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☆「天使」と「血」のイメージ①・・・「テレビ作家の教育力」

上原先生の心意伝承研究で「血」のイメージは大きなポイントです。
最近のアニメを通して「天使」との関連で述べていますが、「白装束」というイメージで考えると日本人の心との接点がみえてくると思います。
これらの内容は「犠牲論」などとも関連が深いものだと思います。

2019年3月30日 諷虹宅②
*ここでコバルトブルー君からライン
『ここ最近、天使ワードが重なってきている気がします。
エヴァンゲリオン(天使)、八つ墓村、そしてあの殺戮も天使の所業とも言えるのかな?
少なくとも悪魔は人の心に棲みつくものだから、無闇に殺したりはしないだろうし。

諷虹 「殺戮の天使」っていう歌詞が出てくる主題歌で有名になったのがあって・・・
はたらく細胞のマクロファージさんも天使みたいな姿で鉈をふりまわして血まみれになるし・・・
「天使」と「血」・・・・

虚空 もっと広げると「聖女」と「血」かな。
「堕天使」っていうのが何故関心を惹くのかっていう問題もあるよね。

諷虹 白って何にでもなれる可能性をもつ・・・血に染まることもできるし、汚れ役にもなれる。
天使って神の意志に忠実に従う・・・神になりかわって

虚空 だからさ、神の立場ではできないような汚れ役も引き受ける存在、っていうことかな。今風に言えば「執事」というよりは「秘書」が汚れ役・・・すべてをひっかぶって悪者として葬り去られる・・・主人を守るために。
「マルサの女2」でもそんなセリフがあったよ。三国廉太郎が演じる地上げ屋の親分が自分たちの存在の正当性を主張する場面。公の人たちが立ち退きをさせるために犯罪めいたことはできない。それを自分達が汚れ役をすることで、新しい社会が構築されていくんだと。日本の社会をよりよくするための存在なんだ、っていうような言い方をたしかしていた。
市川版と野村版では八墓村もスタンスがだいぶ違うんだけど・・・市川版の方が犯人への眼差しが優しい。
日本人ってそういうところがあるじゃない。西洋だと悪魔は絶対悪だけど、ガブリエールにしても悪魔ほむらにしても、さらにその背景を描こうとする。

諷虹 今晩最終回をむかえる「えんどろ~」なんかも「魔王」を見かけ幼女にしてそんなに悪くない・・・教育者として描いて

虚空 教育者としてはかなりまっとうだよ。とても正体が魔王だなんて思えない。

諷虹 ちゃんと面倒みがいい。

虚空 「はたらく魔王さま」もね、大魔王サタンの方がよほど人間社会の秩序を守っている

諷虹 西洋だと魔王は理由もなく悪者にするんでしょうけど、日本人は魔王側に感情。を描く分、むしろ勇者側が理由もなく魔王を倒そうとするって描き方が多いような気がします。従順に悪を滅ぼそうとするところは天使っぽいのかな。頭の固い風紀委員とか生徒会

虚空 ガルパンの風紀委員は随分やわらかくなったけど、アルペジオの霧の生徒会はガチガチだったね。

諷虹 だからこそ金剛の姿がね・・・
マヤという感情のないのがいておかしくなった。感情があると思っていたものがなかった・・・トリックスター。

虚空 はたからみればすごく物騒な話をしているようだけど、でもこれが日本人の素直な感覚。

諷虹 「ひぐらし」での山犬とかオヤシロサマとかの存在もね。
鷹野が自分でオヤシロサマを名乗って返り血をあびる・・・あれもそういえば日常では看護師として診療所で働いているんですよね。

虚空 白衣の天使。

あのわたてんのミュージカルもね、もともとも聖書で死後の復活とかがどうなっているのかは詳しく知らないけど「天使」が登場していても極めて日本人好みの話になっているように思う。
現実的にはすごく重たい話なんだけど、現世の位置付け方からして本体があちらの世界・・・それこそ「現世」は「うつし世」・・・投影・・・目にみえるこの世界の方が影でしかない、っていう発想だから。

それで貴種流離だとか犠牲論だとか・・・親愛の極致が殺戮だとか・・・そんな発想が飛び出してくる。
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