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☆「天と地」「龍と鯉」・・・ 諷虹宅やりとり

この問題についてかつて詳しくやりとりしたのは「君の名は。」が話題になっていたときです。天と地をつなぐもの。
令和になる頃には「子どもの日」もやってきますね。
次代を担う子ども達に本当に必要な事というのを真剣に考えないと取り返しのつかないことになります。
(小学校5年6年での教科担任制が真面目に議論されるんだとか・・・何故初等教育では学級担任制が大事なのか、本気で分かっているんでしょうかね。)

やりとり後半では「シンデレラ」や「魔法少女」と「犠牲論」「貴種流離」などの話も飛び出します。




*2019年4月5日 諷虹宅
虚空 えんどろ~(先日最終回を迎えた冬アニメ)についてどうよ

諷虹 魔王というしがらみは外さないといけないんだろうなとは思いましたね。魔王廃業。あの手のほのぼ系であっても魔王という役職までもが丸くなるというのはないんですね。


虚空 あのチビドラゴンって結局どっからきた何者だったの?


諷虹 何でも食べるっていう設定。あれが一種の浄化器官になっている・・・でもこの前出てきた海回の魔王(邪心)はそのまま出てきましたけどね。


虚空 浄化というよりは「封印」かな。でもよくあれだけ腹の中に蓄えるよね。四次元ポケットというかブラックホールというか・・・・


諷虹 剣のサビをとるという回もありましたよね。再生的な機能


虚空 チビとはいってもドラゴン・・・竜・・・龍だからね。


諷虹 みかけではユーシャのお供のような感じでしたけど。この手のRPG物の元はドラゴンクエストだと思うんですが・・・。何が違うかと言うとラスボスの魔王が竜なんですよね。竜王っていってね。メイドラゴンでもドラゴンは人間に仇なす存在じゃないですか。


虚空 さっき、春アニメの予約設定でCSチューナーを開いたら、ちょうど「りゅうおうのおしごと」をやっていた。あの「竜王」(龍王)っていう名称だってね・・・。
「龍に成る」・・・だいたいこの「成る」っていう文字だって・・・


諷虹 (ネット検索)字の書き方で昇り竜と下り竜
なお、本将棋の駒(飛車の裏面)では、「龍」の字の旁の最後の画の「はね」を大きく上向きに強調した崩し字が使われることが多く、これは「昇り龍」を意味している(対
して竜馬でははねを下向きにした「下り龍」が使われる)。


虚空 上野の東照宮にもあるよね、「昇り龍」と「降り龍」の彫り物。


諷虹 英語だと滝は waterfall だから落下のイメージしかないのかな、って。
でも日本人は「鯉の滝登り」でも竜(龍 タツ)でも落下に逆らっていくイメージもある。

虚空 アユの遡上なんかにも惹かれるよね。それと同時に「落ち鮎」なんていうのもね

諷虹 鯉の入れ墨ってあるじゃないですか。「竜に成る」っていう意志の表われみたいな・・・。スカジャンとかだと竜と虎がワンセットだけど・・・。


虚空 「成る」ってさ、成長なんということからも分かるけど、もともとそうなる可能性を孕んでいたもの、っていう意味合いもあるんだと思う。上原先生の「芸談の研究」
でも「移りと成る」なんていう項目があって、随分前から気にはなっているんだけど・・・あの本は自分の読解力をはるかに超越してて・・・・
えんどろ~で言えばさ「勇者になりたい」からといって誰でも勇者に成れるわけではないじゃない。やっぱり何らかの「資格」・・・犠牲論的な意味での資格者。
だから困難にぶつかる・・・・本来の意味での犠牲。貴種流離。
それを絵本とかにすると「アンパンマン」・・・やなせさんの言葉でいえば正義のヒーローは身を削るもの。そんな見た目だけが格好いいわけじゃない。正義を貫くほどボロボロになっていく。


