地球全体とか、宇宙全体・・・あるいはミクロの世界とか、目に見えない世界、異界、・・・パラレルワールド、そこまで取り込めるかどうか・・・・。
実感を伴ってね。

このまえのNanba先生との大洗談義ってとっても大事だったんだね。


諷虹 ラインでソルティさんが「ふるさと」のことを話題にしていたじゃないですか。で、あの「ふるさと」の歌の出だしも
「うさぎ追いしかの山 小鮒つりしかの川」
虚空 「山」と「川」だね。咲の麻雀の話が最初に出た時から話題になっていたことだよね。

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*5月24日 のやりとり
諷虹 麻雀の「山」・・・捨てたところを「河」っていうんですよ。山と河って・・・それだけでいろいろな考察ができそうなんですけど、例えば山から牌を持ってくるわけですけど、一番最後の牌を海底(はいてい)って言うようになる、とかね。山が突然海の底になったり、捨てるのが河・・・そう名付けた人は一種の箱庭のような感覚で作っていたのかなって。

咲の主人公なんかも、嶺上開花(りんしゃんかいほー)っていうのが山の上に花が”咲く”っていう所が自分の名前と同じって言うことでその役が好きになる・・・というかその役でしか上がらないレベルにまでなるんですよ。実際にはありえない確率ですが。
原作 1巻より
咲 リンシャンカイホー?
照(姉) 麻雀の役の名前だよ
 「山の上で花が咲く」って意味なんだ
咲 咲く?おんなじだ!私の名前と!!
照 そうだね 咲
 森林限界を超えた高い山の上 そこに花が咲くこともある
 お前もその花のように――強く――
:::::::::::::::::::::
虚空 「箱庭」って要するに世界をつくること・・・世界定めだからさ。
麻雀をやったことがないかわ分からんけど、あれって自分の思い通りにとか、意図通りに世界を創りたくても作れないわけだろ?やっている4人がそれぞれの思惑で寄ってたかって作り上げていく一つの世界。それぞれの思惑と運とを重ね合わせて出来上がっていく世界
原作 1巻より
この空間を支配する超人的な豪運が・・・人はそれを奇跡と呼ぶ・・・奇跡を可能にするのは・・・・神か悪魔ッ!!
「ふるさと」歌詞
兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて、
忘れがたき 故郷(ふるさと)

如何(いか)に在(い)ます 父母
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出(い)ずる 故郷

志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷


虚空 いってみれば「山」「川」(水)が「ふるさと」っていう場所を確定する要素だよね。そこに「父母」がからむ。


諷虹 のんのんびよりでもそうですよね。


虚空 実際には人によってふるさとの風景は違うわけだけどね・・・でもこれはお約束として日本人のDNAに刻まれているよね。これ、国によっては全然違うと思うよ。

それにさ、これも国際教育で3年生に「小さなリスの大旅行」を授業する前に上原先生に指摘されたことだけど、アメリカの原作のこの話は日本人には違和感のある話だと、そこに焦点をあててやるといい、と。具体的には「西部」とか「ふるさと」意識の根本的な違いなんだけどね。

(日米の違い)
諷虹 イスラム教とかの聖地巡礼なんかもそうなんでしょうね。
イスカンダルのは・・・

虚空 宇宙戦艦ヤマトね・・・あれもあの困難な旅への原動力は「地球というふるさとを守るため」そして「何としても帰るんだ」っていうお話だからね。デスラーとの戦闘も根底にあるのは、ふるさとの星の存亡をかけた戦い。でも次の彗星帝国では話の中心が違ってきた。


諷虹 自分の生まれ故郷が戦争で破壊されたのっていうのは非常に大きな原動力になるっていうのもありますよね、荒野のコトブキ飛行隊でもありましたよね。


虚空 ストパンだってそうじゃない。宮藤の扶桑はまだネウロイの侵攻を受けていない。だから故郷を滅茶苦茶にされたペリーヌとかの気持ちが分からなかったわけだよね。


諷虹 温度差ですね


虚空 それこそ平和ボケの理想論者にしかみえなかった。

戦後の日本人が「戦争反対」「核戦争廃棄」を強く訴えたのは、平和ボケの理想論どころじゃなかったわけだよね。それこそいつもいうように自分の子ども時代だって、親の世代はみんな戦時中の記憶を持っている世代。大人たちのほとんどが戦争体験者。その体験からの心の底からの叫びだったんだよね。自分たちだけじゃなくて、これから先の日本人たちにも、もう絶対こんな思いはさせたくない、っていう。


諷虹 第一次世界大戦とかの「火薬庫」っていう表現があるじゃないですか。日本は島国だから、戦国時代はともかく、陸続きで「ふるさと」の積集合的な・・・


虚空 皮肉なのはさ、戦争体験者がいなくなった今の日本人の方が「戦争反対」なんていうと「平和ボケした理想論者」と叩かれる。おかしな逆転現象だよね。

でもそれも、本当に実感がないから・・・アニメやゲームの世界の・・・痛みとか苦しみとか血だとか理不尽さとか・・・そういうのとはかけ離れた世界が、リアルだと勘違いしているから。
まあこれだけ幼い頃からナマの体験をさせないでバーチャルばっかりさせていればね。
行き過ぎた清潔志向とか安全志向とかがそれに拍車をかけている。

学校とかでちょっとでも怪我をしたり、服を汚したら怒鳴りこまれる。
そんな中で育っているんだから、そりゃ人の痛みも迷惑も分からない人間がたくさんできるよ。自分の意識世界だけが絶対なんだからさ。

それこそね、自分がいじめられていた頃ね、銀玉鉄砲っていうのが流行ってて、いつも学校帰りに的にされていた。それなりに痛いんだよ。だからさ、本物の弾があたったらそれこそ死ぬまでにもものすごく苦しいんだろうな、なんていつも思っていた。

最近エアガンで大怪我をさせたというニュースもあるけど、あれもゲーム感覚のまと当て遊びだと本人は思っている。自分がやられたらいかに遊びを逸脱しているのかがもう少し分かってもよさそうなものだけどね。
 
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