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☆「恋する小惑星」地質班との共鳴① ~感覚を呼び覚ますための知識

今回の大きなテーマは「知識とイマジネーション」との関連です。

地学に限った事ではないですが、どの分野でも、日常の感覚でも「知っている」ということが「縛り」「感覚オフ」の方向に働いてしまうのか、それともさらなる世界へと誘ってくれるものなのか・・・・・

そういったことがベースにあった上での、地質班との共鳴ということです。

前回のブログ記事でも書きましたが、「恋する小惑星」を単にアニメとして楽しむだけではなくて、あのキャラ達の感覚を自分達も呼び覚ましたい・・・・それによって、現実対応ばかりの意識世界を包み込んで、豊かに現実生活を生きていく構えとなっていくのではないか・・・。


後半(次の記事)は、虚空がかつて岩石などのミクロ撮影をしていた時の機材に加えて新たな新兵器などを思い切って購入したものを諷虹君と試し撮りをしながら、地質班気分になっていました。
*2020年1月31日 諷虹宅
(26日のやりとり後に、ある品物の受け渡しでコバルトと会い、そのまま2時間以上おしゃべりしていた時の話)

虚空 メインの内容は先週のここでの「恋する小惑星」の話になったんだけど・・・もちろんコバルト君はアニメは観ていないんだけどさ・・・ただ、去年の暮れに出ていた「沈没船」をきっかけにしてのいろんな話と深くつながりそうな気がしたから・・・。
「沈没船」に対するイメージを調査しても面白いかもしれない。
で、先週の最後に「時間性・空間性」っていう点から、このアニメの登場人物たちのイメージ世界と共鳴できたら・・・っていいうのを言っていたんだけど、それをさらに具現化しようと思って・・・先週ブックオフで鉱物の本を買ったわけだけど、そのあとも図鑑やら何やら買い足して・・・「地学部」に入部したような感じになってる。特に地質班の方。
ところで諷虹君は地学はどうなの?塾とかで教えてる?


諷虹 一応教えていますけどね。中学生程度のことだったら


虚空 自分はどうしても頭をスルーするんだよね。天体もそうだったけど、写真とかをみるのは好きだったんだよ。小さい頃も鉱物の図鑑の宝石のところだとか、偏光顕微鏡の岩石画像をよく眺めていた。

でもね、地学的な知識を入れようとは全然思っていなかった。
大人になって岩石の顕微鏡写真とかを撮るようになってもね。天体の方はそれなりに知識も勉強したけど


諷虹 無粋な気がするんですかね。


虚空 そうかもしれない。カッコつけていえば「純粋経験」から離れるような・・・


諷虹 「島人ぬ宝」っていう唄知っていますか?


虚空 ほとんどノーチェック

視聴する
「島人ぬ宝」 歌詞
僕が生まれたこの島の空を 僕はどれくらい知っているんだろう
輝く星も 流れる雲も 名前を聞かれてもわからない
でも誰より 誰よりも知っている 悲しい時も 嬉しい時も
何度も見上げていたこの空を
教科書に書いてある事だけじゃわからない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人ぬ宝

僕が生まれたこの島の海を 僕はどれくらい知ってるんだろう
汚れてくサンゴも 減って行く魚も どうしたらいいのかわからない
でも誰より 誰よりも知っている 砂にまみれて 波にゆられて
少しずつ変わってゆくこの海を
テレビでは映せない ラジオでも流せない
大切な物がきっとここにあるはずさ
それが島人ぬ宝

僕が生まれたこの島の唄を 僕はどれくらい知ってるんだろう
トゥバラーマもデンサー節も 言葉の意味さえわからない
でも誰より 誰よりも知っている 祝いの夜も 祭りの朝も
何処からか聞えてくるこの唄を
いつの日かこの島を離れてくその日まで
大切な物をもっと深く知っていたい
それが島人ぬ宝

諷虹 中学生とかの島への作文をモチーフにしてつくった唄のようですね。


虚空 今の話の流れにピッタリな唄だね。


諷虹 ふるさと意識ですよね、これも。
虚空 本当にいい唄を紹介してくれた。
こういうところでね、ずっと児言態の場でも話題にしているけど「知識」と「イメージ」との関係。

「純粋経験」からすれば「知識」は邪魔。


諷虹 知識っていうか具体的な名称を言えるということで、もうそれが分かっていると思ってしまうというか。図鑑に載っていることを知ることばかりで、目の前にいる虫とかが目に入らなくなる・・・。

