忍者ブログ

☆「教育は感染作用」(折口信夫)ということとゲーム「黒猫のウィズ」、そして再び「テレビ作家の教育力」

2019年3月17日  諷虹・虚空④
アニメやゲームの中には歌舞伎などと同様に「名ゼリフ」とされているものが多々あります。
もちろん名ゼリフといわれていなくても、放送時などにたった一回聞いただけなのに何年も意識の中にひっかかっているものもあります。
それは4~5歳の幼児期にみた番組などでもあります。

そうした言葉が人生観や世界観に大きな影響を生涯に渡って及ぼしていることって、丁寧にふりかえると想像以上にあると思います。
まさにテレビ作家やゲーム作家の教育力ですね。

★もちろんよくない発想や構えとつながってしまうセリフや場面が多々あることも事実ですが。

虚空 当時の歌舞伎なんかは伝統文化なんていう位置づけじゃなくて、あんなくだらない馬鹿馬鹿しいものはない、っていうものだった・・・だから明治維新で外国人が入ってきた時にあんなみっともない芝居は見せられない、って著名人たちが嘆いていたらしいよ。
でもそこにこそ心意伝承の最も生々しい痕跡が残っている、ということで上原先生は資料としてとりあげている。庶民の愛好していた、最も低俗な扱いを受けていたものだからこその資料的価値とか、心への教育力。
だからそれを今の時代に置き換えたら、アニメやゲームだろうって・・・低俗な代表のような言い方になってしまって悪いけど・・・。
でも実際に今日だって、黒猫のなんとかというゲームのほんの一部だけでもハッとする言葉がたくさん出てきたじゃない

諷虹 ハッとする部分を選んで抜粋したというのもありますが(笑)

虚空 でも心へのインパクトを教育力というのであれば、まさにゆさぶられ続けたよ。
折口先生の「教育は感染作用」っていうのが、今日の話でいえば「音の共鳴」っていうことなんだろうしね。「注入作用」とかじゃなくて「感染」

諷虹 中に出てくる男なんですが、それを音楽教師という設定にしたのも面白いところなんですよね。しかも吸血鬼なんです。
血を吸うというよりは音を食らう魔族なんですけどね。
設定的には人の音を食らって自分の魔力を強化してきた「吸血鬼」の一族の末裔なんですが、何代か前からそういった行為は一族の中でも禁止され普通に人間と変わらない生活をしてきた。ましてや自分の娘が音を食われたことから、そういった人の音を奪うという行為には断固拒否の姿勢を見せていますが、娘の音を取り戻すために吸血鬼の力を使うことを最近始めた・・・という感じです。

虚空 鬼子母神みたいだね。

ネット解説「鬼子母神」
訶梨帝母(からていも)ともいいます。もとは鬼神王・般闍迦(はんじゃか)の妻であり鬼女でした。500人の子供を持つ母でありながら、その子らを育てるために人間の子供をさらい食べていたのです。そのため釈迦はその末子を隠し、我が子を失う悲しさと命の大切さを説きました。改心した鬼子母神は全ての子供達と釈迦の教えをまもることを誓い、子育てや安産、子供を守護する善神となります。

虚空 仏教徒とかになって鬼子母神信仰を知らなければこういう発想になれない、っていうんじゃないだろ。このゲームを通して、鬼子母神信仰のようなことと響きあえる、とも言えるわけじゃない。鬼子母神っていうことを全く知らないまま人生を送ったとしてもね。
上原先生もよく言っていたけど「心意伝承なんていうのは誰の無意識の中にだってあるんだから、俺の考えたことでも何でもないんだよ」って。さっきも上原先生の犠牲論っていう言い方をしたけど、本当は「日本人がもともと考えていた犠牲ということは」っていうことなんだもん。

鬼子母神とか釈迦とかの固有名詞がくっついていると、自分は仏教徒じゃないから、とかで関係ないってシャットアウトする風潮があるけどね、そんなのは本当は関係ないんだよ。
アニメのセリフだってゲームのセリフだって、いいものはいい。ハッとするものにはハッとする。何も立派などっかの先生が書いた著書だとか、名作の小説でないと人生を考えたり学んだりしちゃいけない、なんていうことはないんだからさ。
*ギターの音色に乗せることでバラバラの力を一つに

虚空 音だけの共鳴なんだろうけど・・・ちょうど今日観ていた「刀使ノ巫女」の再放送で「足し算」と「かけ算」っていう言葉が出てきた。
やっぱり「共鳴」は「かけ算」・・・しかも「累乗的」な方。
ヒマワリフクロウさんが来ていた時にもそんな話になったじゃない。

諷虹 「つぐもも」っていう作品でも、付喪神なんかの話でも、付喪神を単なる「物」とするのかどうなのか・・・なんていうのがよく出ていて・・・。単純に足し算ではむしろ全体の能力は減るというような・・・マイナスのものでも「絶対値」をとって足せばプラスにはなるけど、そのまま足したら引き算になってしまう・・・
(心を持った機械 とからむキャラ)

虚空 付喪神っていう扱いではなかったけど、自分らの世代で「機械が心」っていう感覚を獲得するきっかけになった一つが「魔法使いサリー」のD51のエピソードだったと思う。ゴミ捨て場に捨てられた道具たちが愚痴をこぼし合う場面があって・・・。
再放送で何度かみているけど、でも初めてみた時からこのシーンは頭にずっと残っている。アニメとかの印象的なシーンって何年たってもずっと残っているだろ。

諷虹 何回みても入って来ないものは入って来ないですよね。

虚空 それこそまさに教育力だよ。ウルトラマンとかウルトラセブンで幼稚園の時にみた初回の時点で意識にひっかかっていたエピソードっていうのは、深いところは理解できていなくてもさ、大きくなって観たときにすごく深いメッセージが隠されていた、なんていうのがほとんどだよ。
ウルトラセブンの「ノンマルトの使者」なんてまさにそれ。金城哲夫さんのシナリオで沖縄問題が隠されていた、なんていうのを知ったのは大人になってからだけど、あの話は幼児の時からずっとひっかかっていた。
それだけ本気で作られていた・・・子ども向きだからいい加減じゃなくて、子ども向きだから本気だった。

諷虹 ここで話題にするものも小さい頃からの印象のあるものだったり、多くの人が気に留めていること、ステレオタイプのようなものを大事にしているというのはありますね。それがまさに心意伝承なんでしょうけど。
PR