諷虹 5月の鯉のぼりってどういう意味合いなんでしたっけ。

*ネット検索 もとは武家の習慣。

虚空 劇場版「若おかみは小学生!」での鯉のぼりが画面いっぱいにっていうあのシーンに込めた想いだってね。

だいたいさ、鯉って魚は食べようと思っても大変な魚じゃない。
骨の作りは複雑だし、やたらと固いし。それこそ「骨太」。そんなイメージもあるんじゃないかな。もっとも最近の人は鯉を食べたことなんてないっていう人が多いだろうけど。


諷虹 しかも長寿だし・・・いいとこのお庭で飼われている。


虚空 お金の価値では決まらないけどさ、海外の富裕層でも注目されているんだろ。極上の錦鯉なんて一匹1000万以上だろ。


諷虹 ネットでみると2000万~3000万なんていうのもあったようですね。


虚空 だいたい、庭の池で一匹だけ泳がせるなんていうのはないんだからさ、とんでもないお金をかけている・・・そこまで惹かれる理由は何なんだろうね。


諷虹 それと鯉のぼりがはためいている・・・青空を泳いでいて自分が海底にいるような感覚。


虚空 そのことなんだけどさ、この前ラインで出した「のんのんびより」のOP。あの歌詞なんかと今の言葉との接点・・・。
なないろびより  
魚になって空は海 飛んでるように泳いでる
あの山をヒトツ越えたら見えてくる
真っ直ぐに伸びたあぜ道にだれかの小っちゃな忘れ物
片っぽになったクツが示すは晴れ
ゆるやかに続いてく日々は答えなどない
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
逆さになって海の底 深く潜って目を凝らす
ふたつ並んだ足跡は続いている
時計は乾いた音を止め世界は今にも消えそうだ
片っぽになったクツを拾いにゆこう
夜が来て朝が来て繰り返して息づく
宝物を集めてさ 歌うように泳ごう
季節が水を染めて七色に光るよ 息継ぎしたら消えた
晴れたら手を繋いでさ 雨なら潜ってさ 染まる町を眺めよう
絶え間なく降り注いでる笑い声が遠くで歌うように響いてる
歌うように続いてく
作詞・作曲はnano.RIPEのボーカルであるきみコが手がけた。


虚空 よく読めば読むほど謎めいているじゃない。
「息継ぎしたら消えた」とか・・・。


諷虹 そういうんだから水の中じゃないですか。で、息継ぎしようとして水から顔を出すことで「現実世界」に戻ってしまって「消えた」
「前略、道の上より」もそうじゃないですか。(動画サイト)
素意や 素意や~
咲きほこる花は散るからこそに美しい 
散った 花片は 後は土へと還るだけ
それならば一層斜めを見ずに 
おてんとうさんを 仰いでみようか 
海を潜るには 息をとめなきゃ潜れない
息を止めるのが いやなら海には入れない 
海には海の世界があるし 
そうして再び 潜らずにいられない 
山を又登る 登り疲れてふと休む 
辺りの景色が 心支えと又登る 
微かに山の匂いを嗅いだ 
それだけで 人は優しくなれる 
波が続く様に 時の刻みも又続く 
風も吹き止まぬ 時の刻みも打ち止まぬ 
やれこれと返す事のべの中で 
何が生きていく 証なんだろうか
特に関連が深いのは2番の歌詞なんですけど・・・・
こうやってみると4番の歌詞も・・・・


虚空 さっきさ、分校跡地の桜を撮りにいったんだけど、毎年撮りにいっていてもイチョウの大木・・・その根元をじっくりと見た事ってなかったんだよね。
そしたら銀杏の実がたくさん落ちていて。子どもらがいたころは秋には銀杏を拾ってたけど、それが過去何年にもわたって根元に落ちているという感じでさ。去年のとかそれ以前のとか・・・。










なんかそれを1番の歌詞をみて思い出した・・・ついさっきのことなんだけどさ。


諷虹 日本男児のような歌で・・・桜の花とかも・・・


虚空 桜にしても、降り積もった銀杏にしても「代送り」っていうのを意識させるじゃない。それがあるからやっぱり日本人は桜とか紅葉とかが好きなんだろうね。単に見た目だけが美しいっていうのもあるけど。