例えば星の名前とかは別かもしれないですけど、石を拾って求めているのは共感なのに、「それは〇〇という石でどこにでもあるものだ」なんて言われると冷めるわけですよね。「どこにでもあるならいいや」ってなっちゃう。


虚空 それは極めて大事な指摘だよ。
ずっと言っているけど「知識や論理」が「狭める方向に行く」「縛る方向にいく」というのと、「さらなる想定外の世界に誘ってくれるツール」っていうのとの違い。
本当に好きな人は、知識が冷めてしまう方に行かないからね。
あのアニメの地質班なんてそうじゃない。


諷虹 スケッチブック(コミック・アニメ)の栗原先輩もその口ですよね。田村ゆかりが声をあててていた

虚空 虫の先輩ね。確かに知っているから「もう分かってんだぞ」じゃなくて、常に新鮮な驚きや感動の心で虫に接しているよね。


諷虹 主人公の「空」なんかは、栗原先輩に正式名称を教えてもらうまでは自分で勝手に名前をつけちゃうじゃないですか。

虚空 それって小惑星の「みら」にも言えるよね。あの河原のシーンで石にいろいろな名前をつけていた・・・。

恋する小惑星 第二話 あにこ便 http://anicobin.ldblog.jp/archives/56298108.html
『桜先輩~!この石は何ですか?』
『それはチャートね』
『放散虫なんかの殻が堆積してできた石よ』
『へ~』
みら『じゃあこれは?』
桜『ん~…多分安山岩ね。火山でできるやつ』
みら『これは?』
桜『泥岩ね。粒子が細かい堆積岩よ』
桜『そっちのははちまき石ね。白い枠がぐるっと1周してるでしょ?そこだけ成分が違うのよね~。通称はちまき石。縁起物としておみやげにする人もいるらしいわよ』
あお『みら。何か見つかった?』
みら『見て見てこれ!はちまき石だって!』
あお『かわいい~ 私は木星みたいなの見つけた』
たくさん拾った石を持ち帰りきれない
桜『なんでもかんでも拾えばいいってもんじゃないのよ』
みら『せっかく集めたのに…さよならはちまき2号。泥岩3号。チャート4号…え~ん…』
*スケッチブックより
第13巻 
空(あ、とんぼだ。こんな季節に寂しげにぽつねんと草にとまっている。
よし、 ぽつねんトンボ と名付けよう。)
栗原「あっ、おつねんトンボだね」
空(惜しい)
第14巻
空がシャクトリ虫に「オメガ虫」と名付けている。
ネーミングセンスが独特。


虚空 どこか「のんのんびより」のれんげと通じるところがあるね。
性格は違うけど。
*スケッチブック 最後の頃は栗原先輩の虫の知識と共にの話ばかり


虚空 上原先生がさ、中学生以降は「知識教育も大事」って言っていたけど、上原先生の言っていた「知識教育」ってどういう知識教育だったのか、っていうことについてはあまり情報がないんだよね。初等教育の話ばかりだったから。
でも先生自身は高校の教師から大学の先生になった・・・高等教育畑をずっときた人だったんだよね。
先生のいう知識教育っていうのは、決して狭める方のじゃなかったとは思うんだけど・・・。

段階にもよると思うんだけどさ。例えば前、筑波学園都市の施設で小学生とかの天体に関する特別教室なんていうのを開くと、天文博士のような知識いっぱいの小学生が集まってくるんだと。本当にマニアックな知識をいっぱい知っているんだと。
だからその教室の最初にやることは、そうした知識を捨てさせることなんだ、って担当の天文学者の人がいっていたよ。
「こんなことも知っているんだ」っていうのが邪魔になる。
それはまさにさっき諷虹君が言っていたことに通じるんじゃないのかね。
「それ、もう知っているよ!」って得意になると、どんどん純粋経験的なことから離れていく。


諷虹 「知っていることでちやほやされたいのか」それとも「深く知りたい・共感したいのか」という違いは大きいでしょうね。

虚空 知識の目的だよね。
本物の学者なんていうのは、知れば知るほど謎が深まるっていう感覚じゃない。さらなら探求に向かう。
でも中途半端な優等生は「ゴールした気分」になっちゃう。

知識って「着眼点」とか「想定外の方向」のサンプルを示す羅針盤みたいなものだと思うんだよね。でもその方向だけが方向じゃない・・・示されていないものの方がいっぱいある、っていう感覚。

Nanba先生が聖徳との会合の時に力を込めて話していたのは、小学生に知識ばかりを与える必用ないけど、先生達は知っていなければならない、うんと勉強しなければならない、って。
教師自身も「それで分かった」っていうような構えではダメだろうけどね。
広大な世界に誘えるための最低の知識というか羅針盤を持つための勉強