・・・桜や紅葉の美しさって「別世界」を感じさせるから特別っていうのもあると思うけど。それはもう間もなく「散っていく」っていうのが分かっているから。葉にしてみれば死に際の刹那に最高の美しさをみせて散っていく、って。
葉っぱのフレディなんかだとそうした散り際云々というよりは、大樹に支えられての生命の循環というのが強調されているんだと思うんだけど。
日本人の方が「一期一会の美しさ」の印象の方が強いんじゃないかな。「また来年ね」っていうよりはね。
まあ桜に関しては散ってすぐに新緑が芽吹いて「葉桜」になっていく・・・なんていうのも大きな魅力なんだと思うけど。


諷虹 改めてなないろびよりの歌詞をみると、ここでも「時計」が出てきてるんだな、って思って。


虚空 それは「色づく世界の」との関連?


諷虹 片っぽになった靴っていうのが、そこだけみるとシンデレラ・・・時間がくると魔法がとけて・・・


虚空 夏休みとかが終わる感覚かな


諷虹 シンデレラが日本人にどうしてあそこまで受けるのか。桜じゃないですけど、一夜だけ魔法でお姫様になれるというところが・・・夢のような時間。
結果的にはずっとお姫様になれますけど・・・。


虚空 昭和の頃の魔法少女モノ・・・魔法使いサリーにしてもひみつのアッコちゃんにしても、女の子の憧れの象徴だったわけだよね。夢の世界の象徴。
今では深夜アニメで魔法少女モノっていったら悲惨な展開のばかりだけだけどさ。夢もへったくれもない。夢が打ち砕かれて、世界の歪みを一手にひきうけてしまうような・・・。どうしてこんなに歪んで自分勝手なやつらのために、自分達が命をはれなければならないのかという葛藤。
美樹さやかなんて、それで魔女になってしまったようなもんじゃない。
ああいう魔法少女モノばっかりみていたら「魔法少女」に憧れる幼児なんていなくなるよね。
まどマギの劇場版が公開された時に、絵柄と魔法少女ということだけで、内容をよく知らない人がちっちゃい子をつれて映画館にいって・・・途中で子どもが泣きだしたから出てきた、なんていう話もあったじゃない。
リリカルなのははそこまで歪んだストーリーではないけど、「魔法」という特殊能力を身に着けた代償として、大変な運命を背負う、というのがこのところの定番。


諷虹 昭和のをそこまで真面目にみたことがないんですが・・・シンデレラではカボチャの馬車に、ネズミを馬に変身っていうか何かを変えるわけじゃないですか。この前なのはをみても町が壊れてもそれは直せない。砲撃魔法しかつかえない。


虚空 それはあるよね。魔法で何でもできるというんじゃなくて、個々人で魔法特性があるというのが今のスタイル。それは「盾の勇者・・・」でもそうだしね。本来はそういう設定の世界の中でいろいろできちゃう「いせスマ」は例外中の例外。


諷虹 (シンデレラの魔法に関して)八百万っぽい部分があるのかな、って。


虚空 人間の分際で、っていうので古いのだったら、実写版の「河童の三平」があるよ。河童の妖力を身に着けた三平が、人間の分際で妖力というので妖怪の祟りがあって、それを母親が身代わりになって受けてしまう、という・・・。
それぞれの持ち分。
霊能力みたいなのもそうだよね。霊感が人並み以上にあったりすると、それが困難の引き寄せる。魔法資質でも才能のある子ほど苦しい人生を送る。
それを「少女」っていう立場の子が一身に背負うところが「犠牲者」「稚児」なんていう意識のベースをもっている日本人のツボなんだろうね。

追記
*類化性能やイマジネーションを刺激するための論理ワークシート
言語感覚のワークシートなどを作成したらという話になる。
ネット検索
「シンプルかつ語呂のいい日本語で打線くんだ」
http://chaos2ch.com/archives/4595956.html
虚空 ヒマワリフクロウさんがノリそうなサイトだね。
文学史なんていうのも嫌いだったけど「国木田独歩」(くにきだどっぽ)も頭に残りやすいけど、それの誤答としての「こくもくだひとりあるき」っていうのも一発で頭に残った。
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