*スケッチブック 別のエピソード (第13巻より)
顧問「ダニがいる 殺そ」(殺虫剤を構える)
栗原「待ってください
これダニじゃないですよ ニセセマルヒョウホンムシっていう昆虫ですよ」
顧問「ふうん」(殺虫剤を構える)
栗原「だから待って」
顧問「へぇ よく見たらテントウムシとかみたいな前翅があるのね」
栗原「これでも甲虫類なんですよ」
顧問「でも何?これぞ虫の世界の名づけ方って感じよね ニセセマルヒョウホンムシ?
ミツバギンナンチャワンムシモドキみたいな?」
栗原「え?何ですか?そんな虫いるんですか?」(目を輝かせる)
顧問「テキトーに言っただけだから」

虚空 何でもそうだけどさ、作者ってすごいよね。こういうやりとりを創作できるんだから。ちゃんとキャラを描き分けてさ。
何重人格にもなれるっていうことだよね・・・意図的に。

それにしてもさ、つい最近読み返していたわけでしょ。まるで今日こういう話が出るというのを分かっていたかのようなタイミングで。
そういう偶然で片付けられないようなことって、しょっちゅう起きるけど・・・でも毎回驚かされるよ。

結局ね、さっきも言ったけど、この1週間に参考図書もやまほど買ったんだよ。
でもね、自分としてはテスト勉強的に地学に詳しくなろうという気持ちはないんだよね。むしろあの地質班の子たちのような、さりげない石なんかを見ても心から盛り上がれるような感覚を呼び覚ましたい、っていう気持ち。
そのままでは見過ごしてしまうところをハッとさせるような感覚での知識。

だからさ、例えば「空」にしたって「みら」にしたって、専門的な知識を聞いても、それで知的に冷めたモードにならないじゃない。
余計にイマジネーションが広がる


諷虹 今までの自分のイメージとの乖離を楽しむような


虚空 そうだんだよね。「正しい知識」や「現実的なこと」を与えられて、それまでの自分の世界を捨てるとか、否定されたという受け止め方じゃないじゃない。
自分の土台の上にどんどん新たな世界を上乗せしていく感じ。


*小惑星 第二話の河原シーンを再生


虚空 乖離を楽しむと同時に、上乗せを楽しむ・・・悪ノリする楽しさ。
だいたいさ、鉢巻石の解説を上の空で聞いていたような みら も、青に話をしたり、その後受験を控えたお姉ちゃんにお守りとしてプレゼントしてるよね。
ちゃんと聞いてる。


*天体観測で盛り上がったシーンのあとのやりとり
すず『だんだん見える星が増えてきたね~』
みら『明るめの星が二つ並んでるのはふたご座』
あお『あそこのオレンジっぽい星の当たりは牛飼い座です』
桜『なんでわかるの?』
みら『え?慣れかな!逆に桜先輩はなんで石の種類わかるんですか?』
桜『…慣れかしらね』
*星座をきいて思いうかべている「星座絵」がそれぞれらしい
みら『ああやって楽しんでもらえるとなんか嬉しいよね』
あお『うん。私も嬉しかった』

虚空 この感覚なんだよ。自分の世界を土台にしてさらに広く深く伸ばしていく・・・想定外もどんどんと・・・そのための知識。

諷虹 そこらにある石が何なのかは判断できないですよね


虚空 実際には難しいらしいよ、そこらの石ころは。堆積岩とか・・・砂岩とかは割合わかっても、そうじゃないのは。

ただね、知識としてじゃなくて、「驚きのネタ」を仕入れたいんだよね。

分類なんて出来なくていいから、「とんでもなく長い時間スケール」とか「地面のはるか奥底でのドラマ」だとか・・・こんな背景があったのかもしれない、って想像する足掛かりを増やしたい。
諷虹 ちょっとずれますけど、運転していて車に詳しい友達がいろいろなことを言っても分からない。


虚空 自分も車に詳しい小学生を乗せた時に同じ経験があるよ


諷虹 運転中はまだいいんですよ、実物が目の前を走っているから。
でも詳しい友達同士の会話を聞いている時は、全然違うことを思いうかべているんだろうな、って。

虚空 このアニメでも互いの専門分野に関してそんな感じ。
でもだんだんと互いに共鳴しあっている・・・今年から一つの部になって、最初は水と油のような関係だったのが、だんだん「地学部」としての一体感が生まれてきているじゃない。
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